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死に神に愛された男
●始まり
「助けて下さい」
男性の第一声はそれだった。隣には彼女を思われる女性が一人、うつむいて立っていた。
「助けて下さい、ってどういう事ですか？」
いきなり発言に、さすがの草間武彦も目を丸くした。
とにかくかけてくれ、とソファに座らせる。
「原因はよくわからないのですが、何故か私をつき合う女性は、一ヶ月が過ぎると死んでしまうんです」
男性は香山祐司（かやま・ゆうじ）と名乗り、女性は渡辺春香（わたなべ・はるか）と言った。
「これまで３度。つき合った女性、しかも結婚を考えた女性ばかりが……」
１ヶ月で結婚を考える、とはなかなか気の短い男だ、と草間は思ったが口には出さなかった。
「結婚を考えなければいい訳ですか？ それから、死因は？」
「ええ、結婚ではなく遊びでつき合っている女性には、なんの被害もありませんでした。死因は……」
言いにくそうに膝の上で組んだ手を忙しなく動かしている。
「……自殺です。前の日普通に別れ、それ以来連絡がとれなくなって。両親から連絡が来たときにはすでに他界していました」
一度目は手首を切り、二度目は飛び降り。三度目は首吊り。遺書もなにもなく、さすがに警察に疑われ取り調べも受けた、と言う。アリバイは曖昧で、自宅で寝ていた、としか証言のしようがなかったが、捜査をすすめていくと必ず自殺とされた。
「貴方が殺した訳じゃないんですね？」
「ま、まさか！ 私が殺してもなんのメリットもありません。よく言われたのは『邪魔になったんじゃないか』でしたけど……信じて貰わなくても結構ですけど、邪魔じゃありませんでした」
信じて下さい、ではなく、信じて貰わなくてもいい、という態度を草間は気に入った。
「それで、そっちの彼女が死なないように見張っていればいい、という訳ですか？」
「はい、そうです。明日でちょうど一ヶ月。私は彼女を大事にしたいと思っています。ですから、お願いします」
真剣なまなざしで訴えられ、草間は頷いた。
「契約をする前に訊いて置きたいんだが……その３人の女性が死ぬ前に、他に誰か死ななかったですか？」
「……ええ。ありました……。もう３年も前でしたが……」
高校生の時からつき合っていた彼女。しかしほんのちょっと行き違いから喧嘩になり、謝る間もなく事故で亡くなってしまった、という事だった。
「そうですか……。おい、誰か、彼女の護衛をやってくれ」
●草間興信所 −前日・昼間−
「ふぅ〜ん、『彼と結婚するのは私よ。他の女には渡さないわ』って事かしらね？」
あまり興味がなさそうに湖影華那は呟いた。
「こないな事訊くのは悪いかもしれへんけど、喧嘩別れの原因はなんやったん？」
「それは……」
問われて祐司は口ごもる。横では春香が身の置き所に困ったように、草間興信所の面々と祐司の顔を見比べている。
「必ず守りますから、安心して下さい」
春香を安心させるように熱いお茶を入れ直してきた七森沙耶は、明るい笑みを作ってみせる。それに春香は少し強ばった笑みを返した。
「気にするな、あんたは悪くない。……」
真名神慶悟もきっぱりと春香に言った後、近くに立っていた女性を見つめる。それは小嶋夕子。姿形を多少変えているが、慶悟には夕子が依然デパートのマネキンの物魂を食べた御魂喰らいの幽霊だ、という事がわかった。
夕子は慶悟の視線を感じながら素知らぬ振りをしていた。下手に騒いでは自分の存在を自分からばらすこと。そして知らん顔で言う。
「きっと昔の女の祟りよね。謝りたくてつきまとっているけど、他の女への嫉妬で我慢できないのね。別に、護ってる、てもやることは同じだけど」
（執念深い霊……美味しそうね）
夕子は小さく笑うと、ようやく祐司は口を開いた。
「……喧嘩の原因は結婚の事でした……」
「結婚の約束をしていたの？」
シュライン・エマが確認するように問うと、祐司は頷いた。
「つき合っていたのは高校２年生の時からでした。お互い社会人になり、軌道に乗ったら結婚しよう、と約束をしていたんですが……。彼女の父親が多額の借金を残して蒸発。借金は全て彼女の肩に重くのしかかりました」
「借金あるからバイバイ？ それじゃ怒っても無理はないわねぇ」
「ち、違います！」
馬鹿にしたように華那に言われ、祐司は思わず腰を浮かせる。
「違います……。でも同じようなものかもしれません……。私の家は代々続いた名家で、借金の事を知った母親が『お金目当てだ』って彼女を追い出してしまったんです。それから私も仕事が忙しくなってしまって、全然彼女に会えなくて。やっと逢えた時には……彼女も心労がたまっていたのと、私もイライラしていたのとで喧嘩になりました。他愛の無い事だったんです……すぐに謝っていれば……」
慶悟が見る限りでは、祐司の後ろにはその女性はいなかった。別の場所にいるのか。はたまた決まったときにだけ現れるのか。
「死んだ彼女の事悪ぅ言うんは気が引けるんやけど、恨んだにしろ未練にしろ、彼女はあんた一人が幸せになること、他の女と一緒になることが耐えられへんのかもしれへんやろ。もし香山はんが死んだ彼女から貰うた品物とかあるんやったら貸して貰えへん？」
サイコメトリをしようと思った一葉の言葉に、祐司は左右に首を振った。
次の女性とつき合うときに、処分してしまった為手元にはなく。思い出の品は皆しまい込んだので、すぐには出せないという事だった。
「さよか……」
言って一葉は聞きづらいが、その彼女が亡くなった現場を教えて貰った。
その間も、春香は一言も話さない。というか、護衛の当事者であっても、祐司の昔話まで詳しく知っている訳ではないのだから。
「とりあえず今日明日、ホテルを借りとくからそっちで護衛してくれ。これだけの能力者だ、ひとまとまりでいれば守りやすいだろ。他にも応援頼んでおいたしな」
草間は祐司から提示された金額を見て上機嫌。これだけの人間にギャラを支払ってもお釣りが来る。
シュラインは祐司から最初の彼女を含め、亡くなった女性達の家の住所を教えて貰った。
「それじゃ行こうか。……あんたはどうするんだ？」
「私も行きます」
慶悟に見下ろされるように言われて、祐司は重く頷いた。
「一緒にいるのは構わんが、もし何かしてみろ。すぐに成仏させてやるぞ」
「……怖いわね。なんの話かしら？」
一緒に部屋を出ようとした夕子に、慶悟がにらみをきかせて言うと、夕子は余裕そうに瞳を細めた。
●さくら犬猫病院 −前日・昼間−
お昼休みに入り一息ついたライティア・エンレイは、メールの存在に気が付いた。
「おや？ 草間さんからだね。また依頼かな」
開けてみるとやはり依頼だった。
そこにはある女性を護って欲しい、との事が書かれていた。
「そういえば、ネイテが死神のフリをしている困ったちゃんが居る、ってネイテが言ってたな。この件に関わりがあるのかな……？」
ネイテ、という名前を出すと、下半身が蛇の姿をした女悪魔がひょっこりと現れる。
「なになに？ あ、また依頼？ ……へぇ、面白そう♪ 勿論行くでしょ？」
好奇心旺盛なネイテの言葉に、ライティアは青い瞳を細めて苦笑する。
見逃すはずがない、と思っていたが案の定だった。
「そうだね。草間さんのメールを見る限りでは、大方昔の彼女が死んだ後もこの男性を独占しようとして彼女たちを次々と死においやったんだろう。……死霊の身で生者を狩るのはイケナイね」
キーボードの端を指先でコンコン叩きながら、ライティアはメールの内容を見つめる。
「とりあえず現役の死神アズライルを召還して、彼女を護って貰うとするか」
「明日の夜、だからちょうど良かったね。休診日だし」
「うん。今日の診察が終わったらホテルに行ってみようか」
●サイコメトリ（工事現場） −前日・昼間−
祐司から彼女が亡くなった場所を聞いた一葉は、その場所に立っていた。
それは３年前に工事現場だった場所。今では高層ビルが建っている。
「確かここやて聞いたんやけど……。かなり変わってしもたみたいやな……」
一葉は一人ごちながら、ビルの壁に触れる。
そして静かに瞳を閉じた。
一瞬ぶれたような映像が浮かんだ後、一人の女性が浮かんできた。
肩まで髪を伸ばした女性で、しきりに何か呟いているようだった。
『ごめんね……じゃなくて……。あの時は私イライラしていて……。ごめんなさい……。あーん、どうやって謝ろうかな……』
言っている言葉は全て謝りの言葉だった。
『あー、もう。きっぱり謝っちゃった方が楽よね』
瞬間、携帯から短い着信音がなった。それはメール。
そのメールの内容が大きく映し出される。
＜今夜７時にいつもの場所で。祐司＞
『いつもの場所か……。これでやっと謝れる！ 良かった』
ホッと息をついた所へ、頭上に影がさした。なんだろう？ と思って、見上げてみると、当時まだ工事中だった為か鉄骨が降ってきた。
『きゃあ!?』
一瞬にして目の前が真っ暗になった。
「……」
一葉はゆっくりと目を開けると、何度か瞬きを繰り返す。
彼女が味わった衝撃を、一緒に受けてしまった感じがして、頭を軽く左右に振った。
「……いつもの場所……」
一葉は携帯電話を取り出すと、ホテルへと電話をかけ祐司につないで貰う。
「もしもし？ 彼女と約束しとった＜いつもの場所＞ってどこや？」
突然の切り出しに祐司は戸惑いながら＜ハチ公前＞と告げた。
コテコテな待ち合わせ場所やな、と呟きつつ一葉の足は渋谷駅へと向かい始めていた。
●墓参り −前日・昼間−
シュラインは最初に亡くなった彼女のお墓参りに訪れていた。
そこは都営の墓地。聞いてきた名前と、たいだいの位置から墓の位置を特定。
名字と墓石を比べて、そこだと判断した。
「彼が好きでやっているなら今すぐ止めて。こんな事しなくても貴方を忘れる事はないんだから。もし勘違いなら、私みたいに依頼人が勘違いして貴方を嫌な想い出にしてしまわない様、彼女を護るお手伝いをお願い」
真剣に祈っていると、後ろから足音が聞こえてきて振り返った。
そこには水桶を持った中年の女性が立っていた。
「……瑠美子（るみこ）のお友達ですか？」
見覚えがない女性の墓参りに、彼女の母親らしき女性は首を傾げる。
それにシュラインは立ち上がって曖昧な表情を浮かべた。
「ええ、ちょっと……」
「そうですか。わざわざありがとうございます。今日は、瑠美子の月命日なんですよ」
シュラインが脇にどくと、母親は持っていた花を供え、墓に水をかける。そして御線香を取り出してあげてから、またシュラインへと目を向けた。
「何か、ご用が？」
立ち去らないシュラインの事を不審に思ったらしい。
「え、あ……ちょっとお聞きしたい事がありまして……」
切り出して、シュラインはそれとなく瑠美子の亡くなった原因。祐司との関係を聞き出す。
「あれは、事故でした……。工事現場の鉄骨が落ちてきて……。頭蓋骨陥没骨折。脳髄損傷で……。生き残っても植物人間状態になるだろう、って言われてました……」
思い出したのか、ポケットからハンカチを取り出して目頭を拭く。
「祐司君ですか？ とってもいい子でしたよ。瑠美子のお葬式でも一目をはばからず大泣きして……。しきりに謝ってました……」
（一応謝っていたのね……）
じっと墓石を見ながらシュラインはもう一度心の中で言った。
（彼はきっと貴方を忘れない……だから、彼の幸せを願ってあげて……）
顔を伏せ、頭をさげて墓前を後にしたシュラインは、その後他の３人の女性の家を訪れ、お焼香をさせて貰った。
そして色々事情を聞いてみたが、あまり話をしたくないらしく、お茶を濁したような返事しか帰ってこなかった。
「……とりあえずわかった事は、彼がちゃんとお焼香に見えていた、って事ね」
呟き、両肩を変わりばんこに持ち上げると、コキコキと鳴る。
「……あのうち私、過労で倒れるわね……労災効くかしら……」
●サイコメトリ（ハチ公前） −前日・夕方−
渋谷、ハチ公前についた一葉は、人の多さに息をついた。
「……大学の実験よりしんどいわ……」
一葉の本分は大学生。しかし最近では大学より調査にあたっている方が多いな、と思っていたりする。
「あかんなぁ……」
ぽりぽりと頬をかきつつ台座へと触れた。
そしていつものように目をつむる。
映し出されるのは関係のない男女の待ち合わせ。いくらコテコテと言っても、まだまだ待ち合わせに使われる頻度は高い。
その中に、一人の男性の姿が見えた。一葉にはそれが祐司だとわかった。
腕時計を何度も確認して、辺りをキョロキョロしている。
駅の時計へと目を向ければ、７時はとっくに過ぎている。しかし彼女の姿はない。
携帯電話を使っているのか、左手が耳の辺りにおかれている。しかしすぐに瞳を伏せてポケットに手を突っ込んだ。
『何やってるんだ？ ……何かあったのかな……。連絡くれてもいいのに……』
やっぱりまだ怒ってるのかな……メールの返事もなかったし、と祐司は呟く。メールを貰ったときすでに、彼女が事故にあっていた、などと露とも知らず。
瞬間、ポケットの電話が着信音を鳴らす。祐司は慌ててポケットから取り出すと、彼女だと思ったらしく少し憮然とした声で出た。
『もしもし……え、あ、おかあさんですか？ 瑠美子に一体……。ええ!? あ、はい。すぐに行きます』
電話を切る手が震える。駆け出そうとして一歩前に踏み出した足が凍り付く。うつむいて。今度は左右を見回して。やっとまた踏みだし、駆け出す。
どこに行くのだったか迷ったかのようだった。それだけを見ても、祐司がかなり動揺している事が見て取れた。
ザザ、とヴィジョンが揺れる。そして消えた。
一葉は再びゆっくり目を開き、瞬きを繰り返す。
「……完全な行き違いやな……」
我が事のように、くやしそうに一葉は台座を叩いた。
●ホテル −前日・夜−
本当は幽体化そて春香の側にいるつもりだった夕子に、誤算が産まれていた。
それは慶悟の式神。それがずっと見張っているのだから迂闊な事は出来ない。能力で慶悟に勝てても、使役している式神までうち破る事は不可能だ、と感じていた。
分の悪い賭に出るほど夕子は馬鹿じゃなかった。しかし、折角の食事を見逃して逃げるほど諦めもよくない。
結果、一緒にホテルに入りそしらぬ顔で春香の護衛の一人となっている。
（あーあ、最近ついてないわね。能力者、ってやつが増えたせいよね。本当ならさっさと霊が現れたところで食べちゃいたいのに）
ふぅ、と小さくため息をついて、難しい顔で立っている慶悟と、同じ様な顔をしている式神を交互に見た。
「我五行士気を奉じ水気を抑す。救々……」
慶悟は小さく霊を見るための呪言を唱える。しかし周囲に霊は存在しなかった。
（喧嘩したまま死んだ彼女は祐司をまだ愛している。嫉妬か何かの念が新しい女を死に追いやっているのでは……）
難しい顔で悩んでいると、部屋のドアが開けられた。
「遅くなりました」
すでにアズライルを召還し、春香の護衛を頼んだライティアは、部屋へと顔を出した。ネイテは隠れている。一瞬、部屋の中にいた式神が反応するが、見知った顔を見つけた慶悟にとめられた。
「よぉ。奇遇だな」
「あ、真名神さん。お元気そうですね。この間はどうも」
にこにこと頭を下げると、慶悟は軽く手をあげた。
「おや、七森さんも一緒なんだ。縁があるのかな」
にっこりと微笑まれて、沙耶も笑みを返してお辞儀をする。
依然同じ依頼で一緒になる事があった。その際ライティアは謎の人物、という感じだったが、今回は簡単に自己紹介を済ませる。
「私もいるけど？」
片手に鞭を持ち、窓際に立って外を眺めていた華那は、ガラス越しにライティアの顔を見て微笑む。
「なーんだ、みんなこの間の人じゃない」
ネイテが現れてライティアの肩に座った。
「……!?」
驚いたのは依頼人達の方だった。突然現れた女悪魔に声が出ない。しかし皆が動じていない為、悲鳴をあげることはなんとか抑えた。
「あ、あれ？」
ネイテの視線が夕子に止まる。それに夕子はにっこり笑って見せる。
「……ふぅん。ま、いっか」
面白そうだから黙ってよ、という感じでネイテは唇に笑みをのせた。
「それにしても……やり方が気に入らないのよね」
「やり方、ですか？」
誰に言うわけでもなく言った華那に、沙耶は首を傾げた。
「そうよ。なんで彼女を殺すわけ？ さっさと男殺して自分のトコに連れていけば早いじゃないの。……それに、そこまで固執するような男には見えないけど？ さっさと切り捨てて上に逝ったらいいのにねぇ」
「え、あ……」
物騒な華那の物言いに、沙耶は同意も否定も出来ずに、冷や汗まじりで笑みを凍らせた。思わず救いを求めて慶悟を見るが、苦笑いを浮かべているだけだった。
「なかなか過激なこと言うね」
にっこりと動じていない様子でライティアは笑う。
それに華那はさも当然、と言ったように唇の端をあげた。
「当然よ。たった一人の男に振り回されるなんてごめんだもの」
当事者である祐司は、困ったような顔をしているだけだった。
「後はシュラインさんと獅王さんだけですね」
沙耶は話題を変えるように言い、しきりに胸元の十字架を触っている。
一葉はサイコメトリの為に、シュラインは情報収集の為に違う場所にいた。
「今夜は出そうにないな。二人も明日には来るだろ。七森と湖影、小嶋は休んでおけ。ああ、それと渡辺さんもな」
「え、でも……」
弾かれたように沙耶は慶悟を見る。
「いいじゃないの。寝不足はお肌の大敵よ。寝ずの番は男どもに任せて寝ましょ」
夜の仕事やっている華那のセリフではないと思うが、沙耶は小さく頷いて何かあったら起こしてくださいね、と春香、華那、夕子と共に別室へと入っていった。
「……相変わらず面白いもの使うな」
慶悟には見えているのか、無数の目を持つ漆黒の翼の悪魔、アズライルを見て苦笑する。
「お互い様だよ」
本人に霊力のないライティアは、慶悟の式神を見ることはできなくても感じる事はできた。慶悟は言われて「確かに」と笑った。
「ちょっとお手洗いに……」
いつもまでも団体行動は、と夕子は３人から離れ、スッと幽体化すると辺りを彷徨う。
沙耶は霊視ができたが、能力が数段上の夕子にとって姿を隠すことは造作もなかった。
「この辺にはいないみたいね。決まった時にしか現れないのかしらね……」
そのまま春香にぴったりくっついていようかと思ったが、それでは疑われると思いいったん戻る。
「……きっと、隙はできるから……」
妖しい笑みを浮かべて。
●ホテル −当日・朝−
シュラインと一葉は翌日になってからやってきた。
「えらいすんまへんわ。いろいろ調べてたら手間取ってしもて」
先に入ってきたのは一葉、ついでシュラインだった。
「夕べは大丈夫だった？」
入ってきて早々のシュラインの言葉に、慶悟は頷きながら苦笑した。
「そう。良かったわ。それじゃ、勝負は今日ってとこかしら」
「……大丈夫なん？ ちゃんと寝はったん？」
「女性陣はちゃんと寝たわよ。男性は知らないけど」
「さよか。まぁ男はええわ」
華那の返答にあっさりと一葉言い、ソファに腰をおろした。
そして最初の女性、瑠美子の死亡原因を語った。
「どっちも謝りたかったんやね。その思いが残っとるんと、永い時間成仏せんといたさかい、最初の趣旨が変わって来てしもたのかもしれへん」
「可哀想……」
「……」
（どっちでもいいわ。美味しく頂けるなら）
口元を押させて悲しそうに俯いた沙耶。夕子は内心で笑う。
「それじゃ、出てきたらばっちりお仕置きして、最初の趣旨を思い出せてあげましょうか」
鞭を握って華那は嫣然と微笑む。今日も真っ赤なルージュは光り輝いている。
「他の三人の家族はあまり語りたがらなかったわね。何かしたの？」
ソファに座っている佑司を見下ろしてシュラインが言うと、祐司は困ったように首を傾げた。
「……私のせいで自殺した、と思っているからでしょうか……。事実、そうなのかもしれませんし……。お焼香させて貰いに行ってもすぐに追い返されてしまいますから」
寂しげに言った祐司の手の上に、春香がそっと自分の手を重ねた。それだけで、春香が祐司をどれだけ思っているのかがわかる。
たかが一ヶ月。されど一ヶ月。想いをつなぐのに時間は関係ない。
男の人って遊びでつきあえるんだ、とちょっと男性不信に陥っていた沙耶は、その雰囲気を見て思い直し始めた。
（こういう関係を探すために、つきあう、って言うのもあるのかな……）
実際問題、沙耶に恋人でもできようものなら、本人より兄３人がうるさいのだが。
「大丈夫？ なんか顔色が悪いけど」
「え、ええ。大丈夫よ。……ちょっとオーバーワークし過ぎかな」
くらっとたちくらみがしたシュラインに、ライティアが声をかける。それにシュラインは無理に笑ってみせるが、どこか生気がない。
「少し横になっていた方がいいわよ。何かあったら起こすから」
機会をうかがいながら、夕子はそれでもシュラインに声をかけ、長い方のソファをすすめる。
「ありがとう」
言われたとおりシュラインは横になる。
そして目をつむると、沙耶が濡れたタオルを目の上に置いてくれた。それに手だけあげて応えた。
「まったく、草間ってば女性をこきつかい過ぎよ。あとでお仕置きかしら？」
ビシッと鞭をふたつに折って間を膨らませて引っ張る。
「あははは、お手柔らかに」
困ったように笑った沙耶の視線の先で春香が立ち上がった。
「どこに行くの？」
夕子の問いに春香は「お手洗いに」と答える。
「一緒に行きましょうか？」
「……湖影も一緒に行ってくれ」
立ち上がった夕子をちらと見て、慶悟は低く言った。
「……わかったわよ。それじゃ行きましょうか」
腰のベルトに鞭を差し込むと、華那は春香、夕子と共に洗面所へと入っていく。
そしてしばしの沈黙が流れた後、春香の悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
慶悟とライティアが飛び込むと、腰を抜かして顔を手で覆っている春香と、鏡をビタビタ叩いている華那、それに全く表情を変えてない夕子がたっていた。
「鏡一瞬、誰か別の女性が映ったのよ。それで驚いて」
「……誰か、いたみたいね」
冷静に夕子は言う。
直ぐさま慶悟は式神に、ライティアはアズライルに誰かいたか確認した。それに返ってきたのはいずれも同じ。
瞬間いたが、捕まえることができなかった、という事。
「あ、あの……真名神さん……」
「どうした？」
胸をの十字架をぎゅっと握って沙耶は慶悟に声をかける。
「私にその女性の霊、降ろせませんか？」
「降霊……か。いつもいつもうまくいくとは限らないぞ」
「はい。わかってます。でも……いつまでもこのままじゃ、その女性にとっても香山さんにとっても良くないです……。ちゃんとお互いに話し合う必要があるんじゃないですか？」
まっすぐに見られて、慶悟は頭をわしわしとかいた。
「七森さんの言うとおりかもしれないね。ボクもまた手伝うし」
「手伝うのは私でしょ？」
ひょこっとライティアの肩にネイテが現れる。
「本当に……本当に彼女が殺しているなら、ちゃんと話をしたい……よろしくお願いします」
祐司は怯える春香を抱きしめながら、哀願するように見た。
「この辺にはもういないようだから、掴まるかはわからんが、やってみるか」
「それじゃ、また一緒にいてあげるね」
目隠しで覆われているが、瞳が見えていたとすればウインクしたような口調でネイテは沙耶の肩に乗った。
夕子は皆がそっちに気をとられた隙に幽体となって消える。
式神やアズライルは夕子に気がついたようだったが、目的の霊ではなかった為と、気配が抑えられていた為に、関心をよせなかった。
「こういう時役にのたたのんが悔しいな」
「……十分サイコメトリとかって能力で役にたってるじゃない。気にすることないわよ」
今回はハリセンでしばく相手もいない。口惜しそうに一葉が言うと、横に立っていた華那が何事もないようにさらっと言う。それを聞いていたシュラインは、唇に笑みを浮かべた。
その間にも慶悟が呪言を唱えている。そばにいるわけではない。どこにいるかわからない霊を呼び寄せるには時間がかかるらしい。
それでも式神やアズライルも手伝って、ようやく掴まった時には、慶悟の額は汗でびっしょりだった。
『……どうして？』
沙耶の口から疑問符が出、じっと視線は祐司に向かう。
それに祐司はどう返答したらいいのか迷っているかのように口をパクパクさせた。
春香はぎゅっと祐司にしがみつく。
シュラインは目の上のタオルをどけると、ソファの上に身を起こし、華那は腰から鞭を引き抜いた。ライティアは黙って見守っているが、そのそばではアズライルが控えている。
一葉はごくん、と喉を鳴らして唾を飲み込み、じっと沙耶の顔を見る。
幽体となっていた夕子は、沙耶の体から瑠美子が出てくるのをねらっていた。
『……元気そうね、って言い方おかしいかしら……』
「……な、なんでこんな事したんだ？」
僅かに声が震えている。
『何で？ ……そうね。あなたはそう思うかも……』
「あ、……」
キン、と頭に響いてくるものがあって、一葉は顔をしかめた。
いきなりの共鳴。一葉のサイコメトリに反応したらしい。
目の前に映し出されたのは今まで亡くなった女性の姿。一葉は写真もなにも見ていないのだからわからない事なのだけれど、それでもわかった。
そしてその前に立つ女性が、瑠美子だ、という事も。
『本当に愛しているの、彼の事？』
「な、なによあんた!? 別に関係ないじゃない!!」
『駄目。彼をちゃんと愛してくれる人じゃないと……財産目当てなんて……許さない……』
すっと瑠美子の手が伸びる。半狂乱になった女性は目に付いた剃刀を手首にあてた……。
映像はみな同じようなものだった。
「大丈夫？」
急に跪いた一葉に、シュラインが手を伸ばすと、やけに肌が冷たかった。
「……大丈夫や……ちぃと力使いすぎただけみたいや……」
言ってから沙耶を見直した。
「……うちら、ちーっとばかし勘違いしてたみたいや」
「なにが？」
すぐに反応したのは華那。
「その女性、その男の事守ってたみたいやな」
「守っていた？」
そっちに反応したのはライティア。何か複雑な表情。自分の身になにかを重ねているのだろうか。
『……言わなくてもいいの。お願い』
くるり、と沙耶が振り向いて、寂しげに笑う。
「でも、言わんかったらわからんやろ？」
『……いいの。ねぇ春香さん。本当に祐司を愛してる？』
小さく左右に首を振ってから、また春香の方を向いた。
それに春香は即座にきっぱりと頷いた。
『そう、良かった……。祐司……』
「る、瑠美子。ずっと謝りたかったんだ！ すまなかった。あのとき俺が家を飛び出してしまえば……」
『もういいの。私も……ごめんなさい……あなたのせいじゃなかったのに……。守護霊を気取ってずっと側にいて。謝り続けるあなたの声を聞いてきたわ。だから、もういいの』
「恨んでいたんじゃなかったのか？」
『恨む？ ……そうね、そんな時期もあったかもしれないわ。でも、今は……』
慶悟に問われて瞳を伏せた。
「気持ちの整理がついたのかな？」
『……わからないの。今、ここに呼び出されるまで、ずっとどこかの空間を彷徨っていて。気がつくと誰の前に立っていて……。意識はいつも曖昧で。ピントがあってないようだったわ……』
「危ない！」
話をしている沙耶の後ろに黒いもやが発生して、華那は鞭をとばした。手応えあり。
沙耶は驚いてカーペットの上に転がった。
「あら、とっても美味しそう……」
スッと現れた夕子は、その黒い霧の中に邪悪な霊を見て嬉しそうに笑った。
『獲物をかる邪魔をするのは誰だ？』
地の底から響くような男の声。
瑠美子が乗り移った沙耶の体を、シュラインと一葉、華那が護るようにたちはだかる。
「貴様の仕業だったのか!?」
「ライティア、あれよ、死に神のまねごとしてる馬鹿は」
ネイテが人垣の中から顔を出して叫ぶ。
『汚れた生者の魂はうまいからな……。そこの女を利用させて貰ったよ』
「ここに現れたのが運の尽きだな、覚悟しやがれ！」
式神ががっちりとその霊を抑え、その上から慶悟が呪縛する。
「アズライル！」
「ちょっと待ってよ。せっかくのご馳走なんだから……。食べちゃっても文句、ないでしょ？」
嬉しそうに夕子は男の霊の側による。
「勝手なことをするな！ 霊はちゃんと成仏させないと駄目なんだ！」
「……きれい事はいいの。わたくしの食事よ」
キラッと夕子の黒い瞳が光る。
『な、なにをする!?』
「馬鹿な子ね。力に溺れて有頂天になって。わたくしの栄養になって、後悔しなさい」
言うが早いか、夕子の爪が霊をとらえ、吸収してしまった。
それはあっという間の出来事。
「……あー美味しい。やっぱり恨みある魂は美味しいわね。ご馳走様。……気分がいいから、そっちの霊はあきらめてあげるわ」
にっこりと笑うと、夕子は再び消えてしまった。
『……私、ずっと……』
「貴方のせいじゃないわ。だから気にしないで」
『で、でも……。私の祐司を護りたい気持ちが、利用されていたなんて……』
声をかけてくれたシュラインに抱きつく。
『もう謝っても仕方ないわよね……。お願い、上にあげて欲しいの……。これ以上迷惑にはなりたくないから……』
すがるような目で慶悟を見る。それに慶悟は重く頷いた。
「手伝ってくれるか？」
その言葉にライティアも頷く。
「忘れろ。あんたの責任じゃない。安らかに眠れ」
慶悟がお経にも似た祈念と唱え、アズライルが魂を導く。
『ありがとう……。ごめんね祐司。春香さんとお幸せに……』
「……春香！ お前の為にも幸せになる！ 絶対にもう誰かを泣かせたりしない！」
『うん……』
にっこりと心からの笑みを浮かべて、瑠美子はアズライルに導かれるままに上へと上がっていった。
「おっと」
例のごとく力を失って倒れた沙耶を華那が受け止める。
その頬には一筋の涙の跡が残されていた。
「これですっきり、かな」
ライティアの体に蛇の下半身を巻き付けて、ネイテは無邪気に言う。
「そうみたいだね。後は残された者の気の持ちよう、かな」
少し沈んだように瞳を伏せてネイテの言葉に応えた。
「一ヶ月でも一年でも結婚なんてのは自由だが……今まであった事、過ごした事全てを決して忘れるな。春香も今日あった事を忘れず祐司と共に生きろ。それが今まで在った全ての魂に対する最大の供養だ。俺の祈念なんぞじゃない程のな」
式神を戻しながら慶悟が言うと、二人はしっかりと頷いた。それを見て慶悟は瞳を細めた。
「……相手を護りたい想いを、利用されていた、なんて……」
「せつないなぁ」
ため息をついたシュラインに、一葉が同意する。
「……瑠美子さん、大丈夫、でした？」
「大丈夫よ。だから寝てなさい。それが一番」
うっすらと目を開けて言った沙耶に、華那が微笑む。それは女王さま然としているいつも華那とは違った笑顔だった。
それに安心して、沙耶は再び眠りについた……。
●次の食料 −後日・昼間−
「今回は美味しく頂けたわね」
本来の目的とは違う相手だったが、それでも夕子は満足だった。
そっちの方が格段美味しそうだったからだ。
「次の美味しい食料にありつけるといいわね♪」
くすくすと笑いながら、排気ガスにまみれた地上を見下ろしていた。
●祈念 −後日・昼間−
「……」
慶悟は祈っていた。
誰かの為、という訳ではなく。
ただ一心に。
日々の糧の為にやっている、と豪語している陰陽師家業。しかし日を追う毎に変わってきている事に気がついていた。
だから今はただ、祈っていた……。
●墓参り −後日・昼間−
華那、沙耶、一葉で瑠美子のお墓を訪れていた。
誰が言い出した訳ではない。偶然霊園の入り口で一緒になったのだ。
そして祈る。
幸せになれますように、と。
●さくら犬猫病院 −後日・昼間−
今日もライティアは患者に追われていた。
病気、交通事故、その他諸々。
看取った数は計り知れない。
ふとライティアはなにを思い出して遠い目をする。
それに隠れていたネイテがそっと覗いて唇をひきしめた。
生者にもそれぞれの事情がある。
それを思い出すかのように……。
●草間興信所 −後日・昼間−
「おい、何か届いているぞ」
たまたま自分で煙草を買いに出ていた草間は、郵便局員から現金書留を受け取った。
そこの宛名にかかれていたのは『興信所の青い目の大蔵大臣へ』だった。
住所は草間興信所で間違いなかった。
「……」
この宛名でどうして自分の所へと渡されるのか、シュラインは半眼になりつつ開けると、そこには先日の報酬が丸々入った袋と、本当はいけないのだが手紙が一通入っていた。
『興信所の経営にお役立てください』
書かれた文字に見覚えがあった。
シュラインは窓の外を見て微笑む。たまに姿を見せる、夕子の姿を思い浮かべて。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0086／シュライン・エマ／女／26／翻訳家＆幽霊作家＋時々草間興信所でバイト】
【0115／獅王一葉／女／20／大学生／しおう・かずは】
【0230／七森沙耶／女／17／高校生／ななもり・さや】
【0382／小嶋夕子／女／683／無職…？？／こじま・ゆうこ】
【0389／真名神慶悟／男／20／陰陽師／まながみ・けいご】
【0476／ライティア・エンレイ／男／25／悪魔召還士】
【0490／湖影華那／女／23／Ｓ○クラブの女王／こかげ・かな】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、夜来です☆
みなさん再びお目にかかれて光栄です〜♪
しかも一葉さん以外、みなさんマネキンの時と一緒だったので、思わずほくそ笑んでしまいました（笑）
今回は書いているうちに話がどんどん変わってしまって困ってしまいました(^-^;)
外部刺激に弱い私……うううう。
シュラインさん、本気で過労に……(^-^;)
一葉さんのハリセンが炸裂できなくて残念です。
沙耶ちゃんは相変わらず可愛くて☆
夕子さん……違う霊でしたけど、一応美味しく頂けました（笑）
慶悟さんお久しぶりです☆ 格好いいですよね。ほれぼれ……。
ライティアさんの毎回出てくる悪魔が、実は楽しみだったり（笑）
華那お姉さま（笑） きっとまた草間さんをお仕置きしているのかと思われます（笑）
書いていてとても楽しかったです。
それでは次回の依頼で産前最後となります。これまでありがとうございました。
復帰しているのを見かけたら「こんなヤツもいたな」と思い出して頂けると光栄です。
皆様のご活躍、楽しみにしております。
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