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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


調査コードネーム:鏡鳴のトリコ −復讐の三女神 2−
執筆ライター  :立神勇樹
調査組織名   :ゴーストネットOFF
募集予定人数  :1人〜5人

■オープニング■

 ――そしてお前達は偽善の鞭で復讐者達を断罪するだろう。
 ――腕をもがれた事もない、親を魔物に殺された事もない、復讐の安らぎを知らないお前達が!

 春の風が気持ちのよい午後、ゴーストネットで一番日当たりがいい窓辺の席で、瀬名雫がため息をついていた。
 彼女はぼんやりと窓辺を飾る桜草を見ていたが、こちらの視線に気づいて、気まずそうな、安堵したような、何とも奇妙な微笑みを浮かべた。
「あのね、朝来たら、怖い顔した女子高校生のお姉さんがこれを置いていったんだけど」
 そういって取り出したのは、宛名も差出人もない空色の封筒だった。
 雫の視線に促され、中にあった便せんを取り出すと、流麗なカリグラフ書体で次の一文が記されているのが読みとれた。

「お帰り、アリス。
 止まらぬウサギを追いかける旅は楽しめたかい?
 今宵は満月、誰もいない月女神公園へ行こう。
 陽気と愉快が輪になり行きて巡り続ける場所に。
 巨大な回るトレイの上ではコーヒーカップもぐるぐる回り、三月ウサギもいかれ帽子屋も自分のカップがわからない。
 いっそ戸惑う位なら
 砂糖とミルクの気分になってカップ中でぐるぐる回れ!
 鏡の国を見つけたならば、一緒にゴブリン退治をしよう。
 輪を描いて魔法を唱え、玉座から王を引きずりおろせ!

 ――二つの時が重なる時刻に。Tisiphone」

 ティシポネといえば、魔物や闇の眷属に復讐するハッカー集団"Fulies"の一人だ。
 ということは、これを持ってきた少女がそうなのだろうか?
 雫に聞くと、彼女は頭を振った。
「渡してきて欲しいって頼まれただけだって。……でも何か訳アリみたいな雰囲気だったよ。そうそう。これも一緒に入ってたんだけど」
 差し出してきた小切手には、サラリーマンの年収に相当する金額が書き込まれていた。
 振出人には、丸みを帯びた小さな文字で「叶 星歌」と書かれ捺印してあった。
「……この小切手、このままにしておくのはまずいよね?」
 確かにもらう理由も言われもない。いたずらにしては金が掛かりすぎている。
 これはなにかの謎かけか? ティシポネの挑戦か? 星歌という少女は"Fulies"の何なのか?
 頭の中で三つの問いをお手玉のようにジャグリングさせながら、唇の端を少しだけ歪めて見せた。

 ――さあ、どうやってこの小切手を返し、奴らのしっぽをつかもうか?


■14:00 お台場・ハーバービューカフェ■

 初夏の始まりを告げる潮風が優しげに頬をなでていく。
 晴れた空には薄雲一つなく、至高神をまつる聖堂のようにどこまでも遠く蒼かった。
 もっとも、その聖堂の下に居るのは相も変わらず、欲と罪にまみれた人間達だったのだが。
 心地よい風が繊細な黒髪をなでていくのを感じながら、斎悠也は陽光を凝縮したような金の瞳を細めて見せた。
「別に復讐が悪いとは思わないんだけどね」
 背後から声をかけられ、悠也は花がほころぶような緩やかに微笑みを作りながら振り返った。
 と、そこには悠也と同じ、黒曜石を紡いだような黒髪と、血を吸い取った紅玉石のような瞳を持つ、中性的な顔立ちの女性……秋津遼が立っていた。
 最高級のルビーを「ビジョンブラッド」……鳩の血、というらしいが、秋津遼の瞳はそれよりも深く、暗い……まるで人の血液を吸い取ったルビーのようだ。
 普通の人間なら、うすら寒い想像に背筋を震わせるのだろうが、悠也は微笑んだまま、優雅な動作で彼女の為にイスを引いてみせた。
「自分の望みならやればいいんじゃない? 闇の眷属、で一緒くたに見られるのは勘弁してほしいけど、そんな事通じるとは思えないし」
 挨拶もなしに、とつとつと感想を述べる。
 傲然とあごを上げ、周囲の視線を一身に集めていることすらも意識せず。
 ――いつだって、彼女はそうなのだ。
 五百六十七年を生きる、魔性の王……吸血鬼たるこの女性にしてみれば、人間など一瞬の光の間に死んでいく、羽虫のような存在。退屈を紛らわすための玩具としか認識していないのだろう。
 悠也は苦笑しながら秋津がイスに座るのを騎士のように助け、そして彼女のためにコーヒーを追加注文する。
 秋津と同じく、店内の女性の視線が注がれている事を気にもとめず。
「復讐というか、八つ当たりのように思えるのですが……」
 辛辣で正直な遼の言葉に苦笑しながら、悠也はつぶやいた。
 海を一望するお台場の一等地。有名なレインボーブリッジを望むホテルのカフェテラス。
 完璧な一対の美男美女。
 まるでドラマのようなシチュエーションだが、語られている内容は、いささか尋常ではなかった。
 面倒くさげに遼がテーブルの上に、空色の封筒を放り投げる。
 封筒は最初からそう定められていたように、海風にあおられもせず、既にテーブルの上にあった……悠也の分の招待状の上に落ちた。
 全く同じ空色の封筒……それはティシポネからの「招待状」であった。
 昨日……家の郵便受けに入っていた。
 ダイレクトメールのように、プリンタから印字されたらしい人工的な宛先。
 そして差出人には一言"Tisiphone"と。
 それだけで悠也は全てを理解した。
 ハッキングにより個人情報を消去し、詭弁により「認識」を消去する、夢と現実の狭間に潜む復讐の少女――アレクト。
 あの事件から二ヶ月もたってないというのに、早速休戦は破られた。
(それとも、二ヶ月も持った、と言うべきでしょうか?)
 脳裏に浮かぶゴーストネットの風景。慟哭する少女――そして、アキという青年の緑色の瞳。
 もし再び復讐の女神達が動き出したというのなら、それは自分だけが標的ではないはずだ。
 即座にそう思い、旧知である彼女――秋津遼に接触したのだ。
 遼もほぼ同様であった。
 ある日前触れもなく住処に空色の招待状が舞い込み、そして、唇の端をかすかに持ち上げて笑った。
 誰彼ナシに襲いかかるガキは、うっとうしいだけである。
 が、このFuries……いや、ティシポネは無能で無教養のガキではない。
 なぜなら秋津遼には決まった住処など無いのだ。
 吸血により僕にした者達……無意味に得た金で購入したマンション。100年前から手付けずで放ってある別荘などをいれれば、両手両足の指の数を足してもおっつかない。
 また彼女自身の気まぐれな性質もあってか、どこにいるのか悠也や草間達でも簡単に掴みづらい。
 近年になって携帯電話などという便利な道具が出来はしたが、それすら、遼の気がのらなければ電源を切ったまま放置され、本来の役目を果たさないことがままある。
 にも関わらず、ティシポネは正確に彼女の居場所を突き止め、招待状を送りつけてきた。
 それだけで、自分に興味をいだいて情報を集めたのが……そしてそれをなした手段、つまりハッキングの腕がわかる。
 夢うつつに瞬き消える幻影の少女より強い、確実な力の存在を感じた。
「どうしますか?」
 ささやくだけで、たいていの女性が思考力を失う、甘い悠也のささやきに、遼はくすり、と笑う。
「さあねぇ。どうだろうねぇ。やりたきゃご自由にどうぞ」
 そういって遼は運ばれてきたコーヒーに口を付ける。
「でも私、人の邪魔してやるのが楽しいんだよねぇ」
 漆黒の液体に波紋が広がる。
 血のような、否、戦いの星・火星のように静かに燃える深紅の瞳を細めて、遼は嗤(わら)った。
 その笑みは、神に対する背徳。
 全てが死を賜うこの世界の法則に対する、あからさまな反逆。
 それをなし得る力を誇示する妖しい微笑みだった。
「……あなたならそう言うと思ってましたよ」
 退屈をもてあます吸血鬼に対して言うと、悠也は白磁のようにすべらかで美しい指でコーヒーカップをはじいた。
 かすかに濁った音がして、カップの中のコーヒーにさざ波が立つ。
 そして吸血鬼と魔の血を引く二人の間にも、妖やかな空気が震え出す。
 お互いの真意を探ろうとする、危険な駆け引きの沈黙がながれる。
 同じ闇の眷属とはいえ、価値観までも同じとは限らない。
 同じ属性を持つが故に激しく憎みあい、殺し合うこともしばしばである。
 差し違えようとする白銀の刃のように、張りつめた空気が二人の間にながれる。
 そしてほぼ同時に、お互いは結論を下した。
 今回は手を組むのが最も効率的だ、と。
「邪魔をする、というのは俺の場合適切ではありませんね。……この間のアレクトのように見境無い攻撃は迷惑です。もうやめてくれるようにお話出来るといいのですが……」
 肺の中の二酸化炭素を一息に吐き出し、悠也はイスに背をもたれかけさせた。
「甘いなァ。――坊やは」
 悠也と同じ動作で……女性にしては乱雑な……しかしシャープな身のこなしで遼も背もたれに体を預ける。
 坊や、と言われたことにかすかに自尊心が傷つけられた気もするが、やはり二十一才の悠也など、五百六十七才の秋津からみればまだまだ坊やなのだろう、という考えと、女性の意見を尊重する、というホストクラブのバイトで慣れきった方法で彼女の挑発を逸らす。
 と、遼は挑発がかわされたのが残念、という風に肩をすくめ、顔をそらし、目の端だけで悠也を見た。
「それにしても、謎解き? やれやれ、手間がかかるお姫様だ」
 顔をそらしたまま、けだるげな動作でテーブルの上の封筒を取って中の招待状を開く。
「感性の吸血鬼だから、頭使うのってあんま好きじゃないんだけど……」
「月女神公園……ならルナパーク……遊園地でしょう。アリスが出てくるから東京ディズニーランドでしょうか?」
「ああ、アリスのティーパーティ? どうかな? 「止まらぬウサギ」はアレクトだと思うんだよねぇ。カップって大観覧車の事かな。ああ、だからキミ、私をここに呼びだしたの?」
 考える気があるのかないのか、適当そうに言葉を放つ。だが、遼の深紅の瞳は好奇心でくるくると動き、文面から謎を拾い集めようとしていた。
「トレイもカップも回って、自分もカップの中にはいるなら、コーヒーカップは「コーヒーカップ」でしょう」
「ナニソレ。ああ、そういう乗り物があるんだ。ふうん。遊園地なんて行かないからねぇ」
 行っていたとしても、覚えてなんか居ないだろうな、と悠也は思ったが口には出さなかった。
「二つの時間が重なる、は24:00でしょうね。0:00とも言いますから」
「それは私も賛成だね。でもこの場合は「どこ」で「何」をが重要だよ」
 そういいつつ、遼は招待状を再びテーブルの上に放り投げた。
 招待状は海風にあおられ、テーブルを越えて床へと落ちる。
 全く頓着しようとせず、ぼんやりと海を眺める遼に、悠也は半分呆れながら招待状を広いに行く。
 瞬間。
 お台場パレットタウンの大観覧車が目に入った。
 否、大観覧車の下に広がる夏期限定の「移動遊園地」にだ。
 小さいながらにも「コーヒーカップ」と「メリーゴーランド」と「ミラーハウス」らしきものが見えた。
「――あれですね」
 一瞬の迷いもなく、ひらめきは確信に変わる。
「何? 見つけたの?」
 戻ってこない悠也を不信に思ったのか、遼が悠也の左肩から顔をだして、視線を追う。
 悠也は遼にかまわず、ゆっくりと唇を三日月の形に作り上げてみせる。
 何も悠也が言わないから飽きたのか、遼は背後から悠也の首に腕を絡めながら、耳元でささやく。
 もちろん好意があるわけではない。ただのからかいとなれ合いだ。
「あのさぁ。これは勘だけど……以前の女神様は植物状態に近かったよね。今度は車椅子の薄幸の少女じゃないかなァ」
 小さく、美しく、簡単に握りつぶせる存在を僕にするのも悪くない。
 そう思って遼が喉を鳴らそうとした瞬間、悠也が声を上げて笑い出した。
 突然の出来事に、状況を理解出来ず、遼は思わず悠也から飛び退いて身構えた。
 が、悠也は見事な足捌きで振り向くと、してやったりの表情で遼を見つめた。
「ああ、あなたは知らないんでしたね」
 笑いを止めようと、手を口にあてるが、発作のような笑いはとめられはしない。
 秋津遼は――知らないのだ。
 いつまでも笑い続ける悠也を、不気味そうに眺める遼。
 そんな遼の人間くさい表情をみて、悠也はなおさらおかしくなってしまう。
 ようやくの事で笑いの発作を止めると、息をするような軽さで遼に向かって片目をとじて携帯電話を出して見せた。
「雫ちゃんに頼んで、アキさんにコンタクトを取って確認してみましょうか?」
 Furiesの一人であろう、あの青年に。


■20:00 ヴィーナスフォート■

 全長400mのメインブロムナードを中心に5つの広場が点在する、女性の為のテーマパークヴィーナスフォート。
 不況が続き、夜も更けたというのに、人の……否、女性客は多かった。
 一時間事に天井スクリーンの空の色が変わるメインブロムナードのこけおどしも、2回も見れば飽きてしまう。
 二階の噴水広場の片隅で、斎悠也は携帯電話を片手に苦笑した。
 連れである秋津遼は円周の反対側にあるDKNYで、つまらなさそうにサングラスを物色している。
 恋人でもない男と、単なる時間つぶしのデートをしているのだ。つまらなさそうなのも仕方ない。
 いかに多くの女性を楽しませる技術をホストクラブで拾得した、といっても、普通の女性と根底から価値観が違う秋津遼には通用しない。
(このままだと、機嫌が悪くなるかもしれないな)
 苦笑しながら、モデルのように均整のとれた身体で店内を歩き回る遼を観察する。
 長い時間を生き、何より退屈を嫌う彼女だ。……いつ、飽きた、と言ってふいっ、と帰るかわからない。
 これから出会うであろう復讐の女神に、心の中で悪態をついたその時、唐突に携帯電話が鳴りだした。
『よう、美人とデートしているのに、ずいぶんと浮かない顔だな、ハンサム君』
 受信ボタンを押すと同時に聞こえたのは、電子によって歪められた青年の声。
「そう思われるなら、選手交代しますか? 彼女は手強いですよ」
 ゆっくりと瞑目しながら、悠也は答えた。
 神経を集中する。が、自分を見ているはずのアキ……否、ティシポネの視線を感じられない。
『遠慮しておくよ。後の楽しみが無くなるからな』
 素っ気なくアキが言う。
「パレットタウンの期間限定移動遊園地、24時?」
 最小限の単語でセリフを構成し、疑問系で聞く。と、かすかな電磁ノイズの後に、固い声が返される。
『ゲームの答えをゲームマスターに聞くのはルール違反だ』
「……ええ、その解答で十分ですよ」
 目を閉じたままかすかにあごを上げて、アキに見せつけるように微笑んで見せる。
 もし間違っていたならば、彼は解答を示しただろう。しかし、示さなかったということは「答えがあっている」ということだ。
『いい度胸しているな、ハンサム君。美形で頭の回転もよくて、度胸もある……モテモテだろ?』
 悠也の挑発に答えるように、アキが茶化す。
 しかし悠也は誤魔化されなかった。
「何をさせるつもりです」
『招待状の通りだよ……あとは先のお楽しみ、だ』
 くすくすとこらえきれない笑いが、ぷっつりととぎれる。
(かわされてしまいましたね)
 さして残念という訳でもなく、ぼんやりと心中でつぶやく。
 リダイアルするが、留守番サービスにつながるだけだ。どちらにしろ、ハッカーのアキが自分の身元がわかるような携帯電話を使うとは思えない。大方盗難品か、プリペイド式の使い捨てに決まっている。
(それにしても……彼の声……どこかで……聞いた記憶が)
「まさか自分にそっくりな奴で、しかも正体がゴブリンってのが出てくるとか」
 買い物を済ませた遼が、唇を三日月の形に歪めながら言う。
「……そして玉座から引きずりおろせ、ですか。訳がわかりませんね」
「相手から何かを奪うとか。そうすれば能力が使えなくなったり、身動きがとれなくなるとかね」
 遼は綺麗にマニキュアをぬった爪先で、悠也の前髪を弄ぶ。まるでネコが喰らう直前のねずみをいたぶる気軽さで。
「自分から弱点を晒しますかね?」
 ため息をつきながら、悠也は遼の戯れを無視して言う。反応すればよけい面白がって、もっとちょっかいを出してくるのがわかっている。
「ちぇっ。そうか」
 案の定無反応の悠也をさっさと解放して、遼は大きく伸びをした。しなやかな身体が弓なりに反る。
「取りあえず風神の護符に蝶をいくつか用意してきましたが。あとペンライト」
「ペンライト?」
「俺は夜目がきくので月明かりがあれば十分ですが、いるでしょう? ついでに白い仮面でも被って黒いローブでもはおって、どこかに潜んで様子を見ます?」
 すらすらと答えると、遼が珍しく目を見開き、こめかみに指を当てた。
「キミ、時々、とてつもなく天然だね」
 それだけ妖しい格好をすれば、警備員に見つけてくれというようなものだろう。
 いや、それ以前に今回は「招待」されているのだ、小細工などせず堂々としれいればいい。
「そうですか? 取りあえず俺は……もうやめてくれるようにお話出来るといい、と思っているだけですが」
「そりゃキミはそうだろうけど……いや、それ、的外れだよ」
 何がですか、と聞き返してくる悠也に遼は肩をすくめて見せた。
 言っても多分理解して貰えない、という意味のリアクションだ。
「取りあえずさぁ。何か食べようよ。時間あるし」
「……そうですね」
 幸いヴィーナスフォートはレストランが23:00まで営業されている。時間つぶしにはちょうどいい。
 そう思い、悠也が一歩踏み出すと、先を歩いていた遼が、この上ない真剣な声で聞いてきた。
「ところでその小切手、返さないと駄目?」


■23:40 月女神公園の死闘■

 月のさえ渡る白い光が誰もいない遊園地を照らす、日付が変わりそうな午後23:40。
 笑い声もなく、軽やかな音楽もない。
 あるのは冷たい闇と、海の潮騒ばかり。
 静まりかえった遊園地に、ティシポネの招待を受けた子らがゆっくりと集い出す。
 春とは思えない冷気に身体をふるり、と震わせて邦彦は当たりを見渡した。肩にはもちろん祖母からもらった肩掛け鞄。
(「一緒にゴブリン退治をしよう」に「玉座からひきずりおろせ」か)
 ティシポネの招待状にあった一節を心の中で繰り返す。
「……誘われてるのかなぁ」
「え?」
 邦彦と一緒に歩いていた深雪が、突然のつぶやきにきょとんとした。
「あ、いや、最後の一節の謎はなんなのかなぁって……。ひょっとして仲間になれって誘われているのかなとか」
 手をふりながら、あわてて付け加える。と、深雪が静かに微笑んだ。
「誘われても、仲間にはならないわ。私はもう《自分》を捨てようとはおもわないもの」
 アレクトの事件で、一瞬だけ「雪女としての力がなくなれば」と思った。
 だけど、それは自分のルーツを否定することだ。父や母が交わした愛を踏みにじることだ。
 優しく、だが毅然と言う深雪に、邦彦は恥じ入るように頬を染めてうつむいた。
「そう、ですね」
 それはマイナス行動への誘惑だ。
 復讐する気持ちはわかる。しかし、そんなことをすれば悲しむ人がいるはずだ。
 ――伝えたい。
 「止まらぬウサギ」アレクトのように手遅れにならないように。
 一歩一歩の足取りが重い。
 先に何が待ち受けているのかが、怖い。
 それでも、行かないと行けない。――それは奇妙な使命感。
 陰鬱な気持ちを振り払おうと、邦彦が顔をあげると、素っ頓狂な叫びがあがった。
「あれ? 駒子ちゃんのおねーさんじゃないっスか!!」
 明るく無邪気な子供のような声がして、懐中電灯の光がひらめく。
「湖影……龍之助くん?」
 まぶしさから目をかばいながら、深雪が声の主の名前を呼ぶ。と、「奇遇っすね〜」といいながら、声の主が二人の方に寄ってきた。
 まぶしさに慣れた瞳で、じっくりと顔をみる。と、懐中電灯を顔の下から当てながら――いわゆるお化けライトだ――月刊アトラスのアルバイター、湖影龍之助が笑っていた。
 公園で三下が幽霊にとりつかれた事件。事件に関わった駒子にかわって深雪が原稿用紙の升目を埋めたのは記憶にあたらしい。もちろん、事件後に仲良く手をつないで、駒子を送ってくれた龍之助の顔も、だ。
「龍之助くんも「ティシポネ」の招待状をみて?」
「そうっス。妙な事に妙な具合に関わっちゃいましてね。へへ」
 鼻の頭をかきながら龍之助が笑う。と、その彼の後ろには如何にも「迷惑」と言った顔の少女が立っていた。
「彼女は……?」
 彼女がティシポネなのだろうか、と邦彦がおそるおそる聞くと、龍之助は困ったように頭の後ろで手を組んだ。
「小切手の振出人、叶星歌さんです――何でも、ティシポネに「復讐」を依頼したらしくて」
「復讐を依頼した?!」
 深雪と邦彦が同音異口に叫んだ。が、少女は二人を睨んだまま何も言わない。
「あー、聞いても無駄っすよ、彼女「だんまり」の神様がついてますから」
 ここに来るまでの数時間、あの手この手で聞き口説いたのだが、星歌は全くの無反応無視であったのだ。
「だんまりの神様かぁ。そういう神さまは聞いたこと無いなぁ」
 斜に構えた中性的な声が闇から投げかけられる。
 視線を向けると、闇に浮かぶ白い肌。そして燃えるような深紅の瞳。
 深紅の瞳の後ろから、決して変質しない純金の瞳が妖しげに瞬いた。
 秋津遼と斎悠也だ。
 二人は面白そうに叶星歌をちらり、と見て腕を組んだ。
「小切手の振出人とは思いつきませんでしたね」
「謎解きのほうが面白そうだったからね。人捜しなんて退屈だ」
 しみじみとした悠也のセリフに、遼が茶化すように続けた。退屈が嫌いな彼女らしい発言だ。
「何? みんな招待状もらったの? 私もなんだけど」
 遅れて闇の中から朗々とした声が投げかけられる。
「コンビニのバイト、なかなか次のシフトの子が来なくて。遅れるかとおもった」
 闇に溶ける黒髪を押さえながら風見璃音が、つい、と目を細めて笑った。
「これで全員そろったと言うことですね」
 悠也の声に、全員が頷く。
 そして全員の瞳が、小切手の振出人である叶星歌に注がれた。
 負傷した獣のような押さえつけた怒りを、招待を受けた者達に向ける星歌。
 その星歌を諭すように深雪がやんわりと尋ねた。
「復讐を依頼した、ということは「復讐の理由」があるということよ――ね?」
「……ゴブリンよ」
「ゴブリン?」
「ゴブリンが月歌を殺したから、私はゴブリンに復讐する」
 他人が書いたシナリオを読むように、抑揚にかけた低い声が星歌の口から放たれた。
 それは十六の少女が言うにしては、あまりにも重く、負の感情に満ちていた。
「ゴブリンって、どういう事?」
 璃音が尋ねた瞬間。
 当たりが一斉に明るくなった。
 赤、青、緑、黄色。
 色とりどりの電飾が灯り、明滅し、陽気な音楽とともにメリーゴーラウンドが、コーヒーカップが回り出す。
「そのまんまさ。ゴブリンに双子の姉を殺された。だから星歌は復讐を望んだのさ」
 宣言するように若い男の声が投げかけられた。
 視線を向ける。と、ミラーハウスの前に一人の青年が立っていた。
 肩までで切りそろえられた茶色の髪。顔を覆う柔らかな髪の合間から緑光石(ヘリオドール)のように輝く瞳がのぞいている。
 黒いノースリーブニットから伸びた手には、彼の身長よりも高い銀の杖が握りしめられていた。
「アキさん!!」
 悪戯盛りの少年のように、稚気に満ちた笑顔を浮かべる青年。
 その青年の名前を全員が一斉に叫ぶ中、ただ一人、星歌だけが違う名前を呼んだ。
「ティシポネ!」
「よう。約束を果たしにきたぜ――三度目だから格好つかないけどな」
 ポケットから黒い指ぬき手袋をはめながら、星歌に笑いかける。それはとても穏やかで、復讐の使徒のものではない。
「約束――」
 訳が分からずに深雪がぽつりとつぶやく。と、アキは目を細めて唇を動かし始めた。
「二年前だったかな。同じように夏季限定のミニ遊園地ができてな――そこのミラーハウスで一人の女子中学生がこつぜんと行方不明になった。名前は叶月歌。星歌の双子の姉さ」
 新聞記事を読むように、何の感情も差し挟まずアキは淡々と続ける。
「行方不明の少女は一年後同じように忽然とミラーハウスで見つかった。全身に獣の噛み痕と――輪姦の痕跡を残した遺体でね」
 息をのむ気配が、その場の全員に伝染した。
 否、秋津遼と全てをしるアキだけが昂然と微笑んでいた。
「ははん? そいつ妊娠した兆候があっただろう?」
 納得した、と言った様子で遼が吐き捨てると、アキが高く口笛を吹いた。
「その通り。おねーさんは物知りで」
「ちょっ、それ、どういう事っスか!!」
 あわてて龍之助が星歌をみる。と、星歌は怒りに満ちた表情でミラーハウスを見た。
「ゴブリンにやられたのよ。鏡に封じられたゴブリンに、彼らの王の血を残すために!! 月歌が! 月歌がぁああ!!!」
 絶叫が遊園地の軽やかな音楽をかき消す。
「あいつら、たまに「花嫁」もとめて、人間の娘をさらうんだ」
 何でもないことのように遼が言う。五百六十七年の間に何度も見た、と言わんばかりの口調で。
 
 鏡の中に封じられたゴブリン、鏡の中に封じられたゴブリン。
 王様に会いたいなら、六百六十六匹の騎士をうち倒せ。
 朝日が鏡の幻影をうち消す前に。
 
 ながれるような抑揚で、小馬鹿にするような調子でアキは歌った。
 その歌に押されるようにして、星歌が泣きながら言葉を吐き出した。
「絶対に、敵をとってやるって――あらゆる魔術を調べたわ! ゴブリンだとわかって――でも、私には奴らを倒す力が無くて! でも、憎くて、憎くて!!」
 そしてある日、ディスプレイの前に「女神」が現れた。
 琥珀の肌に、黄金の髪。
 蛇の冠にカラスの翼。
 ――ギリシャ神話の復讐の女神。血の復讐の実行者”ティシポネ”のグラフィックスが。
 そして問いかける。
 復讐を行いたいか?
 血の呪いを、恐怖をあがないたいか? と。
「――そこで俺はネット越しに、星歌に条件を出した。本当に復讐したいか。命をなげうってもいいほど復讐したいか、とね。もしそれがお前の”願い”なら三百万円の小切手と招待状を届けて見せろ。とね」
 三百万円。普通の女子高校生が簡単に集められる金額じゃない。
「それで、アキさんは金で復讐を請け負った、って事ッスか」
「違うな。金はあくまでも”やる気”があるかどうか試す為のテストさ」
 押し殺した龍之助の言葉に、アキは苦笑し、煙草に火を付けた。
「そんな……そんな事、駄目だよ」
 邦彦が星歌に訴えかけるように言う。
「そんな事をすれば悲しむ人がいるんだよ。復讐をやろうとしているあなたが可哀想なんだ」
「私が? 可哀想?」
 ぴくり、と星歌が頬を引きつらせた。
「そうだよ。復讐者の居場所はいつだって修羅で癒してくれる存在がない。だから、僕はしたくないし、君にもしてほしくないんだ!!」
「復讐は、癒されない、か? 本当にそう思うか?」
 くすくすと喉を鳴らしながら、アキ――血の復讐者・ティシポネが言った。
「じゃあ、何で復讐を望む者が居る? そもそもどうして復讐をしては行けないんだ? 悲しむ人がいるから? 誰が悲しむんだ? いや、悲しむ人がいるからしてはいけないというのなら、星歌の悲しみはどこへいくんだ?」
 あざけるように、追いつめるように、淡々とティシポネは言う。
「それは――」
 言うべき言葉を失い、邦彦は肩掛け鞄を握りしめてうつむく。
 どうして復讐をしてはいけないの?
 悲しむ人がいるから。
(じゃあ、復讐を望む人間の悲しみはどうでもいいのか?)
 緑色のティシポネの瞳が、冷たく問いかけていた。
「言えよ」
「え?」
 顔を上げる、と、ティシポネが皮肉そのものの笑みを浮かべて邦彦と――そして星歌を見ていた。
「言ってやれよ。星歌に。――お前の姉は運が無かったと。だからゴブリンに殺されたんだと。運が悪かったお前の姉が悪いと」
「そんなこと」
「言ってるのと同じだろう。復讐をするな? お前がそれを言うのか?! 腕をもがれた事もない、親を魔物に殺された事もない、復讐の安らぎを知らないお前が!」
 はっ、と息を吐き捨てて、大げさな動作で手にした銀の杖をくるりと回した。
「言ってやれよ! 復讐なんてされるのは迷惑だって、姉を失ったお前は運が悪かった。その運が悪いお前が我慢すれば、世の中は今まで通り回っていくんだと、お前さえ何もしなければ世の中は平穏なまますぎていく、だからお前が犠牲になって、復讐をあきらめろ、姉を奪われた苦しみをみんなのために忘れてくれと、いってやれよ!! 指を指して! さあ! その偽善の鞭で打ちのめしてやれよ!!」
 どうして復讐をしてはいけない?
 それは――新たな復讐、否、災厄を呼ぶから。
 それによって誰かが巻き込まれてしまうから。社会が歪んでしまうから。
 だから運が悪い一人を犠牲にして、災厄を避けるのだ。
 それが――「復讐をしてはいけない」理由だ。
 最も強い人間のエゴだ。と、ティシポネの言葉が示していた。
 邦彦は何も言えない自分に愕然としていた。
 愕然としたまま唇を噛みしめる事しか出来なかった。
「まあ、いいさ。どちらにしろ俺は半端な復讐は請け負わないのが身上――のつもりだったんだがな」
「つもり? そういえば、さっき三回目の挑戦といいましたよね?」
 話を追いながら、悠也が尋ねる。と、アキが苦笑とともに煙を吐き出し、アキの代わりに遼が可笑しそうに吐き捨てた。
「簡単だ。復讐を請け負ったがいいが、キミ一人では六百六十六匹のゴブリンを倒せなかったのさ。だから、ああいう手の込んだ招待状で私達を「復讐劇」に引きずり込んだ、だろう?」
「ご名答!」
 高らかにアキが叫んだ。それは時計の針が0時を指した瞬間でもあった。
 突如ミラーハウスを赤とも黒とも言えない霧が包み込み、次々と小さな小鬼――ゴブリンが飛び出し始めた!!
「うわぁ!」
「きゃっ」
「――仕方ありませんね!!」
 悠也が高らかに叫んだ。ここまで巻き込まれてしまっては、卑劣も狡猾も敵味方もない。目の前の敵を倒さねば自ず全滅しようというものだ。
 ジャケットの内ポケットから数枚の紙を取り出す。
 とたんに紙――風神の護符が蒼い光を放ち出す。
「豊葦原の千五百秋の瑞穂の国に先んじて出流る息吹よ、白刃となりて敵を討て!!」
 まとわりつく闇を討つ、凛麗な悠也の声がかき消えるや否や、蒼い光を放つ護符は一陣の竜巻となりゴブリン達を切り薙いでいく。
 深雪も数匹のゴブリンたちに髪の毛を引っ張られながらも、何とか唇に指先をあて、息吹を雪女の”凍れる吹雪”に変え、ゴブリンを振り払う。
 蜂の巣をつついたように、次から次へとあふれ出てくる毛むくじゃらの怪物。
 瞬く間に身動きがとれないほどとりかこまれ、汚れた爪でひっかかれ、髪の毛を引っ張られる。
 一匹一匹は弱くとも、六百六十六匹対七人ではいささか分が悪い。
 璃音がすらりと伸びた足で、サッカーボールのようにゴブリンを蹴りつける。
 龍之助のコンクリート塀を打ち砕くほどの怪力が、ゴブリン達の腹を打つ。
 圧巻なのは遼とアキ――ティシポネだろう。
「ほらほら! みんな燃えてしまいな! ははは。これで五十八匹目!」
 ごう、という音が空を揺るがしたかとおもうと、魔界の闇、あらゆる邪悪を凝縮した漆黒の焔が遼を中心に燃え広がり、ゴブリン達を灰燼に帰す。
 そんな遼を横目でみながら、アキは携帯電話の通話マイクを耳に詰め込み、手にしていた銀の杖で自分の周囲に輪をかいて低い声で唸るように呪文を口にした。
「Program OPEN "SYSTEMA-SEPHIROTIVM" MODE――ACCEPT」
 とたんに携帯電話の受信ランプが明滅し、アキが書いた地面の輪が白い光を放ち始める。
「何?」
 太陽が降り立った様なまぶしさに、深雪が振り向いたのと同時に地面に無数の輪と文字が明滅し始める。
「これは――セフィロトの樹?!」
 遼が黒焔を放ちながら、アキをにらむ。とアキは薄い笑みを浮かべて唇を動かした。
「ティファレトよりネツァッフへ勝利の門よ、ハミエルを伴い開け」
 冷厳な教皇のように宣誓し、杖をさしのべる。と、その場所にいたゴブリン達が光につつまれ一瞬の内に燃えてかき消える。
「――魔法陣?! じゃあ、アキさんあなたは魔道師?!」
 訳がわからない、と言った調子で深雪が叫ぶ。
「魔道師じゃない、なんて言った覚えはないが?」
 無理矢理魔法陣に入ってこようとするゴブリンを、銀の杖ではたき落としながら言う。
 ――輪を描いて魔法を唱え。
 ――玉座から王を引きずりおろせ!
「なるほど、フェアを保つために自分の手の内まで明かして居たわけですね!」
 護符からはなった風神の刃を制御しながら、悠也が皮肉下に笑う。
 しかもただの魔術師ではない。"陣"を操る「電脳の魔術師」だ。
 ティシポネの口から放たれた「命令」は携帯電話をつたい、インターネットの海に隠された"魔法陣"のプログラムを引き出し、具現する。
 人間には出来ない緻密で完璧な計算、完璧な数値で描かれた魔法陣を一瞬で構築する魔術師を越えた魔術師。
 それが――ティシポネだ。
「どうでもいいけど、数が多すぎるわ! 何とかならないの?! 私はこんな事している場合じゃないの、あなたに黒狼様の事を聞くためにきたのにっ!」
 璃音が焦りとともに叫び、数十匹目のゴブリンをアキがつくって光の炎へと投げ込む。
「うわぁ!」
 少年の悲鳴が、そしてついで少女の悲鳴があがった。
 戦う手段を持たない邦彦と星歌だった。
 自分より弱い相手を見つけたゴブリンたちが、一斉に邦彦達の方へ向かう。
「させません!」
 悠也は叫び、裂帛の声とともに、和紙でつくった白蝶を夜空にばらまく。
 とたんに蝶の群れはゴブリンの目にぴたりと張り付き、視界を奪う。
 視界を奪われたゴブリンを、璃音と龍之助が投げ飛ばし、遼とアキが燃やし尽くす。
 しかし数が多いため、どんどんと押されていく。
 そしてついにアキの腕に一匹のゴブリンがかみついた。
 夜空に血の珠が飛ぶ。
「やめて!!」
 高らかに星歌が叫んだ。
 その瞳には異形の者に対する恐れが満ち満ちていた。
 得体の知れない存在に対する畏怖が、復讐の炎を覆う闇となり、星歌の心を覆っているのが伝わってきた。
「やめて? 今更? 止まるかよ!!」
 血が流れるのにもかまわず、アキがゴブリンを引きはがし、地面に叩きつける。
「今更逃げるなよ! 目を見開いて良く見ろよ! お前が望んだ復讐の末路を!」
「復讐の――末路?」
 アキの叫びに、夢遊病者のような頼りなさで星歌が答えた瞬間、ミラーハウスが大きく揺れた。
「へえ。ようやく「王様」のお出ましか!」
 からかうような声色で遼が叫ぶと、ミラーハウスから大きな黒い影が――汚れた茶色の毛皮に包まれた巨人があらわれた。
「――あれが、ゴブリンキングっスね」
 呆然と龍之助が叫ぶ。
 筋肉の隆起した腕が振り回される。
 ミラーハウスの横にあった電話ボックスが一瞬にして破壊される。
「これは、一気に攻撃しないと!!」
「了解!」
 悠也の叫びにいち早く璃音が答えた。
 狼族の力で高められた瞬発力でもって、璃音がゴブリンキングの前に踊りでる。
 惑乱された隙をついて深雪が吹雪を、悠也が風神の刃を叩きつける。
 そうこうする内に、ゴブリンキングの腕が璃音をはじき飛ばし、鋭い爪が龍之助の脇腹をかすめる。
「ああっ?!」
「くぅ、三下さぁん!!」
(僕も――自分の身ぐらいは守らないと!)
 戦いを傍観するしか出来ずにいた邦彦は、ようやくそう思って邦彦は祖母から貰った肩掛け鞄に手を入れる。
 フライパンでもバットでもいい。なんでも――身が守れればいい。
 そう思っていた。
 なのに――普段はあんなにいろんな物を無尽蔵に出してくれる鞄だというのに。
 指先には何一つふれず、ひっくり返しても何もでてこない。
「どうして!!」
 邦彦は悲痛な叫びを上げる、出てくるはずの鞄から何も出てこないなんて!!
「迷ってるからさ。迷ってちゃどんな力も答えないさ!!」
 邦彦の脇をかすめるようにして、遼が地面を蹴った。
 そして一気にゴブリンキングの前にでると、闇の王さながらの堂々とした動きで手をさしのべ、ひときわ暗い闇の焔を放った!

 GYARROOOOUUUU!!!!
 
 人の物でもない、まして獣の物でもない。ガラスを釘でひっかくような絶叫が当たりに響いた。
 一瞬にしてミラーハウスの壁が砕け散り、中にあるガラスすべてが甲高い悲鳴を上げながら砕け散る。
「ふん。ゴブリンキング? 獣クラスが私に逆らうなんて、四千年は早いね」
 燃え尽きたゴブリンキングの死骸を蹴りつけ、遼がせせら笑う。
 と、緊張の糸が切れたのか、星歌ががっくりと邦彦の腕の中に倒れ込んだ。
「――終了、って事かな?」
 腕にハンカチを巻き付けながら、アキが苦笑し、邦彦の腕の中でぐったりとしている星歌の額に手をあてた。
 そして二言、三言つぶやくと、苦しげだった星歌の顔がゆっくりと歪んでいく。
「何を――」
 アキの手首をあわててつかみ、邦彦が聞く。
 と、アキは静かに――まるで出来の悪い生徒を見守る教師の様な微笑みを浮かべ、静かに答えた。
「――復讐の記憶を消したのさ」
「え?」
「復讐って奴ぁ、合わせ鏡みたいなものさ。どこかでうち破らなければどこまでも続いていく。共鳴し続ける音叉みたいに延々と終わり無く復讐が復讐を呼び、憎しみの鏡像も止まらない」
 揺らぎ震え無数の鏡像を映し出す檻にとらわれし復讐者――それは鏡鳴の虜。
 にっ、と邦彦に歯を見せながらアキが星歌を抱き上げる。
「俺はアレクトみたいに無分別なガキでも、メガエラのように復讐を煽って何かを企む野心家でもない。それ位の事はわかってるさ」
「じゃあ、どうして」
 星歌の復讐を止めなかったのか。Furiesとして復讐の肩代わりをしているのか、と聞こうと邦彦が口を開くより早く、アキは言葉を紡いで見せた。
「だが――理論で理解することと、感情を納得させることは別だ」
 無理矢理感情を消したような、ぎこちない言葉がアキの心情を表していた。
 復讐を望む心は、復讐を望む者にしかわからない。
 そう告げているようだった。
 何も言うべき言葉が見つからず、地面を目線に落とす。
 足下に砕け散った鏡のカケラが、闇に沈む遊園地を寂しく映し出していた。


■3:00 既視連鎖■

 お台場船の科学館駅前で、寒河江美雪と斎悠也はぼんやりと始発のゆりかもめを待っていた。
 二人が受けた過去の依頼の話や、お互いの同居人の話、そして共通の知己の事を話していれば、3時間ぐらい簡単につぶせると思っていたのだ。
 しかし、流石に六百六十六匹のゴブリンを相手にしたあととなっては、疲労で口が重い。
 どちらからともなく黙り込み。どちらからともなく、ぽつりぽつりとしゃべり出す。
 そんなことを繰り返している内に、雨まで降ってきた。
「――降りますね」
 先ほどまで見事な月夜だったというのに、今では遠くから雷鳴が聞こえてくるような有様だ。
「当分やまないわね」
 悠也のつぶやきに答えてから、深雪はため息をついた。
 ――ティシポネ、いや、アキさんか。
 復讐を望んでいるのか。それとも復讐を止めることを望んでいるのか。もし、後者だとしたら、何故「Furies」の一員なのか。
 わからない事だらけである。
 それに、なにより、あの不思議な既視感は何だったというのだろう。
 肩に掛かる茶色の髪でもない、緑色の瞳でもない。
 たとえようのない――言うならばオーラの様なものが誰かと非常に酷似していた。
「誰かに、似てるんです」
「え?」
「ティシポネ――いえ、アキさんが」
 会話の糸口になれば、とでも想い深雪がいうと、悠也が金色の瞳を見開いた。
「あなたもですか」
 知らず知らずの内に息をのんでいた。
「どこかで聞いたような声、どこかで見たような表情なんだけれど……思い出せなくて」
「俺も、です」
 どこで見たというのだろう。
 何の変哲もない、日本中どこにでも居る顔だ、といわれればそうか、とうなずくしかないのだが。
 それだけではすまされない、強烈な既視感を感じていた。
 ――どこで?
(七つも偶然が重なることはない。偶然でない出来事は必然だ)
 アレクトの事件でアキが言った台詞が、意識の底からよみがえる。
 その言い回しを繰り返している内に、別の人物の口から酷似したセリフが鮮明に浮き出した。
(一度や二度なら偶然ですが。六度も重なればそれは必然です)
 言葉も、そのセリフに込められた感情も違うが、耳に残るかすかな響きは全く同一のもので――。
「榊――千尋」
 理性が制御するより早く、深雪の口から一つの名前が漏れた。
 はじかれたように悠也が顔をあげ、深雪の瞳に視線をあわせた。
 悠也も全く同じ人物の名前を、ほとんど同時に思い浮かべていたからだ。
 名前が浮かべばあとは早い。
 髪の色と質、輪郭や目の位置。
 それはまるで鏡に投射した絵姿のように完全に一致していた。
「関係者、なのでしょうか」
 乾いて引きつりそうになる喉に手をあて悠也が言うと、深雪はわからないと言うふうに沈黙したまま頭を降った。
 ――偶然か。
 ――それとも、必然か?
 いずれにせよ、新たな局面が待ち受けているのを感じながら。
 夜が明けるのをじっと待っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0264/風見・璃音(かざみ・りおん)/女/150/フリーター】
【0258/秋津・遼(あきつ・りょう)/女/567/何でも屋 】
【0264/内場・邦彦(うちば・くにひこ)/男/20/大学生】
【0164/斎・悠也(いつき・ゆうや)/男/21/大学生・バイトでホスト 】
【0174/寒河江・深雪(さがえ・みゆき)/女/22/アナウンサー(お天気レポート担当)】
【0218/湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)/男/17/高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、立神勇樹です。
 さて、今回の事件は「エピローグを除いて時系列割で7シーン」になっております。
「なぜこのキャラが、こういう情報をもってこれたのかな?」と思われた方は、他の方の調査ファイルを見てみると、違う角度から事件が見えてくるかもしれません。
 もしこの調査ファイルを呼んで「この能力はこういう演出がいい」とか「こういう過去があるって設定、今度やってみたいな」と思われた方は、メールで教えてくださると嬉しいです。
 あなたと私で、ここではない、別の世界をじっくり冒険できたらいいな、と思ってます。

 斎悠也様。
 参加ありがとうございました。
 最後、意外な人物が浮かび上がってきましたが、いかがでしたでしょうか?
 「意外な人物」にどう接触するか(あるいはしないか)によって、このシリーズは全く別の顔を見せてくると思われます。ただし最後の「事実」を全く無視してもかまいません。

 では、再び不可思議な事件でお会いできることを祈りつつ。