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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


Truth? or Dream?
<オープニング>

 古びた図書館で、その隠し扉に気づいたのは単なる偶然だった。
『我が四つの問いに答えよ。我に与えられた二つの使命、学び、育つことを全うさせよ』
 煉瓦づくりの壁で囲まれた、カビ臭い書庫。
 薄暗い部屋の奥にうっすらと見えるのは、両腕と腰から下を壁の中に埋め込まれた一人の少女だった。目を凝らしてよく見ると、目蓋を閉じた少女の顔にはかすかな継ぎ目のようなものがあるのが分かる。
「な、なんだ、お前は?」
 図書館から発せられる霊気に誘われてやってきた霊媒師は、恐怖に顔を歪め後退りする。
 瞳を閉じた少女が、ギギギという金属が擦れる音とともに唇を動かす。
『お前の在る理由はなんだ?』
「な、何を言って……」
『お前の在る理由はなんだ?』
 異形の少女の放つ威圧感にあてられ、霊媒師は無意識に言う。
「し、知るか。私はそんなことを考えたこともない」
『無効。以前に得た回答と類似している。お前は何を望む?』
「金だ。金が欲しい」
『無効。お前は何を排除する?』
「排除? 私は霊媒師だ。悪霊を祓うことを仕事としている」
『良し。新たな回答である』
 
 ゴゴッ……。
 
 少女の身体が、わずかに壁からせり出す。
 再び問いかけられる。
『最後の問いである。お前は何をもって自身の完成とする?』
「完成だと? 私は人間だ。完成なんてものは……」
『不可。その回答は我に不必要である』
 少女が大きく口を開き、舌を出す。黒い唾液に濡れた舌の上に刻まれた『emeth』の文字が、まばゆい輝きを放つ。
「な、なんだ?」
 戸惑う霊媒師の目に、闇の中から立ち上がる何体もの鎧騎士たちの姿が映った。

「葛飾区の外洋図書館で、霊媒師が消えたぁ?」
 インターネットカフェ『ゴーストネットOFF』の店内で 瀬名雫は露骨に胡散臭そうな顔で振り向いた。
 となりのイスに座った高校生くらいの少年が、涼しい顔で頷く。
「あれ、しずくさん、知らなかったんですか? けっこう有名な噂だと思ったのになあ」
「知らないよぉ。どっから出たウワサ?」
「気になるなら、しずくさんの知り合いに頼んで確かめてもらったらどうです? そっち関係のお友達なら不自由してないでしょ?」
 雫は少し考え、頷いた。
「うん、そうだね。ちょっと面白そうだし、何人かに声かけてみようかな」

<1>

 霊力を帯びた風が、乾燥した砂を宙に舞い上がらせる。
 常人ならば風どころか、目の前に立つ図書館の存在にすら気づかなかっただろう。
 くすんだチョコレート色の建造物、ラビユリントス洋書館。
 都内の路線沿いに建てられたそれは、まるで周囲の空気から隠れようとしているかのように大量の蔦で覆われている。
 ラビユリントス洋書館は公的な施設ではなく、完全な個人経営によって維持されているらしい。そのことはゴーストネットの管理人である瀬名雫がすでに調査済みだ。運営者の名義までは分からなかった、とも言っていた。
「強いな……」
 洋書館を見上げ、一人の人物が呟いた。
 ジーンズと大きめのジャケットに身を包み、片手に長細い布の塊を握っている。
 日刀静だ。建物を睨む目つきは鋭く、表情は引き締まったまま動かない。
 静は異様な霊力を放つ洋書館から視線をはずし、周囲を見回す。
 雫の話では他にも何人かここへやってくるという話だったが、狭い裏路地には静の他に人影はまったく見あたらない。
「……」
 静は迷うことなく、洋書館の門をくぐる。ここで協力者を待つ義務はないし、何よりすぐにでも中に入らなければならない衝動を駆り立てられていた。
 洋書館全体から漂う霊気には、静がかつて屈しかけた感情が込められているのが分かったからだ。
 孤独――。
 静は手に持つ刀を握り締め、ラビユリントス洋書館へと足を踏み入れた。

<2>

 薄暗い館内へ入るなり、図書館独特のカビの匂いが鼻をつく。
 フロアの奥には蔵書を詰めこんだ本棚が立ち並んでいる。
 横を見ると、離れた場所にあるカウンタに一人の少女が座っていた。茶色がかった短い髪と眠そうな顔が印象的である。胸元に『司書 栗本狸子』という名札がつけられているのが見えた。しかし司書にしては、どう見ても少女は若すぎる。
「訊きたいことがあるんだが……」
 静が歩み寄ろうとすると少女はチラリと顔を上げ、立ち上がった。だがそのまま背を向けると、カウンタの奥にある部屋へと姿を消してしまう。
「……?」
 もういちど呼びかけるか迷ったが、諦めて本棚のほうへと向き直る。事情を訊くのは館内の様子を把握してからでも遅くはない。
「しかし、外から見た以上に広いな」
 本棚の森は、予想を超えた面積を擁していた。
 何千何万という数の蔵書が、それこそ一冊の隙間もないほどぎっしりと並んでいる。くたびれてクッション性のカケラもない絨毯の奥は、闇に閉ざされて見えない。

 ゴウン……ゴウン……。

 どこからか、低い地鳴りのような音が耳に伝わった。五感の研ぎ澄まされた静でなければ、気づかなかったかもしれない。
 
 ゴンッ……プシュッ……。

 今度は何かがぶつかる音と、空気が抜ける音。
「なんの音だ?」
 耳をすますが、本棚の壁に邪魔されどこから聞こえてくるのかは分からない。
 静は周囲を警戒しながら十分ほど歩き、歩く方向を百八十度変える。
 ずっと直進しているのに、壁らしい壁は見あたらない。いくらなんでも尋常ではない広さである。やはり司書らしき少女に話を聞く必要がありそうだ。
 しかし来た道を戻りはじめて間もなく、静は表情を緊張させる。
 目の前に、大きな本棚が立ち塞がっていた。
 静は一直線に歩いてきた道を戻ってきた。行く手が遮られることなどあるはずがない。
「……」
 無言で手の中の物体から、布を取り払う。カチャリ、と金属音を鳴らして剥き出しになった長刀を腰だめに握り締める。

 ゴウン……ギギッ……。

 地鳴りと、重い金属が擦れる音。
「なるほど。もうすでに何者かの術中にはまっているということか」
 冷静に呟き、意識を集中する。視覚に頼ることをやめ、周囲に漂う霊気の動きの変化を感知する。
 静の超感覚は、すぐに小さな違和感を捉えた。
「向こうだな」
 館内に充満している霊気とは別に、かすかな異質の霊気があった。
 周囲を警戒しながら、目的の方向へと向かっていく。不思議なことに、先ほどは本棚があった場所が通路になっていた。
 すぐに壁に突き当たる。明らかにコンクリートではない、むしろ金属に近い材質の壁である。
 正面には一際大きな本棚が立ちはだかっている。異質な霊気を感じるのは、壁の向こう側からである。
 他のものとは違い、その本棚にはたった一冊の本しか置かれていなかった。
『Truth? or Dream?』
 英語で描かれたタイトルのそれを、静が持ち上げる。すると、

 ゴウンッ! ブシュッ!

 驚くほどの速度で本棚が真っ二つに割れ、折りたたまれるようにして両脇に収納される。 そこに現れたのは、暗闇へと続く通路だった。

<3>

『我が四つの問いに答えよ。我に与えられた二つの使命、学び、育つことを全うさせよ』
 煉瓦づくりの壁で囲まれた、カビの匂いが充満した密室に静はいた。
 通路を通り抜けると、そこはまさに異空間だった。
 なにもない広い部屋に浮かび上がっているのは、両腕と腰から下を壁の中に埋め込まれた裸体の少女である。
 濡れた金属のような光沢を放つ薄紫色の髪。目蓋を閉じ、真っ赤な唇だけを動かす白い顔。細く頼りない腰とわずかに膨らみを帯びた胸が露わになっているが、体中にうっすらと継ぎ目のようなものが見える。
 静は一目で相手が人間ではないことを悟った。
『我が四つの問いに答えよ。我に与えられた二つの使命、学び、育つことを全うさせよ』
 少女が再び同じことを言い放つ。
 そこではじめて、静は地面に倒れた男の存在に気づいた。上半身と下半身が分断されている。例の霊媒師と判断して、まず間違いないだろう。
「……そこに倒れている男は、お前が殺したのか?」
 静は低い声でたずねながら、鞘から長刀を抜き放つ。
 だが壁から生えた少女は、罪悪感のかけらも見せずに繰り返す。
『我が四つの問いに答えよ。我に与えられた二つの使命、学び、育つことを全うさせよ』
「お前はなんだ? 人間じゃないな。返答次第では、俺はお前を斬らなければならない」
 少女はしばし沈黙したが、すぐに赤い唇を動かす。
『我が名はアリアドーネ。学び、育つことを使命づけられたもの。マスターの望みを叶えるために、回答者をただ待ち続けるもの』
「マスターの望み?」
『我が四つの問いに答えよ。我に与えられた二つの使命、学び、育つことを全うさせよ』
 少女、アリアドーネが変わらない口調で問いかける。今度はこちらの番だというつもりらしい。
『お前の在る理由はなんだ?』
 目の前の少女に、敵意や殺意は微塵も感じられない。静は刀を下げる。
(この女が本当に霊媒師を殺したのか……?)
 静の中に、疑問が浮かび上がる。
『お前の在る理由はなんだ?』
 少女の問いかけは、まるで何万回も繰り返したかのように淀みがない。感情のない声は、なぜか静の胸に小さな痛みを感じさせた。
「……消せない痛みとあいつの涙だ」
 無意識に、答える。消せない痛みとあの少女の涙、それは目を瞑れば今でも鮮明に思い出すことができる。だからこそ、静は今もこうして生き続けていることができる……。
 だがアリアドーネの口調は、あくまで単調だ。
『無効。回答が不明瞭である。お前は何を望む?』
「……全ての決着」
 刀を握る拳に、自然と力がこもる。過去の惨劇と、今そばにある痛み、いつかはそれらに決着をつけなければならない。過去の清算を済ませた後、二人で生きたい。使命というものが本当にあるのなら、決着こそがまさに静のそれである。
『良し。我が枷を解放するに足る回答である』

 ゴゴッ……。

 アリアドーネの身体が、わずかに壁からせりだす。細い二の腕が露わになる。
「!」
 恐ろしく強い霊気が、一瞬だけ静の全身を威圧する。
『お前は何を排除する?』
 新たな質問を放つアリアドーネは、すでに元の霊気に戻っていた。
「運命」
 額に汗を浮かばせた静は、それでも鉄面皮のまま答える。
『良し』

 ゴゴッ……。

 また少しだけ少女が前面に出る。現れた肘には、やはり継ぎ目が刻まれている。
「っく!」
 先ほどにも増した霊気が一瞬、静を襲う。
『最後の問いである。お前は何をもって自身の完成とする?』
 静は無意識に刀を構えていた。
(今のうちに斬っておくべきか? いや、しかし……)
 先ほどから、静の中でけたたましく警鐘が鳴り響いていた。理由は分からないが、このままではいけないような危機感を覚えていた。
 だが、しかし。
 アリアドーネをあらためて凝視する。
 生気も感情も感じさせない顔に、斑点のようにコケが張りついている。顔だけではない。白い裸体の至るところにコケやカビが生えている。継ぎ目から血のような黒い液体が染みだしているのも分かる。
 いったいどれほどの年月を経れば、こんな姿になることができるのだろう……?
『お前は何をもって自身の完成とする?』
 少女の声は、無機質で冷たい。その声にかすかな疲労を感じるのは、静の気のせいだろうか?
「俺はまだ、作り始めてすらいない」
 刀を構え、静ははっきりと言い放つ。
 斬ることはできない。
 本能的に、静はそう悟った。目の前にいる少女を、彼は斬ることができない。静が過去に負けそうになった孤独の迷路を、アリアドーネは今もまだ迷い続けていることを知ってしまった。
 だがアリアドーネが下した決断は、冷徹なものだった。
『不可。その回答は我に不必要である』
 少女が大きく口を開き、舌を出す。黒い唾液に濡れた舌の上に刻まれた『emeth』の文字が、まばゆい輝きを放つ。
「!」
 明かりに照らされた書庫のあちらこちらで、何十体もの鎧騎士が立ち上がった。
 騎士たちの金属製の面の奥には、何もない。空洞である。
『答えを知らぬ者よ。マスターの命に従い、お前は裁かれるであろう』

 ゴウンッ! ギギッ! ゴウンッ!

 書庫全体が、まるで生き物のように動き出す。
 壁が暗闇の奥へと滑っていき、天井が空洞と化す。地面から何十という数の、顔のない鎧やローブ姿たちがせり上がる。
 開け放たれた天井を見上げると、金属でできた鳥たちが奇声を上げている。
『我はアリアドーネにしてラビユリントス。不必要な知識を持つ者は、我が胎内から消えよ』
「胎内……だと?」
 その言葉に、静は理解した。目の前にいる少女が本体なのではない。この図書館全体がまとめて一つの敵なのである。
 舌打ちし刀を構えるが、次の瞬間、静は目を見開いた。
 アリアドーネが、黒い涙を流していた。
『我が使命、いまだ全うされず』
 単調な言葉を残し、少女が壁ごと部屋の奥へと吸い込まれていく。あまりのスピードに、一秒と立たず姿が見えなくなる。
「な……」
、呆然とする静に、異形の敵たちが襲いかかる。
 敵意にとり囲まれながら、静は唇を噛み締める。力を込める刀をゆらめく霊気が包み込み、静の全身から痛覚が消えていく。
 ブンッ、と静が刀を振り下ろす。
 巨大な霊気の塊が、空間を切り裂く。
 だが敵はことごとく攻撃を避け、馬鹿にしたように嘲笑うかのように金属音を鳴らす。
「……このまま、放っておくわけにはいかないな」
 静は刀を鞘におさめ、歩き出す。厳しい顔つきをした静の視線は、まっすぐにアリアドーネが消えたあとを見つめている。
 完全に無防備状態の静に、敵がいっせいに襲いかかる。
 しかし次の瞬間、

 ッドンッッッッッッ!

 恐ろしい破壊力を伴った衝撃波が、なみいる敵を一体残らず粉砕する。
 斬で巨大真空を作りそこに戻ろうとする空気衝撃で敵襲破壊の業『訃風』である。
 ほんの一瞬で瓦礫の山と化した部屋を、静は靴音を響かせて進んでいった。

<4>

 アリアドーネは、身じろぎもせずにただじっと待ち続けていた。
 こちらに向かって近づいてくる気配は、すでに感知している。どの人間も、かつて出逢ったことのない強者ばかりだ。
 だが、それでもアリアドーネには敵わない。もし彼女が解放されれば、虫を踏みつぶすよりも簡単に彼らの存在を消すことができるだろう。
 アリアドーネは、身じろぎもせずにただじっと待ち続ける。
 彼ら、敵がやってくれば、解放されることのなかった自分は破壊されるだろう。
 しかし、それもまた一つの答え。
 アリアドーネは待ち続けることしかできない。

 ドカンッッ!

 ほぼ同時に、四方の壁に大穴が空く。
 大量の埃を撒き散らしながら現れたのは、四人の強者たちだった。
「お前たち……来ていたのか?」
 最初に声を発したのは、刀を持った日刀静である。今日、一人目の回答者である。
「こちらの台詞だ。おまえたちとは奇妙な縁があるようだな」
 和服衣装の美女、和泉怜が無表情に言う。彼女は二人目の回答者だ。
「そう捨てたもんじゃないぜ? 腐れ縁ってのもな」
 こんな状況においても煙草をふかしながら、三人目の回答者である真名神慶悟が微笑する。
「真名神クンだけは知ってるけど……なによ、私だけ除け者ってワケ? 良い度胸してるじゃない、あんたたち」
 四人目の回答者、ロングコートに身を包んだ湖影華那が目を細める。
 彼らは互いに顔を見合わせたあと、自分たちのいる場所を見て驚く。
 そこはまるで神殿だった。
 いくつもの柱や白い石畳は、かつては美しかったのだろう。だが一面を侵略したコケやカビによって、荘厳さは完全に失われている。
 階段状になった神殿の奥に、アリアドーネはいた。
「!」
 アリアドーネの姿を見て、四人が息を呑んだのが分かった。
 ゴーレムである少女が壁に両手呂足の手首を残し、今にも壁から解放されそうであるからだろう。白い背中からは何本もの太い導線が伸び、それらは壁に空いた穴の奥へ繋がっている。
 完全なる回答を得ることはできなかった。
 したがってアリアドーネは解放されることはない。ひとたび解放されれば長い年月を経て蓄えてきた霊力によって、何者をも駆逐する破壊者となるはずだった。しかし、解放されなければ無力である。がーディアンたちも、すべて破壊されてしまった。
 完全か、無か。
 それがアリアドーネに課せられた結末である。
 彼女は破壊の瞬間を、ただじっと待ち続ける。
 しかし、その瞬間はいつまで待ってもやって来なかった。
 強き者たちの気配が、アリアドーネに近づいてくる。解放されなくば目蓋を開くことも許されない少女に、彼らの姿を見ることはかなわない。機能を切り換え、神殿に備えつけられた視覚鏡で敵の姿を捉える。
 日刀静が、アリアドーネに手をさしのべていた。
「自身の答えは自身で見つけるしかない。隠し部屋に止まるのみでは意味が無いだろう」
 アリアドーネの思考が、一瞬停止する。
 
 ビシッ。

 アリアドーネの手足を束縛する壁に、小さな亀裂が走る。
 今だかつて、一度たりともかけられたことのなかった台詞だ。
 停止しかけた思考回路が再起動し、アリアドーネは静の言葉に適当な回答を検索する。
『我はアリアドーネにしてラビユリントス。学び、育つことを使命づけられたもの。マスターの望みを叶えるために、回答者をただ待ち続けるもの。使命を果たすまではこの地に止まらねばならない』
「マスターの望みってなによ? 本当はこんなのどうだっていいのよ、興味ないし。ただ、可愛いお嬢さんが困ってるのを見るのは、ちょっとねぇ」
 鞭を片手に、華那が頭をかきながら言い放つ。

 ピシッ。

 壁の亀裂が、ほんの少しだけ拡がる。
『マスターの望み。それは我が完全なる自律を得ること。現実か、幻想か、回答者に問いかけ結論を導くこと。真理は現実にして不浄、我は全てを破壊する。夢は幻想にして至高、我は全てを守る。よって我が困るなどということは有り得ない。我の在るべき姿は、回答者の答えによって決定する』
 そのアリアドーネの言葉に反応したのは、怜だった。
「自分で気づいていないのか? おまえは矛盾している。おまえの造り主は、おまえが自分の意志を持つことを望んでいたのだろう。……同じように創られた存在で、使命と自らの意志の間で矛盾を抱いている私が言うのもおかしいがな。私たちは、自分で答えを見つけなければならないのではないか?」

 ピシッ。

『無効。我とお前は同じ存在ではない。我はアリアドーネにしてラビユリントス。学び、育つことを……』
「妄執に囚われたままじゃ先へは進めない。己の意志でそれを抜け出す事こそが成長し前へ進むという事だ。束縛から解放を得、己の意志で一つ先へ進むことがマスターとやらの望みなんじゃないか?』
 煙草の煙を吐きながら、慶悟が笑いながら手を差し伸べる。

 ピシッ。

 静、慶悟に続いて怜と華那もアリアドーネに向かって手を差し伸べる。
 アリアドーネはゆっくりと顔を上げる。
 この神殿へと足を踏み入れられた時点で、アリアドーネは破壊されることを想定していた。
 今まで出逢った者たちが、そうであったように。
『我は……自らを解放することはできない。まだ使命を果たしていない』
 アリアドーネは言った。
 四人の敵たち、いや、敵という定義から外さざるを得ない、奇妙な回答者たちは表情を変えずに彼女を見つめている。
『しかし我は今、手足を縛る制約がなぜか非常に煩わしい。目蓋を開くことのできない我が眼が煩わしい』
「それなら……」
 四人が自らの武器を構え、アリアドーネを束縛する壁に向き直る。
 しかしゴーレムの少女は変わらない口調で言う。
『不必要である。束縛もまた完全ではないようだ。今まさに破壊されつつある。いずれ我が意志で破壊する時が訪れるだろう。だが今はその時ではない。我はまだ完全ではない』
 アリアドーネは四人を見上げ、言う。
『解放された時、我は我がどうなるか分からない。すべてを破壊するかもしれない。それでもお前たちは我を破壊しないというのか?』
 静、怜、華那、慶悟は互いに顔を見合わせ、頷き合う。
「すべてを守るかもしれないのだろう?」
「私はお前を破壊するつもりはない」
「完全に壊しちゃうなんてつまんないじゃない」
「ま、今のあんたなら、結果がどうなるかは予想がつくけどな」
 アリアドーネがゆっくりと頷く。
『良し。その回答は我に必要であると判断する』
 言って、舌を出す。
 アリアドーネの金属で編まれた薄紫色の髪が風になびき、刻まれた『emeth』の文字が輝きを放つ。

 ゴウンッ! ギギッ!

 神殿全体が振動し、アリアドーネの居る階段とは反対側の壁が二つに割れる。
 射し込む明かりに目を細める四人を、ゴーレムの少女は見えない眼で見上げる。
『去るがいい。もしまた出逢うことがあれば、我はお前たちを守るものとなっているだろう』
 アリアドーネの最後の言葉は、はじめて感情が込められているように聞こえた。

<エピローグ>

「第一次大戦中に日本に輸送された『メデューサ型ゴーレム・アリアドーネ=ラビユリントス』。『成長』、『解放』、『悪』について問いかけ、それぞれの合否で最後の質問『現実か、それとも幻想か』の答えを変動する。特一級の危険物として廃棄決定後、所在不明となり未だ捜索中。ふむふむ」
 人気のない洋書館のカウンタで、司書の少女が分厚い本を読んでいる。
「次はどんなの使って色んな人たちのデータとろうかなー。コレなんかいいなー」
 誰もいない館内で、少女は楽しそうに山積みされた書物の山と戯れていた。
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0425 / 日刀・静(ひがたな・しずか) / 男 / 19 / 魔物排除組織ニコニコ清掃社員】
【0427 / 和泉・怜(いずみ・れい) / 女 / 95 / 陰陽師】
【0490 / 湖影・華那(こかげ・かな)/ 女 / 23 / S○クラブの女王様】
【0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご) / 男 / 20 / 陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 このたびは岩井のシナリオ『Truth? or Dream?』に参加していただき、ありがとうございました。
 今回のシナリオについては、アリアドーネが解放された場合アクション重視のストーリーになる予定でした。しかし意外にも全員が「破壊したくない」という意志を明確に持っていたため今回の結末となりました。
 ※アリアドーネと遭遇した順序は、受注いただいた順番に依存しています。

 こんにちは、日刀静さん。先日はメールを有り難うございました。たいへん参考になりました。
 アクション・ストーリーになっていれば間違いなく主役になっていたであろう日刀静さんですが、今回の彼はいかがでしたでしょうか。いつもいつもNPCに対する感情移入度が高いプレイングなので、自然と書く手にも力が入ります。アリアドーネを「斬りません」とはっきり言われていたのも、今回のエンディングを迎えた要因の一つです。
 静さんの場合「無効(−1)」×1、「良し(+1)」×2で合計が+1、よってプラスの回答である「夢(守護神)」寄りの回答をすれば最後の質問で「良し」を得ることができました。
 人物や能力の描写に関してご希望・感想がありましたら、クリエーターズルームからメールで教えていただけると嬉しいです。
 
 次回もまた、ぜひ東京怪談の舞台でお会いしましょう。