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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


●ハーフムーン

 ハーフムーンの夜、ある通りを一人の女性がピンヒールの硬質な音をたてながら歩いていた。
 女性にしては長身だ。だが、顔の造りは見る者を何処か落ち着かせる様な美貌を持っていた。
 と、彼女の足が止まる。
 彼女の前方に、ひたり、と何かが着地したのだ。
 「黒猫…」
 少し安堵した声で女性はその黒猫を無視して歩きかけたが、ふと違和感を感じてもう一度黒猫を見遣る。黒猫の姿は何処にでも居る猫と同じ形状をしていたが、一つだけ決定的に異質な部分があったのだ。
 体が半透明なのだ。
 「…何…」
 女性のやや緊張をはらんだ声は、夜の静寂に溶け込まれる。
 と、黒猫の月の様な目が女性に向けられ、しなやかに尻尾を振る。ただ単に人間を見た、というよりは、明らかに"彼女を見ている"のだ。そして、ゆっくりと歩き出す。彼女を先導するかの様に…。
 女性は…あまりにも不自然である意味不気味なそのシーンに溶け込む様に、ふらふらと黒猫に従い歩き始めた。そして一人と一匹は完全に夜の闇の中に溶け込んで行った。

 その光景を眺めていた者が居た。
 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)という少女だった。今学期から高校に入りたての、何処にでも居る少女…の筈だったがそこらの高校生とは違う所があった。生活費・学費を全てギャンブルでまかなっている事だった。
 高校生と見られない様に、少し濃いめの化粧をして競馬場、パチンコ、スロット、競輪。何処へでも行った。だが、いつも通っている非合法賭博場は警察のがさ入れでおじゃん。しかも公営からは背の低さで屈辱にまみれながら追い出された。
そして現在の手持ちの金額は500円。かなりのピンチである。
 ぷらぷらと家路につきながら道を歩いていると、その不思議な現象に出くわしたのであった。
 好奇心で追うか追わないかを迷っていた時、頼りになるのは勿論お金。500円玉を軽くコイントスしてキャッチ。表なら追う、裏なら追わないだ。
 そして結果は表。
 もし女性が危険な目に遭ったならば、知力と運をフルに使って助け出して謝礼を貰う魂胆だ。
 そして天音もハーフムーンの夜に溶け込んでゆく      。

 住宅街から離れた場所に不気味なトンネルがあった。トンネルとは言っても長い物ではない。こちら側から見て、すぐ向こう側の出口が見える程度だ。
 そして半透明の黒猫は何事も無く進んでゆく。
 普通なら不気味がって躊躇する処だが、女性はふらふらと黒猫の跡をつけてゆく。
 (うっわー、めっちゃ不気味やわ〜)
 天音はそう思いながらも一度決めた事なので仕方なく付いてゆく。トンネルの中は湿気があり、肌寒い。女性のピンヒールの音にかき消されて天音のコンバースの足音は聞こえない。
 そしてトンネルの向こう側は…入って来た景色と全く同じだ。まるで鏡の様に。だがトンネルの向こう側と違う所は、今時間だと言うのに人が大勢歩き回っている事だ。しかも全員黒猫と同じ様に半透明である事だ。
 「びっくり、ね」
 ふと女性が天音の方を向いて同意を求める。後ろを振りかえずとも天音の気配には気付いていたのだ。
 「ん?あ、はぁ…」
 気付かれていた事に少々驚き、半ば悔しい気持ちを抱きながら天音は答える。
 「黒猫のあの瞳に逆らえなかったのよ。…あぁ、自己紹介を忘れていたわ。私は彩(あや)、ステージダンサーよ」
 「ステージダンサーねぇ…」
 長身、普通の女性より女らしい仕草。そしていかにも源氏名らしい名前。
 「ニューハーフさん?」
 核心を突いた言葉をさらりと問う天音。その問いに彩は屈託無く笑って答える。
 「ええ」
 「あら?このぼんやりと光る線…何かしら」
 彩の言う通り天音も自分の体を見下ろすと、確かにほのかに光る線が体から出ていた。その線を辿ると、今通って来たトンネルに繋がっている。
 「その線はこっちの世界とあっちの世界を結ぶ、生者にのみ付く生命の糸だよ」
 声の持ち主を探すと、少し離れた場所に座っている黒猫が喋っていたのだ。
 「なんや…妙な事になって来たなぁ…」
 天音のぼやきを聞いて、黒猫は満足そうに尻尾をしなやかに振って言った。
 「ようこそ、ゴーストタウンへ。俺は案内人のシムだ」

 「ゴーストタウン…ねぇ…」
 特に臆する事もなく周囲を観察する天音。そして彩も特に表情に変化は無い。うっすらと慈愛…とも言える微笑を浮かべたまま、やんわりとシムに言う。
 「ねぇ、シム…?でいいのかしら?あたし早く帰って眠りたいんだけど…。お肌が荒れちゃうわ。これでもお店のトップなんだから」
 「お前ら自分らの状況、わかってねぇな」
 ニィ、と笑ってシムが言う。
 「此処は"あの世"なんだぜ?その生命の糸さえ切っちまえば、お前らも目出度くこっちの世界の住人だ。ま、ハーフムーンの夜に俺に会っちまった事が運の尽きだな」
 金色の眼を光らせてシムが異界に来てしまった二人にそっけなく言う。
 「そんなん、この糸辿って向こうに帰れば簡単な話やん。なぁ、彩さん」
 物怖じせずに天音が彩に同意を求める。
 「そうね。此処に居てもいい事がありそうにも無いし…。シム、付き合ってあげられなくてごめんなさいね」
 天音と彩が揃って帰宅を告げ、生命の糸を辿って元の世界へと帰ろうとした時、シムの冷たい声がそれを遮った。
 「はっ…こっちに来た限り、無事に向こうに戻れると思ってんのか?」
 そしてその声と同時にシムの体が青白い発光体となり、次第にそれは人間の形をなしていった。黒い髪に金色の瞳。中肉中背でしなやかな体。だが、普通の人間とは全く桁違いの"何か"を秘めた姿だった。見るべき者が見れば判る。オーラが違うのだ。
 「うっわー…変身シーンモロに見ちゃったわ〜…」
 半ば呆けて言う天音。
 「…何だか嫌な方向に事態が展開したみたいね…」
 すべらかな頬に片手をあてて彩も呟く。
 「俺はいつでも何処でも好きな姿になれる。…だが名は一つ      死神、だ」
 金色の眼が半眼になり、二人を見据える。
 「…逃がさないぜ。こっちにはこっちのノルマがあるんだ」
 そう言って低く笑ってみせる。何時の間にかその手には大きな鎌が握られていた。
 「何やヤバそうやな…彩さん、逃げた方がええよー」
 既に背中を向けて生命の糸を辿り走り出している天音が、ぼんやりとシムを見ている彩に声を掛ける。そして彩もその声にハッと気付きピンヒールを脱いで両手に持ち、裸足で全力疾走を始めた。
 「この鎌に触れた者はこっちの世界の住人になる…気を付けな…」
 シムはそう言い、ぞぞぞぞぞぞぞぞ…と残像を残しながら二人を追う。
 「全く…っあんたに付いて来て損したわ…っ」
 走りながら天音が彩に毒づく。
 「ごめんなさいね…って、私、あの瞳に魅入られて体がいう事きかなかったのよ…っ」
 彩も喘ぎながら言葉を返す。流石に元・男性であった為に体力はあるのか、外見に似合わず大きな歩幅で天音の後を必死になって走っている。
 「…っこの借り、いつか返してもらわんと割に合わんわ…っ」
 こんな窮地に追いやられても天音の頭はフル回転に動いていて、狡猾にも彩にたかろうとしている。
 「分かったわよ!無事に戻れたら何かお礼するから…って、やだぁストッキング破れちゃった…っきゃあ!!」
 焦っている中にもストッキングに気をやっている彩の髪の毛を、追って来たシムの鎌がかする。と、
 「危ないっ」
 鋭い天音の声がしたかと思うと、既にトンネルの向こう側に辿り付いていた天音がスニーカーを脱いでシムに向かって投げつけた。見事に天音のスニーカーはシムの顔面に当たり、彩を追うシムの速度が一瞬落ちた。そしてその隙を突いて彩も無事にトンネルの向こう側…おなじみの世界へと戻る事が出来た。
 シムはそのままの速度でトンネルを越して来たが、トンネルを抜けると同時に元の黒猫の姿に戻ってしまった。勿論、手にしていた鎌は無い。悔しそうに唸る様を見ると、どうやら言葉を喋られるのはあちらの世界での話の様だ。
 「…助かった…?」
 両手を膝に付けてぜいはあ言う彩に、ごくんと唾を飲んだ天音が答える。
 「みたいやな」
 そして二人はその場に座り込む。シムの姿は何処かへ消えてしまっていた。
 「やだわ…足が痛い…裸足で走るもんじゃないわねぇ…」
 まだ呑気にもそんな事を言って、ガーターストッキングを脱いでいる彩に天音が催促をする。
 「なぁ、彩さん。先ずは靴代もろておこか」
 にんまり笑って手を差し出す天音に、彩は笑う。
 「逞しいわねぇ…えぇと…」
 そう言えば彩は天音の名を知らない事に気付き、言葉が不明瞭に途切れる。それを察して天音は名を名乗った。
 「天音。南宮寺天音や。よろしくな、彩さん」
 「ええ、よろしく。取り敢えずはタクシーでも捕まえましょう。取り敢えずはお互い家に帰りましょう?タクシー代は勿論払うから。あと、これ」
 グッチのバッグから彩は名刺ホルダーを出すと、綺麗な藤色の名刺を天音に渡した。
 「お店の名刺だけど…。そっちの都合のいい日にでも来て頂戴。それから今回の埋め合わせでもするから」
 人当たりのいい笑みを浮かべると、彩は立ち上がる。それに習って天音も立つ。そして、ふと思いついた疑問を彩に問う。
 「なぁ、彩さん。どうして初めっからタクシーで帰らんで歩いて帰ってたん?」
 「そうね…月がとても綺麗だったから…。もしかしたら、月を見た時からこうなる展開になる、って決まっていたのかもしれないわね」
 そして数奇な運命で出会った二人は、何とはなしに話しながらタクシーを拾える処まで歩いて行った。

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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0576 / 南宮寺・天音 / 女 / 16 / 高校一年生

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■          ライター通信           ■
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初めまして☆淡海雪(オウミ・キヨム)と申します。今回はペーペーな淡海の依頼に応えて下さって本当に有り難うございました。初めての依頼だったので、キーを打つ手が震え…(オーバー過ぎる為、没/笑)ドキドキしっぱなしでした。先輩クリエーターさんに沢山質問してお世話になってやっと出来上がったのが現状です。でも精一杯やったつもりなので、もし今回の物語がお気に召したのならファンレターや以下の淡海のサイトまで感想を頂けるととても嬉しいです。淡海のサイトには別にオリジナルの小説を置いてあるので、もし興味がおありでしたら読んでやって頂けるとこれまた嬉しいです。
それでは、またお会い出来たら嬉しいです。これからもどうぞごひいきに☆
http://csx.jp/~oumikiyomu/