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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


午前0時のラブレター
●始まり
「私怖いんです」
「は?」
 いきなり編集部に顔を見せた少女は、碇麗香のデスクの前に立つなりそう言った。
「……あなた、誰?」
「ああ、すみません。私、喜多野涼子(きたの・りょうこ)って言います」
 無遠慮に眺める麗香に、涼子は慌ててお辞儀をする。某高校の2年生らしい。
 少しきつめの顔立ちをしているが美人である事は間違いない。その上スタイルも抜群。さぞモテるだろう、と思われるが麗香には関係のない事だった。
「それで、一体なんの用なのかしら?」
「それが……」
 1年ほど前に、ある男の子から告白された。しかしプライドの高い涼子はある条件を出したというのだ。
「条件?」
「はい。1年間毎日、深夜0時に私の家の玄関に花を一輪置いていって欲しい、って。そしたらつき合ってあげる、って約束したんです」
「そんな事しなくてもつき合ってあげるか、ふってあげるかどっちかにしなさいよ。……子供の自慢話を聞いている暇はないの」
 追い払うような仕草をされて、涼子は慌てて前のめりになってデスクに両腕をつく。
「待って下さい! それで明日で1年になるんです!」
「なら良かったじゃない。お幸せに」
 すっかり相手にする気はなく、麗香は原稿に目を落とした。
「だから違うんです! その子、1ヶ月も前に死んじゃってるんです! なのに、なのに……毎日花が届くんです……」
 道路に飛び出した子供をかばって亡くなってしまった少年。しかしそれでも毎日涼子の元へと通っていた。
「……へぇ……」
 ようやく麗香は顔をあげた。
「ですから……どなたか一緒にいて貰えませんか?」
「ええ、勿論。そのかわり、取材させて貰うわね」
 にっこりと麗香は微笑んだ。

●花の主は幽霊? 人間? −前日・夕方−
「では涼子さん。明日お花を買って彼の家に行きましょう」
「え?」
 寒河江深雪に言われ、涼子は目を丸くした。テレビでよく見かける女性。涼子も勿論深雪の事を知っていた。だから、言われたセリフと、なぜ彼女がここに? という二つの問いが頭に浮かぶ。
「彼の《霊》と……代役を務めた友達か家族に話を聞く為に、ね」
「代役? ……って幽霊じゃないんですか?」
 ずっと幽霊だと思っていた為、きょとんとして涼子が問い返すと深雪は曖昧な笑みを浮かべる。
「わからないけど……その可能性もあるかしら、って」
「そうね。私もそれは考えていたわ。幽霊じゃなければ解決は早いし。当てって見るのも手よね」
 最近草間興信所とアトラスとの往復が多いシュライン・エマ。形のいい足を大きく組み、膝の上に肘をついて前のめりに手の上に顔を置く。
「幽霊じゃない……」
 それだったらつまらないわね、と小嶋夕子は聞こえない程度の小さな声で呟いた。その夕子をちらっと見てから真名神慶悟は涼子へと顔を向けた。
「どっちかわからんが幽霊だとすれば、いつまでも繰り返すのは、それだけ想いが強いからだ。惚れた女と交わした約束は男なら果たしたいと思うもんだ」
 まっすぐな瞳で言われ、涼子は跋が悪そうに俯いた。
「女って怖いっスね」
 湖影龍之助の正直な感想。それに横にいる三下は苦笑した。
「幽霊さんだとしたら……凉子さんの事、本当に好きだったんですね」
 切なそうにぎゅっと胸の十字架を抑え、七森沙耶は俯いて瞳を閉じた。
(死んでも好きな人との約束を守りたい……。すごく意志の強い人だったのかも……)
 ふと視線が慶悟に向かい、思わず見つめ合ってしまって沙耶は赤くなって再び俯く。
「どっちか、見てみればわかると思うねんけど……涼子はん、その届けられた花、残っとる?」
 獅王一葉に訊かれ、涼子は小さく首を左右に振った。
「怖くて……」
 すぐに捨ててしまった、と言う。話だけ聞いていると、当初すごく自分の美貌を鼻にかけた高飛車な女の子だと思っていたが、少し違うようだった。
「一つ聞いておきたいねんけど……」
「はい?」
「あんた、もし相手が死なず、1年間の期限が終わったら約束通り付き合うたんか?」
 変化球のなにもなしに、直球で尋ねられ涼子は瞳を伏せて唇を2・3度なめる。
 涼子の答えに皆耳を傾けた。それはここにいる誰も聞きたかった事だから。
 涼子は落ち着くように深呼吸してから、想いを決めたように顔をあげ、まっすぐ一葉を見て頷いた。
「……本当は、好きだったんじゃないんですか?」
 その表情に何かを感じた沙耶が、ぽつり言うと、涼子は悲しげに小さく「はい」と答えた。
 瞬間、一葉のビンタがとんだ。
「じゃあなんでそんなまだるっこしい事すんねん!? 好きやったら初めから付き合えば良かったんや! あんたのせいでその子が死んだようなもんやで!」
「……好きだったから、素直になれなかった、って事かな……」
 思うところがあるのか、深雪が少し遠い目をしながら言う。
「素直に、ね……。どっちでもいいけど、その彼の家と名前教えてくれないかしら?」
「あ、はい……」
 彼の名前は桐島櫂(きりしま・かい)。住所を教えて貰ったシュラインは立ち上がる。
「霊能力はないから、そっち関係は任せるわ。それじゃ」
「ちょっと待って下さい。私も一緒に行きます」
 深雪に言われ、さっさと編集部を出ていこうとしたシュラインは再度腰をおろした。そしてまだ怒り冷めやらない一葉は、気を静めようと大きく息を吐いた。
「明日が期限だったら、今夜はどうするの?」
「そうっスね……俺だったら最後までやらせてあげたい、って気もするっス」
「一日だけ我慢して貰うんですか?」
 人間が関与している、と聞いてあまり興味がなさそうになった夕子の発言に、龍之助が真面目に答える。沙耶は気の毒そうに涼子を見た。
「……自分のまいた種だ、一日くらいなんとかしろ。一応式神をつけといてやる」
 慶悟は霊の擁護に回っていた。強い想い。それを叶えさせて、それから上にあげてやりたい、そう切に願っていた。
 無理矢理成仏させる事は可能だ。しかしそれをしたくはない。
「わかりました……」
 一葉に叩かれた事もあってか、かなり殊勝な態度になった涼子は、怯えつつも頷いた。
「あ、あの……私一緒にいてもいいですか? 同じくらいの歳だし、同じ女の子だから泊まっても支障はないと思うし、それに……少しは心細くないかな……って」
「せやな。一人にしとくのも可哀想やさかい。沙耶ちゃんやったら安心やしな」
 頭を冷やすため、顔を洗って戻ってきた一葉が言うと、沙耶は赤くなる。自分が末っ子で、一人でいるのが苦手だから、涼子も一人でいるのは可哀想だ、と思ってしまう。
「俺も……って訳にはいかないっスねぇ……」
「……龍之助くんは、別の意味で安心だけど、一緒にいるのは無理よね」
 にっこりと、しかしきっぱりとした深雪の言葉に、龍之助は苦笑い。
 別の意味で安心。それはそこにいる誰もうなずけた。龍之助の恋愛対象はアトラスの編集員、三下忠雄なのだから。故に女の子に手を出したりする、という可能性は見いだせなかったが、世間体からすれば男の子が女の子の家に泊まったりするのはまずい。
「でも、真名神さんの式神さんがいれば大丈夫ですよね」
「一応うちも一緒に行くわ。花が届いたら見れるし。……家庭教師くらいできるで?」
 そう。忘れられたいるだろうが、一葉は大学生だったのだ。

●情報収集 −前日・夕方−
 シュラインは涼子に教わった櫂の家へとやってきていた。
 それに深雪も同行していた。気になっていた事は一緒だったので。
「わざわざありがとうございます……」
 19日が近いせいか、家の中は少々騒然としていた。
 お焼香だけさせてください、と告げ家にあがる。
 仏壇に飾られている櫂の笑顔。それはとても優しくて、なかなか好青年な部類に入る顔立ちをしていた。
(この子か……。あんな子を好きにならなければ、もっといい人生があったかもしれないのにね……。あの涼子って子、ちゃんと友達いるのかしら?)
 お線香をあげながらシュラインは考える。
 アトラスに、誰か一緒にいてくれ、と言いに来るくらいだ、もしかしたら学校でそういう事が相談できる友人がいないのかもしれない。
(涼子さんにお花をあげに来ているのはあなた? それとも別の人なのかしら……。すごくいい顔で笑ってるのね……)
 シュラインの横でお焼香をしながら、深雪も思う。
 小さい子を救う為、自らを犠牲とした少年。深雪の目頭に熱い物浮かんだ。
「あの……失礼ですが、櫂とはどういったご関係で?」
 お焼香を済ませ、立ち上がったシュラインと深雪の側に母親はお茶を置く。そしておずおずと尋ねてきた。
 母親の疑問は当然だ。シュラインや深雪と櫂とは年齢が離れている。しかも髪は黒とは言え、瞳の色は青。体の線がしっかりわかる服装に、大きくあいた胸元。
 一方深雪はテレビで見かけるお天気お姉さん。自分が芸能人の一人だ、という事に無自覚なせいか、変装などしていない。
 そんな女性たちがお線香をあげさせてくれ、と来た日には驚くのは当たり前。
 シュラインは苦笑しながらどう説明しようか悩み、深雪は困ったような笑みを浮かべた。そして口を開いたのはシュライン。
「……依然ちょっと助けて頂いたことがありまして、それから少しお話をする程度でした。今回は人づてに亡くなった、という事を聞きまして是非お焼香だけでもさせて貰えたら……と思いまして」
 苦しい言い訳だったかな、と思いつつ。
 しかし母親は納得したようだった。常々からそういう事をしてきたのだろう。
「そうですか……。あの子は自分を省みないところがありまして、お葬式の時なんて、いったいいつ知り合ったのか、という方が沢山お見えになって下さって……」
 本来なら良くできた息子の自慢、となる所なのだろうが今は思い出の中でしかない言葉。
「……何でも好きな人がいた、とか」
「え?」
「……あいつのこと知ってるの?」
 思い切ってきいてみようとしたシュラインの言葉に、母親は首を傾げる。そのかわり答えたのはいきなりふすまを開けて入ってきた、学生服に身を包んだ男の子。
「一哉(かずや)君」
 母親の言い方で、肉親ではなく友人だろう、という事がわかった。しかもかなり仲のいい。じゃないと勝手に家にあがってくる訳がない。
「あいつ……涼子さんの事?」
 深雪が問い返すと、一哉は不審気に二人を見た後、母親へ声をかける。
「ふぅん。……おばさん、櫂の部屋借りていい?」
「ええ、どうぞ」
 母親の瞳は、在りし日の櫂を見ているようだった。一哉の横に立って笑う櫂の姿見えているのだろう。
 一哉は勝手知ったる、という感じでスタスタと「こっちだよ」と2階に向かう怪談を上っていく。シュラインは母親に一礼すると一哉の後を追った。
「ここだよ」
 入っていくと、年頃の男の子の部屋にしては整理された部屋の中が見渡せた。
 一哉は机のイスをくるっとシュラインに向け、もう一つ部屋の隅に置かれたイスを深雪の前に置き、自分は壁際に置かれているベッドの上にどかっと腰をおろした。
「それで、どこまで知ってるの?」
 最近の子供は敬語、という言葉を知らないのだろうか、と思わせるような口調で一哉は切り出した。
「どこまでって聞かれても困るわ。好きな子がいる、という事と相手が喜多野涼子、って言う子って事くらいしか知らないもの」
「ホントに?」
「どうかしらね。あなたが色々教えてくれたら、もっとわかると思うけど?」
 知らん顔で言ったシュラインに、一哉は笑った。
「あいつの出した条件、って言うのは?」
「……きいた事あるわ。なんでもお花を1年間、とか」
 はっきりとわからない、という素振りで深雪が言うと「結構知ってるんだ」と呟いて一哉は机の上の適当な本を引き抜いてパラパラとめくる。
 その行動に意味がない事は、二人にはわかっていた。
「あいつも無茶な事言うよな。ちょっとちやほやされてたくらいで。やる方もやる方だけど」
 吐き捨てるように言った言葉は、涼子にではなく、櫂に向けられた怒りのようにも感じられた。
「櫂くんの事、大事だったのね」
「……」
 再びどかっとベッドに腰をおろして深雪を見、頷いた。
「櫂とは幼なじみなんだ。あいつの悩み事は何でも聞いてたし、俺も話してた。だから、喜多野の話を言われたとき正直『やめとけ』って言ったよ。でも、あいつ真剣だったから……そしたらあの条件だろ? 実際殴ってやろうかと思ったぜ。でもさ、あいつが言うんだ……」
 その時の事を思い出しているのか、瞳を伏せながら膝の上で組んだ手の指の爪を、逆の指で弾く。
 二人は無理に促すような事はしなかった。だた、一哉が口を開くのを待つ。
「……喜多野は少し人間を信じられないところがあるから、自分がその約束を守れば、きっと信じてくれるようになるから、って。お人好しにも程がある、って怒ったんだけどな……。あいつ、結構頑固だから」
 やり切れないような、切ないような笑みを浮かべる。
 それから毎日、櫂は花を届け始めた。櫂を知る誰もが、決して止めない事を知っていた。雨の日も風の日も雪の日も。台風の日でさえも、決して止めなかった。風邪をひいて休んだ日、友人一同で櫂を押さえつけ、代わりに花を届けに行った事もあった、と一哉は寂しそうに語る。
「今時あんな馬鹿いないよ……」
 そう呟いた言葉には、優しさが込められていて、深雪はハンカチで涙を拭った。シュラインも目が熱くなるのを感じた。
「……それじゃ、今でも誰かが届けているの?」
「……今でも? いいや。確かに櫂が死んでしばらくは、嫌がらせ代わりに届けた事もあったけど、10日くらいで止めたよ。あほらしいし」
「それじゃ、今は……」
 一哉の答えを聞いてシュラインは顎をつまんで俯く。
「やっぱり櫂くんの霊なのかな……」
「あいつ、化けて出てるのか?」
 心底意外そうに深雪を見た。
「……わからないの。ただ……今でも涼子さんの家には花が届けられているのよ」
「……ちょっと待ってて」
 立ち上がると一哉は階段を下りていく。
「最初はお友達のいたずらだったんですね。でも今も続いているってなると……」
「わからないわよ。他の友達かもしれないし。たぶん、あの子今それを確認してくれ行ったのかもしれない」
 二人が話していると、一哉は再び戻ってきた。
 そして左右に首をふる。
「誰もやってない、って。いっくら安い花でも、高校生の小遣いじゃたかがしれてるだろ? だから」
「なんの花を届けてたの?」
「……俺ら時は適当だったけど、櫂は浜木綿だったかな」
「浜木綿……確か花言葉は《信じています》とかそんな感じだったかな……」
 記憶の底から引っぱり出して深雪が言う。
「そっか……。今時珍しい子ね」
「奇特なヤツだよ」
 笑った一哉の瞳にも、僅かに光るものがあった。

●涼子宅 −前日・夕方−
「それじゃ、凉子さんの家に行きましょうか。……一葉さんは私の親戚で、勉強を教えてくれる、って事でどうですか?」
「それなら辻褄が合うな。それでええか?」
「はい」
 涼子は頷いて立ち上がる。そして小声でお手洗いの場所を尋ねた。
「こっちよ」
 ちょうど私も行きたかったの、と夕子が先に立つ。
 慶悟は夕子の行動が気になったが、涼子が霊ではない為大して気にとめなかった。
「……想い人との約束が、後1日で成就する……素敵なお話ね。霊となってまで約束を果たそうとする。凝り固まった妄執と執着……」
「ど、どうしたんですか?」
 うっとりと話始めた夕子に、涼子は眉根を寄せる。
「滅多にないご馳走よね……」
 くるりと振り向いて夕子は笑う。それは生者の笑みではなかった。
 一瞬声をあげそうになった涼子の体に、夕子が入り込む。
 そして体を支配しようとが、胸騒ぎを感じた慶悟によって式神が放たれ、夕子は体を乗っ取る事ができなかった。
(まぁいいわ。機会は必ずあるから。……いつだって。だから、様子を見てましょう)
 涼子の体の中で、夕子は微笑んだ。
「……あ、あれ? 小嶋さんは……?」
 先ほどまで前に立っていたはずの夕子の姿が消えて涼子はきょろきょろする。
(……私は用があって帰ったの……)
 内側からの軽い暗示。これくらいなら式神の目を盗んでできる。
「あ、そっか。小嶋さんさっき用事があるから、って帰ったのよね」
 涼子はトイレに入って戻ると、それをそのまま告げた。
「……」
 涼子のセリフに不審を感じたのは慶悟だけだった。しかし姿が見えない以上なにもできない。とりあえず式神を信用して、何かあたら即座に対応すればいい、と思っていた。
「じゃ、改めて行こか」
 一葉に促されるようにして、沙耶と涼子も編集部を後にした。

 そして涼子の家。
 打ち合わせ通りに話をすると、涼子の母親はすぐに快諾してくれた。
 しかも涼子が家に友人を連れてきたのは初めてだったのか、えらく喜んで迎えてくれる。その上一緒に勉強だ、なんて言うから余計だ。
「結構綺麗に片づけとるんやな」
 部屋に入った感想をもらすと、涼子は「うん」と小さく答えただけだった。
「……もしかして、叩いたこと怒っとる? ……やっぱ怒るわな。一時期の感情で手をあげてしまった申し訳なかったわ」
 頭をぽりぽりとかきながら謝ると、涼子は首を左右にふった。
「怒ってません……。叩かれて当然ですから……」
 一葉に叩かれた頬を軽く抑えて、涼子は俯く。
「……凉子さん、なんだか俯いてばっかりですね。どうしたんですか?」
 最初に麗香と話していた印象だと、結構気が強そうに感じたのに、今は微塵も感じない。
「……何でもないです。あの、聞いてもいいですか?」
「なんや?
「どうしてみなさん、一緒にいてくれるんですか?」
「はぁ? あんたが頼んだんやないの」
 涼子の問いに一葉あきれたような声を出す。
「やっぱり、お金とか、ですか……?」
「……取材かねとるしな。でも麗香は……編集長はそないにギャラくれんわ。がっちりしとるわ」
「……正直言っちゃうと、凉子さんの事より、桐島さんの方が気になってる、かな」
 どう説明したらいいんや、と呟く一葉に、沙耶がおずおずと言う。
「桐島くんの事?」
「ええ。死んでも好きな人との約束を守りたい、って気持ち、大事にしてあげたいし……。涼子さんが心配するような怖いことにはならないんじゃないかな、って」
 涼子は沙耶の言葉を黙って聞いていた。
「彼は子供を庇って身代わりになるような優しい人だから、凉子さんをあの世に連れていったり、苦しめたりするつもりじゃなくて、ただ、約束を守りたかった、偽りのない気持ちをも示したかっただけなんじゃないかと思うんです」
「……約束を守りたかった、偽りのない気持ち……」
 沙耶の言葉を反芻するように呟く。
「せやな。だから、ちゃんと成仏させてやりたい、つーのもあるわ。下手に未練残してこの世に残ったら可哀想やし」
 涼子の部屋の窓から玄関が見える。一葉は窓を開けて見下ろし、位置を確認した。
 ふと視線をずらすと、家の壁の終わった辺りに龍之助と慶悟の姿が見えた。
 泊まり込むつもりはないのだろうが、場所に確認に来たのだろう。
 慶悟と視線があって一葉は軽く手を振った。
「誰かいたんですか?」
 ひょいっと沙耶がのぞき込む。それに龍之助と慶悟が手を振る。
「まさか……泊まり込む訳じゃないですよね?」
「ちゃうちゃう。場所を見に来ただけやろ。真名神はんの式神が見張ってくれとるさかい、大丈夫や」
<それが邪魔なのよね……>
 涼子の中で夕子が呟く。
「ほな、勉強始めよか」
「え、本当にやるんですか?」
 目を丸くした沙耶に、一葉はにんまり笑ってハリセンをポンと叩く。
「当然やろ? 学生の本分は勉強や」
 ……あまり説得力はないかもしれない。

●涼子宅・外 −前日・夕方−
 編集部に残された龍之助と慶悟。
「それじゃ、俺らも行くか」
「……? 行くってどこっスか?」
 きょとんとなった龍之助に、慶悟は苦い顔。
「場所を見に、だよ。明日の晩そこで見張ってなきゃならないだろ?」
「ああ、そうだったっス」
 そんじゃ行って来まーす。と暢気な声で龍之助は編集部を出ていき、その後を慶悟が追った。

 同じくらいに出発したため、慶悟達が涼子の家についた時、ちょうど沙耶達も家に入るところだった。
「家はあそこで間違いないみたいだな」
「そうっスね。……あの辺の角なんてどうっスか?」
 龍之助は家の塀がちょうど切れた辺りを指さした。
 それに慶悟も頷き、二人は角から玄関の位置や窓を確認する。
 すると、ひょこっと一葉の顔が見えた。
「あ、一葉さん」
「ああ、部屋はあそこでいいみたいだな」
 次に沙耶が覗いたのを見て、二人は軽く手を振った。
「万が一の為に式神を残して置くか」
 涼子の側に一人つけてあったが、家の周りにも式神を配置。
 しかし今回は見守るだけで手は出すな、と命令してあった。
「でも、本当に幽霊なんスかね。それとも、誰かの仕業か……」
 三下さんの為なら、1年でも10年でも花を届けるっスけど、と龍之助が呟いたのを聞いて慶悟はなんとも言えない表情を浮かべた。
(どっちの仕業かは、シュラインと寒河江が聞いてくればわかるかもしれない。万が一そっちでわからなくても、今夜になればわかる……それにしても……)
 慶悟が気がかりなのはもう一つ。それは夕子の存在だった。
 最近いやに依頼にかち合うようになり、目の前で二度ほど霊を食われてしまっている。後の一体はどうでもいいが、最初の一体を食われてしまった事が悔しかった。
 そして今、用事があるから、と帰ってしまった夕子。しかし只で引き下がるようには見えなかった。
 慶悟は一葉達の消えた窓を凝視しつつ、櫂の霊が食われないように用心しないと、と思っていた。
 とそこへ櫂の家に行っていた二人から連絡が全員に入る。
 櫂が亡くなってしばらくは、友人達が交代で花を届けていてらしいが、途中からはやっていない。その為、櫂本人ではないか、と言うことだった。

●午前0時 −前日・夜中−
 日付が変わる頃、一葉と沙耶、涼子は窓をゆっくりと開いた。
 ちらりと一葉は腕時計と涼子の机の上に置かれている時計と両方を見て時刻を確認する。
 そして聞こえてきた足音。それは軽快で、生きている人間の足音に聞こえた。
「……」
 涼子は今まで怖くて確認したことがなかった、という。そして、三人は唾を飲み込んで足音が近づいて来るのを待っていた。
「……桐島くん……」
 ほのかな玄関の灯りの下、男の子が花を置くのが見えた。
 そして窓を見上げた。
 視線がぶつかる。
 涼子が息を飲んで目を見開いた瞬間、櫂は笑った。嬉しそうに。
 そしてまた、軽快な音をたてて走り去る。ほんの数分間の出来事だった。
「……毎晩あないしてずっと、窓を見取ったのかな、あいつ……」
 胸の中に何かつまったように感じつつ、一葉は息を大きく吐いた。
 涼子に至っては泣き崩れてしまっていた。
 沙耶も大粒の涙を浮かべながら、涼子を抱きしめる。
「ごめんなさ……ごめんなさい……私……」
 嗚咽で言葉になっていないが、涼子は沙耶に抱きつきながら何度も謝った。
 一葉は優しい笑みを浮かべながら、涼子の肩に手を置く。
「ちゃんと言うのは明日や。全て明日で終わる。照れたり、意地を張ったりせんと、ちゃんと自分の気持ちを言うんやで?」
 何度も、何度も、涼子は頷いた。

●涼子宅 −当日・夜−
 学校や仕事、それぞれの用事を済ませて涼子宅に全員が集まったのは午後9時頃だった。
 慶悟と龍之助は外で待っていた。女性陣は涼子の部屋で。
 8畳ほどの涼子の部屋は、さすがにいっぱいだ。
 母親はさまざまな年代の女性が尋ねてきた、と言うのに深雪の姿を見ただけで疑問を抱かなくなってしまった。
「すみません、サイン貰えますか?」
 とミーハー丸出し。それに深雪は笑顔で応じた。

「桐島さんち色々聞いたよ」
 電話では伝え切らなかった事を、シュラインと深雪が語る。
 外の二人には部屋に入る前に話をしてあった。
「花は、浜木綿だった、って言ってました」
 花の種類を気にしていた一葉に、深雪が答える。
「浜木綿、ゆうたら『信じる』とかそういう意味やったな」
 ここに鈴宮北斗達がいたら、きっと「一葉さんがそんな事を知っているなんて、天変地異の前触れだ」とかなんとか騒いでハリセンでしばかれていただろうが、今はボケるものは誰もいなかった。
「信じる……」
 涼子は胸を押さえて俯く。
「一哉さん、って方が言ってましたけど。生前の櫂さんの言葉です。凉子さんは人を信じられないような所があるから、信用させてあげたい、と。その為に約束を果たすんだ、って」
「何かあったの?」
 シュラインの言葉で、全員の視線が涼子に集まった。
 涼子は困ったような顔で視線を彷徨わせる。
「桐島くんには、そう見えていたんですね……」
 寂しそうに呟く。
「確かに、人間不審な所、あると思います。何で自分がこうなったのか、わかりません……。でも、なぜか信用できなくて……。そのせいかもしれませんね、桐島くんにあんな条件を出したのは」
「もしかして、諦めて欲しかったんですか?」
「……そうかも……しれない。深く関わって欲しくないから、無意識に遠ざけようとしていたのかも……。ひどいですよね」
「せやな」
 小首を傾げた沙耶に、涼子が答えると、一葉がきっぱりと肯定する。それに沙耶は情けない声で「一葉さん……」と呟いた。
「本人が自覚しとるんや、ええやないか。まぁでも自分で認める機会ができたんや、良かったやないか」
「そうですね」
 泣き出しそうな顔で涼子は頷いた。
<そんなの関係ないのに……。まぁ、おかげで私が食事にありつけそうだけど……>
 涼子の中で夕子が笑う。
「なにはともあれ、彼の登場を待つとしましょうか」
 瞳を細めてシュラインは唇の端をあげた。

「へっくしゅん」
 ぶるぶる、と体を振るわせて龍之助は体を抱きしめる。
 いくら暖かくなってきたとは言え、まだ外に長い時間立っていてはやはり寒い。
 しかも今日は昼間が暑かった為、薄着をしていた。
「大丈夫か?」
「平気っス……あ、そろそろ11時半っスね」
「ああ」
 慶悟の式神に反応するものは今のところなかった。それも警戒は怠らない。
 沙耶と自分を抜かせば、霊をまともに見られるものはいないのだから。
 ……深雪の能力については別だった。未だ人前でほとんど力を使っていない為、慶悟は知らない。
「風邪ひく前になんとか……って。風邪ひいたら三下さんがお見舞いに来てくれるかな……。お粥とか作ってくれたり……それで……」
「……」
 一葉ならここでハリセンの一発も決まっているが、慶悟は苦い顔をしただけであえて龍之助の広がる妄想世界を止めようとはしなかった。
 じっと慶悟は式神の気配と、自分で感じられる霊気を受け止めていた。
「……来たみたいだな……」
「え、あ……」
 慶悟の一言で妄想からさめた龍之助は、思わず姿勢を正した。

●午前0時のラブレター −当日−
 足音が聞こえて来て、全員急いで階下へと降りた。と言っても家人を起こさないようにそーっとだが。
 昨晩と同じ軽快な足音。でも不思議と恐怖感はなかった。一葉達は夕べの櫂の笑顔を見ているせいでもあり、シュライン達は彼が悪さをするような少年ではない、という事を知っているからでもあった。
 そして玄関の前止まった足音に、涼子がたまらず飛び出した。
「桐島くん!」
『!?』
 いきなりの涼子の登場に、霊とは言え櫂は驚いたように目を丸くした。
 彼は生前のままの姿で、仄かに月明かりの中で光っているのを覗けば、生者そのものだった。
『ど、どうしたの?』
 慌てる櫂の前に、塀の影にいた慶悟、龍之助や、家の中にいた女性陣が姿を現し、もっとパニックに陥る。
 慶悟はそっと涼子に近づき、櫂に聞こえない程度の声で言う。
「死んではいるが奴だって男だ。ここはきっちり返事をしてやらなければ駄目だ。約束というのは守って然るべきものだ。試す為にするものじゃない。どんな答えでもいい。ただ、奴の想い、ここまでやってきた事に対してどんな形でも応えてやる事が結果として奴を救う事になる」
(本来ならば生きている間に決着をつけさせてやりたかった……)
<この男、本当に邪魔ね。これじゃ出るに出られないわ……。それに式神がわたくしの気配を感じとろうとしているみたいだし……>
 シュラインからの電話や、深雪の説明で櫂の霊には害が無いことがわかっていた。故に、式神の目標は夕子に定められている。
 夕子は舌打ちしつつ、涼子の中になりを潜める。
「そうね、貴女を好きになった事は、多分彼の人生で一番綺麗な思い出だと思うわ。だから、ちゃんと答えてあげないと」
「今更嘘はなしやで? 本当の気持ちで答えたなあかん。それが供養や」
「頑張るっス!」
「彼は勇気を出して告白して、約束もちゃんと守りました。今度は涼子さんが約束を守る番ですよ」
「あなたも悔いが残らないようにしないと、ね?」
<恋愛なんてお互いの勝手な想いでしょ……つまらない……>
 心底興味がなさそうな夕子のつぶやき。
 涼子は口々に励まされて、胸の前でぎゅっと両手を握りしめた。
『なんだか今日は沢山人がいるんだね。良かった』
 心底嬉しそうに櫂は笑う。
『これで安心して上に行けるよ』
「あ、あのね、桐島くん……」
『……無理に返事を貰おうなんて思ってないよ。ただ、こうして最後の日に出てきてくれただけで嬉しい。ありがとう、喜多野さん』
 他の面々はただ黙っていた。
 口を出すことはもうない。後は当事者の話だから。
「……こんな事を聞くのはおこがましいけど……今でも好きでいてくれてる? 私の事」
『? うん』
 一瞬きょとんとなったが、すぐに屈託無く頷く。
<こんなおままごとみたいな事聞いていても仕方ないわ……>
「きゃあ!?」
 涼子は体の中から何かが吹き出して来たのを感じて後ろに倒れる。
 とっさに龍之助がそれを支え、慶悟は式神に命令をとばす。
「つかまえろ!」
 突風が吹いたかのように風が通り過ぎ、櫂に手を伸ばした夕子を押さえつけた。
「……」
 式神に取り押さえられた夕子は、無表情に慶悟を見る。
「結構頑張ったじゃないの。……これじゃ分が悪いわね」
「さっさと去れ。じゃないと強制的にあげるぞ」
「……はいはい。そんな怖い顔で女性を見てるとモテないわよ」
 小さくため息をつくと、式神の手がゆるむ。
「ここで見逃して後悔しない?」
「……こんな場面でできるか。さっさと消えろ!」
 茶化すように言った夕子を、慶悟が本気でにらむ。
「怖い怖い。それじゃ、頑張ってラブロマンスでもやってちょうだい」
 ひらひらと手を振ると、夕子は空へと浮き上がり、姿を消した。
『今のは一体?』
「気にするな。今は一分一秒でも時間が惜しいだろう」
「大丈夫っスか?」
 きっぱりと慶悟に言われ、櫂はなんとも言えない表情になる。
 そして龍之助が涼子に声をかけると、涼子は小さく頷いて立ち上がった。
「先ほどの人って、確か前にマネキンの魂食べちゃった人じゃ……」
 姿を変えている為、沙耶には夕子本人だとはわからない。そう、慶悟以外の人は皆先ほどの幽霊と夕子が同一人物だとは知らない。
「しきり直しやなぁ。少年、なんか言ったり」
 一葉に言われて櫂は困ったように笑いながら涼子を見た。
『元気でね』
「あ、お願い、ちょっと待って!」
『?』
 去りそうな櫂を、慌てて涼子が止める。
 涼子は落ち着くように深呼吸を何度も繰り返す。
 それから思い切ったように口を開き、また閉じる。後ろで見ている一同はハラハラのしどうし。しかし口出しはできない。
 今は見守るしかなかった。
「……私、私ね……」
 じっと櫂は涼子のセリフを待った。
 そしてやっと決心がついたのか、涼子はぎゅっと目をつむって叫ぶ。
「私もずっと桐島君の事が好きだったの! ごめんなさい!!」
『!?』
 思ってもみなかった事を言われたせいか、櫂は硬直して目を見開いた。
 涼子は顔を真っ赤にして目をつむっている。
『え、あの、その……』
「ごめんなさい。こんな条件を出してしまって……」
『ううん。楽しかったよ。さすがに毎晩来てるとストーカーに間違えられそうになったりしたけど……。体力作りにもなったし。うん……楽しかった』
 今までの事を思い出しているのか、櫂は瞳を静かに伏せた。
「俺にはこんなお百度参りみたいな真似はできない。大した奴だよ、お前は」
 慶悟に言われて櫂は笑う。
『本当に楽しかったんですよ。ずるい話ですけど、こうやって毎日花を届けていれば、喜多野さんは僕を忘れることはない、って。生きている時も、心の片隅に僕の存在があるだな、って思えて。……気持ち悪いですよね』
「……いいえ。そんな風には思わないです」
 沙耶は大きく左右に首を振って否定する。
「そんな風に思って貰えるのって、羨ましいな……」
「そうね」
 別の誰かを見ているような表情で深雪が言うと、シュラインは小さく息を吐いた。
「うちはまだまだやなぁ。そう言った恋愛はした事ないし」
「俺は! 三下さんの為なら……あづっっ」
 はいはい、と呆れ声で言いながら龍之助の後頭部に、パコン、と一葉のハリセンが決まる。
『でも、ありがとう喜多野さん。これで心おきなく上にあがれるよ』
「や、やだよ……行っちゃ、やだ……」
 すでに涼子の瞳からは涙があふれていた。
「どうしてそんなにすんなり死を認めちゃうの!? どうしてそんな風に笑えるの!?」
『どうして、って聞かれても……』
 困ったように笑う。
「ごめんなさい、私があんな意地を張らなければ……」
『どうして謝るの? 嬉しかったのに。ありがとう、本当の気持ちを言ってくれて。きっと、こんな事があったから素直になれたんだよ。だったら、今までの事は無駄じゃないよ』
「で、でも……」
『これ以上謝らないで。全てが無駄に感じちゃうから。なかった事には出来ないから、せめて、良かった、って思おうよ』
「き、桐島くん……」
 本当ならすがって泣きたかったのかもしれない。しかし霊力のない涼子には視ることが精一杯で、触ることは出来ない。
 沙耶は自分の体を貸してあげられたら、と思ったが、それでは何かが違うと思った為、口には出さなかった。
『元気でね、喜多野さん。僕のことを忘れて、とは言えないずるい僕を許して欲しい。……でも、幸せを願っているから』
「上にあがるなら手伝うぞ。誰かにちょっかい出されると困るからな」
『ありがとうございます』
 ペコリと頭を下げた。
『笑ってよ、喜多野さん。僕、喜多野さんの笑い顔、好きだったんだ。……覚えてる? 入学式の時、校門くぐってすぐに転んで……前日雨だったら校庭は泥だらけで。汚くなった僕に「なにやってるのよ」ってハンカチ差し出しながら、軽蔑も嘲笑でもない笑みで笑ってくれたこと』
「……うん」
『あれからずっと好きだった。だから笑って見送ってよ。お願い』
「……うん」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔。それは学校で騒がれているような、少し気取った美人な顔ではまるでなかった。
 それでも涼子はまっすぐに顔をあげて笑った。
『ありがとう。……それじゃ、お願いします』
「わかった」
 慶悟は祈念を始める。それに合わせるように皆祈り始めた。
 彼の魂の安らかなる事を。
『みなさん、ありがとうございました……』
「桐島君!」
 だんだんと薄くなっていく櫂に、涼子は駆け寄った。
『!?』
 そして、触れる事の出来ないその唇に、自分の唇と重ねた。
 櫂の瞳が驚愕に見開かれ、涼子は照れたように笑った。
 その笑みを見て、櫂も笑う。この世で最後の笑みだった。

●逢いたくて −翌日・早朝−
 家に戻った沙耶を、3人の兄が怒った顔で出迎えた。
「沙耶! 一体今までなに……を?」
 怒鳴りつけようとした恭一は、沙耶の表情を見てかたまった。
「お兄ちゃん達……」
 泣き出す一歩手前の表情。それに兄達はわたわたと慌てる。
「どうしたんだ!?」
「一体なにがあった?」
「いじめられたのか?」
 怒りなんてどこへやら。3人で手を伸ばして沙耶の背中や肩、頭を持って家に上がらせる。
 そしてお菓子やらジュースを持ってきて、沙耶の前に並べた。
「……あのね、お兄ちゃん達……」
「「「なんだ?」」」
「大好きだよ」
 右目から涙を一筋流しながら、沙耶はにっこり笑って言った。

●失敗 −翌日・朝−
「また邪魔されちゃったわ……」
 いつも場所。そこでぽつり呟いた。
 最近うまく美味しい食事が出来ない。
「まぁいいわ。また、探せば済むことだから」
 にっこり笑う。
 霊はいくらでも転がっている。情報源もある。
 またちゃんと食事が出来るから、と夕子は次の情報を求めて飛びだった。

●祈念 −翌日・朝−
 慶悟は朝から熱心に拝んでいた。
 最近は祈ることが多くなったな、と苦笑。
 事件に関われば関わるほど。霊に関われば関わるほど。祈る回数が増えていく。
 ふと、流しっぱなしにしていたいラジオから、アイドルの曲が流れ始めた。
 本来あまり興味のないジャンルの歌ではあるが、慶悟は笑った。
 そのアイドルだけは別だったから。
 小さく口ずさむ。
 そして静かに瞳を閉じた。

●草間興信所 −翌日・昼間−
「また碇女史にこき使われたんだってな」
 入って行くと苦笑混じりの草間と目があった。
「まぁね……でも、悪い事件じゃなかったわ。武彦さんの煙草の煙よりは」
「う……ごほごほっっ」
 言われて草間ははきだそうとした煙を吸い込んでしまい、むせる。
 それにシュラインは笑う。
「さて、どーせまた仕事たまってるんでしょ? さっさと出してね」
「……? お、どうした? 今日はやけに優しいな」
 お茶を飲み込んでから草間は目をぱちぱちさせてシュラインを見た。
「私はいつだって優しいわよ、失礼ね」
 と言いつつ、どこか誰かに優しくしたくなっている自分に気がつく。
 瞳を伏せてから、窓の外を眺めた。
 今日もいい天気になりそうだった。

●月刊アトラス編集部 −翌日・夕方−
 学校を終えた龍之助と一葉が、ほぼ同じくらいに顔を出す。
 そして一葉は麗香にレポートを渡す。
「早かったわね」
「休講があったんや。その間に書かせてもろたわ」
「そう。ご苦労様」
 受け取って麗香は目を通し始める。
「三下さぁん、こんにちは☆」
 早速龍之助は三下の元へと向かう。それを見て一葉は苦笑。
「あ、こんにちは。学校終わったんですか?」
「はい! 三下さんに逢いたくてすっとんできました」
「え、あ、……それはどうも……」
 困ったように三下は、手に持っている書類を胸に抱きしめる。
「俺、三下さんの事本気で好きっスよ。三下さんに毎日花持ってこいって言われたら毎日通っちゃうと思うな」
 珍しく真顔で言う。しかし内容はいつものごとく。
「ええ!? いや、そんな事……言いませんよ」
「言って欲しいっス! 三下さんとおつきあい出来るなら、1年でも5年でも10年でも通いますから」
 ぎゅっと龍之助が三下の手を握る。そのせいで書類がばさばさと音をたてて落ちた。
 瞬間。みかねた一葉のハリセンが飛ぶ。
 パコンッッッ、と小気味良い音をたてて後頭部に炸裂。
 そして龍之助の後ろ首を掴むと、ずりずりと移動する。
「あ、すみません……」
「ええって。はよ書類拾って仕事せんと、またどやされるで?」
「は、はい!」
「龍之助も、仕事の邪魔したらあかんて。こういう事は校了後におこなわんとな」
「そうっスね! それじゃ俺も頑張って仕事するっス!」
 ここ最近で龍之助の扱いには慣れた。急いで仕事を始める龍之助に、麗香と目があった一葉は、苦笑した。

●告白 −翌日・夜−
 深雪の携帯が着信音を鳴らした。手慣れた仕草でポケットから携帯を取り出す。
「あ、むーちゃん。メール見た? 金曜の夜なのにゴメン……声、聞きたくて。そう私も《出陣》☆ 開店前に九尾さんの所に行って『貴方を好きでいいですか』って許可を貰いに行くの。それ以上は……。あは、ダメならまたお酒付き合ってね☆」
 電話の相手は「大丈夫」とか「頑張って」とか気休めの言葉はくれなかった。だた「悔いが残らないように」と一言だけ。
 電話を切った後、深雪は九尾桐伯が経営する『ケイオス・シーカー』の前に立っていた。
 カラン、と音をたてて中に入ると、赤い瞳が振り返る。
「すみません、まだ開店前……寒河江さん。どうしたんですか?」
 思い詰めたような顔をした深雪の姿に、桐伯はカウンターの席をすすめる。
「ごめんなさい、まだ開店前だって事はわかってたんですけど……ちょっとお話があって……」
「構いませんよ。グラスを磨いていただけですから。……ところでお話って?」
「あの、その……」
 言い淀んだ深雪に、桐伯は鮮やかな手つきでシェーカーを使い、ピンク色の液体をグラスに注いだ。
「アルコールは弱いですから、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
 作って貰ったカクテルを、大事そうに飲み込むと、深雪は再び顔をあげた。
(凉子さんにがんばれ、って言ったのに、私が頑張らなくてどうするの!)
 自分を叱咤激励しながら口を開いた。
「あの、九尾さん」
「はい?」
「私、貴方の事を好きでいいですか?」
「えーっと、今日はもう4月1日じゃないですよね……」
 一瞬きょとんとなった後、桐伯は壁のカレンダーを見る。
「冗談や嘘じゃありませんっ。本気で言ってるんです」
 バーの中は少し暗かったが、深雪の頬が赤くなっている事はわかった。
 それに桐伯は微笑む。
「……もう1杯違うカクテルを作りますから、ゆっくりお話しませんか?」
 言われて深雪は小さく頷いた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0115/獅王一葉/女/20/大学生/しおう・かずは】
【0174/寒河江深雪/女/22/アナウンサー(お天気レポート担当)/さがえ・みゆき】
【0218/湖影龍之介/男/17/高校生/こかげ・りゅうのすけ】
【0230/七森沙耶/女/17/高校生/ななもり・さや】
【0382/小嶋夕子/女/683/無職…??/こじま・ゆうこ】
【0389/真名神慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、夜来です☆
 皆様またまたお目にかかれて光栄です♪
 さて、今回は夜来産休前の最後の作品となりました。
 今まで以上に長くなってます。
 悔いが残らないよう、今の精一杯で書かせて頂きました。
 シナリオの都合上、あまり目立たせられなかったPCさん、ごめんなさい。
 ちょっと切ないラブストーリー風に仕上がっていればいいのですが。
 本当は個別に色々メッセージを書きたいのですが、もの凄く長くなってしまいそうなので。
 今まで本当にありがとうございました。このシナリオに参加なされていない多くの参加者様にも感謝しております。皆様のおかげで続けてこれました。
 もし復帰して名前を見かけたら「こんな奴もいたな」と心の隅で思っていただければ光栄です。

 それでは、これからも皆様のPCの活躍を楽しみにしております。