コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


崇徳院御廟〜大乗経典〜前編

<オープニング>

「これが例の大乗経か・・・」
 波が打ち寄せる岩場で、白いコートを着た男は何かを拾い上げた。
「これがあればちょっと面白いことになるかもしれないねぇ・・・」
 波の砕け散る音ともに男の哄笑が響き渡る。

「崇徳院御廟?」
「ええ、祟徳院を奉った廟なのですが、ここの雰囲気が最近おかしくなっていまして・・・」
 汗をふきふき、スーツ姿の男が話し始めた。
 それによると京都にある崇徳院御廟の様子がこの頃おかしいなっているという。前々から陰気な場所であったが、この頃はもう春だというのに、御廟のあたりだけ冬のように寒くなってしまい、しかも「民を皇とし、皇を民となさん」という意味不明な文句が夜な夜な聞こえてきて、誰も近づくことができなくなってしまっているという。ここの管理を任されている白峰神宮の方でも困り果てているという。
「所謂霊能者と言われる方たちにもお出でいただいのですが、あまりの霊気に倒れる方が続出しまして・・・。こちらでもお祓いをしてみたのですが、如何せん効果が上がりませんで・・・」
「それでなんでうちなんかいらっしゃったんですか?」
「ここならば、心霊関係の依頼を扱っていると聞きましてね。なんとか引き受けてもらえないかと・・・」
「またかよ・・・」
 頭を抱える草間。どうしてここにはこういう怪しい依頼しかこないのであろうか。永遠の謎である。
「何か?」
「いや、なんでもないです。・・・って訳だ。誰か行って来てくれないか?ついでに土産頼むわ」
 完全他人事のように、依頼を受けに来ていた者たちに告げる草間。こいつ本当に大丈夫だろうか。依頼主の神社の人間の顔には、はっきりとそう書いてあるのだった。

(ライターより)

 難易度 普通

 予定締切時間 4/23 24:00

 死霊シリーズ崇徳院編の開始です。
 今回向かう場所は京都は祇園の真ん中にある崇徳院御廟です。場所が京都ですので、ゆっくり観光されてから依頼に取り掛かられても良いかもしれません。勿論現場直行もOKです。
 御廟を覆う霊気の調査が依頼内容ですが、調査だけで済むかどうかは不明です。慎重に行動されることをお薦めします。ただ、おおっぴらな戦闘が行われるわけではありませんので、戦闘力の無い方でもお気軽にご参加いただけると思います。
 シリーズものではありますが、基本的に一話完了の形をとっており、シリーズを通しての継続義務などはまったくございません。初参加の方でもご心配なくご参加いただけるような形をとっておりますので安心してご参加いただければと思います。
 それでは春の祇園を楽しみたい方のご参加をお待ちいたします。

<紅葉>

 首都高速道路から京都へと向う二台のバイク。平日ということもあり道はそれほど混んでいないのでスムーズに移動することができる。軽快な動きでのんびりと走る車を次々と追い抜かしていく。
「ヒュウ!やっとうるせぇ兄貴から開放されたぜ。なぁ、楓、京都に着いたらどこ行こうか?」
 相当ご機嫌なのか口笛を吹いて隣のバイクに話し掛ける少年。ヘルメット越しなのでかなり大きな声で怒鳴っている。
「そうだな・・・。俺は湯豆腐が食いたいな。折角京都まで来たんだから」
「おう!折角だから錦市場も行こうぜ!たらふくうまいもん食ってそれから調査だ」
「だけどその前にホテルに行こうぜ。荷物を降ろしたいし、風呂で汗も流したいしな」
 彼らは東京から京都までひたすらバイクで走り続けている。いくら元気がとりえの彼らとは言え、まったく疲れていないと言っては嘘になる。まずはホテルに寄り、荷物を置いてから京都を散策しても問題はないだろう。
「よっしゃ!じゃあホテルに行こうぜ。ええと草間の旦那が言ってた場所は・・・っと」
「確か紅葉(くれは)とかいってたな・・・」

 京都にある老舗の旅館紅葉。創業二百五十年を迎えるこの旅館は、祇園近く、より正確に言えば今回の依頼の現場でもある崇徳院御廟の間近にある。今回草間興信所から派遣された調査員たちはほとんどが東京在住のため、草間は依頼人に必要経費として、調査期間の間この旅館の部屋を幾つか用意させておいたのである(勿論依頼人は渋い顔をしたが、御廟や神社に十人以上の人間を泊めるわけにはいかないので否応無く了承した)。
 伝統と格式を重んじる旅館紅葉は古い和風の佇まいで、玄関には立派な門まである。慣れない土地で道を聞きながらなんとか到着した先ほどの二人、神坐生楓と守崎北斗の二人の高校生を女将と十数人の仲居たちが玄関で一斉に出迎えた。
「ようこそ、紅葉へ」
 女将の挨拶の後で一斉に頭を上げる仲居たち。
「ど、どうもっす・・・」
 旅館に着くなりいきなりこんな対応をされて二人はいささか困惑した。なにしろ彼らはまだ高校生である。伝統と格式を重んじる割烹旅館の対応など慣れているはずがない。そんな二人の姿を見て取って女将は微笑んだ。
「そんな身構えられる必要なんてあらしまへんで。神坐生様と守崎様ですね。ようこそ紅葉へ、おいでやす。葉月ハン。お客様のお荷物を」
「はい」
 女将に促されて仲居たちの中から進み出たのは作務衣を着た小柄な少年だった。年のころは神坐生たちとそう離れていない、まだ幾分幼さを残した顔立ちをしている。
「ではお客様、お荷物をお持ちいたします。お部屋はこちらです。どうぞ」

 葉月と呼ばれた少年に連れられて、神坐生たちは長い廊下を歩いてた。ふと窓から外を眺めてみると中庭と思われる場所には見事な日本庭園が広がっている。
「神坐生さんと守崎さんですよね。話は草間さんから聞いてます」
「へ?じゃああんたも・・・」
「ええ。俺も例の依頼に参加しています。いや、させられているといった方が正しいかな・・・」
「させられてる?」
「いえいえ、こっちの話ですよ」
 二人の前を歩きながら葉月は苦笑した。彼、葉月アマネは経営者である親戚から人手が足りないので手伝いに来てくれと言われたため、旅館に手伝いに来ていた。しかし実際は旅館近くの崇徳院御廟で発生している怪異のため客が激減しているため、霊的不感症というある程度の怨霊ならば退けてしまうという特殊な能力を持つ彼に調査をしてもらうために呼ばれていたのである。そう聞かされた時は思わず「話が違う」と頭を抱えたものである。
「それよりさ、なんか京都で美味いものがある店知らないか?これからちょっと辺りをぶらついてこようと思ってんだけどさ」
「さぁ。ご自分で調べたらどうですか?俺も昨日今日ここに来たばかりだから詳しく知らないんですよ」
「なんだよ、その言い方。俺達客だろ?そういう言い方していいと思ってんのかよ?」
 葉月の辛辣な物言いに守崎はムッとしてその青銅のようにややくすんだ青い瞳で睨みつけた。だが、葉月はそれをまったく意にかえさずに部屋の案内を始める。
「ここが今日お泊りになる桔梗の間です。荷物はここに置いておきますのでごゆっくりどうぞ。ちなみに他の方たちはとっくに到着して崇徳を調べたり、京都の観光を楽しんでいますよ。夕食は六時半。それまでには戻ってきてくださいね。お食事の後にその例の場所に向うそうですから」
「お、おい・・・」
 言いたいことだけ言うと葉月は部屋から出て行った。残された神坐生と守崎は呆気にとられていたが、少し落ち着くとふつふつと文句が沸いてきた。
「なんなんだ、ありゃあ!俺達に恨みでもあんのかよ!?」
「わかんねぇが好かれてないことだけは確かだな。他の人間にもあんな態度してんのかもしれないし」
 確かに対応の酷さは問題であったが、部屋は老舗の割烹旅館だけあって非常にいい造りになっている。広い客間に窓からは竹林と池が見える。部屋には掛け軸や花瓶などが置かれ、テレビや冷蔵庫なども設置されている。ゆっくりとくつろぐことはできるようだ。
「ま、あんな奴のことなんか気にしないで風呂に入ろうぜ。それから食いだおれだ」

<京都観光と聞き込み>

「京都のお土産っていったら、生八橋だろ!」
 京都の市内を栗毛色の髪をした青年が声を弾ませながら歩き廻っていた。あちこちの土産物屋で試食用の八橋を食してこうのたまう。
「今はチョコだのカスタードだのあるらしいけど、やっぱりスタンダードに限るぜ!」
 肉桂の振りかけられた昔からの八橋。肉桂の独特な香りが芳しい。やはり生八橋と言えば肉桂の味だと口いっぱいに頬張りながら思う。これを土産に買っていこうと。
 そう思って彼は山ほど生八橋の箱を抱えて店のレジに向おうとする。だが、ふと近くに連れの人間がいないことに気がついた。
「あれ、姐さんは?」
 キョロキョロと辺りを見回すと、はるか彼方の通りを一人で先に歩いているではないか。
「椿くん。そんなことしてる暇ないでしょ。置いてくわよ」
 銀髪に碧眼という珍しい風貌をしたその女性は彼にそう告げると踵を返してさっさと歩み去っていく。椿と呼ばれた青年は生八橋の箱をバラバラと取り落とし、半泣き状態で慌てて彼女の後を追った。
「待って〜、姐さん〜!!!」

 占い師のエスメラルダ時乃は、パシリである大学生時司椿を伴って京都に訪れていた。勿論興信所で聞いた依頼内容もあるのだが、その依頼について占ってみたところ海とそこに佇む男、それに何かのお経がヴィジョンとして見えた。
 もしも今回の依頼が日本の大魔縁として有名なあの祟徳上皇に関わることだとしたら、そのお経とは上皇が自らの舌を噛み切って、その血で書き上げた五部大乗経典なのかもしれない。自分を裏切った朝廷への恨みをこめた呪われし経典。仏法の功徳をそのまま呪力に変えたその力は絶大で、今も日本に呪いをもたらしているとさえ言われる。それがどのように関係するかまでは分からないが、彼女はとにかく現場について色々と調査することにした。
 この現象が起きた前後にここに誰か来たか、もしいたとしたら何か置いていかなかったか等を近くの神社や土産物屋に聞き込みをしてみた。だが、結果は芳しくなく、特にそのような人影を見かけた者はいなかった。
「手かがりなしか・・・」
 近くの喫茶店で抹茶を飲みながらエスメラルダはため息をついた。もともとそれほど期待していたわけではないが、情報は手に入らず結局用意したのは清めの酒だけ。これだけで日本最強と謳われる怨霊の相手をするにはいささか不安がある。
「大丈夫っすよ姐さん。何とかなるって」
 時司はカラカラと笑いながら茶菓子をパクつく。
「ところで姐さん、例の場所で聞こえてくるあの声って一体何の意味があるんすか?」
 民を皇とし、皇を民となさん。崇徳院御廟で夜な夜な聞こえる不気味な言葉。だがその言葉に一体どんな意味があるのか、古典的な知識はさっぱりない時司にはまったくわけが分からなかった。
「天皇を貶め、民に天下を取らせようって意味よ。より正確に言えば三悪道に抛籠、其力を以、日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし、民を皇となさんと自分が書いた大乗経文に書いたそうだわ」
 この経文を地獄・餓鬼・畜生の三悪道になげうち、その功力を以って、日本の大魔王となり、天皇を貶め、民に天下を取らせようという意味である。政争に破れ讃岐に流され、乱を起した反省と戦死者の供養のため三年をかけ写経した大乗経文。それは五部大乗経文と呼ばれ華厳経、大集経、大品般若経、法華経、涅槃経のことを指す。これを全て写し京の寺に収めて欲しいと嘆願したが、あっさりと送り返されてしまった。この経文に呪いがかけられていると思われたからだ。三年の苦労が水の泡となってしまったのである。今までの怨みも重なり上皇の怒りは頂点に達する。
 仏の功徳が宿った経典は血に穢れ呪いの呪物と化した。そしてそれは海深く、竜宮に向って鎮められ、今尚その力は失われていないと考えられている。
「厄介な事が起きなければいいけどね・・・」
「大丈夫だって」
 本当に事の重大さが分かっているのか、時司の陽気な態度を見て彼女はもう一度深々とため息をつくのだった。

<祟徳上皇> 
  
 暗くなった京都の町を一人の女性が歩いていた。古都京都が似合う着物姿の女性である。彼女は夜道を歩きながら考えに耽っていた。
(祟徳院の復活・・・。怨念を抑えることは難しいかもしれない)
 神社の後継ぎである彼女天薙撫子は実家の伝手で白峰神宮から話を聞いたり、上皇が流された讃岐、それに崇徳院の慰霊に訪れた西行法師に縁のある高野山にまで出向き、崇徳院に関する記述・古文書を調べた。崇徳院の怨念を鎮めるヒントがあるかも知れないと考えての事だったのだが、調べれば調べるほど崇徳院の怨念を開放することは難しいことが分かった。
 もはや崇徳院が呪いをかけてからもはや千年以上が経過している。院の願った民を皇とし、皇を民となさんという事も既に成就している。それなのに怨みが晴れていないとすれば、もはや院の怨みは天皇では無くこの国全ての存在に向けられているのかもしれない。今回の事件が日本の大魔縁たる崇徳院を目覚めさせることを目論んでいる者が糸を引いているのならば、その者を相手にしたほうがいいかもしれない。
「おお、ミス天薙。どうでしたか成果のほどは?」
 ふと気が付くと自分の目の前に背の高い外国人風の男が立っていた。自称英会話学校の講師ウォレス=グランブラッドである。枯葉色の髪に翠色の瞳を持つこの国籍不明の男は少々勘違いした日本贔屓で、真の大和撫子に出会えたと天薙の事を褒めていた。着物姿の淑やかな女性が日本の女性だと思っているらしい。
「やはり祟徳院との直接対決はさけたほうがいいと思います。相手があの大魔縁崇徳院だとしたら・・・。それよりそちらは何をしていたのですか?」
「私は祗園を楽しませていただきました。舞妓さんを見たかったので色々と・・・ね。日本文化の極みというものが見れて満足しました」
「いや、あのそういうわけではなくて・・・」
 生真面目な天薙が言葉に困るとウォレスは笑い声を上げた。
「冗談ですよ。関連書籍を読みましたが、私は上皇に縁のある品『大乗経』を誰かが用い上皇に干渉しているが為にこの様な事態を招いているのではと考えています。それに全ての争いをあの世から愉しませて貰うという言葉も残したらしいですからね。ここで戦うのは上皇の現世への念を強める事になるのではと思いますから戦闘は避けたいですね」
「同感です。祟徳院を相手にするよりそれを利用しようとしている輩を倒すことに全力を注ぎましょう」
「そろそろ他の人たちも御廟に向うはずです。紅葉に戻りましょう」

 崇徳院御廟までの案内は葉月がかって出た。もともとそのために旅館で仕事をしていたため、ここの地理はある程度頭に入っている。
「気をつけてくださいね。霊感のある人はかなりきつい場所だそうですから」
 彼は極度の霊的不感症のためまったく感じないが、御廟の周りを包み込む圧倒的な負の気、瘴気は霊感が強くない普通の人間さえも影響を与える。
「なんだよ、ここ・・・。滅茶苦茶気持ちわりぃじゃねぇか」
「ああ、ずっといたらおかしくなっちまうぜ」
 元気のある高校生二人組み、守崎と神坐生もここの瘴気に当てられて気分が悪そうだ。他の人間も多かれ少なかれ気持ちの悪そうな顔をしている。闇の住人であるウォレスを覗いて。
「いやはや、話には聞いていましたがこれほどとは思いませんでした。大したところですね」
「くそ〜、なんでこんなにプレッシャー感じるんだよ」
 時司はくやしそうに唇を噛んだ。龍の力を持ち、圧倒的なプレッシャーで相手を威圧する「龍の気迫」を誇る彼としては、その自分にプレッシャーを与えるここの瘴気に悔しさを感じるのも無理は無い。喧嘩では先に威圧されたほうが負けなのだから。
「流石は千年以上存在する怨霊といったところかしら、大したものね。それより目的の場所はまだな訳?」
 エスメラルダはその見事な銀髪を書き上げながらかすかに苛立った声で前方を歩く葉月に問うた。瘴気は人の心に悪影響を及ぼす。怒りや憎しみを増幅する効果があるのだ。
「あそこです。既に門は開かれています」
 葉月が示すとおり、本来は堅く閉ざされている崇徳院御廟の門扉は開けられている。門をくぐるだけで瘴気はさらに濃さを増したようだ。並の人間では数分たもたたぬうちに発狂するかもしれない。
 そんな御廟の中には一人の男が立っていた。白いコートを羽織った長身の男。風に靡かれ様々に模様を変える銀の滝のごとき髪に、夜なお輝きを失わぬ紅蓮の瞳。彼は御廟まで入った来た者たちを見ると厭らしげな笑みを浮かべた。
「やはり来たか・・・。それなりの術者が来るのではないかと思っていたが・・・」
「不人!やはり貴方が!」
 彼の姿を見るなり天薙がやはりという感じで声を上げた。
 不人。
 謎の組織「会社」のエージェントとして東京の各地で破壊活動を行っている危険な人物。死霊を使役する死霊使いで、あらゆる力を無力化するその魔力は圧倒的である。
「見知った顔がいると思ったら君かね。確か天薙君とか言っていたようだが・・・。こんな離れた京都まで来るとはご苦労なことだ」
「その手に持っているのは大乗経ね」
 薄暗闇のためはっきりとは認識できないが、確かに不人の手には何か紙のようなものが握られている。
「そうだよ。中々面白い玩具でね。今実験の最中なのだよ」
「何言ってんのかわかんねぇけど、いい加減に止めろ!迷惑なんだよ」
 神坐生が守り刀である長刀『楓』を抜き放つ。守崎も呼応するように忍者道具の一つであるクナイを取り出し、構えた。
「やれやれ、喧嘩早いね。見物はこれからだよ。召喚の儀は既に完了した。間もなくご登場されるはずだ。この国の大魔縁にして最強の怨霊崇徳院がね」
 不人の言葉に応えるように、空を暗雲が包むと御廟に一条の雷光が落ちた。そして雷光が落ちた後には一匹の鳶がいた。金色に輝き、この御廟を包み込む瘴気よりさらに禍々しい気を漂わせた鳶。
「な、なんだこりゃ!?崇徳院って人間じゃないのかよ!?」
 時司が降臨した鳶を見て驚きの声を上げると不人は哄笑を上げた。
「確かに崇徳院はもともと人間だ。だが、この国に呪いをかけ地獄を統べ、悪鬼羅刹の頂点に君臨する魔王となった崇徳院は天狗として、その姿形を変えられたのだよ」
 遂に崇徳院が現世に降臨した。不人の持つ血文字大乗経典に導かれて。このままでは日本は滅茶苦茶になってしまう。そう思われたとき、突如不人の持つ大乗経典が辺りを包む闇よりも濃い影によって奪いとられた。影は大乗経典を奪うと不人から離れて人の姿を取った。それはウォレスであった。
「大乗経典は貰いうけましたよ。これは納経させてもらいます」
「愚かな・・・。その程度のことで崇徳院が引き下がると思っているのかね。それにその大乗経典、君が持っていて平気なのかな?」
「えっ?」
 思わず問い返したウォレスの手の中で、大乗経典がとてつもない瘴気を生み出し彼の体を包み込んだ。ウォレスの頭に怨みの声が響いてくる。
 憎い・・・恨めしい・・・くやしい・・・悲しい・・・苦しい・・・。
「あああああ!?」
 さらに己が封じたはずの吸血衝動が甦ってくる。血を吸いたい。温かく麗しい人間の血を浴びるほど飲みたい。枯れ果てたこの喉を潤してくれる甘露のごとき真っ赤な血を・・・。
「その大乗経典には千年に渡って注ぎこまれた怨念に満ち満ちている。それを手にしたらたちまちのうちにその怨念に取り込まれるのだ。並の人間や妖が触れられる代物ではないのだよ」
 不人は大乗経典を取り返すべくウォレスに近づいた。
「不人、覚悟しなさい!」
 天薙は実家に伝わる御神刀『神斬』で不人に切りかかった。その一撃を腰に下げていた妖刀『山田浅右衛門の刀』で防ぐ不人。
「そう焦りなさんな。楽しいショーはこれから始まるんだよ」
「なんですって?」
「そうら、近づいてきたよ。聞こえないかね?崇徳院に呼ばれた亡者の群の声が」
 オォォォォォォォォォォォ・・・。
 クルシイィィィィィィィィ・・・。
 カラダガホシイィィィィィ・・・。
 ウラメシイィィィィィィィ・・・。
 御廟の至るところから怨霊たちが上げる無念の声が響き渡る。崇徳院の持つ瘴気に惹かれてきたこの世に未練を残して果てた死人の魂である。彼らはこの世に残した思いが死してなお晴れず、京都の町に漂っていた。それがこの闇の気で触発され、一部が活性化し始めているのだ。
「わずかにご登場願っただけだというのに、もう百を超える怨霊が現れているようだ。まずはこれらの相手をすべきではないかね?」
 金色の鳶は高らかに一声鳴くとその場を飛び去った。不人も大乗経典を取り返すとスッとその姿をかき消した。残されたのは無数の怨霊のみ。
「厄介な置き土産残していきやがって」
 時司は舌打ちした。喧嘩は得意だが実体の無い怨霊が相手となるといささか勝手が違う。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。さっさと追っ払って椿君」
「おっしゃあ!」
 先ほどは崇徳院の放つ瘴気に圧倒されていたが、その崇徳院は既にいない。己が力「龍の気迫」を発動させ怨霊たちを威圧する。強烈なプレッシャーを感じてだじろく怨霊たち。
「てめぇらの相手なんかしてらんねぇんだよ!」
 守崎は右目の力、とじめやみを用いて霊を常世に返した。
「・・・・・・」
 霊の姿はまったく見れない葉月ではあるが、その霊的不感症は自分の周りにも効果を及ぼす。彼に群がった怨霊たちはその能力に耐え切れずに消え去ってゆく。
「はああああ!」
「この世に繋ぎとめられし哀れなる霊たちよ。その楔から放たれよ!」
 たとえ実体なき存在であっても、気が込められた武器ならば傷つけることはできる。神坐生は『楓』を用いての刀術で、天薙は『妖斬鋼糸』と呼ばれる鋼を薄く糸のように細く鍛えた武器で怨霊を切り裂いた。
 彼らの活躍もあり、夜明け前までには御廟に存在していた怨霊たちはすべていなくなっていた。立ち込めていた瘴気も跡形もなく消え去り、御廟は元の平穏を取り戻した。
 だが、大魔縁崇徳上皇は再びこの世に降臨した。いずこかに飛び去ってしまったがこのままではすまないだろう。その身が放つ瘴気だけで普通の人間は狂死し、怨霊が呼び寄せられる。もし大魔縁が本気で何かをしようとしたら大変な惨事が起きるかもしれない。そんな存在を呼び出して白いコートの男不人は何を企んでいるのであろうか。かなりの不安を残しながらも依頼はひとまず終了するのだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)
    (あまなぎ・なでしこ)
0561/神坐生・楓/男/17/高校生
    (かんざき・かえで)
0568/守崎・北斗/男/17/高校生
    (もりざき・ほくと)
0245/葉月・アマネ/男/18/大学生
    (はづき・あまね)
0305/エスメラルダ・時乃/女/25/占星術師
    (えすめらるだ・ときの)
0314/時司・椿/男/21/大学生
    (ときつかさ・つばき)
0526/ウォレス・グランブラッド/男/150/自称・英会話学校講師
    (うぉれす・ぐらんぶらっど)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 大変お待たせいたしました。
 崇徳院御廟〜大乗経典〜前編をお届けいたします。
 今回は14人ものお客様にご利用いただき満員御礼の状況となりました。誠に有難うございます。多人数のため二部構成とさせていただきましたがご了承いただければと思います。
 こちらは京都の観光と崇徳院との接触が主な内容となりました。今回でてきた不人については主に後編で語られると思いますので、後日仕上がる後編も併せてお読みいただければと思います。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ作品に反映させていただきたいと思います。設定などをお聞かせいただければ、参考にさせていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。