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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


崇徳院御廟〜大乗経典〜後編

<オープニング>

「これが例の大乗経か・・・」
 波が打ち寄せる岩場で、白いコートを着た男は何かを拾い上げた。
「これがあればちょっと面白いことになるかもしれないねぇ・・・」
 波の砕け散る音ともに男の哄笑が響き渡る。

「崇徳院御廟?」
「ええ、祟徳院を奉った廟なのですが、ここの雰囲気が最近おかしくなっていまして・・・」
 汗をふきふき、スーツ姿の男が話し始めた。
 それによると京都にある崇徳院御廟の様子がこの頃おかしいなっているという。前々から陰気な場所であったが、この頃はもう春だというのに、御廟のあたりだけ冬のように寒くなってしまい、しかも「民を皇とし、皇を民となさん」という意味不明な文句が夜な夜な聞こえてきて、誰も近づくことができなくなってしまっているという。ここの管理を任されている白峰神宮の方でも困り果てているという。
「所謂霊能者と言われる方たちにもお出でいただいのですが、あまりの霊気に倒れる方が続出しまして・・・。こちらでもお祓いをしてみたのですが、如何せん効果が上がりませんで・・・」
「それでなんでうちなんかいらっしゃったんですか?」
「ここならば、心霊関係の依頼を扱っていると聞きましてね。なんとか引き受けてもらえないかと・・・」
「またかよ・・・」
 頭を抱える草間。どうしてここにはこういう怪しい依頼しかこないのであろうか。永遠の謎である。
「何か?」
「いや、なんでもないです。・・・って訳だ。誰か行って来てくれないか?ついでに土産頼むわ」
 完全他人事のように、依頼を受けに来ていた者たちに告げる草間。こいつ本当に大丈夫だろうか。依頼主の神社の人間の顔には、はっきりとそう書いてあるのだった。

(ライターより)

 難易度 普通

 予定締切時間 4/23 24:00

 死霊シリーズ崇徳院編の開始です。
 今回向かう場所は京都は祇園の真ん中にある崇徳院御廟です。場所が京都ですので、ゆっくり観光されてから依頼に取り掛かられても良いかもしれません。勿論現場直行もOKです。
 御廟を覆う霊気の調査が依頼内容ですが、調査だけで済むかどうかは不明です。慎重に行動されることをお薦めします。ただ、おおっぴらな戦闘が行われるわけではありませんので、戦闘力の無い方でもお気軽にご参加いただけると思います。
 シリーズものではありますが、基本的に一話完了の形をとっており、シリーズを通しての継続義務などはまったくございません。初参加の方でもご心配なくご参加いただけるような形をとっておりますので安心してご参加いただければと思います。
 それでは春の祇園を楽しみたい方のご参加をお待ちいたします。

<お見合い>

 鷲見探偵事務所。自宅と一体型になったこじんまりとした事務所であるが、その中はというと大半が蔵書で埋め尽くされている。これは総て事務所の主の趣味であるのだが、事務員としてはこの蔵書の整理に頭を痛めていた。別に本がたくさんあるのが問題なのではない。その本を読みふけってまったく仕事をしようとしない主が問題なのだ。
 その主はというと、その事務員から回された依頼内容に目を通して頭を抱えていた。
「京都〜?嫌だよ、兄さんがいるって言うのに・・・。行ったら顔出さなくちゃならないし、そしたら絶対見合いさせられるんだから・・・」
 ぼさぼさの手入れがされていない黒髪に、ヨレヨレのシャツというだらしない恰好の主はそう言ってぶつくさと文句を垂れた。確かに二十八歳にもなって結婚もせずに探偵などという仕事をしていれば親類も彼女の将来を心配するだろう。
「大丈夫ですよ。お兄さんに連絡をとらなければいいんです。別に呉服屋まで行く必要もないでしょ。仕事をしにいくだけなんですから」
「そういうわけにいかないでしょ。一応は兄妹なんだしさ。とにかく京都なんか面倒くさくて行きたくない」
 彼女は子供のような我儘を言うと、手元にあった本を読み出す。わざわざ京都くんだりにまで行って受けたい依頼ではない。そんな彼女のことを知り尽くしている事務員は、懐から携帯電話を取り出すと朗らかに告げた。
「そうですか、それでは仕方ありませんね。実はお兄さんからお見合いをさせるようにという連絡をもらっていましてね。良ければ写真を送るそうです」
「な、なんだって・・・」
「そうですよね。千白さんはお見合いで忙しいですからね。依頼なんか受けている暇はありませんでしたね。じゃあ早速お兄さんにご連絡を・・・」
「ま、待て高柄!分かった。やる、やるからそれだけはやめて!」
 携帯電話をかけ始めた事務員を慌てて押し止める彼女。お見合いだけはどうしても避けたいらしい。
「いやぁ、そうですか。やってくれますか。折角のお見合いなのに悪いですね。ではよろしくお願いしますよ」
 探偵事務所主鷲見千白は事務員の顔を恨めしそうに睨みつけるのだった。

<事前調査>

「ふむ」
 パソコンの画面に表示された情報を読んで、男は一人唸った。
「やはり今回の依頼は崇徳院に関係するものか・・・」
 菅原道真を凌ぐ怨霊で日本国の大魔縁崇徳院。「三悪道に抛籠、其力を以、日本国の大魔縁となり、皇を取って民となし、民を皇となさん」との言葉を残し、天皇を、そしてこの国を呪った最強の怨霊。どんなに奉り、供養しようとも千年の時が経つ今でさえ解かれぬ呪い。
 男は立派な顎鬚をさすりながら立ち上がった。がっしりと引き締まった体つきをしている巨漢である。陽に焼けた愛嬌のある丸顔をして、小さな目に丸眼鏡をかけている。鷹旗羽翼というの名のフリーライターである。オカルトに興味があり、それについての記事を書いているが、今回の依頼もそれの一環として引き受けた。
 時代に翻弄され、天皇を超える上皇という地位を得られる立場でありながら政争に破れ、讃岐へと流された悲劇の上皇崇徳院。反乱をおこなった罪滅ぼしに行った五部大乗経の写経はしかし、呪いが込められているとされ朝廷から受け取りを拒否された。その時に受けた屈辱、憎しみを糧に自らの舌噛み切り、その血でもって五部大乗経の功徳を呪いに変え日本国を呪ったのだ。その五部大乗経は呪いをかけるため海底深くにある竜宮に捧げられているという。
「もし、上皇が復活したとするならば、そのパワーの源は五部大乗経だろうな・・・」
 鷹旗は迷った。崇徳院が幽閉された讃岐、現在の香川県に向うべきか、それとも現在事件の起きている京都に向うべきか・・・。
 迷った挙句、彼は京都に向うことにした。確かに讃岐の調査も重要であるが、海底の奥深くに沈められた大乗経典の回収は難しいだろうし、既に持ち去られているかもしれない。それよりは京都の状況を把握しておくべきだと考えたのだ。
「行くぞ、マルタ」
 彼は部屋の隅にいた鷹のようなものに呼びかけた。

<京都観光> 

「そんなに暗い顔しないでください」
「でも・・・」
 京都は祇園のとある甘味処。その一角で、目の前に抹茶パフエが置かれているというのに浮かない顔をしている少女がいた。糸のように細い髪をした小柄な少女である。目の前に座っている青年に連れられて京都に来たものの、ずっとこの調子である。 
「やっぱりあのことを気にしているんですか?」
「・・・・・・」
 笑顔の青年の問いに、彼女は沈黙で答えを返した。彼の言うあのことを気にしているのは確からしい。
「気にしないほうがいい、と言っても駄目でしょうね」
「ごめんなさい。ご心配をおかけして申し訳ないと思っています」
「いえいえ、そんなこと気にしないで下さい」
 二人の会話も普段に比べてややぎこちない。少女神崎美桜は高校生、青年の方が大学生の桜井翔という。二人とも今回の京都の依頼に参加し、崇徳院御廟を調査するつもりでいた。だが折角の京都に来たのだからと、桜井が父によく連れられていく甘味処に神崎を案内していたのだ。
「あの人と会う為に私はこの依頼を引き受けました」
「美桜さん・・・」
「私はあの人の言うとおり人間は身勝手な存在なのかもしれません・・・」
 度々彼らの前に姿を現している白いコートを着た男。かつて氷川丸で対峙した時に言った言葉は今でも心に強く残っている。人間ほど身勝手な存在はいないと。
「それを言ったらあの男の方がよっぽど身勝手でしょう」
「・・・・・・」
「それに美味しいものを前にしんみりした話はすべきではありません。このパフェ結構いけるんですよ」
 そう言って桜井は神崎ににっこりと笑いかけるのだった。

<藤花>

 古都京都には雅な着物が似合う。そしてその着物を染め上げるのに用いられる技法の一つに友禅がある。伝統とはただ守り続けるものではない。伝統を受け継ぎながらも常に新しいものを開発することが大切なのだ。
 今年の春の新柄が発表され、呉服屋には春を現す色とりどりの着物や布が取り扱われている。そんな中で食い入るように様々な布地を見つめている一人の女性がいた。黒い髪に黒い瞳と純日本人的な容姿を持つ彼女は、その長い髪をポニーテールのように後ろで束ね、布の切れ端でまとめていた。
「何かお買い求めになられますか?」
 店の女将がそんな彼女の様子を見て愛想よく声をかけてきた。
「あ、いいんです。まだ決めてませんから」
 女性は微笑を浮かべた。何も着物や布を買って帰るつもりはない。ほんの切れ端でいいのである。自分の髪を束ねるのに十分なだけの。
 やがて一通り物色し終えると、彼女は店を出た。新柄はたくさん置いてあったがこれといったものがなかったからである。だが問題はない。呉服屋は京都の至るところにある。きっと自分の気に入る柄のものが手に入るはずだ。それよりも今は優先すべきことが他にある。
 萬屋隅田川出張所。いわゆるなんでも屋の一種だが、その所長である風見藤夜嵐は、今回の祟徳院御廟の依頼に関してやはりその声というものがどのようなものなのかを聞くことが必要だと思っている。敵の目的が分からない以上、それを聞き出すことが事件解決の糸口になるはずだ。京都の街には藤の花が咲き乱れている。自分と同属である樹木が元気なのは喜ばしいことだ。だが、少々気になる点あった。
 前年に比べいささか色合いが良くないのである。勿論気候や風土、その他もろもろで花の出来具合というのは変化してしまうものなのだが、今年はどの花もいまいち花の色や月具合が良くない。温暖でそれほど気候に問題は無かったというのに・・・。
「単なる気のせいだといいけど・・・」
 風見はそのことに一抹の不安を覚えながら御廟へと向った。

<陰気>

「ああ、嫌だ。さっさと帰りたい」
 鷲見は京都に着いてからというものずっと文句ばかり言っていた。事務員の言葉にいいように乗せられたとはいえ、京都に来てしまった以上呉服屋をしている兄に発見される可能性が零ではないのだ。兄に捕まりでもしたら三十路前だというのに結婚せずにのほほんとしていることについて延々と文句を聞かされるに違いない。
「だめだ。真面目に仕事をしろ」
 彼女の隣を歩く黒いスーツの男はあっさりとそういった。鷲見の考えていることを把握している。手綱を引き締めておかないと適当に仕事をこなすか、それとも途中でサボタージュするに違いないのだ。
「でもさぁ、面倒くさいし、それに兄さんに会いたくないんだよ」
「見合い、したいのか?」
 ニヤリと意地悪く笑う黒いスーツの男の言葉に鷲見は驚きが隠せなかった。
「な、なんで久我さんがそんなこと知ってるわけ!?」
「各務に頼まれた」
「た、高柄君とグルだったんだね・・・」
 鷲見は事務員の抜け目のなさに頭を抱えた。自分が京都に来ても依頼に対してやる気ないことを見抜いていたらしい。陰陽師である久我直親と自分の事務所の事務員がウマが合っていることは知っていたがまさかこうも鮮やかに手が打たれているとは思わなかった。完全な油断である。
「三悪道に抛籠其力を以、日本国の大魔縁となり皇を取って民となし民を皇となさん、か」
 唐突に二人の後ろを歩いていた少年がポツリとつぶやいた。高校生らしき、まだ幾分幼さを残した顔立ちをしている少年である。崇徳院が書き上げた五部大乗経に、己が舌を噛み切りその血をもって記したとされる呪いの文字。
「日本の大魔王となり天皇を貶め民に天下を取らせよう、か。色々と無念だっただろうな」
「だろうね。どんなに奉ろうが、時間が経とうが怨みが晴れないんだから」
 この依頼に関わる前に、ネットで検索したり白峰神社に直接聞き込みに訪れるなど調査を行ってみたが、芳しい結果は得られなかった。どれも伝承の類を出ないもので、御廟で起きていることも事前に興信所で語られた事以上の話は聞けなかった。
「大乗経は海底に沈められたと聞いていたが・・・まさか奴が?」
「可能性はあるだろうな・・・」
 崇徳院の呪いの源となっている大乗経は海の底深くに沈められ、竜宮に収められたという。鎮静化していた崇徳院が万が一復活したとなると、その源たる大乗経も持ち去られたかもしれない。
「それより気になるのが御廟を覆っている陰気だ。あれはただ事じゃない・・・」
 他の二人と同じく陰陽師である雨宮薫は、御廟を覆う陰の気のあまりの強さに驚きを隠せなかった。今まで感じた陰気の中のどれよりも強く濃い気。近くによるだけで肺がむせび、苦しくなる。このまま放置しておけば京都全体の気の流れを狂わせかねない。
「とにかく夜まで待ってみよう。奴が動くとすれば夜だろうしな」
 時刻は既に夕刻を過ぎ、真っ赤に燃える夕日が京都の町を紅く染め上げていた。

<五部大乗経典>

 闇の帳が下り、闇が支配する時間となった。御廟の辺りはもはや誰も立ち入ることができないほど陰気が強まったと思われていたその時、突然その陰気が感じられなくなってしまった。不信に思った鷹旗は己が使役する鷹型のデーモン「マルタ」を使い、上空から調査を行わせた。
「どうやら崇徳院はいなくなったようだな・・・」
 御廟には陰気も怨霊の姿も見受けられない。完全に消え去ってしまったらしい。先行していた者たちが決着をつけたのかもしれない。とにかくそこには何も存在していなかった。
「じゃあ、もう依頼は終わりかしら」
 だとすれば意外にあっさりと終ったものだ。皆、日本最強と謳われる大怨霊崇徳院との壮絶な戦いを覚悟していたのだが、それが無くて済んだということであれば幸いである。いささか手ごたえが無さすぎでもあるが・・・。
 だが、風見の言葉を鷹旗は否定した。
「いや、崇徳院かどうかは知らんが嫌な気を持つ奴が一人いるぞ」
 スコープのような目をもったマルタはそのものの姿を捉えていた。白いコートを着て、夜風に銀髪を靡かせた男。夜の闇の中でも輝きを失わない肉食獣のごとき紅蓮の瞳はまっすぐこちらを見つめている。索敵していることに気付いているのであろうか。彼がその容姿を説明すると、雨宮と、同年代らしき少女が血相を変えて彼に詰め寄った。
「そいつはどこだ!?」
「どこにいるの!?」
「まぁ、待て若いの。そう慌てるもんじゃない。ここは落ち着いてだな・・・」
「いいからさっさと教えて!」
 少女の剣幕に押されて、鷹旗は苦笑して答えた。
「この通りをまっすぐ言った先だ。そこにいる。だが・・・」
「まっすぐね。分かったわ!」
「待っていろ不人!」
 二人は鷹旗の言葉を最後まで聞かずに、鉄砲球のように走り去った。
「はっはっは。若さというのはいいもんだ。悩むことを知らんからな」
 鷹旗は豪快な笑い声を上げた。本当はもうこっちの接近に気付かれているかもしれないのだが、あの二人にそれを言っても無駄だろう。
「笑っている場合か。俺達もいくぞ」
「そうだね。相手があの変態だったら二人が危険だしね」
 久我と鷲見も二人の後を追って走り出した。
「一応、私も行ったほうがいいかもしれないわね。相手が何を考えているのか知りたいし」
 今回の依頼はあくまで調査。崇徳院がいなくなったからといってそれで終わりというわけにはいかないだろう。それにその男が今回の事件の黒幕である可能性もあるのだ。接触しておいたほうがいいだろう。風見の意見に鷹旗も同感だった。
「そうだな。今更悩んでも仕方ないし、いさぎよく会ってみるとするか」

「不人、いるんでしょう!?出てきなさいよ」
 少女は通りの真ん中で叫んだ。
「おやおや、誰かと思えば懐かしい声だね」
 答えは闇の中から聞こえてきた。赤い瞳が輝き白いコートが顕わになる。
「それに、シャノワ(黒猫)までいるとは・・・。面白い組み合わせだ」
「俺をその名で呼ぶな」
 渋面で不人を睨みつける雨宮。そんな彼の顔を見て不人は尚更可笑しそうに嗤った。
「で、二人してどうしたんだね?私に何か用か?」
「あなたが持ってる崇徳上皇の大乗経、返してほしいの。これ以上崇徳上皇を苦しめないで」
 不人の持つ大乗経を指し示しながら氷無月亜衣は懇願した。敵でありどれだけ危険な相手か十分理解している。だが、それでも自分の気持ちを抑えることはできない。彼を愛しているという自分の思いは・・・。
「別に戻してもかまわんよ」
「なんだと?」
 あまりにも意外な返答に雨宮は驚いた。これが海から引き上げられたせいで崇徳院は目覚めたのではなかったのか。
「既にこれは役目を十分に果たした。今更竜宮に戻したからといってこれといって支障があるわけではない。私はこれを使って召喚しただけだからね、アレを・・・」
 その時、遅ればせながら後続の者たちが駆けつけてきた。
「こんなところまでわざわざご苦労なことだが、既に私の仕事は完了した。最早誰も崇徳院を止めることはできない。かのモノが降り立つだけで大地に眠る怨霊は目を覚まし、妖怪たちが群集う。ふふふ、素晴らしいと思わないかね?」
「死者は地に還るのが自然な事だ。下らんな」
 久我は素っ気なくそう答えると呪符を構えた。この男と自分たちの道は決して交じり合うことは無い。不人が目指していることは平和などではないのだから。だから闘うしか無いのだ。雨宮も同じように呪符を取り出した。
「随分と勝手な言い分じゃないかね。誰がそんな決まりごとを作ったのかな?死者であろうがなかろうが、強いものが生き弱い者は糧となる。それが世の理だと思うがね」
「だから敵となるのさ、あたしたちは」
 不人の語る弱肉強食が世の理となったら、弱きものは総て強きものに従わなくてはならないことになる。自分がその世界で生きたらどうであろうか?そう悪い地位にはならないかもしれない。表面的な強さだけなら。だがそれを認めてしまうわけにはいかない。力だけが強ければいいのであれば世は修羅の世界に成り果ててしまう。鷲見もまた不人に向けて呪符を構える。
「不人さんの言う通りです。確かに人は、自分勝手な生き物かもしれません。でもその中で仲良く平和に暮らしたいと努力している人たちもいると私は、信じています。それに死んでもまだ恨み憎しんでいなくてはいけないなんて悲しすぎます。誰もずっと人を憎しみ恨んで生きていたりしない。幸せな日があったはずです。」 
「どうかな?人を憎み、恨むことであるものは生きがいを見出しているかもしれない。胸を燃え立たせ焼き焦がさんばかりの思いにかられることが幸せでないとどうして言い切れる。復讐や憎しみの思いが人という存在をより強めているのだよ。総ての人間の気持ちが分かるほど君は万能なのかね?まるで総ての人間の代弁者のような口ぶりだが」
「それは・・・」
 不人の言葉に神崎は口ごもった。確か自分は統ての人間の気持ちを知っているわけではない。人を憎しみ思いつづけることで生きている人間がいないなどといい切れはしない。怨みによって自分を支えている人間がいることも確かなのだから。
「確かに僕は、貴方と同類かもしれません。美桜さんが無事なら後はどうでもいい。しかし、それなら貴方はどんな理由があってこんな事をしてるんですか?ただ破壊したいという理由なら単なる馬鹿です。そんな人と僕が一緒だなんて不愉快ですね」
「ただの破壊?愚劣なことを言う。私には私の考えがあるのだよ。最も君などに理解できるはずもないだろうがね」
「僕も理解したくなんかありません」
 にっこりと笑顔で答えると、神崎を背中で庇いつつ不人に向って空手の構えをとる桜井。どう話し合おうと解決の糸口は見出せないようだ。それでは残された答えはただ一つである。
「こんなところでやり合おうというのかね、諸君?別に私は構わないがこの辺り一体が焦土と化すかもしれないよ。それでもいいんだね?」
 不人は8人に囲まれながらも余裕の態度を崩さない。むしろ状況を楽しんでいる節がある。彼にとって数は力ではないからだ。圧倒的な魔力に裏打ちされた自信。ここで自分が負けることがないことを悟っているのだ。仮にここで戦闘が始まったとして、体面やその他もろもろ気にしなくてはいけない彼らに比べ、不人は幾ら破壊してもまったく構わないのだ。ここで戦端を切れば結果は目に見えている。
「それで?私たちが戦わないと言ったらキミは退いてくれるの?」
「さっきも言ったとおり私の用事は既に完了した。ここでわざわざ遊ばなくてはいけない必要はない。もう少し京都の町を楽しみたかったが、別にどうしてもというわけではないからね」
「しょうがねぇな。ここは退くとするか」
 その身から放たれる圧倒的な陰気。それは崇徳院が存在していたころの気とまったく変わらないほどの力を感じる。それにその余裕を感じさせる口ぶりといい、ここで戦うのは非常に不利だといえよう。鷹旗と風見は現状を冷静に判断してそのような結論に至った。
「ふふふ。では私は今回はこれで失礼することにしよう。実は仕事がたまっていてね。これから大忙しなんだよ。もしどうしても私と決着をつけたいのならまた別の機会にしたまえ。いつでも相手をしてあげるよ」
 言いたい事だけ言うと不人は忽然と姿を消した。転移の法を用いたのだ。気が付けば京都の町に朝日が差し込み始めている。もう朝なのだ。こうして京都の長い一日は終わりを告げるのだった。
 余談であるが、草間の土産は結局、生八橋に宇治抹茶とつぶ餡入りと八橋尽くしになったことを付け加えておく。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0416/桜井・翔/男/19/医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる
    (さくらい・しょう)
0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師
    (すみ・ちしろ)
0368/氷無月・亜衣/女/17/魔女(高校生)
    (ひなづき・あい)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)」
    (あまみや・かおる)
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
    (くが・なおちか)
0485/風見・藤夜嵐/女/946/萬屋 隅田川出張所
    (かざみ・とうやらん)
0602/鷹旗・羽翼/男/38/フリーライター兼デーモン使いの情報屋
    (たかはた・うよく)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせしました。
 崇徳院御廟〜大乗経典〜後編をお届けいたします。
 こちらは不人と接触する組となりました。総勢15名もお客様にご利用いただき満員御礼の状況となりました。誠に有難うございます。大人数のため二部構成となりましたがご了承いただければと思います。
 崇徳院と直接の接触はありませんでしたが、なにやら不人が企んでいることが分かりました。これから先、崇徳院と不人がどのような事件を起こしていくのかご期待ください。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽にテラコンよりご連絡ください。なるべくお客様のお声は反映させていただきたいと思います。
 それではまた別の依頼でお会いできることを祈って・・・。