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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


白物語「跋」
------<オープニング>--------------------------------------
「あぁぁっ!?ないッ!ないーッ!?」
 〆切を明日に控えた月刊アトラス編集部で、今更どんな悲鳴が上がろうと一顧だにする酔狂な人間はいない…と、いうよりもそれぞれに外界を認識しているのか、それ自体がアヤシイ。
 黙々とPCに向かう者の手首から先は高速の余りに認識出来ず、ぶつぶつと口中で呟き続けるのは赤ペン片手に校正作業に殉ずる覚悟の者、書類の雪崩の内に原稿を見失った者など、喜劇のような悲劇が綯い混ざった、まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図。
「いい?〆切に1秒たりとて遅れたら承知しないわよ!」
ただ一人、孤高を保って冷静な編集長、碇麗香のよく通る声だけが彼等を地獄よりも過酷な現実へと引き戻す。
 「三下!例の原稿はまだ!?」
麗香はすかさず個人攻撃へと移った。
「はッ、はいッ!」
デスクの下に潜り込んでいた三下は脊髄反射と言っていい直立不動でヒールの音高く歩み寄る才媛を迎える。
「あ、明日までには必ず…。」
まるで奪い取られるのを恐れるかのように胸に原稿用紙の束を抱き硬直する三下。
「…いい?どんな素晴らしい原稿でも…。」
キラリと理知的なノンフレームの眼鏡が光を反射する。
「間に合わなかったら屑も同然!そこら辺、肝に命じておきなさい!」
「はいぃ…。」
気弱に黒縁太フレームの眼鏡がずり落ちる。
 どうしよう困ったどうしよう困ったどうしよう困った…。
 自席へ戻る麗香を見送りながらエンドレスリピートな三下の心情が、哀愁の背中から滲み出ている。
 はッと彼は顔を上げた。
 マズイ事に目が合った。
「お願いですぅッ!」
こけつまろびつと言った様子で彼は取り縋って来た。
「一緒に僕の万年筆を探して下さいぃッ!あれがないと、原稿がッ原稿がッ!!」
他の編集者にでも頼めば、とは、心ある者にはこの場この状況下でとても言えない。
 直接的に編集作業に関与しない者が居合わせたのが運の尽き…けれどもこの無法地帯からただ一本の白い象牙の万年筆を探し出すのは途方もないように思えた。
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 「愛しの三下さんの頼みとあらば、この湖影龍之介、たとえ火の中水の中!」
丸盆の上から胸をドンと叩いてそう即答したのは、編集部でバイトに励む男子校生である。
 陽に焼けた小麦色の肌、図らずも日光で脱色してしまった髪は健康的に陽の香りすらするようで、長身でも痩せて見えない身体は所属するスポーツ部で鍛えた筋肉の賜物である。
 それなりな学業と忙しい部活の合間を縫いって薄給をモノとせず、どういった過程で好意を持つに至ったのか余人には理解不能な下っ端編集員三下と空間を共にする事に血道を注ぐ…そんな龍之介が想い人の為の苦を労するはずもない。
 ただ、周囲に憚る事のない一途さは、時も場所も選ばないのが(周囲の人間には)難点である。
 今もペットショップ『水月堂』店主・巳主神冴那、大学生・内場邦彦、女子高生・滝沢百合子、自称探求者・夢崎英彦の四名を来客としておもてなしするよう編集長の指示で茶を出したばかりなのだが…事情を弁えぬ来客の前では遠慮した方がいいかもしれない主張を意識すらせず宣誓していた。
 「ありがとうございます、お願いしますッ皆さん!」
感涙に咽ぶ三下は、すでにこの五人に協力して貰えるものと信じて疑っていない。
「あったり前っス!他はどうでも三下さんの為っスから!」
胸の前で拳を握る龍之介、思いは既に遺失物発見後のシーンへと飛んでいる。
『ありがとう、龍之介くんッ!君のおかげだ…!』
『そんな!三下さんと二人だったからこそこの試練を越えられたんっス!』
などという身勝手な夢想に、怪力で盆に罅を走らせていた。

 協力を取り付けたのに安心したのか、三下はようやく落ち着いてその万年筆の詳しい特徴を明示する。
 象牙の本体とキャップには紋様化した草花が彫り込まれ、強く黄味を帯びたクリーム色に金具は14Kという品の良い物らしい。
 けれども、腑に落ちない。
「てゆか、三下さん。なくした万年筆じゃないと原稿書けないんスか?」
邦彦と百合子も同じ疑問を抱いたらしく、三人三様な問いを向けられ、三下がたじたじと後退る。
「だ、第一稿は上がってるんだけど、推敲が…。」
「とりあえず、俺が入学祝いに貰ったまま使ってない万年筆貸しますから、その場しのぎに使ってて下さいッ!」
黒い万年筆を渡す大義名分(?)にかこつけ、ついでに三下の手を握りる龍之介。
 …ちょっと役得とか思っている。
 ナイスな提案と笑みを浮かべる龍之介に、対する三下はつれなかった。
「ダメなんだッ、あの万年筆でないと、絶対に…ッ!」
また泣き出しそうな三下に、百合子がいたずらっぽく問いかける。
「…それってもしかして、誰かからの贈り物?」
「どうして分かったんですかッ?」
打って響いた三下の反応に、百合子は小さく笑う。
「やっぱり。ふふふ、そんな大事なモノなら、早く見つけなきゃね!」
「じゃあきっと、そんなに遠くには行ってないんじゃないんですか。」
邦彦の断言に、三下の表情が目に見えて明るくなった。
 三下さん使用後の万年筆はビニールに入れて永久保存にして枕の下に入れよう…と間違った事を考えていた龍之介は残念そうに肩を落とした。
「いいなぁ、その万年筆、三下さんに思われてて〜。」
 それまで、遣り取りを無言で見守っていた英彦が口を開いた。
「では、落ち着いて考えたまえ。まず、最後に使ったのはいつかな?家において来たという事は無いのか?」
初の建設的な意見である。
 龍之介も、のんびりしててはいつまでたっても夢のラストシーンに辿りつけないと気付く。
「っとと、こんな事言ってる場合じゃなく。三下さん、万年筆最後に触った記憶があるのってどのあたりですか?俺探しますよ。」
やる気満々に腕捲る龍之介だが、そのシャツに捲れるような袖はない。
 英彦が急ぎ書き上げた編集部内の見取り図、ぐにゃぐにゃと赤鉛筆で書き込まれた三下の行動は窓際で止まっていた。
「俺、ここ探しまっ〜ス!」
ホワイトボード用水性ペンで、窓際から三分の一ほどの領域に線を引いた。
 行動がはっきりしたとなれば、俄然やる気も勢いが増す。
 「待ってて下さい、三下さん!きっと俺が!三下さんへの愛の証明に見つけ出してあげるッス!」
ビシッ!と親指を立ててサムシングで決める龍之介。
「あぁ、うん、お願いするね…しゃのぅなか…も…たら?」
けれど三下は邦彦に教わったばかりの失せ物探しの真言を覚えるのに必死だ。
 つれない様にもまた胸ときめかせている彼の愛の力を電力に変換出来れば、世界はきっと救われる…クリーンかどうか分からないのが難点だが。
 「………僕たちは、三下の机周辺から初めよう。」
英彦は黒のボールペン、百合子は愛用のピンクのゼルマジックで三下の机を半分に割る形で領域を囲む。
 調度、三等分になった。
 「これで、三下と邦彦で廊下と他部署を回ればいいだろう。」
「えぇッ、三下さん俺の勇姿見ててくんないんですかーッ!」
英彦の言に、龍之介に尻尾があればきっとしゅんと垂れていたことであろう。
「廊下と総務課だけですから、すぐ戻りますよ。」
犬科の一途さは、往々にして同情を誘いやすい…思わずフォローに走る邦彦の言に、龍之介は項垂れた首でこっくりと頷く。
「それにほら、龍之介さんが一番に見つけてあげれば、三下さんも…ね?」
長身の龍之介の頭に手が届かないので、百合子が精一杯に手を伸ばしてなでなでしてやる。
 「そっスね!きっと惚れ直してくれますよね!」
はたして、元々惚れてたのか?という疑問は残るのだが。
 俄然、やる気を取り戻した龍之介…だが、惜しむらくは彼もバイトながら月刊アトラス編集部の構成員。
「湖影!油売ってないでコーヒーをちょうだい!」
碇編集長の一喝に即座に反応する習性がついている。
「三下さん…ッすぐ、すぐに戻りますから!俺の愛を信じて待ってて下さいねェ…ッ!」
涙ぐみながら駆け去る龍之介…愛に障害はつきものであった。

 与えられた雑事をハイスピードでこなした龍之介が、遅れ馳せながら捜索に参加した頃には三下と邦彦も編集部内に戻って来ていた。
 彼にとっては幸いな事にまだ目的のブツは発見されておらず、自分の分担にある可能性も高い為、俄然、気合も入る。
 「ちょっと失礼しま〜っス♪探し物させて下さーいッ!」
龍之介の朗らかな呼びかけに、
「邪魔するなッ!!」
と、けんもほろろな怒声が帰って来た。
 ギリギリと青筋を立て、目線で殺さんばかりのド迫力…三下ならば「ゴメンなさいぃぃッ!」と尻尾を巻いて逃げるしかないだろうが、そんな些細なことではへこたれない龍之介、幾度も修羅場を見ていただけに免疫もあり、何よりも全てはその愛の為。
「あ、ほんのちょっとで終わるっス。…少し休憩入れて頭ン中リフレッシュしてきた方が原稿も進むんじゃないっスか?」
吊り上げた目の端に小さく切ったサロンパスを貼り付けた編集員は、歯茎のあたりにキラーンと☆を飛ばす龍之介の笑顔に毒気を抜かれた。
「そぅ…そぅだよね、外の空気でも吸って来るよ…。覚悟が決まった。君は恩人だ…。」
人間、追い詰められていると些細な事に感動し易くなる。
 瞳を潤ませ席を立つ編集員の足元がふらついている。一体何時間…否、何日眠っていないのか。
 ガサゴソと荒れきったデスクの上を捜索にかかった龍之介の背後で。
「は、早まらないで〜ッ!」
「…あぁ、外はなんてキレイなんだ…まるでぱらいそだ…待ってておくれ僕のエアリアル達…うふふふ、そんなにせかさなくても…。」
などと呟きながらアルミの窓枠を乗り越えようとする編集員を必死に止める三下の姿があった。
 狂気と正気、この地獄絵図の中で果たしてどちらがよりましなのであろうか悩む光景である。
「三下さん!助太刀するっス!」
流石、体育会系は行動が早い、と周囲が感心したのも束の間、彼は三下が取り押さえている編集員を引き剥がしにかかったのだ。
 「三下さん!今、助けますッ!」
って何処を見ているんだ一体。
 当然、同僚を救わんと頑張る三下と、夢の世界に旅立とうとする編集員と、間に割って入ろうとする龍之介とでヤな三角関係が構成されていた。
 「あの方を止めてあげて…。」
冴那の命に従い、錦蛇が編集員をぐるぐる巻きに締め上げなければ、来月の月刊アトラスでその悲劇が大々的に報じられたのは間違いがない。

 「大丈夫ですか、三下さん!」
龍之介はこけた拍子に図らずも三下を組み敷く形になり、緩みそうになる頬を懸命に引き締めた。
「あ、頭打った〜ッ!」
後頭部を押さえる三下に、いつもの過剰な愛の台詞を投げかけようとした龍之介は、手の下になった安背広の裾に違和感を覚えた。
 細くて長さは指よりちょっと余る位の、固い感触。
「失礼しまっス!」
迷わず三下の背広を剥いだ龍之介は、バタバタと埃を立てながら上着を乱暴に叩いた…先に、コロンと。
 床を転がった物体をすかさず青大将の一匹が捕らえて冴那の元に走る。
 冴那は無言でそれを取り上げた。
「それって…。」
百合子が大きく目を見開く。
「おい、三下…。」
英彦が目を細めて三下を見下す。
「冗談、にしては質がよくないですね。」
邦彦の手が震えている。
「よかったですね、三下さん!背広の中にありましたよ万年筆!」
穴の空いた内ポケット、背広の裏地の間に挟まっていた失せ物を見事探し出した龍之介が、喜色満面に叫んだ。

 その後、三下が痛い目を見ても仕方がない展開である。
 竹刀の打身、脛の噛み傷、頬を殴られ腹を蹴られた際に「せめて愛する俺の手で!」なんて言われてても同情の余地はない。
 けれど、漸くその手に戻った万年筆で明日の命を繋ごうと三下が机に向かった瞬間、がくりとその首が落ちた。
「三下さんッ!?」
殴り所が悪かったかと、邦彦が焦るが英彦がそれを止める。
 五人が見守る中、万年筆を持った三下の右手だけが、文字を綴り始めた。
『大変ご迷惑をおかけ致しました。さぞや驚かるとは思いましたが、皆様のご苦労にお詫び申し上げねばと筆を取る次第。実の所、私は年を経て心を持つに至った古物にございます。生来、さる先生の下でお仕事をさせて頂いておりましたが、先日身罷られた際のご遺言で此度の主の下へ譲られたのでございます。如何に心持つに至ったとはいえ、しがない道具である私が主の原稿に手を加えるなどと無礼千万と心得てはおりましたが、先生の意向を継ぐ意味でもお手伝いしておりました…けれども此度の件で私に依存なさる主の心持の強さが先生の遺志を挫いていると考える所存で御座います。つきましては厚かましいお願いと存じますが私を何処かの寺に奉納して下さい。次の筆供養を待ち、先生の元へ参りたい所存です…。』
 どう見ても、三下の筆跡ではない達筆を回し読み、得心が言った風に邦彦が呟く。
「思わず手直したい程に、三下さんの原稿がマズかったと…。」
無機物にまで同情される才能のなさはある意味才能か。
 「でも、先生の所に…って万年筆さん、それでいいの?」
百合子は動きを止めた万年筆に問いかけるが、書きたい事は全て記したのか、もう動かない。
 英彦が読み終えた原稿を龍之介に回す。
「本筆が納得してるんだ。他人がどうこういう問題じゃないだろう。」
「じゃ、私が持っていくわね。」
もう影響は抜けているだろうに、疲労と安心からか爆睡する三下の手から冴那が万年筆を抜き取る。
 その安らかな寝顔を龍之介がさめざめと見守る。
「でも…それじゃ、三下さん明日には編集長に八つ裂きにされてしまうっス…。」
「…没にならなければ良いがな。」
英彦は、三下が推敲しようとしていた原稿に目を通し、冷ややかに告げた。
 残る四人は、これで最期になるかも知れない三下の眠りを見守り続けていた…。(起こしてやれよ)

 翌朝。
「三下ッ!原稿はッ!?」
編集長の怒声で意識を取り戻した三下は、枕にしていた原稿を引っ掴んで上座に飛んでいき、碇の目も見ずに差し出した。
 原稿に目を通す間の沈黙…一番、胃に堪える瞬間である。
「………三下ァ。」
低く搾り出される声に、びくりとする三下。
「わりといいじゃない。」
認めるべきは認める、男気に溢れた碇は見事な脚線美を誇る足を組み代えた。
「この間亡くなった作家先生のインタヴュー…アンタにしては上出来よ。よく纏まってるわ。」
「よ、良かった…ッ!」
心底の安堵に胸を撫で下ろす三下。
 「だったら早く次に回しなさい!時間が惜しいのよ!」
「はいィッ!」
叱咤されて飛び上がる…本人の知らぬ内に実力が上がっていても、性は早々変わらないものらしい。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0376/巳主神・冴那/女/600歳/ペットショップオーナー】
【0057/滝沢・百合子/女/17歳/女子高校生】
【0218/湖影・龍之助/男/17歳/高校生】
【0264/内場・邦彦/男/20歳/大学生】
【0555/夢崎・英彦/男/16歳/探究者】

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■         ライター通信          ■
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初めまして!北斗の初シナリオを選んで頂けて恐悦至極にございます!
皆様、とても丁寧なプレイングを頂けてとても書き易く、かつ楽しく執筆させて頂けました旨、御礼申し上げます。
お預け頂いた大切なキャラクター達、北斗の拙さで存分に活躍出来たか不安でありますが、多少なりと楽しんで頂けましたら幸いに御座います。
ちなみに本題に化しました「白物語」とは「百」から「一」を引いた文字「白」=「九十九」、九十九の年を経て古物が妖怪化するという付喪神の意でございます。
シリーズ化、出来たらいいなという野望の元、執筆させて頂きました。

それでは、偉大なる古の劇作家の作中の台詞を借りて締めとさせて頂きたく。

所詮この世は影法師、皆様方のお目がもし、お気に召さずばただ夢を、見たと思ってお許しを。
拙い駄文でありますが、夢にすぎないものですが、皆様方が大目に見、お咎めなくば身の励み。
私北斗は正直者、幸いにして皆様の、お叱りなくば私も、励みますゆえ皆様も、見ていてやってくださいまし。
それではおやすみなさいまし。
皆様、お手を願います。玻璃が御礼を申します--。