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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・陰陽の都 朧>


陰の章 腕試し

<オープニング>

 朧の中心街にあるめし処「狸狗狐」。
 安価で豊富なレパートリーを誇るこの店は、中心街に働く労働者を中心に人気のある店だ。そんな中で黒いスーツが上手そうに蕎麦を啜りながら貴方のことを見た。
「見かけねぇ顔だな。あんたどっから来た?ってまぁいいかそんなことは。ところでよ。お前さんなんか術は使えるか?っていうのもな。今度ここの下を流れる下水道を調査することにしたんだけどよ。ここには危険な妖の者がたくさんいてな。こいつらが今どんな状況なのか調べてたいんだが、如何せん一人じゃ危なくてよ。どうだ、俺と一緒にした潜らないか?金は弾むぜ」
 そう言って男はニヤリと笑うのだった。
「俺の名前?そうだなぁ、須佐ノ男(すさのお)とでも呼んでくれや」 
 
(ライターより)

 難易度 普通

 予定締め切り時間 4/24 24:00

 今回は陰陽寮を通さずの依頼となりました。ひょんなことから下水道に潜ることになりましたが、ここは妖の者(妖怪みたいな存在)が多数生息しています。戦闘力がある人向きの依頼であることは事実なのですが、式神を上手く使えば戦闘力の無い方でもご活躍いただけると思います。下水道は暗く、じめじめとしており、道幅は大の大人が二人並んで進むのがやっとという場所です。行動に制約がつきますので、小回りの効く攻撃方法があるといいかもしれません。
 それでは戦闘をしたい方のご参加をお待ちいたします。 

<新天地>

 電車の車窓から四方を壁に囲まれた都市が見えてきた。朧である。もう何時間この電車に乗っているのだろう。新宿駅から暗黒の支配する界境線をずっと走りつづけて、今ようやく日の光を浴びることができた。だが、自分の心はこの晴れ渡った空のようにはいかない。
(俺はここで新しい生きる目的を見つけられるだろうか・・・)
 前世から続く主従関係。生まれてからこのかた、生前仕えた主をずっと探しつづけてきた。だが、十年以上探しつづけているというのにその手がかりすらつかめない現状。彼は疲れていた。
 守崎啓斗十七歳。彼は新天地を求めてここ、陰陽都市「朧」に辿りついた。

 南の朱雀門から出て辺りを見回してみると、突然江戸時代の時代劇に出てきそうな木造の平屋が立ち並んでおり、ノスタルジックな気持ちに包まれる。大通りを歩いている人間は着物を着ている者と洋服を着ている者に大別されるが、洋服にしても古風なスーツやドレスなど古いデザインのものばかりである。しかもほとんどの者が黒髪に黒い瞳と純日本人的な容貌をしている。
 それに対して自分の服装はといえば、高校生らしいラフな服装に荷物を入れたバック、栗毛色の髪に翡翠をそのまま瞳にしたかのような目とかなり目立つ。回りの視線が気になって守崎はその視線を避けるように道を急いだ。
 しかし別段行くあてがあるわけでもなく、うろうろと彷徨っているうちに腹が減ってきた。考えてみれば新宿駅からここに来るまでまったく飲まず喰わずの状態だった。腹が減るのも道理である。辺りを見回してみると丁度いい具合に彼の目にめし処の看板が眼に入った。ひとまず腹ごしらえをしてそれからこれからの事を考えればいいだろう。守崎は「狐狗狸」と書かれためし処に入っていった。
 丁度昼時らしく、店は客でごった返していた。労働者らしい男たちが蕎麦や饂飩を啜っている。他の机では丼ものが温かい湯気を立てており、食欲を誘う香りが店内に立ち込めている。守崎が席を探してうろうろとしていると彼に声をかける者がいた。
「よう、どうした。一人か?」
「ああ・・・」
 黒髪に黒い瞳とごく普通の日本人の姿をしているが、その服装はやや変わっていた。黒のジャケットに灰色のTシャツと今時の服装をしている。胸元にもシルバーのネックレスなどをつけており、新宿あたりでよく見かけそうな若者だ。だが、精悍な面構えをしていて、それでいてどこか愛嬌があって憎めない不思議な魅力も持ち合わせていた。
「その格好といい、お前ここに来るの初めてだろ?」
「よくわかるじゃねぇか」
「ひょっとしたらこいつら、お前さんと同じ所から来た連中じゃないかと思ってな」
 彼が目で指し示したのは、机について蕎麦をすすっている数人の者たちだった。確かに彼らの格好はシャツやジーンズなど現代風の格好である。
「そんなとこ突っ立ってないで席につけよ。腹減ってんだろ?」
「ああ」
「なら蕎麦食わないか?ここのは結構いけるぜ」
「別にかまわねぇけど、幾らだ?」
 高校生である以上それほど金に余裕があるわけではない。財布の中身を確認しながら問う守崎に、男は手を振りながら答えた。
「ああ、別にいいぜ金は。今日は俺がおごってやるよ。親父さ〜ん!かけそば一杯」
 店の親父に追加の注文をすると、男は守崎に振り返って問うた。
「ところでよ、お前名前何て言うんだ?あ、俺のことは須佐ノ男とでも呼んでくれや」
「守崎だ。守崎啓斗」
「よろしくな。守崎。ところでものは話なんだか、お前も乗らないか?いい稼ぎにはなるぜ」

 一通り他の者たちに説明したことと同じことを話し終えると、横合いにいた女性が一見眠たげな、だが興味津々と言った表情でスサノオを見た。
「いいよ、一緒に下りてみようじゃないか」
「よっしゃ。鷲見はのると」
 鷲見千白。鷲見探偵事務所という探偵事務所の一応の主であるものの、とにかくやる気がないことで有名な女性である。それに関して文句を言う五月蝿い事務員の小言を聞き飽きた彼女は、事務所をほっぽり出してこの街に訪れていた。中々に居心地の良い都市だと思ってのんびりしていたところ、須佐ノ男を見つけた。話しを聞いた時は面倒なことをと思っていたのだが、彼のその挑戦的な目を見ているうちに自分には無い部分を発見し興味を持って参加することにしたのだ。
 だが、下水道はあまり広くなく視界も聞かないという。得意な銃は使用しにくいかもしれない。となると符のみでサポートに回るのが得策かもしれない。頭を使うのは面倒だしカロリーを使うから、うじうじ考え込まずに後は現地に言った時に考えればそれでいいだろう。ストレス発散に気持ちよく暴れられれば越したことはない。
「あたしたちはパス。・・・下水道・・・?冗談じゃないよ、そんな狭っ苦しくてジメジメしてて臭い所」
 亜麻色の髪をポニーテール風に束ねた女性は嫌そうな顔をして断った。だが、
「妖ごときに遅れを取ったりはしない。案内しろ・・・殲滅してやるさ」
「は?仁あんた参加するつもりなわけ?」
 細身の連れの言葉に彼女は意外そうな顔をした。だが、よく考えてみれば連れが参加したがりそうな依頼ではある。
「そう言えばウザイ妖怪が出るんだったね・・・。成る程、それであんたは行く気満々なわけだ?」
 相棒の性格を思い出し、彼女新条アスカはやれやれと肩をすくめた。なによりも戦闘、特に切りあいを好む賞金稼ぎのこの男なら喜んで参加するはずだった。ほっといても構わないのだが、なにせ戦闘馬鹿としかいいようの無いこの男の事、命を省みずに突進しかねない。医者である自分がついて行く必要があるだろう。闇医者ではあるが、ここでは特に問題はないはずだ。
「仕方がないね。参加してやるよ。あんた・・・ええと須佐ノ男?これ、ちゃんと依頼料出るんだろうね?幾ら?」
 やや細い、猫目を思わせる深紅の瞳で須佐ノ男を見る新条。慈善事業ではないのだからそれなりの報酬は頂戴しなくてはならない。
「それなりに出させてもらうつもりだ。これくらいでどうだ?」
 須佐ノ男の提示した金額はそれほど悪いものでは無かった。新条もその金額ならば納得し、相棒の高坂仁と共に参加することにした。
「お前らはどうするよ?」
 須佐ノ男は残る四人の人間に参加意思を問うた。
「妖か・・・。懐かしいなー。昔は俺も人と一緒に退治したけど・・・。久々の腕試しってのもいいか」
「眠気覚ましにいっちょやったるか」
 薄い紅茶のような色をした髪の細身の少年朏棗と、見上げるような巨漢の少女遊郷の二人は興味心身で、嬉々として参加意思を表明した。電車に乗っていてうっかり寝過ごして朧に到着した二人は、レトロな都市の雰囲気に驚きながらもどこか懐かしさを感じて見物していた。折角朧の施設の一つが見られるというのだから参加しないのは勿体無いだろう。
「下水道か・・・。別に構わない。参加するとしようか」
 鷲見や少女遊等の知り合いがいたこともあって、高校生らしき少年雨宮薫も参加することにした。陰陽師として、陰陽に基づいて設計されたというこの都市は非常に興味深いものであった。もう少し見物して行くのも悪くはない。
「私も・・・一緒に・・・」
 不安そうな顔をしながらそう答えたのは、同じく高校生である神崎美桜である。この都市に来るのは二度目であるが、不慣れなこの街で優しく接してくれた須佐ノ男に彼女は少し好感を持っていた。
「ほう、全員参加ってわけか」
 須佐ノ男はさも面白いといった表情でニヤリと笑うと、最後に守崎に向き直った。
「で、お前はどうする?何もすることがないなら一緒に来ないか?いい暇潰しにはなるぜ」
「・・・そうだな。そうするよ」
 特にすることないし。右も左も分からぬ場所で初めて知り合った人間だ。今少し親しくしておくのもいいかもしれない。守崎もまたこの依頼に参加することにしたのだった。

<下水道へ>

 店を出た一行は須佐ノ男の案内の元、下水道の入り口へと向っていた。
 その途中、まるで時代劇のセットのような町並みを見ながら、朏は目を輝かせて辺りの建物を見つめた。木造の古めかしい造りのめし屋や居酒屋、煉瓦で舗装された道にそれを走る馬車や人力車。何もかもが懐かしく好奇心を刺激されるものだった。いつもは眠たげな同居人兼恋人の雰囲気の違いに、少女遊は興味深げな表情を浮かべた。
「珍しいじゃないか。お前がそんなに興味を示すなんて・・・」
「懐かしいんだよ。昔はどこもこんな風景だったからな」
 百年近く前の東京を思い出しながら、朏は感慨に耽った。あの当時はまだ電気もあまり引かれていなかったし、テレビも無かった。車もごく一部の人間しか乗れず高級なものであった。現代日本のように車やバスに乗ってあくせく働くビジネスマンなどその時はそれほど多くは無かった。時間もゆっくり進んでいたような気がする。そう言い換えればあの頃はまだゆとりがあった。現代ほど便利ではなかったがそれでも今のように人は生き急いではいなかった。現代の人間はどこかにゆとりという言葉を忘れてきてしまったのかもしれない。
 今目の前に広がっている光景はそのゆとりがまだ残っている。煌びやかなネオンや豪華なビルが立ち並んでいない代わりに、木や煉瓦など人の温かみを感じられる素材が建築物に使われ、人々も昼夜もないように働くことなどせず、朝日が出たら働き、夜日が沈めば家に戻り休むという。もしかしたら現代の効率優先の社会は、人間という存在そのものを無視しているのかもしれない。そんな思いすら、この都市を見ているとしてくる。
「あんたらの住んでる所というのは、もっと違うところなのかい?」
 懐かしいという言葉を聞きつけて須佐ノ男が問うてきた。確かに彼らの話を聞いていると、まるで違う世界からきたような話し振りである。彼が興味を持つのも当然であろう。
「そうだな・・・。もっと人が多くてざわめいていて、忙しそうにしているかな」
「あんな馬車じゃなくて鉄の車が走ってるぜ。建物も馬鹿高い建物ばかりでな・・・」
 しばらくお互いの住んでいる場所について話をしていると、雨宮はこの都市の造りが非常に面白いものであることに触れた。
「此処は随分と陰陽の術が反映されている都市のようだがやはり勉強になるな。その土地にあった力をを選び増幅しているようだが・・・」
「ああ。この街は陰陽と風水を用いて強力な守護結界を敷いている。風水による龍脈の流れを掴み、それにあった五行の力を配置してある。だが、土地の力を絞りあげるかのように作られたこの都市は大きな矛盾も抱えている・・・。陽気と陰気のバランスが崩れているというのにあの連中は・・・!」
 ギリッと音を立てて歯をかみしめる須佐ノ男。その顔は苦渋に満ちていた。
「陽気と陰気のバランスが崩れている?」
「あ、ああ。こっちの話だ。気にするな。それより見えてきたぜ。あそこのマンホールから中に入るんだ」
 話題をそらしていく先に見える大きなマンホールを指し示す須佐ノ男の顔を見ながら、雨宮は先ほどの彼の言葉が気になっていた。陽気と陰気のバランスが崩れている。この都市は陰陽と風水に基づいて作られた都市なのではなかったのか。それならばバランスが崩れるはずは無い。それなのになぜ・・・。

<妖>

 下水道の中は新条が予想していた通り、暗くじめじめとしており、かなりの悪臭が立ち込めていた。だが、それだけではなく、なにやらざらざらとする嫌らしい感じのする気配が充満している。何と言い表せれば良いのか、強烈な人の悪意に晒されているようなそんな感じがする。感受性の高い神崎などは顔を真っ青にして震えている。
「何なんですかここは?すごく嫌な感じがします」
「分かるか?ここは地上で生み出された陰気、怒りや憎しみや悲しみなどの強い感情が総て溜まり込んでいるんだよ。そう造られているからな・・・。お陰で下水道には澱んだ陰気の溜まり場に成り果てちまって、陰気の影響を受けた魑魅魍魎の類が発生しまくっている。それの現状を調べにきたんだが、前より酷いな、こいつは・・・」
 須佐ノ男は顔を顰めて辺りを見回した。下水道に立ち込めた陰気は、もはや単なる気などでは無く禍禍しい瘴気に近いものに化している。負の力の塊である瘴気。霊に関して抵抗力を持っていない人間では数分と立たずに正気でいられなくなるだろう。須佐ノ男が術を使える者を集めた理由はここにあった。術というものは精神の力を使用して用いるものだからだ。精神の力の扱いになれている者は精神に対する干渉にも高い防御力を発揮する。この瘴気が充満する下水道でも彼らならば散策することができるはずである。
「ああそうだ。こいつを使う奴いるか?簡易式の式神呪符なんだか・・・」
 胸元から数枚の紙切れを取り出す須佐ノ男。陰陽の研究中に生まれた副産物式神呪符である。あらかじめ式神を作り出し、それに特殊な処理を施すことで陰陽師でない者でも使役できる式神が召喚できるのだ。ただし欠点もあり、普通の陰陽師のように複数の式神を同時に使役することはできず、一度に使えるのはあくまで一体のみ。さらに使い切りで、一度召喚して持続時間を過ぎた式神はそのまま消えて無くなってしまう。
「じゃあ、俺は使わせてもらおうかな」
「私も・・・」
 この中で式神呪符を受取ったのは守崎と神埼だけだった。
「遠慮しなくていいぜ。別にこれを使ったからって依頼料から減らしたりなんかしねぇからよ」
「ふん。別に遠慮などしてない。そんなものに頼らなくても俺にはこいつがあるだけで十分だ」
 高坂は愛刀の日本刀を抜き放つと先頭に立って歩き始めた。道幅は狭く大の大人が二人並んで歩けるかどうかくらいの広さしかない。とはいえどんなものが出現するか分からない以上、一人だけで行動するのは危険すぎる。
「まったく・・・。俺達も行くぞミカ」
「待てよアキ」
 少女遊がその高坂の後を追い、朏も一緒に行動する。新条は相棒の相変らずの行動にため息をつきながら仕方が無いといった表情で歩き出した。鷲見はというと須佐ノ男に協力するつもりはあるのだが、やはり生来のやる気のなさが災いして、一番後ろからのんびりついていこうかと考えていた。そこに突然携帯の着信音が鳴り響いた。何事かと思って画面を見てみるとどうやらメールが届いたようである。鷲見は面倒くさそうにメールを開いた。
『遠くまでお疲れ様です。お仕事頑張ってくださいね 高柄』
「・・・・・・」
 事務員から送られてきたメールを見て鷲見は目が点になった。秘密で抜け出してきたはずなのになぜ事務員がここにいることを知っているのか。雨宮は鷲見の携帯を覗き込んで満足げに頷く。
「各務からメールが着たか。頑張って仕事に励めよ」
「な、なんで高柄君が、私がここにいる事知っている訳!?」
「俺が教えた」
「は!?」
 雨宮の平然とした答えに鷲見は驚きの声を上げた。実は雨宮は探偵事務所の事務員とメル友の間柄になっており、メールでよくやり取りをしていたのだ。今回も鷲見がやる気がなさそうな感じであることを見て取った雨宮は事務員にその事を伝えた。それで今メールが来たのである。
「鷲見の事で何かあったら連絡してくれと言われていたから」
 つまりここで行動した事は総て事務員に筒抜けになるということになる。折角小うるさい事務員から開放されて楽ができると思っていたのに、これでは手抜きをしたらまた小言を聞かされる羽目になってしまう。鷲見はがっくりと肩を落として彼らの後について行くことにした。その姿を見て雨宮はしてやったりといった表情でニヤリと口を歪ませるのだった。
 そしてその後に須佐ノ男と神埼、それに守崎が続くことになった。二人はそれほど戦闘力が無いので須佐ノ男が補助することにしたのだ。須佐ノ男は一応陰陽師らしいので頼りにならないわけではない。
その須佐ノ男の袖を神崎は掴みながら彼に問うた。
「須佐ノ男さんは、退魔師さんなんですか?」
「退魔師・・・っつうもんがどんなもんなのか知らねぇが、俺は単なる遊び人さ。何か面白いことはないかと遊び歩く毎日だな」
 神埼は彼の言葉の中に嘘があることを感じていた。精神感応能力のある彼女には近くにいたり、接触している人間の感情を知ることができる。大体陰陽師でありながら遊び人というのもおかしい。陰陽師とはこの朧でも特に選ばれた人間にしかなることの許されない専門職、いわばエリートなのである。それに陰陽寮でしか制作されていない式神呪符を持っていることも疑問である。
 正体不明の男須佐ノ男。だが、神崎は彼が悪い人間では無いと感じており、彼の近くにいることにした。妖の感情などを読んだことの無い彼女は、この下水道に立ち込める無限の悪意に恐怖を感じていたが、須佐ノ男の近くにいると不思議に落ち着くことができた。だが、やはり不安が総て払拭されたわけでは無く、やや怯えた表情を見せていると須佐ノ男は「ほれ」と彼女に薄手の衣を着せた。
「これは何ですか?」
「八卦紫寿仙衣と言ってな、着ている奴加わる衝撃を弱める効果のある宝貝だ。こいつを着ていればちょっとやそっとの衝撃じゃダメージは受けない。ま、衝撃を弱める時に相当精神力を使うからな。多用はしないほうがいいぜ。あくまで保険だな」
「そんな、大切なものを・・・」
「いいから着とけ。何かあったらやばいからな」
 その衣は上品な紫に染め上げられており、蜻蛉の羽を何層にも重ねて織り込まれたような薄く、幻想的な雰囲気を漂わすものだった。服の上から羽織っていてもまったく問題がない、ケープのようなものである。
 須佐ノ男に礼を言おうとしたその時、前方から強烈な悪意を感じ取って神埼は震え始めた。
「どうした?」
「前から何か来ます・・・。すごい嫌な感情を持った何かが・・・」
 人間では在り得ない何か。自分たちより先行させて調べさせていた鼠の式神も何かを捕らえたらしい。雨宮も他の人間に注意を促した。
「何か来るぞ、気をつけろ。・・・早いな、これは蟲か?」
 彼の言葉が終らないうちに耳障りな音を立てて数匹の兄弟な蟲が暗闇の中から現れた。漆黒の硬質な体に髑髏の模様がある羽。一抱えもありそうなほどの巨体を誇るそれは蝿であった。
「死人蝿か!顎の一撃に気をつけろよ」
 赤ん坊の頭ほどの大きさのある強靭な顎は、人間の体はおろか鉄の鎧すら噛み砕くという。怨みや憎しみなどこの世に未練を残して死んだ人間の体から生まれると言われる不浄なる蟲。卵を産み付ける宿主を探して、生きた人間や動物に襲いかかる。
「ふん。下らん。所詮は蟲だろう」 
 先頭を歩く高坂はあっさりと刀を振るってその体を両断しようとした。だが、空中を素早く飛び回る死人蝿はその攻撃をあっさりとかわした。
「何!?」
「おらぁ!」
 少女遊も拳と蹴りを繰り出して応戦するが、何せ相手は空中を飛び回る蝿。幾ら巨大だからと言って無手で捉えるのは難しい。逆に二人の隙を見て死人蝿は顎で喰らいつこうと襲いかかってくる。
「こいつはやばいね。くらいな!」
 鷲見が符を放つとそれは炎の鳥となって蝿に襲いかかった。意思持つ存在である式神の朱鳥。これはかわしきれず、紅蓮の炎に包まれ死人蝿は炎上した。だが、今度はその炎に呼び寄せられて後方からさらに死人蝿の群が向ってくる。
「きりがないな、こいつは・・・」
 敵の動きを拘束する呪縛符を投げつける雨宮。敵に接触すれば確かに動きを止めることはできるのだが、中々当てることができない。彼らはあっという間に死人蝿の群に取り囲まれてしまった。
「こいつはまた凄い数だな。前はこんなに現われたことはなかったんだが・・・」
 その群を眺めながら須佐ノ男は考え込んだ。
「考えてる暇があったら何とかしろよ!」
 守崎が死人蝿の攻撃から身をかわしつつ、叫ぶ。忍者として訓練を積んでいる彼の動きは俊敏で、蝿の攻撃を統てかわしている。だが、蝿の数があまりにも多く反撃の糸口が掴めない。
「おい・・・いいだろ?」
 少女遊は隣にたつ朏に問うた。だが、
「いやだ」
 彼はきっぱりと断った。
「いいじゃねえか、オレとお前の仲だろう?」
「イヤったら絶対にイヤだ!」
 なにやら妖しげな会話をしつつ、少女遊は仕方が無いといった表情で念じ始める。
「ちょっ…お前何考えてんだよ!俺は絶対嫌だからなッ…こっちだって心の準備ってものが…って人の話きけよっ」
 問答無用で朏は刀へと変化していた。その身を刀に変える事のできる鬼である朏。だが現在その力は封じられ契約を結んだ少女遊の意思によってしかその身を刀へと変えることはできない。逆に言えば少女遊の意思に逆らって刀から元の姿に戻ることもまたできないのだ。朏であった小刀を拾い上げると、少女遊はそれを死人蝿の群に向って振るった。
「喰らいやがれ!」
 強烈な電撃が刀よりほどばしり、蝿たちを次々と黒こげにする。流石に電撃は避けられなかったようで、この一撃により大分蝿の数は減った。
(およ、いつもより効いてる!)
 刀に化けている朏は、その電撃の効果に驚いた。いつもはこれほど強力な電撃では無く、相手を感電させて痺れさせるだけなのだが、今回はそれの数倍の威力が発揮されている。彼は気がついていなかったがこの朧では五行の属性が強く働いており、相性の良い悪いで戦闘がかなり左右されることがある。少女遊の属性である火は死人蝿の金にとって相剋、所謂相性の悪い関係であり非常に有利に戦えるのだ。おかげで彼は死人蝿から攻撃されても大してダメージを受けていない。 
「ちっ、当たりさえすれば一撃で仕留められるものを・・・」
 高坂は舌打ちして、自分の頭上を我が物顔で飛び回る死人蝿を睨みつけた。彼の体は死人蝿の顎や鋭い爪により無数の傷がつけられていた。致命傷は避けているものの、このままではかなり不利である。
「やれやれ、仕方ないね。あたしが奴らの動きを縛ってやるから、その間に仕留めるんだよ」
「何?」
 新条の手には細い糸が握られていた。手術などで用いられる縫合用の糸だ。彼女がその糸を解き放つと、それはまるで別個の意思を持った存在のように蝿たちに絡みついた。糸に何重にも絡まれ、地面に落ちる死人蝿。高坂はそれを無表情のまま刀で切り刻んだ。もはや群になっていた死人蝿はその数を減らし、生き残ったものたちも己の不利を察してか、次々と逃げ出し始めた。しかし、残った一匹が僅かな隙をかいくぐり、神崎に襲いかかった。
「御願い、式神さん。私を守って」
 須佐ノ男から手渡された式神呪符。それから生み出されたのは一匹の小さな鼬であった。それはふわりと空中に浮かび上がると向ってくる死人蝿に絡みついた。絡みつかれた蝿は体中を鋭利な刃で何度も切り刻まれたかのように裂傷が生じた。式神鎌鼬の生み出した真空の刃である。だが、死人蝿は勢いを失いながらも神崎に向って体当たりした。
「きゃああああ!?」
 悲鳴を上げて下水の中に落ちる神埼。衝突の衝撃は八卦紫寿仙衣によって防いだものの、勢いまでは殺せず弾き飛ばされてしまった。
「待ってろ!」
 下水に流される神崎を見て、守崎が下水の中に飛び込んだ。水泳が得意で忍者としての訓練もつんでいる彼でも、流れに逆らって人を救助するのはかなり難しい行為だった。救助される側はパニックを起こして溺れ、しかも衣類を着ているため抵抗がかかりかなり泳ぎにくい。それでもなんとか神崎をつかまえると、守崎は力を振り絞って岸まで泳ぎ着いた。そんな二人を見ていた高坂は戦闘中、何もしていなかった須佐ノ男を問い質した。
「どういうつもりだ。なぜ俺達が戦っている時に貴様も戦わない?」
「すまねぇな、ちょっと考え事をしていてな」
「考え事だと!?こっちは命がけで戦っているんだぞ。その間貴様は・・・」
「まぁ、いいじゃないか。皆一応死なずに済んだんだし。それよりあの二人、相当疲れてるよ。助けなきゃ」
 鷲見が間に割って入ったため、ひとまず彼らは神崎と守崎の二人を助けることにした。だが、高坂は最初から須佐ノ男に不信を抱いており、今回の戦闘でその不信はより一層深まることとなった。
(奴め・・・。考え事をしていたなどと言っていたが、戦っている俺達を観察するように眺めていた。何を企んでいる)。
 須佐ノ男という男が何者なのかも分からない以上、下手に信用するのは止めたほうがいいのかもしれない。高坂はそう感じていた。

 ひとまず下水道の調査はこれで終了し、須佐ノ男は約束どおり報酬を支払った。だが、鷲見が彼と酒を飲み交わしたいと言い出し、それに付き合った彼はひたすら彼女の事務員に対する愚痴につき合わされた。
「そんでさぁ、高柄君の奴ったらあたしを・・・・」
「勘弁してくれよ、頼むから」
 いい気分で酒を飲みまくる鷲見に、ため息をつきながら須佐ノ男はお酌にさせられるのであった。
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 属性】

0554/守崎・啓斗/男/17/高校生/木
    (もりさき・けいと)
0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師/水
    (すみ・ちしろ)
0499/新条・アスカ/女/24/闇医者/水
    (しんじょう・あすか)
0507/高坂・仁/男/25/賞金稼ぎ/金
    (こうさか・じん)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)/水
    (あまみや・かおる)
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶/火
    (たかなし・あきら)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生/水
    (かんざき・みお)
0545/朏・棗/男/797/鬼/金  
    (みかづき・なつめ)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 陰の章 腕試しをお届けいたします。
 今回は謎の男須佐ノ男の初登場シナリオとなりましたがいかがだったでしょうか?五行の属性に関しては死人蝿が金であったため火である少女遊様が相剋となり有利に戦闘が運びました。木である守崎様は逆に不利だったのですが、今回は積極的に戦闘を仕掛けなかったため特に問題にはなりませんでした。
 このように五行の属性によっては有利にも不利にもなりますので、敵と戦う時は慎重に行動されることをお薦めします。もっとも敵の属性が掴みにくい時もあるのですが・・・。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ反映させていただきたいと思いますのでよろしくお願いします。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。