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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


陰陽師狩り〜永坂〜

<オープニング>

「おい、こんなもんが届いていたぞ」
 草間は唐突にそう言うと、一通の封筒を頬ってよこした。そこには流暢な文字で草間興信所御中と書かれ、裏には永坂と書かれていた。封筒に入っていたのは数枚の便箋。そこに書かれていた内容とは・・・。
 拝啓。
 私はこれからかの陰陽師に怨みを晴らしにいきます。ですがこれは私怨から発したことではありますが、私怨のみで行うことではありません。霊になんら敬意を払わず、神の力を借りてそれがさも己の力のごとく振る舞い、死者を冒涜する傲慢な輩を成敗するためです。これは私のためだけではなく、他の霊のためでもあります。もし私を止めるつもりがあるのなら下記の日時に指定した場所までお越しください。大怨様もお話になりたいことがあるそうです。ただ、命の保証まではいたしかねますのでお覚悟ください。
                                           敬具
「・・・ってことだ。どうする?依頼料はねぇからただ働きになっちまうがそれでも行くかい?確か前に聞かれていたんだろ?」
 草間の言葉どおり、永坂という亡霊は一つの問題提議をしていた。「霊だからと言って有無を言わさず祓うのが正しい行為か」と。その答えを出すべきときがきたようだ。

(ライターより)

 難易度 やや難

 予定締切時間 4/28 24:00

 陰陽師狩りシリーズ第三話です。
 以前の依頼で現れた永坂がいよいよ怨みを晴らすべく動きだしました。大怨も一緒です。場所や日時は全て手紙に書かれていますので、その陰陽師の家で決着をつけることになると思われます。彼女の問いにどのような判断を下し、対処するのか。そのあたりをプレイングに書いていただけると助かります。
 シリーズものではありますが初参加の方が参加されてもまったく問題はありません。ただこの依頼は4/19の私の依頼結果をご覧になっていただけたほうが楽しんでいただけると思いますので、宜しければご覧になってみてください。また、陰陽師で無い方でも大いに活躍することができます。
 依頼開始まで時間がございますので、ゆっくりお考えになってご参加いただければと思います。  

<呪禁と陰陽>

 かつてはるか彼方の中国より伝えられし道教の神仙思想を元にした術「呪禁」。表向き薬や占いなどの技術であるが、その実「万物を思いのままに操る」術でもある。呪禁師たちは奈良時代貴族たちに重用されたが、やがて陰陽五行説を中心とした陰陽道が入るにつれ徐々に衰退していった。衰退した理由は陰陽師との権力争いの敗北や、呪禁師の俗化などが上げられるが詳しいは伝えられていない。呪禁自体が知られざる術の一つなので、どのような術が存在するのかまったく不明なのである。
 だが、現在敵対している相手は呪禁師と名乗っていた。それが真実かどうなのかはともかくとして、自分の目の前で味方の剣がその切れ味を封じられまったくダメージが与えられなかった事を考えれば、相手はこちらの攻撃を完全に封じてしまう術を使うことができるということになる。このままでは敵に向っていっても為す術も無く倒されかねない。そう考えた雨宮隼人は雨宮家現当主の知恵にすがることにした。かつて雨宮家は現在自分たちが敵対している呪禁師たちと戦い、勝利を収めたことがあったという。となれば呪禁に対する対抗策もあるのではないか。一縷の望みをかけてその当時の事を知る当主にその事を問うてみた。
 当主は齢七十を超える老齢でありながら、背筋はピンと伸ばされ、正座をして彼を見つめるその眼は歳を感じさせないほど鋭いものであった。
 「・・・呪禁。 森羅万象を自在に操れると言われた禁じられた呪い。現時点でこれに対抗しうる術はありません」
 当主の言葉に隼人は衝撃を覚えた。陰陽の名家である雨宮本家の現当主にすら対抗策が無いと言われては打つ手なしである。彼の精悍なその顔は翳りを見せた。
「当主、では・・・」
「しかし、手がないわけではありません。術が効かなくとも他に手はあるのです」
「ですが、かの者の術は剣の一撃すらたった一言の呪によって封じてしまいました。術以外でも封じられてしまうようなのです」
「隼人さん」
「はい」
 突然名前を呼ばれて畏まる隼人に、当主は説いて聞かせた。
「確かに呪禁で封じられてしまえばあらゆるものはその力を失ってしまいます。しかしそれは一度に一つの力しか封じられないはずです。勝機はその一点にかかっていると言っても過言ではないでしょう」
「一度に一つの力しか封じられない・・・?」
「術と武器の力が封じられても他に幾らでも戦う方法はあるはずですよ。それをお考えなさい。表の力だけに頼っていては呪禁師とは戦えません」

<手紙の影響>

 草間興信所。いつも調査依頼を受けに来る者で賑わっているこの場所は、しかし今日は静まり返っていた。その理由は机に置かれた一通の手紙のせいである。永坂から届けられた手紙。いよいよ復讐に動き出すらしい。文面には書かれていないが恐らくあの大怨も一緒であろう。
「依頼料が出ないったって、こんな手紙見せられたら行かない訳にいかないよ。あたしも別に好きでやってる仕事じゃないけど、だけど生業にしてる以上は・・・」
 探偵事務所を経営している鷲見千白は、ぼさぼさの髪によれよれのシャツと、やる気の無い姿は相変らずであるがその瞳は真剣そのものであった。
「その子に応じる義務ってものがあるだろう。そして生きてるあたしたちには、死者に敬意を払う義務と、なお生き続ける権利があるんだ。あたしだってできるならこんな後味の悪い仕事なんてやりたくないさ。・・・まあ、だから滅多に依頼受けないんだけどねぇ」
 陰陽師をしている鷲見にとってすれば今回の依頼ほど後味が悪いものはないだろう。なにせ同じ陰陽師が引き起こした事件の復讐に関わる依頼なのだから・・・。それはなりたての陰陽師九夏珪にとっても同じことであった。
「俺、こんな事件があったなんて知らなかった・・・」
 本来は彼の師匠にあたる人物がこの依頼を担当するはずであったのだが、生憎他の依頼が入ってしまい参加することができなくなってしまった。この依頼を知った九夏が師匠に問い質したところ、今までの状況を知ることができたので、彼が代理として参加することにしたのだ。まだ高校生であり、陰陽の術も不安定な彼にこれを担当させるのは危険と思い、師匠は反対したのだがそれを聞く九夏ではなかった。止むを得ず隠形の法で姿を隠しながらという条件付きで依頼参加を許したのである。
「行ってどうする?その永坂とかいう奴を止めるのか?」
 草間は煙草をふかしながら彼らに問うた。依頼料が発生しないじょうこれは正規の依頼では無い。だが、普段霊が関わっていると思われる様々な事件を解決してきてくれた彼らが、自分の興信所に送られてきた手紙が元で悩んでいる以上他人事と考えることはできないだろう。
「場合によるだろうな」
 あっさりとそう答えたのは陰陽師である雨宮薫である。陰陽道でも占いや鎮魂、人を呪う歴史がある。彼が後を継ぐことになっている天宮とて例外ではない。呪を返す術も伝えられている。当主の意向で呪を用いて人を殺める事等の呪は禁忌とされているが、それも決められたのはそう昔の事ではない。陰陽師の中にも、権力者の意向によって政敵を呪殺するなどの行為に携わっている者は数多いのだ。それが貴族や時の権力者が彼らを保護する理由である。
「それが正しいかどうかは俺の決める事じゃない。神でも聖人君子でもないからな。大切なのは相手がどうしたいか、だろう?浄化されたいならする。残りたいのならしない。だが人に害を為すというのなら否定はしない。それが俺の仕事であり役目だ。もとより綺麗事の通用する仕事とは思っていないしその覚悟なければこの仕事は出来ない」
「まあ、だから滅多に依頼受けないんだけどねぇ。自分の意志で仕事するあたしはともかく、圧倒的に酷い仕事が多いっていうのに、そんなのに周りの人間を巻き込みたかないからね」
 人々に害なす存在と相対する陰陽師。だが、その実態は人間対人間の呪いという武器を用いた戦いを繰り広げる戦士なのだ。互いに正義があり譲れないものがある者同士の戦い。どちらが正義で正しいとは言えない。どちらも正義であり正しいのだから。
「それより珪、お前・・・すぐ帰れ!今回の依頼はそんなに生易しくない」
 口では厳しい事を言っているが、薫の心配どおり今回相対する者はかなりの強敵である。永坂という特殊な事情を持った霊だけではなく、こちらの攻撃手段を封じてくる大怨という敵がいる。前回の戦闘を見ている限りではかなり余裕を持って戦っていたところから、何か他にも切り札を持ち合わせているかもしれない。
「嫌だ。俺には俺の考えがあるんだ。それを伝えないで帰れるもんか!」
「何言ってるんだ。今回はそんな生易しいものじゃないんだぞ!とにかく今日は帰れ!」
「絶対嫌だ!」
「まぁまぁ、ここで喧嘩しても仕方ないだろう。とにかく行ってみようじゃないか。説得するにしても何にしても彼女と出会ってから決めればいいじゃないか。大怨は・・・、まぁ何とかなるさ」
 今にも取っ組み合いの大喧嘩に発展しそうな二人を仲裁して、鷲見は心の中でため息をついた。
 依頼に関わる前からこれだけ悩ませてくれるとは疲れる相手だ、と。

<復讐>

 永坂から送られた手紙に書かれていた陰陽師の家は都内田園調布の閑静な住宅街に存在した。現代風のモダンな二階建ての家。高級住宅街にある家に相応しく、センスのいいデザインが使われている。一人暮らしにしてはかなり大きな家で、陰陽師としての仕事で相当儲けている証拠だろう。
 その玄関先に集まった者たちの中でも、陰陽師小泉優はかなりいらついていた。その怒りは永坂と問題の陰陽師、双方に向けられている。
「ただの痴話喧嘩のクセに、他人様巻き込んでんじゃないわよっ!そういうお馬鹿さんには、式神護符叩きつけてやるのがアタシなりの礼儀って奴よ!」
 言葉どおりに式神を召喚する護符を握り締め、本人を見つけたら有無を言わさずに投げつけそうな勢いである。今回の手紙を読んで金など要らないからぶちのめしてやると息巻いている。
「妹御、少し落ち着け。何に腹を立てているのかわからぬが、相手を逆上させかねん」
 彼女の護衛兼お目付け役である傀儡人形の和泉怜は小泉をなだめた。これから対峙する相手とは、まだ戦うとは決まっていない。依頼を受けた者の大半の意見は戦闘を回避するということで一致していた。だが、彼女がこの勢いで戦闘を開始してしまっては交渉どころの騒ぎでは無くなってしまう。
「これが落ちついていられるかってのよ!あいつら何様なわけ!?神でも仏でもないのだから、そっちこそ偉そうに語らないで貰いたいもんだわ」
「だが、向こうの言い分も分からぬでも無い。こちらは生者として神や仏、さらには真言などの加護を得ることができる。それをかさにきて徐霊しているのだから卑怯とみられてしまうの仕方ないかもしれん」
 死人は生身の体が無い精神体のため、精神に影響するものに強く反応してしまう。また、思いの強さがこの世に対する影響力に直結するため、不安定な状態でいることを強いられる。霊が生者の体を欲するにはそのような理由があるのだ。肉体さえあれば安定してこの世に存在できる。
「そんなの向こうの勝手でしょ。付き合っていられるもんですか!大体死んでんのにしつこくこっちに居残るんじゃないわよ」
「確かに死人は常世に行くのが理だ。それをねじまげるのは見過ごすことができんな」
 どのような理由があるにせよ、死人は魂となって霊界に行くのが摂理である。なんとか説得して大人しく霊界に戻ってもらうのがベストだろう。現世に留まりつづけるのを見過ごすわけにはいかない。
「とにかくあの霊にはとっとと霊界に戻ってもらう。それがベストよ!」
 小泉はそう言い切ると玄関に入った。
 内部は外見同様高級なつくりとなっていて、床や壁は磨きぬかれた檜が用いられている。玄関を抜けた先は広い廊下が広がっていた。そして、その廊下で依頼を受けた者を待ち受ける影が一つ。豪華に咲き誇る牡丹のように赤い着物を着た妙齢の女性。長く艶やかな黒髪は腰まで伸ばされ、その緋色の唇は妖艶な笑みをたたえていた。
「おやおや、大人数でお出でだねぇ」
「大怨!」
 何人かの声が唱和した。以前、永坂が関わった事件で現れた女呪禁師大怨。永坂が怨みを晴らすのに協力しているらしいのだが・・・。
「現れたわね。決着をつけさせてもらうわ!」
「待ってください!」
 大怨を見るなり突進しようとした小泉を押し止めたのは同じく陰陽師の宮小路皇騎であった。
「何よ。情けでもかける気?」
「彼女と話をさせてください」
 宮小路は一歩前に進み出た。
「おや、誰かと思えば前にあたしに切りかかってきた男じゃないか」
 先の依頼で宮小路は大怨に刀で切りかかったのだ。だが、その一撃は彼女の術により封じられてしまったのだが。
「前に貴女に言われた事はショックを受けました。確かに私は相手の霊の立場になって考えることなどなかったからです」
 かつて大怨は彼にこう告げた。なんと陰陽師とは傲慢な存在なのかと。神の力をかさに着て霊たちを虐げている存在であると言われ、宮小路はその場で返答することができなかった。今まではそんなことを考えずに霊たちを鎮めてきたからだ。決して驕り高ぶって除霊をしてきたつもりはないが、結果的に霊という存在を無視して行動をしてきたことは否定できない。だからこそ、今回は戦わずに事を収めたかった。
「ですから永坂さんと話し合いたいのです。彼女はどこですか?」
「はいそうですかってあたしが答えるとでも思っているかい?甘いねぇ。彼女はもうじき怨みを晴らすころさ。あんたたちは黙ってそれが行われるのを見ているんだね」
「怨みを晴らしたからってそれが何になるというのです?何かが変わるというんですか?」
 どんな理由があろうと私怨を晴らそうとするのを黙認するわけにはいかない。復讐はそれを行う者に圧倒的な力を与えてくれるが、それが果たされた後に残るのは虚無感だけである。何もえられはしないのだ。
「貴方も復讐なんかするよりこれから先の人生エンジョイするとかした方がいいんじゃないんですか?どんどん年はとっていくんですから」
 後ろで二人のやり取りを聞いていた桜井翔が棘のある言葉をかけた。大怨もその名が示すとおり陰陽師に深い怨みがあるらしい。それゆえに同じ怨みを持つ永坂に協力をしている。だが、それは不幸の連鎖になるだけなのではないだろうか。怨みと憎しみは晴らした相手にも生まれ、お互いにそれを繰り返すだけになる。そんな事に囚われるのは愚かなことだ。
「・・・あれから、お前の言う事を私は少し考えてみた。「霊だからと言って有無を言わさず祓うのが正しい行為か」。その答えは否だ。人間も千差万別なように、霊にも様々な者がいる。お前のように言われもなく不幸を受けた者もいれば、明らかに悪意を持ち我々に積極的に害を成そうとする者もいる。私は後者を今まで祓ってきた。それに迷いはない。だがお前のような存在がいて、同じ陰陽師として恥ずべき者がいるのもまた事実。この依頼を受ける前にそうした事情を知らなかった事は詫びよう。だがそれを知ってもなお、いや知ったからこそ、やはり私はお前を止めねばならぬ。理を乱したお前がこれ以上自分を追い詰める前に。憎しみの連鎖を断ち切るために。私は神の代弁者のつもりはないが、和泉の道具ではあるのだから」
 和泉の道具、いや一人の陰陽師として死して怨みを晴らす者を見過ごすことはできない。小泉の考えもまた同じだった。
「・・・・・・」
「この人達はあんた等が考えている様な人間じゃない!」
 沈黙する大怨と依頼を受けた者たちのやり取りを聞いていて堪らなくなった九夏は隠形の法を解いて叫んだ。
「「この世界は死者には優しくないって師匠が言ってた。渦巻く人の想念が霊を変容させるって。ここに居ても苦しくなるだけだって。だから早く逝かせてやりたいって。何も知らない癖にただ詰るなんてその方が傲慢なんじゃないのかよ?」
 彼は知っていた。師匠や友人の薫、それに鷲見など陰陽師たちが決して死者を愚弄したり軽んじたりしない。死者を悼み身を削ってでも救おうとしてる事を。
「あんたたちは知らないんだよ。怨みを持たなきゃ生きていけない存在をね・・・」
 一瞬見せた大怨の悲しげな表情。瞼を伏せ、苦悩する顔に宮小路ははっとした。以前の依頼の時も彼女は一度だけこのような表情を見せていた。復讐に猛る己を悲しむかのような儚げな顔を。だが、それも僅かな一時の事で、瞼を開けたときその顔は妖艶な美女のものに戻っていた。
「まぁ、甘ちゃんのあんたたちには分からないことさ。地獄のような責め苦や、死よりつらい恥を忍んで生きた事も無いだろう。陰陽師たちの怨みこそが私を支えるものだ。そしてあの子のね・・・」
「分かり合うのは不可能なようだな・・・」
 宮小路を押しのけて前に現れたのは日刀静であった。彼らは長刀を抜き放って大怨に突きつけた。
「俺が用があるのは永坂だけだ。どけ」
「あの子と話しても無駄だよ。もうそろそろ復讐が終わる頃さ」
「ならばその前に貴様を倒す!」
 日刀は一気に間合いを詰めると、神速の勢いで刀を振り下ろした。だが・・・。
「呪禁『刀禁』」
 その刀を大怨は片手で押さえこんだ。白刃取りなどとは違うごく自然に受け止めただけである。呪禁によって刀であることを封じたのだ。
「な!?」
「残念だったね。刀であることを封じてしまえばそんな一撃など何でもないさ。鉄と切れ味が失われているんだからねぇ。これは単なる棒切れ以下といったところか・・・」
 彼女は何気ない動作でその刀をへし折った。まるで硝子細工のように砕け散る長刀。
「やはり禁じられてしまったか・・・」
 隼人は悔しそうに歯噛みした。あらゆるものを禁じ、呪いをかける呪禁。当主に言われた一度に二つのものは封じられないとは一体どういうものなのか。その答えはまだ出ていない。だが、このままでは大怨にこちらの技は総て封じられいいようにされてしまう。そう思われたその時。
「ぎゃああああああ!!!」
 廊下の奥の間から人の叫び声が聞こえてきた。
「ふふふ。どうやら始まったようだね。もうあの子を止めることはできないよ。せいぜい自分たちの非力さを悔やむがいい。あはははははは!」
 屋敷内に大怨の哄笑が響き渡る。そして彼女の姿は光り輝いたと思うと、その体は一枚の紙切れに成っていた。
「形代・・・」
「やはり式神だったか・・・」
「とにかく急ぐぞ!確かあの悲鳴は奥から聞こえてきたようだが・・・」
 彼らは檜の床をギシギシと軋ませながら家の奥へと入っていくのだった。

<復讐の終わり>

「た、助けてくれぇ!!!悪気はなかったんだぁ!」
 奥の和室から転がるように抜け出してきたのは、今テレビなどで取り上げられている著名な陰陽師である。オカルト特集の番組などに頻繁に出演している。二十代後半の中々整った顔立ちをしているが、今は恐怖に歪められその甘いマスクは台無しである。
「あ、あれは依頼で自分に取り憑いている霊をとってくれと言われたからそれで・・・!」
「それで私の言い分は何も聞かずに式神で追い出したというわけですね」
 青白い顔の女が彼を追うように障子を開けて現れたのは冷たい目をした女性であった。無機質な顔をして陰陽師を睥睨している。
「あの男が過去にどんなことをしでかしてきたかも知らずに霊だからという理由だけで私を追い出した。そういうことでしょう?」
「じ、実際君は彼に取り憑いて悪さをしていたじゃないか・・・!」
「あの男は憎まれるだけの理由があったんです。私の体に子供を孕ませたくせに他の女が出来たからっておろして別れてくれって・・・。その時のくやしさが分かります?お前とは遊びの付き合いだったなんて言われて怨むななんて言えるんですか貴方は!!!」
 彼女の顔は怒りで歪み、まさしく般若のごとき形相で彼に迫る。そこに依頼を受けた者たちが駆けつけた。
「お、おお、どこの誰だか知らないが助かった。た、助けてく・・・ぐはぁ!」
 すがりついてきた陰陽師を桜井は一撃で殴り倒した。
「貴方は黙ってなさい。後で叩きのめしてあげますから」
 正体を失っている陰陽師にそう告げると、彼は今回の手紙の送り主である永坂に近づいた。
「まったく貴方も貴方です。裏切られたから死ぬだなんて馬鹿な事をして、ご両親が悲しむ事を考えなかったんですか?そういう時は生きて相手の人生をどん底に落とすんです」
「来てくださったんですね、皆さん。有難う。でも結局私はこの男に怨みを晴らすしかないと思いました。この男の訳を聞いて、もう自分を止めることはできません。さぁ、見届けてください。この陰陽師が死ぬ様を・・・」
「お願いです。もうやめてください。これ以上、自分を傷つけないで」
 その彼女を止めたのは神崎美桜であった。彼女は何も理由を聞かずに強引なする事をする者、恨みの為に死んでしまった人を生き返らせる者、そして裏切られて自分の人生を捨ててしまった者。その行いがどれだけ自分を傷つけ相手を傷つけるのかわかっていないと心から悲しんでいた。
「自分を傷つける?」
「本当はとっても悲しいのに、憎しみより悲しみが勝っているのにどうしてこれ以上、自分を悲しみに落とすような事をするんですか?」
「もう忘れたわ、そんな気持ち。今私の心にあるのはこの男への憎しみだけ!」
 神埼の必死の懇願も虚しく、憎しみと怒りに満ちた顔で永坂は気絶している陰陽師へと近づいた。
「嘘です!そんなことを言って自分を苦しめないで!・・・きゃあ!」
 永坂を抱きしめてでも止めようとした神崎は、片手で跳ね飛ばされた。復讐に燃える彼女を止めることはできない。そんな思いが依頼を受けた者たちに宿り始めたその時、日刀が一人彼女の前に進み出た。
「どきなさい!」
「・・・・・・」
 日刀は永坂の剣幕も気にせずにさらに彼女に近づく。
「こ、来ないで!」
 永坂が放った衝撃波が日刀を襲う。だが彼はそれを両の足を踏ん張って堪えさらに近づく。そして彼女の目の前に来るとその細い体を抱きしめた。
「な・・・!?」
「・・・お前は以前の俺と同じだ。裏切られ、孤独の痛みを味わった俺と・・・」
 彼の脳裏にあの頃の記憶が甦る。組織に尽くした親が任務失敗で惨死。落伍者の息子として罵られ生きる為にたち斬った過去。同じ境遇の仲間と愛した義妹を裏切りで奪われた痛み。今でも持ち歩いている仲間たちとの写真を見るたびにそれを思いだす。血と硝煙に塗れ今はもういない仲間達。あの頃から自分は感情を失った。いや失ったかのように無表情で敵を切りつづけた。だが、その中で少しだけ救われたのは、すべてを捨て痛み無きはずの自分が気が付いたら泣いていたあの日の事だった。『死んじゃ嫌だ!』と血塗れの自分を今日子が抱きしめて泣いてくれた日。彼女がいたから自分はやり直すことができた。
「殺戮の限りを尽くした俺と違い、お前が汚れる事はない。今ならまだ間に合う。もう・・・止めろ」
「・・・・・・」
 永坂の瞳にはいつの間にか光輝く雫がつたっていた。
「もし、死ぬ前に貴方のような人に逢っていたら私の人生ももっと違うものになっていたかもね。・・・残念だわ」
 徐々に彼女の体が透き通り始めた。そして足元のあたりから消え始める。
「知っていたわ。この男に怨みを晴らしたからって何も変わりはしないことを・・・。でもあの人に裏切られて死んだ自分を受け入れる事はできなかった。だからこの人を怨むことで自分の存在意義を得ようとした・・・。でも結局は変わらなかった。心の中にできた空洞を埋めることはできなかった・・・」
「・・・・・・」
 日刀は彼女を黙って見届けた。やがて顔の当たりも透け始める永坂。
「さようなら。あなたたちの優しさは忘れないわ。今なら自分を受け入れられる。そんな気がするの・・・」
 そして消え去った。未練が晴れて成仏したのだろうか。それとも・・・。その答えは分からない。だが、消えていくときの彼女の顔は晴れやかだった。
「うっ、うう・・・」
 その時、問題の陰陽師が目を覚ました。
「あ、あの女は・・・?」
「もういなくなったよ」
 冷淡な口調で答える鷲見。途端に陰陽師は満面の笑みを浮かべて得意そうに話し始めた。
「そうか!消えてなくなったか。あの怨霊め、変な力を身に付けて術が効かなくなったからっていい気になりやがって・・・。いい気味だ。死人がこの世にいていいわけないんだよ!」
 ボグシ!
「グゲェ!」
 訳の分からぬ声を上げながら再度陰陽師は殴りとばされた。鷲見が愛用のベレッタでその横っ面をひっぱたいたのだ。今の衝撃で口の中を切ったのか、血と歯の破片を吐き出した陰陽師に鷲見は怒りをぶつける。
「馬鹿な事言ってんじゃないよ。あんたが陰陽師としてちゃんとあの子の事考えていればこんな事にはならなかったんだ。ほんとならあの子に代わってあたしがぶち殺してやりたいところだよ」
 今彼女の銃には弾は込められていない。それは永坂と戦うつもりが無かったからだが、もし銃弾がこめられていたらこの男を撃ち殺していたかもしれない。それくらいこの男は憎らしかった。
「鷲見、もう止めろ。こんな男殺す価値もない。おい、お前陰陽師のはしくれなら天宮の名ぐらい聞いたことがあるだろう?」
 コクリと頷く陰陽師。陰陽師の世界で名家天宮家を知らない者がいたとしたら相当のモグリである。
「この事については天宮本家に伝えておく。後々処分が決まるだろうから覚悟しておくんだな」
 薫の宣告はこの男にとって死刑宣告に近いものがあった。もともと陰陽師が表の世界で仕事をしたりするのはご法度である。人ならざる力を持つ者がこれ見よがしに力を振るえばどうなるか。それでも近頃の風習にあわせて少しは多めに見ていたが、今回の事件は度が過ぎた。
「既に当主に連絡は済んでいます。もうこの男が陰陽師として仕事をするのは無理でしょう」
 同じように冷厳な口調でそう告げる隼人。陰陽師はがっくりと肩を落とすのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0461/宮小路・皇騎/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
    (みやこうじ・こうき)
0425/日刀・静/男/19/魔物排除組織ニコニコ清掃社員
    (ひがたな・しずか)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0416/桜井・翔/男/19/医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる。
    (さくらい・しょう)
0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師
    (すみ・ちしろ)
0427/和泉・怜/女/95/陰陽師
    (いずみ・れい)
0498/小泉・優/女/22/陰陽師
    (こいずみ・ゆう)
0183/九夏・珪/男/18/高校生
    (くが・けい)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
    (あまみや・かおる)
0331/雨宮・隼人/男/29/陰陽師
    (あまみや・はやと)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 陰陽師狩り〜永坂〜をお届けいたします。
 今回はそれなりの理由を持つ敵とどのように対峙するかというのが一番の悩み所であったのではと思います。皆様のお答えは大半が戦闘を避け説得というものでした。結果特に戦闘はせずに依頼は完了しました。ただ、大怨にいたっては攻撃されたので、これからの依頼で態度が硬化する可能性があります。
 この作品に対するご意見、ご要望、ご感想、ご不満などございましたらお気軽にテラコンよりご連絡ください。お客様のお声はなるだけ作品に反映させていただきたいと思っています。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。