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鍋をしようリターンズ
●オープニング【0】
「鍋をするぞ」
朝からずっと思案顔だった草間が、夕方になって不意にそんなことを言った。
しかしこの時期に鍋というのは、少し時期を過ぎているのではないか?
「先日はあんなことになってしまったが……今度こそ、今度こそはまともな鍋を俺は食いたい!」
拳をぐっと握り、草間が言った。
そういえば聞いたような気がする。3月にここで鍋をして、惨劇が起こったとか何とか――。
「明日の夕方、鍋をするからな。参加条件は、前回と同じく何かしら食材を持ってくることだ。いいか、食べられる物を持ってこいよ」
念を押す草間。あのー……少し疑い深くなってませんか?
「同じ過ちは2度と繰り返さない……絶対にな」
すみません、目が真剣なんですけどー……。
うーん、何を持って来ればいいんだろう?
●リスクヘッジ【1A】
「ふう……これでよし、と」
台所に居たシュライン・エマは小さく息を吐くと、指先に付いていたご飯粒を口の中へ入れた。目の前には紫蘇の葉を混ぜたおにぎりの載った大皿があった。
「胃薬よし、洗面器よし、バケツよし、牛乳よし……」
あれこれ確認するシュライン。準備は万端である。
「ぉわぁ、ダメダメ、危ないってっ! ブレイクブレイクーっ!!」
隣で叫び声が上がった。シュラインが見ると、包丁を手にした草間の手首をがっちりと押さえている室田充の姿があった。そして、まな板の上には無惨な姿のブラックタイガー海老が……。
「し、心臓に悪い……」
胸元を押さえ溜息を吐く充。見ちゃいられないといった表情だ。
「だから俺は駄目だと言ったんだ……」
草間は包丁をまな板の上に置くと、ぶつぶつと言いながら台所を出ていった。
「武彦さんに包丁使わせたのが間違いよ」
シュラインが苦笑いを浮かべた。
「だねえ。鍋するって聞いたから、包丁くらい使えるのかと思ってたのに」
代わって包丁を手に取る充。さあ海老をさばこうかといったその時、シュラインが傍らの大量にあるそれに気付いた。
「ちょっと待って。その……傍らのチーズは何? まさか鍋に入れるんじゃ……」
警戒するようなシュラインの視線。充がくすりと笑った。
「まさか! ファンの子にいいチーズ貰ったからさ、ツマミにどうかなって。何ならフォンデュでもいいよ、結構いっぱいあるし」
協議の結果、チーズはフォンデュにしようということになった。最悪の事態を、極力回避するために。
●何の会場?【2A】
「遅くなってすみませ……ん?」
喪服和装姿の寒河江深雪が事務所のドアを勢いよく開けると、そこは重苦しい雰囲気に包まれていた。そして何故かこの場に流れているお経のテープ。
「な、何ですか……?」
目をぱちくりさせる深雪。確か鍋パーティと聞いていたのだが……?
「見ての通りだよ」
深雪の顔をちらりと見て、室田充が言った。充の前にはチーズフォンデュ用の鍋が置かれていた。もちろん普通の鍋も他の場所にある。
「見ての通りって……」
ゆっくりと部屋の中を見回す深雪。まず、窓には暗幕が張られている。そしてあちこちに並べられた得体の知れぬ日本人形が数体。さらには人数分の紅いロウソク……これから何か妖しい儀式でも始めるのか?。
「大丈夫かな、大丈夫かな……」
心配そうな表情の志神みかね。隣にはしてやったりといった表情の七森沙耶が。その後ろに大きな鞄があるのがどうにも気にかかる。
「あら、わらしべの……」
深雪に気付き、巳主神冴那がぼそっとつぶやいた。
「違いますっ!!」
その名で呼ばれてなるものかと、全力で否定する深雪。
「せめて鍋だけでもまともにしよう……」
そうつぶやき草間は頭を振った。そう、肝心なのは鍋なのだ。場の雰囲気なんかではない。
「お鍋なの〜♪」
草間の膝の上に居た小日向星弥が嬉しそうに言った。隣ではシュライン・エマが各人に取り鉢を回していた。向かいでは九尾桐伯がコップを回している。傍らには様々な酒やワインが用意されていた。
「うん? そこに居るのは誰だ?」
ふと気配に気付き振り返る真名神慶悟。見るとドアの前に、山盛りのキノコの入った籠を抱えた子供、ベバ・ビューンの姿があった。
「あり?」
首を傾げぽつりつぶやくベバ。
「ふむ、それはキノコか? 皆喜ぶといい、食材が増えたぞ!」
皆に聞こえるように言い放つ慶悟。普通に食べられる食材が増えることは喜ばしいことであった。
「えへ、私も混ぜてほしい」
ベバはそう言うと、とことこと歩いて皆の中に紛れ込んだ。
ともあれ――総勢11人での鍋パーティは幕を開けた。
●和気藹々【3A】
ここで席順を説明しておこう。まず一番奥の上座に草間。草間の右手側、近い方から順番にシュライン、ベバ、冴那、みかね、沙耶の5人が。反対の左手側には、近い方から順番に桐伯、深雪、充、慶悟の4人が各々座っていた。星弥は前回と同じく草間の膝の上である。
鍋パーティは、前回と同様に比較的穏やかに進んでいった。普通の鍋はもとより、充の用意したチーズフォンデュもなかなかの好評であった。
みかねがフォンデュ用のフォークに小さく切ったバゲットを刺して、フォンデュの鍋の中に入れた。数回くるくると回してチーズを絡ませると、鍋から出して口の中に入れた。
「美味しい!」
感嘆の声を上げるみかね。チーズからはほんのりとワインの香りがしていた。
「ちなみにフォンデュって、鍋の中にフォークの物落としたら罰ゲーム、って食べ方があるんだよね」
フォンデュの管理人に自然と化した充が思い出したように言った。
「どんな物なの?」
興味津々といった様子でシュラインが尋ねた。
「簡単な王様ゲームみたいなものかな。誰某の頬にキスとか……」
とそこまで言って、充は不意に口を閉ざした。
(何だか、何人か突然目の色が変わったように見えるのは……僕の気のせい?)
何か一部の人間の様子が変わったような気が充にはしていた。まあそれは気のせいではなく、一部の人間はその充の言葉の後から他の者にしきりにフォンデュを勧め出したのだが。
「これな〜に〜?」
星弥が箸で目の前の鍋にぷかぷかと浮いている物体をつんつんと突いた。干物が水分を含んで元の姿に戻ったのだろう。何か亀のようにも見えるのだが……。
「すっぽん……でしょうかね」
その物体をじっと観察して桐伯が言った。
「なるほど、確かに『精が出る』食材だな」
苦笑する草間。それは一応まともな食材であることを喜んでいるようでもあった。その干物を持ってきた冴那は、ハイペースで酒を飲んでいた。
「すっぽんか。苦手な者が居るなら、俺が頂くとしよう。これも世のため人のため……」
世のためかは知らないが、すっぽんが苦手な者も居るだろう。慶悟は身を乗り出してすっぽんを取り鉢に入れようとした。
冴那がその取り鉢をすっと取り上げ、鍋からすっぽんを入れて再び慶悟に手渡す。
「どうぞ」
「ああ、すまないな」
礼を言う慶悟。そしてベバがキノコを鍋に入れている光景を目にした。
「お。そのキノコ、こっちにも回してもらえると嬉しいが……」
それを聞いた冴那が、ベバから籠を取り上げて慶悟に回した。
「メインの投入までもう少しです……うふふっ☆」
「だからメインって何なの〜」
くすくすと笑う沙耶に対し、みかねが情けない声を上げた。
●おさけって仙桃みたい♪(by星弥)【4】
「香り付けに少し入れますね……」
深雪は持参した一升瓶を抱え上げ、目の前の鍋に注ぎ込もうとした。
「待ってください!」
だが桐伯ががしっと深雪の手首をつかんでそれを止めた。きょとんとする深雪。
「九尾さん?」
「そ、それは『特別大吟醸朱金泥能代 醸蒸多知』じゃないですか! お願いですから、それを料理酒に使わないで下さい!」
桐伯の顔には驚きの表情が浮かんでいた。何故それがここに……といった表情だ。そして桐伯はその酒の価値を説明した。
「えっ! このお酒、10万……円っ!?」
深雪の言葉で、場が一瞬ざわついた。
「おさけ?」
星弥が目をきらきらと輝かせた。草間の膝の上から降りようとしたが、草間ががしっと肩をつかんだ。
「いいですか、お酒は社氏さんが丹精こめて作るのです。良い物は尚のこと、料理用に使ったりしたら失礼ではないですか」
思わず説教をしてしまう桐伯。深雪がしゅんとうなだれた。
「すみません……」
いたたまれなくなったのか、深雪は一升瓶を抱えたまま席を立ち、窓際へ向かった。
「や〜ん、せーやもおさけ飲みたいの〜っ」
じたばたじたばたじたばた。草間の膝の上で、星弥が暴れていた。
●混乱への序曲【5A】
「人の縁は大切にするものだ。何故ならこうして導かれることもある訳で……」
食べる物を食べ、飲む物を飲んだ慶悟が上機嫌で周囲の者に語っていた。ちなみに飲むペースは冴那と慶悟がほぼ互角、いや冴那の方が若干上回っていた。
「ワイン2本、1人で飲み干したよね」
慶悟に呆れた視線を向ける充。そしてチーズを絡めたパスタを口の中へ運ぶ。
「そろそろメインを出してもいいですよね……うふふ」
鞄の中をごそごそと探っている沙耶。その様子をみかねが不安げに見つめている。
「お待たせしましたっ♪」
そう言って沙耶が取り出したのは、ドリアン、くさや、そして青汁1リットル。……何気に前回よりパワーアップしてませんか?
「ああっ、やっぱり〜っ!!」
悲痛ともとれる叫び声を上げるみかね。前回の悪夢が脳裏に蘇ってくる。
「うふふ……張り切って入れちゃいますね、あはは……」
みかねの制止を振り切り、笑いながら沙耶がドリアンやくさやを鍋の中へ入れてゆく。
(始まっちゃった……)
不安適中。その様子を見ていたシュラインが頭を抱え込む。冴那が身を乗り出して、ドリアンを取り鉢へ掬おうとしていた。
「生の方が美味しいかも……」
ドリアンを口へ含み、冴那がぽつりつぶやく。
「あはは……青汁も入れまーす☆ あははっ、あははははっ……」
妙に笑いながら作業を続ける沙耶。だが少し様子がおかしいような……。
「こ、これは試練だな……」
慶悟が表情を強張らせた。隣では充がフォンデュを死守しようと、素早くアルミホイルを鍋の上にかけていた。
「四象八卦・陰陽の理よ、我に正しき導きを……! 急々!」
意を決して箸を鍋に突っ込む慶悟。沙耶がそんな慶悟や充の様子を見ながら、けらけらと笑っていた。
「え? ねえ、ちょっと……どうしたのっ!?」
やはり様子がおかしい。みかねが沙耶の両肩をつかんで、激しく揺さぶった。
「あはは〜、せーやもおさけ飲みたいの〜っ! あははっ、しゅらい〜んっ、たすけて〜〜っ」
まだ草間の膝の上でじたばたと暴れている星弥。何故かけらけらと笑いながらシュラインに助けを求めている。
「どうしたの?」
妙な星弥の様子に訝るシュライン。そして突然隣に居たベバまでもが笑い出した。
「えへ……えへへへへへへへへへっ!」
まるでどこかの深夜ドラマのヒロインのように笑うベバ。ここまで来ると、妙な事態になっていると皆が気付いた。
「あのキノコ、ワライダケでも混じってたんじゃ……?」
充がぼそっとつぶやいた。ひょっとするとそうかもしれない。
「大変! お医者さんに電話しないとっ……!」
シュラインがすくっと立ち上がろうとした時、視界に窓際に居た深雪の姿が入った。
●混乱、そして大迷惑【6】
「えっく……えっく……」
泣きながら、くいっとコップの中の酒をあおる深雪。顔はすっかり紅く、目も据わっていた。いわゆる酔っ払いである。
「こ……こんなに飲んだんですか!?」
桐伯が深雪の抱える一升瓶を見て驚愕の表情を浮かべた。すでに半分以上減っていたのだ。どうやら桐伯に説教されてから、手酌で1人黙々と飲んでいたようだ。
「きゅーびさんには怒らりるし……ぐス……」
鼻をすする深雪。唖然とする一同。混じる星弥の笑い声。そして黙々と食べ続ける冴那。
「ああっ!? 何も泣かなくとも……」
桐伯は困惑した表情を浮かべていた。仕事柄酔っ払いには慣れているとはいえ……。
「何より部ヤの中はすッごく暑いし!」
ぐいっと胸元をはだける深雪。白い胸がちらりと見え、慶悟と草間から歓声が上がった。もっとも草間は即座にシュラインに耳を摘まれていたが。
「うふっ、うふふ……面白ーい☆」
くすくすくすくす笑い続ける沙耶。隣でおろおろとするばかりのみかね。充がそそくさと席を立った。
「外の空気吸ってくる……」
何かを感じたのかそう言い残し、外へ出てゆく充。ベバも外へ出ていこうとするが、シュラインが壁になってなかなか出てゆけない。
「部ヤの中がアツいなら……サげればいーだけよね〜」
涙を流しながら、深雪がにっこりと微笑んだ。
「え……?」
シュラインが草間の耳を摘んだままつぶやいた。
「えい☆」
そして明るい深雪の声がして――。
●そして今回もまた……【7】
30分後――充が事務所に戻ってくると、窓際には一升瓶を抱えたまますやすやと眠っている深雪の姿があった。髪は白髪に変わり、喪服も乱れている。
目を移すと部屋の中は惨たんたる有り様だった。鍋はひっくり返り、日本人形は四方八方へ飛んでいて、取り鉢もいくつか割れている。そしてうっすらと雪が積もっていた。はっきり言って部屋の中は真冬並みに寒い。
物でこれなのだから、人も似たような状況だ。のぎなみ白目を剥いて倒れていた。その中で冴那1人だけが何故かすうすうと眠っていたが。
「やれやれ」
充は肩を竦め、小さく溜息を吐いた。溜息が白い息と化した。
【鍋をしようリターンズ 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0069 / ベバ・ビューン(べば・びゅーん)
/ 女 / 子供? / 不明 】
【 0076 / 室田・充(むろた・みつる)
/ 男 / 29 / サラリーマン 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
/ 女 / 22 / アナウンサー(お天気レポート担当) 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
/ 女 / 17 / 高校生 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 0332 / 九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)
/ 男 / 27 / バーテンダー 】
【 0375 / 小日向・星弥(こひなた・せいや)
/ 女 / 6、7? / 確信犯的迷子 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 妙齢? / ペットショップオーナー 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 20 / 陰陽師 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全16場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせしました、予想通りかもしれない鍋パーティの様子をお届けします。これは高原個人的に『GW特別企画』と考えた依頼のその2でした。ちなみにその1は『雫のティーパーティ☆』です。時間軸はその1の方が先ですね。
・高原は今回、皆さんのプレイングを読んでかなり楽しませていただきました。草間はどうだか知りませんが、高原は今回もただで済まないとは思ってましたが……まさかここまでとは。宣言しましょう、鍋の3度目必ずやりますので。恐らく……次回は夏頃?
・今回のタイトル、北海道の某ローカル番組みたいなタイトルですが、関係はありません。別にサイコロの旅に出たり、絵はがきを引いたりはしませんので、ええ。
・シュライン・エマさん、12度目のご参加ありがとうございます。不安適中ですね。もっとも今回は闇鍋以上の出来事がありましたが。結婚依頼は……まあ死人が出なくてよかったな、と高原も思いました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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