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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂走詩

<序>
 本日の仕事も滞りなく終え、草間武彦は椅子から腰を浮かせた。
 窓の外はもう闇に包まれている。とはいえ、下の道を通る車のサーチライトや向かいのビルの明かりなどがあるために完全な漆黒とは言えない。
 時計の針は午前一時過ぎを差していた。
 今日も一日よく働いた、という充足感を抱き、椅子の背もたれに引っ掛けていた上着を手にデスクから離れようとしたその時。
 デスクの上の電話が耳障りな呼び出し音を立てた。
 草間の片眉が下がる。
「誰だよこんな時間に」
 ちらりともう一度時計に目をやる。仕事の依頼か? と思うとなんだか取るのが億劫になった。
 用事があるなら明日にでもまた電話してくるだろう。
 そう思い、コール音に背を向けた。
 が、呼び出しが止む気配はない。
「……ああもうっ」
 苛立たしげに髪を荒々しくかき回すと、やむなく受話器を手に取った。
「もしもしっ? 草間興信……」
 言いかけた言葉は途切れ、その眼鏡の奥の双眸が見開かれる。受話器の向こうから、涼やかな男の声が耳に流れてきた。
「お前……鶴来、か?」
『電話、無視する気かと思った』
「あ、いや。っていうかお前、何だよこんな時間に。しかもこないだっから一度もこっちに顔見せないで変な事件ばっか送り込んできやがって」
 旧知の者のその声が、受話器の向こうで小さく震えた。笑っているらしい。
『悪いが……また厄介ごとを持ち込ませてもらいたい』
「また?」
『大した依頼じゃないんだ、何も起こらなければそれはそれでかまわないから。頼まれてくれないだろうか?』
 変に下手に出ている相手に、草間が受話器を肩で挟みながら煙草を取り出して火をつける。そして苦く笑った。
「あんまりお前からの依頼は請けたくないな」
『…………』
「なんてな。あんまり仕事選り好みしてられるほどに左団扇ってわけでもないからな。仕事内容にもよる、聞かせてみろ」
 話は、以下のようなものだった。
 とある女が中古の車を買ったのだが、その車、妙に事故などを起こしやすいというのだ。
 前バンパーをいつのまにか擦られていたり、いつの間にか側面にへこみができていたり。何かにハンドルを取られて縁石に乗り上げてタイヤをバーストさせたり、運転していると眩暈がしたり目の前が真っ暗になったり。
『それで、何か憑いているのではないかと心配しているんだ』
「ただ単に運転が下手だということじゃないのか?」
『いや、他の車だと彼女の運転はさほど危ないものじゃない。が、その車に限り』
「おかしくなるのか」
 デスクに腰半分を乗せて灰皿に長くなった煙草の灰を落とす。
「だがお前、そういうの『視る』力に長けていなかったか? 視た限り、どうなんだ」
『何も視えなかった』
 答えて、電話の相手――鶴来那王(つるぎ・なお)は吐息を漏らしたようだった。
『何か条件がそろえば視えるのかもしれないが、ただ停めてある車をざっと視ても何も妙な感じはしなかった』
「つまり、その『条件』とやらを探してほしい、と?」
『彼女は今、怖がって車を運転できない状態だ。が、彼女以外の者が車に乗っても同じことが起こる。だが、起こらない者もいる。起こらない場合も、ある。いまいち判然としないんだ』
「だったらお前が乗っていろいろ試してみればいいだろう?」
 その草間の言葉に、鶴来はわずかに沈黙した。そして。
『……いや、多分俺が運転すると、別の意味で危ないと思う』
「何だ? お前、車の運転できないのか?」
『いや、できないわけじゃない。が、……極力しないほうが身のためだと思っている』
 とつとつと答える鶴来の声に、草間は笑い出したい衝動を何とか押さえて、デスクの上のメモ帳とボールペンを手にした。
「で? その車種とかは」
『今の持ち主は七鞘深月(ななつさや・みつき)。車はスカイライン、GTS−TタイプM。平成2年式の2ドアタイプ。色はワインレッド、AT車だ。あとは……少し車高を下げてあったり、マフラーが改造ものだったり。元々の持ち主が男だったようだ』
「MT車じゃないんだな? ……スポーツタイプなら多くて4人は乗れるな」
 確認すると、草間は一応いろんな可能性を試すために様々な知人の顔を思い浮かべた。女、男、大人、子供、独り者、恋人つき……。
『何もなければそのままドライブでも楽しんでもらえばいい。ちょうどいい季節だろう?』
 何もなければ。
 その言葉に小さく笑うと、草間は電話越しの相手に承諾の意を返した。

<風薫る>
 季節が移ろうのは早いものだ。
 気がつけば、つい先ごろまでは薄紅色の花を咲かせていた桜の木も、今はもうすっかり青々とした葉をその枝に茂らせている。
 もう少し早い時期にここへくれば、なかなか美しい光景が見られたかもしれないと、住宅街の街路樹として植えられたまだ若い十数本の桜の木を見ながら、久我直親は思っていた。
 今はもう、散った花弁でさえ見ることはできない。
 さらりと、風が前髪をかき上げた。心地よい風である。
 空は、よく晴れていた。徐々に夏に向けて強さを増している日差しが頭上から降り注ぐ。まぶしそうに目を眇めようとして――ふと、その眼差しを斜め前に向ける。
 新築マンションの前の道に、路上駐車されている赤いスカイライン。おそらくそれは依頼主の車だ。
 その車体に背を預けて、ぼんやりと顎を仰のかせて空を見上げている黒いスーツの青年がいる。何を見ているのかとその視線を追うようにして直親が空を見上げたが、そこには特に何もなく、ただ白い雲と青い空があるだけだった。

<共通点>
「何を見ているんだ?」
 数歩手前まで歩み寄ってもまだ空を見上げたままのその青年――鶴来那王に、直親が静かに問いかけた。と、その言葉にひどく驚いたように鶴来がようやく視線を空から下ろし、直親を見た。
「いらしていたんですか」
「つい今しがたな。で?」
「ああ、飛行機雲が見えたので」
 言って、鶴来は空を指差した。つられるようにして目を上げると、確かに、青空に一筋、定規で引かれたかのようなまっすぐな白いラインが伸びている。
「消えるまで見ていようかと思っただけです」
「……暇なんだな、お前」
 なんだか子供じみたその台詞に呆れたように言って、直親は視線を下ろして車を見た。よく手入れされているのか、陽光に照らし出されるボディには汚れがまったく見当たらない。
 ただ少し、あちこち小さな傷がついてはいるが。
「それで、依頼主は?」
「車の乾拭きを終えたので、道具を片付けてくると。……ああ、戻って来られたようです」
 マンションのホールへ続くガラス扉を開けて現れた、二十歳前後の女の方を見やって鶴来が言った。肩口でそろえた黒髪がさらりと風に揺れる。おとなしそうで、とてもスカイラインのようなスポーティーな車に乗るようには見えない愛らしい顔の女。
 それが七鞘深月だった。
 鶴来が小走りに駆け寄ってきた七鞘に手短に直親のことを紹介する。七鞘がぺこりと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
 それにわずかに会釈して答え、直親は言った。
「さっそくだが、今までこの車に乗った人間について、少し教えてもらえないか。歳とか、性別とか」
「ええと、大学のサークルで仲がいい人に乗ってもらいました。一〇人くらいです」
 おずおずと答え、少し首を傾げる。
「男女とも七人くらいです。男の人二人とか、女の人二人とか、男女ペアで、とか。皆にいろいろ試してもらいました」
 怪奇な車の試乗を快く請け負ってくれるとは、なかなか協力的な友人を持っているなと思いながら直親はゆったりと腕を組んだ。
 いや。ただ物好きな友人が揃っているだけかもしれない。
「それで、何か異常が起きたときの共通点みたいなものはわかったのか? どこか一定の場所で起きたとか」
「起きるのは大体男女ペアの時だったんですけど、それでも、ペアでも起きない人もいたりして。場所はとくに定まってなくて、ハンドルを取られるとか、平らな道を走っているのにガタガタ道を走ってるみたいな感じがする、とかでした」
 頬に手を当てて、七鞘は何か考え込むように遠い目をした。そしてふと顔を上げる。
「サークルの集合写真、持ってきましょうか?」
「ああ、そうしてもらえると助かる」
 直親の言葉に、七鞘がわかりました、と言い置いてマンションの方へと駆けて行く。
 その背を見送って、直親は傍らにいる鶴来を見やった。鶴来はまた空を見上げていた。なんだか話しかけることを躊躇ってしまうほど真剣な表情で飛行機雲を見ていたので、何も言わずに直親も何とはなくその隣で空を眺めた。
 しばらくすると、七鞘が小走りで戻ってきた。肩で軽く息をつきながら、一枚の写真を直親に差し出す。
「彼と彼女とー…あとこっちの彼とこの子。それから私と、彼です」
 次々に写真の中の六名を指し示し、ちらりと七鞘が直親の顔を見た。
「大体男の子は、皆からかっこいいって言われてる人たちなんですけど。皆が男前だからやっかまれるんだとか言って茶化してましたから」
 確かに、言われてみれば、この写真の中でその七鞘が指し示した三人の男は整った顔立ちをしている。女の方も、七鞘も含めて三人ともそれなりにきれいな顔立ちだった。
 もしかして、共通点はそれなのだろうか?
 しばし写真を眺めて黙り込んでいた直親は、さてどうしたものかと口許に手を当てた。

<軽口の応酬>
 不知火響が依頼人の住むマンション前に到着した時、そこにはちょうど例の車と、鶴来那王が立っていた。
 背筋をまっすぐに伸ばして歩み寄る響に気づき、鶴来が顔を向ける。その前に立ち止まり、響は艶やかに微笑んだ。
「武彦さんから美味しい仕事があるって聞いたんだけど。『いい男とドライブできる仕事』だって」
 言って、鶴来の顔を見、さらににっこりと微笑む。
「貴方がその噂のイイ男かしら? よろしくね」
 鶴来は、その言葉にかすかに苦笑を浮かべた。
「不知火響さんですね。こちらこそよろしくお願いします」
 そして自分の後ろへ視線を流す。
「草間が言っている『いい男』というのは彼のことではありませんか?」
 その視線の先には、唇を歪めて冷めた笑みを浮かべた久我直親が立っていた。
「相変わらずだな、響」
 その言葉に、はた、と響が目を瞬かせた。
「あら、直親さんもいたの?」
「いたの? とはご挨拶だな」
「うーん、私としては貴方よりも珪くんのほうがよかったのに」
 弟子の名前を出されて、直親がひらりと手を振った。
「お前の好みなど知ったことか」
 それより、と直親は手にした写真を傍らにいた女性――七鞘に渡しながら響に言う。
「丁度いいところに来たな。今からこいつを走らせてみるところだ。お前も乗れ。途中で交代して様子を見る」
「あら、私とのドライブは高くつくわよ?」
 艶やかに唇に微笑を浮かべると、響はつるりと自分の頬を撫でた。色気の漂う仕草だったが、直親はまったくもって気にも留めずに七鞘から鍵を受け取って運転席に向かう。
「高くつく? 修理代がか? お前そんなに運転下手なのか」
「誰が修理代って言ったのよ」
 響は助手席側に移動すると、肩にかけていたバッグから免許証入れを取り出し、車を挟んだ向こう側にいる直親に開いて提示した。
「バカにしないでほしいわね」
 そこに収められている免許証は、有効期限が書かれている部分が金色に塗られている。
 五年以上無事故無違反者に与えられる、ゴールドカードと呼ばれる免許証だ。
 ふふふ、と自信ありげに響が笑う。
「どう? 見直したかしら?」
 提示されたそれを、直親はしばしまじまじと眺めていたが、ややしてふっと軽く鼻で笑った。
「なあ響」
「何よ」
「免許証、そんなに堂々とひけらかしていいのか?」
「いいに決まってるじゃない。ゴールドカードよ? すごいでしょう?」
 ちらりと免許から目を逸らせて響の顔を見、直親は唇の端を吊り上げて意地の悪そうな笑みを浮かべ、言った。
「歳、バレるぞ?」
「えっ?!」
「そうか。そんなに歳をひけらかしたいなら俺が大声で読み上げてやろう。不知火響の生年月日は昭和……」
 よく通る声で免許証に記された誕生日を読み上げようとした直親の前から慌てて免許証を退避させてバッグに押し込むと、上目遣いに睨みつける。
「注目すべき点が違うでしょ!」
 まあもっとも、歳を知られたくらいで周囲にいる男が逃げていくようなそんな程度の低い女のつもりはないのだが。
 それでも、やはり歳の話題は禁句なのである。女にとっては。
 だが、直親はその厳しい視線の前でひらりと手を振って軽く笑った。
「どうせペーパードライバーなんじゃないのか? 車に乗らなければ事故など起こしようもないからな」
「失礼ね。普通に運転した上でゴールドカードなのよ」
「だったら捕まった際に警官をたらしこんだか?」
「まあ確かにそれくらいはチョロイものだけど」
「やっぱり細工したんじゃないか」
「うるさいわね。素敵な出会いがありまくりで、友人が多いのよ私は」
「コネも実力のうち、か?」
 ふっと鼻で笑う。
「まあそんなことはどうでもいい。お前と心中しないで済むのなら、その偽物ゴールドカードで十分だ」
「それはこっちの台詞だわ。せいぜい安全運転に勤めてくださいな、運転手さん」
 言うと、二人はふいと視線を外して同時に車に乗り込んで、まったく同時に勢いよくバタリとドアを閉めた。
 その二人の様を車の後方で離れて眺めていた七鞘が、傍らに立つ鶴来におずおずと問いかけた。
「……本当に大丈夫なんでしょうか」
 それに、穏やかに鶴来は笑った。
「大丈夫ですよきっと」
 そして、エンジンがかかり、低いマフラー音を響かせるスカイラインを見やり、
「昔から、喧嘩するほど仲がいい、といいますし」
 と言った。

<顕現>
 車の運転を得意とする直親にとって、AT車の運転は少々退屈なものであった。
 左手だけでハンドルを取り、右手を窓枠に乗せてこめかみの辺りを指先で支えている。
 とりあえず、今車は高速道路を走っていた。平日の高速道路は車が少なく、何かが起きた際にも咄嗟に対処しやすいと思ったのである。
 響が、腕組みをしながらゆったりと足を組みかえる。スカイラインの中は、座席を目一杯後部へ下げるとそれなりに足元にスペースが開くのである。
 スカートのスリットから白い足がちらりと姿を覗かせるが、直親はまったく、見向きもしなかった。
「それでどうなんだ? 何か情報、掴んでるのか」
 時速九〇キロから一〇〇キロの間で速度をキープしつつ、直親が尋ねた。窓の外に視線を向けていた響が緩く指先で髪をかき上げる。
「まあ、いろいろとね。友人は多いから」
 言って、コンコンとと左の人差し指の関節で窓ガラスを叩いた。
「元のオーナーの友人に、ね」
「話、聞けたのか」
「どうも彼女にフラれたのが原因というか、裏切られたことがショックだったというか……まあそんなところみたいね」
 自分のことではないからあっさりと「そんなところ」で片付けられるが、これがもし自分のことだったらどうだろう、と響は思う。本当に、信頼して愛している者に裏切られたとしたら。
「……やっぱり、普通は恨むわよねぇ」
「裏切られたら、か?」
「でも、だからと言って七鞘さんに当たるのは筋違いだし。それに、恨むにしてもレベルが普通じゃないわよね。関係ない人まで危険な目にあわせよう、なんて」
 ふと、響は直親の横顔を見た。
「直親さんだったらどう? 愛する人に裏切られたら、やっぱり恨む? それとも、その人の幸せを願っておとなしく身を引いてあげる?」
 その言葉に、こめかみに当てていた指を口許に移動させ、直親はひどく思案深げな顔つきになった。
 何かを考えているのか、思い出しているのか。
 あら? と響が声には出さず、わずかに眉を持ち上げた。
 けれども、それも束の間。すぐにふっといつもどおりの冷めた笑みを浮かべてちらりと横目に響を見た。
「さて、どうだろうな」
「面白くない男ねえ」
「面白がられなくて結構だ」
「そこで『もし響が俺の恋人だったら死ぬまで離さない』とか言えないのかしら」
「口が裂けても言えないな、そんな悪趣味な冗談」
「ホント、かわいげがないわね貴方は」
「お前にかわいがられるなんて、ぞっとしない」
「あらそう? 鞭でしばいてたっぷりかわいがってあげてもいいのよ?」
 にっこりと赤い唇に笑みを浮かべる響。それに直親はげんなりとため息をついた。
「そんな女を死ぬまで離さないなんて、悪趣味だと思わんか?」
「あらそう?」
「俺はそんな女は死んでもごめんだ」
「直親さんは女心がわからないのねぇ。鞭でしばく時にあふれ出る愛情がわからないのかしら」
 そんなもの判ってたまるか、と小声で吐き捨てる。
 すると、響は軽く笑った。
「ふふ、冗談に決まってるじゃない」
 本当に冗談なのかと問いたかったが、直親はあえてそれをやめて、ズレた会話の軸を元に戻した。
「で? 一体元の持ち主はどんな女に裏切られたんだ」
「綺麗な子だったそうよ。おとなしい感じの」
 ふと、直親は眉宇をひそめた。
「もしかして、その女の浮気相手は男前だったりしないか?」
 その言葉に響がはた、と瞬きした。長い睫が揺れる。
「あら、そのとおりよ。どうしてわかるの?」
「七鞘から聞いた。この車に試乗した者で何かが起きたものは、皆カップルだったと。そしてその者たちの顔を写真で確認したら」
「美男美女だったのね?」
「そういうことだ」
 言って、ちらりと直親は横目で響を見た。
「……おとなしい感じの女か」
 そして写真で見た女の顔を思い出す。言われてみれば、七鞘にしても他の女にしても、パッと見しとやかそうに見えた気がする。
 すぐに視線をフロントに戻しながら、直親はため息まじりに言った。
「……だとしたら、お前じゃ無理か、おびき出すのは」
「ちょっとそれどういう意味かしら?」
 響がすぐさま反応する。それに、嘲るような笑みを浮かべて直親が軽く肩をすくめた。
「ほら、それのどこがおとなしい女なんだ」
 あっさりと指摘する。
 ふんと軽く鼻を鳴らすと、響は組んでいた足を解き、背筋を伸ばして座席にかけ直した。手を膝の上に軽く組んで乗せ、にっこりと直親に向けて微笑んでみせる。
「これでどうかしら?」
 確かに、さっきの堂々たる座し方よりは淑女に見えた。ちらりと視線をやった直親が小さく頷いた。
「まあまあだな。外見だけならそれらしく見える」
「なかなか辛辣なのね。でも、これで現れなかったら貴方のイイ男度が足りなかったってことよね?」
「……自分で自分のことを美女だと言うんだな、お前は」
「あら、現れないのを私のせいにしようとする時点で、直親さんは自分がイイ男だって主張してるようなものじゃないの」
「お前の『おとなしい女っぷり』と比べるなら、まだ俺はマシだと思っただけだ」
「そんなにしとやかに見えないかしら」
「せいぜいしっかり猫を被って演技してくれ」
 横顔で答えながら、直親は頬杖をついていた右手をシャツの胸ポケットに差し入れ、中から一枚の紙片を取り出した。それを響に渡す。
「鶴を折ってくれ」
「ああ、式神用のね」
 細やかな紋様が描かれているその紙を受け取り、響は膝の上で丁寧に鶴を折り始める。
 同じような景色ばかりが続くフロントガラスの向こう側を見据え、直親はわずかに窓を下ろした。少し強い風が車内に舞い込む。前髪の先端が目の前で揺れる。
「はい、できたわよ」
 ひょいと顔の横に鶴が差し出される。その鶴の顔の部分で、つんと直親の頬をつつく。
「キス。なーんてね」
「……馬鹿かお前は」
 表情も微塵も動かさずにその手から鶴を奪い取ろうとした、その時である。
 ふっ、とハンドルが急に重みを増した。
「……どうしたの?」
 急に表情が鋭くなった直親に、響が問いかける。すっとその手から素早く鶴を奪い取ると、それを掌に乗せる。
 ふわりとその鶴が、黒い鴉へと転じる。それは宙で二羽に分裂し、一羽が直親の肩に、そしてもう一羽は車の屋根をすり抜けてどこかへ飛び去っていった。
 片手で持っていたハンドルを、しっかりと両手で握る。そして真正面を見据えて言った。
「響、しっかり捕まっていろ」
「何? ……もしかして、来たの?」
「いちゃついてると勘違いされたらしいな」
 はっと響も何かを感覚の端に捕らえてゆっくりと車内を見渡した。身を乗り出すようにして後部座席も確認するが、それらしい姿は見えない。
 と、いきなりガタンと響の座っていた助手席が前にスライドした。はっと直親が左腕を響の前に差し出す。
「大丈夫か」
「ええ、びっくりしたけど平気よ」
 思わずしがみついた直親の腕を離しながら、響は目を細めた。
「助手席後ろに下げたけど、しっかり固定させたわよ?」
「ハンドルにも妙な力がかかったままだ」
 再び両手でハンドルを捕まえ、直親が目を眇める。外に飛び立った式神から送られてくるヴィジョンを見る限り、外的に何かが起きている様子は見受けられない。
 一瞬だけ遠くを見るような目をしたその視線に現実の世界を映し直し、ふとバックミラーへやった。
「……響、後ろ、何もいないのか?」
「ええ、いないけど?」
 響がもう一度後部シートを見る。が、霊感の強い響のその双眸に、妙なものは映らない。
「……なら、そこだな。ハンドル頼む」
「えっ、ちょっと?!」
 いきなり両手を離す直親に驚くが、そのまま勝手にハンドルが左に切れ始めるのを見て、慌てて響が助手席から身を乗り出してハンドルを押さえた。斜めにフロントガラスへ視線を向けながら、勝手に左へ回ろうとするそのハンドルを御する。
「本当にハンドルが取られてるのね」
 妙に感心したように言う響。直親はそれには答えず、左手に符呪を持ち、右手の人差し指と中指で宙に星を描いた。
「臨兵闘者皆陣列在前!」
 鋭く言い放つと、符呪をバックミラーに向かって投げ打つ。符呪がミラーに貼り付くと、そこに一つの男の顔が現れた。ぽっかりと開いた口に、虚ろな眼差し。土気色とも青色ともつかない変色した肌。
 見るからに、負の気を放つもの。
 だが、死霊ではなく、生霊だ。
「っ、ちょ……っと、直親さん!」
 ぐぐ、とハンドルにかかる力が強くなり、響が焦って声を上げた。車が徐々に、左の方へ引き寄せられるように曲がっていく。
 どれだけ力を込めても、助手席からという体勢では我慢するにもほどがある。
 これでは現れたモノに話を聞くどころではない。説得などしているうちに、左側に建てられている壁にぶち当たって、終わりだ。
「死ぬわよっ、私と心中になっちゃうわよっ!!」
 響の訴えに、すぐさま直親が応じて両手でハンドルを握る。そのあまりの素早さに「そんなに私と心中するのはイヤなのか」とツッコミを入れたくなったが、そんな場合でないことを百も承知していたため、響は紡ぎそうになった言葉を呑み込んだ。
 かなり強い力がそこに働いていることを知り、直親が唇の端を緩く持ち上げる。
「女を取られたからと言って、まったく無関係な人間の命をとろうとするのはどうかと思うがな」
「めずらしく意見が合うわね、直親さん」
 ハンドルから手を離し、響が体を起こしてバックミラーへ顔を向けた。頬に符呪を貼り付けられたその顔は、ムンクの叫びのように時折縦長に伸びたり、ゆらゆらと揺れたりする。
 それをまっすぐな目で見つめて、響は柔らかい声で、言った。
「そんなに彼女が大事だったの? その彼女を失って、関係ない人を巻き込みたくなるほどに、すべてが憎くなったの?」
 ハンドルの重みが増す。ちっと短く舌打ちして、直親が左方向へ回ろうとするハンドルを右方向へと切り返す。ブレーキを踏んで車を停めたいところだが、今停めてしまったらこの霊に逃げられるかもしれない。そんな思いが、直親にブレーキを踏むのを躊躇わせた。
 右手に力を込めハンドルを掴み、左手で、俊敏な動きでシートベルトを外して指に符呪を五枚挟み、車内の五方向へ放つ。そして人差し指と中指を揃えて「刀印」を結んで、再び宙に素早く五芒星を描く。
「東方降三世夜叉明王、南方軍荼利夜叉明王、西方大威徳夜叉明王、北方金剛夜叉明王、中央二大日大聖不動明王」
 ふっ、とハンドルにかかる力が弱まった。結界が張られたからである。そのまますぐに霊を強制的に消去できるように空に飛ばしていた式も呼び戻し、自らの肩の上に待機させる。直親が命ずれば、二羽の式神はすぐさまミラーに取り憑いている霊に襲い掛かるだろう。
 だが、それを命じる前に、響がすっと腕を伸ばして制止をかけた。ちらりと横目に視線を流される。
 まかせて、と。
 意思をその眼差しから読み取る。
 その眼差しを再びミラーに宿る霊に向け、響はそっと自分の胸に右手を当てた。
「恨みたい気持ちはわかるのよ。愛した人に裏切られるのは、とても痛いことだから。でも、だからと言って、あなたがここにいても意味がないわ。ここにはあなたが恨むべき相手はいないし、この車ももうあなたのものじゃないんだから」
 ゆうらりと、霊が揺れる。それに、小さく響は笑った。
「こんなところにいて、他の人に迷惑かけちゃだめでしょう?」
 そして、そっと胸に当てていた手を、霊の方へ差し伸べる。
「あなたも幸せにならないと、ね? 誰にも、幸せになる権利はあるのだから。こんなところにいても、幸せはつかめないわよ?」
 言い聞かせるというより語りかけるという感じのその口調は、とても優しかった。慈愛に満ちた母のような優しさだった。
「さあ、還るべきところへ還りなさい」
 これでもしダメだったら、直親は容赦なくその霊を始末するつもりだった。
 が、ふっとその霊が瞬時にして煙のようにそこから消滅した。結界から逃げ出したようでもない。だが結界の中にはもう、その霊の気配はなくなっていた。
 ハンドルにかかっていた異様な力も、もうすっかり消えてしまっていた。
「……いったか」
「……みたいね」
 確認しあう。
 響の言葉に応じるように、霊は『還るべきところ』へ行ったようだった。
 直親は軽く吐息を漏らすと、ふと斜め前に視線を上げた。
「次の料金所で下りて、上下線乗り換えるか」
 後はもう、七鞘のところへ戻るだけだ。今回はあまり必要のなかった式の頭をそっと指先で撫でる直親の横顔を見、響は深く吐息を漏らした。
「本当に危うく心中になるところだったわね」
「ようするに、アレは誰かに話を聞いてもらいたかっただけかもしれないな」
「当の本人はまだ生きてるんだもの。まったく希望もなく生きているというわけじゃないでしょうしね」
 本当に絶望しか見えていないならば、きっと生霊ではなく、死霊がここに現れていたはずだろう。
 自分の人生の幕を引いてから、ここに現れたはずだ。
 穏やかな微笑を浮かべて、響は目を伏せた。
「少し、迷い込んだだけなのねきっと」
 愛憎、という名の、人の心が生み出す深い闇の迷路に。

<燃え尽きるまでバトル!>
 上下線を乗り換え、七鞘のマンションへの帰途を辿るその車中。
 運転席に座っているのは、響だった。
 ふんふんと軽く鼻歌など歌いながら、速度一〇〇キロオーバーペースで走っている。
 一旦高速を下りて車を止め、結界と式を解き放った直親が、空いた運転席に滑り込む響を見て「本当に運転できるのか?」としつこくしつこく聞いたのだが、響は「しつこいわね、ゴールドカード見たでしょう?」と軽く笑ってあしらい、さっさと運転席についてシートベルトを締めてしまったのである。
 運転する気満々な響をわざわざ引きずり下ろすのも面倒で、直親はやむなく助手席に身を置いていた。
 ちらりと速度計に目をやり、直親が眉宇をひそめる。
「おい、一二〇キロも出てるぞ。オービスに引っかかったらどうする気だ」
「え? ああそうね、七鞘さんの車だからまずいわね」
「まったく、もう少し気をつけろ」
 ゆるゆると減速する赤いスカイライン。
 得てして運転が上手い者というのは、他人の運転だとひどく不安になるもので。
 直親も、眉間に縦皺を深く刻んだ状態でずっと助手席にいた。
 それをちらりと横目で見て、響が首を傾げた。
「なんでそんな顔してるのよ」
「お前の運転のせいだ」
「普通に運転してるじゃないの」
「さっきから無意味に車線変更しすぎだ」
「無意味じゃないわよ。前がとろとろ走るから、追い越しただけじゃない」
「それにカーブでもブレーキングが遅い。方向指示器を出すタイミングも遅い」
「……教習所の教官じゃあるまいし」
 せっかく気分よく運転していたところに水を差されて、響は鼻白んだ顔をする。
 その呟きを無視し、直親はふと手の中にある一枚の呪符を見下ろした。
 さっき車を停めた時に、霊が現れたバックミラーを調べてみたのである。すると、その鏡の部分がぱかりと外れたのである。元のバックミラーの上にもう一枚、四角く大きめの鏡がかぶせてつけられていたのだ。
 そして今手にある呪符は、その鏡と鏡の間から出てきたものだった。
 描かれている文様は、五芒星。
 ただの五芒星ではなく、血のような色の逆さ五芒星だった。
「……逆さ五芒星か」
 一体この車の持ち主がどこでこの呪符を手に入れたのかはわからないが、おそらく、この呪符がここにあったから生霊が宿ってしまった、と考えていいだろう。霊を誘う道標のような役割を果たしていたのかもしれない。
 それを折ってポケットにしまうと、直親は窓の外へと視線を向けた。
 と、その時。
「……何あの車」
 ぼそりと、隣から低い声が聞こえた。何事かと直親が顔を上げる。
「どうした?」
 すると、響がビシリと前の黒い車を指差した。
「あの車、私を抜かして行ったのよ!」
「……何?」
「冗談じゃないわ、私を追い抜いて私の前を走るなんて、そんなこと許されるわけがないじゃない」
「おい待て響」
「幸いこの車はよくスピードが出そうだしね。待っていなさいそこの貴方!」
「響、おいちょっ……」
 ぐん、と不意に背後へ引っ張られるような圧力がかかる。響が思い切りアクセルを踏み込んだのだ。窓の外を流れる景色が徐々に早くなっていく。
「ふふふふ、私に勝とうなんて十年早いのよ!」
 キキ、とタイヤをきしらせて強引なハンドルさばきで左に車線変更すると、響はさらにアクセルを踏んで車を加速させる。
「さあさあさあ、私に勝てるかしら?!」
 さっき追い抜いていったばかりの黒い車を、改造マフラーの爆音を響かせながら追い抜く。そしてこれ見よがしにまた乱暴なハンドルさばきで右車線にいたその車の前へ入り込んだ。勢いで直親の体が横に大きく揺れる。危うく窓ガラスに頭をぶつけそうになり、直親が怒鳴った。
「って、おいっ、こんなところでカーチェイスでもやる気なのかお前は! それに左車線は追い越しで加速するための車線じゃないだろう!」
 だがそんな直親の言葉はもはやまったく耳に入れず、響がまたアクセルを踏み込む。
 隣に、さっきの黒い車が並んでいた。
 メラメラと熱い炎を胸に燃やしながら、響が爛々と輝く目で前方を睨みすえた。その唇にはうっすらと笑みが浮かんでいる。
 嬉々としたその表情。当然、直親の非難の声は届いていない。
「ふふふ、抜かせないわよっ!」
「響!」
 速度はすでに一四〇キロをオーバーしている。前方には車の影なく、二車線使っての暴走劇が繰り広げられる。車がいないのは幸いというべきか。それとも、車がいてくれたらこの馬鹿げたレースはさっさと幕を下ろしていただろうか。
 隣の車も、しっかりぴったり横についてくる。
 ちっと短く響が舌打ちした。ちらりと横を見て、隣の車の運転手を見る。
「生意気ね、坊や!」
「こんなところでバトってどうするんだ、おい響!」
 と、前方にカーブが迫る。サッと直親の顔がこわばった。
 そのカーブを曲がるにはどう見てもスピードオーバーだった。
「響っ、ブレーキ! 俺はお前と心中するのはごめんだと言っているだろう!」
「ふふふふ、甘いっ、カーブはブレーキングが命なのよ!」
 何かのタイミングを見計らうかのように、響がじっと正面を見据えている。
 対抗するように走っていた隣の車が、ふっ、と減速した。
 それを見て、艶やかな笑みを浮かべる響。
 会心の、勝利の笑みだ。
「甘いわ坊や! ブレーキは、ここよ!!」
 キッ、と強くブレーキを踏む。そしてハンドルを切る。
 大きく車体が振られる。そして横にすべった。
 その瞬間、直親は響にハンドルを握らせたことを激しく後悔していた。依頼をこなしたとしても、ここで車を大破させたらまったくもって意味がない。
 が。
 響はそんな後悔などものともせず、ブレーキを離す。そしてアクセルへと足を素早く移動させた。
 と、見事に車は元の車線に戻り、何事もなかったかのように走り出した。くすくすと響は満足げな笑みをこぼしている。
「なかなかいい勝負だったわ、久々に燃えちゃったわよ」
「…………。……お前……」
 げんなりとした様子で呟く直親を、きょとんとした顔で響が見る。
「どうしたの直親さん? あ、もしかして酔っちゃったのかしら? 酔い止めだったら私のバッグの中に入ってるわよ?」
「……お前が運転する車には、絶対にもう二度と乗らん」
 ぼそりと呟かれたその台詞に、響は「あらどうして?」とさらにきょとんと首を傾げた。
 他に車がいなかったからできたようなものの、もし別の車がいたら惨事になっていたところである。
 ゆるゆると、車はまた一〇〇キロペースに戻る。一四〇キロオーバーの世界を味わった後だと、その速度でもかなりゆったりとしたものに思えて、直親は肩に入っていた力をふっと抜いた。
 その瞬間。
「あっ、あの車、私を抜くなんていい度胸じゃないの!!」
 また違う車に抜かれて、響がアクセルを踏み込んだ。
「だからっ、やめろと言っているだろうが!!」
 横から直親が怒声を上げるが、もはや響はまったく彼の話を聞いていないようだった。

<終>
 それから。
 何度ものバトルに付き合わされた直親は、かなりぐったりとしていた。
 けれども響は軽やかな足取りで、
「あー楽しかった。それじゃまたね、直親さんっ」
 と艶やかな微笑を残してすでにこの場から去っていた。
 この場。
 すなわち、七鞘のマンション前だ。
 一応、無事にここまでたどり着けたのである。直親にしてみればそれは奇跡と言ってもいいほどのものだった。
 途中、何度「もうここで俺は終わりだな」と覚悟を決めたかわからない。本当に、ここに今いることが奇跡としか思えなかった。
 ここへ訪れた時は真っ青だった空も、今は黄昏色に染まっている。
 すでに七鞘に報告は済ませ、後は帰宅の途につくだけという状態で、直親はゆっくりと一つため息をついた。
 その傍らには、今度の依頼の仲介人がいる。
「かなりお疲れのようですが」
 言われて、直親はこめかみに指先を当てて緩く頭を振った。
「体よりも、精神的にな」
「お疲れ様でした」
 さらりと、ねぎらいの言葉を口にして鶴来那王はかすかに笑った。それに、ふと直親は視線を合わせて問うた。
「その後……あの男とはどうなんだ?」
「あの男?」
 緩く首を傾げるようにして問い返す鶴来に、ミラーの間から出てきた呪符を差し出す。
 記されている、血のように赤い逆さ五芒星。
「まだ懇意にしているのか?」
 その呪符に視線を落としている鶴来の顔を眺めながら、直親は言葉を改めた。
「懇意にしているようだな」
 呪符を指先で挟んで直親の手からするりと奪い、鶴来はそれを口許に当てて目を伏せた。
「命を狙われているわけですから、俺が死ぬまでは多分、懇意にお付き合いしていくことになると思います」
 淡々とした口調で言う。それに、直親が目を眇めた。
「狙われているのが判っているなら、何故その呪詛を返そうとはしないんだ」
「俺にはそんな力、ありませんから」
「だったらそのままおとなしく殺されるのを待つ気か?」
「そうですね。それも手かもしれない」
 冷めた顔で他人事のように言う。そして小さく笑った。
「貴方が気になさるようなことではありません。お気遣い、ありがとうございます」
 それは、遠まわしに「放っておいてくれ」と言われているようだった。何か言おうと口を開きかけるが、紡ぐべき言葉が見つからない。
 無言のまま立ち尽くす直親に、ふと鶴来が目を細めて優美な微笑を浮かべた。
「死なないために、あなた方にこうして依頼をこなしていただいているんです。感謝しています」
「…………」
 どうして依頼をこなせばお前が死なないのか。
 そして、もう少しあの男のことも訊いてみたくなったが、なんとなく、これ以上しつこく問いを重ねても鶴来は何も答えないような気がして、何も言わずに直親は踵を返した。
 その背に。
「久我さん」
「……?」
 呼びかけられて肩越しに振り返る。が、鶴来は曖昧に笑っただけだった。
「……いえ、なんでもありません。お疲れ様でした」
「…………」
 何も答えず無言のまま、直親はまた背を向けて歩き出す。
 と、その肩に何かがふわりと舞い降りた。
「?」
 見やると、肩先に真紅の鷹が一羽、乗っていた。実質的な重みを持たないそれは。
 式神。
「?!」
 はっと背後を振り返るが、そこにはもう、鶴来の姿はなかった。
 肩に乗った真紅の鷹の額で、金色の逆さ五芒星が黄昏の陽光に鈍く、煌いていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0095/久我・直親(くが・なおちか) /男/27/陰陽師】
【0116/不知火・響(しらぬい・ひびき)/女/28/臨時教師(保健室勤務)】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの逢咲 琳(おうさき・りん)です。
 この度は依頼をお請けいただいて、どうもありがとうございました。少しでも楽しんでいただけましたでしょうか?

 久我直親さん。再びお会いすることができてとてもうれしいです。3度目の参加、どうもありがとうございます。
 プレイングでの不知火さんとのやり取りが面白かったので、その辺りをうまく生かせていればよいのですが…どうでしょう。
 ラストで久我さんの元に残された式神は、今後もし鶴来が登場する逢咲のシナリオに再び参加されることがあれば、その時になんらかの効力があるかもしれません。普段はどこか行っちゃってていないので、久我さん、お気になさらず日常生活送っていただきけると幸いです(笑)。

 よろしければ、お手隙の時にでもこの作品についての感想などいただけるととても嬉しいです。
 それでは、また会えることを祈りつつ。
 今回はシナリオお買い上げ、本当にありがとうございました。