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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


断罪の十字架
▼発端
 出勤してすぐにコーヒーを煎れ、新聞をデスクの上に広げる。
 まだ他の社員はほとんど出てきていないので、のんびりできる時間帯だと言えるだろう。
 碇麗香(いかり・れいか)はコーヒーを口に運びながら、三面記事をチェックしていた。
「一家4人焼死体で発見。歌舞伎町で外人牧師がリンチにより死亡。うーん…もうちょっとこう、そそる事件はないのかしらねぇ」
 最近よく月刊アトラスでも取り上げるようになった『不思議な』事件。
 麗香が待ち望んでいるのは、まさにそれだった。
 いささか不謹慎かもしれないという自覚はあるのだけれど。
「…多摩川で河童目撃?ネッシーじゃないんだから…」
 ため息混じりにつぶやいた、その時。
 デスクの上の電話がけたたましく鳴った。
「はい、月刊アトラス編集部」
『ももももっ、もしもしっ!編集長ですか!?』
「三下くん?なによそんなに慌てて」
『大変ですっ、横浜の聖エトワール教会にゾンビが集まってるらしいんですよぉっ』
「…夢でも見たわけ?」
 今日の三下は遅番だったはずだ。ならばこのくらいの時間には、まだ寝ていても不思議ではない。
 だが三下は、焦って呂律が回らないながらも言い募った。
『知り合いが横浜に住んでるんですけど、その人が見たって…外人墓地から現れたゾンビが人を襲いながら、教会に向かってるって…』
「わかった。念のために取材にいってもらうわ、ありがと」
 とりあえず面白そうなネタならば、飛びついてみれば良い。
 現場に行くのは麗香でなく、『彼ら』なのだから。
 三下の電話を切り、電話帳から何人かの名前をピックアップしてから再び受話器をあげる。
「もしもし、月刊アトラスの碇だけど――ヒマだったら、ゾンビ退治しに行ってくれない?」


▼祈り−1
 徐々に身体中の感覚が麻痺していく。
 痛みも悲しみも苦しみも全て、憎悪に姿を変えて――


▼企てる者
 通勤・通学ラッシュの満員電車であるにも関わらず、その男の周りだけ妙に空(す)いていた。
 それもそのはず男の容貌は、段々と暑くなってきたというのに黒ずくめ、ところどころに黒い房の混じった赤い長髪を後ろに流し、サングラスに遮られた瞳には『何を考えているのかわからない』恐ろしさがある。
 そして極めつけは、右頬にある龍の頭の刺青だ。
 首から下には龍の胴体以下が彫られているのだが、そこまではわからない――もしわかっていたら、彼の周りには全く人がいなかっただろう。
(チッ…なんだってんだ) 
 不機嫌さを隠そうともせず、黒月焔(くろつき・ほむら)は舌打ちした。
 小さなバーを経営している27歳。オカルト全般に精通し、裏ではその方面の『仕事』も請け負っているが、決して『ヤ』の付く人ではない。 
 年齢よりもだいぶ若く――10代と言っても通じるであろう。 
 焔は麗香から連絡を受けたあと、オカルト関係の知り合いのところで『聖水』を借り、ゾンビ退治にやってきたのだ。
(うまくいったら、ネクロマンシー(死霊術)系のブツとか手に入るかもしれねぇしな)  
 ほくそ笑む焔を乗せた電車が、JR横浜駅に到着する。 


▼祈り−2
 突然、数人の少年たちに、路地裏に引きずり込まれた。
「ここを何処だと思ってんだ?日本だぜ、ニッポン!」
「外人がデカイ面して歩いてんじゃねぇよ!」
 したたかに顔面を殴られ、地面に転がる。
 その拍子に、胸ポケットから十字架(ロザリオ)がこぼれた。
 拾おうと手を伸ばすと、少年のひとりが容赦なくその手を踏みつける。
「なんだこいつ、シューキョーでもやってんのか?」
 別の少年は十字架を拾いあげると、見せつけるようにしながらそれを投げ捨てた。
 嘲笑。
「バーカ、キモイんだよお前っ」
「こんなやつ殺しちゃおうぜ」
「死んじまえっ」
 死んでしまえ――


▼聖なる領域へ
 教会の近くに到着した黒月焔(くろつき・ほむら)は、妙な違和感を覚えた。
(おかしい――なんで誰もいないんだ?) 
 おそらく警察関係の車や人員でごった返しているだろうとの予想だったのだが、人の気配がない。
 いや――この近辺に感じられる気配の数は、自分も含めて5つだ。
「これは、あんたの仕業か?」
 振り返らずに、背後に声を投げかける。
「ええ。人払いの障壁を張らせていただきましたわ」
 透き通ったソプラノの声が返ってきた。
 焔から数十メートル離れたところに、ラフィエル・クローソーが微笑をたたえて佇んでいる。
「本当は教会そのものに障壁を張って、死者の方々が入れないようにしようと思ったのですけれど…もう皆さん、中に入られてしまったようですの」
「…障壁?何者だ、てめぇ」
 焔が振り向きざまに鋭い視線を投げかけると、ラフィエルは上品にお辞儀をした。
「ラフィエル・クローソーと申します。月刊アトラスの関係者、と答えるのがよろしいかしら?」 
「なんだ、ご同業か。俺は黒月…黒月焔だ」
 焔は言いながら、ラフィエルの『向こう』に視線を送る。
「もうひとり、そこにいるだろう?出てこいよ」
 しばらく沈黙が続いたが、ややあってひとりの女が姿を現した。
「てめぇも同業者か?」
「てめぇじゃなくて、風見璃音(かざみ・りおん)よ。私はあなたたちの邪魔をする気はない――だからあなたたちも、私の邪魔をしないで」
 璃音はそう宣言すると、教会へ向かって歩き始めた。
「ご一緒に参りませんか?」
 横を通過するとき、ラフィエルに声をかけられる。
「好きにして」
「わかりましたわ。それでは、私も参ります」
 歩き出した璃音とラフィエルに、焔は小さく舌を打つ。
(まったく、勝手な女どもだ)
 3人は教会の敷地内に入った。
「いやなニオイ――」
 『銀狼族』である璃音の鼻は、人間の何倍も性能が良い。
 ただよう死臭に顔をしかめた。


▼終幕への序章
「少し、待っていただけませんこと?」
 教会の扉を開こうとしたところで、ラフィエルが焔(ほむら)と璃音(りおん)に声をかけた。
「なんだ?」
 扉に手をかけたまま、焔がラフィエルに問う。
「後お2人ほど、こちらへ向かっていらっしゃるようですわ」
「そういや、気配がこっちに向かってきてるが――味方だって保証はねぇぞ?」
 焔が言うと、璃音もうなずいた。
「そうよ…待つなら貴女ひとりで待てばいい」
「大丈夫、もう着かれるみたいですから」
 ラフィエルが微笑むと同時に、教会の入り口に女性がふたり、姿を現した。
 修道服に身を包んだロゼと、セーラー服姿の朱姫(あけひ)である。
 どうやら相当の距離を走ってきたらしく、朱姫は肩で息をしているが、ロゼは全く呼吸を乱していない。
「ロゼ…これだけ走っても、あなたは疲れないのか?」
「疲労など、感じたことがないな」
 無表情に答えるロゼの視線は、焔ら3人のほうに向いていた。その視線を受け、
「どうせ中には大勢いるんだ、こっちも人数は多いに越したことはないか」
 焔は苦笑するとサングラスを外し、ジャケットの胸ポケットにさす。
 これが、今回麗香を通じてこの依頼を受けた5人であった。
「行きましょう」
 璃音に言われ、焔が教会の扉を開く。
 その向こうに待っていたのは、地獄のような光景だった。  


▼祈り−3
 なぜ、このような事になってしまったのだろう?
 薄れ行く意識の中で、自分自身に問いかけた。
 答えは浮かばない。
 ただ、涙が頬を伝った。
 たまたま歩いていた道で、運悪くあの少年たちに出会い、そして今、自分は死にかけている。
(主よ――私を貴方のもとにお導き下さいますか?)
 いったい何がいけなかったのだろう?
 主の教えを遵守し、真っ直ぐに生きてきたつもりだったのに――。
 

▼断罪の十字架
 教会に入ってまず目を引いたのは、巨大な十字架のオブジェである。
 ラッパを吹いた天使がふたり、十字架の周りを飛んでいるかのようなそのオブジェの真下には、祭壇がある。
 その場所で、男がこちらに背を向けていた。
 漆黒の修道服に身を包んだ、牧師である。 
「やっぱりな…」
 焔は今朝、出がけに見たニュースを思い出した。
 歌舞伎町で外人牧師がリンチに遭って死んだ。たしか、そんな事件があったはずだ。
「あの人、ちょっと透きとおって見えないか?」
「ええ…暴行事件で亡くなられた牧師さまの、幽霊だと思いますわ」
 朱姫の問いに、ラフィエルが表情を曇らせる。
 牧師がこちらに気付いて振り返ると、祭壇の周りに集まっていたゾンビたちも、こちらを向いた。
 その数は、到底数えきれるものではない。
「あいつが黒幕ね…私はあいつに聞きたいことがある。だから話がすむまで邪魔はしないで」
「いいだろう…私は私の定めのもと、死人どもを殲滅する」
 シュル…とロゼの腕からワイヤが垂れると同時に、璃音が走った!
 それをめがけて、一斉に襲いかかるゾンビたち。
「邪魔よ、汚らわしい!」
 地を蹴って、璃音の足が伸びた。
 ゾンビの頭に蹴りを放ち、その反動で牧師のほうへと跳躍する。
「俺も負けてられねぇな…!」
 焔も、聖水を片手にゾンビたちに突っ込んでいった。
 得意の能力『龍眼』――己の眼と刺青龍の瞳を紅く輝かせることによって使う幻覚――は、相手に知能がないと使えないが、それなりに修羅場をふんできたので、肉弾戦もそれなりに得意だ。
 突きを繰り出してきたゾンビの腕を逆にとらえると、片手でゾンビの頭を鷲掴みにする。そして、
『熾天使の六の翼がうち下ろされるとき、日と月と星とが翳(かげ)らん!』 
 聖魔術の呪文を唱えながら、聖水を浴びせた。
「ぎしゃあぁぁぁっ!!」
 苦悶の声をあげながら、ゾンビの肉体から煙が上がっていく。
 その横を、一陣の風が疾(はし)った。
 ロゼである。
「私は闇より神に取り上げられ、邪悪をこの天地神明の一切より殲滅する業を与えられた者!!」
 高らかに宣言しながら、短剣を投げつけ、ワイヤーを投射する。
 ロゼの手により、大半のゾンビが地に還っていった。
「ゾンビさんたちを、説得することはできないのかな」
 武器を何も持たない朱姫は、ラフィエルに守られるようにして立っている。
「残念ながら…死者は自我を持ちませんのよ。牧師様の霊にも、話が通じるかどうか…」
 いつでも攻撃できる体勢で、ラフィエルは祭壇の様子を見守っていた。
 祭壇では、璃音と牧師が対峙している。
「あなたは『黒狼』を知っている?」
 今にも噛みつきそうな勢いで、問いかける璃音。
 牧師は憎悪に燃えた瞳で、凄絶な笑みを浮かべた。
「さあ?答える義務はありませんね」
「このっ――」
「なぜ愚かな日本人ごときに、神の使徒である私が?」
 振り上げた璃音の腕を、牧師はいともたやすくひねり上げた。
「――つうっ!?」
 璃音が激痛に顔をゆがめる。
「思い知りなさい――あなたたちの罪を!」
「お待ちになって、牧師様」
 牧師の腕を、光の矢が払った。璃音は自由を取り戻すと、一足飛びにそこから離れる。
 矢を放ったラフィエルは、厳しいまなざしで牧師を見つめていた。
「神の使徒?ずいぶんと勝手なことをおっしゃいますのね――傲慢にもほどがありますわ」
「何を…」  
 牧師がうろたえて、後ずさる。
 朱姫の目には、ラフィエルの背中に天使の羽根があるように見えた。
 怒りに燃える天使の翼だ。
「貴方はもうこの世の人ではありませんわ。在るべきところに、お還りなさい」
 ラフィエルの腕の中に、光条が生まれる。
 それは、牧師を貫き、霊体もろともに消滅した。  


▼戦いのあと
 全ての死人と牧師の霊が消滅した教会内は、がらんとしていた。
「邪業の主は滅びた…もうここに用はない」
 ひとことだけ告げて、ロゼは教会を去った。
「あの…守ってくれてありがとう。ロゼには礼を言いそびれてしまったな…」
 つとラフィエルの服のすそを引っぱって、朱姫はお辞儀をした。
「気になさらないで下さいね。それより、学校はよろしいんですの?」
「いけない…今から行けば、まだ間に合うかもしれない!」
 ラフィエルに問われ、慌ただしく朱姫も教会を後にする。
 意気消沈した様子でイスに腰掛けている璃音は、ちらりと焔を見やった。
 焔は、なにやら牧師の部屋から持ち出してきて、熱心に読んでいる。
「黒月さん、それはなんですの?」
「こいつは『黒の書』っていって、蘇生術――つまりゾンビの作り方が記された本だ」
 思惑どおりにネクロマンシーに関わるものを手に入れた焔は、満足そうに笑みながら書物を閉じた。
「じゃあ、俺は帰らせてもらうぜ。牧師も成仏できたようだしな」
「ええ。あとは人払いの障壁を解除して、警察の方にお願いしましょう」
 ラフィエルもうなずくと、出口に向かって歩き出した焔を追った。
「風見さん?貴女はどうなさいます?」
 途中、振り返って璃音に声をかける。
「帰るわよ…今回は何の情報も掴めなかったけど、ぜったい諦めないんだから!」
 軽くイスを蹴って立ち上がる璃音に、ラフィエルは微苦笑した。
「おいおい、器物破損じゃないのか?」
「うるさいわよ、全部ゾンビのせいなんだからねっ」
 冷やかすように言った焔に、璃音が反論する。
 くすくすとラフィエルと焔の笑い声がもれ、さらに璃音が噛みついた。

 去って行く3人を、ラッパを吹いた天使たちが見下ろしている。
 心なしか、彼らは微笑んでいるように見えた――。   

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■      登場人物(この物語に登場した人物の一覧)     ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0074 / 風見璃音(かざみ・りおん) / 女 / 150歳 / フリーター】

【0423 / ロゼ・クロイツ / 女 / 2歳 / 元・悪魔祓い師の助手】

【0477 / ラフィエル・クローソー / 女 / 723歳 / 歌手】

【0550 / 矢塚朱姫(やつか・あけひ) / 女 / 17歳 / 高校生】

【0599 / 黒月焔(くろつき・ほむら) / 男 / 27歳 / バーのマスター】

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■              ライター通信                ■
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今回の依頼に参加して下さいまして、ありがとうございました。
担当ライターの多摩仙太(たま・せんた)です。

事件の真相には簡単に気付かれるかと思ったのですが、黒幕を看破したプレイングを送って下さったのは2名でした。
でも皆さん、外れたプレイングではありませんでしたので、今回は見事に事件解決です。
お疲れさまでした!
御縁がありましたら、また私の依頼に参加していただけると嬉しいです。


▼黒月焔様
初めての参加、どうもありがとうございました。
今回のメンバーでは唯一の男性で、さらにルックスも素敵だったので(笑)気合いを入れて書かせていただきました。
いかがでしたでしょうか?
プレイングも、私の考えていたものにいちばん近く、完璧だったと言って差し支えないと思います。
そのボーナスとして、最後にアイテムを見つけることになりました。
似るなり焼くなり、ご自由にどうぞ。今後、私の依頼の中であれば使っていただいても構いません。
ではでは、またお目にかかれることを願いつつ、この辺で失礼します。