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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


白物語「針」
------<オープニング>--------------------------------------
 「これを、見て頂けますか。」
木下真弓、と名乗った少女は両の手の甲を上に向け、テーブルの上に置いた。
 暗い色調の木目の上、作り物めいて白い肌、その中央が、点、と。
 赤い。
 ほんの針先ほどのそれは、痣に見えるが、傷のようでもある。その色があまりに生々しい為だ。
 肩の位置で揃えたウェーブのかかった茶髪を払い、今度は手を返して掌を示せば貫く位置にまた同じ点。
 拭えば肌に細く血の線が走り、指先も同じ赤で彩られる。
 乾かない傷。
「これと同じ物が足にもあるんです。」
「…聖痕ってヤツか?」
 聖痕(ステイグマ)現象、と呼ばれるそれは、イエス・キリストが磔刑に処された際の傷…両の手足、十字に釘で打ちつけられた箇所が傷つき、血を流すというものだ。
 「いえ…多分、違います。」
自分で調べてもいたのだろう、言葉を濁して真弓は俯き、手を合わせる。
 祈りの形のまま爪の先を下に向け、彼女は親指の側をこちらへ向けた。
 黒と藍に精緻な。
 両の手を合わせて初めて形を為すよう、対になった蝶の翅が肌に刻まれていた。
 ただ、違和感があるのはそれが前翅だけである為か。
「タトゥーとかじゃないんです。知らない間にあって、洗っても取れないんです。」
草間は渋い顔で眉根を寄せ、灰皿を引き寄せた。
 既に吸殻で一杯のその端から灰が零れ落ちる。
「本当なんです、信じてください!」
必死の様子は、多分別の興信所をたらい回しにされたんだろう…と、当たりをつけるまでもなく、大概の依頼人が同じ道を通って行き着く先がこの草間興信所であるあたり、少し泣けて来るが。
 草間はしばらく、煙草を玩ぶように指を支点に回してから漸く火を点けた。
「それはいつからだ?」
問いかけに、真弓は疲れた様子でソファに背を預ける。
「八日前、からです。眠ると胸が潰れそうな位に強く押さえつけられて苦しくて、目が覚めると傷とこの変な模様が増えているんです…。」
 八日前…口中の呟きと共に、草間は煙を吐き出す。
「わたし…わたし達、どうなるんでしょうか…。」
「君だけじゃないのか。」
不安と疲労、よく眠れてもいないのだろう、真弓の顔色は青白い。
「わたしと同じ班の子達も…生物室の掃除当番になってから…でも、」
手首で目元を拭う。
「あの子達、おかしいんです、昨日まで一緒に原因とか調べてて、別の興信所にもみんなで行ってたのに、今日になって突然、どうでもいいって…。」
不安を分かち合っていた仲間から見放された心持ちなのだろう。
 肩を震わせ始めた真弓に、草間はなんとも言えぬ表情で言葉をかけようとしたが、上手い台詞が出てこなかったのか結局口を噤む。
 代りに、草間は顔を上げ、事務所の中で事の成行きを見守っていた面々に声をかけた。
「誰か、急いでこの子の学校に一緒に行ってやってくれ。どうやら急を要するらしい−−。」
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 他人の話…それも守秘義務を要する依頼に耳をそばだてるなど誉められたものでないのは承知だが、広いと言えない事務所内、否が応にも会話は耳に入ってくる。
 草間が協力者を求めて事務所内に視線を走らせた際、月見里千里がすぐに動けなかったのは、胸の内で盛る正義の炎に少し周囲を見失ってしまっていた為だ。
「これは、きっと人間標本化を目論む団体の陰謀ねっ!!」
胸の前で力強く片拳を握れば、顎のラインで揃えられた自然な色合いの茶の髪が、動きに併せて揺れる。
 推論は根拠のない自信に裏打ちされ、彼女の中で確定されてしまっている。
 学校指定の黒のローファーの踵を鳴らし、長身に見合った長さの足はほんの三歩でソファの後ろに辿り着くと、千里は依頼人の肩をがっしと掴んだ。
「許しがたい悪行だわッ、人の道にもとる行いだわ、まさしく道に非ず、非道よ、非道!あ、あたしは千里って呼んでね。名字は月を見る里って書いて『やまなし』って読むの、面白いでしょー♪」
少し下がり気味に愛嬌のある目元、感情を写して明るい瞳が、依頼人である真弓とその隣に腰掛けた七森沙耶を映す。
「捜査の基本は潜入よねッ!聞き込みと学校内の見取り図も必要よね!真弓ちゃん、制服貸してね♪ううん、いいの大丈夫!真弓ちゃんの為なら学校の2日や3日休んだってへいきだからッ♪」
千里の生来の人懐っこさが、警戒心を削いだのか、真弓の表情が幾分か和らいだ。
 本人に自覚はなくともひたむきなまでの前向きさは、まま、場の雰囲気を好転させる…度を過ぎる事も多いのだが。
 そして今は、真弓の力になる事に全力を傾ける心積もりで展開する千里の計画を、草間が止めた。
「ちょっと待て!」
たとえどんな弱小興信所でも所長は所長、所の長である。
 他人の…特に目上の人の話は立てるよう躾られている千里は、意外と素直に草間の次の台詞を待つ。
「確かに基本は大事だ…危険が予測される場所に下調べもなく調査員をやるわけにも行かないが、それは飽くまでも時間がある事が前提だ。」
草間の言わんとする事が遠回しで、千里は首を傾げた。
 「これは俺の推測だが…多分、今夜が山だ。明日になれば、彼女も『どうでもよくなる』。」
「それって大変じゃないですか!」
千里が発した驚愕の叫びを予測し、事務所内の全員が耳を塞いでいる。賢明である。
 「大変、沙耶ちゃん!真弓ちゃんもホラ、急いで学校に行かなきゃ!」
千里は、まだソファに座ったままの沙耶と真弓の腕を取って慌てふためく。
「千里、真弓さんが困ってるから落ちついて、ね?」
沙耶の制止もイマイチ耳に入っていない。
 「だから待て!大体、お前等二人だけに行かせるわけがないだろう!」
草間は一喝し、女子高生を相手に大人げない…とプチ自己嫌悪に陥りながら、デスクの黒電話に手を伸ばした。
 ジーコロ、ジーコロ…今や懐かしいダイヤル式、アドレスも見ずに回す。
 受話器の向こうでリンと小さく鈴の音がした。
「…あぁ、草間だ。今、厄介な依頼が来ててな。すぐ動けるか?…そうだ。……女子校だ。え?女子校だよ………だから、女子校だって!」
…電話先は、ある一語に対してかなり関心があるように思える。
 草間は通話口を片手で塞ぐと、少女達に顔を向けた。
「学校に行くよう言っておくから、現地で落ち合ってくれ…だから!女子校だと言ってるだろうが!」
電話口に向かう草間の見幕に、千里と沙耶は顔を見合わせると、真弓を伴ってそっと事務所を出る。
 「あの…いつも、あんなかんじなんですか?」
「賑やかでしょう♪」
黙ってしまった沙耶に変わり、千里が返した応えは、多分、真弓が聞きたかった事と少しズレている気はした。


 真弓の高校までの乗り換え1つ、駅4つの行程で、主な話題は落ち合う先の調査員の人柄、についてであった。
「あそこまで拘る人って…絶対アレよね!マニアよね!」
千里は、疑うべくもない、とばかりに自信たっぷりに断言する。
「そんな人に任せて大丈夫なんですか?」
真弓の不信気に低い声に続く、沙耶の言葉も何処か空々しい。
「草間さんがわざわざ連絡を取る位だから…お仕事は、ちゃんと出来る人だと思うんだけど…。」
 希望的観測に、千里が指を立てて左右に振ってみせた。
「たとえ仕事は出来ても、それ以外で問題アリかも知れないじゃない!更衣室とかに入り込まないよう、あたし達でちゃんと気をつけて置かないと!」
大事の前の小事とはいえ、悪は悪。純真な乙女の園を不埒な輩に闊歩させるワケには行かない。
 真弓の通うミッションスクールは駅から徒歩で15分程の位置にある。
 緩やかな傾斜の坂の上、近年改築されたばかりの校舎が夕焼けを影に切り取っている。
 今、明治に創建された頃の様子を止めているのは制服ばかり、との事。
「真弓ちゃんの制服、着てみたかったのになぁ。」
潜入捜査のスリルも捨てがたいが、真弓が身につけた清楚な制服に、是非袖を通してみたかった…。
 白いブラウスに紺のジャンパースカート。柔らかな生地をベルトで止めれば、自然なドレープが流れて、修道服のラインを意識した古風なシルエットが却って新鮮だ。
「それじゃ、今度交換してみる?」
真弓の提案に、千里は小さく飛び上がり、喜びに胸の前で手を組んだ。
「ホント?絶対ねッ♪じゃぁ三人で制服の取りかえっこしよー♪」
千里が真弓ちゃんの、真弓ちゃんが沙耶ちゃんの、沙耶ちゃんが千里の制服着て、一杯記念写真も撮らなきゃねッ♪
 楽しい事はとことん楽しむ千里の明るさにつられ、沙耶と真弓も笑みを浮かべる。
 ふと、千里は足を止めた。
「沙耶ちゃん、もしかしてあの人かな?」
視線の先、校門の前で紫煙を燻らせる長身の人影。
 色を抜いた金の髪、ダークカラーのスーツに貴色を合わせた装いに隙のない彼は、こちらに気付くと軽く片手を挙げてみせた。
 如何にも軟派な服装…知り合いの陰陽師との沙耶の耳打ちに、千里はとてもそれと見えない陰陽師…真名神慶悟を睨みつけた。
「やっぱり人って見掛けによるのね。」
予想に反してかなり格好よかったのがちょっと悔しかったのである。


 尾に淡い光を散らし、この世ならざる鳥がチチ、と鳴く。
 校舎を別とする特別教室棟に向かい、中庭を抜ける彼らの前をゆるやかに羽ばたきながら白い小鳥が先導する。
 慶悟の術によるかりそめの生命、式神を初めて見た千里と真弓は時折頭上を旋回しながら人間の歩を待つ様に嘆息する。
「可愛いですねぇ。」
「いいなー、あたし生き物は全然ダメだから羨ましいー。」
触れたそうに目で追う千里に問いかける沙耶。
「千里ちゃん、動物苦手なの?」
 その質問にぱちくりと目を瞬かせた千里は、口をOの形にして、手を打った。
「まだ見せてなかったっけー♪」
胸の前で両手を合わせたまま、千里は足を止めた。
 空気の流れが変わり、微細な、だが確実な風の流れが千里に向かって収束する…気付いた面々が、遅れた千里を見遣る。
 静かに閉じられた瞳、慎重な吐息…合わせた手の間、集う微粒子の帯びる白光が、圧力を持って両の手を押し開こうとする、その臨界に。
 ふわり、と。
 千里は肩に込めていた力を抜き、生じた圧迫を包み込むように緩やかに、円を描いて受け取る形に掌を上向けた。
 その上に、ヘッドセットが在った。
 左側のみのイヤフォン部分からマイクが伸び、コードは存在しない…金属の硬質さに銀一色のそれは、応じるように一度、白い輝きを見せる。
「これでアストラル体とお話出来るよー♪これがあたしの七つのヒミツの内のひ・と・つ♪」
早速装着し、「チェック・チェック・ワン・ツー…。」と調子を見る千里。
 沙耶が小さく拍手を送り、真弓はちょっと現実について行けなくて遠い目になり。
「全然秘密にしてないだろう。」
慶悟が一人寂しくつっこんでみていた。


 生物準備室は、雑然としていた。
 教材に使うにしろ、年に何度も日の目を見る事もないであろう、何のモノと知れない茶色く変色した骨体標本、内蔵をさらけ出したホルマリン漬け、そして夥しい量の昆虫標本。
「創設時の生物の先生が、昆虫の研究をされていたそうで…収蔵品をそのまま学校に寄付されたんです。」
真弓が示す壁面を覆う形にしつらえられた棚、木製に薄い箱が幾重にも重なり、そのほとんどが蝶類のものだ。
 幾何学的な彩りが綺麗で、手近な標本に手を伸ばす。
「真弓ちゃんが掃除を始める前に、新しい標本が入ったりしなかった?」
問いかけながら箱に触れる。
 白く積もった埃が湿気を含んだ感触に、千里は慌てて指を引っ込めた。
「いえ、こんなにあるし、あんまり使ってないし…そう、触ってもいないのに、どうしてこんな…!?」
事の理不尽さに、真弓の語尾が強くなる。
 ヘッドフォンから、ノイズのように呟き続けるのは、歪に死の瞬間を止められたまま、薬液の中でいつ果てると知れぬ時を過ごすモノ達の意識か。
「標本作りの機材は置いてないのか?特に注射器や、虫ピンなんか。」
「知りません…でも、ここで作ってたんじゃないから、ないと思います。」
視線を落とす先、組んだ手に開く蝶の翅。
 沙耶の物問いたげな視線に小さく頷く。
 人を標本にしようなどと許すまじ…と意気込んでいたものの、それらしきものが何もないのに、実際拍子抜け、である。
 希望としては、黒いマントなんかを羽織った人物が屋上で高笑っていると解りやすかったのに。
 地道に探りを入れるしかないようである。
 千里は小型マイクを口元まで持っていき、雑音が入らないよう、ヘッドフォンを片掌で覆う。
「誰かあたしとおしゃべりしませんかー?」
さわさわと、雑然とした呟きの中で強く応じる声があった。
 慶悟が真弓の肩を叩いて、邪魔にならないよう、壁際へと退く。
 瞠目する沙耶、左耳のヘッドフォンに集中する千里…真弓もさわ、と声無き声のざわめきを幻聴いた気がした。
 と、同時に千里と沙耶は顔を上げ、微妙な表情で首を傾げ合った。
「どうした、原因がわかったか?」
慶悟の問いに、沈黙を守る二人…おもむろに、昆虫標本と反対の棚、ホルマリン漬けの瓶が並ぶ一角へと移動する。
 開きになった蛙の標本を手にする千里。
「この蛙さんが…。」
「…あなたね?」
同じ状態の鼠の入った瓶に触れる沙耶。
 彼女等は思い思いの場所に、それらを移動させた。
「………おい?」
慶悟が心底訝しげだ。
「だって…。」
少女達は口ごもる。
「蛇が恐くて落ち着いて死んでられないって…。」×2
蛙と鼠の標本の裏、誰が置いたか口中の赤も鮮やかなコブラの剥製が鎌首をもたげて威嚇していた。

 ともかく。
「それ以上に強い思念はないってワケか。」
それでは、この妖気に説明がつかない。
 通常のそれよりは強く、人に仇なすに希薄な。
「真弓さんのお友達に、来て貰えないかな。」
八方塞がりの七方まで埋まってしまった現在、沙耶の提案が最後の手段か。
 携帯電話を取り出す真弓の表情は暗い。
「……ホントは学校に来る前に連絡入れてあったんです。きっともう、来てくれないと思う…。」
唇を噛み、真弓はリダイヤルの操作をする。
 両手を添え、携帯を耳に添える真弓の不安な表情を見守るしかなく、応答があるまでの沈黙が重い…と、思いきや。
 扉の向こうから、軽快な16和音が。
「きゃッ、誰?あ、真弓!?」
扉の向こうからのくぐもった声が、
「びっくりしたー、遅いじゃん、何やってんのー。ミンナずっと生物室で待ってんのにー。」
真弓の携帯からの電子合成音に唱和した。
「よかったね、真弓ちゃん!」
我が事のように喜色を浮かべた千里が生物室へと繋がる扉を開く。
「待て!」
慶悟の制止に、千里が「え?」と振り返るが、僅かな隙間を縫い、溢れ出す濃密な…妖気。
 冷たさに圧されるように開く扉、流れ込み、色を変える空気。
 通話を切る、短い音。
 含み笑いが、重なる。
 生物室の後方…その壁一面にかけられた、蝶の標本、鮮やかな色彩の群れ、それを人の形に遮る影。
「真弓、遅かったね。」
慶悟が先んじ、少女等を背に庇う形で生物室に踏み込む。
 影の内、ひとつがカーテンから洩れ入る電光の領域へと歩みを進めた。
「立香…。」
真弓の呟く、それが彼女の名らしい。
「興信所の方ですね?真弓にちゃんと説明しなかったから、ご足労をおかけして…。」
目の笑わない笑みを向け、立香はす、と手を目線の位置まで上げてみせた。
 示された其処に、蝶の翅はない。
「一日待てば、消えるんです。だからもう心配ないのよ、ねぇ真弓。」
「大丈夫、真弓のもすぐだから。」
「風邪で初日休んだじゃん?だからミンナのより遅かっただけだよー。」
「ゴメンね、心配させちゃってー。」
くすくすと、他の女生徒の笑いが空気を震わせる。
 慶悟が沙耶達がそれ以上踏み込まないよう、片手で戸口を遮り、口の端を上げた。
「お前達は何だ?」
問いに返る応えはなく、ただ笑いがさざめく。
「……悪障為すは捨て置けず、だ。敵害するならばそれなりに正す。」
部屋全体に宣するように。
 立香が、足を進めた。
「…私たち、何も悪い事してませんよ?」
慶悟の胸に片手をあてる。
「大人達の都合を、ずっと我慢してるだけで。」
「慶悟さん…っ!」
瞬間、立香から妖気が溢れ出た。
 警戒の声を上げる沙耶の手を真弓が強く引き、両手で強く握り締める。
「痛………ッ!」
激痛が走り、血の珠が床に滴り落ちた。
「真弓ちゃん、どうしたの?沙耶ちゃん離してッ!」
千里は慌てて二人の間に入り込み、力任せに押すと真弓は生物室の方へ倒れ込む。
 沙耶の掌に深く、貫通する形で傷が生じている。千里の、それのように。
「あなたも大人にならないでいいの。」
「そう、ずーっとこのままで居られるよー。」
生物室から笑みと共にからかう口調から沙耶を庇い、千里は不快感に唇を噛みしめた。
「慶悟さん…魂が…彼女達、魂が入ってないです!」
堪えるように千里の腕を強く握った沙耶の声…紛れてヘッドフォンが小さな声を拾った。
『沙耶さん、千里さん…!』
切なる叫びの先を求め、視線を走らせれば倒れる真弓の手の蝶の翅が僅かに燐光を帯びて薄れつつあった。
 そして、その先、少女達が守るように背にした標本箱の一つが淡い光を浮かべながら一羽の蝶の姿を浮き上がらせた。
 沙耶を支えた手と別、右の掌に凝縮させた光は片手で押さえ切れない激しい光芒を放ちながら、銀の短銃へと変じる。
「あそこ!」
重い響きで発せられた弾丸は、少女達の間を抜けてその背後の標本箱を撃ち抜き、慶悟の式神が惑乱に飛び交う。
 青白い雷光が慶悟の手にした符から爆ぜ、立香が怯んで後ずさる。
「水火相打ち、風雷相通ず!巽より!急々!」
視界を白く染め上げ放たれた雷は、千里が先に示した標本箱へと走り、砕く。
 同時、少女達が短い悲鳴と共にくずおれた。


「加減はしたんだが…。」
床に倒れたままの、一人一人の息を慶悟が確かめる。
 呼吸はあるが、ぴくりとも動かない。
 沙耶は硝子が砕け、焼け焦げた標本箱を手に取った。
 …内、紺と青と黒を基調にした翅を持つ蝶の標本だけは何故だか無事だ。
 沙耶の傷ついた掌が、胸の十字架を握る。
「真弓さん、立香さん…皆、大人になってもいいじゃないですか…?」
訴えは、静かに。
「私たち、確かに何の力もなくって与えられるものを受け止るのが精一杯で、受け止められないことも沢山あって……上手に言えないけど。」
沙耶は穏やかな微笑みを浮かべた。
「私、兄さんが三人居るんです…強くて、優しくて。兄さん達は子供の時からずっと大人で。それはきっと姿形じゃなくって、子供を、私を受け止めようとしてくれる強さが大人なんだと、私はそう信じてます…。」
だから。
「信じないと決めつけないで。」
そっと標本箱を壁から外す。
 赤く濡れた銀の十字架が胸元で揺れた。
 はた、と。
 空気を打つ、気配。
 ふわりと風を生み翅で打ち、舞い上がる蝶は、それぞれに倒れる少女達の口元へと舞い降り、崩れる粒子となって消えた。
「良かったぁ。」
見守っていた千里が安堵の息を吐く。
『ワレラトコシエニ…。』
ふ、と沙耶の瞳が焦点を失い、口元が低く言葉を紡ぐ。
『トコシエニ、姿ヲトドメルガツトメ。クチヌ姿ヲ在ラセルガツトメ…。』
 空になった標本箱を慶悟が取り上げた。
「仕事熱心な虫ピンだな。」
底の隅、変色し朽ち焦げた紙に「明治参年」の文字が見える。
 そう在るしか出来ぬまま、徒に過ごす年に得た力に囚われたのは、さて、物か人か。
「もういいから休め。」
取り出した符から炎が生じる。
 慶悟は標本箱にその火を移し、手を離す。
 現出した業火に木箱はもとより、金属の針も溶け流れて縮み、呆気なく床に落ちるよりも早く燃え尽きたそれは、灰すらも残さずに消え失せた。


 真弓との待ち合わせまで少し時間がある。
 ハチ公前だとナンパが煩いのでモヤイ像前で、とメールを打ったついで、顔馴染みからのメールに返信する。
『今回の事件じゃそんな見えなかったけど、所長さんの言いようだったら絶対そう!女子校マニアでさえなければ結構イイカンジなのに、残念だよね〜…。』
 目まぐるしい親指の動きでディスプレイの確認の必要すらなくメールを打ち込む千里は、人混みの中に真弓の姿を認めると、喜色を浮かべて手を挙げた。
「すっごい美味シイパフェのお店があるの!真弓ちゃん、バケツサイズでも大丈夫?」
「えっ?えぇ〜と、もう少し小さいのはない…?」
決定…サブメニュー…メール送信…実行。
 目に止める事の出来ない電波は、主観の強い情報を乗せて何処まで行くものやら…それは、メールを受信した者にしかわからないだろう。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0165/月見里・千里/女/16歳/女子高校生】
【0230/七森・沙耶/女/17歳/高校生】
【0389/真名神・慶悟/男/20歳/陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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ご依頼、ありがとうございました、稚拙ながらも執筆に努めさせて頂きました北斗玻璃にございます。
白物語第二弾、シリアスと銘打…ったはずなのになんでこんなにネタが散りばめられ…?
女子校が舞台、と大言を吐いただけあって見事なまでに女子高生です。沙耶ちゃんは可愛いし、千里ちゃんは元気よく動いてくれるし…そしてすいません、紅一点ならぬ紺一点な慶悟氏、色んな目に遭わせてしまいました…愛の裏返しだと思って頂け…ない?ダメ?
ともかくも、ご依頼ありがとうございました、またご縁がございましたら、皆様の大事なキャラをお預かりさせて頂きたく、心より願っております。
それでは、また…。