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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ラブホテル呪術殺人事件

◆オープニング
 瀬名雫がウェブマスターをしているホームページには、毎日怪しげな書き込みが掲示板を埋める。その大半‥‥いやほとんどは他愛ないうわさ話にすぎないのだろうが、わかって読んでいれば楽しめるものもある。そんな書き込みの中にそれもあった。注意して読んでいなければ見逃してしまうほどあっさりとしていた文章だった。

発言者:レイ
 はじめて書き込みをします、レイです。こんなHPがあるなんて知らなかったよ。僕が知っている話を紹介するね。それは呪術を使った殺人事件。殺人現場はラブホテルの部屋で、遺骸のそばには必ず『注連縄』と『形代の人形』と『呪符』が残っているんだって。もう3件の被害が出ているんだけど、そんなに特徴的な遺留品があるのに犯人は見当もついてないらしいよ。あ、新聞やテレビのニュースでは扱っていないみたいだね。少なくても僕は見ていないな。報道管制とかじゃないと思うけど、誰も『呪いで人が死ぬ』なんて信じていないんじゃないかな。そりゃあそうだよね。僕はこれで終わりじゃなくて、まだ事件は続くって思ってる。もし、興味があるなら現場に行ってみたらどうかな? 内緒だけど現場のラブホテル、書いておくからね。じゃあまたね。
 渋谷区道玄坂:ホテルキャッスル

◆絵里佳
 東京は雑多な路地が集まって街になり、街が独立しつつ影響しあって都市を形勢している。むき出しの大地はコンクリートに閉ざされ、川は消え、空から風は消える。こんな場所には鳥も猫も‥‥絵里佳の大切な仲間達である動物は少ない。
「何をしているの?」
 松浦絵里佳(まつうら・えりか)は渋谷駅で不意に声を掛けられた。とっさになんの勧誘だろうと身構える。今までも、渋谷の駅前では数え切れない程のビラを貰った。セールストークを30分以上も聞いていたこともあるし、怪しげなビルに連れ込まれそうになったこともある。どれも本当に絵里佳が困ったわけではないが、後刻友達に言うと必ず怒られる。彼女達に言わせると、絵里佳は警戒心が致命的に足りないのだそうだ。それを散々聞かされていたので、今日はちゃんと5メートルも後ろに下がった。おかげで、3人の人間と派手にぶつかってしまった。
「痛ったぁ‥‥あっ」
 バランスを崩してよろけた絵里佳は、その人物が手を伸ばして支えてくれたおかげで転ばずに済んだ。
「大丈夫? ここら辺って危ないから気をつけてね。じゃあ‥‥」
 その男は絵里佳よりも少し年齢が上の様だった。びっくりして声もでないうちに人混みに紛れてしまう。
「あっ、私ったらお礼も言わないで‥‥」
 絵里佳は男の消えた方角に、深く頭を下げようやく目的地へと向かい始めた。気が付いていなかったが、男が消えた方角と絵里佳の目的地は同じ道玄坂へと向かう道であった。

◆絵里佳・ラブホテル前
 夕日が空をあかね色に染めている。夜になればこの辺りはもっと賑やかになるだろう。絵里佳は目の前をあの男が歩いているのが見えた。さっきは1人だったのに、いつの間にか連れが2人増えている。なんとなく見知った様な後ろ姿だったが、時刻はまさに『黄昏(誰彼)時』である。
「どなただったかしら?」
 首を傾げた時、路地に猫がいるのが見えた。真っ白くて綺麗な猫だ。どこかの家の飼い猫なのだろうか。
「まぁ‥‥どうしました? こんな場所まで1人でお散歩ですか?」
 絵里佳が語りかければ、大概の動物は不思議そうに目を丸くしながらも答えてくれる。だが、この高貴な猫は絵里佳を気に入らなかったらしい。プイッときびすを返して去ってしまう。
「あ‥‥」
 あわてて追いかけてまた転びそうになる。それを後ろから強い腕が支えてくれた。
「え?」
 振り返ると、そこにいたのは御上咲耶だった。
「やっぱりあなただったね」
 咲耶は相変わらず優しい笑顔を絵里佳に向ける。
「さすがですね」
 助け起こされた絵里佳は、咲耶の隣に高御堂将人が一緒にいるのが見えた。そしてもう1人‥‥それがあの駅で絵里佳を助けてくれた人だった。
「この人がレイ」
 咲耶の説明は簡潔だったが、絵里佳も掲示板を見ているのでそれ以上の言葉は要らなかった。
「あなたもそうだったんだね。じゃ一緒に行きましょう」
 レイは笑って絵里佳を招いた。
 問題のラブホテル前には2人の女性が立っていた。
「どうやらあのお2人も私達と同じの様ですね」
 将人がのんびりと言う。レイは一足先に彼女達に向かって歩く。
「あの‥‥」
 口ごもっているのはまだ若い女性だった。絵里佳とそう違わないだろう。茶色の髪を綺麗に編み込みにしている。対するのは青白色の長い髪をした非人間的なまでに完璧な美貌を供えた女だった。
「こういう場所に1人って‥‥あのもしかして掲示板の書き込みを見て来た人ですか?」
 若い女性の語尾が震えているのは緊張しているからなのかもしれない。
「おまえもか」
 青白色の髪の女は言葉を飾らないタイプらしい。その右手首に数珠を巻いているのは、少しミスマッチな気がした。
「なんだかお揃いの様ですね。僕の書き込みを見て興味を持ってくださった方でしょう?」
 レイは場の雰囲気を読まない男なのだろうか、2人のある意味緊迫したやりとりなど知らない振りで話しかけたのだ。
「僕があの掲示板に発言をしたレイです。そしてこのラブホテルが殺人の現場になった場所です」
 レイは何気ない事の様にそれを告げる。
「こんな場所で立ち話もなんですね。どうしますか? 入りますか?」
 将人がラブホテルの入り口を示して言う。なるほどよく見れば集った者達は男女3人ずつだった。3組のカップルとして中に入るのは容易い事だ。
「行きましょう。私の占いがもし当たるとしたら‥‥今夜またここで事件が起こります」
 それが絵里佳がここに来た理由だった。自慢ではないが絵里佳の占いは当たる。それはここで誰かが殺されるということを示すのだ。絵里佳はまっさきにラブホテルへと入る。すぐ後ろから髪の長い女も足音を立てずに続いて入ってきた。初めて来る場所であったが、不思議な場所だと思った。入ったところはロビーとなっていて、そこで部屋を選ぶ事が出来る。基本的には従業員と顔を合わせなくても済むシステムを採用している。
「ここだよ」
 絵里佳と同じ歳くらいの娘と一緒に入って来たレイは、空室だった部屋のボタンを押した。そして続けてボタンを押し両隣の部屋も確保してしまう。
「何故2つも追加するのだ。私達に用があるのは現場だけだ」
 髪の長い美女が不審そうに言うとレイはニコッと笑った。
「僕達は3組ですからね。それに、こうしてしまえばこの階はもうこの部屋しか空いてないでしょ?」
 レイは1つだけライトが灯ったままの部屋を指した。

◆絵里佳・現場は薔薇の間
 そのラブホテルは部屋に花の名前をつけていた。百合、スズラン、カトレア、ひまわり、椿‥‥そして問題の現場は『薔薇の間』であった。3組のカップルの筈なので、薔薇の両隣にあるカトレアとスズランもおよそ2時間は彼らが使うことが出来る。
「あの、こういう場合って本当の名前を明かすのも色々な意味で危険だと思うの。だから、本名で呼び合わない様にしよっ」
 部屋につくなり若い娘が言った。 
「いいですね。では僕の事はクロウと呼んでください」
 将人は楽しんでいる様で、すぐに通り名を告げた。クロウとは鴉という意味だ。いつも黒い服を着ているからだろうか。咲耶はウルフ、娘はシスター、美女はドールと名乗ることになった。絵里佳はエンジェルと呼ばれる。なんとなくこそばゆいがどうせ今だけのことなのだからと割り切る。
「どう思いますか‥‥ウルフ」
 小さな窓を開けて、外を確かめならがちょっと言いにくそうに将人が言った。やはり知り合いを別の名前で呼ぶのはやりにくいのだろう。
「ここが現場だというのなら‥‥この事件は俺達みたいな者が介入するべき事件じゃない。レイ、あなたもそれは知っていたんじゃないんですか?」
 咲耶は厳しい目をレイに向ける。
「なるほど‥‥ここには何もないのだ。術を使えばなんらかの跡が残る。それがここにはないということは‥‥」
 ドールはその名通りの美しい顔のまま素っ気なく言う。
「ここでは術は使われてないということ‥‥だよね」
 シスターがドールの言葉を引き継ぐ。それは薄々誰もがわかっていた事だ。もしも本当にここで呪殺が行われたのならば、建物の外からでも痕跡でわかっただろう。
「でも!」
 絵里佳には我慢出来なかった。だって、ここにはその人達が今でも苦しみながら囚われている。
「でも、ここで人が死んだのは確かです。その人達は今も苦しんでいて‥‥ここから上に上がることが出来ないの」
「‥‥その通り。この部屋には2柱の霊が縛されています。殺された恨みが重りとなって、上に上がることが出来ないのです。ねっ‥‥」
 レイは見えない誰かに声を掛ける様に言った。その時、初めて絵里佳はレイにも霊が見えるという事がわかった。絵里佳の視線とレイの視線は同じ場所を見つめている。そこにこそ、この部屋で死んだ女達の霊がいるのだ。
「あなたは俺達に何をさせる気だ。そして、何故‥‥」
 ウルフの言葉は最後まで続かなかった。遠くで女の悲鳴があがったからだ。こんなに防音の効いた場所で聞こえてくるのだ。余程大きな声なのだろう。
「どこだ!」
「いやー!!」
 絵里佳は抱えてしゃがみこんだ。2柱だった霊が3柱になったのだ。死んだばかりの人間の霊‥‥それは壁を越えてここにやってきたのだ。多分、2柱の霊が呼んだのだろう。到底正視出来るものではなかった。
「ちゃんと見ないと駄目だよ」
 冷静な声がした。レイだった。他の人達部屋の外に出たらしい。
「そんな事‥‥だって、あの人は今ここで殺された‥‥」
 怖かった。霊がではない。人が人を殺すという事だったかもしれないし、それを冷静に受け止める人の存在自体かもしれない。
「キミは何をしにここへ来たの?」
「‥‥あっ」
 そうだった。絵里佳はハッとした。
「犯人を突き止めて自首を勧めるつもりだったのです。それから、死者を成仏させたかった」
 レイはしゃがみ込んだままの絵里佳を助け起こした。
「それなら‥‥彼女達を上に送ってあげて」
 絵里佳がうなづくと、レイは皆の後を追って部屋の外に出た。

◆葬送
 3柱の霊は哀しそうだった。その身はこの地に縛られている。本当は自分の恨みや憎しみに心が重しになって、上に行くことが出来ないのだがそれを認識することが出来ない。出来るだけ優しい笑顔を絵里佳は務めてこの哀しい霊達に向けた。
「もう苦しまないでも良いのです。犯人はもう逃げることが出来ないんです。だからもう暗い心を捨てて‥‥そうしたら光が見えてきます。その光に向かって飛べば‥‥大丈夫、ちゃんと飛べます」
 子守歌の様な優しい声。灰青色だった霊達は次第に色を捨て、仄かに光を湛えはじめる。
「そう。そうです。ほら、自分の身体が軽いのがわかるでしょう?」
 ふわり‥‥と霊達の身体が浮かびあがった。もう死に際の恐ろしい姿はしていない。真っ白な純然たるエネルギーになろうとしている様だ。部屋の中では自由に動き始めた霊達は、だが何故か更に上へと向かうことが出来ないでいた。
「どうしたのですか? もっと上を見て‥‥そうしたら光が見えるでしょう?」
 絵里佳は必死に声を振り絞る。その時、すぐ近くでドサッと重い物が落ちた様な音がした。それを機に霊達は3柱とも上に昇っていった。
「何‥‥一体何があったの?」
 絵里佳は急いで窓に駆け寄る。将人が鍵をしなかった窓から身を乗り出す様にして辺りを見回す。
「あっ‥‥」
 その後はもう声にならなかった。地面には墜落死した見知らぬ男の姿と、それを哀しげに見下ろしているその男の霊がいたのだった。
 レイとはラブホテルを出たところで別れた。シスターやドールは先に帰ったらしい。長居をすれば、すぐに駆けつけるだろう警察に色々と聞かれるだろう。それは面倒だ。
「咲耶君。あの‥‥私達これで良かったのでしょうか?」
 絵里佳はそっと咲耶に尋ねる。もしかしたら、自分たちはレイに踊らされただけなのではないかと思ってしまうのだ。
「‥‥俺にもわからない。何が正しいなんて、人それぞれだから‥‥」
 咲耶の表情にも、どこか切り捨てられない痛みがあるような気がしてそれ以上絵里佳は何も言えなかった。
「ここまででいいんです。有り難うございました」
 渋谷駅の改札で咲耶に手を振る。人混みに流されるように進みながら、絵里佳は無性に兄の待つだろう我が家が恋しかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0046/松浦絵里佳/女性/18才ぐらい/学生
0427/ドール/女性/18才より上/??
0293/シスター/女性/18才ぐらい/??
0092/高御堂将人/男性/25才/図書館司書
0475/御上咲耶/男性/18才/高校生
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■         ライター通信          ■
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 おまたせ致しました。ライターの深紅蒼(しんく・そう)です。私にとって、東京怪談初仕事にエントリーいただいき、ありがとうございます。一生懸命務めさせていただいたつもりですが、まだまだかもしれません。今後も精進していきますので、どうぞよろしくおねがいしたします。
 松浦絵里佳様
占いでは次にまた事件が起こる事はわかりましたが、犯人を特定することは出来ませんでした。ですが、可哀相な被害者達の霊は、絵里香さんの説得で成仏することが出来ましたので絵里佳さん的にはOKでしょうか。本当にお疲れさまでした。絵里佳さんのイメージを損なうことのない文章だと良いのですが、ちょっとドキドキです。同じ依頼を受けた方の文章もちょこちょこっと違いますので、ご覧いただけると幸いです。では、次回もまたご一緒出来ることを楽しみにしています。