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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:電話 〜嘘八百屋〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 おや?
 ちょうど良いところにおいでくださりました。
 もし時間がお有りでしたら、少々手伝っていただけませんか?
 というのも、私の取り扱いました商品のことでございます。
 先頃、当店から『電話』をお買い上げくださったお客さまがおりまして。それ自体は結構なことなのですが、苦情に困じ果てておるのです。
 なんでも、繋いでもいないのに鳴り響くとか。
 受話器を取ると声が聞こえるとか。
 不思議な話もあるものでございますね。
 二一世紀の日本で、幽霊電話でもないでしょうし‥‥。
 どうです?
 もちろん、手間賃はお支払いいたしますよ。
 こちらが買った方のお名前とご住所になっております。
 まずは、ご本人に会ってお話を聞いてみるのが宜しいかと。

 この謎、一端なりとも解き明かしてみませんか?



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電話

 雑踏を抜け路地に入ると、貧相なアパートが眼前に現れる。
 新しい街だろうが古い街だろうが、貧富の差は歴然として存在している。
 そう。
 この世に平等なものなどない。
 地位や金銭だけでなく、消費する酸素の量すら肺活量によって異なるのだ。
 唯一例外なのは時間だけだ。
 誰にとっても一秒は一秒。一日は一日。一年は一年。
 だが、本当は時も平等ではない。
 なぜなら、人によって寿命は異なるからだ。
 ただ、これは一生の何分の一かと測る術を人間は持ち合わせていない。だから、時は平等だと錯覚することができる。
 千年栄華一夜夢。
 詠ったのは、隋の煬帝であったか。
 傲慢な詩だ。
 世界に冠たる大帝国を一代で食い潰した男に相応しい。
 巫灰滋は、憎々しげに吸い殻を踵で踏みつけた。
 豪壮な邸宅というのも腹が立つが、みすぼらしい集合住宅も見ていて楽しいものではない。
 なぜなら‥‥
「不機嫌そうだな。自分の生活レベルと比較していたのか」
 感情のこもらぬ声が響き、巫は視線を上方に送った。
 古びた階段にもたれるように女が佇んでいる。
 銀の瞳と蒼い髪を持つ異相の美女。
 そして、浄化屋にとっては見覚えのある顔だ。
「‥‥どこにでも現れる女だな‥‥怜」
「それはお前も同じだろう」
 溜息混じりの軽口に和泉怜が応える。
 相変わらずの能面ぶりだ。
 せっかくの美貌なのだから、少しくらい笑えば良い。
 巫が埒もないことを考える。
「お前もあの男の依頼で動いているのか」
 社交辞令などという言葉とは無縁に、怜が切りだす。
「あの男というのが嘘八百屋を指してるんなら、答えはイエスだ」
「今の場合、この指定代名詞は不適切だったのか?」
「‥‥妙なところで考え込むな。ちょっとした修辞ってヤツだ」
 苦笑を浮かべつつ階段を昇る。
 異相の陰陽師は、どうもユーモア感覚に乏しいようだ。
「草間のとこで会って以来だな。元気にしてたか?」
 その表情のまま右手を差し出す。
「異な事を訊く男だ。こうして立っているのだから健康に決まっている」
 握手に応じながら、さも当然のように怜が答える。
 けっして悪意があるわけではない。
 そもそも、好意だの悪意だのいう感情を怜は知らない。
「気にすんな。これも修辞だ」
 笑いながら言う巫。
 怜を相手にこの程度で気を悪くしていたら身が持たないのだ。
「そういうものか」
「それより、ここがそうなのか?」
「うむ」
「さて、と。鬼がでるか蛇がでるか‥‥」
「どちらも出ない。電話の調査だろう」
「わかってる。軽く気を引き締めただけだ」
「そういうものか」
 緊張感があるようなないような漫才をしつつ、巫が呼び鈴に手を伸ばした。
 貧乏くさい音が響く。


 嘘八百屋から電話を買った人物は女性である。
 名を秋月祐子(あきづき ゆうこ)という。
 年齢は二七歳。職業はホステス。独身であり子供はいない。そのかわり、といえるかどうか情夫はいる。まあ、珍しくもないことであるが。
 むろん、詳細なデータは嘘八百屋から得たものではなく、浄化屋と陰陽師がそれぞれに調べ上げたものだ。
 転機、だな。
 祐子と対面したとき、巫はそう思った。
 接客を生業とする女性の顔は、愛嬌があるもののどこか寂しげであった。
 二七歳。ホステスとして微妙な年齢であろう。キャバクラ勤務の女性の中では最年長の部類に属するはずだ。スナックやクラブに移店し経営者を目指すか、水商売の世界から足を洗い昼間の仕事に就くか、あるいは適当な男を捕まえて家庭に入るか。
 そろそろ決断しなくてはいけない時期である。
 水商売の店でアルバイトをしたことのある浄化屋には、祐子の懊悩が手に取るように理解できた。
 浮き沈みの激しい世界である。
 毎日のように若い新人も入店してくる。
 客の奪い合いにホステス同士のトラブル。店側から与えられる過大な要求。けっして世間が思うほど気楽な仕事ではない。
 これにプラスして、アフターや同伴や店外デート、果ては売り掛けなどというものもある。むろん強制ではないが、顧客を確保するためには、ときに不毛な行為に及ばなくてはならない。
 労力に比して高給を喰んでいるとは、とてもではないが言えないだろう。
「それでは、問題の電話を見せてもらえますか」
 だが、もちろん巫は内心の感想を口の端に乗せることはなかった。
 淡々と用件のみを告げる。
 怜は無言で佇むだけであった。
 このような場で口を開いてはトラブルの原因になる。幾度かの経験から学習しているのだ。なぜ揉め事に発展するのか判らないが、沈黙している分には問題はなかろう。
 しかし、祐子はその沈黙を誤解した。
「‥‥あの‥‥おかしいですか? ホステスがこんなボロアパートに暮らしてて」
 わずかに険のある口調で言う。
「どこに住むかは個人が決めることだ。お前がおかしいと感じているなら転居すれば良い」
 怜の答えである。
 正論だが、とりつく島もないとは、このことであった。
 祐子が鼻白む。
 巫は「通訳」の必要性を感じた。
「もちろん、おかしくなどありませんよ。なにか理由がお有りなのでしょう?」
 まったく、最近は女性のフォローばかりしているようだ。
 不本意なことではあるが、場の空気を良くするためには仕方がない。
「‥‥貯金‥‥してるんです」
 ぽつりと祐子が言った。
 なるほど、と、巫が納得する。
 この女性は聞いてもらいたがっているのだ。
「立派なことです。俺など、三一四円くらいしか貯金ないですよ」
 戯けたように話題を振る。
 隣では、怜が黙然とやりとりを見つめていた。
 なんだ? その貧弱な上に半端な貯金額は? くらいの突っ込みがあるかと浄化屋は期待していたのだが、それは望みすぎというものだろう。
 それでも、祐子は小さく笑った。
「私、二〇歳の時にこの仕事を始めたんです。当時は学生でしたけど。いつの間にか定職になってしまいました」
 よくある話であった。就職にあぶれた大学生が水商売で働くなど。ただ、このケースは学生時代からこの手のアルバイトをしているので、たまごが先かニワトリが先かは判断の難しいところである。
 どしらにしても、七年間というわけだ。
 かなりの額に及んでいることだろう。
 たとえば、ススキノで働くキャバクラ嬢の平均的な月収は四〇万円ほどだ。この業界にボーナスなどは存在しないから、七年間で三〇〇〇万円以上を稼ぐ計算になる。家賃安そうなボロアパートに住んで貯金に勤しめば、半分程度は貯めることが出来るだろう。
 素早く計算して、ふと巫は顔をしかめた。
 どうも下衆の勘ぐりをしてしまったようだ。
「なにか目的があって貯金したのか」
 怜が訊ねる。
 儀礼なのか興味があるのか、能面のような表情からは伺い知ることはできなかった。
「‥‥いまのところはべつに‥‥」
 言葉を濁す祐子。
 ふたたび巫は納得した。
 この金が祐子を惑わす原因なのだ。経営者として一本立ちすることもできる。否、いっそ、足を洗って新事業を興しても良い。推測の域を出ないが、充分に資金はあろう。
 しかし、彼女には決断がつかない。人生のターニングポイントなのだから当然ともいえるが、おそらくは性格が支配する領域の問題だ。
 これも推論だが、彼女は自分で物事を決められないタイプの人間である。給料が良いという理由で水商売を始め、就職が無いという理由で勤め続けるような。
 であれば、いまも幾つかの選択肢の前で悩んでいるのかもしれない。
「失礼だが、なにか悩みがあるんじゃないか?」
 くだけた口調で、巫が問いかける。
 浄化屋にとってみれば、このような優柔不断な女性は好きではない。
 だが、電話の謎を解くカギが、彼女の言葉に含まれている可能性も否定できないのだ。
 正直、幽霊電話などという存在に巫は懐疑的である。
 偽悪的な言い方をすれば、電話料金も払っていない霊界に電話会社が回線を繋ぐはずがない。通常の回線に霊が侵入するという可能性も無くはないが、そもそもこの電話はどこにも接続されていない。
「‥‥洋ちゃん‥‥あ、付き合ってる彼氏なんですけど、彼からプロポーズされています‥‥でも‥‥」
 語尾が小さくなってゆく。
 のろけと取られることを嫌がったのだろうか。
 しかし、これは重要なヒントだった。
「その彼氏とやらは、アンタの貯金について知ってるかい?」
 核心を突く。
 金銭目的の犯行の可能性ある。
 一〇〇〇万円を超える金のためなら、多少の小細工をする人間もいるだろう。
 しかし、祐子はゆっくり首を振った。
「彼だけでなく、友達も両親も私の貯金のことは知りません。ずっと秘密にしてきましたから」
「たしかに‥‥親には言えんわな」
 溜息が漏れる。
「そういうものか」
 怜が呟く。
 親に隠しておきたい職業もあるのだ。なかなか異相の美女には理解できないだろうが。
 それに、親しい者にも貯金のことを告げなかったのは当然の用心である。
 事件に巻き込まれやすい仕事なのだから。
 とはいえ、告げなかったからといって知らないとは限らない。
 可能性を完全に捨て去るのは難しいだろう。
「電話の鳴る時間は判っているのか?」
 陰陽師が訊ねる。
「はい。だいたい出勤前と、寝る前くらいです」
「正確に同じ時間か?」
「私が留守の時は判りませんが、たぶんあんまりズレはないと‥‥」
「そうか」
 怜が腕を組んだ。
 定まった時間になるのならタイマーという捉え方もある。
 今時の機械のことはよく判らぬが、多少の幅を持たせてタイマーをセットすることは可能だろうか。
 視線で相棒に問いかけた。
 巫が頷く。
 赤い瞳の浄化屋も、怜と同じ結論に達していたのだ。
「バラしてみるか」
「まだはやい。少なくとも一度は確認した方が良いだろう」
「でしたら、もう間もなく鳴ると思います」
「取ったことはあるのかい?」
「‥‥いいえ。気持ち悪くて‥‥」
「だろうな」
 そのような会話をするうち、ついに電話がなった。
「‥‥取るぜ」
 わずかに緊張した顔で、浄化屋が受話器を持ち上げる。
 古風な黒電話の受話器は、奇妙に重い。
「‥‥なにか‥‥聞こえるな‥‥」
 ざわめき、否、会話だ。
 親と幼い息子だろうか。和気あいあいとした声が耳道に滑り込んでくる。
 と、男の声が混じった。
 おそらく父親だろう。
 家族団欒の光景が脳裡に浮かぶ。
 どこか懐かしく微笑ましい。
「‥‥聞いてみるかい?」
 静かに言って受話器を差し出す。
 神妙な面持ちだった。
 震える手で、祐子がそれを握りしめ、耳にあてた。
「‥‥うそ‥‥!?」
 驚愕の声があがる。
「アンタの声だぜ。多少歳をとった感じだが、間違いなくアンタと同じ声だ」
「私も確認しよう」
 怜も耳をあてる。ただし、祐子とは反対側に。
 これでも聞こえるのである。
「確かにお前の声だな。男の声は誰だか判るか?」
「‥‥洋ちゃん‥‥彼氏です‥‥」
「では、子供の声は?」
「‥‥判りません‥‥私、子供産んでないですし‥‥」
「ふむ。では、これから生まれるのかもしれんな」
 それは怜の冗談だったかもしれない。
 しかし、祐子が受けた衝撃は巨大なものだった。
「未来からかかってるんですか!?」
 ささやかな夢。優しい夫と愛しい息子、幸せな家庭。
 それらが、古ぼけた電話を通して伝わってくる。
「いや‥‥」
 口を開きかけた怜の瞳に、小さく首を振る巫が映った。
 なにも言うな、と、赤い瞳が告げている。
「‥‥こんな私でも‥‥家庭が築ける‥‥」
 歓喜と感慨に言葉を詰まらせる祐子。
 興奮している彼女は気付くまいが、陰陽師と浄化屋の耳は捉えていた。
 機械の微かな駆動音を。
「アンタ、良いものを手に入れたな。こいつは『未来に繋がる電話』だぜ」
 笑みを浮かべて巫か言う。
 芝居がかってしまうのは、この際は仕方ないだろう。
「そういうことだ」
 ぶっきらぼうな口調だが、怜も巫の演技に乗った。
「じゃあ‥‥じゃあ‥‥!?」
「おっと、喜ぶのはまだ早い。未来ってヤツは流動的なもんだ。叶えたいって気持ちを無くしたら、絶対に叶わねえぜ」
「聞こえた声は、無限に存在する可能性の一つに過ぎん。努力を怠らぬことだ」
「はい‥‥はい! この電話を聞くのは、これで最後にします」
 あるいは、祐子にも判っていたのかもしれない。
「いい心がけだ」
 巫が笑う。
 つられて祐子も微笑んだ。
 湖水のように静かな瞳で、怜が見守る。
 人間とは奇妙なものだ。嘘と判りきっているもので心楽しくすることができる。
 信じる心。
 それが人の持つ力なのだろうか。
 いつか、自分にもそういう日が来るのだろうか。
 西日が部屋を紅く染め、受話器から楽しげな声が流れていた。


「最初から判っていたな? いや、そもそもお前が仕組んだのか?」
 開口一番、巫は主人を詰問した。
 嘘八百屋である。
 祐子のアパートを後にした二人は、その足で雑貨屋を訪ねたのだ。
 なにを考えているのか判らない怜はともかく、巫としてはダシに使われた気分を払拭できない。
「仕組んだなどと人聞きの悪い。あの方の背中を少し押して差し上げただけでございますよ」
 飄々と答える主人。
「おこがましいとは思わないのか?」
「私は、あの方の心があげている悲鳴を聞いた、ただそれだけでございます」
「もし俺たちが謎に気付かなかったら、どうするつもりだった?」
「そのときは、あの方が絶望に苛まれるだけでございますな。未来になんの希望も持てず、自らの命を絶ったやもしれません」
「おい!!」
「冗談ですよ。きっとこのように解決してくださると信じておりました」
 どこまでも人を喰ったような態度だった。
 巫としても、怒るを通り越して呆れてしまう。
 と、主人は僅かに表情を改め語り始めた。
「世の中には色々な人間がおるものです。なかには、誰かに背中を押してもらわなくては走り出せない方もおりましょう。誰かに仮面を割ってもらわなくては素顔を晒せない方もおりましょう。誰も彼もが強い心を持っているわけではございませんよ」
 抽象的な言葉だった。
 沈黙していた怜が口を開く。
「相変わらず説教好きだな。主人」
「おかげさまで」
「一つだけ訊いておきたい」
「なんなりと」
「あの『未来からの声』どうやって作った?」
「企業秘密でございます」
「そうか。それでは訊かない」
「ご理解いただき、ありがとうございます」


 夕日が、二人の長い影を路上に映し出す。
 街路樹がざわざわと梢を揺らす。
「‥‥なあ?」
「なんだ」
「怜は嘘八百屋と面識があるのか?」
「なぜそう思う?」
「相変わらずって言ったから」
「気のせいだ」
 言って、歩調を速める。
 怒っているのだろうか。
 ふと、そんなことを考えた巫だったが、
「まさかな」
 一つ首を振って、異相の美女を追いかけた。
 天空にはろ、一番星が輝いている。
 まるで、大地に生きるものを見守るかのように。


                     終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0427/ 和泉・怜     /女  / 95 / 陰陽師
  (いずみ・れい)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
『電話』お届けいたします。
こちらの話は嘘八百屋のエピソードです。
さて、嘘八百屋の正体は何者なのでしょうか。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。