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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:友達なんか、いらない‥‥
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ 『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 市内の公立高校に通う少年の話である。
 彼は、けっして友人を作らない。
 教室ではいつも一人だ。
 行事に参加するとこともなく、課外活動に勤しむこともない。
 高校から札幌だから、溶け込みにくいのだろうか。
 そう考えた担任教師が、色々と手を尽くしたものの、彼は心を開かなかった。
 やがて時間だけが経過し、彼は高校生活二度目の春を迎える。
 変化もあった。
 少年に想いを寄せる女性が現れたことだ。
 クラス替えで一緒になったばかりの女生徒である。
 それでも、少年の心は閉ざされたままだった。
 虚無に支配された瞳と、無気力な微笑を向けるだけ。
 なぜ?
 少女の心は疑問に満ちる。
 なにが少年の心を凍てつかせているのだろう。
 知りたい‥‥癒したい‥‥。

「あのねえ。ここは恋愛相談所じゃないんだけどなあ」
 溜息をつきながら、新山綾が言った。
 札幌市の郊外、北斗学院大学心理学研究所である。
 黒い瞳と茶色い髪の助教授の前には、相談者たる伊藤佳奈美(いとう かなみ)が思い詰めた表情で座っている。
「だいたい、友人を持つかどうかなんて個人の自由でしょ? 口を挟むようなことじゃないと思うけど。たとえ恋人でもね」
 酷薄ともとれる綾の言葉に、佳奈美は俯いた。
 彼女も理解してはいるのだ。人にはそれぞれ思うところがあり、癒したいなど烏滸がましさの極致だということを。
「でも‥‥なにもできないのは判っていますけど‥‥」
 決然と、というには自信なさげだが、佳奈美の瞳には固い決意が宿っている。
「おせっかいだということは承知しているわけね」
「‥‥はい」
「だったら、協力してあげてもいいわ。ただし、佳奈美ちゃんの望む結果になるとは保障できないわよ」
「‥‥かまいません」
 恋人のためには自らの心もねじ伏せるということか。それとも、人の心に潜む闇を軽く見積もっているのか。
 若さとは傷付くのを恐れないこと。
 そんな名言が頭をよぎる。
 わずかに羨望と嫉妬を感じながら、綾は内線電話に手を伸ばした。


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友達なんか、いらない‥‥


 薄汚れた事務所。
 煙と溜息を同時に吐き出した男が、
「二、三日、北海道に行って来る」
 と言った。
「はあ?」
 胡散臭そうに問い返したのは、シュライン・エマである。
 夏の空を思わせる瞳が男を射る。
「‥‥北海道に行って来る、といったんだ」
 多少たじろぎながら、男が繰り返した。
 べつに繰り返す必要はない。ちゃんと聞こえているのだ。
 男の言葉も、先ほどの電話の内容も。
 超聴覚を甘く見てもらっては困る。
「なんのために?」
 表情こそ柔らかいが、紡ぎ出される台詞の温度は、氷点をはるかに下回るいるだろう。
「‥‥綾の手伝い」
「それは、依頼ってこと?」
「‥‥いや、純粋に手伝いだ‥‥」
「ウチの事務所の会計は、ボランティアができるほど潤っていないはずだけど?」
「いや、ほら、友達としてだな‥‥」
 いかにも苦しい言い訳であった。
 シュラインの瞳がますます細まる。
 たしかに男と綾の間に友誼めいたものがあるのは事実だ。
 しかし、万難を排してまで手助けするほどの大親友というわけでもない。
「‥‥なにか隠してるわね?」
 見透かすように言うシュライン。
 男は言葉に詰まった。
 隠している事柄は確かに存在する。二年半前、とある事件の調査に際して絶体絶命の危機にあったとき、救ってくれたのが綾である。もし彼女がいなければ、彼の個人史は西暦一九九九年で終演だった。そして、もし彼が存在しなければ、綾がパートナーを永遠に失う事もなかったであろう。
 負債めいた感覚があるのは否定できない。
 だが、それをシュラインに伝えるのは躊躇われた。
 気恥ずかしかったからではない。聞いて楽しい話ではないからだ。誰にとっても後味の悪い事件である。事実、綾は事件に関する男の記憶を封印しようとしている。もっとも、彼の精神力は催眠術に支配されるほど脆弱なものではなかったが。
「‥‥武彦さん?」
 黒髪の事務員が不審そうな声を出す。
 むろん、彼女に人の心を読むことなどできないが、男の沈黙が色恋沙汰とは違うことを肌で感じたからだ。
 それは、武彦と呼ばれた男にも伝播した。
 だから言いたくないのだ。
 日頃どれだけクールに振る舞っていても、恋人の心が銀で編まれた糸のように優しく繊細であることを、男は知っている。
 余計なことを伝えて心配させたくない。
「俯仰天地に恥じず、だ」
 結局、男はそう答えた。
 大仰な台詞である。天地神明に誓ってやましいところはないぞ、とは。
「なにそれ」
 シュラインが笑った。
 少しばかり論点がずれているような気もするが、冗談と解釈することにしよう。
「じゃあ、代わりに私が行っても問題ないわけね」
 やはり冗談めかして言う。
「ん‥‥ああ‥‥そうだな‥‥べつに危険がある話でもないだろうし、かまわないぞ」
「いいの?」
「まあな。考えてみれば、俺よりお前の方が向いてるかも知れん」
「そうかもね」
「決まったかい?」
 突然、男性の声が割り込み、二人は驚いて振り返った。
 黒い髪、赤い瞳、野性的な体躯。
 視線の集中砲火を浴びながら佇んでいたのは、巫灰滋である。
「いつからいたの!?」
 わずかに上気した顔でシュラインが訊ねる。
「ほぼ最初から。一応はことわって入ってきたんだが、お二人さんが熱い眼差しを交わし合っててたからな。まあ、蹴られて死なないように、大人しくしていたわけだ」
 不器用に片目をつむり、戯けてみせる。
 どうも、恥ずかしい場面を観劇されてしまったらしい。
「お前も札幌に行くのか?」
 取り繕うように探偵が問う。
「ああ。こっちにも電話するって言ってたから寄ってみたんだ」
「相変わらずラブラブみたいだな」
「アンタらほどじゃないよ」
 なんだか話がきな臭い方向に進みつつある。
「具体的な内容は聞いているの?」
 やや強引に、シュラインが話題を変えた。


 木谷祐一(きたに ゆういち)。
 それが、心を開かぬ少年の名である。
 札幌へと向かう旅客機の中、巫とシュラインは資料の検討をおこなっていた。
「‥‥なるほど。両親が離婚してるわね。これが原因かしら?」
「さてな。いまどき離婚なんて珍しくもない話さ」
「そうだけど‥‥」
 シュラインが語尾を濁らせる。
 青い瞳の美女は、送られてきた資料をそのまま信じ込んでいたわけではない。少年の動向に関して、自分の目で確認していないからだ。
 このあたりの慎重さは、さすが怪奇探偵の薫陶よろしきを得ている、といったところだろう。
 色恋沙汰で一方だけを被告席に立たせることはできぬ。
 綾に相談をもちかけた佳奈美とやらいう娘が気に入らぬゆえ、無気力無関心を装っているに過ぎない可能性だってあるのだ。
 とはいえ、情報を信じないことには作戦行動そのものが成立しない。
 極端なことを言えば、機内での簡易会議は、一緒の思考実験である。
「で、祐一少年は、どっちに引き取られたんだ?」
「母親ね。これは珍しいケースなんじゃない?」
「たしかに」
 巫が頷く。
 もっと小さい子供ならともかく、高校生が母親に引き取られるケースは少ない。
 なんだかんだいっても、経済力という点では男親が勝るからだ。
「何か父親に問題があったのかしらね‥‥」
「そこまでは資料に書いてないな。綾のヤツ、さぼりやがったか」
 偽悪的な言い草に、シュラインが苦笑する。
 そんなに無理しなくて良いのに、と、瞳が語っていた。
 頭を掻く浄化屋。
「名前だけでも判っているんだから、今はそれで充分でしょ」
 言ってから、シュラインは再び苦笑を浮かべた。
 あの危険な魔術師を、弁護するようなことを口にするとは。
「城下芳治(しろした よしはる)ね。どこでどうしているのやら。それが判れば会いに行くこともできるのにな」
「あんまり意味があるとは思えないけど、この際は。結局、本人の問題じゃない?」
 辛辣きわまることを言うシュライン。
 たしかに、高校生ともなれば親から精神的に独立していても良い年齢だ。
 だが、女性に比して男性の方が精神の自立は遅いという事実もある。
「正論だがな。イマドキのワカモノに、そんな気骨があるかねぇ」
「無いなら無いでかまわないんじゃないかな?」
「どういうことだ?」
「つまりね」
 と、言い置いて説明を始める。
 結局のところ、心の傷を他人が癒すことはできない。
 同情することはできる。真情のこもった暖かい言葉をかけることできる。しかし、最後の最後では、自力で壁を乗り越えるしかないのだ。これは恋愛問題だけでなく、全ての事柄について言えることである。
 もし佳奈美とやらいう娘が、中途半端な気持ちでこの問題に関わろうとしているなら、それは両者にとって不幸な結果しかもたらすまい。
 木谷少年が何らかの心の傷を抱えているとして、それを癒し包み込むだけの度量を少女が有しているか、微妙なところだ。
「きびしいねえ。シュライン女史は」
 肩をすくめる巫だったが、考えの指針としては黒髪の美女と同方向である。
 長いこと人間業を営んでいれば、触れて欲しくないことの一つや二つできるものだ。ほじくったところで、誰も救われない。
 ただ、気になる点もある。
 それは、
「どうして綾が佳奈美って子の相談を受ける気になったか、てことだ」
「‥‥それは考えてもみなかったわ‥‥」
 直接的でない巫の台詞だったが、シュラインは真意を察した。
 綾という女性はおせっかいである。だが、それは無原則に発揮されるものではない。
 助教授が過敏な反応を見せるのは性犯罪だ。
 では、今回の件にその手の犯罪が絡んでいるか。
 然らず。
 どうみても、ただの恋愛問題である。
「どういうつもりなのかしらね‥‥」
「気まぐれか、事情があるのか、難しいところだな‥‥」
 なんとなく黙り込む二人。
 機内アナウンスが、新千歳空港への到着時刻を告げていた。


 札幌に到着した二人は、さっそく木谷少年の身辺調査を開始した。
 ある程度は資料に記載されているが、やはり自分の目と耳で確認しておきたい。
 まあ、べつに隠蔽された過去があるわけでもないので、調査自体は難しくなかろう。
 高校の担任教諭に話を訊き、自宅付近の住民から情報を集め、中学時代の同窓生の噂話を解析する。
 探偵としては、ごく初歩の調査だ。
 事実、半日ほどである程度の事情は明らかになった。
 木谷少年――当時は城下姓だったが――の父親は、岩見沢市で小規模な食料品店を営んでいた。さして富裕というわけではないが、まずまず安定した少年期であったといえる。
 運命が暗転したのは三年前、彼が中学二年の頃の話だ。
 両親の店が倒産したのである。
 業績の悪化が原因ではない。
 少年の父親には友人がいた。それも、大親友といって良いほどの友人だ。
 その友人の借金の連帯保証人になったときから、一家の運命は狂いはじめる。
 事業の失敗。
 友人の自殺。
 すべての後始末は城下家に突きつけられた。
 結果からいえば、店舗、家、土地、家財、全てが差し押さえられ、一家は路頭に迷うこととなる。しかもなお、多額の負債が残っていた。
 逃げるしか道はなかった。
 以来、彼らは借金取りから逃げるように各地を転々とする。
 それでも、一人息子の招来を憂いた両親は協議の末に離婚し、木谷少年は母親とともに実家に身を寄せることになった。
 これが、一年少し前の事である。
 父親はといえば、現在も逃亡中であるのか、どこかに身を落ち着けて借金を返済しているのか、それても野末の石となり果てたのか、まったく掴めていない。
 おそらくこれは、債務者の目を誤魔化すためのものであろう。
「‥‥なるほどね」
 報告を聞き終えた綾が、軽く腕を組んだ。
「父親は友人に裏切られ、家族はバラバラになった。だから、自分は絶対に友人などつくらない。短絡しているが、判らないこともないな」
 巫が言う。
 思春期にそれだけの事件があれば、心的外傷が残らない方がおかしい。
「気付いてたんじゃないの? 綾さんは?」
 胡乱げな口調をシュラインがつくる。
「わたしが考えてたのは、凍り付いた瞳、よ。佳奈美ちゃんの言葉を聞いて警戒してたんだけど。どうやら、事態はそこまで深刻ってわけじゃなくて良かったわ」
 肩をすくめながら、助教授が答える。
 凍り付いた瞳とは、日常的に虐待を受けている子供にしばしば見られる現象だ。
 顔からは表情が失われ、瞳から感情が消える。
 心を閉ざす、と表現すると語弊があるかもしれない。
 要するに、情動が消失するのだ。
 美しいとは感じない。醜いとも感じない。
 嬉しいとも、悲しいとも、辛いとも、悔しいとも。
 全ての感情が封印されてしまう。
 そうなると少々厄介だ。一度感情が消失すれば、回復するのに時間がかかる。人によっては四〇年五〇年という歳月が必要になるのだ。
 ただ、木谷少年のケースでは、そこまでの事態に到っていない。
 綾が「良かった」と口にしたのは、そういう意味である。
「ま、はやめに処置すれば何とかなるでしょ」
「綾‥‥」
 戯けたような茶髪の魔術師に、巫が言葉を詰まらせた。
 彼は、恋人の過去を知っている。
 綾もまた、少女期に虐待を受けているのだ。肉体的にではない。精神的にだ。厳格な両親と閉鎖的で偏執的な地方都市。その桎梏を逃れるため、彼女は催眠術を会得したのである。今、綾の両親は少女期に彼女を虐待したことを憶えていない。娘が家を出たのは独立心ゆえだ、と、偽りの記憶が刷り込まれているからだ。
「その方が万民にとって幸せなのよ。きっとね」
 綾の言葉である。
 巫としては一理あることを認めつつも、全ての罪を自分で背負い込もうとする恋人に寂寥と哀れさを感じたものだ。
 他言する必要もないことだが。
「なんにしても、祐一くんの蒙を啓く必要があるわね。面倒なことを頼んで申し訳ないんだけど、シュラインちゃんとハイジでやってくれる? わたしが出ると事態がややこしくなるだけだし」
 なかなかに正しい自己評価というべきだろう。
 思わず苦笑を浮かべる探偵社事務員と浄化屋であった。


 翌日、北斗学院大学心理学研究所に呼び出された木谷少年は、黒い髪の男女と対面していた。
「‥‥なんの用ですか?」
 感情のこもらぬ声が、少年の口から紡がれる。
「よく逃げなかったわね」
 まるで悪の秘密結社の大幹部のような台詞をシュラインが吐く。
 巫が肩をすくめた。
 青い目の美女が幹部だとすると、自分の役回りは怪人あたりかもしれない。
 どうも、楽しい未来の夢とは結びつかないな。
 埒もないことを考える。
「‥‥逃げる理由がありませんから‥‥」
 気のない素振りで少年が告げる。
「そう。お父さんとは違うものね」
 揶揄するように美女が笑った。
 ぴくりと、少年の身体が震える。
「心配すんなよ、少年。俺たちは借金取りじゃないぜ」
 巫も人の悪い口調をつくった。
 荒療治である。
 この際は、怒りの感情でも良いから噴出させるのだ。
「‥‥心配していません。僕と父とは縁が切れていますから‥‥」
「だったらオドオドすんなよ」
「‥‥べつにオドオドなんて‥‥」
「してんだよ! そんなんだから友達できないんだぜ!」
 巫は半ば本気で苛ついていた。
 この世に生きる人間で、傷を負っていないものなど誰ひとりとしていない。
 自分だけが不幸だとでも思っているのか。
「‥‥友達なんて欲しくないですから‥‥」
「お父さんみたいになるのが怖い? 運がなかったわねぇ」
 露骨に嘲弄する。
 ターニングポイントだった。これで反応が悪ければ、別の手段を考えるしかあるまい。
「‥‥運じゃないです‥‥父は裏切られたんですから」
 かかった!
 秘かに視線を交わし合うシュラインと巫。
「じゃあ、お前の親父は人を見る目がなかったってことだ。騙されても仕方ねぇなあ」
「‥‥」
「お! 図星だったか?」
「‥‥ぅ」
「あん?」
「‥‥僕は父とは違う‥‥」
「そうかしら? 同じ道を進みたくないから友達をつくらないんじゃないの?」
「‥‥」
「ベクトルの方向が違うだけで、やってること同じじゃない」
「そうそう。ま、嫌っていても同じ道を歩くモンさ。親子ってヤツはな。ダメ親父と同じ道をな」
 駄目押しというべきであろう。
 人間というものは、自分の悪口になら多少は耐えられる。
 だが、家族を悪し様に罵られたとき、我慢できるものではない。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」
 少年の口が意味不明の叫びを発し、拳が唸りをあげる。
 すっと巫がシュラインを庇う位置に移動した。
「父さんをバカにするな!!」
 強烈な殴打。
 浄化屋が吹っ飛ぶ。
 まるで、押さえ込まれていた感情が、一気に爆発したかのようだった。
「このヘタレ餓鬼が‥‥」
 ゆらりと巫が立ち上がり、恫喝の言葉を吐く。
 野性的な容貌の彼だけに、かなりの迫力だった。
 しかし、八割ほどは演技である。いみじくも巫自身が語ったように、鍛え上げられた肉体は、高校生のパンチ程度ではさしたるダメージを受けない。
「覚悟はできてるだろうな‥‥」
 一歩踏み出す。
 怖い。
 木谷少年の背中を冷たい汗が伝う。
 それでも、彼は退かなかった。
 恐怖で膝を震えさせ、顔面蒼白になりながらも戦う姿勢を崩さない。
 これで良い、と、シュラインは思う。
 少年は守るべきものを見つけたのだ。
 裸の感情で。生の自分で。
 浄化屋が殴られてやった甲斐があるというものだろう。
「やめて!」
 突然、声が響き、室内に女性が躍り込んできた。
 敢然と、巫と少年の間に立ちはだかる。
 佳奈美だった。
 絶妙のタイミングで綾が招き入れたのだ。
 多少、あざといような気がしないでもないが。
「佳奈美!」
「もう帰ろう! 祐一くん!!」
 自分で相談しておいて、随分な言い草である。
 もちろん、浄化屋も事務員も不快に思ったりしなかった。
 こうなることは最初から判っていたのだ。というより、考え得る最高の結末である。
「二度と来ないから!」
 佳奈美の怒った声と、挑戦的な木谷の眼差し。
 やがて、二人の姿が戸口から消えた。
 ほっと息をつく巫とシュライン。
 代わって、綾が入ってくる。
「痛かった? ハイジ」
「そうでもないさ」
「ごめんね、シュラインちゃん。泥かぶせちゃって」
「貸し一つよ。綾さん」
「はいはい」
「俺には?」
「身体で払ってあげる☆」
 与太を飛ばし合いながら、窓の外へ視線を向ける三人の男女。
 短い春を楽しむように、学生たちが行き交っている。
 眩しそうに、大人たちが目を細めた。


  エピローグ

「あの二人、上手くいくと良いわね」
 何気なくシュラインが言った。
「そうだな」
 巫が応えた。
 一足先に東京へ戻る事務員を見送るため、空港まで足をのばしたのである。
 あの二人とは、むろん、木谷と佳奈美のことだ。
 簡単なことではあるまい。
 佳奈美はともかくとして、木谷の家の借金が無くなったわけではないのだ。
 まだまだ苦難の道が続くだろう。
 だが、それでも、
「きっと大丈夫。いつか、必ず幸福が来るから」
「そうだな。俺の経験でもそうだぜ」
「私の経験でもそうよ」
 笑い合う。
 搭乗を促すアナウンスが流れていた。
 やがて、街へと戻る巫の頭上をジャンボジェットが通過してゆく。
 大海を泳ぐ鯨のようだ。
 見上げる空は青く澄んで、穏やかな風を運んでいた。


                      終わり

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)


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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「友達なんか、いらない‥‥」お届けいたします。
またまた、陰鬱なお話です。
いかがでしたか?
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。


☆お知らせ☆

4月20日 4月23日の新作アップは、著者MT13執筆のためお休みいたします。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。