コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


赤い花泥棒の顛末
◆オープニング
発信者:レイ
 赤い花ばかり盗まれるって話を知っている? これって新宿の歌舞伎町で聞く話なんだけどね。あそこって、軽トラックの荷台に花を積んで、道ばたで売っている花屋がいくつかあるんだよ。夕方から店をあけて深夜までやっているんだよ。だってお客はホステスさんの気をひきたいおじさん達ばかりだからね。店員さんっていっても1人で切り回しているわけだから、いつも花に目が届くってわけじゃない。で、気が付くと赤い花が消えているだって。バラとか、ガーベラとか、アルストロメリアとかね。裏がありそうで面白そうな話だなって僕は思うんだけど、どうだろう。誰か暇だったら調べてみるといいよ。夜の歌舞伎町は違った意味でちょっと危険だけどね。

◆夕暮れ時は逢魔ヶ時
 雨だった。重たげな分厚い雲が空を覆っている。土砂降りではないが、細い糸の様な辛気くさい小雨が朝から続いている。そのためなのか辺りが暗くなるのはいつもよりずっと早い時間だった。
「今日も売り上げは伸びないかもしれませんね」
 普段はちゃんとした店舗で花屋を営んでいる神坐生守矢(かんざき・もりや)は、軽トラックを止めると運転席からハンドルへ身を乗り出すようにして上を見る。
「雨だと客足が鈍る。いくら好奇心から出た事だとはいえ、せっかく店の方をアルバイトに任せて店長自らが出向いているんだ。それ相応の『稼ぎ』がないと困るからな」
 助手席から口調とは裏腹に可愛らしい声が聞こえる。矢塚朱姫(やつか・あけひ)も普段は『フラワーショップ神坐生』でアルバイトをしているのだが、守矢と同じ理由で今ここに来ている。2人とも好奇心は旺盛のようだ。
「僕だけならなんてことないけど2人で来ちゃっていますからね。この車のレンタル代金ぐらいは欲しいですよ」
 あながち冗談とも言えない口調でそういうと、守矢は車から降りた。これくらいなら傘をささなくても開店準備は出来そうだ。映画館や劇場がある場所から少し離れた所で、守矢と朱姫は手早く開店作業を進めていく。同業者に聞くと、一番被害があったのはこの劇場近くの路上らしい。おかげでこの付近で営業をする移動花屋はすっかり数を減らしている。そうでなければ、新規参入である守矢達がこんな一等地をGETすることは不可能だっただろう。
 ファーストフードの2階客席からぼんやりと外を眺めるている客がいる。店の中は高校生で一杯だった。普段はこういう店に寄りつかないのだが、立地条件が良かったので30分前からここにいる。誰もがハッキリとわかるほど、秋津遼(あきつ・りょう)は周囲から浮き上がっていた。不味いアイスコーヒーは氷が溶けてもう飲めるしろものではない。
「赤い花‥‥最も狙われるのは赤い薔薇。血の様に紅い‥‥」
 ストローを弄びながら、遼はなるべく高校生達の会話を耳から遮断し外の風景に集中した。
「うん? あれは‥‥この雨の中で‥‥」
 遼の赤みがかった瞳がキラリと光った気がした。外で開店準備をしている軽トラックの周りに蝶が飛んでいるのだ。車の中から出てきたのかもしれないが、それでも不自然な事に間違いはない。面白くなってきそうだと思うと自然に遼の顔に笑みが浮かんでいた。
 守矢と朱姫がまだ開店準備に追われている時、もう営業を始めていた移動花屋は1カ所しかなかった。
「いらっしゃいませ」
 元気良くそう言った滝沢百合子(たきざわ・ゆりこ)はその客の姿に一瞬目を見開いて止まってしまう。高そうな三つ揃いの洒落たスーツ、金の指輪とネックレス、漆黒の髪からはほんのり良い香りがする。明らかに『お水系の男』であった。
「この店に置いてある赤い花って何があるのですか?」
 斎悠也(いつき・ゆうや)は百合子に向かって営業用かと思うほど素敵な笑顔を向けた。「赤い花‥‥お客さんも赤い花をお探しなんですか?」
 百合子は素知らぬ顔をして聞き返した。実際、古参のアルバイトに聞くと赤い花ばかり買う客はいる。そのほとんどは薔薇で、多分目当ての人が好きなのだろう。
「近頃は赤い花が盗まれるって聞いたから‥‥この店はどうなのかなって思って聞いたんです。こういう情報もないと話が途切れたりして雰囲気が悪くなる事があるです」
 悠也は屈託無い笑顔で言ったが、実際にはそんな困った事になったりはしない。ほんの少し本気で笑っただけでお客の心をとろけさせる自信があるからだ。
「うちは大丈夫です!」
 百合子が根拠は自分という存在だけだのだが自信満々に言うと、悠也は礼を言い50本の赤い薔薇を買って行った。
「‥‥あれ?」
 百合子は積んである花のすぐ上を優雅に飛ぶ蝶にたった今気が付いた。

◆赤い花泥棒、現る
 守矢と朱姫は結構忙しく働いていた。互いに話も出来ない程だ。先ほどから蝶が飛んでいる事に一抹の疑念は感じていたので、時折そちらに視線を向けて監視をしていた。
「やっぱり本物じゃないみたいですね。きっと誰かの術なのでしょう」
 やっと客が途切れてると、守矢は小声で朱姫に言った。
「赤い花を狙っている奴の‥‥か?」
 朱姫が警戒して辺りを伺う。そんなストレートな行動に出る朱姫が可愛いくて、つい守矢は小さな笑みを漏らしてしまう。
「‥‥わ、笑ったな。もしかして守矢兄って私の事馬鹿にしてるんじゃ‥‥」
「そ、そんな事ないですよ」
 泣きそうな朱姫にあわてて守矢は駆け寄る。こんな時、女の子は難しいと守矢は思う。一体どうしたら機嫌を直してくれるだろう。
 それは一瞬の事だった。
「待ってぇ〜!」
 靖国通り方面から朱姫とは別の女の子の声がした。
「うん?」
 守矢と朱姫が振り返ると、その別の花屋のエプロンをした娘がこちらに向かって走ってくる。百合子だった。
「捕まえて! その子‥‥花泥棒なの〜」
 百合子はまっすぐに守矢の借りた軽トラックを指さしている。
「あ!」
「わぁ!」
 ちょっと荷台から目を離した隙に、ごっそりと赤い花が消えていた。薔薇は言うに及ばず、カーネーション、ガーベラ、とにかく全て、まったく、ごっそりと‥‥ない。
「守矢兄! あそこ!」
 朱姫は犯人を見た。小柄な後ろ姿が腕一杯に花を抱えて2丁目方面へと走っていく。百合子がスピードを緩めずに軽トラックの横を走り去る。営業用のエプロンのまま、朱姫もその花泥棒を追って走り出した。となれば、店を放っておくこともできず守矢が店番兼留守番ということになる。
「‥‥これは‥‥ずいぶんと派手にやられましたね」
 溜め息をついても仕方がない。守矢が気を取り直して顔を上げると、質の悪い笑みを浮かべた女が荷台の近くにいた。この界隈で以前から移動花屋をしていれば、それが遼だとすぐにわかっただろう。年齢不詳の妖しい美女は『なんでも屋』という胡散臭い職業とともに、ちょっとした有名人だったからだ。お客かもしれないので不愉快な様子は見せなかったが、一部始終をただ黙って見ていたのかもしれない遼に対して好感は持てなかった。
「見物していたんですか? 人が悪いですね」
「‥‥よく言われるよ」
 遼は皮肉っぽく片頬だけに笑みを刻む。
「今のところは完敗です。まさか僕達まで『赤い花泥棒』にやれるとは思っていませんでした。警戒していても、やはりお客様が来るとそちらに気を取られますからね」
「誰だってそんなモンだ。もっとも‥‥」
 遼は言葉を続けようとして、すぐそばに女が立っている事に気が付いた。寂しい美貌の若い美女なのに、妙に存在感が希薄な女だ。
「あの子がご迷惑をお掛けしました」
 女は深く頭を下げる。
「‥‥あんたの身内なのか? 私が言えた義理じゃないけど、もう少しちゃんとしつけとくモンだよ」
「そうですね。いくら幼い子供でも盗みはいけません。あれは窃盗という立派な犯罪なのですよ。あの子の将来が気にならないのですか?」
 子供の場合、犯罪にはならないのかもしれないと思いつつ守矢はその女に向かって言った。普段客商売をしているので、人当たりは柔らかいのだが今はそれよりはちょっとだけ厳しい。女は目を見張った。
「あの‥‥お二人とも私の姿が見えるんですか?」
 勿論はっきりと見えているので、遼と守矢は即座に頷く。
「まぁ‥‥まぁ、なんて事でしょう」
 女は嬉しそうに笑った。

◆母に捧げる花
 百合子と朱姫が追っているのはまだ子供だ。年は小学校低学年といったところだろう。それなのに、全力疾走しているの百合子も朱姫も追いつけない。
「こ、このままじゃこっちがバテちゃう」
 2人ともいまどきの高校生だ。それなりに授業や部活動には参加しているが、抜きんでて持久力に優れているわけではない。百合子の悲鳴にも似たつぶやきが漏れる。
「だからって、このまま逃げられちゃうわけにはいかないんだ!」
 朱姫は障害物競走の様に歩いている人を巧みに避けていく。それでも差はほとんど縮まっていない様な気がする。
「あ‥‥」
 不意に子供の足が止まった。その子の周りを不思議な蝶が何匹も飛んでいたのだ。蝶は子供の周りをひらひらと飛ぶ。
「捕まえた!」
「もう観念するのだな」
 百合子と朱姫が子供の肩を掴む。子供は抗ったが2人かがりではなんとも逃げ出すことが出来ない。
「暴れないの。お花、どうして黙って持っていったりしたの」
 百合子は子供から花を取り上げる。
「あ、やめてよ」
 子供‥‥それはやはり8才ぐらいの男の子だった。泥だらけの顔をして、汚れて痩せた腕を百合子に向かって伸ばす。
「お母さんにあげる花なんだ。お花がいっぱいないと、お母さんは‥‥」
 ぽろっと涙がこぼれると、すぐに子供は大声で泣き出した。客引きの色っぽいお姐さんやおにいさん達がじろじろとこちらを見る。
「わかった。とにかく話を聞かせるんだ。何か事情があるんだろ?」
 朱姫が言うと、子供はコクンとうなづいた。そして2人に挟まれ元来た道をとぼとぼと引き返し始めた。彼らの遥か上空を1匹の蝶がひらひらと飛んでいた。

●葬送の思い
 遼と守矢がすっかりその女から事情を聞いた後、百合子と朱姫が子供を連れて戻って来た。百合子は守矢の荷台から奪われた花を差し出す。
「これはそちらのお店の花ですよね。確かめてください」
「これは‥‥ありがとうございました」
 守矢は営業用の笑顔を百合子に向ける。そして、戻ってきた中から赤いカーネーションを1本子供に差し出した。
「これは君にあげる。本当にお母さんの事が大好きなら、お母さんの為にお花を集めているのなら‥‥盗んだりしちゃ駄目だよ」
 子供はカーネーションを受け取り、またぽろぽろと涙をこぼす。
「ごめんなさい。僕‥‥僕‥‥早くお母さんを自由に‥‥したかったんだ」
 しゃくり上げる子供の髪を、遼は乱暴にかき混ぜるとそんな風に他人に優しくするのは自分の柄ではないとばかりに早足で夜の街に消えてしまった。
「お母さんはきっと待っている。ずっと‥‥ずっとね」
 守矢がそう言うと、子供は赤いカーネーションを抱きしめ、泣きながら礼を言って遼とは別の方向に走っていった。
「どういうことだ?」
 さっぱり話が見えずに朱姫はちょっと頬をふくらます。勿論、状況的には百合子も同じであった。
「もし、何かご存じでしたら教えてください。私もこのままじゃ‥‥なんか気分が悪いです」
「そうですね。あの子は死んだ母親の為に花を集めていたのです。この世に未練を残して留まってしまった母親を花で送ってあげようとしたのです‥‥ですね」
 どこかで話が錯綜し、母の日とごっちゃになっていたのかもしれない。とにかく赤い花を集めて母を弔おうとしたのだろう。
「はい。今時珍しい健気な子で‥‥」
 儚げな声が返事をした。
「こちら、あの子のお母さん」
「はじめまして。息子がお世話をかけました」
 もはやこの世にはいない筈の女は、至極まともな挨拶を百合子と朱姫にした。
 角を曲がったあたりで、悠也は壁にもたれていた。そうやって店に出る格好をしていると、何もしていなくてもカメラを前にしたモデルの様に決まっている。そこだけ別世界なのだ。ふわりと蝶がいつきのそばに飛んできた。悠也がフッと息を吹き替えると、元の和紙に戻りパサッと地面に落ちる。
「お疲れさま。なるほどね‥‥そういうわけだったんですね。でも、あんな風に健全に解決されたんじゃ‥‥この花を不要かな」
 一抱えもある50本の深紅の薔薇は、ダークスーツ姿の悠也にを更に引き立てている。百合子の店から買った物だ。その高価そうな花束を無造作に抱え、悠也は店へと戻っていった。邪魔になったからか、すれ違ったOL風の女性に何気なくその花束を渡す。
「よろしかったら‥‥どうぞ」
「え、え‥‥ええぇ‥‥は‥‥い」
 魔術に掛かったかのようにぼぅっとした女性の胸に花を押しつけると、手ぶらになってさっぱりとした悠也は街を歩く。
 この街は魔に魅入られた街。そして魔さえ魅了する街。街に囚われた魂もあり、それを開放したい思いもある。何時の日には子供は母を送る事が出来るのだろうか。それとも日々の生活に母を忘れてしまうのだろうか。
「‥‥good luck」
 誰にともなく悠也はそうつぶやいた。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0550/矢塚朱姫/女/17才/高校生
0057/滝沢百合子/女/17才/女子高校生
0164/斎悠也/男/21才/大学生ホスト
0258/秋津遼/女/567才/何でも屋
0564/神坐生守矢/男/23才/花屋
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 大変お待たせいたしました。東京怪談行動結果ノベルをお届けいたします。今回は歌舞伎町でしたが、新宿は大変面白い街なのでまた舞台にしたいと思います。皆様の大切なPCをお預かりして、上手く描写できたのか心配です。色々言いたい〜とお思いでしたら、お気軽にメールをお寄せください。厳しいご要望ご意見も真摯に受け止めたいと思います。
では、また別の東京でお会い致しましょう。
個別コメント
・朱姫様:可愛い女子高校生の口調としては、特徴的ですね。
・百合子様:花屋のバイト料はちゃんと支払われたのか、気になります。
・悠也様:バイト料はちゃんと支払われた‥‥っぽいですね。流石売れっ子です。
・遼様:すっごくキャラが際だってます。何をどう書いても負けちゃいそうです。
・守矢様:移動花屋の収支決算がとても気になります。赤字‥‥でしょうか?