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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下の受難物語

■冒 頭
 今日も月刊アトラス編集部は、慌しい一日を消化している。
「編集長ぉぉぉぉ、どうしてですかぁぁぁぁ」
「どうしてですって!?これのどこら辺が面白い記事なのか、説明してごらんなさい!」
 そんな中、三下の相変わらず情けない声が木霊した。場所は編集長である麗香の机の前。眼鏡の奥で
必死に涙を堪える三下の目前で、無情にも遂先ほど書き上げた原稿は、シュレッダーによって粉砕されて
いく。
 ガクリと両肩を落とす三下に、麗香ははぁと深い溜息を洩らした。
「全く……。ほら、この取材にでも行って来なさい」
「えっ?」
 差し出された一枚の用紙に、三下は麗香の顔を覗き込む。
「オリエンテーリングの怪……?」
「そう。此処の大きな広場は、オリエンテーリングの場所としても利用されているんだけど、4つあるポイント
毎に、必ず変なことが起こるらしいのよ。どう?取材する?」
「編集長、ありがとうございます!この三下、必ずきっちり取材して参ります!!」
 三下は麗香に抱きつかんばかりに喜んだ。
 しかし次の瞬間には、それは奈落の底へと突き落とされることになる。
「あっ言い忘れていたけど、恐らく霊が関係してると思うから、それらに耐性のある人間を連れて行くように
してね。じゃないと取材にならないでしょう」
「編集長??……ボクそういうのは、チョット……」
「あら、そう。別に行かなくてもいいわよ。但し今度没原稿持ってきたら、クビを覚悟しなさいね」
「へんしゅうちょぉぉぉぉぉぉう」
 麗香の厳しいお達しに、三下は取材に行くことを渋々承諾した。

■鴉の行動
“ヒトに興味はないのですが、丁度主様の元へ戻る道すがらですし……”
 カラスの姿をした須和野鴉は、一足先にやって来たオリエンテーリング場の上でそう呟きを洩らした。
 その言葉は人間の話す人語ではなく、端から聞けばカァー、カァーとカラスが鳴いているようにしか聴こえ
ない鴉語。しかし実際はカラスではなく古木の精で、普段は縁があったカラスの姿に似せているに過ぎない。
 その鴉はスーっと空中で円を数回描くように飛んだ後、一通り調査対象を眼下から臨み終え、漆黒の羽根を
飛来した木の枝で安めた。
 どうやら此処は、木々が無作為に植えられているような場所で、広さはあまりないらしい。二十分ほど
飛んで、大体ポイントの位置も掴んでおいた。あとは直接浮遊している霊に話しかけて、ポイントに存在する
という霊について話を聞けばいい。
 そう考えながら、鴉は嘴(くちばし)を使って翼の手入れをしつつ、チラッと下の様子を伺った。
 どうやら三下達が到着した気配はないが、さっさと行動を起こしておいて損はないだろう。
“卯月様の願いとあっては、断れませんものね”
 鴉はバサバサと数度その場で羽ばたくと、一気に降下して広場へと着地した。
 卯月とは鴉が仲間意識を抱いている人物で、たまにアトラス編集部から頼まれる仕事をしているらしい。今回
のことも卯月に頼まれなければ、引き受けることはなかったに違いない。
“さて……と”
 キョロキョロと紅い目でヒトでないものを探していると、鴉の横を薄い影をした人間らしいものが通り
過ぎた。見た目は中年のおじさんで、ジャージ姿をしている。
 鴉はトットッと小さく跳ねて方向を変え、「あの、ちょっと」とその霊を呼び止めた。霊はその言葉に反応
して、ピタリと止まり「なんだい?」と声を出す。
 それに鴉はやはり人間ではない、と確信した。
 鴉が使う鴉語を理解して返答するということは、人間ではありえないからだ。
『何か用かい?カラスさん』
“えぇ。ちょっとお聞きたいことがあるのだけれど”
『何をだい?』
“このオリエンテーリング場にあるポイントに、幽霊が出ると聞いたのだけれど。本当なのかしら?”
 鴉の疑問に霊体である中年のおじさんは、う〜んと低い唸り声を上げて首を捩る。がすぐに思い当たる人物が
いたのか、ポンと両手を打ち、鴉へと視線を向けた。
『あー!!あの子達のことかい』
“あの子達というのは、どういうヒトのことなのかしら?”
『此処に来る途中で事故に合った小学生達が、数人残ってるんだよ』
“小学生?”
 鴉は知り得た情報を反復しながら、尚も続きを訊こうと霊へと近づく。
『どれくらい前になるんだろうな。此処が出来てすぐの頃に遠足で来る予定だった小学生らしいよ。残念ながら
此処に来る前に事故でね……』
“亡くなったのですね”
 そう言う鴉に、霊はコクリと首を縦に振った。
『……あの子達も親御さんとこに戻りたいけど、折角此処に来たんだから遊びたい。そんなジレンマがあるん
じゃないかねぇ。だから帰るに帰れないんだと思うよ』
“それでは、その子達は遊んでいるのですか?”
『たぶんな。きっと此処に来る人に混じって、自分たちも遊んでいるつもりなんだろう。別に悪戯をしてるわけ
じゃないんだよ』
“なるほど……そういうことでしたか……”
 霊から話を聞き出して、鴉は一つの結論に達する。
 どうやらポイントに存在するというのは、その小学生達らしい。決して悪さをしようと思っているわけでは
なく、自分達も一緒になって遊びたいと思っているだけ。ただその行動がヒトを怖がらせてしまう要因と
なって、噂が広まったのだ。
『出来るなら親御さんとこに帰してやりたいんだが、誰も俺たちの声は聴こえないみたいでな』
 そう言う霊の声は、どこか憂いを含んでいた。
 もしかしたら自分の子供のことでも、思い出しているのかしら、と鴉は想像してみるも、やはりヒトに興味が
ないためよく判らない。善くも悪くもヒトという生き物は、古木の精である鴉には理解しがたいのだ。
『それじゃあな、カラスさん』
 あっと声を掛ける間もなく、そう言い残して霊はスゥーと消えていく。

 原因の判った今、鴉はバサリバサリとまた羽根を動かして、空高くへと飛び立った。
 そして空中で確認しておいたポイントを次々に訪れ、三下がいないか捜索するが、中々発見することが出来な
い。まだ到着していないのか、サックリ霊に襲われてしまったのか。
 まぁどちらでも構わないのだけれど…、と内心思いつつ、鴉が入り口近くのポイントに辿り着いた時、探して
いた人物を漸く発見する。
“あら、あら。随分と人数がいるのね”
 見つけた三下の周辺には四人の男女が取り巻いていた。
 どうやら三下は人望が厚いらしい。
“これなら直ぐに終わるわね”
 間違った印象を持ちながら、早く主様のところに戻りたい鴉は、急降下して何故か手に釘バットを持っている
三下の前へと、早々に降り立つことにした。
“何をしようとしているのかしら?”
 霊の正体は掴んでいる。あれは悪霊ではないのだ。それなのにあんなもので、応戦するつもりなのか。
 そんな疑問が鴉の脳裏を過ったからだ。
“全く……これだからヒトって生き物は……”

■第1のポイント
「どうやら……此処みたいですね」
 凪は表情一つ変えないまま、目印となるポイントを眺める。
 此処に辿り着くのに、何度地図を読み違え、方位を反対方向に進んだことか。全て三下のミスなのだが、
それらを問題にする者はいなかった。したところで時間が取り戻せるわけではないし、ポイントに辿り着ければ
それで問題はないのだ。
 それに探している最中、三下の横で龍之助のセクハラに近い行為を目の当たりにしていた一行は、到着出来た
ことに心底ホッとしていた。
 理由は簡単。
 最初は学校のことや世間話をしていた龍之助に、朱姫や想司も口を挟んで楽しい会話を弾ませていた。
 しかし時が経つにつれ龍之助の“隙あらば!!”と三下に抱きつく・手を繋ぐ・愛を囁くには、誰もが
げんなりしていたのだ。
 ただ一人。凪だけは興味がないためか、我関せずな態度だったが。
「って、なんで白霞さんは、衣装チェンジしてるんスか?」
「いつの間にか巫女姿だし」
 龍之助と想司は、鮮やかな深紅の巫女衣装に身を包んだ凪に「何処で着替えたんだよ!」と、突っ込みを入れ
そうになりながらじぃと見つめた。
 組紐のようなもので結い上げている黒髪がサラリと風に揺れて、凪の周りだけ一種独特の空気を生み出して
いる。
「この姿の方が落ち着きますから」
「そういうものなのか。……それより三下。さっきからこちらを見ている子供が、問題の霊なのか?」
 凪の巫女衣装に気を取られていた三下達は、朱姫が指差すポイントのある木の方を注意深く見つめた。
 とそこには一人の男の子が木に隠れながら、こちらの様子を伺っているのが見える。少年は何処か警戒して
いるようだ。
 すると朱姫は一歩前に出て少年の正面へと移動すると、膝を折って目線を一緒の高さにした。
「キミは此処で何をしているの?」
『…………』
「此処にいつまでも居てはいけない。キミはもうこの世の者ではないのだぞ?」
『………』
 尚も朱姫が話し掛けるが、少年は黙ったまま口を開こうとはしない。
 それに痺れを切らしたのか、想司は徐に三下へと向きを変えると、何処に隠し持っていたのか謎なアイテムを
一つ差し出した。
「みっ、水野くん。これは……?」
「吸血鬼ハンターの由緒正しい武器だよっ♪フォースで使うの☆」
 少女と間違われる想司独特の可愛らしい笑みとは裏腹に、三下が手渡されたのは1本の釘バット。見た感じ、
霊的なものに効果があるようには見えない。
 三下は手にしたそれを暫く眺め、途方に暮れた。これでどうしろと言うのか。
「さっ、頑張ってね♪三下さんっ☆」
「いや、でも、ボクは………」
 ジリジリと後退していく三下。にじり寄る想司。
 そして──…。
「頑張って下さい☆大丈夫ッスよ、三下さん。何かあれば俺が抱えて、逃げたげますから♪」
「そんなぁぁぁぁぁあ!!」
 龍之助の応援に、三下は釘バット片手にうっすらと涙を浮かべる。
 頑張るのも嫌だけど、抱えられて逃げるのも嫌だ。
 究極の選択を迫られ、三下は意を決したように手に力を入れた。
「やっやってみますぅう!!」
 釘バットを振り上げて、おおよその位置目掛けて三下が走り出す。
 それに凪と朱姫が身を返して避けた。
 刹那──
「ちょっと待ちなさい!」
 オリエンテーリング場に何処からともなく、女性の声が響き渡ると、釘バットを振り上げていた三下が、
ピタリと動きを止める。止めたというよりは止めざるえなかったと、言った方が正しいかもしれない。
 なんせ三下の足元には、紅い瞳をしたカラスが「全く…」と、どう考えても日本語を話しているのだ。
「カ……ラ…ス?」
「カラスではありません、鴉です。須和野鴉と申します。ある方から頼まれて、三下様のお手伝いに
参りました」
 鴉の自己紹介に三下だけじゃなく、今度は他の者も驚き、まじまじとカラスを凝視した。
「カラスが喋ってるよ!?」
 指差しながら想司は、へぇと感心している。
「カラスという生き物は、喋るものなのですか?」
「う〜ん、喋るカラスも存在はするッスねぇ…」
「しかしここまで弁は立たないだろ」
 凪の疑問に龍之助が答え、それに朱姫がすぐさま言葉を畳み掛ける。
 カラス談義に花を咲かせた四人は、鴉に対してすっかり警戒心を解いてしまったようだ。
 ただ一人、三下だけは振り上げた釘バットを、下ろすことも忘れて呆然としている。
 鴉も自分は此処の霊とは関係なく、同行する者だと説明しようと思っていたが、今更そんなこと言わなくても
平気みたいだわ、と気にした素振りを見せなかった。説明をしないで済んで、ラッキーというところだ。
「それより。いきなり殴り掛かっても、何も解決しないんじゃないかしら?
ほらあの子供、益々怯えていますよ?」
「えぇぇぇえ!!!」
 見れば木に隠れるようにしていた子供の霊は、今にも泣きそうな表情をしながら、こちらに視線を向けて
いた。よく考えれば、いきなり自分目掛けて釘バットを振り上げた人が近づけば、誰だって吃驚して怯えて
しまうことだろう。それが子供ともなれば、例え霊とて怖いはずである。
 霊の目は三下だけじゃなく、同行している人間全てを怖がっていた。
『どうして苛めるの?』
 今にも消え入りそうな、小さな呟きが聴こえる。
『僕、何も悪いことしてないのに……どうして?』
 そう言った瞬間、男の子の霊はスーッと静かに消えてしまった。
「あっ、待って下さい…」
 凪が追いかけるように、さっきまで男の子が居た木へと近づくが、そこにはもう霊的なものはない。
「もしかして、駄目っぽい?」
「逃げてしまいました」
 想司の問いに、凪は首を左右に振ってみせた。
「すみません。ボクの責任です…」
 三下が申し訳なさそうに、頭を垂れる。
「しっ仕方ないッスよ!次のポイントに行きましょう☆ねっ、三下さん」
 龍之助がポンッと肩に腕を回して慰めた。落ち込む三下がそれを振り払うことはなく、龍之助にしたら
ちょっぴり役得である。がそんなことは言っていられない。このままでは取材が出来ず、三下の首も危うい
のだ。
「三下様。わたくしは生き物なら、一時的に同化することが出来ます。そうすれば霊と接触もしやすくなると
思います。どうでしょう?同化しませんか?」
 それを見ていた鴉は内心、どうしてヒトにここまでしなくてはいけないのか、と甚だ疑問に思いつつも、
それをした方がいいと提案した。そうすればこのような事態は避けられるだろう。序にさっき得た情報も、
教えなくてはならないのだ。
「おっお願いします!」
 三下の言葉を待って、鴉は実体化していたカラスの姿を解き、三下の体の中へと消えていく。
「これで出発出来るんだな」
 朱姫の呟きを合図に、一行は次のポイントへと歩を進めることにした。

■第2、第3のポイント
 がしかし。
 第2ポイントに行った一行は、霊的な存在を確認することが出来ずにいた。それどころか第3ポイントに
来ても、それらしい気配は存在していない。
「どういうことかな?」
 いくらなんでもこれはマズイと、想司が首を傾げる。同じように朱姫も首を捻り、凪はポイントが設置されて
いる方向へと心眼を試みた。
「どうやら此処にも、いないようです」
 結果を別段残念がる表情もせず、凪は淡々と口にする。
 来る途中、三下の体内に入った鴉から、此処に存在している霊のことを教えてもらった。
 遠足で此処に来る途中に事故にあった小学生が、霊となって数人残ってしまっていること。そしてその子達は
来る人に混じって、一緒に遊んでいるだけなこと。けれど家に帰りたくないわけじゃないらしいこと。
 それらを総合して、ちゃんと成仏させてあげないと、と誰もが思っていた。
 だが対象となるものがいないとなると、話しは先に進まない。
「こうなったら最後のポイントに行ってみるッス!」
「そうだね。此処に居てもしょうがないよ、三下さんっ☆」
 元気一杯に振る舞う龍之助と想司に吊られるように、一行は最後のポイントへ向かうことにした。

■第4のポイント
 辿り着いた最後のポイントは、少し大きめな広場が近くにあった。
 全ポイント共通で、木に作られたポイントは、見えにくいように工夫されている。
“三下様、よく目を凝らして下さい。何か見えてくるものはありませんか?”
 内から鴉の声が聴こえ、それに応えるように三下は辺りを凝視した。
「あっ!あそこに居るよっ!三下さんっ!」
 想司が少し離れた木を指差す。全員の首が、想司の指差した方向へと向けられた。
 するとそこには第1ポイントで見た少年の他に、数人の子供が木に隠れるようにしてこちらを見ている。
 今度は伺うような視線ではなく、攻撃的な視線。……睨みつけてきていた。
「なんか……さっきと様子が違くないッスか?」
 ポソリと龍之助が、異変に気づいて口を開く。どうやら龍之助にも、霊は見えているらしい。
 子供達はそんな三下達を前にして、ゆっくりと木の陰から出て来た。
 そこに一人の大人を連れ立って。
 見た目は中年の男性。腕を子供達の背に回して、目はクッとこちらを睨んでいる。
『この子達が、何かしただろうか?』
「あなたはこの子供達と、どのような関係なのですか?」
 凪が冷静に霊へと問い掛けた。
『俺はこの子達の担任教師だよ』
「ということは、お前が責任者だな」
 腕組みをしながら、想司が相手を見据える。
『この子達を置いて成仏なんか出来なくてね。此処に一緒に留まっている。けれどこの子達が悪さをしたこと
なんかないんだ。それを君達は……』
 男性の目がジロリと三下を睨み付けた。どうやら第1ポイントの出来事は、既に耳に入っているのだろう。
 担任教師として教え子を守ろうとする思いが、理不尽な行いをした三下への怒りとなって現われる。
「あっ、いや、ボクは………」
 気迫に押される形となって、三下は数歩後退してしまう。
「しかし。担任だと言うなら、どうして成仏させようとしなかったんだ?いつまでも此処に留まっていること
が、よくないことくらい判るだろう」
「それはこの男が、教師として甘ちゃんだからだぞ」
 想司に続いて、男を指差しながら朱姫が、ハッキリとした口調で言い切った。
『何!』
「やっ、矢塚さん??」
 龍之助は横で聞いてて驚き、チラリと覗いた霊の表情が更に険しくなるを見てしまう。
「本当に生徒を思っている教師というのは、ちゃんと説得して成仏させるものだ」
『確かに先生って、優しいけど怒ったことないよねぇ』
『そういえばそうだね。注意しても、あんまり効果なかったし』
 朱姫の言葉に子供達も先生について、各々思い出を口にする。
「先生。あなたも気づいているはずです。子供達と一緒に成仏して、静かに眠りなさい」
 感情を込めている感のしない音調で、凪は教員だと名乗る霊に話し掛けた。
 このまま此処に留まっても、決して良いことにはならないだろう。いつまでも成仏出来ずに彷徨って、最悪の
場合、上に昇ることも出来なくなってしまうかもしれない。
 凪の言葉は男の心を大きく揺さ振った。
『……判りました。キチンとこの子達を説得して上に行きます。それが俺の最後の役目ですから』
「判ればいいんだよ。判ればさっ♪」
 霊に肉体があればその背をバシリと叩く勢いで、想司はにこやかにそう口にした。

 結局、教師の霊は自分でなんとかすると言い、子供達と一緒に成仏することを約束した。
 それに異を唱える者は誰なく、三下達はオリエンテーリング場を後にする。
 途中で三下の中に入っていた鴉が、フーッとその体から抜け出して、また黒い羽根を生やしたカラスへと姿を
変えた。
「それではわたくしは、このへんでお暇させて頂きます」
「ありがとうございます、須和野さん!!助かりました!」
 三下は目前の鴉へと、何度も頭を下げる。
“別に貴方を助けようと、思ったわけではないのよね”
 そんなことを鴉語でカァーと鳴きながら、鴉は空高く舞い上がって消えて行った。

■須和野・鴉
 三下達が帰るのを頭上で見ていた鴉は、姿が見えなくなったのを確認して先ほどの場所に降り立った。
 少し思うところがあったからだ。
“まだいるのでしょう?”
 鴉の呼び掛けに、教師だと名乗った霊がスゥーと姿を現した。
『やぁ、カラスさん』
“やはり、貴方はあの時の……”
 笑顔を向けられ、鴉はそう呟くように口を開く。
 実は三下達と合流する前、鴉が単独調査した時に出会った霊が、この教師だと名乗る男の霊だったのでだ。
 しかし再度出会った時、鴉は三下の中に入っていた為、言葉を交わすことも姿を見せることもなかった。
 そのことをこの霊は、果たして気づいているのか。
 ───別にどうでもいいのだけれど…。
 霊が気づこうが、気づくまいが、鴉がこれといって行動を起こすわけではない。寧ろ買って出ることなんて
ないだろう。
 ───ヒトにそこまでしてあげる、義理なんてありませんもの。
 そう。鴉には義理もなければ、興味もない。
 けれど。
 ただ一つ、聞いてみたかっただけなのだ。
“あの子供達を、説得出来そうなのかしら?”
 生前教え子とまともに向き合っていた、と思い込んでいた教師の霊が、本当に成仏させることが出来るのか。
 怒ったことのない教師が、何処まで子供達を言い包めることができるのか。
 万が一卯月に出会った時に、自分が頼まれたことをしっかり説明出来るようにしておきたかった。
 そして問うた言葉に、霊は晴れやかな笑顔を向けて頷いてみせる。
『心配しなくても、きちんと上に行きますよ。安心して下さい』
“別に心配はしていないのだけれど……その言葉を覚えておくことにしますわ”
『1週間後。もう一度来てみて下さい。きっと俺達はいませんよ』
 笑いながら霊は遠くを見つめた。
 この場所にまだいるであろう子供達が次々に現われるが、表情は笑顔で一杯になっている。
“………そう”
 それでは、と鴉は大空へと羽ばたき、主様の居る森へと消えて行った。

 一週間後。
 何気なく訪れたオリエンテーリング場には、何処にも子供達の姿は見られない。
 勿論、あの教師の姿も見えなかった。

“ようやく教師になれたってとこかしらね。さっ、今日は何処に行こうかしら”
 カァーと鳴く一羽のカラスは、灰色に濁る空へと舞い上がった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0553】須和野・鴉(すわの・からす)/女/999歳
→古木の精
【0218】湖影・龍之助(こかげ・りゅうのすけ)/男/17歳
→高校生
【0424】水野・想司(みずの・そうじ)/男/14歳
→吸血鬼ハンター
【0550】矢塚・朱姫(やつか・あけひ)/女/17歳
→高校生
【0581】白霞・凪(しらがすみ・なぎ)/女/15歳
→巫女(退魔師)
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■         ライター通信          ■
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東京怪談「三下の受難物語」にご参加下さり、ありがとうございました。
ライターを担当しました佐和美峰と申します。
作成した作品は、少しでもお客様の意図したものになっていたでしょうか?
今回の依頼には三下が同行ということで、楽しいプレイングを書いて下さる方が多く、
佐和本人、とても楽しい気分を持続したままで書くことが出来ました。
ただ少し長くなってしまいました。(汗)どうしても規定文字数では収まらず……。
また遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
この作品に対して、何か思うところがあれば、何なりとお申し出下さい。
これからの調査依頼に役立てたいと思います。

***須和野・鴉さま
 初めてのご参加、ありがとうございます。
 今回は三下の中に入り、霊を見やすくする他、単独での行動がメインとなっています。
 鴉さん独特のヒトに対する考えが、少しでも反映されていると思って頂ければ幸いです。

それではまたお会い出来るよう、精進致します。