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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・陰陽の都 朧>


陽の章〜火街〜後編

<オープニング>

「皆さん、火街に行って見ませんか?」
 陰陽寮の一室で月読は皆にそう言った。火街とは朧の都市の一つで鉄鋼業が盛んな場所だ。ここには巨大な製鉄所が軒を連ね、鉄製品の売買で大いに賑わっている。
「実はこのところ火街を中心に不審火と思われる出火が相次いでいるというのです。そして、その家事の現場には必ず炎に包まれた車が現れると聞きます。もしかすると妖の・・・。いえ、それは置いておくとして、見物がてら調査に行ってもらえませんか。そうそう、火街には面白いお店がありますよ。神泉というのですが、ここで扱っている武具というのがまた不思議な力を持っているんです。火街の放火に関して上手く解決できたらお礼をくれるかもしれませんよ。是非立ち寄ってみてください」
 中心街から火街までそれほど離れていない。行ってみてはどうだろうか?

(ライターより)

 難易度 普通

 予定締切時間 5/8 24:00

 今回は朧にある五つの都市の一つ火街にスポットを当ててみました。
 鉄鋼業が盛んな街だけあって職人が多くいる場所ですが、それだけに武器、防具、その他鉄に関係する様々な物が取り扱われています。見物したりお土産を買うのもいいかもしれません。
 ちなみに月読の話に出ていた車とは、今の自動車のことではなく馬車や牛車の車輪に使われているもののことです。神泉で取り扱っているものは秘密ですが、特殊な力を秘めた一品のようです。見物することをお薦めします。
 依頼に関してですが、調査のみに徹するか、それとも犯人を捕まえるかどちらかを選んでください。ちなみに掴まえる場合確実に戦闘が起きることと、街中ですので派手な事はできないことに留意いただけると幸いです。
 それではお客様のご参加を心よりお待ちいたします。

<焔>

 火街に数多く存在する鍛冶屋。朧に存在するほぼ総ての鍛冶屋はここに集中しているといっても過言では無い。鉄や特殊な金属を加工するために必要な高熱を生み出すための炉がここには存在しているからである。
 そんな火街でも屈指の鍛冶屋が「焔(ほむら)」である。廉価品の刃物や防具はもとより、客の注文に応じて個別の武具作成も行っている。中では数十人の職人たちが鉄に焼きを入れたり、鋼を鍛え、出来上がった品を店の方に運んでいる。焔は工房と販売所が一体となった店で販売所は毎日大勢の客が訪れている。その中の一人に着物を着た女性がいた。
 彼女が熱心に見ているのは脇差や刀など刃物の類、それに鉄の防具などである。清楚な顔つきをした女性で、あまりこのような物を持つのには似つかわしくない奥ゆかしい雰囲気をもっている。
 大学生の天薙撫子であった。陰陽寮で月読から依頼内容を聞いた彼女は不審火騒動が気になり依頼に参加することにした。だが、それ以上に彼女の興味を引いたのはこの鉄製品である。自分も刀を扱う者であるため、刃物は特に興味深々の体で眺めている。
 そんな彼女の様子に感づいて店員が近づいてきた。
「何かお探し物ですか?」
「いえ、ただ剣と扱う者として少々興味が・・・」
「左様でございますか。この小太刀などいかがですか?値段もお手ごろですよ」
 店員が示したのはこぶりな小太刀であった。柄に葵の花の意匠が施されており、もって見ると意外に軽く手にしっくりと馴染む。細腕の彼女に良いと思う店員の考えは間違いではないだろう。軽々と日本刀を扱う彼女の姿を見たことが無いのだから・・・。
「そうですね。今度ゆっくり考えさせていただきます。それより少々お伺いしたい事があるのですが」
「何でございましょう?」
「この頃この街で不審火が多いと聞いたのですが、どうなんでしょう?どんな所で多く発生しているのですか?」
 彼女に問いに店員は「ああ」と顔をわずかに翳らせた。
「不審火ですか・・・。そうですね、連続で5件も出火が起きるなんて考えられませんからね。それも五件とも鍛冶屋だなんて・・・」
「五件ともですか?」
「ええ、総て火元は鍛冶屋の炉なんです。でも本来そんな事はあってはならない事なんです。火を扱うことの危険性を職人は皆十分に熟知しているはずなんですから」
 火街で扱われる火は他の都市とは比べ物にならないほどの火力を誇る。勿論鉄を溶かすために鞴で風を送り高熱を作り出しているわけだが、火街全体に張られた結界による火の力がさらに高まるよう調整されているのだ。だから、一度火事が起きれば、結界によって強められた炎によって町全体が火の海と化す危険性があるとも言える。それを熟知している職人たちは火の扱いに関しては特に神経質になって気をつけている。だから連続して五件も出火が起きるなどというのは常識的には考えられないことなのである。
 だが、放火となるとこれもまた少々疑問な点がある。火街は火を扱う事が日常茶飯事なため、建物などにも耐火構造が施されている。また、ある火力がある一定量を超えないと火が強化されないように結界は作られている。つまりちょっとした付け火くらいでは何件も類焼するほどの火は生まれないはずなのだ。それなのに五件で発生した火事は既に数十件の家屋を焼き尽くしている。それ故、炉を扱う鍛冶屋に懐疑の目が向けられるのもまた仕方の無いことかもしれない。
「なるほどな。そいつは確かにおかしい」
 二人の話に割り込んできたのは病的なほど色白な小柄な少年だった。まだ十歳くらいの子供の姿をした彼は夢崎英彦という。彼もまた陰陽寮で依頼を受けた者の一人である。
「不審火があった場所の現場も見てきたけど、特に手がかりになりそうなものは無かったな。焼けちまった店の人間の話によると、当日は火の気は無かったそうだし・・・」
「そうですか・・・」
 やはり放火の線が強いようだ。鍛冶屋が狙われているとすればここもまたターゲットの一つかもしれない。ここは火街でも最大級の炉を構える鍛冶屋なのだから。
「あ、そうそう。こいつは売ってくれないか?」
 夢先が店員に見せたのは小型の苦無と呼ばれる短めの刀である。本当はナイフが欲しかったのだが、それに該当するものが朧には存在しないため、自分の腕力でも振るえるこれを選んだのだ。だが、
「申し訳ございません。当店の武具は十五歳未満の方にはお売りできないことになっていまして・・・」
 店員が申し訳なさそうに頭を下げた、確かに子供が持つにしては危険すぎるものではある。
「なんだと!?俺は十六歳だぞ!」
「そうは申されましても・・・」
 激昂する夢崎に、さらに困った顔をする店員。確かに夢崎の年齢は十六歳であるのだが、外見はその実年齢を見事に裏切り、どう見ても十歳程度の子供にしか見えない。話し方などはかなり尊大なのだが・・・。
 己の矜持にかけて譲らない夢崎と店員のやり取りを聞きながら、天薙はここに張り込む必要性を感じていた。

<鍛冶場>

 焔の作業場では現在も数十人の職人たちが忙しそうに作業に当たっている。真っ赤に燃える炎の中に鉄の塊を入れ、鍛え、水で冷やし固める。ただの鉄が刃に生まれ変わり、魂が込められていく。
 その過程を面白そうに見つめる一人の男がいた。がっしりとした筋肉質な体つきで見上げるような巨漢の男である。彼らと同じ鍛冶屋である少女遊郷だ。例え仕事の方法は違えども、同じ刀を作るという点ではまったく同じ事。他人の仕事を見るのは非常に興味深いことだった。事件の聞き込みなどそっちのけで作業に見入っている。それは彼の肩にぶら下がっている猫も同じ事だった。
(あ〜。俺やっぱり此処好きだなー。なんか懐かしいっていうさ。ワクワクする)
 猫の言葉が思念となって少女遊の脳に響く。
「なら人の姿で聞きこめばいいじゃねぇか」
(仕方ねぇだろ?ここ陰陽師がやけに多いんだからさ。出来れば顔合わせたくないんだよっ)
 くっくっと喉を鳴らして少女遊は笑った。どうやら相方の陰陽師嫌いは相変らずのようだ。もう力を封じられて数百年は経つというのに・・・。もっとも鬼の彼と自分とでは時間の感覚が違うのかもしれない。永遠に近い生命を持つ鬼と百年程度しか生きられない人間とでは・・・。
 少女遊の肩にぶらさがっている猫は普通の猫ではない。数百年の時を生きる鬼の化身である。もっとも鬼としての力の大半は封じられ、現在ではわずかに力を残すのみであるが・・・。名を朏棗という。
「ところで旦那、例の不審火についてなんだが・・・」
 キィーンキィーン。
 鉄と鉄のぶつかりある音が仕事場に響き渡る。鋼を鍛えていた男は、少女遊の問いにジロリと視線を向けた。
「なんか知ってる事はないか?」
「俺達鍛冶師は火とともに生きている。火が無ければ何もすることはできない」
「・・・・・・」
「だからこそ火に敬意を払っているし、その恵みに感謝している。ただそれだけだ」
 職人はそうつぶやくとまた作業へと戻っていった。
(なんだよ。何言ってんのかさっぱりわかんねぇじゃねぇかよ)
「いや、十分だな」
(は?)
 思いもかけない返答に困惑している朏に対し、少女遊は納得して頷いた。
 言っていることは最もである。彼ら火街の職人達が火に関して真剣に向き合っているのは、その作品や仕事に向う姿勢を見ていれば分かる。彼らが火を疎かに扱っているとは考えられない。となると、残された可能性は放火だけである。その者の理由はわからないが、鍛冶屋の工房ばかりを狙うということは何か目的があるのかもしれない。
「ここで張ってみるぞ」
(はぁぁぁ?何言ってんだよ)
「ははは。まぁ、待っていれば分かるだろうよ」
 さらに訳が分からなくなって頭を捻る猫を撫でながら、少女遊は面白がって笑い声をあげるのだった。
 
<深夜>

 朧の夜は早い。なにせ電気がまだそれほど普及していないため、光源は蝋燭などが主流であったりするのだ。当然夜は真っ暗になるわけで日が沈めば大抵の仕事は終わり、皆家路につく。焔も既に炉の火は落とされ職人も皆帰っている。闇に包まれ、昼間の喧騒が嘘のように静まり返った工房に幾人かの人影が見えた。
「こう暗いと何も見えないわねぇ」
「ぼやくな妹御。この依頼を受けることを決めたのはお前だろうが」
 物陰に隠れていた二人の女性が何やら言い合いをしている。
「そんな事言ったってこんなにこの町が暗いと思っていなかったわよ」
「夜暗くなったらすぐに寝る。まぁ理には適っているな」
「そういう問題ではないでしょ」
 陰陽師である和泉怜と小泉優は、昼間の聞き込みや他の仲間の情報からこの朧の炉が狙われているのではないかと検討をつけていた。勿論火街には他にもたくさんの鍛冶屋と工房が立ち並んでいるが、その中でも最大規模を誇る店がこの焔だからである。それだけにここで放火が起きれば大惨事に繋がる恐れもある。
 本当は二手に分かれて、式神の萱鼠を用いて連携を取りたかったのだが、予想以上の暗さにより萱鼠を出しても何も見えず、動かすことができない状態になっていた。流石にこの闇の中で分かれたらお互いの居場所がわからなくなってしまうため、やむを得ず一緒に行動していたのである。明かりをつければ簡単なのだが、放火をする犯人が警戒して工房に入ってこなければそれまでなので明かりは総て落としている。
「確か今回の事件に関係している妖怪って火の車のような奴なのよね」
「火車・・・。なんだかそのような妖怪の話を聞いた事がある。もっとも、昔の事なのでよくは覚えていないが。敵の属性はおそらく火、すると水の力が必要か・・・」
「いないのよね。その水の属性の人・・・」
 小泉はため息をついた。この朧では五行の属性が強く働く。あらゆる生物は五行の影響を受けて存在しているが、そこには相性というものが存在する。今回の敵と思われる火車は火の名前を冠しているところからして恐らく火属性。対してこちらは火に溶かされる金の属性の者に同じ火、それにまったく関係の無い土の属性の者しかいない。すなわち戦闘となればかなり苦しい戦いを強いられる可能性が高いのだ。
「泣き言を言っても始まるまい。今はとにかく事件解決に全力を尽くすのみ」
「しっ。誰か来るわ」
 小泉は口に指を立てて、工房の入り口を指し示した。かすかに月明かりが差し込んでいる入り口に妖しい人影が立っていた。  

<火車> 
 
 それは足音を立てずに入り口を入ると、この暗闇でも中が見えるのかどんどんと炉のある場所へと向う。そして、炉の前に来た時、やおら立ち止って声を上げた。
「鼠ども、何をこそこそしておるのじゃ?堂々と出てくるが良い」
 何とも尊大な口調で、女の声が工房内に響き渡った。こちらが潜んでいることが分かっているらしい。奇襲を諦めて工房に潜んでいた者たちは物陰から立ち上がった。
「これはまた沢山の人間がおるのぅ。わらわを出迎えに来たか」
「別に手前を待っていたわけじゃねぇがよ」
 少女遊は手元の蜀台に明かりを灯した。闇の中からおぼろげに現れたのは十二単のような艶やかな着物を着た女であった。顔や手などは透ける様に白く、ややつり上がり気味の細い目をしている。その年のころまではわからないが、二十歳くらいの瑞々しさと三十代の円熟した女の魅力を併せ持つ美女である。彼女は手にした扇子を口元に当てて笑い出した。
「ほほほ。そろそろ感づく頃かと思うたがやっと来たかえ、陰陽寮の者ども」
「そういう貴女は誰です?」
 伝家の神刀『神斬』を抜き放ち、天薙が問うた。その表情に、昼間見せたようなたおやかさは既に無い。敵を前にして毅然と立ち向かう戦士の顔である。他の者も多かれ少なかれ緊張の色を隠すことはできない。それほどにこの女が放つ妖気が強いためである。非常に蠱惑で艶かしく、それでいてどこか寒々しい冷たさを持つ気。油断すればたちどころにその妖気に魅入られてしまいそうだ。
「随分と不躾な娘じゃのう。刀を突きつけて問うとは・・・。そなたら下郎に話す名など持ち合わせておらぬ。下がりおろう」
「いちいちムカツクおばさんだぜ。名乗りたくねぇんなら、ここでぶちのめしてやる!」
 人間の姿になった朏が腹を立てて殴りかかった。あまり気の長い方ではない。
「止せ!」
 少女遊が制止したが、そんな事など耳にも入らず朏は女の方へと突進した。
「ふん。わらわにその程度の拳がとどくと思うてか」
 手にした扇子が一薙ぎされると、女の周りに強烈な旋風が渦を巻いて吹き荒れる。そのあまりの勢いに突っ込んだ朏はおろか、他の者たちまで吹き飛ばされる。
「な、なんだこりゃぁぁぁ!」
 ドシャ、ガラガラ。
 朏などはまともにその旋風を食らってしまい、作りかけの刀や防具が置かれている山の中に吹き飛ばされてしまった。たちまち鉄の山に埋もれる彼。他の者もそれほどの被害は受けていないが、相当の衝撃を受けたことは確かで直ぐに立ち上げることはできない。
「こいつは・・・。来なくて正解だったな」
 遠くの隅でこの事を見ていた萱鼠はほっと胸を撫で下ろした。より正確にいえばこれを召喚した夢崎がだが。敵が火属性であれば金の自分では役に立たない。そう考えて萱鼠による監視のみを担当していたのが、予想外の強敵の登場にますます自分が参加しなかった選択の正しさを実感する。
「なんてパワーなの!?」
「ほほほほほ。この程度で驚くとは笑止な。我が五火七禽扇の最も弱い突風を見舞ってやっただけというに・・・」
「馬鹿な!これで最弱だというのか!?」
 確かに女はまったく本気を出した風には見えない。単に軽く扇子を仰いだだけ。たったそれだけの行為で六人の能力者が吹き飛ばされたのだ。数多くの術を扱う陰陽師である和泉としても、こんな相手に相対したことは無い。
「まったく、我が僕も不甲斐ないものよ。この程度の輩に敗れるとは・・・。まぁ良いであろう。わらわが初めから手を下しておけばこんな面倒も無かったのじゃからな」
 彼女は炉に振り帰ると、先ほどと同じように扇子を一薙ぎした。今度生み出されたのは激しいの炎の嵐。それは瞬く間に炉を包み込み、爆音とともに炎上する。
「さぁ、見るが良い。これが火車ぞ」
 灼熱の業火の中に確かに車輪のようなものが浮かび上がってきた。紅蓮の炎に包まれながらも回りつづける一輪の車。車が一回りするごとに火炎の勢いが強まり、天井を焦がさんほどの勢いになっている。
「よいよい。傲慢なる人間どもめ、思い知るが良い。自分らが犯した罪の重さを」
「どういう意味なのそれは!?」
「そなたら、これだけの火を起こすのにどれだけの木が使われていると思っておる?また鉄を冷やす水も大量に使われている。山は掘り返され、空気は煙で汚れ動物たちは住む場所を失われた。それでも罪が無いというか?」
「それは・・・」
 小泉は言葉につまる。正直意思の疎通が図れるなら話し合いで解決したかった。だがその考えは甘かったことを思い知らされた。この賑やかな火街も数多くの生命の犠牲の上に成り立っている存在なのである。鉄という人間のためだけの道具のために。
「それに気の流れを変え、気脈の力を自在に操ろうとは傲慢もほどが過ぎようぞ。周りの自然がどうなるか考えたことがあるのか?気の流れが変わるとはその地の力にも変化が生じるということなのだぞ」
 気とは万物に宿るエネルギーのようなもののことである。人も動物も、木から石、さらにはこの星に至るまでが気の流れによって存在していると言える。それを勝手に変えればどうなるか。
「そして乱れた気は地に溜まり、澱み、我らを生み出した。我ら妖という存在をな。我らは忘れぬ。人から受けた仕打ちを。我らを生み出したのはそなたたち人間であるのだぞ。これは人の行いに対する報いじゃ」
 女は哄笑を上げると火の中で回る火車に視線を向けた。
「この火車は火の力を高めたいとする人間の欲望が生み出したものよ。さぁ、火車好きなだけこの街を焼き尽くすがいい!」
 車輪がさらに早く回りだし、炎の勢いがさらに強まろうとしたその時。
「ニャァァァァ!」
 突然天井から舞い降りてきた一条の影が女に襲い掛かった。
「な、なんじゃ、これは!?」
 女は慌ててそれを振り払った。身軽に空中で体を捻って着地したそれは、しなやかな体を持つ黒猫であった。よく見ると尻尾が二又に分かれている。
「猫又か・・・。そなた、もののけであろうに何ゆえわらわに刃向かう?」
「私は人に飼われていましてね。それなりに恩義があるんですよ。可愛い子供たちもいますしね。人は貴女が言うほど酷い存在じゃないと思うんですがね」
 猫の姿でそう語るのは、猫又である黒鉄無音仁。猫又とは十年以上生きた猫が物の怪、すなわち物についた怪になったもののことを指す。現在の彼は以前の飼い主から引き継いだ名を持って、その遺児を育てている。故に人と敵対するものは彼の敵でもある。
「愚かな・・・。わらわと相対するつもりか」
「必要であればね」
 張り詰めた空気がその場を支配した。その間にも火の勢いはどんどん強まり、天井はおろか店全体に火が広がりそうなほど勢いが増している。
「まぁよい。そなたらのような小物をわざわざ相手したとあってはわらわの名折れになる。火もついたことであるし、わらわを帰るとしよう」
 女の体が歪み、炎の中に溶け込んでいく。そして完全に炎と一体と化し消え去った。
「やれやれ、逃げてくれましたか・・・。良かった良かった」
 赤瞳の黒猫はほっとため息をついた。口ではああ言っていたが、本気でこられていれば恐らく負けていただろう。同じ妖の者であるからこそ、その力量の差というのもはっきりと分かる。
「良かねぇだろうが。これどうするんだよ」
 燃えさかる炎を指差す少女遊。あたりはかなりの熱気に包まれており、工房の中にいるだけでむせかえるほどの暑さを感じる。このままでは今までの事件の二の舞になってしまう。
「く・・・。駄目か」
 和泉が投げた水の呪符は、あまりの炎のために総て効果を発揮する前に焼き尽きてしまう。普通の炎であれば消火はたやすいのだが、火車がいるために火の勢いが強まり術が通用しないのだ。加えて火街に敷かれた結界も作用してさらに火の勢いは高まっているのだろう。このままでは大火事になってしまう。
 打つ手無しか。そう思われたとき、天薙の目にぐるぐると回る火車の姿が入って来た。炎の勢いは火車の回転とともに強まっている。逆に言えばこれを止めれば火の勢いは弱まるかもしれない。だが、どうすればいいのか。自分の属性は金。火の火車とはかなり悪い。もうひとつの武器妖斬鋼糸を用いても途中で熱で溶かされてしまう可能性が高い。水があれば・・・。
「和泉さん、その符をこの糸に付与することはできませんか?」
「どういうことだ?」
「鋼糸に水の力を絡ませればあの火車をとめられるかもしれません。そうすれば火の勢いは弱めることができます」
「なるほど・・・。火が弱まればこの符も効くようになるかもしれんな」
 鋼糸は鋼を特殊な技術で糸のように細く加工したものである。その糸を飛ばし幾重にも絡ませれば車輪の動きを止められるかもしれない。水気で火の力にある程度耐えられればそれも不可能では無いだろう。
 小泉は一縷の望みをかけて天薙の手にある鋼糸に符を貼り付けた。途端に鋼糸を細かい水の泡が覆う。天薙は運を天に任せて鋼糸を火車に放つ。
 そして・・・。

<土産物>

「う〜ん。やっぱり光物が一番」
 金で出来た腕輪を見つけて黒鉄はご満悦であった。花屋で待つ子供たちには土産物として小太刀などを買ってやった。兄はともかくとして弟の方は喜ぶであろう。
「・・・親というのは苦労するものですね」
 土産物を物色していた時、何度この言葉を繰り返した事か。十五歳と反抗期に入った息子は、自分とろくに口も利いてくれない。困ったものである。
 だが、こんなにのんびりと買い物が出来たのも火事が大事に成らなかったからである。焔の工房はかなりの部分が焼け落ちてしまったが、それ以外の類焼は避けることができた。初期の消火活動が功を奏したためだ。この件の顛末を陰陽寮の月読に伝えると大いに彼らに感謝の意を示し労いの言葉をかけた。
 だが工房内で出あった女の話をすると、突然その白皙の顔が翳り、「そうですか」と答えたきり何もいわなくなってなってしまった。あの女と月読の間にどのような関係があるかはわからないが無事依頼が終了するのだった。
 夢崎は何とか店員を説得して苦無を変えたことを付け加えておく。 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 属性】

0328/天薙・撫子/女/18/大学生/金
    (あまなぎ・なでしこ)
0626/黒鉄・無音仁/男/275/「黒鉄堂」店主兼「花の黒鉄」店主/金
    (くろがね・なおひと)
0555/夢崎・英彦/男/16/探究者/金
    (むざき・ひでひこ)
0545/朏・棗/男/797/鬼/金
    (みかづき・なつめ)
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶/火
    (たかなし・あきら)
0427/和泉・怜/女/95/陰陽師/土
    (いずみ・れい)
0498/小泉・優/女/22/陰陽師/火
    (こいずみ・ゆう)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 陽の章〜火街〜後編をお届けします。
 今回は属性を見ていただければお分かりのとおり、過半数が金の方が占め、火の敵を相手に苦戦を強いられました。ただ、敵の属性に対する対抗策を用意しておけばその弱点を克服することも可能なので色々と試してみてください。
 この依頼には合計15名ものお客様にご利用いただき満員御礼の状況となりました。誠に有難うございます。多人数のため二部構成となりましたが、何卒ご了承ください。前編の方の結果を見ていただければ、さらに今回の事件がどのように起きていたのかを知ることができます。神泉に関しても前編に描かれていますので。是非一度お読みください。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のご意見はなるだけ作品に反映させていただきたいと思います。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。