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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:『不動尊』 〜嘘八百屋〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 ああ、申し訳ありません。
 少しばかり、手伝っていただけませんか。
 いえいえ、そんなに難しい話ではございません。
 この『不動尊』像を、西岡水源地の廟に収めてきて欲しいのです。
 ええ。これは、先日盗まれた像の複製品です。
 まったく、仏像なんか盗んでどうするつもりなのか‥‥。
 とにもかくにも、像がなければ体裁が悪いですから。
 こうして複製品を作った次第でございます。
 ですが、私にも商売がございまして。なかなか店を空けるわけにも参りません。
 代わりに行ってきていただけませんか。
 もちろん謝礼はお支払いいたします。
 それと‥‥できれば夜にやっていただいた方が犯人と鉢合わせる可能性が‥‥。
 おっと、これは失言でした。
 犯人探しなどする必要はございませんから‥‥。
, それでは、宜しくお願いいたします。




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『不動尊』


 中天にかかる三日月は、まるで剣のようだ。
 人を斬ったばかりの血刀。
 滴る紅が光となって、地上を薄赤く照らしている。
「‥‥べつに俺一人でも良かったんだがな」
 野性的な微笑をたたえ、男が呟く。
「本当にそう思うか?」
 人形のような動作で視線を返し、女が質問する。
 巫灰滋と和泉怜だ。
 二人の影が湖面に揺れる。
 西岡水源地。
 西岡公園の別称でも知られる憩いの場だ。
 むろん、巫と怜は物見遊山で郊外の公園に足を運んだわけではない。嘘八百屋からの依頼を受け、仏像を廟に安置するためにやってきたのである。
 簡単な仕事だ。
 おそらく子供にでもこなせよう。
 表面だけを見れば。
 ただ、物事には裏面の事情というものがある。
 蒼い髪の陰陽師が問うたのは、つまり、そういうことだ。
 浄化屋の笑いが苦笑に変わる。
 判っているのだ。だが、彼が口にしたのは別のことだった。
「良い細工だぜ。嘘八百屋にこんな技能があるとはな」
 件の仏像が入ったウェストポーチをさする。
 この一事だけでも、彼がこの仕事を簡単には考えていないことが明らかだった。
 両手が自由になり、かつ、身体の動きを阻害しないバッグ。
 安穏な依頼であれば、このような選択はすまい。
「私は彫刻のことは良く判らないが‥‥」
 ストレートに怜が反応する。
 やはり、まだまだ歪曲した言い回しは判らないようだ。
 それでも、と、巫は思う。
 最初にあった頃に比べれば、かなり反応が良くなっている。
 以前であれば、「あの男の彫刻技能と今回の依頼と、何の関係がある」くらいの突っ込みはあっただろう。
 これは、怜が成長したのか妥協の結果であるのか、断を下すのはなかなかもって難しい。
「?」
 相棒の苦笑を眺め、小首を傾げる異相の美女。
「なんでもない。それより、そろそろ見えてきたぜ」
 何となく照れたように言って、浄化屋が指を指す。
 光源など何もない場所で、流石の視力だった。
 怜も軽く頷く。
 彼女にも見えているのだ。
 林の中にひっそりと佇む廟が。
 そして‥‥。


 西岡水源地は、もともと、その名の通り水源として開発された。
 現在は、豊平峡ダムに役割を譲り、閑雅な自然公園として市民に親しまれている。
 貯水池の広さは、六ヘクタール弱。公園自体の広さでいえば四〇ヘクタールほどだ。
 自然公園と銘打つからには、人工物は極端に少ない。
 せっかく綺麗な人造湖(正確には池)があるのだから、貸しボートくらいあっても良さそうなものだが、地域住民の強硬な反対に遭い設置されなかった。ちなみに、パークゴルフ場をつくるという計画も頓挫している。
 なるべく自然のままに、というわけだ。
 人の手で構築した公園に自然を求めるというもの笑止な話ではある。だが、当時の人々の熱意は真剣そのものだった。
 そしていま、西岡公園では北海道の野鳥の半分以上が観察できる。
 動物相(フォーナ)や植物相(フローラ)も健全だ。
 ヒグマやオオカミも出没するという噂もあるが、まあ、これは単なる噂だろう。
 住宅街の真ん中に熊が現れるはずがないし、オオカミは既に絶滅している。
 もし現れるとすれば、肉体を持たぬ輩だ。
 有名な心霊スポットなのである。
 同時に、カップルスポットでもある。
 夏の宵ともなれば、精神的な涼を求める若者や、スリルと快感を求める恋人たちで、けっこう賑やかだ。
 この場所に幽霊がいるとするなら、さぞ張り切ることだろう。
 まあ、冗談はともかくとして、この季節に訪れる人は少ない。
 まして、夜更けに公園を徘徊する酔狂者など、巫と怜を除けば、仏像盗難事件の犯人くらいのものだ。
「‥‥いきなりビンゴだな」
 巫の赤い瞳が挑戦的に輝く。
 公園内にある不動明王の廟の周囲には、幾人かの人影があった。
 距離にして一〇数メートル。指呼の間といって良い。
「‥‥こうなることは、最初から判っていた」
 氷のような口調で言いつつ、怜が長衣の隠しに手を入れ、数枚の紙片を取り出す。
 ただの紙だったそれは、一瞬の後、三本足の鴉となって音もなく飛翔していった。
 式神である。
 このような事態に備え、予め用意していたのだ。
 待つことしばし。
 ぴくりと、怜の眉が動いた。
 配置完了。
 巫が頷く。
 もともと積極攻撃型に属する二人である。先制攻撃を仕掛けるのに躊躇はない。
「‥‥行くぜ」
 おもむろに呟いて、煙草に火をつける。
 宣戦布告であった。
 廟の周囲に群がる人影が振り返る。
 だが、驚いたのは機先を制したはずの二人だった。
 瞳が見開かれる。
「‥‥妖の類か‥‥?」
 感情を含まないはずの怜の呟きすら、わずかに掠れていた。
 退化した耳。左右に大きく離れた目。薄い唇と尖った歯。
 ‥‥そして、皮膚を覆う鱗。
「河童‥‥っていうには、愛嬌が足りねえな‥‥魚人ってところか」
 巫女の軽口すら精彩を欠く。
 なぜか生理的嫌悪感をもたらす相手だった。
 その魚人たちは、ゆらゆらとこちらに接近してくる。
「‥‥友好的な歩み寄り、って感じじゃねぇな‥‥」
「ならば、仕方がないな」
 言って、怜が軽く右手を振る。いつの間にか、日本刀が握られていた。妖刀「妖」である。
「剣呑だねえ」
「話し合いが通じる相手ではない。徹底的に叩きのめすべきだ。そう言ったのはお前だろう」
「そこまで言ってねえよ!」
 熱心に反論する浄化屋だったが、残念ながら一顧だにされなかった。
 ぶつぶつと口の中で悪態をつきながらも、視線は魚人たちから外さない。
 なんとも不気味な連中だ。戦闘に向かう興奮も恐怖も感じられない。まるで未熟な人形使いに操られるパペットのようだった。
「怜。すまん」
 唐突に巫が謝った。
「なんのことだ?」
 当然、怜には理解不能である。
 じつは、巫は怜のことを人形のようなヤツだと思っていたのである。だが、認識を改める必要がありそうだった。よしんば同じ人形でも、異相の美女は最高級の自動人形(オートマタ)だ。翻って、前方の魚人ときたら、泥人形以下である。
「なんでもない。じゃあ、そろそろ、おっぱじめるぜ!」
 相棒の反応を無視しつつ、雄叫びをあげる。
 掌が力強く打ち合わされ、朗々たる祝詞が流れだした。
 このような外見の人間はいない。となれば、何者かに憑かれていると考えるのが妥当だ。
 だが、魚人たち前進をやめない。
「ち! 効果なしか! 怜、頼む!!」
「わかった」
 ごく落ち着いた口調で応え、銀の瞳の陰陽師が、一歩進み出る。
 巫が役立たずとなれば、彼女一人で引き受けるしかない。
 彼我の戦力比は四対一だ。圧倒的に不利な状況であるが、べつに恐れた風もなかった。
 瞳と同色の剣光が走る。
 一閃。
 ほう、と、巫が嘆息した。
 太刀筋がほとんど見えない。凄まじいまでに鋭い剣戟である。
 しかし、
「だめだ」
 事も無げに告げる陰陽師。
 刀身は白銀のままだった。鱗で弾かれたのだ。
 鍛え抜かれた刃すら通さぬ鱗。まるで龍の眷属のようだ。
 数瞬は怯んだものの、すぐに前進を再開する。
 何事もなかったかのように。
 じりじりと怜が後ずさる。
 逃走ではない。文字通り無用の長物と化した「妖」を数珠に収納し、代わって隠しから呪符を取り出す。
 純粋に攻撃用の符だ。
 魚人が水棲生物だと仮定すれば、雷神符が効果があるやもしれぬ。
 放たれた式が不規則な軌道で魚人に迫り、幾筋もの雷光が闇を奔った。
「‥‥これも駄目か‥‥」
 呟く怜。
 どうも、足止め以上の効果はないようだ。
 さして残念そうにも見えなかったが、状況は芳しくない。
 逃げるしかないだろうか。
 魚人たちの動きは緩慢だから、逃亡は難しくないだろうが‥‥。
「‥‥こんな場合だが、嫌なことを思い出しちまった」
 腋下に微量の汗を感じながら浄化屋が口を開く。
「なんだ?」
「インスマウスって知ってるか?」
「それは何だ?」
「街の名前だ。同時に奇妙な伝染病の名前で、バケモノの名前でもある」
「‥‥こいつらがそうだというのか?」
「さてな。一つの可能性として、だ」
 じりじりと後退しながらの会話である。滑稽に見えないこともないが、真剣そのものだった。
 今のところ、この説を否定する材料はない。念のため、噛みつかれたりせぬよう注意した方が良いだろう。
 と、そのとき、怜の足が滑った。
 西岡公園自体が巨大な湿地帯である。足下が悪いことこの上ない。
 転倒は免れたが、二人の足が止まってしまった。
 魚人との距離が詰まる。
「ち!」
 舌打ちとともに、浄化屋の両腕が突き出された。
 同時に数個の炎塊が生まれ、弾丸となって魚人へと飛ぶ。
 火だるまになる四匹の魚人。
「なんだ? その技は?」
「ちょっとな」
 巫の奥の手、物理魔法であった。
 師匠であり恋人でもある人物からは使用を控えるように言われているが、このような場合には仕方あるまい。
「ほう。少しは効いているようだな。いや、炎そのものには効果がないようだが」
 冷静に怜が観察する。
「火が燃えるためには酸素が必要なんだ」
 短く説明する。
「なるほど、酸欠か」
「そういうことだ」
 辛辣な笑みを浮かべる浄化屋。
 どのような生物であろうとも呼吸をせねば生きてゆけない。魚人の呼吸器官がどのようなものか想像もつかぬが、この法則は有効なはずである。
 確実な自信があったわけではない。それでも、結果は吉と出たようだ。
「では、私も先訓を取り入れるとしよう」
 呟いた陰陽師の手から符が飛ぶ。
 魚人を包む火勢が、ますます強くなった。
「何をした?」
「陰陽にも、焔を操る技がある」
「なるほどな」
 会話を楽しみつつも二人の顔から緊張は消えていない。
 敵が倒れたわけではないのだ。
 と、案の定、魚人が動いた。
 ただし、彼らに向かってではなかった。
 相変わらず緩慢な動作で貯水池へと進む。
 苦悶の声すら発することなく。
「‥‥逃げる気か‥‥?」
 一種悪夢のような光景を漫然と見送る。
 やがて、水と炎が接吻する音が周囲を満たし、即席の霧を盛大に発生させた。
 しばしの間、水面を睨みつけていた二人だったが、ふたたび魚人が上がってくるような気配はない。
 ほっと息をつく巫。
「追撃しないのか?」
 異相の美女が訊ねる。
「‥‥やめとこうぜ‥‥」
 疲れたような声を、巫が絞り出した。
 いっそ、逃げてくれた方が都合がよい。現状では炎の攻撃が有効だったが、致命傷を与えるには到っていないのだ。勝算の立たぬ戦いなどせぬ方が良かろう。
「‥‥そうだな」
 言外の言葉を察したのか、簡単に怜が頷いた。
 この隙にやっておきたいこともある。
 本来の仕事である仏像の安置だ。
「いまさらどのような意味があるのか判らないが、仕事は仕事だ」
「まったくだ」
 ウェストポーチから不動尊の小さな木像を取り出し、浄化屋が廟へと歩を進める。
 それにしても、魚人たちは廟の周囲で何をしていたのだろうか。
 疑問の雲が沸き上がる。
 おそらく状況から考えて、元々の像を持ち去ったのは奴等だ。
 何のために?
 その答えは、廟の中にあった。
 覗き込む巫の顔が、恐怖とも嫌悪ともつかない表情に彩られる。
「怜! ちょっと来てくれ!」
 深夜の公園に、浄化屋の声が木霊した。
 紅い三日月が、冷たく見つめていた。悪意の微笑をたたえながら。


「これが、廟においてあった像だ」
 小さな音を立てて、奇妙な物体がテーブルに置かれる。
 全体としては、人間に近い形態だ。
 だが、両手に水掻きのついた人間などいないし、顔の造形も醜悪そのものだった。
 異様に分厚い唇。あまりにも突出した目。
「アンタなら、これが何か判るんじゃないか? え? 嘘八百屋」
 わずかに尖った口調で、巫が問いつめる。
「‥‥まさか、事態がここまで進んでいるとは思いませんでした‥‥」
 溜息をつく。
「お前がそんな顔をするのは初めて見たな」
「恐縮です‥‥」
「で? これは何だ?」
「ペリシテの妖神、ダゴンです‥‥これがあったということは、もうインスマスは地上に現れていましたね‥‥」
 力無い回答と、力無い確認。
 巫と怜が頷く。
 やはり、あの魚人たちはインスマウスだったのだ。
「‥‥そうですか‥‥」
「いったい、何が起こってるんだ?」
「‥‥もうあまり時間がないかもしれません‥‥」
 だが、和服の青年はこめかみに右手の指を当て、そう呟くのみであった。
 痛々しそうな視線を送りながら、銀の瞳の美女が黙然とたたずんでいる。
 嘘八百屋の心痛を察しているのだろうか。
 解答を知る術を、浄化屋は持たなかった。


  エピローグ

「なにか知っているのか?」
 結局、たいして事情も判明せぬまま、嘘八百屋を辞去することになった二人だったが、堪りかねたように巫が相棒に問いかけた。
「今回の事件に関してか?」
「そうだ」
「何も知らない」
 嘘をつくような性格の陰陽師ではない。そもそも嘘をつく理由がない。
 本当か、などと巫は聞き返さなかった。
「ただ、知っていることもある」
 そう言って、ぽつりぽつりと怜が話を始めた。
 かつて、この島で事件があった。
 革命に破れ、中国大陸でも行き場を失った白ロシアの魔術師たちが、捲土重来を期して北海道に押し寄せたのだ。
 この時、魔術師と戦い、島を守り抜いたのは神居の戦士たちである。
 そして、彼らを影ながらバックアップする人物がいた。
 その人物は、敬意を込めてレラ・カムイ(風の神)と呼ばれていたという。
「‥‥もう七〇年も昔の話だ」
「そのレラ・カムイが嘘八百屋なのか?」
 胡乱げに巫が問う。
 どう考えても、嘘八百屋は七〇歳以上には見えない。
 だいたい、見てきたように語る怜も、二〇歳そこそこではないか。
 しかし、巫の疑問に答えることなく怜が続ける。
「あの男は私に言った。自分はこの島に住む人々の生活を守りたいだけだ。そのためなら鬼にでも羅刹にでもなる、と‥‥」
 夢の名残を追うような呟き。
 思わず、はっと立ち竦む浄化屋。
 そんな相棒の様子に構わずに歩を進める陰陽師。
 上空では、闇の勢力を撃退するため、遙かな地平から太陽の先兵たちが行軍を開始していた。
 街灯が一つ二つと消えてゆく。
 夜明け前の街路を、乾いた風が吹き抜けていた。


                     終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0427/ 和泉・怜     /女  / 95 / 陰陽師
  (いずみ・れい)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。
「不動尊」お届けいたします。
毎度のご注文ありがとうございます。
今回はバトルが中心でしたが、楽しんでいただけたら幸いです。

さて、なんだかシリーズものになりそうな雰囲気です。

それでは、またお会いできることを祈って。