コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


嘆く迷い

*オープニング*

 ゴーストネットを最近賑わせている話題の一つに、芥子林家姫君の怨念、と言うものがあった。

 芥子林とは室町の時代から名を連ねる由緒ある武家の一族だったが、江戸の時代に何らかの事情で血筋が途絶えてしまっていた。その武家屋敷跡がこのあたりにあったらしい、と言われている。あくまで仮定形なのは、その没落時に広大な武家屋敷は全て焼失しているうえに、芥子林一族の記録までもが闇に消えているからだ。故に、この『けしばやし』と言う名を持つ一族が存在した事自体、架空の話なのではないかとまで言われている。

 「…でね、スッゴイ綺麗なお姫様の霊が現われて、その場に居る人にひとつ問い掛けをするんだって。で、その答えが意にそぐわないものだと……」
 「お、襲われちゃったりする訳!?」
 「ううん。ただ、お姫様は悲しそうな顔をして消えちゃうだけなんだって。でも、あんまりにもその表情が悲しそうなんで、遭遇した人はすっっっごく罪悪感を感じちゃうそうだよ?」
 「うーん…なんかそれもイヤよねぇ…」
 ファーストフード店で噂話に興じる女子高生の話を盗み聞きした。まるで、通り掛かった旅人に問題を出して答えられなければ食べてしまう、スフィンクスみたいだなと思いながら。
 面白そうじゃん。そう呟いて、残りのポテトを全部口の中に放り込んでその店を出た。

 女子高生の話はまだ続いている。
 「あ、でもね、お姫様の望みを叶える事ができなかった人には、呪いが掛かるみたいよ? なんか、幸せな結婚が出来なくなるとか何とか………」

*イマドキの幽霊事情*

 ゴーストネットで人々がネットダイブに興じていたりする脇を、すり抜けるように…と言うか、本当にすり抜けているのだが、幽霊の棗・桔梗は文字どおり漂っていた。江戸の初期を生きた桔梗であったが、この長きに渡る幽霊暮らしから、移り変わる文明も逐一その目に納めて来ていたし、元々新しいもの・面白そうなものに興味を引かれる好奇心旺盛な性格であったので、この近年のパソコンブームと言うのにもしっかりと順応していた。尤も、自分でマウスを操作できる訳ではないので、人が操っているのを背後から覗くしかないのだが。時々、見たいページがあったりすると、霊感の強そうな相手を見つけてこっそり耳元で囁いてみたりする事はご愛敬、と言うことで…。
 ふと、桔梗が歩み?を止める。ひとりの制服姿の女子高生が真剣な面持ちで画面を見入っているのに気付いたのだ。長く綺麗な黒髪のその少女は、どこかの掲示板を読んでいるようだ。そこで、桔梗も彼女の肩越しに、背後から覗き込んでみる。それは、心霊的な噂話ばかりを集めた掲示板のようだ。そして、その女子高生が覗き込んでいる記事はと言うと。
 『……へぇ。質問に答えられないと、呪いを掛けるお姫様の幽霊ねぇ……』
 ふむ、と桔梗は手を頬に添えて思案する。同じ幽霊として、これはちょいと頂けないね。幽霊だから何かを望んじゃいけないって訳じゃないけど、でもだからと言って望みが叶えられなければ相手を呪う、なんてのはいけないじゃないか。そんな事をするから、幽霊全体の信用問題そのものに亀裂が……って、普通はあたし達の姿は見られないんだから、しょうがないか。
 『いずれにしても、放ってはおけないね。同じ女だし、なにかあたしで役に立てる事もあるだろうよ』
 頷き、桔梗は静かにその場を去る。一応、ガラスの扉を抜けて店を出て行った。その背中を、先程まで桔梗が覗き見していた少女が見送っていた事には、桔梗本人は気付かなかった。

*調査*

 とは言ったものの…と桔梗は腕を組んで思案する。相手は、噂に寄ると武家社会のお姫様と言うことだ。とすると、遊女であった自分とはあまりにも立場や生きて来た環境が違いすぎる。今でこそ、そう言った身分社会など下らないものだと分かったが、あの時代はそれが当たり前であった事も分かっている。だとすれば、素直にそのお姫様が自分の言葉に耳を貸してくれるとは到底思えず…取り敢えず、そのお姫様の事などをちょいと調べてみようかね、と思い付いた。
 とは言え。
 その、お姫様の出没すると噂される周辺に漂っている霊達の殆どは、どうやら姫君よりも後の時代の生まれらしく、桔梗の質問にも首を傾げるばかりだ。それよりも古い時代、桔梗と同じかそれよりも前の時代の霊達は、既に生前の姿を忘れてしまってただの意識だけの存在となってしまっている事が多い。故に、生前の記憶も無いため、話の聞きようがないのだ。あらいやだ、あっさり手詰まりねぇ、と桔梗が苦笑いをした時、なにかの気配がした。
 『………あれは…?』
 気配に気付いて振り返った桔梗の目に飛び込んで来たのは、一本の古い桜の木だった。こんな街の中にあって尚大きく枝を伸ばし、春にはさぞや見事な花を咲かせるだろうと予想のつく、立派な樹木だった。
 『今、あたしに声を掛けたのは、あんたかぇ?』
 歩み寄った桔梗が、その桜の木に話し掛ける。当然、桜の木は答える訳もなく。だが、魂が無い訳ではないのだ。ただ人間のように言語と言う概念が無いだけで。だから、人間よりも肉体を持たない分、意識的な力の強い桔梗達のような存在とは、意思疎通と言う形で会話をする事ができる。それはまるで、言葉でではなく、感情や記憶を、そのまま遣り取りし合うような。

 桜の木の見た記憶も、古いせいか断片的ではあったがそれでも何となくは理解できた。
 古い武家屋敷、争う声、門を破って乱入する武士達。肉や骨を断つ音、燃える匂い、焼け落ちる家屋。…そして、燃え尽きた後は更地になり、長い時を経てそんな事実があった事もその場にあった空気が風に飛ばされて流れてしまったのと同じように消えてしまい。
 芥子林家は、大変由緒正しい江戸の初期から続く名家であったが、当時の権力争いに巻き込まれ、濡れ衣を着せられた上に家名剥奪のうえ親戚縁者全て命を持ってしての断罪、と言う悲惨な結果に終わった。その影には、この芥子林家が幕府の暗い部分を請け負う役目を果たしていて、その証拠湮滅の為に罪を着せられた…とも当時は噂されたが、証拠のなにも残っていないので、真実は永遠の闇の中だ。ただ確かなのは、その際に殺害された、篠姫と言う美しい姫君の霊が、今もこの周囲を漂っている、と言うことだけ。
 『姫君の無念、か…あたしには良く分からないけど、この姫さんは、濡れ衣を着せられた一族が悲しいのか…それとも、別に何かあるのか…』
 一族、と言っても両親と兄妹達ぐらいしか知らない、それが当たり前の時代に生まれ育った桔梗には、家の名誉とか、そんな事は良く分からない。でも、家族を謂れ無い理由で殺されたりしたら、そりゃあ悔しいだろう。桔梗の性格的には、犯人を草の根分けても捜し出して、自分や家族が負った以上の苦しみを与えてやるかもしれない。だけど、そんな事をしても何の解決にならないことも知っているのだ。長い間、色んな事を色んな場所から眺めて来て、憎しみは憎しみしか生まない事が分かったから。だから、もしその姫が、憎しみに囚われてでも余りに長きに渡ったが為に混乱を生じ、恨みを晴らす本当の相手を見失って、結果、関係ない通りすがりの人間に迷惑を及ぼしているとするならば、そんな感情から開放して、安らかな眠りにつかせてやりたい…そう、桔梗は思った。

*出逢い*

 とは言え。
 そのお姫様を説得するにせよ叱りつけるにせよ、出逢わない事には話にならない。が、彼女が自分の前に姿を現わすとは限らないし、掲示板の書き込みによれば、そのお姫様が姿を見せる相手に何らかの共通点がある訳でもなかったのだ。(尤も、共通する何かがあったとしても桔梗の場合はまず自分が幽霊であると言う点で駄目なんじゃないかと思われるが)
 とにかく桔梗は、その現場となるとある繁華街の一角、賑わしい所から一歩奥へと入った路地へと向かった。いろいろ考えてもしょうがない、行けばどうにかなるもんだと前向きなのが桔梗の性格だ。そこは、一本道を奥に入っただけなのに急に静けさが辺りを包む、一種聖域のような場所でもあった。その篠姫と言う姫君が現われる所為なのだろうか。夜の帳が降りてただでさえ静かなこの周辺が、最近の幽霊話のせいで更に人通りがない。そこに独り佇んで桔梗は、来るかどうかすら分からない篠姫の霊を待った。

 どのぐらい時間が過ぎた頃だろう。欠伸混じりに桔梗がほつれた後れ毛を指に捲きつけて遊んでいた時、急に周囲の空気が冷えたような気がした。尤も、桔梗本人は気候の変化には左右されない存在なので、あくまでそう言う気配がしただけなのだが。少しだけ緊張して桔梗が辺りを見渡すとあの桜の木の下辺りになにやらぼんやりとした白い影が見える。それはまたたくまに人の形になり、桜の花を彩った、豪奢な刺繍の入った着物を着た美しい女性の姿になった。切り揃えた一房の髪を耳の前に垂らし、銀色の手間暇掛かった細工物の簪を綺麗に結った黒髪に飾っている。身体の前で緩く組んだその白い手は、今まで一度も水に浸かった事がないと思えるぐらいにたおやかで。見れば見るほど、自分とは生まれも育ちも違うんだ、と思い知らされて、我知らず桔梗は苦笑いを浮かべた。
 『でも、今となっちゃあ、姫さんもあたしも同じだぁね。臆してる場合じゃないよ、桔梗サン!』
 「ねぇ、あんた…もしかしてあんたが、この辺を騒がしている武家屋敷の姫君の霊って奴かい?」
 桔梗がそう声を掛ける。最初、篠姫は桔梗の存在が分からなかったようだ。暫くして、まるで何かの周波数を合わせたかのように目の前に佇む彼女の存在に気付いて、ああ、とあんず型の綺麗な目を見開いてみせる。
 「騒がしているかどうかが分かりませんが…わたくしは此処に屋敷を構えておりました、芥子林家の一人娘で御座いましたが」
 「分かりません、じゃないんだよ、まったく。あんた、自分が世間でどれだけ話題になっているか、知ってんのかい?」
 そう桔梗が呆れたように言うと、篠姫は不思議そうに首を傾げる。どうやら本当に分かってないらしい。そこで桔梗は、ネット上で流れている噂を教えてやった。すると篠姫は、ふるふるとその可愛らしい顔を左右に振る。そうすると、髪に飾った簪がしゃらしゃらと涼やかな音を立てた。
 「そんな…わたくしはただ、ここで時々出逢う方に物を尋ねただけで…そんな、呪いを掛けるとか…そんな能力は、わたくしには御座いませんわ」
 「ま、そう言われりゃそうなんだけどねぇ。で、ところで姫さん、あんたの質問ってのはなんなのさ?」
 そう桔梗が聞くと、急に篠姫は悲しげな表情になった。そして、やや俯き加減でこう言った。
 「…わたくしは、どうすれば良かったのでしょうか…?」
 「………はい?」
  思わず桔梗が素っ頓狂な声を上げる。慌てたように、篠姫が言葉の続きを話す。
 「…あの、わたくし実は…なにが心残りでこの世に留まっているのかが分からないのです…何か、あった事だけは覚えています。そしてその事にわたくしは迷っていたのだと言う事も。でもその、肝心な内容を覚えていなくて…でも迷う気持ちだけは残ってしまっているので、そのまま還る訳にも行かず…」
 思わず桔梗は、自分の額を押さえる。生まれと育ちが違うってだけで、人間こんなに違ってくるもんかぇ?この、おっとりと言うかぼんやりと言うか、これはまさに上流階級のおひぃさんだねぇ、と桔梗が笑う。
 「それじゃまぁ質問を変えて、っと…あんた、ここで逢う人に質問をしただけ、って言ったじゃないか。でも、この場所はたくさんの人間が通るんだよ。少なくとも、時々なんて言う頻度じゃない。さっきもあんた、あたしの姿が最初は見えて無かったみたいじゃないか。だから多分、『あんたの目に映る人間』が時々通り掛かるから、ッて事なんだとあたしは思うのさ。…どうだい、その人間達に、何か共通点とか、ないのかい?」
 霊が、前世の記憶を失ってしまうことは珍しい事ではない。むしろ、この三百年余りの長きに渡って自分を確固たるものとして保ち続けている桔梗のようなタイプの方が珍しい。だから、篠姫が自分の無念を忘れてしまう事も致し方ないとは思うのだが、それでも成仏できないのなら、分かる所から少しづつ思い出させて行こう、と思ったのだ。篠姫は、桔梗の言葉に真剣に何かを思い出すような表情をして考える。そして、ふと目を開き、桔梗の方を見た。
 「あれは…分かりましたわ、わたくしが出逢った者達は皆、武家の者達です」
 「…今の時代にお侍さんはいないから、多分その人達の前世が武士だった、って事だろうねぇ。…で、なんであんた、お侍さんに話を聞きたがるんだい?何か理由があんだろ?」
 「ええ、わたくし、総三郎様に………あっ。」
 篠姫が小さな声を漏らす。その様子を見て桔梗の口元が笑みの形になった。どうやら篠姫は、誘導尋問に引っ掛かったように、過去の記憶の一部を思い出したようだ。
 「総三郎様と言うのは、わたくしの屋敷に時折出入りしておりました、町方同心で御座いました…」
 彼女と仄かな恋愛関係にあったその同心は、御家人とは言え、その当時の芥子林家は松平・井伊と並ぶ正四位上中将クラスの官位を持つ家の出の篠姫と釣り合う訳もなくその恋愛は最初から許される筈もなかった。そしてその頃同時に起こった、芥子林家を巡るなんらかの争い。それをどこからか情報を入手して篠姫に知らせ、そして共に逃げようと言ったのはその総三郎とか言う武士だった。だがあの時代、駆け落ちして幸せに暮らすなどと言うことは夢のまた夢。そのうえ、危機に瀕している我が家名を放置して、なぞ。だが、恋心に迷う自分も当然居た訳で。
 …だから、当初の質問になる訳である。私はどうすればいいのか。家を取るべきか、それとも恋を取るべきか、と。
 「…それじゃ結局、あんたは男を取らずに家を取ったんだね。ここでこうやって、姫君の姿でさ迷っているという事は」
 「恐らく…その辺りの事はまだ思い出せませんが、そうなのでしょうね。そしてわたくしは、無意識のうちに総三郎様と同じ面影を持った方に、もう一度連れ去って欲しいと願っていたのでしょうね」
 「気が済んだかい。心のツカエ、もう取れただろう?今更、昔の男の事を想ってもしょうがないってもんさね。そいつもきっと、もうどこか別の場所へ転生しているかもしれない。だったらあんたもさっさと一回成仏して、そいつの後を追い掛けたらいいさ」
 桔梗がそう言うと、篠姫がにこりと笑って頷く。ふと、首を軽く傾げてこう問うて来た。
 「あなたは…何故今でもこの世を彷徨い続けているのですか?何か、心残りでも…?」
 そう問われて改めて桔梗は思い起こしてみる。が、別段思い浮かばなかったので肩を竦めて舌を出した。
 「さぁねぇ。あたしは多分、この世が好きなんだろうよ。時代は変わっても人は変わらないからね。そんな感じじゃないかぇ?」
 さ、もうお行き。夜が明けちまうよ。そう桔梗が言うと、篠姫は深々と頭を下げると静かに消えていく。ひとつの眩い光の球が、すぅっと空に昇っていくのを、何人かの者が目撃した。
 『…農家の出のあたしに頭を下げて行くなんて、あの姫さん、意外と懐の広い人間だねぇ。ま、尤も、身分違いの恋をしてしまった時点でそんなちっちゃい事には拘わらないタイプなんだろうけどね』
 夜が明ける。桔梗は別に深夜でも真昼でも活動に制限はないが、昨夜は徹夜で姫さんと話をしていたんだし、何処かで一休みをしようと 欠伸を漏らしながらその姿を光に消した。


おわり。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 0616 / 棗・桔梗 / 女 / 394歳 / 典型的な幽霊 】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ども、ライターの碧川でございます。棗・桔梗サマ、2度目のご参加ありがとうございます。また桔梗姐さん(だから勝手に呼んじゃあ…)にお会いできてとっても嬉しいです♪
 残念ながら見事な平手打ちを披露する事が出来ませんでしたが(笑)、如何だったでしょうか。説明的な文章が今回は多くて読み難かったのでは…などとちょっとビビりはいってますが。ちなみに、霊が長い間その状態で時を過ごすと記憶が薄れ…と言うのは単なる私の想像です(当たり前) やー、私自身は霊感の欠けらもない奴なので(そう言う類いの話とかは大好きなんですけどね)
 それでは、またご縁がありましたら……。