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天使の歌声
●オープニング【0】
FMラジオのチューニングをしていると、時折ラジオ局の使用している周波数以外で反応を示すことがある。それはその周波数を使用する電波がどこからか発せられているから起こる現象である。
ある日のこと、ゴーストネットの掲示板にこんな書き込みがあった。
『あれは天使の歌声だ!!』
その書き込みによると、投稿の主は晴海の某ホテルに宿泊した際に、携帯ラジオで深夜のFM放送を聞こうとした時に、偶然その歌声を耳にしたそうだ。
それは女性の透き通るような声で、投稿の主は目当ての番組を聞くことも忘れ、すっかり聞き入ってしまったとのことだった。そしていつの間にやら眠ってしまい、気付いた時にはもうラジオから歌声は聞こえてこなかったそうだ。
残念ながらその書き込みにはメールアドレスもなく、投稿の主に連絡を取ることはできなかった。ゆえに本当かどうかは分からない。
しかしFMの電波だ。出力が強力でなければ、そう遠い場所から電波が発せられているということはないはずだ。この書き込みが真実だとしたら、誰が何のためにそれを行ったというのだろうか。
……調べてみようかな?
●目的は?【1A】
「……鈴花も聞いてみたいな」
お下げ髪の少女、王鈴花はパソコンの画面を見つめぽつりつぶやいた。
「鈴花も気になってたんだ、この話」
鈴花の背後に立っていた少年、世羅・フロウライトが鈴花の肩に手を置いた。鈴花はいつものように、世羅の部屋へ遊びに来ていた。
「え、お兄ちゃんも……?」
「僕も聞いてみたいよ。鈴花と一緒に、天使の歌声」
振り返った鈴花に微笑みを見せる世羅。鈴花が頬を少し赤らめた。
「……ねえ、お兄ちゃん。天使さん、何か伝えたいことがあって歌ってるのかな?」
「どうなんだろう。伝えたいことが歌っているのかもしれないし、ただ何とはなしに歌っているのかもしれない。どっちなのかは分からないけどね」
「もしも何か伝えたいことがあって歌っているんなら……気持ちが届くといいね」
「そうだね。天使の言葉、2人一緒にで受け取れるといいね、鈴花」
世羅の言葉に、鈴花は小さく頷いた。
「じゃあ鈴花……他に噂がないか、調べてみるね」
鈴花はパソコンに向き直ると、すぐに自分のサイトのページを開いた。そして黙々とキーを叩き続ける。こうなるともう夢中だ。
(さあ、紅茶でも入れてこようか……鈴花のために)
世羅は鈴花に適度な所で休憩させるため、美味しい紅茶を入れに台所へ向かった。
●準備中【3A】
真夜中の晴海の某ホテル――そのツインルームの一室に、シュライン・エマ、草壁さくら、世羅・フロウライト、王鈴花の4人が集っていた。件の書き込みにあった天使の歌声の正体を探るため、このホテルに宿泊したのだ。未成年である世羅と鈴花の保護者には、シュラインが話をつけてあるので何ら問題はない。調査に専念できるというものだ。
「本当に聞こえるのかしらね」
さくらの持参した芋羊羹を口の中へ放り込みながら、シュラインが言った。その手元には持参した携帯ラジオが。
「えふえむ放送……でしたっけ。そのダイヤルを一晩中回し続ければ、聞こえるのではないかと」
やはり持参していた玉露を入れながらさくらが答える。ちなみにさくらの持参した録音機能付きの年代物ラジオは、シュラインのそれより一回り以上大きい。
「聞こえてきたら、鈴花すぐに霊視するね……たぶんこの近辺だと思うんだけど……」
ベッドに腰掛けていた鈴花が、世羅の入れた紅茶をこくこくと飲みながらつぶやく。日が落ちる前にこの近辺をくまなく霊視して歩いてみたら、口では上手く説明できない温かな感覚を鈴花は感じ取っていた。残念ながら、場所の絞り込みには失敗したが。
「どうだい、鈴花?」
スケッチブックを膝の上に置き、世羅が鈴花に尋ねた。そのそばには鈴花の持参したノートパソコンが置かれている。
「美味しいよ……お兄ちゃん。あ、そうだ……」
ベッドを降り、鞄から何やら取り出す鈴花。小さな風呂敷包みだ。そして少し思案してから、世羅に風呂敷包みを渡す。その顔は少し赤い。
「あの、これ、お兄ちゃんに……お弁当作ってきたの。食べてくれる?」
「え、僕に?」
驚く世羅に対し、鈴花はこくんと頷いた。
「……鈴花の手作りだもの、美味しくいただきます」
静かに微笑み、世羅は鈴花の頭をそっと撫でてあげた。激しく照れる鈴花。その様子を見ていたシュラインとさくらが、優し気な瞳を2人に向けていた。
「さてと……仮眠も十分取ったし、そろそろ電源入れてみましょうか」
シュラインが携帯ラジオの電源を入れた。
●歌声、そして異変【4A】
一斉にラジオのチューニングを始める4人。普通にFM放送が入ったり、激しいノイズが入ったり、無音だったりと様々である。
チューニングを続けること40分。微妙にダイヤルを動かしていたさくらのラジオから、女性の物と思われる歌声が流れてきた。録音を開始するさくら。
「これ……?」
すぐさま耳を澄ませるシュライン。歌声の他に何か音が拾えないか試みる。
「…………」
さくらは歌声を聞いて何か言おうとしたが、上手く言葉にならなかった。その歌声は上手さを超越した領域にあった。まさしく天使の歌声と言おうか――。
「鈴花!? どうしたんだいっ?」
その声にはっと我に返ったさくらが見ると、世羅が鈴花の両肩に手を置いている所だった。
「何だろう……この歌声を霊視したら、鈴花……涙が止まらなくって……」
ぽろぽろと涙を流し続ける鈴花。別に哀しくはないらしい。だが鈴花に涙させるとは、これはただの歌声ではないのかもしれない。
「何なの、これ……」
シュラインが信じられないといった様子でつぶやいた。
「これ、どこの言葉よ……こんな言葉、地球上にあるの……? 音節も文法もまるで違う……」
歌声は地球上の言葉じゃないらしい。ではどこの言葉だというのか?
「まるで、言葉ではない何か別の……」
そう言いかけた時、シュラインの身体がぐらりと揺れ、そのままベッドへ倒れ込んだ。
「大丈夫ですかっ?」
驚き駆け寄るさくら。だがシュラインはすうすうと寝息を立てていた。
「お兄ちゃんっ!」
鈴花が叫んだ。見ると、シュラインと同じように世羅もベッドに突っ伏していた。やはりすうすうと寝息を立てている。
「いったいこれは……?」
さくらにも何事が起きたのか、すぐには理解できない様子だった。そしてさくらを襲う軽いめまい。しかし何とかそれに耐える。
さくらと鈴花は、ラジオから歌声が流れなくなると、すぐに部屋を飛び出した。
●天使の横顔【5B】
「たぶんすぐ外だと思うよ……」
「外ですか……」
部屋を飛び出した草壁さくらは、王鈴花の言葉に従い、エレベーターで共に1階へ向かっていた。
2人を乗せたエレベーターが1階に着くと、ほぼ同時に着いた隣のエレベーターから榊杜夏生が飛び出してきた。そしてまっすぐに玄関へ向かう夏生。さくらと鈴花はその夏生を追うようにやはり玄関に向かった。
玄関から飛び出した3人。各々周囲をくまなす見回す。
「あっ!」
それに気付いたのは夏生だった。驚きの表情を浮かべ、上空を指差している。
さくらと鈴花がその指先を見ると、そこには東へ向かって飛んでゆく、白い翼を持った小柄な少女の姿があった。
「天使……さん?」
鈴花がぽつりと言った。確かにそれは天使と言ってしまっていいのかもしれない。
天使は3人に気付くことなく、東の空へと消えていった。3人はただ無言でそれを見つめていた。
●白き翼を広げて【6A】
早朝6時。シュラインが難しい顔をして説明をしていた。
「あのね、めまいがしたかと思ったら、急に眠くなっちゃって……。うーん、何でだろ……」
何故急に眠くなったのか、腑に落ちていない様子だ。その隣で、世羅がスケッチブックに絵を描いていた。鈴花が霊視で感じ取った物を、絵として起こしているのだ。
「こんな感じかな」
そう言って皆に見せた絵は、白い翼を持った女性の姿であった。
「お兄ちゃん、それ……昨日の天使さん……」
「天使? 鈴花、見たのかい?」
驚く世羅。鈴花がさくらの方へ振り向いた。
「見たよね……さくらさんも?」
「ええ、見ました。あれは……天使でしたねえ」
さくらがしみじみと言った。恐らく昨日の歌声は、その天使が歌った物なのだろう。録音したはずのテープには、全く何も録音されていなかったのだから。
「私も見たかったわね」
シュラインが悔しそうにつぶやいた。
●新人歌手に【7B】
あれから2週間が経った。テレビではデビューしたばかりの新人歌手、Myu(みゅう)のプロモーションビデオが流れていた。白いワンピースを着た小柄な少女が、海岸を元気に走り回っている。曲としてはアイドル路線だろうか。
しかし、その歌声はあの夜に耳にした歌声に、その横顔はあの夜に目にした天使の横顔に、どこかしら似ていたような気がした。
【天使の歌声 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0017 / 榊杜・夏生(さかきもり・なつき)
/ 女 / 16 / 高校生 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
/ 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0140 / 世羅・フロウライト(せら・ふろうらいと)
/ 男 / 14 / 留学生 】
【 0142 / 王・鈴花(うぉん・りんふぁ)
/ 女 / 9 / 小学生(留学生)。たまに占い師 】
【 0477 / ラフィエル・クローソー(らふぃえる・くろーそー)
/ 女 / 20前後? / 歌手 】
【 0579 / 十桐・朔羅(つづぎり・さくら)
/ 男 / 23 / 言霊使い 】
【 0660 / シュマ・ロメリア(しゅま・ろめりあ)
/ 女 / 25 / 修道女 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全23場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定してあります。
・お待たせしました、ストレートな依頼をお届けします。今回の舞台は晴海だった訳ですが、馴染み深い方も居られるのではありませんか? 本文中で登場したホテルも、分かる方にはすぐ分かりますよね。
・今回は歌声が聞こえてきた時点で、高原はダイスを振って判定を行っています。抵抗するための基準値は50%。それに能力等やプレイングを考慮して、値を上下させています。
・気付いておられるかもしれませんが、トラップを2つばかり仕掛けていました。それゆえに、失敗・部分的成功・成功と分かれる結果になりました。
・王鈴花さん、8度目のご参加ありがとうございます。ぽろぽろ涙をこぼしたのは霊視をして、ダイレクトに心に届いたからです。ちなみに8人中で基準値は一番上がっていたんですが……抵抗完全成功したために、めまいすら起こっていません。久々に世羅さんとのペアを書けて楽しかったです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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