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しあわせのこねこ
なー……
興信所に似つかわしくない愛らしい泣き声に、依頼を覗きに来た女性はくすりと微笑んだ。
「草間さん、子猫……飼っているんですか?」
「飼ってなんかいないよ……気がついたら、いつの間にか住み着いていたんだ」
文句を言いながらも、草間武彦はあやすように黒い子猫に餌を与えている。
「まだガキみたいだから、毎日世話をしてやらなくちゃならないし、こいつが来てからというもの、急に仕事が増えてうんざりしてるよ」
武彦の視線の先にある机の上には、目を通してもいない書類の山積み上げられていた。
「あら。でしたら仕事を運んでくれる「幸運の猫」じゃありませんか。そういえば、お名前は何ていいますの?」
「……そういや決めてなかった。まあ、名前なんてどうでもいい……」
お腹が一杯になり、膝の上で満足げに丸くなる子猫の額を武彦はそっと撫でてやる。
「仕事のついでに……誰か、こいつの面倒をしてくれる奴を探してきてくれれば助かるんだがな……」
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●捜索隊結成?
「こんにちは、おじゃまします〜」
興信所の扉をそっと開き、湖影・梦月(こかげ・むつき)はいそいそと中へ入って来た。狭い室内をきょろきょろと見回し、あれ? と小首をかしげる。
「草間ならコーヒーをいれに行ってるぞ」
ソファに腰掛けていた細みの青年、紫月・夾(しづき・きょう)がねこじゃらしを片手に告げる。それと対する位置に柚木・暁臣(ゆずき・あきおみ)が座っており、彼の膝の上には 必死にねこじゃらしを捕まえようとしている子猫の姿があった。
「ふわぁ〜。猫さん可愛いですぅー」
梦月は目を輝かせて子猫をひょいと抱き上げる。
「……あれ? 誰か来たのか?」
流し場の方から草間の声が聞こえた。梦月はあわてて振り返り、声の聞こえた方にぺこりと頭を下げた。
「あっ! 草間様……私、湖影梦月と申します。いつも姉達がお世話になってます〜」
「ああ……君があの『可愛い末っ子』さんか。いつも話には聞いているよ」
複数のカップとコーヒーサイフォンのビーカーを盆に乗せ、ゆったりとした足取りで草間は姿を現わした。
浅間がコーヒーを入れたカップをそれぞれに手渡した時、勢い良く扉が開かれ、久留宮・千秋琴(くるみや・ちあき)が飛び込んで来た。
「こんにちはー。今日も暑いわねぇー……」
一通り室内を見渡し、子猫の姿をみつけ、にんまりと笑みをこぼす。
「あら、子猫! 可愛いーっ」
千秋琴が頭を撫でてやると、子猫はなー…っと喉を鳴らして甘えてくる。
「この子、どうしたんですの?」
少し悪戯っぽい流し目で千秋琴は草間に問いかけた。
「……気付いたら住み着いていたんだ。今、こいつの貰い手を捜していてな……」
「そんなこと言って、本当はこの子飼いたくて拾ってきたんじゃないんですかぁ?」
「……正直迷惑しているだけだ」
「ふーん……あ、そうだ。なっちゃんにも教えてあげましょ」
千秋琴は携帯を取り出し、慣れた手つきでメールを打ち始める。
「こんにちはー。お久しぶりでーす」
たまたま偶然だったのだろう。滝沢・百合子(たきざわ・ゆりこ)とシュライン・エマの二人が仲良く入って来た。
「今日はいつになく盛況ね」
机の上に積まれた書類の山と集まっている人々を見やり、エマは苦笑ぎみに呟く。
「何なに? 何の話?」
興味しんしんといった様子で百合子が尋ねる。
「この子のお母さんを、どうやって見つけるか相談していた所ですよ〜」
「わ、可愛いー……」
百合子は梦月から子猫を取り上げると、ぎゅっと抱き締めた。
「にゃー! ふかふかーっ」
なー……
「ん? なぁに? お腹が空いたのかなー?」
百合子はちょん、と子猫の鼻をつつく。
「……で? 具体的にどこまで進んでいるの?」
エマの問いに、草間はコーヒーを飲んでいた手を休めて一つため息をついた。
「特に決まってないよ……とりあえず里親募集のはり紙でも貼ろうかと思っているがな……」
「だったら、写真が必要ね」
少し嬉しそうにエマは鞄から銀色のポラロイドカメラを取り出した。めざとく百合子はカメラをチェックして叫ぶ。
「あ! それ……チェキの新型!」
「昨日ようやく手に入ったのよ。さーて……子猫ちゃん、はい……チーズ!」
ぱちり。
きょとんとした子猫をよそに、エマは次々とシャッターをおろす。
「あの〜……写真、私にも頂けますかぁ?」
「あ、私も私も!」
「良いわよ。はい」
エマは百合子と梦月にそれぞれ手渡す。遅れてメールを確認してた千秋琴も写真を受け取った。
「これから友達と里親探しにいくんだけど、みんな一緒に行きます?」
千秋琴の言葉にエマと百合子は賛成の意をあげる。
「じゃ、出発進行ー! 草間さんお邪魔しましたっ」
それぞれ別れの言葉を草間と子猫に告げ、三人はばたばたと部屋を出ていった。
急に静かになった部屋を何となく眺め、夾はぽつりと呟いた。
「……女三人寄ればかしましいというのは、あながち間違いではないようだな……」
「あ……草間様。これ、姉からの手土産なのですがー……」
梦月は鞄からシンプルなラッピングがされた箱を取り出し、草間に手渡した。
「有難う。焼き菓子の詰め合わせか……丁度良い、早速頂くことにしよう」
蓋を開け、草間は箱の中央に入れてあるアーモンドクッキーをひとつかじる。
「うん……美味い」
「すこしバタくさいが、イイ味だな」
「……たしかに……」
「そうですかぁ? 皆さんに気に入ってもらえて嬉しいですぅ〜」
ふと、草間が視線を向けると少し呆れた様子で那神・化楽(ながみ・けらく)が扉口に立っていた。
「……平和ですね……」
「……たまにはこうでもないと、身が持たんよ……」
コーヒーを一口飲み、草間は僅かに口の端を緩ませる。
「おや、子猫ですか? ずいぶんと人に慣れていますね……」
すりよって来た子猫を抱き上げ、化楽は優しい瞳で頭を撫でてやる。
なー……
まるで頬をすり寄せるように小さく伸びをし、子猫は愛らしく鳴いた。
「……!」
化楽はいきなり子猫を睨み付けたかと思うと、その匂いを嗅ぎ始めた。
「……ふ……ん」
犬のように鼻を鳴らして、風の匂いを確認して低く唸る。
化楽の様子がおかしいのに気付き、暁臣は眉をひそめて問いかけた。
「……どうか、しました……か?」
「……おかしい……こいつの帰るべき家の匂いが……断ち切れている」
「匂い? 帰るべき家って……」
「こいつの元の主の匂いだ……どうやら、もうすっかりこの地に馴染んでしまっているようだな……」
先程の紳士的な態度とは想像も出来ない低い声で化楽は告げる。恐らく、彼の中にいる「何者」かが今の彼を支配しているのだろう。
「……こいつはいつからここに?」
「さあ……俺にも良く分からん。覚えていないだけかもしれん……」
「とにかく、今のこいつの親は草間。貴様と言うことになる」
化楽の腕からするりと抜け出し、子猫はちまちまちとした足取りで草間の元へ歩み寄る。
「……おいおい、勘弁してくれ……」
草間は苦笑いを浮かべ、己の足にすり寄る子猫をそっと見下ろした。
●探索は続く
榊杜・夏生(さかきもり・なつき)と合流し、里親探しに出た千秋琴達はそれぞれ思い付く方法で探索をすることにした。
「じゃあ、あたしは紹介用のページ作りと、この辺の聞き込みをするわね。そだ、エマさん。この写真……使っても良いですか?」
「ええ。勿論よ。サイトのアドレスを後で教えてね。一応、チェックさせてもらうから」
「じゃあ……フリーメールアドレス教えてもらえます?」
「いいわよ……はい。これ」
二人のやりとりを聞きながら、百合子はモバイルを取り出して、早速ネットの掲示板に書込みを始めている。
「……保存っと。それじゃ、行動開始と行きますか。ちーちゃん! 今日、お家寄っても良い? 紹介のページ一緒に作りましょっ」
「オッケーッ」
「さてと…私も聞き込みでも始めるとしますか……」
「良かったら、途中まで一緒に行きませんか?」
「いいわよ。あんたはどうするの?」
「とりあえず家に帰って、専門サイトを巡ろうかと思ってます」
「なる程……掲示板で宣伝か。それもいいわね」
軽く挨拶を交わし、四人はそれぞれ活動を開始した。
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●調査開始
先程とった写真を見せながら、エマは公園や住宅街を中心に聞き込みを始めた。
「すみません。この近くで子猫が居なくなった……という話をご存じありませんか?」
「さて、ねー……猫なんて飼っている家、この辺は多いし、野良猫までとなると、ちょっとねー……」
「うーん……知らんなぁ……」
返ってくる返事はどれもあまり良くないものばかり。一通りまわり、公園で休憩していたエマはふと、夾と暁臣が歩いている姿を見かけた。
どうやら夕食の買い出しの帰りらしく、それぞれ両手にビニル袋を提げている。
「……ああ、そうか……草間さんが忙しいから、お手伝いして上げているのね……」
こんな所で休んでいてはいけない。と、エマは自分に気合いを入れる。
「よし……」
顔を上げると、視線の先に病院の姿が映った。
「……そういえば、ああいう施設で動物を飼っている所とかあったわね……」
ものは試し、とエマは早速病院へと足を向けた。
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●そして結末
結局、子猫の里親になれそうな人は見つからなかった。それというのも、里親としての候補は沢山来たものの、千秋琴と夏生の厳しい面接で尽く落とされてしまったのだ。
「ふうっ☆ 性格が良くてお家もしっかりしてて子猫の面倒を毎日みられて子猫の天敵や誘惑になるようなものが周辺にない人って……少ないのねー……」
「……キミの基準が厳しすぎるだけだって……」
爽やかに汗を拭きながら遠くを見つめる千秋琴に夏生は鋭くツッコミを入れる。
「あ、あのぉ……誰もいないのでしたら、私……引き取ってもいいですよぉ……」
おずおずと申し出る梦月。その言葉にすぐさま百合子が割り込んでくる。
「私だってこの子飼いたい!」
「まあまあ、二人とも落ち着いて……」
やれやれとエマは二人を制し、静かに一同に語りかけた。
「個人で飼うよりもっと、いい方法が見つかったの」
「ほぅ……何ですか?」
「この近くにアニマルセラピーを導入している病院があるのよ。そこがこの子猫を是非欲しいって言って来ているの」
「なる程……そういう施設なら遊び相手も沢山いるし、何より環境面も問題ないな……」
感心した様子で草間は告げる。
「それなら、恨みっこ無し……ですね」
慣れた手つきで子猫に餌を与えながら、暁臣は小さく呟く。
「決まりね。さ、おいで『ラッキー』ちゃん」
「……え? ジジじゃないんですか〜?」
少し悔しげに梦月が言うと、エマはさらりと返事をした。
「え。だって紹介の頁にそうやって名前が書いてあったわよ」
「あ。ごめん……それあたしが勝手につけちゃった」
「名前など……どうでも良いんじゃないか? どうせ、ここから出ていくんだしな……」
やれやれといった様子でソファに腰掛け、夾はぼんやりとそのやり取りを眺めている。
「ま、とにかくその病院とやらに皆で送ってあげようとするか……」
草間の言葉に子猫は礼を告げているかのように一言
なー……
と、鳴いた。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/PC名 /性別/年齢/職業】
【0017/榊杜・夏生 /女 /16/高校生】
【0054/紫月・夾 /男 /24/大学生】
【0057/滝沢・百合子 /女 /17/女子高校生】
【0086/シュライン・エマ/女 /26/翻訳家&幽霊作家
+時々草間興信所でバイト】
【0374/那神・化楽 /男 /34/絵本作家】
【0380/柚木・暁臣 /男 /19/専門学校生
+鷲見探偵事務所でバイト】
【0496/久留宮・千秋琴 /女 /18/大学生】
【0684/湖影・梦月 /女 /14/中学生】
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせ致しました。
「しあわせのこねこ」をお届け致します。
名前と里親志願者が予想以上に多く、お話の流れとの絡み具合ともっとも面白いアイディアだったものを採用させて頂きました。
今回は探索隊と世話係隊と二手に別れました。それぞれの経過は個別に記しておりますので、興味の有る方は頑張って捜して、覗いてみて下さい。
シュラインさん:クール&ビューティなお姉様にお会い出来て嬉しいです! OMCイラストを拝見させて頂いた瞬間「このお方は活躍させねば!」と心の底から叫んでしまいました。……の、割には普通に登場させててすみません。反省……
それではまた次の物語でお会い致しましょう。
ー谷口舞ー
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