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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:激突! 魔リーグ!! 
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 ワールドカップを間近に控え、日本国内も盛り上がっている。
 史上初のアジア開催。しかも日韓共催だ。
 四年前、ど素人までが評論家面で批評したような、一種滑稽な有り様が再び現出されるのだろうか。
 日本代表が決勝トーナメントに駒を進められる可能性など、三割もないであろうに。
 愉快な事態だ。
 ワールドカップの歴史上、開催国が予選リーグ敗退をしたことはない。
 サッカー後進国のアメリカですら、意地と根性だけで勝ち進んだのだ。
 日本代表と韓国代表には、ぜひ頑張って欲しいものである。
 ところで、ここ札幌の地でも幾つかの試合が予定されている。
 なかでも注目のカードは、イングランド対アルゼンチンだろう。
 場所は札幌ドーム。昨年完成したばかりの多目的球場だ。
 だが、人々の知るサッカーとは違う試合もある。
 魔リーグ。
 人知れず開催される闇サッカー。
 魔、妖、人、神が入り乱れる異界の蹴球。
 魔技と魔球が乱れ飛ぶ世界。
 そして今宵、注目の新人がデビューする。
 対戦カードは、魔界サッカークラブ対FC人界。
 優勝を占う天王山の戦いになるはずであった。
 


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激突! 魔リーグ!


 熱狂と興奮がスタジアムを包む。
 歓声はドームの壁や天井に乱反射して、喉と耳を同時に痛めつける。
 五万三千人の観客。
 平日のデイゲームだというのに超満員だ。
 注目の一戦である。
 魔リーグファーストステージ第十節。
 土を付けずにここまできた魔界サッカークラブ。迎え撃つは、同じく全勝ながら得失点差で二位の座にあるFC人界。
 天王山の戦いといって良い。
 この試合に勝利した方が、優勝を射程に収めることになるだろう。
 興奮するなという方が無理というものだ。
 まして、FC人界にしてみれば、チーム結成九〇年目にして、初めて駆け上がる優勝への階梯である。
 試合の始まる前から、サポーターは総立ち状態だった。
 そんななか、ただ静かにフィールドを見つめる女性がいる。
 金色の長い髪。透き通るような緑の瞳。
 草壁さくらだ。
 優しげな表情には、ごく微量の寂しさが同衾している。
 彼女の恋人は魔リーガーだ。
 それも、FC人界を一〇年の長きに渡って支えてきた大黒柱だった。
 名を武神一樹という。
「人界の盾」の異称を奉られる名ディフェンダーである。
 だが、弓を置くときが間近に迫っていた。
 三〇歳。サッカー選手としては、けっして若い方ではない。
 弱小だったチームをまとめ上げ、死力を尽くして戦ううち、身体は限界に達していた。
 もう、気力と闘争心だけでピッチに立っているようなものだ。
 今年が武神にとっての最後のシーズンになるだろう。
 おそらく、それは彼自身が充分に承知している。
 だが、武神は最後の最後までファイティングスピリットを失わぬだろう。
 そういう男なのだ。
 翼が破れ爪が折れたとしても、なお残された牙で戦うような。
 無骨なまでの剛毅な意志。
 端然たる態度の底に潜む、剛直な闘争心。
 そして仲間を思いやる優しさ。
 獅子の王に例えるサポーターもいる。
 さくらはには、いまさらやめろとは言えなかった。
 この上は力の限り戦って欲しい。ただ、願わくば、牙の砕け散るときは、金色の優勝カップを手にしたときであるよう‥‥。
 固く握りしめた両手が、微かに震えていた。


 フィールドに選手たちが散ってゆく。
 大型ビジョンに一人ひとりの顔が紹介される。
 武神が獅子の王だとすれば、台頭を狙う若い獅子たちもいる。
 藤村圭一郎、巫灰滋などといった面々がそれに当たるだろう。
 実力の世界である。
 チームメイトだからといって遠慮するものではなかった。むろん、人間性とは別次元の問題であるが。
 藤村は二七歳。巫は二六歳。
 選手として、最も良い年齢だろう。
 ポジションはともにフォワード。FC人界が誇るツートップである。より厳密に分けると、藤村がやや左寄りのセンター。巫がライトウイングといったところだ。
 チームの得点の九割までが、この二人の足から生まれている。
 藤村が一二得点。巫が一一得点。
 平均すると、一試合で二点以上叩き出しているのだ。
 恐るべきフォワード陣である。
 ファンからつけられた渾名が「双頭の龍」。
 なんとなく二人で一人前と見なされたようで、彼らは面白くないが、今は個人の記録よりチームの勝利が大切なときだ。我を張るつもりはなかった。
 それに、彼らには、お互い以上に意識しなくてはならない相手がいるのだ。
 魔界サッカークラブのエースストライカー。留史不破(るし ふわ)である。
 数年前、天界のチームから突然の移籍をした大物フォワードだ。
 現在までの得点王であり、藤村にしても巫にしても、いずれは相克しなくてはならない巨大な敵であった。
「‥‥意識しすぎるなよ」
 とは、試合前のロッカールームで武神が二人にかけた言葉である。
「わかっとる‥‥」
「一人じゃ勝てないからな。今はまだ」
 名選手の名選手たる所以は、自分の実力を冷静かつ正確に把握できることだ。
 突進することしか知らぬ慮外者は、所詮は敵の引き立て役であろう。
 藤村も巫も、そのあたりは弁えている。
 しかし、気概もあるのだ。
 二年先を見ていろ、というわけだ。
 その時、留史は三一歳。選手として下り坂に入っている。
「ちゃうな」
「留史が弱くなるんじゃない」
「俺らが強うなるやで」
 絶妙のコンビネーションだった。
 ホイッスルが鳴り響く。
 キックオフだ!

 試合は、当初平凡な形で幕を開けたといって良いだろう。
 どちらのチームにしても、相手を侮るという愚劣さとは無縁だったため、ごくオーソドックスに腹の探り合いから始まったのだ。
 ボールは魔界サッカークラブ。
 慎重に展開する。
 対するFC人界も、堅実で危なげのない守備だ。
 とはいえ、守ってばかりいても始まらない。
 まず、藤村が動いた。
 得意のアイススライディングである。
 スタンドから黄色い歓声が上がった。
 チームの得点を二分する藤村と巫だが、人気度では年長者の方が勝っている。おそらく、技が派手なことも要因の一つだろう。
 自ら創り出した氷盤の上を、文字通り滑行しながら、藤村の足が襲いかかる。
 驚くべきスピードと正確性だ。
 一瞬でボールを奪い、そのまま突進‥‥出来なかった。
 彼の前に、最大の敵手が立ちはだかったのだ。
「ちぃ!?」
 クライフターンでかわす。
「甘いな」
 が、トリッキーな動きにも留史が反応する。
「甘いのはそっちや!」
 しかし、このスペシャル難度のフェイント自体が、フェイントだった。
 藤村の踵が、ボールを軽く蹴り上げる。
 ヒールリフトだ。
 抜ける!
 誰もがそう思った。
「甘いと言ったはずだ」
 声は上空から聞こえた。
 なんと、これすらも読まれていたというのか。
 空中でワントラップ。
 そのままシュートの体勢。
 まさか、この位置から撃つのか!?
 ディフェンダーに緊張が走る。
「挨拶代わりだ。受け取るがいい! マッハシュ!!!」
 インパクトの瞬間、側にいた藤村が弾き飛ばされる。
 振り抜いた足の先端が音速を超えたため、ソニックブームが巻き起こったのだ。
 大気が裂け、芝が抉れる。
「しまった!?」
 慌てて武神が無効化を試みる。
 こんな位置からシュートしてくるとは思わなかった。
 奇襲戦法は魔界サッカークラブのやり方ではない。そう思っていたところが油断だったのであろう。
 間に合ってくれ!
 祈るような気持ちの武神の前で、ボールはみるみる勢いを減じ、キーパーの両手にがっしりと掴まった。
 安堵の息が漏れる。
 距離があったことが幸いした。
 次はこちらの番だ!
「挨拶返しをしてやれ! 藤村! 巫!」
 檄と同時にボールが飛ぶ。
 受け取った巫が右サイドを走る。
 まるで、荒野を駆ける狼のようだ。
 一人、二人と、ディフェンダーを抜く。
 が、ふたたび留史が立ち塞がった。
 もし藤村であれば、先ほどのお返しとばかりに抜きにかかったかもしれない。
 だが、巫の性格は、彼のそれとは異なっていた。
 横にはたく。
 ドリブルで突破できないなら、パスを繋いで行けば良い。
 点取り屋にしては珍しく、効率的な発想をする男だ。ただ、これは後天的に身に付けた資質である。デビュー当時の巫は、獣のようなスピードと剛性の破壊力だけが武器の平凡なプレイヤーだった。犀利な思考力と現実処理能力に目覚めたのは、わずか一年ほど前のことである。そしてその後の活躍は周知の通りだ。
「ナイスパスや!」
 柔らかくトラップし、藤村が称揚する。
「このままいくで!」
 そして再びのパス。
「わかった!」
 ノートラップで、巫が切り返す。
 壁パスであった。
 互いに壁となり、その間を言葉とボール行き来する。
 絶妙のコンビネーションに、魔界サッカークラブの守備陣は乱れ立った。
 ゴールに迫る!
「いくで!」
 強烈なシュート!
 ゴールキーパーが跳ぶ!
「はずれや!」
 だが、キーパーが掴んだのは、ただの氷塊だった。
「頼んだで!」
 その体勢のまま、軸足で横にパスを出す。
 むろん、そんなことをして立っていられるわけがない。
 激しく転倒する。
「応! 退魔ーショット!!!!!」
 走り込んだ巫が気合いの声とともにシュートを放つ!
 魔物のクラブや妖怪のクラブに恐れられている必殺シュートだ。
 唸りを上げたボールが白い弾道を描く。
 魔性の者には触れることすら叶わない。
 ゴールへと吸い込まれてゆくボール。
 が、その寸前に体勢を立て直したキーパーが、ふたたび跳ぶ。
 ワンハンドキャッチ!
 無茶なことをする。
 下手をすれば、腕ごと消滅していただろう。
 事実、キーパーの左腕からは、濛々たる白煙が吹き上がっている。
 痛くないわけがないのだ。
 凄まじいまでの執念と根性だった。
 会場から、惜しみない拍手が送られる。気合いの入ったプレイに対しての報酬だ。何よりの励みとなろう。
 こうして、両チーム決め手を欠いたまま、時間が過ぎていった。
 結局、互いに決定的なチャンスは掴めなかった。
 実力が伯仲しているということであろうか。
 そして、前半の終了を告げるホイッスルが鳴った。


 後半にはいると、観客からどよめきが起こった。
 FC人界がシステムを変更してきたのである。
 四・四・二というオーソドックスなシステムから、三・五・二という攻撃的な布陣に。
 意図は明白だった。
 中盤を厚くしてボールの支配力を上げ、攻撃の機会を増やす。
 ホームゲームを落とすわけにはいかないが、とにかく点を取らないことには、ドローにしかなりようがない。
 守備が手薄になってしまうのは、この際は仕方がないだろう。
 人界の盾たるセンターバック、武神もいることだ。
 そう監督が判断したとしても、責めることはできまい。
 これまでだって、彼は監督とサポーターの期待に一〇〇パーセント応えてきたのだ。
 武神は不安を抱きつつも作戦を受け入れた。
 しかし、彼の不安は的中することになる。
 後半二一分。
 一本の縦パスが流れを変えた。
 魔界サッカークラブが、ほとんど自棄のようなロングパスを出したのだ。
 もちろん、ボールの飛ぶ先に味方などいない。
 落ち着いて対処すれば、何の問題もなかったであろう。
 しかし、連携の齟齬が生まれた。
 ボランチとサイドバックが、一瞬、処理に迷ってお見合いをしてしまう。
 そして、その一瞬が命取りになることは、プロサッカーの世界では珍しくない。
 留史が走り込む。
 速い!
 音速の貴公子の別名は伊達ではなかった。
 ゴールまで僅か三〇メートル。
 ここで突破を許せば致命的である。
 武神が必死で喰らいついた。
「抜かせん! 絶対にだ!」
「どけ!」
 短いが、激しい奪い合い。
 力と力、技と技が鎬を削る。
 どちらが有利か判らない。魔リーグを代表するストライカーとストッパーの正面からの激突である。
 無限にも思える数瞬。
 突然、武神の足がもつれた。
 スタンドから悲鳴が上がる。
 やはり疲れがあるのだろうか。年齢には勝てないということなのだろうか。
 じっと戦況を見つめていたさくらが、思わず目を逸らす。
 勝った!
 鉄壁と呼ばれたに勝った!
 留史はサイドステップで武神をかわした。否、かわしたつもりだった。
 次の瞬間、歓喜は驚愕に取って代わられた。
 どうして正面に武神がいるのだ?!
 自らに問いかけつつ、伸びてくる足を避けるため、体勢を入れ替える。
 ゴールに背を向けてしまった。
 これが狙いだったのか。
 弾きだされた解答に無念の臍を咬む。
 全ては武神の擬態だったのだろう。
 有利な体勢を築くための。
 なんという男だ。
「老練という言葉を武神以外には使うな」
 そのような標語が生まれたのは、この瞬間であるという。
「どうする? 撃つか?」
 穏やかな自信を込めて武神が挑発した。
 この体勢からでは、振り向きざまのシュートしかない。
 だか、それでは命中精度が低すぎる。
 とはいえ、ここで足止めされていては、守備陣形を整えられてしまう。
「く! マッハシュート!!」
 閃光がフィールドを走った。
 このとき、武神は覚悟を決めている。
 身体で受けとめるのだ。こんな距離からマッハシュートを喰らったら無事で済むはずがないが、何としてもゴールは死守しなくてはならない。
「‥‥さくら‥‥許せよ」
 内心で呟く。
 だが、予想された衝撃は来なかった。
 視線の彼方にボールが消えて行く。
「‥‥何故だ?」
「止められると判っているのに狙う必要はないから。それに、俺のシュートは殺人のための技じゃない」
 なんとなく照れくさそうに留史が言う。
「そうか」
 表情の選択に困ったような顔で武神が応えた。
 気持ちの良い勝負というのも、なかなか居心地が悪いものである。
 軽く肩を叩き合って、二人はそれぞれの陣営に戻っていった。
 さて、武神の活躍で危機を脱したものの、FC人界が特に有利になったわけではなかった。
 以前として、戦況は一進一退を続けている。
「留史だけのチームやと思ったら‥‥こいつらしぶといで‥‥」
 焦燥感に身を焼きながら、藤村が慨嘆する。
 彼のトリッキーな作戦で、一時は魔界サッカークラブのディフェンスラインを混乱させたが、六人の選手がゴール前を固めるという堅守にあい、結局、得点に結びつけることが出来なかった。
 そして、時間だけが刻一刻と流れて行く。
 敵がドローを狙っているのは明らかだ。
 アウェイの彼らにとってみれば、無理に勝負を賭ける必要はない。敵地で戦うというのは、想像以上に大変なものである。まして、順位的にも勝っていることだ。
 魔界サッカークラブの思惑は、藤村をはじめとして全員が理解している。
 理解しているからこそ焦りもする。
 魔リーグに、延長Vゴールというルールはない。
 このまま事態が推移すれば、たしかに引き分けに終わる目算が高かろう。
 それは、FC人界にとって敗北に等しい。
「‥‥賭けに出てみよか」
 胸中で、軽く決意する。
 自ら分析するところ、技を使うのは、あと一度が限界だ。
 疲労していることある。それに、守備陣の厚さを考えても、一人で持ち込むのは不可能だ。であれば、パスを繋いで攻め込むしかない。
「‥‥アシストにまわるのも一興やな」
 彼の必殺シュートである『double』は、むろん強力な攻撃法であるが、繋ぎ技としても充分な効果が期待できる。
 このあたりは、巫の退魔ーショットとは異なる点だ。
 得点王争いにおいて並ばれてしまうが、
「ま、ワンフォアオールってヤツやな。たまには燻銀も悪くないやろ」
 偽悪的な表現で結ぶ。
 だが、残り時間は僅かに三分。
 チャンスは巡ってくるだろうか。
 ちらりとビジョンの時計を見遣り、走り出す藤村。
 フォワードは足を止めてはいけない。
 疲労を悟られることになるし、なによりもチャンスを逃すことになるからだ。
 苦しい時間帯ではあるが、なんとか頑張るしかあるまい。
 仲間たちを信じて。

 そして、待ちに待った機会が訪れる。
 魔界サッカークラブのミッドフィルダーがクリアミスを犯したのだ。
 すぐさま走り込んだ藤村がボールをキープする。
 久しぶりのタッチに場内が沸く。
 何かを期待している歓声だ。
「すまんこっちゃ。あんま期待に応えられそうにないで」
 シニカルな呟きを足下に投げ捨て、全力で走り出す。
 併走する形で巫が従う。
「灰滋! への二四番や!」
 作戦コードだ。
 作戦に拘らない性質の藤村が、自分から言いだしたのだ。精算があるのだろう。
 味方を信じねば、勝利など有り得ない。
 彼が思いを寄せる女性が教えてくれたことだ。
 定期検診などをおこなう、クラブの契約ドクター。
 いつの頃からだろう。茶色の髪と黒い瞳を持つ彼女にハッキリとした恋心を抱くようになったのは。
「信じるぜ! 藤村!」
 互いに両翼となりながら斬り込んで行く。
 すでに後半もロスタイムに入っていた。
 おそらく、これが最後の攻撃となろう。
「最後まで信じ切るの。一瞬でも疑ったら、あなたの負けよ」
 ドクターの言葉がオーバーラップする。
 そういえば、まだ答えを聞いていないな。
 激戦のさなかにあって無関係な思考が押し寄せてくる。
 先日渡した指輪。少し考えさせて欲しいという言葉。
 今はなにも考えるまい。
 目前の敵に集中するのだ。
 巧みなフェイントが、力強いドリブルが、正確なパスワークが、防御陣を切り裂く。
 見えた!
 ゴールだ!
「最後のシュートや! いくで!」
 蹴ったボールが分裂する。
 前半にも繰り出した『double』だ。ただ、あのときの分身は一つだったが、今度は七倍で勝負だ。
 全てボールがゴールマウスに向かう。
 今度こそ本当に狙うつもりか!?
 身構えるキーパー。
 と、巫の足下に驚くべき正確さでパスが届く。
 ゴールに向かっているのは、全部が囮だ。
 藤村は死力を尽くして、巫をバックアップしてくれたのだ。
 だが、一瞬、彼は躊躇った。
 退魔ーショットは、前半に防がれている。もし、また防がれたら‥‥。ここは冒険を犯さず、普通のショートを撃つべきではないのか。
 それは、万分の一秒にも満たない躊躇いだった。
「撃っちゃえ! ハイジ!!」
 思考に割り込むように声が響く。
 ゴールマウスの向こう側。プレス席に女性が立っている。
 黒い目の女性の左手が高々と掲げられていて‥‥薬指にリングが光っていた。
「綾! このシュート、お前に捧げるぜ!! うおぉぉぉぉぉ!! 退魔ーショット! アンフェニ!!!!!!!!!」
 裂帛の気合いで打ち出されたボールは、ヴァージンロードのような純白の軌跡を描いてゴールに突進する。
 決死のダイビングで捕球しようとするキーパー。
 しかし、ボールはグローブを弾き、ネットに突き刺さった!
 そして、突き破る。
 勢いを減じたボールは、絆のようにプレス席と飛んでゆく。
 柔らかなキャッチ。
 ぐっと、右手の親指を立てる綾。
 同じ動作で巫が応じる。
 二人の間に言葉はいらない。
 歓声と悲鳴が場内から溢れ出していた。


  エピローグ

 試合終了を告げるホイッスル。
 一対〇。奇跡とも思える結果だった。
「完敗だった」
 留史が武神に話しかける。
 右手には、脱いだユニフォームが握られていた。
 微笑を浮かべて彼もユニフォームを脱ぎ、交換する。
 健闘を讃え合う儀式のようなものだ。
「良い試合だったな」
「ああ。だが、セカンドステージでは負けないから」
「また、良い試合をしよう」
 右手を差し出す。
 留史もがっちりと握り返した。
 全力でぶつかり合った者だけに味わえる爽快感。
 なんとなく、引退するのが惜しいような気がしてくる。
 ふと視線を転じると、藤村がいつものようにファンにパフォーマンスを披露している。
 元気なことだ。
 まだ、優勝が決まったわけではないのに。
 お立ち台ではヒーローインタビューがおこなわれている。
 どういう経緯かは知らないが、巫は女性を傍らに置いているようだ。
 婚約だの結婚だのという言葉が漏れ聞こえてくる。
 どうやら、あちらも浮かれた話題らしい。
 微笑が苦笑へと代わる。
 まあ、大仕事をしたのだ。今日一日くらいは浮かれるのも良かろう。
 好敵手に別れを告げて歩き出す。
 わずかに痛む足を引きずりながら。
 やがて、気高き戦士の姿は、ピッチから消えいった。

 夢の余韻を愉しむように、歓声が続いている。


                     終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)
0146/ 藤村・圭一郎   /男  / 27 / 占い師
  (ふじむら・けいいちろう)

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。
「激突! 魔リーグ!」お届けいたします。
毎度のご注文、ホントにありがとうございます。
えーと、えーと(汗)
ギャグというか、コメディ初挑戦です。
色々考えてみたんですが、笑える話というのは本当に難しいですね。
精進が必要だと心の底から思い知りました。

あ、もちろんこのお話はパラレルワールドみたいものですから、界鏡線とは関係はありませんよ。

それでは、またお会いできることを祈って。


☆お知らせ☆

4月20日 4月23日の新作アップは、著者MT13執筆のためお休みいたします。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。