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神薙神社祭【皐月】
●オープニング【0】
神薙北神社と神薙南神社。この2つの神社は旧冬美原城を守るように南北に配置されている。
その2つの神社では毎月のように祭り――神事が執り行われている。恐らくこの土地の平穏を祈るために行われ続けてきたのだろう。
「これより、今月の奉納試合の受付を開始いたします」
祭りの行われていた境内では、ハンドマイクを手にした巫女さんたちが奉納試合の参加者を募っていた。その近くには試合内容に関する説明の書かれた看板が立てられている。
何気なくそれを見て驚いた。じゃ……じゃんけん? 奉納試合がじゃんけんですか?
「昔は相撲や剣術大会も行われたのですが、子供から大人まで幅広く参加できるようにと、危険性のないじゃんけんに変わったんですよ」
こちらの様子に気付いてか、巫女さんの1人が親切にもそう説明してくれた。
「1回戦は1対1による勝負です。そして勝ち残られた方、負け残られた方、各々のグループの中より優勝者と裏優勝者を決定するのです」
なるほど。つまり必ず2回勝負することになるようだ。
「優勝者か裏優勝者になりますと、賞品が贈られますよ」
え、賞品が出るの――?
●従兄妹同士【1C】
「だから、何でそう不審の目で見るかな」
神社の前で青年――倉実鈴波は苦笑していた。隣では小柄な少女、倉実一樹が今鈴波が言ったように不審の目で見つめていた。
「……べーつに」
不機嫌そうな一樹。肩にはバッグが、そして髪が少し濡れている。どうやらプール帰りのようだ。
(分かってるくせに……)
子供の頃に散々妖怪話を従兄の鈴波に吹き込まれたこともあり、一樹は少し警戒していた。
「まあまあ、機嫌直せって。りんごあめ買ってやるから」
「……たいやきも買ってくれるって言ったから、一緒に来たんだよ。鈴波兄ちゃんと一緒に居る所、あまり見られたくないんだからね」
「はいはい」
念を押す一樹に対し、鈴波は笑いながら返事を返した。
境内に入り、露店を回る前に本殿へお参りに行く2人。
「ここ、何の神様祭ってるんだ?」
「さあ、よく知らない。おきつねさまだって聞いた気もするけど……」
そんな会話を交わしながら、本殿前へやってきた2人。さっそくお参りを済ませる。
(たぶん受験のこと考えてないだろうし……鈴波兄ちゃんの受験が上手くゆきますように)
浪人生である鈴波のために、一樹が代わって願をかける。
お参りを済ませ、鈴波がおみくじを引いている間に、一樹は御神木に清水をかけてお参りしていた。特に変なこともなく、無事に終わった。
「おーい、奉納試合の参加手続きしてきたぞー」
そこへ嬉しそうに『四』と書かれた木の札を手にした鈴波がやってきた。
「えー、出るのぉ?」
嫌そうな声を上げる一樹。しかし別に自分が出る訳ではないからいいかと思っていた所、鈴波が『伍』と書かれた木の札を差し出した。
「ほら、一樹の分も手続きしておいたぞ」
「えーっ! 何で私の分まで受付済ませてるのー!!」
一樹は激しく鈴波に抗議したが……取り消しも出来ないとのことで、嫌々ながら参加するはめになってしまった。
●参加者紹介【2】
夜7時半を回った頃、本殿前に特設の舞台――学校の朝礼台より一回り大きい程度だが――が設置され、いよいよ奉納試合が始まることとなった。
「さあさあ、今月もやって参りました奉納試合! 果たしてどの方が優勝者に、また裏優勝者になるのでしょう!」
舞台の上に、マイクを手にした紺のスーツ姿の青年が現れた。いったい何者だ?
「今月の司会進行は、アサギテレビ入社3年目アナウンサー、わたくし唐沢敦(からさわ・あつし)が担当いたします。どうぞよろしくー!」
見物客から拍手が沸き起こった。まあ、唐沢が必死に煽ってた部分もあるのだが。
「それでは今月の参加者を紹介させていただきます!」
参加者の待機席には7人の男女の姿があった。宮小路皇騎、海堂有紀、南宮寺天音、養老南、倉実鈴波、倉実一樹、そして北一玲璃の7人である。
「……何であんたがまた居るねん」
天音はじとっとした視線を南に向けていた。その腕は、隣の有紀に絡めてある。
「だって〜、またボクをのけ者にするからいけないんだニョ」
くすくすと笑いながら答える南。ちなみにその格好は、鈴丘温水プールのマークが入ったトランクス型水着の上に、幼児用の水着を無理矢理着込んだという物であった。
「ウン〜、これがアングラフッションってやつだニャ」
「絶対違う!」
南の言葉に天音はすかさず突っ込みを入れた。
「お、ひょっとしてあれテレビカメラか?」
鈴波が隣の一樹を肘でちょんっと突いた。
「……見ての通りだよ」
答える一樹は何故か少しうつむいていた。テレビカメラがちょうどこちらを撮っているのか、玲璃がしきりにVサインを出していた。
「そうかあ……これで俺も全国デビューかあ」
「ローカルだよ」
一樹はそっけなく鈴波に言った。どうもテレビカメラに映されたくないらしい。
そうこうしているうちに、巫女さんがやってきて木の札を回収した。回収した木の札を木箱の中に入れて抽選を行うようだ。
「ふむ、直前まで組み合わせは分からないという訳か」
皇騎が作業の様子を見つつ言った。
間もなく試合開始である――。
●予選・第2試合【3B】
「第2試合の組み合わせは……倉実鈴波さんと養老南さんです!」
唐沢が抽選結果を紹介し、呼ばれた2人が舞台へ上がった。
「うーん、緊張するなあ」
舞台に上がると、鈴波は何故か屈伸運動を始めた。気合いを入れるためか、何のためかは定かではないが。見物客の間から、小さな笑い声が起こった。
「鈴波兄ちゃんてば……」
鈴波の行動が少し恥ずかしくて、一樹はつい舞台から視線をそらしてしまった。
一方相手の南はというと、妖し気な笑みを浮かべ鈴波を見つめていた。
「ふふ……負けないニャ」
「さてさて、お2人とも心の準備はよろしいですか? それでは1本目参りましょう! 最初はグー、じゃんけんぽん!!」
唐沢のかけ声に合わせ、2人が手を出した。鈴波がグー……南がパーを出していた。
「またしても1本目は決着がついております! 養老さん、まずは1勝!!」
「あれ? おかしいなあ」
手をじっと見る鈴波。そして何度も手を閉じたり開いたりを繰り返す。
「続きまして2本目です! 最初はグー、じゃんけんぽん!!」
2本目の手は、鈴波がまたしてもグーを出した。対する南はまたしてもパー。結果は一目瞭然であった。
「おおっと、第2試合はここで決着がついてしまいました! ストレート、ストレートです!」
「ん〜、勝っちゃったニョ」
くすっと笑う南。鈴波は手を見ながら首を傾げていた。そんな鈴波を見て、一樹は深く溜息を吐いた。
「勝負あり! 養老さん勝ち抜けです!!」
2勝、ストレートで南の勝利だ。
●裏優勝者決定戦【4A】
5分の休憩を挟み、負けた者たちによる裏優勝者決定戦が始まった。
「改めて、裏優勝者決定戦のメンバーを紹介いたします。海堂有紀さん、倉実鈴波さん、そして倉実一樹さんです!」
唐沢によって紹介される3人。一樹が微妙な表情を浮かべていた。
(まさか鈴波兄ちゃんと一緒に舞台に立つなんて〜)
テレビカメラが先程からずっとこちらを向いている。もしかすると、この様子が流されるかもしれない。
「有紀はん、ファイトやでー!」
「頑張りますね〜」
天音の声援に、有紀がまた手を振って応える。
「確認のために説明しておきますが、裏優勝者は一番負け数の多い方となりますので、よろしいですか?」
3人に確認する唐沢。3人はこくんと頷いた。
「それでは裏優勝者決定戦の1本目、参りましょう! 最初はグー、じゃんけんぽん!」
かけ声に合わせ、一斉に手を出す3人。有紀がチョキ、鈴波がグー、一樹がパーであった。見物客の間から、思わず溜息が漏れた。
「引き分けです! 1本目は引き分けという結果になりました! 続いて2本目に参りましょう……最初はグー、じゃんけんぽん!」
次の手を出す3人。有紀がパー、鈴波がグー、一樹がグー。
「見事に分かれました! 海堂さん、1歩後退です! 果たして3本目で決着がつくのでしょうか!?」
観客を煽る唐沢。鈴波と一樹が負け数で並んでいた。
「それでは3本目! 最初はグー、じゃんけんぽん!」
3人が最後の手を出した。有紀がグー、鈴波がグー、そして一樹もグー。
「何ということかぁっ! 引き分けです、3人とも同じ手を出したぁっ! ここで海堂さんの敗退が決定だぁ!」
この時点で負け数0の有紀の負けが決まった。
「負け数が並んだ場合には、サイコロの目でより小さい方を出した方が裏優勝者となります!」
見物客に説明する唐沢。その間に、大きなサイコロを抱えた巫女さんが舞台の上にやってきた。
「先攻は倉実鈴波さんです、お願いします!」
唐沢がそう言うと、巫女さんが舞台の上からサイコロを放り投げた。サイコロはころころと転がって……1の目を上にして止まった。
「出ました、1です! したがって、倉実一樹さんは1を出さない限り敗れてしまいます!」
1を出して再度やり直し。それ以外だと鈴波の裏優勝が決まる。
「それでは後攻の倉実一樹さんです、お願いします!」
再び巫女さんが舞台の上からサイコロを放り投げる。サイコロはころころと転がって……3の目を上にして止まった。
「勝負あり! 倉実鈴波さんの裏優勝が決定です!!」
その瞬間、大きな拍手が沸き起こった。
決定戦の末、鈴波が裏優勝者となった。
●優勝者・裏優勝者インタビュー【5】
優勝者の天音と裏優勝者の鈴波は各々別の和紙に手形を押し、筆で署名をすることとなった。この優勝者の分を神薙北神社へ、裏優勝者の分を神薙南神社へ奉納することによって、一連の奉納試合は終わりを迎えるのである。
「裏優勝、おめでとうございます。今、どんなお気持ちですか?」
舞台上で鈴波にインタビューする唐沢。鈴波は少し思案してから、こう答えた。
「息抜きで従妹の家に遊びに来たんですけど、まさかこんなことになるとは思わなかったです。いやあ、来てみるもんですね」
「そうですか、ありがとうございます」
続いて、唐沢は天音にインタビューを始めた。
「優勝、おめでとうございます。今、どんなお気持ちですか?」
「これ、何言うてもええのん?」
天音はマイクを手で差して尋ねた。
「ええ。構いませんけれど」
「ほな、失礼して……」
軽く咳払いをする天音。
「ええっと、この勝利を……」
そこまで話した時、舞台下に居たディレクターらしい男が激しくぐるぐると指を回し出した。『巻き』、つまり『早く終われ』という指示だ。そして文字の書かれた紙を出した。そこには『至急移動!』と大きく書かれていた。
「そうですか、ありがとうございました!」
唐沢はディレクターの指示を受けて、強引にインタビューを切り上げた。
「え? あの、ちょお、うちまだ……」
「それでは皆様、また来月お会いいたしましょー!」
呆然とする天音をよそに、唐沢は無理矢理まとめてしまったのだった……。
●帰り道で【6B】
「ほら一樹、やるよ」
神社からの帰り、鈴波は裏優勝の賞品としてもらった銀の鈴を一樹に手渡した。
「……え? いいの、鈴波兄ちゃん?」
一樹は飲んでいた参加賞のラムネから口を放すと、鈴波に視線を向けた。
「俺、別に使わないし。だったら俺が持ってるより、一樹が持ってた方がいいんじゃないかって思ってさ」
そう言い、鈴波はラムネをごくりと飲んだ。
「……ありがとう」
一樹は小さな声で、鈴波に感謝の言葉を述べた。
「そういや、こんな話知ってるか? 妖怪・赤マントってのが……」
「前言撤回!」
一樹は慌てて両方の耳を塞いだ――。
【神薙神社祭【皐月】 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0035 / 倉実・鈴波(くらざね・りりな)
/ 男 / 18 / 大学浪人生 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
/ 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
/ 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 0597 / 海堂・有紀(かいどう・ゆき)
/ 女 / 16 / 高校生 】
【 0598 / 養老・南(ようろう・なん)
/ 男 / 15、6? / 高校生/男娼 】
【 0634 / 赤井・三郎(あかい・さぶろ)
/ 男 / 70 / 俳優&怪盗 】
【 0670 / 倉実・一樹(くらざね・かずき)
/ 女 / 16 / 高校生 】
【 0702 / 北一・玲璃(きたいち・れいり)
/ 女 / 16 / 高校生 】
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■ ライター通信 ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全22場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせしました、ようやくお届けすることができました。この手の依頼は、普通の依頼に比べて行動しにくいとは思いますが、恐らく今後も出てくると思いますので……。
・奉納試合の組み合わせですが、ダイスを振りランダムに決めさせていただきました。決定戦でのサイコロも、実際にダイスを振って結果を出しています。ただし、能力を使われた方の場合はまた別に判定作業を行っています。
・アイテムのことですが、冬美原では基本的にアイテムを使用できるのは入手した本人のみです。ですが、プレイング上でアイテムの譲渡や貸与が行われている場合はその限りではありません。
・倉実鈴波さん、2度目のご参加ありがとうございます。以前はファンレターありがとうございました、多謝。ああ、やはり一樹さんの従兄だったんですね。じゃんけんの手ですが、1回戦分しか書かれていませんでしたので、2回戦目も同じ物を使わせていただきました。裏優勝おめでとうございます。アイテム(賞品)はプレイングにもありましたので、一樹さんの方で発行されます。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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