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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


心霊写真館

男が差し出した名刺にはこう書かれていた。

『心霊写真館 楽<らく>
 館主 楽天昇(らくてん・のぼる)』

 草間興信所所長・草間武彦はその名刺にちらりと目を通すと胡散臭そうに相手を見た。
「は…その。まあ。なんと申しますか…。」
 男は大して暑くもない初夏の陽気に大汗をかいて、先程からしきりに白いハンカチを顔に持って行っている。40過ぎだろうか。白髪の混じる気弱そうな姿。細い瞳に少し出っ張った腹。だが体つきは大変丈夫そうだった。
「どこへ行っても相手にしていただけず…。こちらまで来てしまった次第で…。」
「それで信州くんだりからこんなところまで?」
 草間武彦は名刺から住所を読み取ると、懐から出した紙入れに収め、おんぼろソファでゆっくりと背をかがめて手の平を組んだ。
「はぁ。でも流石に都会の探偵さんは、垢抜けてます。」
 彼は草間の一挙一動を感心したように見、嬉しそうに微笑んだ。草間は呆れたが、本質的には悪い人間ではないようだ。更に彼は伸びをするように事務所の中を見回した。山積みの書類や、壁際に置かれている資料の山が珍しいらしい。
 ふう…と、草間は溜息をついた。どうやら今回もロクな事件じゃない。だがこうしてやって来たものを、無下に断れるほど彼は血も涙も無い人間ではなかった。
「それで…ご依頼は?」
「そ、それなんですがね。」
少々どもりの気でもあるのか、彼は慌てて姿勢を正し、草間を見た。「実は、1月ほど前から商売である心霊写真がどうにもこうにも撮れなくなってしまいまして…。」
 草間は無言で相手を見た。
「あ、わ、分かります。仰りたい事は!!」
男は顔の前でばたばたと手を振る。「心霊写真というのは撮ろうと思って撮れるもんじゃないとか、合成だろうとか、私の頭がおかしいんじゃないかとか…」
「待って下さい。何もそこまで言っていませんよ。」
草間はソファから飛び出すんじゃないかと言うほど慌てる男を制した。「落ち着いて話してください。」
 不本意ではあるが、草間武彦はこの手の話題に大変慣れており、男は草間のそんな態度にやっと落ち着いたように、話し出した。
 小さな頃から彼の撮る写真には、必ず霊が映り込み、相当な苦労も味わったものだが、30を過ぎた頃に気分一新。どうせ撮れるものなら商売にしようと考えたところ、店は大層繁盛し、以来10数年というもの死者とのポートレートなど撮りつつ儲けて来た…という事などを。
「ですが、先程も言ったとおり、突然撮れなくなってしまいまして、困っております。」
 聞き終わると、草間はいつしか咥えていた煙草を灰皿に押し付け、肩をすくめてこういった。
「…残念ですがね。私の経験上、単にあなたの霊力…あなたが意識していたかどうかは知りませんが…が年齢に応じて衰えたってだけの話でしょう。お聞きしたところ特に修行をなされた訳でもないようだ。…協力できかねます。」
 すると。
 気落ちするかと思われた男は、逆にぱぁっと顔を輝かせた。
「さ…流石は都会の探偵さんだ!! 今までそんな風に仰ってくださる方はおりませんでした!」
草間はぎょっとして相手を見た。彼が草間の手をがっしりと握ってきたからだ。「実は私には心あたりがあるのです。きっとこれは…私の成功を妬んだ実の妹の仕業に違いないのです。」
「…妹さん…?」
「はい。ミコト…妹は今は独り群馬でうどん屋を営んでおります。ですが…昔から私が幸せになりそうな時に現れてはことごとく握りつぶし、踏み潰し、さらに揉みくちゃにして燃えるゴミに…。」
「ま。待って下さいっ」
汗ばんだ手を振り解き、草間はずざざっと身を引いた。「つ、つまりその妹さんを探って欲しいと…そう仰るわけですね。」
「は、はい!! その通りです! …やっていただけますか!!」
 男は丈夫そうな体躯をずいと乗り出して、草間の目をじーーーっと見詰めた。
── …やらなきゃ呪う勢いだな…。
 草間はこっそりソファで手を拭きながら、口端を引きつらせた。
── ま、これなら何とか依頼料も取れるだろ…。
「…分かりました。幾人かそちらへ向かわせましょう。」
 草間は、一つ頷いてそう言った。
「あ、…有難うございますっ!!」
 男は一声叫んで草間の手を取ろうとしたが、草間はひょいとそれをかわし、そして二人は微笑み合った。

 男…楽天昇は帰り際、一言残して去っていった。
「草間さん。妹は…ミコトは本当にとんでもない女です。目的のためなら手段を選びません。…本当に、気をつけてくださいね…。」


ACT.1
 草間興信所からの依頼TELに、志神みかねがまず思ってたことは、
「世の中にそんなに悪い人が居るわけ無いもん。きっと二人のタイミングが悪かっただけだよ。」
で、あった。
 もし彼女の言うとおり世間に悪人が居ないなら、世の警察官その他諸々はこの不況の折に一挙リストラであるが、多分彼女に言わせれば。
「おまわりさんは、迷子の案内してくれるから、必要なんです。」
という事で万事解決であろう。
 そんな訳で彼女は少々おっとりと草間からの電話を切った。そんな普通の女子高生である彼女がなぜ草間興信所などでバイトをしているのか…それは彼女の特殊能力に理由があるのだが、それはまた後ほど。
 そして土曜日。
 電車とバスと学割を利用して3時間。たどり着いたのは遥か下方に渓谷を見下ろす、なんとも鄙びた一軒の饂飩屋だった。窓と玄関を飾るのは深い焦げ茶に染まる縦格子。表に出された椅子には可愛らしい絣模様の座布団がちょこんと乗っている。
「ええと…こういうときはなんて言ったらいいんだっけ…?」
彼女はほっそりとした顎に指先を当てて小首をかしげた。「あ。そうだ。」
 饂飩屋はまだ準備中。
「た〜の〜も〜ぉ〜〜!」
 新緑かぐわしい上州の森に、彼女のよく通る澄んだ声が響き渡った。

「お饂飩、ってどうやって作るんですか?」
「……は?」
 その女性は手に『うどん・楽天』と書かれた暖簾を持ったまま、みかねの大声に驚き顔で出てきた。ほっそりとした身体にまだ少し肌寒いだろうにTシャツ一枚、細身のジーンズ。そしてエプロンと三角巾一つ。手には白い粉が付いて、額にはうっすらと汗をかいていた。働き者らしい雰囲気が漂ってくる。
「お饂飩、作るの手伝わせてください。」
── 私にできるのは、お二人の誤解を解くことだけです。まずは命さんのお手伝いをしながらお話を聞きましょう!
 呆気に取られている女性の前で、みかねは小さく小首をかしげてふわっと微笑んだ。そして楽天命は唐突にやってきたこの少女の人懐こい笑顔に、困惑した調子で聞き返した。
「…ええと…。何処の子?」
「東京から来ました。志神みかねです。どうぞ今日一日宜しくお願いいたします。」
 ぺこり。
 沈黙。
 そして楽天命の心理。
── 社会科見学……かしら…ね。
「連絡は貰ってないけど…まあ、休みの日だっていうのに熱心ね。」
 そして志神みかねの心理
── …わぁ…何も言ってないのにお仕事しに来たって分かるなんて。凄い方です。
「はい。有難うございます。」
 もういちど、ペコリ。
「じゃあ、大変だけど今日一日頑張ってね。」
「はい! がんばります。」
 志神みかねは元気良く頷くと、楽天命が軽く押し上げた暖簾くぐってまだ客の居ない店の中に一歩踏み入んだ。
 楽天命は既に蕎麦打ちの二順目に入っていたようで、店の奥、外からの明かりが太い芯張りに落ちる土間には既に天箱に並んだ手打ちの饂飩が積まれている。彼女は表から見える場所で麺棒を持ち、打ち粉が入った袋の中に手を入れながら、入り口に立ってあたりをきょろきょろと見回しているみことを振り返った。
「もうすぐお客さんも来るから、じゃあちょっとお茶の支度でもしてもらおうかしら。」
「はい!」
 そして志神みかねはおっとりとながら、自力で茶碗のありかを探り出し、そして湯を温め、テーブルを拭き…なんだかせっせと働きだした。…が。
── あれ?
 ふと、途中で首をかしげる。
── 私、何しにここに来たんだっけ…?
 と、奥から命の声が飛んでくる。
「みかねちゃん、注文のとり方分かるかしら?」
「えっと…ハイ…多分やってみれば出来るかなぁって思います。」
「そう、じゃあ頑張ってみる?」
「がんばります!」
── あ、あれ??
 なんだか違う。何かが違う…。
 そうは思いながらも、みかねはやっぱりせっせと働いていた。


ACT.2
 陰陽師・七森慎がその店に着いたとき、トタンでできた細い煙突からは湯を沸かす煙がモクモクと上がっていた。
「とするとこの店は薪を炊いているのか…なるほど薪で炊いた湯はまろやかになるというからな…。」
 と、呟いた七森慎の片手には、『上州○っぷる・美味しいもの巡り2002』が抱えられていた。参照ページは巻頭特集第5ページ。ということはなかなかの有名店ということだ。
「藤姫、とりあえず行って様子を見て来てくれ。俺は4方に式を配置して後から行く。」
 彼は彼の式神の一人である藤の少女に命を下した。少女はこくりと頷いて縦格子の隙間をするりと抜けていく。そして慎は言葉どおりに店の周りをぐるりと回って式神発生遠隔コントロール装置である符を貼り始めた。
 口の中で何事か呟くと符が舞い上がる。
 木造の僅かな隙間を縫ってそれはするりと店の中に滑り込んでいく。が、その調子で裏手に回ろうとした慎は、足を止めた。そこにあったのは裏は深い渓谷。
── 落ちたらひとたまりもなさそうだな…。
 薄ら寒い気配を感じ、彼はその場に符を置くと踵を返し、青く染められた暖簾…『うどん・楽天』と書かれていた…を片手でするりと除け、店の中に入る。
 店の中は薄暗かったが、明るい日差しが高い天井から土間に落ちて涼やかな雰囲気をかもし出している。そこへ彼の放った式神、藤姫が戻ってきた。
「…様子は?」
 長居する為に奥まった場所へ席を取ると、慎は小声で尋ねた。声を出さずとも伝わるが、藤姫は式の中でも人間らしい姿を取っているので、つい声を掛けたくなるのだ。
「きつねうどんが美味しそうでした。」
「…油揚げか…?」
 気だるく肘を付き、いかにも普通の仕種で七森慎は尋ねた。
「はい。見たところ出汁がとてもよく染みているようでした。」
「いらっしゃいませ。」
 エプロンをつけ、腰までの長い黒髪を清潔そうな三角巾で束ねた小柄な少女が出てきた。とても39歳独身女性には見えなかったので、バイトだろうと慎は判断する。
「えっと…ご注文は?」
「きつね一つ。」
「き…きつね、…一つ…。」
 慣れない様子でメモし、だがしかし、にっこりと微笑んで少女が下がっていく。
── 藤姫、ミコトという女性の監視を頼む。説得は食後だ。…うどん食わせられなくて済まん。
 ちらりと店の奥に目を走らせ、七森慎は出された手拭を手に取った。


ACT.3
「報酬は『アレ』以外は認めないわ。それでもいいんでしょうね。」
「は…ハイ。」
 シュマ・ロメリアの言葉に、楽天昇はこくりと頷いて額の汗を慌てたように拭った。ここは信州。そしてシュマは新緑の中に建つ洋風の建物…心霊写真館・楽の前に1100ccの大型バイクを横付けしていた。
 黒のライダースーツに身を固めたその姿は、とてもじゃないがシスターには見えない。しかもバイクを降りてから暑さを感じはじめたのか、胸元のチャックをギリギリまで下ろしている。
「ハンパなのは認めないわよ。嘘をついても初めの一口ですぐ分かるんですからね。あとは、艶とか色とか。」
「私のコネを使って、なんとしても最高級品をそろえさせていただきます。」
 楽天昇は汗を拭き拭きそう言った。風は爽やか。もしかしたらシュマの肢体がまぶしいゆえかもしれない。だが彼女はそんなことには全く気も留めずに頷いた。
「じゃあ、受けるわボディガードの件。」
 草間興信所からの依頼はこうだった。楽天昇の身柄を1日守ること。
 だがシュマは実際、東京を出るまでこの依頼をやるかどうか決めかねていた。シスターという職業についているゆえ報酬を取るわけにはいかないし、だがタダ働きは好きではない。しかしこうしてバイクをかっ飛ばしてくる間に、彼女の脳裏にとんでもなくいい考えが浮かんだのだ。
 そして今、交渉は滞りなく成立したところ。
「あ、有難うございます。助かります〜。」
 楽天昇は心底ほっとしたように溜息をついた。
 シュマはじーっとその情けない姿を見つめる。
── うーん…色んな人間の男を見てきたけど、これほど情けない雰囲気をした男は初めてだわね。
「妹さんってそんなに怖いの?」
 何気なく、尋ねる。が。その瞬間楽天昇の上気した顔が真っ青になった。
「じ、自分の妹ながら全くお…恐ろしい…」
「…ふーん…。」
 金の髪に指を通して掻き上げながら。シュマはゆっくりと唇の端に微笑を乗せた。…悪巧みを、しているときの顔である。
「そんな人…あたしちょっと見てみたいなぁ…なんて、ね。」
「は?」
 楽天昇はシュマの言葉に目を丸くした。
「でもアナタのガードもおろそかには出来ないし。じゃあ残る道は一つよね。」
 言いながら、シュマはがっちりと楽天昇の腕を掴んで愛車にまたがった。
「乗りなさい。」 微笑。
「えっ。…え…。」
「乗るのよ。」 暗微笑。
「…え…っ… えぇ〜〜っ!!?」
 有無を言わさず。シュマはその細腰にに楽天昇を捕まらせ
「あ。それとね〜〜!!」
バイクの上で、後ろにしがみ付いた楽天昇に向かい、叫ぶ。「実はそのカメラ、壊れてたなんてオチが付いてたら……容赦しないわよ〜!」
 そして、一路信州。



ACT.4
 じゃり…とローヒールの踵が地面を踏んだ。
 首から掛けた、UVカット効果ありの色がかった眼鏡がきらりと陽光に光る。
「うふ。」
── カン、ペキ。
 シュライン・エマはにっこりと微笑んだ。普段の彼女はパリっとしたスーツに身を固めた翻訳家。いかにも知的な姿だが、今日は違う。腕には大きなバック。頭には鍔の広い帽子。
── どこから見ても旅行者だわ。この姿を見て誰が私を探偵と思う??
 微笑むと、彼女の丸みを帯びた切れ長の瞳は細められ、その中性的な顔立ちとあいまって凄みのある笑顔になってしまう。だが本人はあまり気付いていないようだ。
── 事前情報収集も今回スムーズに行ったし。
 彼女は電話で楽天昇と話していた。
『そうね。具体的にどんな風に幸せを握りつぶされたのか、教えて欲しいわ。』
『具体的に…ですか?』
『そうよ。だって…一通り聞いたけど私には納得いかないわ。どう見たって今のところあんたの思い込みにしか思えないんだもの。』
『そう仰られるのも無理はありませんが…』
 楽天昇はそして、話だした。
『僕が始めて妹を疑ったのは今の店を出してしばらくした時でした。僕は妹を信州のこの店に招き、妹はここに一泊していったのですが…。夜中にですね…僕は見たんです。彼女が部屋の隅でなにか白い紙切れのようなものを持って、ぶつぶつと呟いているのを。そして僕が心霊写真を撮れなくなったのはそれからです。
『気付いてみると妹はいつもその行動をとっていました。そう、僕が幸せを感じているとき…たとえば美味しいご飯をさあこれから食べようとしているとき、彼女が出来たとき、合格確実の大学受験を風邪を引いて休んだとき…呪い…きっと呪いなんです!!』
 全て聞き終えたシュラインは、受話器を持ったまま思わず額に手をやった。
『あのねぇ。普通それくらいで妹を疑う?』
『もう忘れちゃいましたが、もっともっと本当はあるんですよ!』
 切羽詰ったような昇の声が受話器の向こうから聞こえた。
『忘れるくらいなら大した事ないんじゃないの?』
『ぐっ…。』
『でも…まあいいわ。ただ、これだけはハッキリさせておきましょう。依頼内容は妹さんが心霊写真を撮れなくしたかどうかの事実確認であり、撮る力を取り戻す事ではないってこと。…もし妹さんと関係なかったとしてもキチンと報酬は払ってもらいますからね。』
 そして彼女はここに居る。新緑の中に立つ饂飩屋の趣はなかなかの風情。建物の中からは饂飩を切るかすかな音が伝わってくる。
 うーん。イイ匂い。でもまずは彼の言葉を頼りに、部屋の隅とやらを探らなきゃね…。
彼女が店に入ると店の奥に一人、黒髪の青年が座って饂飩を啜っていた。割と早い時間だがこうして客が入っているということは、なかなか繁盛しているに違いない。
 店内に注意を払いながら、入り口に一番近い隅へ席を取る。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
 16.7だろうか、可愛らしい少女が出てきてお絞りを差し出してきた。
「そうね…」
一瞬、カロリーだとか栄養バランスだとか考えてしまうのは妙齢の女性ならではである。が。「天プラ饂飩定食で。」
 折角の上州。饂飩と山菜の上州である。そして代金は経費で落ちるのだ。
「分かりました。てんぷらうどんですね。」
 と、彼女がメモを取っている隙に。
「あっ…。」
シュラインは小さく一声呟いて、お絞りを取り落とした。「あら、ごめんなさい…落としちゃったわ。」
 言いながら、細身を捻ってテーブルの下にもぐりこみ、素早く辺りを見回す。
── ホントに有ったわ…
 薄暗い中に、白い札。丁度目線の先に張ってあるのはどう見ても陰陽の符だ。
── うーん、楽天昇の言うこともあながち間違ってないのかしら…? 
 そして彼女はためらい無くそれを引き剥がした。
── 兎に角楽天命の話も聞かなきゃね…『信州に旅行に行って心霊写真館に行った。』とでも話かけてみようかしら…。
 彼女は彼女らしい冷静さで
「ええと。じゃあ今新しいのを持ってきますね。」
 バイトらしいその少女は、にっこりと微笑んで奥へ入っていこうとした。
 が、その時だった。奥から女性が姿を現したのは。
「あ。みかねちゃん。少しいいかしら…。」
 楽天命、その人であった。


ACT.5
 そのほんの少し前。雫宮月乃は饂飩屋に続く長いあぜ道を、ゆっくりゆっくりと歩いていた。
 元々彼女、放浪歴が長いだけあってその見た目に似合わず健脚である。
「いい天気…ねぇ。雪羅?」
 と、足元についてくる白い犬…に見える白狼を見下ろして声を掛けた。
 足元といってもその白狼、4つ足で歩く背が月乃の腰ほどの高さだ。相当に大きい。
「もうすぐ着くから、頑張ろうね。」
 わふ。と雪羅は月乃の声に応えた。月乃は存ぜぬことであったが、人語を解するこの白狼は、陰陽の一族である雫宮から使わされた式神でもある。
「でも…ここまでくるのに沢山の人にお話を聞きましたけれど…。」
 月乃は雪羅に語りかけるかそれとも独白か、ぽつりと呟いた。
 楽天命には悪い噂などかけらも無かった。それどころか近所(といっても隣家まで500メートルほどあったが)でも評判の努力家の女性である。
 饂飩が好きで、単身上州饂飩の有名店で修行をこなし、女手一つで店まで建てた。片田舎にぽつりとある店であるが、女将である命の人柄とその味に惹かれて常連客になるものも多いという。
「そんな人が自分のお兄さんを酷い目に合わせるのかしら…。」
 そして、彼女は店の前に立ち、藍染の暖簾をしなやかな仕種で持ち上げた。
「ごめんください…お饂飩ひとつお願いします…。」
 すると、丁度入り口に居た女性が月乃を振り返り、ちょっと驚いたような目をしてこう言った。
「ごめんなさい。犬は入れちゃ駄目なのよ。」
 楽天命である。
「え…。」
 思っても見なかったことに月乃は愕然とする。
「大きいわねぇ。ハスキー犬? でも外に繋いで置いてくれると助かるわ。」
「せ…雪羅を?? だ、駄目ッ!」
月乃は青い瞳を真ん丸くして、犬神の首筋に抱きつくようにしゃがみこんだ。「雪羅と離れるなんて駄目なんだからっ」
 雪羅は犬神であるから隠遁させておけばいいのだが、あまりにも長く実体化している雪羅と一緒にいるため思い至っておらず、奥に座った青年がきつね饂飩をすすりながらびっくりした目でこちらを見ていることにも気づかない。
「それに雪羅は犬じゃありません。狼なんだから。」
「あのねぇ。日本に狼は居ないわよ。」
「でも白狼なんですもん!」
「でもね……。」
 以下、延々と続く。


ACT.6
 そのさらにほんの少し前。 
 うふふ…と整ったほの白い顔を普段より僅かに赤らめ、ウォレス・グランブラッドは鏡の前に立っていた。
「おやきに野沢菜、蕎麦に蜂の子…」
なにやら怪しい呪文(?)を唱えている。「高原のチーズ、ヨーグルト…うふ、うふふ…。信州には美味しいものたくさんありますね…。」
 どうやら彼は持ち前の怪しい日本贔屓っぷりを今回、相当の勢いで前面に押し出してきたようだ。その証拠に蜂の子は名物だが美味しいかどうかは疑問である。
 と、悦に浸っている彼の様相は常とは違う。英国紳士風の姿を脱ぎ捨て、彼は今ダサいワッペンのついたゴルフTシャツとチノパン姿。そして彼はなぜか今大変遠くを見ていた。
「ですが…美味しいお饂飩…魅力的です。」
 そして彼は最後にするりとその頬を撫でた。
 その瞬間、まるで一枚の皮を剥ぐように、顔つきが骨格から変わる。
 そして彼は鏡に映った自分をとっくりと眺めた。
「ふむ…我ながらアッパレな変化。どこからみても、【ノボルサン】です。」
 彼の淡い茶色の髪は白髪交じりの黒髪に、吸血鬼特有の白い肌は僅かに黄味がかって皺めいて、上手い具合に『変化』していた。ただしちょっと目元がダンディ過ぎる上、彼の動きもかなりダンディでは有ったが。
「さて。では行きましょうか。」
 彼はうきうきとした様子で隠れ家を出た。外はまだ天高く太陽が昇っている。
 だがしかし、気にはしない。確かに日の光は苦手だし、一応死なない程度でしかないが、それと饂飩を比べたら、彼にとっては饂飩が大事であった。
「饂飩…うふふ…饂飩…。」
彼は呟きながら歩いていった。「山菜…月見…何にしましょうかねぇ。」
 どうやら、今回の彼は依頼についてあまり頭にないらしい。
 

ACT.7

 そしてウォレスが『ノボルサン』に変化したまま、うどん屋の暖簾をくぐったその時。
 そこには、命と、命の前で雪羅に抱きついて駄々をこねている雫宮月乃と、その後ろでメモを持ったままぼんやりと成り行きを見守っている志神みかねと、きつね饂飩を半分口に入れたままフリーズしている七森慎と、入り口近くのテーブルで、鋭く命と月乃のやり取りを見守っているシュライン・エマがいた。 勿論、ウォレスがその隙(?)を逃すはずがない。
「Hi! マイシスター! 会いたかったよ!」
 そしてそのまま命の肩をしっかりと掴んでその瞳を覗き込んだ。
── ふふふ。私の計画ではこの行動にこの妹さんがどんな反応をするかで互いの関係が露になるはずです!
「なっ…な、なっ…。」
 命はウォレスの腕の中で目を白黒させている。
 足元に蹲っている犬(偽)と少女と、奥に座ってきつねうどんを啜る青年と、手前に座る旅支度のおねぃさん・シュラインと、そしてバイトの(?)少女の目も白黒だ。
「何を驚いているのですか? …実の兄の顔を忘れてしまいましたか?」
── 『催眠』…私はあなたのお兄さんですよ。…そうでしたね?
 命の瞳にうっとりと斜がかかったのを確認し、ウォレスはゆっくりと命の肩を離した。
「…兄さん…? …ああ。うん…そうね…。」
一瞬ぼんやりと。そして命はにっこりと微笑んだ。「珍しいわね、兄さんからこっちにくるなんて!」
 その様子に他4名の目がそれぞれ色を持つ。
── まあ! なんだかとっても仲良しじゃあないですか♪
── …念のためとは思ったが、禁呪まで貼る必要は無かったかな…。
── こっちに来るなんて聞いてないわよ。あんなに恐れた様子は一体何処に??
── 雪羅〜〜。離れたくなんかないですー。
「まあ、そんなトコに立っていないで座ったら?」
 ウォレスの「催眠」に掛けられたまま、命はウォレス=楽天昇に椅子を勧める。ウォレスはこくりと頷いて、椅子に腰掛けた。そして…
「久しぶりに命の饂飩が食べたいです。」
 と、奥へ戻ろうとする命の後姿に声を掛けた。その瞬間。
 ぴくり、と命の歩みが止まった。そしてくるり、と振り返る。
「あ…あなた。」
「ハイ?なんですか妹よ。」
「あなた兄さんじゃないわ〜〜〜!!」
 その叫びに店内全員の視線が集まった。
 一瞬の間の後で、ウォレスがまず我にかえる。
「NO! 私はお兄さんです。いいですか〜?」
「違うわ! …私の兄さんは…」
 目を白黒させる月乃。目の前には依頼人である楽天昇が楽天命に喉元をぐいと掴み上げられている姿が。
 と同時に
「式神!」
 奥から立ち上がった青年の手から一枚の札が飛び。
「させないわ!!」
 手前の女性のほっそりとした手がその符を空中で掴み取る。
「な…?なに?」
── ちょっと待て。俺の式を手づかみ!?
「えっ?」
── あらっ? この符って妹さんが飛ばしたんじゃないの??
 つまりは七森慎とシュライン・エマがぎょっとした顔で見詰め合う。
「七森さん!」
唖然としている慎に、今度は月乃が叫ぶ「なんでここにいらっしゃるんですか?」
「…やっぱり君か! …雫宮の…」
「おお! 青年。そしてお嬢さん。また会いましたね。」
雪羅に圧し掛かられたまま、楽天昇=ウォレスが片手を上げた。実はこの3人、『不思議トンネル』と呼ばれる事件で行動を共にした事があるのだが、楽天昇の正体を知らない月乃と慎の背景は?マークで一杯だ。
 と、そこに。
「お邪魔しま〜す! こちらに楽天命って人が居るって聞いたんだけど!?」
思い切り明るい声と、明るい金髪を持った女性が暖簾を潜って引き戸を開けた。そしてウォレスが入ってきた時と同じように、足元に蹲っていた月乃に気付く。「あら。あなたこの間の…。」
 偶然か必然か。彼女も『不思議トンネル』事件で月乃・七森・そしてウォレスと出会ったことのある女性…シスター、シュマ・ロメリアである。
 そしてナイスバディを黒のライダースーツに包んだ彼女の後ろには、引きずられるように入ってくる『本物の楽天昇』の姿が。「な…に、兄さんが二人…。」 と、楽天命
「ぼ…僕がもう一人…。」 と、楽天昇
「むぅ…なぜ見破られてしまったのでしょう。」
と呟きながら、ウォレス=楽天昇は「『変化・解』」
 するりと顔を撫でてもとの彼の顔に戻り。
 そして。
「い…いや〜〜〜!!!」
 ウォレスの変化を目の前で見た志神みかねの叫びが店内に響いた。

 ちゅど〜〜ん!!


ACT.7

「け…けふ…っ…。」
 もうもうと上がる土煙のなか、一番最初に身体を起こしたのは雫宮月乃であった。傍に居た犬神が彼女を守り、今は白毛に積もった埃を身体を震わせ払っている。
「…なにが起きたんでしょう…。」
 私はお饂飩を注文した『だけ』でしたのに…。
 そして月乃は周りを見回し、店の中が大変なことになっていることに気付いた。倒れた椅子、重みのあるテーブルも部屋の隅まで弾き飛ばされ、土間の中央に大穴が開いている。
 そしてその中央では、腰までの黒髪を三角巾でキチンと纏めた少女が、呆然としたように座り込んでいる。
「雪羅、おいで。」
 月乃は犬神を手招いて、土間にあいた大穴に気をつけて降り、少女の傍に寄る。相手は14.5歳だろうか、自分より少しだけ年若く見える。
「…大丈夫ですか?」
 背をかがめ、月乃は少女の肩に、躊躇いがちに手を置いた。
 少女がびくりと身体を震わせる。そしてポツリと呟いた。
「ま…またやっちゃいました……。」
 そこに。
「また…ってのはどういうことか聞かせてくれるかな…。」
 同じように埃を払いながら近づいてきたのは、七森慎。
「私も聞かせて欲しいわよ…。」
 胸元にかけた眼鏡に罅が入っていないか心配そうに見ながら、シュライン・エマがやってくる。頭にかぶった帽子はとうの昔に吹き飛ばされて、纏め髪もバラバラ。
 二人の質問に、月乃に身体を起こされながら志神みかねは言った。
「あの…ごめんなさいっ! これって私のせいなんです。」
勢い良く、月乃、七森、シュラインに頭を下げる。「私…昔からパニックになると『念動力』が無意識に発動しちゃって…無意識に危機回避っていうか防衛本能っていうか…さっきは楽天昇さんが二人居てびっくりしちゃったし、その上あの人が…あの…あの人……、あの人何処へ行っちゃったんですか?」
「うーん…助けて〜〜〜。」
「HELPです…。」
 壁際に積み重なった机の下から、女性と男性の声がした。

 机の下に下敷きになったウォレスとシュマ・ロメリアの、更に下敷きになって気を失った楽天命と楽天昇を兎に角店の奥へと運んだ一行は、漸く一息ついていた。
「今回の依頼、金にモノを言わせてずいぶん人数が集まったみたいだな…。」
 七森慎は二つ仲良く並んだ布団の足元で、腕を組んでそう言った。
 お互いに話を聞いたところ、草間は同じ依頼に6人も雇っていたのだ。
「当たり前じゃないの。草間興信所の依頼で『報酬は必ず』なんて条件出す方が悪いのよ。」
 と、言いながら襖を開けて入ってきたのはシュライン。その手に持ったお盆には人数分の湯呑みと急須が。
「そんなことないです。月乃は…命さんと昇さんが本当に憎み合っているとは思えなくて来たんです。だって月乃にもお兄様が居ますけれどとっても大切に思っています。だから月乃はこう思うの…もし、命さんが本当にお兄さんを酷い目にあわせていても、きっとそれはお兄さんを思ってのことなんだろうって。」
 命の額に冷やした布を乗せながら、月乃が言った。その言葉に七森慎がうんうん、と頷いてなぜか遠くを見た。きっと溺愛している妹のことを思っているに違いない。
「私もそう思うんです!」
と言ったのは昇の額に同じように布を乗せていた志神みかね。「命さんと昇さんは、きっときちんと会ってお話をした事が無かったんじゃないかな。だって命さん、働き者のいい人でしたもん。シュラインさんが聞いたみたいに、呪いをかけたりする人じゃないと思います。」
 そして力強く一つ頷いた。
「そうねぇ…」
壁際にけだるく座り、金の髪を掻き上げながらシュマはシュラインから茶を受け取った。「じゃ、私が彼を連れてきたのはまあ、あながち無駄でもなかったってことかしら? 昇氏もそんなに悪い人じゃなかったわよ。…頼りにもならなかったけどね。」
 そして、シュマはちらりと隣に座る長身・細身の英国紳士…ウォレスを振り返った。彼は畳の上に丁寧に正座をして、茶を啜っている。
「と、すると。まずはこのお二人が目を覚ますのを待つということですね。」
「ていうか、原因はあんたでしょ。」
 シュラインがその隣に座りながら、鋭く突っ込む。彼女とみかねはウォレスの正体を知らなかったが、どうやら英国人マジシャンか怪しい変装マニア程度に思っているらしい。
「OH…あなたは少し厳しいです…。」
と、ポケットチーフを取り出し涙をぬぐう振りをするウォレス。「変化はほんの茶目っ気。それに命さんの昇さんへの反応も確かめられたじゃありませんか。…私が思うに、命さんは昇さんをそれほど嫌ってはいなかったようでしたが。」
 その時。
「う…うぅ…。」
「あら? 命さんが目を覚まされたようですよ。」
 月乃の言葉に皆が注目した。
 楽天命がうめきながら布団の上で身体を起こす。
「気分が悪かったりはしませんか?」
 月乃はそっとその背中に手を添えた。
「いいえ大丈夫。…ありがとう。」
そしてゆっくりと、眠っている昇を見た。「うっすらとだけど話は聞こえていたわ…まさか兄さんがそんな風に思ってたなんて…。」
「あなたの立場からの話を、聞かせてくれないか?」
 七森慎の言葉に、皆はそれぞれ頷いた。
「…兄さんが見た私のヘンな行動というのは、きっとこれのことです。」
 そう言って命は布団から身を乗り出し、小さな文机の引き出しを開けた。中から出てきたのは一枚の紙切れに、色々な文字と鳥居の模様の入った…
「コックリさんじゃないですか。」
 志神みかねが言った。命が小さく頷く。
「受験とか、兄さんの大事な時期には私こっそりこれを使って願掛けをしていたの。」
「…それだけ?」
 シュマが疑わしそうに声を掛ける。
「そうよ。私は兄さんこととっても大切に思ってる。…兄さんが酷い目に合ったって思っていても、私はただ兄さんを思ってやっただけなのよ。」
 ……どこかで聞いた台詞である。
「なのに疑われていたなんて…。」
 と、そっと目頭を押さえる。そんな命の姿に皆が一瞬押し黙ったとき。
「う、ウソだ〜〜!!」
と、叫びながら楽天昇ががばりと身体を起こした。「お前、そんなことを言ってさっきだって僕を盾にしたじゃあないか!」
 すると、命の瞳がすぅっと細まった。
「じゃあどうして、兄さんの心霊写真を撮れなくする…なんてこと私に出来るの?」
そういって命は昇の鼻先にコックリさん仕様の紙を押し付ける。その目に涙の影はない。「ねえ、どうしてかしら…?」
「ちょっと待ってください。」
と、その様子を見ていたウォレスが二人をとどめた。「私達はここでは心霊写真のことはまだ何も言っていませんよ。ただ依頼があったという話をしただけです。」
「それは…おかしいわねぇ。」
 シュラインがニヤリと笑う。
「命さん…。」
 三角巾をかぶったまま、みかねの眉がハの字に落ちる。
「さっきの言葉は私が言ったのとそのまま同じでした…。」
 月乃が言いにくそうに言った。
「さて…。そのコックリさん、こっちに渡してくれないかな。」
 と、慎。
 その言葉に、楽天命の表情が一変する。
「…バレちゃしょうがないわ!!」
 手の中に構えたコックリさんが、淡く光を放つ。
「う、うわ。うわ…うわわ…」
 腰を抜かしかけた楽天昇が傍に居た犬神・雪羅の首筋に抱きつく。雪羅は嫌がって月乃の方へ昇を引きずり、月乃が慌ててそちらに手を差し伸べる。
「み、命…お前何を……。」
「兄さんが悪いのよ!」
「ぼ…僕が何をしたっていうんだ!」
「昔はあんなに私のこと可愛がってくれたのに、いつの間にか…『私より蕎麦が好きになっていた』癖に〜〜っ!!」
 その叫びを聞いた人々の目が、丸まった。
「大学受験は信州の大学に行きたいから。彼女も蕎麦屋の娘。そして3食全部お蕎麦を食べて! あげくアヤシイお店を作ってまで、そんなに蕎麦が良いっていうの!?」
「まぁ。やっぱり命さんはお兄さんのためを想ってらっしゃったんですね。」
 志神みかねがぱぁっと顔色を明るくする。
「っていうか、そんな事でコックリさんを使うのこの妹は!?」 …とシュライン。
「その気持ち、分からなくもないな…。」 …と、なぜか遠くを見て七森慎。
「喧嘩はいけません!メオトはゼンザイと言うじゃありませんか!」
そこに割り込もうと、ウォレスが身を乗り出す。「これはメオトが仲良いと言う事は良いことだという故人の格言です。仲良く、なかよ…なか…なかっ…うわあぁ!」
 形を取ったコックリさんは狐だった。ウォレスを弾き飛ばしたソレは、大変美味しそうな黄色い色合い。
「これが…妹さんの『能力』なのか!」
 自分の『式』とどこか似た発動。七森慎は勢い良く飛び跳ねるコックリさんから身を守るように腕をかざした。
「そうよ。私はこれで兄さんの傍にいる心霊を全部、取って食べていたのよ。そうすれば兄さんも信州住まいをあきらめて戻ってくるでしょう。さあ、『月見うどん』! わからずやの兄さんなんか食べちゃいなさい!!」
 月見うどんと呼ばれたコックリさんが、昇に向かっていく。
── コックリさんならきつね饂飩じゃあないのか!?
 というツッコミは誰がしたものやら。
「うわわ!」
 昇はますます雪羅にしがみつき、月乃が必死で雪羅から彼を引き剥がそうとしている。
「雪羅を離して〜〜!」
「藤姫! 昇さんを守れ!」
 七森慎がその様子に気付いて自分の式に命じるが、月見うどんの勢いに押されて近づけない。
 ウォレスは部屋の隅で目を回している。美味しいうどんを更に美味しく食べようと、3食抜いてきたせいだ。
 その隙に。シュマ・ロメリアが、常人では歩くことさえ出来ないであろう逆風に耐えながら、じりじりと命の後ろに迫る。黒のライダースーツの下で、ほっそりとした身体に筋肉が盛り上がる。
「くぅぅ!…っ!」
そして、命の身体を羽交い絞めに。「今よっ!!」
 その声に一番素早く反応したのは、彼女の丁度斜め前に居た、シュライン・エマ。
「とりゃ〜!」
── ていうか、私は体力要員じゃないわーー!!
 シュラインの心の叫びは兎も角、その細腕が、吹き寄せる風を利用して、楽天命の首筋にスマッシュヒット!
 シュマがそのまま後ろに倒れこむように、彼女の後頭部を和室の壁に激突させる。
 その時。
「お姉さまたち…素敵…。」
 と思ったのが2名。
「女って…怖い…。」
 と思ったのが3名。
 気を失った楽天命の手から、ほろりとコックリ用紙が零れ落ちた。


ACT.9
 
 上州のカラスが、空高くカァカァと鳴いていた。
 埃まみれの6名と一匹。そしてやっぱりまた気を失っている依頼人と被疑者。
 目の前には何もない。…何も。
 崖の上に張り出すように建っていた「うどん・楽天」は。
 今は崖の下である。
 志神みかねの念動力で一度ダメージを受け、コントロールを失った「月見うどん」の暴走により、崖に罅が入り、そして落下。
 七森慎が四方に貼っておいた式で持ちこたえさせようとしたところ、その内一枚をシュライン・エマが剥ぎ取っていたことが発覚。
 雫宮月乃は漸く昇の腕の中から雪羅を奪取し。
 ウォレスが腰を抜かした昇を窓の外へ放り出すと。
 シュマ・ロメリアが気を失った命をむんずと掴んで運び出した。
「…これでもちゃんと報酬はでるのかしら…。」
 シュマがぽつりと呟いた。彼女が欲しいのは現金ではなかったが、流石に悪いことをしたような気になっていた。
「家一軒なくなるとは…凄い兄弟喧嘩です…。」
 ウォレスは何もなくなった崖ッぷちに立って溜息をついた。
「けど…兎に角これで心霊写真も撮れるようになりますよね。」
と志神みかね。「だって、コックリさんどこかに行っちゃいましたから。」
 その通り、楽天命の『月見うどん』はどこか山の方へ走り去っていってしまった。
「愛情と紙一重の事件でした…。」 
 雫宮月乃が小さく呟いた。隣でシュラインが咳き込む。
「げふっ…あんたそれ本気で言ってるの!?」
「ちなみにお饂飩食べられたのは七森さんだけでしたね。」 と、志神みかね。
「美味かったよ。」 と、慎。
 そして。それぞれは何ともいえない顔をして目を見交わした。
「…放って帰るか…。」
「目が覚めて二人きりなら、何か進展もするでしょうね。」
「草間興信所にはどう報告しましょうか…。」
「風邪だけは引かないように、お布団掛けていきましょう。」
「バカは風邪引かないわよ。」
「お饂飩屋のバイト代は…きっと出ないですよね…。」


<ウォレス・グランブラッド>

「ウォレス先生!」
 声を掛けられてウォレスは振り返った。ここは彼が勤める英会話学校の長廊下。
「群馬はどうでしたか? 饂飩を食べにいったとお伺いしましたが?」
 声を掛けてきたのは同僚の講師だった。ウォレスはその言葉に無理に笑顔を作って頷いた。
「え…ええまぁ…大変美味しかったです。」
「流石ウォレス先生は日本びいきですねぇ。饂飩のためだけに授業を休んで旅行、なんてなかなか出来ませんよ。」
 どうやらウォレス氏、そこまで饂飩に思い入れがあったようだ。
「は…ははは…そ、そうですね。ええ、その通り…。」
 応えながら、手に持ったテキストの裏で、ぎゅっと拳を握り締める。
「今度僕にもそのお店、教えてください。」
 そう言い残して次の授業に向かう相手の後ろ姿を眺めながら。
── 次こそは…饂飩食べます……必ず!!
 ウォレスはそう、心に決めたのであった。

<終わり>

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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0249/志神みかね(シガミ・ミカネ)/女性/15/高校生】
【0565/七森慎(ナナモリ・シン)/男性/27/陰陽師】
【0660/シュマ・ロメリア/女性/25(外見)/修道女
【0526/ウォレス・グランブラッド/男性/150/自称英会話学校教師】
【0666/雫宮月乃(シズクミヤ・ツキノ)/女性/16/犬神(白狼)使い】
【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
※ 申し込み順に並べさせていただきました。
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■         ライター通信          ■
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 心霊写真館。いかがでしたでしょうか?
 七森さん、いつも有難うございます。シュマさん、ウォレスさん、雫宮さん。今回も選んでいただけてとても嬉しいです。志神さん、シュラインさん、初めまして。蒼太と申します。こんな風にご縁があって、選んでいただけて光栄です。(PC名で失礼致します。)
 今回、皆さんのプレイングに初めて目を通したとき、猛烈に大笑いしてしまいました。皆さん凄く面白いことを思いつきますね。正直私の想像を超えていました。コメディといことでキャラが壊れてしまった方もいらっしゃるかもしれませんが、私としては皆さんの意外な一面を見られたような気がして楽しませていただきました。
 今回は命さんサイドに付いた方が凄く多かったので、心霊写真館についてはほぼ無し。そしてPCさんの動き重視で、過去や趣味などにはあまり触れませんでした。
 次回、ご縁がありましたら、PCさんの遍歴を使わせて頂けたらと思っています。では、宜しければまた!
蒼太より