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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


理想郷 〜結界破壊 目黒不動〜

<オープニング>

「お屋形様。此度の任、私めにお任せください」
「十六夜か・・・。お前一人で行くつもりか」
「はっ。いつまでも会社に大きな顔をさせておくわけには行きませんので・・・」

 そろそろ今月号を書き上げなければならない時期にさしかかっているのだが、これといった目玉になりそうな記事が未だ見つからず、編集長碇麗香は悩んでいた。
「何か面白そうなネタはないものかしら・・・。こう、インパクトのある奴が欲しいわね・・・」
「だったら編集長、これなんかどうですか?」
 部下兼下僕の三下が自分のパソコンを指差した。碇はあまり期待しないで顔でその画面をのぞきこむ。
「どれどれ・・・。東京の目黒不動で黒装束の妖しい男と警察が衝突中!?なにこれ?」
「さぁ、今さっきニュースの項目を更新したらこんな記事が載ってて・・・。なんか黒装束の男が目黒不動破壊しまくっているみたいですよ。たった一人で」
 確かにホームページに掲載されている画面の写真には、天井が破壊され無残な形を晒す目黒不動が映し出されている。そしてそれを前に警官隊を叩きのめしているの黒装束の男。見たところ何の武器も持っておらず無手のようだが・・・。
 碇の脳裏に、これは特ダネだと伝えていた。
「よし、これを取材しましょう。私の感が正しければこれは普通のマスコミじゃ取材しきれるものではないわ。貴方たちが調べてきて頂戴」
 彼女は、編集部を訪れていた者たちにそう言って依頼を出すのだった。

<ライターより>

 難易度 やや難

 予定締め切り時間 5/19 24:00

 結界破壊シリーズ第二段目黒不動篇です。
 東京の霊的結界を破壊しようとしている組織が動き出しました。狙いは東京五色不動の一つ目黒不動。敵はどうやら一人のようですが、かなり激しく暴れ回っているようです。
 依頼内容はあくまで事件の取材なので、取材に徹しても問題ありません。ただし敵に見つかれば確実に襲われますのでご注意ください。また目黒不動が破壊されると東京の結界が弱まってしまうので。後々の依頼で影響を及ぼす可能性があります。目黒不動を守るかどうかはお任せします。
 私の依頼には初参加の方も、まったく問題なくご参加いただけますのでお気軽にご参加ください。
 それでは皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。 
 
<東京の結界>

 東京都目黒区。地名にもなっている目黒とは、はるか江戸時代天海僧正によって置かれた目黒不動から来ている。この他にも目白、目青、目赤、目黄不動の五つの不動尊が東京全域を囲むように配置されている。これは、五色と呼ばれる世界を構成している原理の一つに基づいた結界であり、江戸、現在の東京を霊的に守護している。
 逆に言えば、これらの結界を総て破壊し尽くせば東京の霊的な守りはかなり弱まることになる。魑魅魍魎も入りやすくなり、東京の街は混沌に飲み込まれてしまうかもしれない。ただでさえ東京には人が密集しており、時代の閉塞感と相まって人々の心の中に生じている負の感情、怒り、憎しみ、悲しみ等が溜まり続けている。これは悪霊たちを大いに活発化させるものなのだが、かろうじて四神吉祥の土地と鬼門封じの浅草寺、裏鬼門を封じる増上寺、さらに鬼門の方向にある北そのものを守護する日光東照宮、そしてこの五色の不動尊によってその侵入を防いでいるのが現状なのだ。
 実を言えば鬼門封じの浅草寺の結界は血に穢され、既にその効力を失っている。また、この頃東京の各地が破壊されるという事件が相次いでいるため人々のこころに不安の思いが高まっている。地脈と呼ばれる気の流れも少しずつ乱されているようで、このままでは東京の結界はかなり不安定になっているのだ。それに引き続いてのこの騒動。
 東京は今、非常に危険な状態になっていた。

<編集室>

「さてと、これで上手くいけば今月の記事は問題なく書き上げられそうね」
「そうですわね。私頑張って三下様以上の原稿を仕上げますわぁっ」
 意気込んでそう語るのはサラサラとした背中腰まで届く髪の毛を持つ、小柄な少女であった。中学生、いや小学校高学年であろうかかなり小柄である。
 ここはアトラス編集室。先ほど碇が告げた目黒不動の依頼を受けて他の者は思い思いに現地へと向ったが、彼女だけは残っていた。
「麗香お姉様、私の原稿上手く書けてたら使ってくださいね〜☆」
「いいわよ。頑張ってね」
 憧れの碇にそう言われて少女は心が舞い上がるような幸せを感じた。彼女の名は湖影梦月。本当は兄がこの依頼を受ける予定であったが、彼は学校の試験中であり参加することができなかった。その代わりとして彼女がこの依頼を引き受けることにしたのだ。
 兄に兄弟愛以上の感情を抱いている彼女としては、彼の役に立てるだけでも嬉しいのだが、さらに恋焦がれる存在である碇からの依頼という事もあって、これに対する意気込みというものは凄まじいものがあった。
「では行って来ますわ」
 そう言って意気揚揚と目黒不動に向おうとした彼女だが、編集室から一歩出ると悩みこんでしまった。ただ、現場に行って今起きている事件をスクープしても面白くない。というか他に10人もの人間が依頼を受けている以上、中学生の自分の文才では三下を超える原稿は書き上げられない。己が恋慕する兄の思い人にだけは負けるわけにはいかなかった。
「ん〜ん〜」
 しばらく悩みこんだ彼女は、何か閃いたのかポンと手を叩いた。
「犯人さんを捕まえるのが一番早いですわ☆」
「・・・ぉぃ。何『ナイスアイディア〜』みたいな顔してんだよ。捕まえるって・・・誰がやると・・・」
 彼女の耳に聞きなれた声が聞こえてきた。現在彼女の周りに人はいない。しかし彼女は自分の目の前にさもその声の主がいるかのように、無邪気に笑って話しかける。
「蘇芳、お願いね」
「・・・いいけどね・・・」
 別に幻聴が聞こえてきたわけではない。彼女が話している相手は己を守護する鬼「蘇芳」である。霊等人外な存在に好かれる体質を持つ彼女の切り札でもある。それにしてもいくら使役されているとはいえ、やけにあっさりとした鬼である。このごろは現代の風潮に合わせた鬼が増えているのであろうか。
 とにかくこれで作戦は決まった。犯人を生け捕りにして、取材し碇に褒めてもらうという理想を夢見ながら湖影は目黒不動に向うのだった。

<取材現場> 

 目黒不動は血の海と屍の山と化していた。
 もはや元の原型などほとんど留めていない肉の塊が散乱し、どす黒い血が石道を禍禍しき紅に染め上げている。まさにそこは地獄絵図としか形容できない惨状をさらしていた。
「こ、これは・・・」
 その光景を目にして、天薙撫子は口を抑えた。東京に潜む魔の存在と渡り合ってきった彼女にとって修羅場は見慣れている。だが、今目前に広がっているほどの惨状は目にしたことがない。一体どんなパワーもってすれば人間の体をこんな状態にできるのか、ほとんどの人間が五体をバラバラにされてしまっている。
 アトラスで依頼を受けて現場に直行したが、依頼を受けたときはまだテレビ画面では黒装束を着た男と警官隊がもみ合っていただけであった。あれからまだ30分ほどしか立っていないはずだ。そんな短時間の内に百人近くいた警官隊が全滅したというのであろうか。辺りに自分たち以外に人の姿は無い。
「こいつは酷いな」
 彼女の隣に立つ久我直親も同じ思いを抱いたらしい。己の死が信じられなかったのであろうか、驚愕のあまり目を見開いたまま事切れている警官の目を閉じてやりながら呟いた。
「これが敵の力だというのか・・・」
 アトラスから依頼された取材ということで、現状を取材しながら敵の正体を見極めようと思ったのだがどうやら甘い考えだったらしい。人の体を細切れにできるような存在が人間であるはずが無いのだから。自分がこれから相手をしようとしているのは人外の存在、それもとてつもなく強大な力を持ったものであろう。
「どうしますか。皆を探しますか?」 
「それしかないだろうな。俺達だけで相手にできるほど生易しい相手ではないようだ」
 今不動尊前にいるのは二人だけである。取材ということで現場に直行したのが、他の者は取材というよりは不動を狙う敵の撃破に重点に置いており、色々な場所に散ってしまっている。今この現場で数十人の警察官をたった一人で全滅させたと思われる敵と相対するのは得策とは言えないだろう。
「ひとまずこの場から去るぞ」
「愚かな・・・。逃げられると思うてか」
 二人の背後からかけられた声。それは・・・。

<祠>

「遅かったか・・・」
 粉々に破壊された祠を見て、青年は唇を噛んだ。彼の目の前にあったはずの祠は既に跡形も無く崩れ去っていた。
「中にあったあれももう壊されているよな・・・」
 祠には名称は不明だか、ある宝珠が収められていたという。目黒不動が破壊されると聞いてこの祠がも狙われるのではないかと思って急いでみたのだが遅かったようだ。祠がここまで破壊されたとなると中にはあった宝珠も既に破壊されたか持ち出されたのだろう。
 青年の名は氷澄要。すらりとした均整のとれた体つきをしていて、顔立ちはというと、町中を歩けば十人のうち六、七人は振り返るほど整っている。フィギュアスケーターの選手であり、現在は引退しているがそれでもフィギュアスケートのプロとしてショーの世界などで活躍している。
 現在はショーが近く、練習で忙しかったのだが東京の霊的結界の一角である目黒不動が狙われているということで居ても立ってもいられずに駆けつけた次第である。
 だが、結局は間に合わなかった。このままでは目黒の結界は完全に破壊されてしまうだろう。それだけは何としてもそれを食い止めなければならない。しかし、どうすればいいのか。祠を破壊したと思われる者は近くにはいないようだ。
「何とか探すしかないか・・・」
 ため息をついて首を振ったその時。
「きゃああああ!!!」
 耳をつんざくような甲高い悲鳴が聞こえてきた。声が聞こえてきた先は本堂の近くからのようだ。ここからは幾分離れている。
「くそっ」
 もしや誰かが襲われているのでは。氷澄は慌てて駆け出すのだった。

<十六夜>

「くっ・・・!」
 久我は悔しそうに唇をかみ締めた。目の前に立っている男に自分の持つ術の大半が効かなかったためである。黒装束を着たその男は体全体から殺気を放ち、彼に近づく。天薙は鋼糸を用いて彼を拘束しようとしたが、圧倒的な力で引きちぎられてしまった。
「十六夜・・・。なぜ貴様にそれだけの力があるんだ」
「魔道の力を得た我に、貴様ら矮小なヒトが勝てる道理は無い」
「やはり貴様、ヒトを捨てたのか・・・!」
 男、十六夜のまるで人間では無い者のような答えに、久我は己が感じていた考えを確信した。以前対峙した時もそうだったが、ただの陰陽師であったはずの彼が人間離れした戦闘力を発揮した理由、それは己が身に何か細工をしたのではということであった。人外の存在に成り果てる外道の力を用いて。
「知る必要はない。これから死に行く者には」
 まるで感情の篭っていない平坦な口調でそう告げると、彼は手刀を作り久我に迫った。俊敏な動きであっという間に彼の懐に潜り込む。それは武術を身に付けている久我でさえ対応できない、まさに人間離れした速度であった。
「っ!」
 そしてその手刀が久我の体に振り下ろされた。
「・・・」
 だが、それは彼の体を切り裂くことは無かった。十六夜が後方に飛び退ったためである。
「よう、随分と苦戦しているじゃねぇか」
 この場に似つかわしくない明るい声がかけられた。久我にはその声に聞き覚えがあった。  
「少女遊!なぜここに!?」
「いやぁ、ここに強い奴がいるって聞いて戦ってみたくなってよ。それにしても旦那が相手だったとはな。あの時の借りを返させて貰うぜ」
 ニヤリと笑みを浮かべる巨漢、少女遊郷。以前の依頼でこの十六夜に手も足も出なかったというのに彼を目の当たりにすると、恐怖よりも快感を感じる。つくづく懲りない男だと自分でも思うのだが、沸き立つ血は抑えられない。
 十六夜の手刀が久我の体を捕らえようとした時、横合いから彼に蹴りを放ったのだ。完全にかわされてしまったが牽制の役割は果たせたようだ。
「下らん。たかが一人数が増えたからと言ってどうなるというのだ。何も変わりはしない。貴様らも新たな屍の山の一片になるに過ぎんだのから」
「どうかな?援軍は一人ではないぞ」
 十六夜の後方からかけられた声。この声もまた久我にとって聞き覚えのあるものだった。
「雨宮か・・・」
「四対一だ。それでも勝てるか?」
 白き虎、西方の守護神白虎を従えた少年雨宮薫の言葉を、しかし十六夜は歯牙にもかけなかった。
「数は問題では無い。脆弱なヒトがどうあがこうと我を超えることはできんのだからな」

<滅び>

 目黒不動の入り口近く。戦場よりやや離れた場所で彼女は一部始終を見つめている女性がいた。
「・・・恨みも何もないけれど・・・」
 黒く艶やかな髪で片方の目を覆った女性。彼女の場所から十六夜たちを見ることはできない。だが、彼女は彼らを視ていた。
 複数の視覚を通して得られる情報。360度死角は無い。十六夜の行動の総てが彼女の視界に移る。大柄な男が横合いから放った蹴りを肘で防ぎ、弾き返す。後方から鋭い爪で襲い掛かった白い虎の攻撃は、その攻撃が届く前に強烈な回し蹴りを喰らって四散する。黒衣の男と着物姿の女が放った符と糸は、ゆるやかな動作で総てかわされた。四対一という状況なのに男の方が圧倒的に押している。
「不利ね・・・。でも毒が効けば話は別かもしれないわ」
 蛇使い巳主神冴那は己が僕たるものたちに命を下す。目の前の男を仕留めよ、と。

「ちっ、前回の闘いで少しは動きを見切ったと思ったんだけどよ」
 少女遊は憎憎しげに舌打ちをした。どんな武術の達人でもその動きに一定のパターンがある。それさえ見切れれば多少の実力差は埋められる。
 しかし十六夜の戦闘力との差は多少などという域とは程遠かった。四人が一斉に仕掛けた攻撃もことごとくかわされたどころか痛烈な反撃を食らってしまった。
 脇腹に触れると強烈な激痛が走る。反撃として喰らった蹴りはブロックした腕を打ち崩し、数メートルは後方に弾き飛ばされるほどの衝撃を受けた。恐らくあばらの数本は折れているだろう。折れたあばらが肺に突き刺さらなかったのは僥倖と言える。
 四人が弱いのでは無い。十六夜の力が異常なのだ。
「これが力の差というものだ。愚かなヒトよ、己の無力さを悔やみつつ滅びるが良い」
「くそったれ!」
 向かい来る十六夜から少しでも距離を取ろうと、少女遊は後方に飛び退ろうとしたが脇腹に走る激痛のため動きが取れない。あまりの痛みのために呼吸するのも辛い。このままでは次の一撃をかわすこともままならない。そしてそれを喰らえば確実に自分は死ぬだろう。
(わりぃな、ミカ。もしかしたらお前に叱られてやれねぇかもしれない・・・)
 少女遊が覚悟を決めて瞼を閉じたその時。
「むっ」
 十六夜の僅かに動揺する声を聞いて、閉じた瞼を開けてみると、なんと彼の体に無数の蛇が集っているではないか。  
 蝮、コブラなど猛毒を持つそれらの蛇たちは、十六夜の足に絡みつきその足に鋭い牙を立てる。彼の黒装束はその牙が刺さった部分からにじみでる赤いしみによって、どす黒く変色する。
「小賢しい真似を・・・」
 十六夜は身体に力を入れると、その身から気を放出し始めた。禍禍しい憎しみと殺気に満ちた気。蛇たちを一度に吹き飛ばすつもりのようだ。
 しかし。
「氷よ!」
 裂帛の気合とともに打ち出された氷の矢が十六夜の右半身を凍結させた。
「そこまでだ!」
 ようやく戦場に到着した氷澄の仕業だった。
「・・・・・・」
「結界は強化しました。もはやどうすることも出来ません」
 無言の十六夜にそう告げたのは、まるで平安時代の貴族か陰陽師のような狩衣姿の青年であった。涼やかな、しかし鋭利な視線が十六夜を貫く。彼の後ろには仏の慈悲を現したような神々しい姿の神と、筋骨隆々の猛々しい形相をした神が控えている。大日如来と不動明王である。
「オンキリキリバサラダンカン」
 真言が十六夜の体を捉える。不動明王の力を借り、邪悪の動きを止める不動金縛法。これにかかれば不動明王の力によっていかなる邪悪とて身動きを取る事は出来なくなる。
 今や形勢は逆転した。身動きのとれない十六夜を全員で取り囲む。このまま十六夜を倒す事は簡単だ。だが、青年都築亮一の脳裏に儚げな少女の戦いを止めるよう懇願する姿が浮かぶ。彼女の代理としてこの場に臨んだ以上、その意思は尊重しなければなるまい。
「美桜の為に俺は、戦いたくないんです。もうやめてください」
 絶対的な優位に立った上での降伏勧告。だが、十六夜はそれを一笑に付すのだった。
「下らん。闘いとは命のやり取り。生きるか死ぬか。それだけだ。しかもこの程度の技で我を捕らえたつもりでいるとは甘いな」
「なんですって?」
「はぁぁぁぁぁ!」
 気合と共に十六夜の力が高まる。強烈な負の気、瘴気が辺りを覆い始めた。そして、凍り付いていた彼の半身を覆っている氷が砕け散り、足に絡み付いていた蛇たちが総て吹き飛ばされる。さらに真言により呪縛されていたはずのその体が動き出す。金縛りを打ち破ったのである。
「そ、そんな馬鹿な・・・!」
「言ったはずだ。脆弱な人間が我に勝つ方法など無いと。いかにお前達が奮闘しようと所詮は蟷螂の斧。獅子を打ち破れる道理が無い」
「ならば打ち破るまで切りつづけるまでだ」
 横合いからそう言い放ったのは抜き身の刀を下げた青年であった。その鋭利な視線が十六夜を突き刺す。
「あいつを苦しめる者は絶対に許さない。誰だろうと斬る!」
 鬼気迫る表情で刀を突きつける青年日刀静。東京の霊的な結界が弱まるに連れ陰の力が高まり、闇に属する者たちの動きは徐々に活発化し始めている。それは彼の相棒にも当てはまる事である。
 相棒の正体は人狼。人の姿をとりながら獣人と呼ばれる姿にその身を変化させることができるもの。
その性質は妖や妖怪など魔の存在に近い。魔の気配に触発され、彼女は今不安定な状況に陥っている。このまま結界が総て破壊されるようなことがあれば、暴走してしまう怖れすらある。それだけは防がねばならなかった。
「我を倒すには脆弱なヒトの心を捨てねばならぬ。できるか小僧?」
「捨ててやるさ。貴様を倒すためなら!!!」
 裂帛の気合とともに日刀は刀を振りかぶった。相棒に合ってから使う事を禁じていた最強の技の封印を今破る。
 己の心を無と化し、痛みも苦しみも総ての痛覚を捨て去り刀に全気力を注ぎ込む。精気に包まれた刀が青白き光を放つ。
 人間という存在は痛みや苦しみによって己の体が無理をしないよう常にセーブしている。日刀の技はそれを捨て去ることによりまさに人間離れしたスピードとパワーを得ることができる。ただしそれは自分の体の限界を無視した行為であり、体にかかる負担は想像を絶する。下手をすれば死に至る可能性もあるが、命を惜しんで戦える相手では無かった。
 まさに神速と呼べる、目にも止まらぬ速度で振り下ろされる青き刀。
 十六夜はそれは片手で押さえ込んだ。その手は刃に触れているというのまったく切れていない。己の気を通して手の部分を強化しているのだ。
「良い太刀筋だが、それでは我は倒せんな」
 そして空いているもう片方の手が手刀の形となり振り上げられた。
 しかしその手が振り下ろされる事は無かった。鋼糸が幾重にも撒きつき、その動きを拘束しているからである。当然その糸を放っているのは・・・。
「小娘か・・・。下らん真似を」
 天薙であった。先ほどは切り裂かれてしまったが、今は動きを止めることに成功している。祖父が言っていた弱点の無い敵はいないという言葉が胸をよぎる。どんな強者といえど、隙がまったく無いものなど存在しない。隙が無ければ隙ができるのを待てばいいのである。
「閃!」
 そして彼女に気をとられた瞬間に日刀は刀に集めた気を爆発させた。青白き閃光が二人を包み刀が砕け散る。
「くう!」
 爆発で生じた衝撃により日刀の体は、はるか後方に吹き飛ばされる。
 十六夜はといえば、彼の刀を抑えていた手は完全に消滅し、肩のあたりから深紅の血が噴出している。その血は赤く変色した石道をさらに鮮烈な紅で染め上げる。
「ほう、我が体をここまで傷つけるとは・・・。そろそろ頃合のようだな」
 一人ごちると、彼の体は土気色に変色しぐずぐずと崩れ始めた。そしてその身はどろどろに解けて不動尊の土と交じり合う。その場に異臭が立ち込め始めた。
「こ、これは・・・」
 鼻をつく腐臭。大地が腐り始めたのである。

<処理>

「やれやれ・・・。こいつは酷いね」
 本堂前に広がる惨状を前にして、長身の金髪の男が大仰な声を上げた。確かに本堂の周りは血で真っ赤に染め上げられ、肉塊が散乱しているこの現状は酷い。だが、彼の言う酷いというのはそのことではなく、その場にいる人間たちである。十六夜との戦闘で痛々しい傷を負っている彼らの体が気がかりだったのだ。
「大丈夫かい、諸君?」
 彼の後ろにはあまり手入れのしていないぼさぼさの髪に、よれよれのシャツを着た女性が、
「また始まったよ・・・」
 と深々とため息をついた。彼女の顔を知る雨宮が問うた。
「鷲見、こいつは誰だ?」
「紅緒さん。あたしの一応の知り合い。どこでこの件を嗅ぎつけたんだが・・・」
 彼、阿雲紅緒は突然鷲見千白の経営する探偵事務所に顔を出して、今回の依頼に参加すると言い出したのだ。彼とは乳飲み子の時からの付き合いではあるが、二十年以上付き合っていても謎の部分が多い。外見も二十代後半としか見えないが、自分が生まれた頃から殆ど容貌は変わっていない。
「君、大丈夫かい?こんな怪我をして可哀相に」
 阿雲は雨宮の顔を持ち上げて、その赤い瞳でかれをじっと見つめる。雨宮はものいいたげな視線を鷲見に向けたが、彼女は首を横に振るのみ。相変らずの美形好きである。
「そんなことより、この腐った土をどうにか出来ないのか」
 雨宮に助け舟を出したのは久我であった。彼の指し示すところでは十六夜の体であったものが土にしみこみ、腐らせている。どのような術かは分からないが恐らく呪いの類であろう。この場所を腐らせ穢すことにより、神域としての力を失わせるつもりなのだろう。
「君も美形だね。いいよ」
 久我の顔を見てにこにこと微笑む阿雲。表情は変えないものの、久我の頬に汗が伝った。どういうリアクションをとればいいのか分からない。
「じゃあ、僕がこの地に干渉してあれを食い止めるから千白ちゃんアシスト御願いね」
「はいはい・・・」
「「千白ちゃん・・・」」
 久我と雨宮の声がハモる。二十代後半の女性を捕まえて「ちゃん」付けするこの男は一体・・・。
 阿雲は腐り始めている土に触れて(すごく嫌そうな顔をしたが)、己の魔力を高める。鷲見は彼の四方に符を展開し、力を増幅させる。
 そして・・・。

 結局、今回の事件は精神異常者の猟奇殺人ということで片付けられた。犯人は行方不明となり、警察が総力を上げて探索に当たっているが、見つかることは無いだろう。なぜなら彼は目黒不動の土と化したのだから・・・。
 不浄なるものに穢された目黒不動は、結界としての力をかなり弱めた。残る不動尊は四つ。

 ちなみに記事に関しては湖影が現場にいた者たちから聞き出して無難に纏めた。流石に謎の黒装束が警官数十人を殺したとは書けないので、色々と脚色することになったのたが・・・。彼女の唯一の不満は事件現場に立ち合えないことではなく、その編集に協力してくれたのが宿敵であったことであった。
「ああ、湖影さ〜ん。ここはですね・・・」
「なんで私が三下さんに助けられなくてはいけないんですの〜」
      
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0376/巳主神・冴那/女/600/ペットショップオーナー
    (みすがみ・さえな)
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)
    (あまなぎ・なでしこ)
0425/日刀・静/男/19/魔物排除組織ニコニコ清掃社員
    (ひがたな・しずか)
0655/阿雲・紅緒/男/729/自称謎の人
    (あぐも・べにお)
0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師
    (すみ・ちしろ)
0671/氷澄・要/男/23/フィギュアスケーター
    (いずみ・かなめ)
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶
    (たかなし・あきら)
0095/久我・直親/男/27/陰陽師
    (くが・なおちか)
0684/湖影・梦月/女/14/中学生
    (こかげ・むつき)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
    (あまみや・かおる)
0622/都築・亮一/男/24/退魔師
    (つづき・りょういち)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 理想郷 〜結界破壊 目黒不動〜をお届けいたします。
 今回は何とか結界を破壊されることは防げました。記事も書き上げられましたので成功と言えます。
 おめでとうございます。
 ただ、結界の力が弱まった事は事実ですのでこれからの闘いがより熾烈なものになることは間違いないでしょう。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ作品に反映させていただきたいと思いますのでよろしく御願いいたします。
 それではまた、別の依頼でお目にかかれることを祈って・・・。