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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:邪神 〜嘘八百屋〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界鏡線シリーズ『札幌』
募集予定人数  :1人〜2人

------<オープニング>--------------------------------------

 ‥‥困りました‥‥。
 侵蝕がここまで速いとは‥‥。
 このままでは、あの病気が蔓延するのも時間の問題かもしれません。
 やはり、誰か信頼の出来る方にマサチューセッツまで飛んでもらうしか‥‥いや、駄目ですね。必ずしも、かの地に答えがあるとは限りません‥‥。
 では、もう一度、西岡水源地を調査してみるしかないでしょうか‥‥。
 しかし、あのような危険な場所に行きたがる方など‥‥。
 やはり私が行くべきでしょう。
 ああ、それに、公園への立入を禁じてもらうよう市にも働きかけなくては。
 どのていど効果があるかは判りませんが、何もせぬでは、この地を築いた人たちに申し訳が立ちませんし。

 ‥‥あ、いらっしゃいませ。
 大変申し訳ありませんが、ただいま立て込んでおりまして‥‥。
 いえ、大したことではないのですよ。
 ちょっと外出しなくてはならなくて。
 あの、もしよろしければ一緒に来ていただけませんか?
 もちろん報酬はお支払いします。
 ただ、なにぶん危険がありそうですので‥‥無理にとは‥‥。
 何でしたら、当店自慢の武器類をお持ちください。
 どれも複製品ですが、それなりの効果が期待できるかもしれません。
 何卒、お願いいたします。


※『不動尊』の流れを汲んでいます。まだ、シリーズになるかどうかは未定です。
※バトルシナリオです。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
※4月20日 4月23日の新作アップは、著者MT13執筆のためお休みいたします。
 ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。

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邪神  〜巫・シュライン編〜

 晴れ渡った空から、爽やかな陽光が降り注いでいる。
 東京に比べて僅かに涼しい風が、心地よく頬を撫でる。
 シュライン・エマは、大きく伸びをした。
 久しぶりに良い仕事だった。
 いつもの怪奇事件の調査ではない。けっして彼女は興信所事務を生業としているわけではないのだ。ときには自分の職業を再確認しないと忘れてしまう。たぶん、シュラインの数多い友人の七割ほどは、忘れているに違いなかろう。
 翻訳家なのだ。
 それも、けっこうな腕前なのである。
 同時通訳だってできる。
 今回も、とある企業の海外出店にともない、通訳としてアメリカにまでやってきたのだ。そして、仕事は成功のうちに終わった。
 こういう仕事なら大歓迎だ。
 ほどよい充実感に満たされながら、ガイドブックを取り出す。
 せっかくマサチューセッツまで来たのだから、このまま帰るのは惜しい。観光をしなくては元が取れないだろう。
 このあたり、白い肌と青い目を持つ彼女も、心は日本人である。
「‥‥ただ、あっちこっちに足を伸ばすほどは余裕ないのよね。効率よくまわらないと」
 それも、かなり庶民派の。
「目的地がねえんなら、俺と一緒に行こうぜ」
 背後から声がかかった。
 日本語である。
 そして、聞き覚えのある声だ。
 振り返ることすらせず、無言のままシュラインは歩き出した。
 幻聴に決まっている。こんな場所にジャーナリストと浄化屋の顔を持つ男がいるはずがない。
 穏やかな日常を守るため、必死に自分に言い聞かせる。
 だが、
「おーい。シュライン・エマ。無視するなー」
 希望を打ち砕くように、再び声がかかる。
 吃っと振り返るシュライン。
「天下の往来でフルネーム呼ばないで! 灰滋!」
 目前には、黒い髪と赤い瞳を持った野性的なハンサムが、頭を掻きながら立っていた。
 巫灰滋である。
「‥‥なんでアンタがここにいるのよ‥‥」
「武さんに電話したら、アメリカに行ったって言うじゃねえか。好都合なんで後を追っかけてきたんだ」
「どうして私がアメリカにいると好都合なのよ」
 日常性が、がらがらと崩れてゆく音を聴覚以外のもので捉えながら、シュラインが質問する。
「やっぱ通訳とか必要だしな。文献を調べるにしても俺の英語力じゃあアレだし」
 さらりと巫が答える。
「‥‥相方に頼みなさいよ‥‥綾さんだって外国語得意じゃない」
「危険なことに巻き込むわけいかねえだろ」
「‥‥ふーん。私を巻き込むのは平気なわけね‥‥」
 シュラインの瞳がすっと細まる。
 美しい顔立ちをしているだけに、その迫力たるや筆舌に尽くし難い。
 剣呑な気配に、巫が一歩退いた。
「い、いや、ほら、アイツが本気で暴れ出すと、ちょっと手に負えないだろ。その点、シュラインは穏健派だから」
 苦しい言い訳をする。
 むろん、効果などあるはずがなかった。
「‥‥」
「あの、黙ってられると、非常に怖いんですが‥‥」
「‥‥判ったわよ‥‥手伝ってあげる。でも、ちゃんと料金は払ってもらうからね」
 シュラインが溜息をつきながら頷く。
 まあ、巫に見つかってしまった段階で、こうなることは予想がついていた。
 嗚呼、穏やかな日々よさらば。去ってゆく平穏の後ろ姿に向かい、涙混じりでハンカチーフを振る翻訳家、否、興信所事務員だった。
「報酬? それなら嘘八百屋がなんとかするだろう」
「嘘八百屋って誰よ?」
「シュラインは会ったことなかったな。札幌の雑貨屋だ。今回の仕事のクライアントだな」
 ごく簡潔に巫が説明する。
「‥‥えらく怪しい屋号ね‥‥」
 シュラインが首を振る。当然の反応であろう。
 巫の顔にも苦笑が浮かぶ。
「ま、否定はしないがね」


 田舎道をバスが走る。
 ニューベリーポートからインスマウスを経由してアーカムへと向かう長距離バスだ。
 料金は安めだが、寂れた路線である。
 巫とシュラインの他に客は乗っていなかった。
「はん? なんだか怪しげな雲行きになってきたわね」
 事情の説明を受けたシュラインが、胡乱げな口調をつくった。
 札幌で起こった奇怪な出来事。
 魚人との戦い。邪神の像。
「‥‥アンタたちが敵わないような相手、私にどうしろっていうのよ」
「今回は大丈夫さ。武器も借りてきたしな」
 言って、浄化屋が長い包みを撫でる。
「それ、もしかしてカタナ?」
「貞秀って銘だ。名刀かどうかは知らないけどな」
「呆れた。よく入国できたわね」
「サムライだって言ったら、簡単に通してくれたぞ」
「そんなわけないでしょ」
「冗談だって。刃が潰してあるから斬れないんだ、これ。美術品扱いさ」
「斬れないカタナなんて何の役に立つのよ?」
「何にもないよりマシさ。ちょっと素手で相手をしたくない連中なんでな‥‥」
 うそ寒そうに、巫が首をすくめる。
 魚人たちとの戦いを思い出したのだ。
 できれば、二度と戦いたくない相手である。けっして極端に手強いわけではないが、とにかく不気味なことこの上ない。
「私を戦力としてアテにしないでね」
「判ってる。だいたい、今回は戦闘じゃなくて調査が目的だしな」
「‥‥本当に、それで済むと思ってる?」
 意味深なことを言って、ちらりと視線を前方に投げる。
 客はいない。
 射程に収められているのは運転手だ。
 二人はバスに乗り込むとき、その男の顔を見ているのだ。
 狭い額、虚ろに見開いたままの両眼、極端に薄い唇。
 まるで両生類を連想させる。
 そして、もう一つのフレーズも。
 インスマウス面、と。
「そうだな」
 巫が不敵な笑みを見せた。
 現状を楽しんでるようね、と、溜息をつくシュライン。
 やがてバスは、うら寂れた村へと入っていった。


 村の中央広場を抜け、少し走ったところでバスは停まった。
 停留所である。
 降りた乗客は、むろん二人だけだ。
「ひっそりとした街ね」
 シュラインの感想は、控えめに過ぎた。
 廃墟とかゴーストタウンと表現した方が、より事実に近いだろう。
「ここがギルマン・ハウスだな。インスマス唯一の旅館だ」
 すぐ側の建物を見上げながら巫が呟く。
「宿泊(とま)るつもり?」
「ああ。どのみち、ちょっと調べて終わりってわけにはいかないからな」
「そうかしら? 案外簡単に調べられると思うけど」
「じつは、俺もそう思う」
「だったら‥‥」
「リアクションがあるとすれば夜だ。そう思わないか? シュライン」
「‥‥騒動師‥‥」
 苦笑しながらも、美しい事務員は否定しなかった。
 判っていることが少なすぎるのだ。
 爪弾いてみなければ弦の調子はわからない。
 そういうことである。
「ま、チェックインを済ませたら、中央広場の方に行ってみようぜ。さっき、ドラッグストアが在ったのが、ちらっと見えた。店員もいない、なんてことはないだろうよ」
「店員がいても、話が訊けるとは限らないけどね」
 探偵らしく慎重に論評する。
「さしあたり、基本的な情報が得られれば充分さ」
 煙草をくわえる巫。
 その姿は、ある人物を想像させた。
 ちゃんとご飯食べてるかしら。
 埒もないことを考える。心配なら、こんな仕事など受けずに帰国すれば良さそうなものだが、そうしないのがシュラインの為人というものだろう。
 わけわかんないわね。我ながら。
 胸中に呟いて、歩き出した巫を追う。


 ドラッグストアの従業員は、インスマウス面ではなかった。
 なんとなく安堵する二人だったが、案の定たいした情報もない。
 せいぜい判ったことといえば、
「‥‥中央広場にある建物は、ダゴン秘密教団の本部だそうよ‥‥」
「‥‥えらく直截的だな。どこが秘密なんだか」
「ま、秘密ってのは誰も知らないことを指すわけじゃないからね。知っていても口に出せない、言うわけにはいかないってヤツよ」
「フリーメーソンと一緒だな。誰でも知ってるフリーメーソンって揶揄の言葉もあるしな」
「ついでに、その建物は元々フリーメーソンの会館だったらしいわね」
「どうしても秘密に縁があるんだな。あと一〇〇年くらいしたら、なんたら戦隊なんたらマンの秘密基地にでもなるんじゃないか?」
「こんなところに基地を構えるような人に守ってもらうんじゃ、地球の将来も心配ね。で? 行ってみる?」
「行くさ。他に手がかりもないしな」
 肩をすくめる。
 聞き込みをするにも、ほとんどの家が窓を閉ざしおり通行人もいない。
 多少の危険は覚悟の上で、秘密教団とやらに出向くしかあるまい。
「揺さぶるつもり?」
「武さんなら他のやり方もできるだろうが、俺には細密な調査なんて向かないからな」
「なんでここに武彦さんがでてくるのよ」
 恋人の名を出され、わずかに頬を染めるシュライン。
「他意はないさ。お気に召しませんでしたか? レディ‥‥」
「殴るわよ」
 声と同時に、巫の後頭部をハンドバッグが襲った。
「殴ってから言うな!」
「声の方が、〇.〇五秒速かったわよ!」
「測定したんかい!?」
「するわけないでしょ!」
 不毛な会話を続けながら街路を歩く。
 じつのところ、怖さを紛らわすための行為だった。
 この陰鬱な街は、どうも人間の精神を負の方向へと導いているように感じられる。
 錯覚かもしれないが、あまり長居すべきではないようだ。
 はやめに用件を済ませて退散したいが、九七パーセントほど確立で、その前に一悶着あるだろう。
 それも計算の内というものだが、なぜか自分の立てた方程式が、見えない糸のようにきりきりと神経を締め上げていた。
 潮の香りの混じった風が、二人の鼻を不快に刺激する。


 ――夜。
 どんよりとした雲が月明かりすら封じ込める常闇の刻。
「‥‥来たわよ」
 客室の片隅からシュラインが注意を喚起する。
「そうか。意外と早かったな」
 不敵な笑みを浮かべ、巫が貞秀を抜いた。
「一二、三人ってところね」
「正確な数は判らないのか? シュラインらしくないな」
「なんか、ピチャピチャって濡れた音が混じってて、足音を特定できないのよ」
 言い訳がましく反論する。
 シュラインの最大の武器は、その聴力である。高性能ソナーすら舌を巻く聴覚は、人間レーダーといっても過言ではない。
「‥‥こんなところを、綾や武さんに見られたら大変だな‥‥」
「同室だってこと? 黙ってたらバレないわよ。それに、ここで殺されたら証拠も消されるだろうから、言い訳を考える必要もないわ」
「示唆に富んだ貴重なご指摘、ありがとよ」
「どういたしまして。でも、私としては、殺されるより言い訳を考える方が好みね」
「奇遇だな‥‥同感だぜ」
 恐怖と緊張を誤魔化すための会話が、わずかに途切れる。
 瞬間。
「来た!」
 扉のカギが弾け飛んだ。
 戸口から覗く、顔、顔、顔。
 巫が西岡で対面したのと同じものだ。
「やっぱり出やがったな!」
 裂帛の気合いで斬りかかる。あるいは、殴りつけるといった方が適切かもしれない。斬れないのだから。
 鈍い音を立てて、一匹の魚人が吹き飛ぶ。
「お、効果があったか?」
 自分でやったことながら、浄化屋が驚いた。
 水源地での経験から、刃物は通じるまいと半ば諦めていたのだ。
 だが、斬るのではなく単に衝撃を与えるという意味なら充分に効果が期待できるようだ。
 魚人たちの動きは遅く戸口は狭い。
 各個撃破の要領で、一匹ずつ潰してゆく。
 むろん、そう長くは保たないだろうが。
「どうだ!? シュライン!」
「そろそろ良いみたい」
「わかった!」
 応えると、巫は身を翻した。
 窓へと突進する。
 派手な破砕音をたてて砕け散る窓。
「いくぜ!」
「了解!」
 割った窓枠から飛び出す二人。
 逃走ではない。敵が宿屋に深入りするのを待っていたのだ。
 ごく初歩の陽動作戦である。この場合、他に味方はいないので自分たちで囮と本隊を同時に演じねばならないが。
 敵兵力を一ヶ所に集中させ、その隙に本拠地、すなわち教団本部を急襲する。
 魚人と二人では行動速度が大きく異なるゆえ、このような作戦も成立させうる。
「宿代だ! 取っときな!!」
 叫んだ巫の左手から、十数個の火球が生まれ、次々と旅館に降り注ぐ。
 物理魔法だ。
「ちょっと灰滋!? こんなところで!?」
 技の正体を知るシュラインが非難の声をあげた。
「ちゃんと許可は取ってある!」
「誰の許可よ!」
「もちろん綾のだ!」
 いっそ見事なまでに言い切った。
 制作者の許可というのは、この場合意味があるのだろうか。
 切妻屋根の上を走りながら、シュラインが一瞬首を傾げる。
 そして、すぐに決断した。
 毒を喰らわば皿まで、と、いうではないか。
「掴まって! 私も使うから!」
 じつのところ、シュラインも物理魔法の心得がある。
 巫のような攻撃魔法ではなく、補助魔法だ。
 様々な事情から使用するのを躊躇っていたのだが、もはや、そういう事態ではないだろう。
 巫を背中にしがみつかせたまま、空中に身を躍らせる。
 万物を支配する力が、二人を地上に引き寄せる。
 地面に叩き付けられれば、最低でも捻挫くらいするだろう。
 と、落下の軌道が変わった。
 滑るように前方へと進む。
 シュラインの魔法。浮舟である。
 摩擦力に干渉しているのだ。
 引力に引かれる力と前に進む力のバランスを取ることにより、落下速度を進行速度に変換する。ソリトン現象を応用した飛行術だ。
 もちろん、長々と飛んでいることはできない。
 いずれば地上に降りることになるが、その時は通常版の浮舟に切り替えるのだ。この技の最も難しい部分が、その切り替えである。
 これを失敗すると、もろともに大地と接吻することになる
「失敗したら許してね!」
「失敗すんな!」
 巫の激励が功を奏したのか、二人は着地に成功し、そのまま自動車並の速度で疾走を再開する。
 炎上する旅館が、みるみる遠ざかっていった。
「ひょう! これならあっという間だぜ!」
「ダメ。スピード落とすわよ」
 灯りのない場所で高速走行などしては危険極まりない。
 まして、車の運転だって慎重なシュラインだ。
 徐々に速度が落ち着いてゆく。
 とりあえず追撃は振り切ったのだから焦る必要はないだろう。
 どうせ、本部前にだって兵力を置いているに決まっているのだ。


「ほら。やっぱり」
 中央広場に辿り着くと、シュラインがしたり顔で言った。
「ここは、俺の出番だな」
 巫が進み出る。
 ピチャピチャと下品な音を立て、魚人たちが向かってくる。
 どうやら、後ろにいる男が支持を出しているようだ。
「なんて言ってるか判るか?」
「判るけど通訳しない。あんなもの訳したら、こっちの感性が穢れるわ」
「なるほど」
 どうやら、相当に酷いことを言っているようだ。
 遠慮は無用ということだな。
 勝手に心さだめ、指を鳴らす。
 数匹の魚人が、突然、焔に包まれた。
「あれ? いまの‥‥」
「シュラインは見たことあるだろ? 大気摩擦を利用して、アイツらの服に火をつけたんだ」
「呆れた。こんなのまで習ってたの?」
「いや、自習自得さ。これでも日々進歩してるんだぜ」
「でも、あんまり効いてないみたいだけど」
「そりゃそうだ。服を燃やしただけだからな」
「どうするのよ?」
「もちろん肉弾戦だ。いくぜ!」
 貞秀を振りかざし突入する。
 不幸な魚人が一匹、横殴りの剣戟で吹き飛ばされる。五メートルほど。
「こいつは‥‥」
 赤い瞳を輝かせ、右に左に斬撃を繰り出す。
 刀身に触れた魚人は、ことごとく吹き飛んだ。
「ちょっと灰滋! そのカタナ変よ!!」
「霊刀ってヤツだ! やっと認めてくれたな!!」
 言葉の後半はシュラインに向けられたものではない。
 霊視能力のない彼女には見えぬだろうが、巫には見えていたのだ。
「此度の騒動。やがてあの娘も巻き込まれよう。守ってやってくれ」
 巫の心にだけ聞こえる声。
「言われるまでもねえぜ。義爺さん」
「主に義爺と呼ばれる筋合いはないわ」
 霊体、否、精霊が笑う。
「笑い方がそっくりだ。げっそりだぜ!」
 憎まれ口を叩きながら驀進する。
 釈然としない顔のまま、シュラインがあとに続いた。
 このまま本部に突入し、本尊とやらを確認するのだ。
 そうすれば、ある程度の事情が推察できよう。
 やがて、二人は金の宝冠をかぶった男を追い詰めるに到る。
 壁際に追い詰められた男は、薄い唇でなにやら喚き立てていた。
「なんて言ってるんだ?」
「私たちが悪魔の使いだって」
「‥‥どっちが悪魔なんだか」
「私たちが現れたから、不漁が続いているって言ってるわよ」
「そいつはおかしいぜ。俺らがここに来たのは、今日、いや昨日のことじゃねえか」
「でも、一年以上も前から魚が捕れなくなったそうよ」
「‥‥ダゴンってのは、豊漁を約束するんだったな‥‥」
 心付いたように巫が呟く。
 明敏なシュラインは、一瞬にして浄化屋の言葉を理解した。
「つまり、神に見捨てられた土地ってわけね。ここは」
 冷淡にすら聞こえる言葉。
 だが、そこに潜む意味は、より深く冷たい。
 インスマウスはダゴンに見捨てられた。
 では、ダゴンは何処へ去ったのか。
「‥‥札幌に戻るぞ‥‥」
 掠れた声を絞り出す巫の頬を、冷たい汗が伝う。
 軽く頷き、遠い国に思いを馳せるようにシュラインが窓の外を見る。
 いつの間にか雲が切れ、月が顔を覗かせていた。
 不吉なまでに大きく紅い月が。


                     終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店長
  (たけがみ・かずき)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0134/ 草壁・さくら   /女  /999 / 骨董屋『櫻月堂』店員
  (くさかべ・さくら)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)

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■         ライター通信          ■
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たいへん長らくお待たせいたしました。
「邪神」お届けいたします。
今回は二部構成となっており、アメリカと日本で同時に物語が進行しています。
楽しんでいただけたら幸いです。
ちなみに、アーカム、インスマウス(インスマス)などの街は、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品世界に登場する架空の街です。


☆コマーシャル☆
クリエイターズルームのダウンロード販売(300円)に、新しい作品をアップしました。
界鏡線「札幌」の番外編です。
新山綾の過去のお話です。
前編は札幌を舞台に、後編は東京が舞台となります。
まだ前編のみの公開ですが、よろしかったら覗いてみてくださいね。