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興信所に忍び寄る黒い影(シュライン・エマ)
調査コードネーム:興信所に忍び寄る黒い影
執筆ライター :周防きさこ
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜5人
------<オープニング>--------------------------------------
草間興信所に悲鳴が轟いた。
「なんだ?」
主である草間は、片耳を押さえながらキッチンへと行く。
キッチンといっても臨時やお茶の時間に使われるための質素なものだ。
夜勤や徹夜、なごみの時間に威力を発する場所である。
だが主はなにが置いてあるか知らない。
個人が好き勝手な物を冷蔵庫に突っ込んでいるのだ。
悲鳴の元は、管理・責任担当の女性だった。
「あれが……出たわ……」
「あれ?」
「あれよあれ!!」
「……名詞で頼む」
「ゴキブリっ!!!」
「虫か」
「虫かじゃないわよ」
男として処分するしかないだろう。草間はスリッパを脱いで片手に持った。
「それで潰したら、捨てますからね。それ履いたら、追い出しますからね」
冷蔵庫の下に屈むと、そこには20cmほどのゴキブリがふんぞり返っていた。
「なんじゃこりゃ」
『二時のニュースをお伝えします。東京都三嶋研究所から研究物質が流失しました。
関係者の口は堅く閉ざされ、なんの物質が流失したのかは公開されていません。
細胞を活性化させる薬物を研究していた、とコメントする元研究員も。
今後の研究所からの公式発表が待たれます。次は、あのタレントの電撃離婚について……』
誰も居ない応接間に、キャスターの声が朗々と響くのだった。
------興信所の受難--------------------------------------
武彦はゴキブリをながめ、それから溜め息をはいた。
「虫だ、ほって置けばいいだろ」
「全っ然よくない」
全身でシュラインは否定した。
「私には快適な職場環境を求める権利があります」
「ゴキブリは昔からいただろ」
耳を押さえた。聞きたくなかった。
「とりあえず捕獲しましょうか」
のどかな笑顔をたたえ、征司郎がキッチンへ入って行く。
その場に居合わせた全員はその背中を見守る。
数分後、何事も無かったかのように征司郎はキッチンから出てきた。
「大きいですねぇ」
「大きいですねぇ、じゃないだろう」
なんとかするしかない、と虎之助は緑色のゴム手袋を装着した。スーパーで買ってきたらしい。
「……手づかみする気?」
「仕方ないじゃありませんか。ゴキブリホイホイより大きいんです」
虎之助がキッチンに入ると、冷蔵庫の下に居たはずの巨大ゴキブリはガス台に移動していた。
動くなよ。心の中でそう呟く。
「捕まえてからどうするつもりかしら」
「……研究所に引き渡すしかないだろう」
「引き取ってくれるかしら? 私、問い合わせてみるわ」
早々にシュラインは戦線離脱。応接間へと逃げるように引っ込んだ。
「たあっ!」
興信所全体に虎之助の気合が響く。一気にゴキブリとの間合いを詰め、両手で捕まえた。
捕まえた−−−はずだった。
ゴキブリは俊敏な動作で、黒い翼を広げ、虎之助に向かって飛翔した。
「うっ……!」
予想外の反撃に、後ろへ下がる。
「やるな……貴様」
二人の間にきりきりと緊張の糸が走る。
天井から下がるライトにゴキブリは着地し、それから食器棚へ移動する。
「虫だものな。人間が素手で捕まえるのは難しいだろう」
さらりと武彦が当たり前のことを言う。
「僕、箸でハエ捕まえる人見たこと有りますよ」
「ごちゃごちゃ言ってないで手伝ったらどうだ!」
武彦は両肩をすくめた。
「どうする、飲食店オーナー」
「ゴキブリとの戦いは持久戦ですから」
どたん、ばたん、とキッチンで暴れている虎之助を観戦しながら、二人はのほほんと言葉を交わす。
「なかなかの身のこなしだな、虎之助君」
「だから手伝え!」
「研究所との連絡は取れませんわ。回線がパンク状態ですって」
シュラインが戻ってきた瞬間、虎之助の両手が狩人のようにゴキブリを掴んだ。
「行くしかないようですね」
「……だな」
重い腰を草間は上げ。
「どうやってそれを連れて行く?」
「ご飯ジャーなんていいんじゃないですか?」
「英断だな。征司郎」
「武彦さん、ご飯どうするんです……」
「経費として研究所に請求しよう。丁度壊れかけてたしな」
結構ケチらしい。
ゴキブリを捕まえているので、虎之助の両手は使えない。ご飯ジャーを空っぽにし、征司郎は開けてやった。
「一段落ですね。シュラインさん」
「手を洗ってからにして」
きつい一言をくらった虎之助は、大人しく水道で手を洗った。
「……ん?」
ガス台と水道の間から、黒い影がするりと姿を表した。
「い……いやー!!!」
苦手なものは発見が早い。新手のゴキブリを見て、シュラインは叫び声を上げた。
「あー。一匹居たら参十匹ってやつですね?」
中のゴキブリが暴れるので、ご飯ジャーがごとごとと征司郎の腕の中で揺れている。
「もういやっ!!」
「おお迷える民草よ!! 我輩を呼んだな!」
突然、興信所の入り口が開いた。ドラム缶のような物を背負った平四郎である。
「プラズマなんぞに屈しちゃいかんぞ、お嬢さん」
平四郎は仁王立ちをし、キッチンに向かって銃口を向けた。
ステンレス製の銃口はノズルで背中のドラム缶に繋がっている。
「対G用最終兵器・ゴキタオースZZP−3ィィィィ!!!!!!!!」
気合とともに引き金を引く。
銃口から霧状の薬品が放出された。強烈な臭いに、全員が口元を押さえる。
「……ん?」
征司郎は首を傾げた。抱いているご飯ジャーの震え方が、どんどん激しくなるのだ。
「すごい! 効いている感じです!」
「流石だわ!」
目を輝かせたシュラインの笑顔が、恐怖に引き攣るのは時間の問題であった。
ご飯ジャーが内側から破裂したのである。
40センチ大になったゴキブリは、解放された喜びに震え、一気に飛び上がった。
そのままキッチンから逃げ出し、入り口へと飛んでいく。
新鮮な空気と新天地を求めて。
「大きくなってる……」
地面が崩れたように、シュラインはその場にへたりこんだ。
「手をお貸しします」
「……ありがとう……」
虎之助に返事はするものの、立ち上がる気力はないようだ。
「やれやれ」
額を押さえながら武彦は煙草を加えた。
「待ちたまえ! 引火するぞ!」
「人の事務所で物騒なものぶっ放すな爺!!」
「ご、ご、ゴキブリ――−−−−−−!!」
薬品から逃げるために、巨大化したゴキブリは興信所の出口を目指してた。
そして、運悪く訪問者の顔にぶつかったのである。
「むっ女性の声か?!」
助けに行こうと走る虎之助。その足元に、灰皿がぶつかった。
「ごき、ごき……っ!!!」
みかねは瞳に涙を一杯溜め、今にも泣き出しそうだ。
「灰皿?」
ガラス製の灰皿を拾おうとすると、意思があるかのように灰皿は空中に浮いた。
「いやあああああああっ!!!!」
みかねのパニック性念動力が発動したのだ。
念動力に操られ、灰皿からテレビ、ソファーまでもが空中に舞い踊る。
もちろん、ゴキブリもだ。
「きゃあああっ!!」
ゴキブリがシュラインの足元に叩きつけられる。
「……俺の事務所が……」
家具類は飛び散り、ガラス製品は割れに割れている。本棚からは、本が一冊もなくなった。
目の前で繰り広げられる大惨事に、武彦は頭痛がしてきた。
しかも原因が−−−ただの虫である。
「……許さん三嶋研究所……!」
------研究所までの長い道--------------------------------------
シュラインは横目で、征司郎が抱えているビニール袋をみた。
この薄いビニールの向こうに巨大ゴキブリが蠢いているかと思うと……。
無視したいが恐くて出来ない。
「三嶋研究所ってご近所さんだったんですね」
草間興信所から車で十五分ほどの場所に、研究所はあった。
高い真っ白な壁に囲まれ、壁の先端には有刺鉄線が編まれている。
直線と直角で描かれたラインは病院を連想させた。
駅から離れた静かな場所に設立されているが、あたりは相当騒がしかった。
報道陣や近所の住民、抗議団体などが詰め掛けているのである。
彼らの暴動を押さえているのは、皮肉にも調査に赴いていた警察だった。
「さて、どうやって中に入りますか?」
ゴキブリ騒動で放心状態のみかねの手を握り、虎之助は言う。
研究所の周りは人だかりでとても入れそうに無い。
「裁判になる前に押さえたいわね。時間がかかりすぎるもの」
しっかり賠償してもらうこと−−−それがシュラインにかせられた使命だ。
「……よいしょっと」
抱えていたビニール袋を、征司郎は駐車場に置いた。
「この中に巨大なアレが三匹入っています。一匹あれば十分ですよね?」
「そうね」
「報道陣の中に二匹ほど放したらいかがですか。皆逃げますよ」
「道が出来るってわけか」
「はい」
「ああいや。嫌な作戦……」
シュラインは頭を左右に振った。
「私もいやですぅ……」
早くもみかねは泣きそうだ。
「大丈夫。俺が守ります」
「ごきぶり相手に守るってのも変な話ですねー」
にっこりと征司郎は微笑み、ゴキブリ二匹を解放した。
いち早く巨大ゴキブリを発見した女性キャスターが絶叫を上げた。
人だかりの集中はゴキブリへと移動する。
パニックがパニックを呼び、騒々しさは倍増した。
「よく考えたら、ゴキブリって病原虫ですよね。
大きいのが一杯いたら病気が大流行するんじゃないでしょうか」
征司郎たちは狂乱の中をすり抜け、上手い具合に研究所内へと入っていった。
------所長の受難--------------------------------------
所長は、所長室の窓から一帯を見下ろしていた。
普段なら鳥のさえずりとたまに子供の笑い声がするだけの、静かな平日なのだ。
四階の窓からまばらにある家と、隙間に這うような田畑を見ているはずなのだ。
所長の瞳に映るのは、手に抗議のプラカードを持った主婦や座り込みをしている団体。
自分の首も危ないかもしれない−−−。
所長は拭いきれない冷や汗を、なんどもハンカチで吹いた。
こんな時、研究員だったら原因の究明などに奔走しているだろう。
だが自分は違う。
報告を聞かされるだけの立場なのだ。
待つだけの時間がどれほど辛いものか、所長は祈るような心地だった。
「失礼します」
報告か、それとも警察か。
所長が入り口を見ると、すらりとしたキャリアウーマン風の女性と、穏やかそうな男性が立っていた。
「君達は? 報道関係なら、明日の午前に記者会見を……」
「私たちは個人的な御用で参りましたの」
美しい発音で女性−−−シュラインは言った。
「……掛けたまえ。聞こうじゃないか」
所長は二人の訪問者に、部屋の真中にあるソファーを勧めた。
青年が腰を降ろすとき、テーブルの上にビニール袋を置いた。
「これは私の職場で発生した巨大ゴキブリですわ」
ビニール袋を受け取った所長の表情が変わった。
「何匹ぐらい発生しているんだね」
「確認したのは三匹です」
残りの二匹はどこかへ行ってしまいましたけど、と征司郎は付け足した。
「私どもは流失した化学物質の影響ではないかと考えております」
「なんと!!」
所長はうめくように叫んだ。
「成功したのかっ!! あれほど困難だったものが……」
貧血気味だった初老の男性の頬に赤みがさす。
「ありがとう。よく持ってきてくださった」
「このせいで随分迷惑したんですよ」
「それは申し訳ない…君、名前は?」
シュラインと征司郎に所長は順に握手を交わした。
「この研究所では食料難について研究していてね。
人口の増加や砂漠の拡大等、そう遠くない未来世界的な飢饉が起こる。
それを回避すべく設立された研究機関が三嶋なのだよ」
「研究していた物質が、その鍵なんですね?」
「そうだともお嬢さん。
牛を四倍に、豚を八倍に。野菜だって巨大になれば、それだけ腹も膨れる」
「すごい研究なんですねー」
「なかなか実用段階まで進まなくてね…それで今度の事件だ。
研究自体いつ打ち切られてもおかしくないと心配していた。
無菌状態の研究室内ではなく、雑多な外気でなんらかの変化が起こったのだろう。
これで研究は大きく前進した」
「ゴキブリだけじゃなくて、蝶とか蚊とかも巨大化する可能性があるということですね」
「ああ。T-52がどのような生き物に影響を与えるか、まったく解らないからな」
愛しい生き物を見つめるように、所長はビニール袋をながめた。
「だが、サンプルがいる。研究を進めよう。
流出したT-52の中和剤の開発を急がねばならない」
所長が切ってくれた小切手をバッグへ仕舞い、シュラインは空を仰いだ。
まだ研究所では騒ぎが続いているようで、人々の声がする。
征司郎とシュラインは、みかねと虎之助が戻ってくるのを待っていた。
「第二駐車場ってここよね?」
「ええ。待ち合わせ場所はあってますよ」
「どこで遊んでるのかしら」
車に寄りかかり、シュラインは研究所をみた。
「結局、中和剤の開発されるまでは、巨大ゴキブリに襲われる可能性はあるのね……」
「僕の店はここから遠いから、大丈夫だと思いますよ」
「今度ご馳走になるわ」
シュラインが苦笑した。
「珈琲はしばらく飲めそうにないけど」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0689/湖影・虎之助/男性/21/大学生(副業にモデル)
0701/国光・平四郎/男性/38/私立第三須賀杜爾区大学の物理学講師
0489/神無月・征司郎/男性/26/自営業
0249/志神・みかね/女性/15/学生
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、周防きさこです。
今回の『興信所に忍び寄る黒い影』はいかがでしたでしょうか?
皆様かなり引いていらっしゃいましたね(笑)
日常風景的なものを描きましたので、「あるよねぇ、こういうの」とか、
くすっと笑っていただけたら幸いです。
今回は苦手な大人数描写に挑戦してみました。
前半は共通、後半は三グループに分かれています。
感想・要望等ございましたらお気軽にテラよりメールしてください。
二度目のご参加ありがとうございます。
前回のとは違いクールではない感じで書かせて頂きました。
草間の指令を遂行しようとする「できる女」と、虫が駄目な「かわいい女」
の間を行ったり来たりしているイメージです。
ご縁がありましたら、またお会いしましょう。 きさこ。
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