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新月の夜に
『あたしに狙われた子供は決して逃げられない。あなたも同じだよ。』
目の前に座ったる青ざめた顔の夫婦が差し出した手紙。その最初にはそう書かれていた。
「…これが届いた次の日、うちの子が攫われたんです。帰ってこないんです。」
母親が言う。その顔色は今にも倒れそうなほど悪い。隣に座る父親の方も、何も言わないが暗い表情をしていた。
草間は手渡された手紙に一通り目を通すと、椅子に深く座り直した。
出だしの意図不明な文章以外は特に目を引くものはない。いつ子供を攫いに行く予定か、それくらいしか書いてはいない。
「警戒はしなかったんですかね?」
草間の問いに母親がばっと顔を上げた。
「うちの子が攫われる理由なんてないんです!きっとただのいたずらだと思って…あの子に何も言わないでおいたのに…!」
突然叫ぶように言われ、草間は心臓が跳ね上がりそうになったが、こういう反応をする人間にも慣れてきていた。
「お気持ちはわかります。ですがこうしてお子さんは攫われてしまったわけですね」
とりあえず落ち着かせようと立ち上がり、その肩を軽く叩いた。
「依頼内容はわかりました。お子さんを探し出せばいいんですね?」
草間の言葉に、夫婦は深く頷いた。
「さて…どこから手をつけたらいいものか」
草間は咥えていた煙草を灰皿で押し潰した。
攫われた子供についてほとんど情報が無い。
予告状によれば、六月十二日が犯行予告日。
今日は六月十五日。両親も警察には届けたのだろうが、それだけでは落ち着けなかったのだろう。こんな、さして有名というわけでもない探偵所に相談しに来る位なのだから、その混乱は相当なものだったに違いない。まぁ、子供を持つ親は大抵そう言うものだろう。それに、今回の事件については、警察だけに任せておけばいいという物でもないのかもしれない。何故なら、予告状を送りつけた犯人は、こともあろうに「妖怪赤マント」などと名乗っているのだから。ふざけているのか、捜査を混乱させようとしてるのかはっきりしないが、そんな妖怪の名前を聞いた事が無い草間は、まずそこに意味があるかどうかを調べなければならない。
もしもそこに深い意味が無いなら、そんな調査は時間の無駄なのだが。
「…とりあえず、何の手がかりも無いんじゃな…」
警察が情報をくれるとも思わない。草間は、パソコンデスクに向かった。
パソコンの電源を入れ、ネットに繋ぐ。簡単に多くの情報が得られる方法といえばやはりこれだ。その膨大な情報量の中で信用できる物を見極めなければならないが。
多くの無責任な情報を覚悟して不特定多数のユーザーが意見を書き込む掲示板のサイトを覗いてみる。
「…ほぅ」
予想とは裏腹に実に有意義な情報がすぐ見つかる。
「妖怪赤マントを名乗る人物が引き起こす連続誘拐事件について…か」
実は今回の事件は巷では結構有名なものらしい。
「妖怪赤マント」を名乗る犯人。送られてくる予告状。狙われた子供は必ず誘拐され、その行方は杳として知れない。誘拐後に身代金の要求もない。ここ三ヶ月の間に、数件の同様の事件があったらしい。
「…随分前からある事件だな、さすがにこれを知らなかったのは色々と問題があるか…」
草間の事務所は貧乏だ。できる限り光熱費を抑えるためにテレビは滅多な事ではつけない。とはいえ、新聞でもこの事件に付いてはあっただろう。それを思うと普段いかに自分が世間に無関心に生きているかをまざまざと見せ付けられたような気もする。
「まあ考えても仕方ないか…」
呟き、今度は「妖怪赤マント」なるものの情報を探した。しかし改めて探すまでもなく、同じ掲示板にその存在について様々な情報が飛び交っていた。
総合してみると都市伝説の一種のようだが、その説にも色々ある。少女ばかり狙う人攫い、トイレで背後から質問を投げかけ、返答によっては殺してしまう。そんな都市伝説にありがちな情報が羅列している。
「…たいして手がかりにはならない、か」
「妖怪赤マント」がどういう存在かはわかったが、現代にそんな奇怪な存在がいるなど俄かには信じ難い。様々な怪奇現象を目の当たりにして来たが、事あるごとにこんな妖怪とやらが人を攫う、と始めから決めてかかっていたらまともな捜査が出来ない。
あくまで可能性の一つ。草間はそう考えた。
「ある程度の情報は得られたしな…」
重要そうな事項だけをピックアップしたメモを印刷し、それを暫く眺めると、煙草と財布をポケットに突っ込んで情報収集に出かけた。
「…さて、どうしたもんだか」
情報収集に外まで出てきたはいいが、考えてみればどこにいけばいいのか。
仕事仲間に相談したいところなのだが、今日に限って何故か誰にも連絡がつかない。
「参ったな…」
六月の割には暑い空気のせいで、既に体は汗で湿っている。僅かな不快感を感じ、適当に目をつけたネットカフェに入った。
「結局、これが一番の手がかりか」
調べた掲示板を再び開く。と、そこに先程までは無かった情報があった。
<妖怪赤マントの新情報!どうやら奴は普段は人間として活動してるらしいぞ!有名な某特撮俳優のA!あいつが赤マントらしいぞ!!>
普段なら、絶対に気にも止めない無責任な書き込み。他のユーザーからも「知ったかぶってんじゃねーよ」だの「証拠を見せてみろ」だのとレスが付いている。しかし、
「…溺れるものは藁をも掴む、か。よく言ったもんだ」
今は、とにかく手がかりが欲しい。
「某特撮俳優」を特定するのは簡単だった。有名な俳優で、しかも特撮専門と絞るとAが付く人物は幸運にも一人しか見つからなかったのだ。Aが匿名のAでないことを祈るばかりだ。
そして今、草間はある寂れた遊園地に来ていた。今日は平日で今は夕方。最近になって人気の落ちたらしいこの遊園地に当然、人は少ない。しかし、遊園地中央に位置するステージで、ほとんど子供もいないというのに一人の人物がショーを開いていた。
「…こういうショーは、休日にやるものじゃないのか…?」
ステージ上に立つのは老紳士。有名特撮俳優「赤井三郎」。彼は見る者も少ないステージの上で奇術を披露していた。草間はその見事な手さばきに見とれていた。老紳士の手が止まる。どこからも拍手は起こらない。
「…!」
そこで、草間は違和感を覚えた。確かに人気は少ない。しかし全然人がいないわけではない。
彼の経験が、普通でない事件に関わってきた者の勘が、こう告げていた。
<あいつは、人間じゃない>
言葉では表現できない感情が草間を襲う。興奮にも似た気分の高揚。草間はステージから降りた赤井に見つからないように、そっと後をつけることにした。
日は既に沈み、辺りを闇が支配していた。月も無い夜。星はよく見えるのに月が無い。今日は新月の日なのか。星の光しかない空間で、草間は呆然としていた。
目の前に立つ一軒の館。見るからに怪しい雰囲気を醸し出し、周りの空間からは切り離されたかのようにひっそりと佇むそこに、赤井は躊躇せず入っていった。赤井の後をつけてから数十分、不思議な空気をずっと草間は感じていた。赤井と自分は誰かとすれ違っても、その存在を認められていない、そんな違和感。
「…どうして俺はこういう事件に縁があるのかな?」
他の人には見えていなさそうな赤井がどうして自分には見えるのか。疑問には思うが、考えても仕方ない気もした。
「とにかく、様子を見てみるか」
今日見えた赤井が次も見えるとは限らない。何せ相手は人ではないかもしれないのだ。草間はそう思い、そっと手近な窓に向かった。恐る恐る、明かりのない部屋を覗き込む。
「…!」
そこには、人形が並んでいた。
一様に恐怖の表情を浮かべた人形が。
異様な光景に言葉を失う。立ち並ぶ人形は全て子供の姿をしていて、人形とは思えないほど生々しい。と、そこに見知った顔を見つけ草間は息を飲んだ。
「あれは…」
慌ててポケットを探り、一枚の写真を取り出す。今回の依頼で夫婦から手渡された子供の写真。写真と人形、草間は何度も見比べた。表情こそ恐怖に歪んでいるが、間違いなくその子供と同じ姿をした人形がそこにあった。
「…拍子抜けするべきか?」
余りにもあっさりと訪れた現実。とても非常識な出来事なのに、こんなにも簡単に犯人とその被害者が目の前に現れたことに、やはり戸惑いを隠せない。
「幸運の女神がついている、とでも思うことにするか」
しかしこれで終わったわけではない。人形にされた子供たちが生きているのか、生きているにしてもどうしたらいいのかさっぱりわからない。
その時、背後で物音がした。
「!」
慌てて振り返る草間の目の前に、赤いシルクハットとマントという姿の赤井が迫っていた。
「人の家を覗き見はいけませんね」
赤井の右手が伸び、草間の喉を捕らえた。
「ッ!」
「あなたが誰か、どうしてここを見つけられたかは興味がありますが…申し訳ない、あたしはこれから用事がありましてね」
一種妖艶な笑みを浮かべ、赤井は一枚の紙を取り出して揺らす。それは恐らく、次の犯行予告。
「…俺…も、アンタ…が…何者、か…興味は…あるが…」
途切れ途切れに言葉を発する草間に、赤井は目を細めた。
「なかなか根性のある人のようですね。あなたもあたしのコレクションに加えて差し上げましょうか」
恐ろしい宣告に、しかし草間はニヤリと笑った。
「…御免だね!」
赤井の手を掴んでいた両手を離し、懐から筒状のものを取り出して思いきりその額に叩きつける。
「…何を…!?…ぐあぁっ!?」
筒が…市販されている日本酒のワンカップが割れ、酒気が舞った。
体をのけぞらせたかと思うと、直後屑折れた赤井に草間は言った。
「…自分の勘に、心の底から感謝するよ。ついでに幸運の女神にもな」
某有名特撮俳優を調べ、出て来た赤井のファンサイト。そこにはこうあった。
<赤井さんはお酒が大の苦手。嘗めただけでも倒れてしまうそう。打ち上げ等でも古株の赤井さんを気遣って酒気厳禁。きっと臭いだけでもだめなんでしょうね。>
これを見た草間は、念には念を入れて、途中コンビニに立ち寄ったのだった。余りにもバカらしいとは思ったが、こういうこともあるらしい。
「…やれやれ、だ」
倒れた赤井はピクリとも動かない。その顔は真っ赤で酔っているのだということを伺わせる。
その時、背後の空気が揺れた。
振り返ればそこに館はなく、何故か元に戻って気がついたらしい子供達が不思議そうに辺りを見回していた。
草間は赤井を見て、どうしたものかと考えたが、とりあえず携帯で警察に連絡を入れた。
子供達を見つけたと告げ、赤井が当分目を覚ましそうに無いと当たりをつけると、子供達にここに警察が来るから待っていろと言い聞かせた。納得はしないかもしれないが、彼がここに居続けるわけにも行かない。
警察が来るまでの間、子供達は眠ってしまった。草間はそれに感謝し、件の子供だけを連れて行こうかと思ったが、
「これじゃあ、俺も誘拐犯みたいだな」
そう思い直し、もしかしたら報酬がもらえないかもしれないことを寂しく思いながら、遠くにサイレンの音が響いてきたその場を離れた。
この状況で、真実を話したところで共犯と思われるのがオチだから。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号/PC名/性別/年齢/職業 】
0634/赤井三郎/男/70歳/俳優&怪盗
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■ ライター通信 ■
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本依頼を担当した科上悠です。
今回は初めてのお仕事で失敗もしてしまいました、申し訳ありませんでした。
初めての仕事ということで不安もありましたがどうにか、作品を形にすることが出来ました。
慣れていないので展開を急ぎすぎている面が多々ありますが、自分なりに頑張りました。
特撮俳優なのに何故奇術ショーをやっているかと疑問かもしれません。
すみません、あれ以外は接点が思いつきませんでした。
あまり神秘的にかけなかったので、少しでも不思議な存在にしようと頑張ったのですが。
感想等ありましたら是非お聞かせください。
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