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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


<<小雨日和>>

------<オープニング>--------------------------------------

「はぁ?ちょっと待て、聞いてないぞ」
午後の昼下がり、静かな興信所内に草間の不機嫌そうな声が響いた。
原因は連日続きの鬱陶しい雨でも、慌てて受話器を取ろうとした際うっかり床にぶちまけてしまった煎れ立てのコーヒーでもない。
どういう意図かはわからないが、電話の相手は草間の穏やかなコーヒーブレイクを壊すのに成功したようだ。しばしの押し問答の末、やがて電話を置くと彼は諦めたように机の上の灰皿をゴミ箱に空けに行った。帰りに、床拭き用の雑巾を手に戻ってくる。あいにく所員は昼休み中で出払っているため、無残なコーヒーの後始末は自分でやらなくては。なかなか所帯じみた図に、やれやれと小さくため息をついた。
客が来るのである。それも、今もうすぐに。
あまりに唐突とは言え、決まってしまった事だ。そこは草間もプロである。事情を知らない相手を不快にさせるほど、この主人は大人げなくはなかった。
やがてその客は大して間をおかずに、インターホンの間抜けな音と共に現われる。
ドアを開けると、年の頃は二十代半ば。落ち着いた栗色のセミロングに清楚な服装がよく似合う、小柄で大人しそうな女性が佇んでいた。ここへやって来る客の通例にもれず、影を落とした表情がその魅力を半減してしまっている。
「小谷美里(こたに・みさと)さん――ですね?」
先程電話の相手から告げられた名前を確かめる。
依頼人は「…はい」と小さく頷くと、中に入り草間の薦めたソファーに腰掛けた。簡単な挨拶後、草間が自分で煎れたお茶に手をつける間もなく、開口一番、彼女は用件を切り出した。
「私の…考え過ぎかもしれないんです。でも……あまりに続くので、気味が悪くなってしまって……。あの、私、私立高校の教師をしているんです。ここ一ヶ月で、その高校で次々に不幸な事件が重なって――」
「不幸と言うと?」
「同僚の先生が大怪我をなさったり、生徒が事故死したり――つい先日は、生徒の一人が自殺未遂を……。それも、一人ずつ、一週間置きに三人もなんです。偶然にしては…おかしくありませんか?」
「……奇妙ではありますね。自殺未遂の生徒さんは?」
「一命は取りとめたそうですが、まだ意識は戻らないそうで……。遺書はなかったそうなので、警察の方は事故の可能性も捨てていないとか。生徒達が、呪いじゃないか、ってもう怖がってしまって……」
「呪い?」
訝しそうな草間の言葉に、小谷は更に顔を曇らせた。膝の上の拳を握り、しばらく言い難そうに黙り込むが、やがて重い口を開く。
「………最初の事件が起きる、一ヶ月くらい前――…一人の生徒が、飛び降り自殺したんです………」


「――というわけだ。俺が見るに、その女教師、他にも何か知ってそうに思えるんだが…無理に聞くわけにもいかないしな。ちょっくら調べてきてくれないか?報酬はあまり期待できないが…なんなら仲介者からふんだくってもらっても構わないぜ」
ささやかな復讐。先程の電話主を思い出し苦々しげに呟くと、草間は短くなった煙草を無造作に揉み消した。


<雨宿り>

小雨は、それほど嫌いじゃなかった。
もちろん、傘を持っていなければ濡れてしまうし、肌にまとわりつくややジメっとした感覚はいただけたものではないが。
都内の某所、草間興信所からの帰りがけ、小雨に降られ偶然立ち寄ったバー『Spectrum』のカウンターで静かにグラスを傾けながら、真名神慶悟(まながみ・けいご)はさり気なく店内を観察した。
外の小雨の音は、柔らかいBGMとなって微かに響く。店内に流れるクラシックをアレンジしたような曲と、見事なハーモニーを奏でていた。人々の会話の切れ端が、耳に優しく届く。
こじんまりとした店の内装は、落ち着いた配色でコーディネートされ、落とされた照明に煙草の煙が軌跡を残し上がっていく。客層もどちらかというと年齢層は高めで、若さに表れるざわついた様子はない。静かに話をしたり愛を語り合ったりする店のようだ。一見敷居が高く思えるが、そこが不思議なもので、慶悟も最初は肩の張る店だと入ってから内心舌打ちしたのだが、酒を飲んだりマスターや客と他愛もない話をするうちに、店内に漂うどこかアットホーム的な空気に、すっかり居心地が良くなっていた。もっとも、それは元来遊び好きで、気さくな慶悟の性格が成せる業かもしれない。あるいは、グラスに揺れるオールドクロウが美味いせいかもしれないが。
だから、小雨は嫌いじゃない。
雨宿りついでに立ち寄った店が自分の肌に合えば、なかなか嬉しい発見というものだ。そうなれば、小雨がもたらしたささやかな幸運に感謝してもいい。人や場所の巡り合わせは、こうだから面白い。
程よいアルコールと上機嫌に酔いながらも、慶悟は頭の中では鋭く、先程受けたばかりの依頼について考えていた。
現在の事実からすれば、一連の事件はやはり自殺した奴の念が引き起こしてるような気がする。三つの事件ともタチが悪い、気は抜けないだろう――もっとも外見や態度とは裏腹に、この若い陰陽師は仕事に対する姿勢はいつだって『適度に』真面目なのだが。真面目過ぎては上手くいくものもいかないし、不真面目過ぎては失敗に繋がるというものだ。
「気に入ってくれたみたいね」
ふいに声をかけられて、慶悟は思考を中断させた。カウンター越しに、中年女性の嬉しそうな微笑が目に入る。そう、ここのマスターは女性なのだ。よくあるように常連客からは親しみを込めて「ママ」と呼ばれており、化粧控えめでサバサバした人柄に好感を持てた。
ママの方も、一見黙っているとクールな二枚目だが、口を開けば人好きのする慶悟の性格を気に入ったようだ。「いちげんさんにサービス、これからご贔屓にね」と二杯目のグラスを差し出してくれた。
「ああ、いい店だな。酒も美味いし、ママは器量良しだ」
「ま、口が上手いわね。ありがと。この店、昼間は喫茶店なのよ。で、夜はこの通り。でも今日は店、まだ静かね。トモエちゃんが来てないから」
「『トモエちゃん』?」
鸚鵡返しに尋ねると、ママは「それは見てのお楽しみ」と悪戯っぽく微笑んだ。
名前からすると看板娘か誰かだろうか――と若干の興味を引かれながら、ママと話しつつその彼女の登場を待つ事十数分。
「あ、トモエさん!待ってたよ〜」
数人の若い女性の声が響く。それにつられて視線を向けた――その先。
一瞬。どこかのモデルが紛れ込んで来たのかと思った。彼女は、それほど強烈な『華』を持っていた。緩やかな長髪は黒、怜悧に整った顔立ち。やや切れ長の目と濃いめの化粧がその色気を演出し、すらりとした長身に、大胆なスリットの入った青のチャイナ風ドレスが見事に映えていた。
「へぇ……」
我知らず、感嘆の声を漏らした。こうしたバーで、なかなかお目にかかれる女性ではない。目の保養になるな、と惜しげもなく視線を注ぐ――と。女性客数人と談笑交じりに挨拶を交わした彼女は、ふいにこちらに目を向けた。…俺?と一瞬辺りに視線をやるが、カウンターの中央、この位置にいるのは自分だけだ。取り出した煙草を手にしたまま、しばし見詰め合う。と、彼女は真っ直ぐこちらに歩み寄ってくると、無言のまま慣れた手つきですっとライターを差し出す。真っ赤なマニキュアが目を引いた。
「…どうも」
くわえた煙草を近づけ、火を移す。らしくもなく、礼を言う声がやや上擦った。男女の駆け引きにはそれなりに慣れているつもりだが、目の前の彼女からはその美貌ゆえか、何やら威圧感のようなものさえ感じてしまう。生憎、さっきまでそこにいたママは奥に引っ込んでしまっている。煙を燻らせながら、参ったな、と無意識に金髪の頭をかいた。
慶悟とは対照的に、『トモエ』はそんな彼の様子をミステリアスな漆黒の瞳でしばらく見つめていた。が、唐突に鮮やかなルージュの引かれた口元に微笑を乗せると、落ち着いたトーンの声で呟いた。
「――真名神、慶悟」
予想だにしない驚きに、慶悟の目が小さく見開かれる。だがそれも一瞬の事、眉を寄せながら彼はトモエを警戒の混じった視線で凝視した。
「誰だ、あんた」
だがトモエは特に怯んだ様子もなく、意味ありげな微笑をたたえたまま、更に言葉を紡いだ。
「依頼――よろしく」
それだけ言い残すと、ふわりと踵を返す。ストールの巻き起こした穏やかな風に乗って、ケンゾーらしき柑橘系の匂いが鼻腔をかすめた。
その意味に気付き、呼び止めようとした時には既にトモエの背中は遠い。酒を運びながら女性客の輪に溶け込んでいき、テーブルの一卓で早速話に花を咲かせている。どうやらトモエは女性に人気者の従業員のようだ。ここがスナックやパブとは若干趣きが違うバーのせいか、それとも男性客が比較的少ないためだろうか。
(あれが依頼仲介人……か?)
わけがわからなかった。話を聞きたいが、ああなってしまっては行きづらい。
ふと腕時計を見るともう結構な時刻だった。仕方ない、気にはなるが依頼人であればどこかでまた会うだろう――やや釈然としない思いを納得させると、慶悟はグラスの残りを一気に飲み干し、カウンターを立った。


<過去と秘密と煙草>

――やっぱり、浮くか………。
翌日。『私立聖南高等学校』の表札を前にして、慶悟はやや居心地悪そうに校舎を見上げた。
都心から約三十分、最寄の駅から十五分。私立聖南高等学校。『聖』という文字がつくからミッション系の学校かと思えば、そんな事はない。比較的新設の全日制高校で、建物や施設は外から見ただけでも近代的な事がわかる。白い壁がその真新しさを強調し、周りを取り囲む木々は緑豊かで、一見した雰囲気は決して悪くはない。学び舎としては申し分ない立地・環境条件だろう。ここで一連の事件が起きているとは、通りすがりでは誰も思うまい。
時刻は授業が終了してまもなく。早くも街へ繰り出す生徒達などが、校門側に佇む慶悟に好奇の視線を向けてくる。寒色系スーツに身を固めた姿の金髪青年など、そうそう学校で見る機会はない。中には直接質問してくる勇気ある生徒もいたが、適当に会話をして流す事にしていた。さりげなく情報は集めながらも、『自分はここに調査にきた陰陽師だ』などと馬鹿正直に言えば、余計埒もない噂が立つ事は目に見えている。そうなれば依頼人である教師にも、学校にも迷惑がかかるだろう。
この時間を選んだのも、生徒が教室からいなくなる頃合だからだ。慶悟は、学校の建物を主体に調べる事にしていた。
そして何故校門で突っ立っていたかと言えば――常人には見えないように、『式神』を放っていたのである。霊的な【場】がないか、事前に捜査するために。校舎全体が目に入るこの位置が丁度ベストだったのだ。
かすかに、慶悟の眉が動いた。――式神に、反応がある。数は二つ。だがうち一つ、近い方は、学校からではない。この近所、直径百メートル以内のどこか。
近い方から当たってみるか、と慶悟は歩き出した。下校する生徒達に混じり、道を曲がり、直進する。やがて十字路に出る手前の踏み切りへとやって来た。
「……?」
踏み切りのすぐ下に、菊の花が何束も手向けられている。他にも様々なモノが供物として寂しげに置かれていた。
すぐにピンと来た。ここは一連の事件で、おそらく唯一死んでいる生徒の現場ではないか――
大きく深呼吸をする。【霊視】を試みるのだ。最初に死んだ生徒の場所も霊視するつもりだったが、こちらが先でも構わないだろう。元々陰陽師として霊力の強い彼にとっては、ただ霊視するだけなら印は必要ない。気と呼吸を整え、集中力を高めるだけで『視える』。
閉じていた黒の瞳を、ゆっくりと開ける。途端、目の前の光景がかすかに揺らいだ。色が消え、モノクロの世界に変わる。
――荒い息遣い。一人の男子生徒。学校から、必死に走ってくる。その形相は酷いもので、何かに脅えきった顔。全身で息を弾ませ、足をもつれさせながら途中で一回転んだ。慌てて立ち上がり、なおも逃げる。――逃げる?何から?
追っているモノの姿はよく見えない。ぼんやりと青白く霞みがかった姿で――わかるのは、『それ』が男子制服を着ている事ぐらいだ。
その姿を振り返り、逃げていた生徒はその顔をさらに恐怖に歪ませた。だが恐怖のあまり震えて走れないのか、ただゆっくりと後ずさるばかり。――ドン、と背中が衝撃に遭い、彼は足を止めた。カンカンカン、と警報が鳴っているのがわかる。後ろには、下りた踏み切りのバー。前には、自分を追い詰める得体の知れない存在。――いや。得体は知れているのだろう。あの恐怖はただ人外の存在に対するものではない。おそらく、見知った――
「!」
追われていた男子生徒が、ソレから逃げるように踏み切りをくぐり、線路に飛び込んだ。横から突っ込んでくる列車、耳障りな音を立てるが急ブレーキは効かない――
そこまで霊視すると、慶悟は目を閉じた。呼吸を再び整え、目を開ける。そこには、元の変哲のない世界が広がっていた。警報機は鳴っていなく、急ブレーキの摩擦音もない。
用は済み、踵を返して慶悟は学校への道を戻り始めた。歩きながら考えていたのはこうだ。やはりこの一連の事件は自殺した生徒――あの亡霊のようなものが起こしたもので、踏み切りに飛び込まざるを得なかったあの生徒は、いじめでもしていた生徒――復讐のターゲットじゃないのか。事故に遭った教師というのは、いじめに対処しなかった事で同じく。
オーソドックスではあるが、こう考えるのが現段階では一番しっくり来る気がする。とりあえずはその方向性でいくか、と調査方針を考えながら、慶悟は校門前まで戻って来た。今度は立ち止まる事なく、校内へとそのまま歩いて行く。
大方下校を終えたらしく、昇降口付近の生徒の姿はまばらになっており、時折グラウンドの方から部活動の掛け声が響いてくる。否応なしに自分の青春時代を思い出しながら、慶悟は職員玄関から来客用の緑スリッパをはいて校舎内へと足を踏み入れた。
無性に静かで、ひんやりとした廊下の空気が身を包む。もう一つの霊的場所に向かおうとして、ふと気に留まる事があった。依頼人の女教師の事だ。彼女と話をしたいと思っていたが、どこにいるのかわからない。職員室に行けばいいのだろうか。だがそれでは自分がどういう素性の人間かと、他の同僚に詮索を受けるだろう。――肝心なことに気付いた。職員室の場所がわからないじゃないか。
考えあぐねたところで、入ってすぐ、玄関脇の部屋の札に視線を向ける。『事務室』。そうだ、ここで呼び出してもらえばいい。
普段こういった事件でもない限り高校になど来ないから、判断に戸惑ってしまった。やれやれと息を吐き出し、ドアを軽くノックして開ける。すぐ側でコピー機を動かしていた中年女性に、「小谷美里先生をお願いしたいんだが」と声をかけた。眼鏡をかけたやや神経質そうなその女性は、しばし慶悟を頭のてっぺんから爪の先まで舐めるように見つめていたが、「少々お待ち下さい」と事務的な声で告げると電話を手に取った。『どういったご用件で?』突っ込まれなかったのは幸いと言うべきか。あるいは、事前に美里が来客があるかもしれない、と言っておいてくれたのかもしれないが。
やがて内線をかけ終えた女性事務員は、「今こちらに来ますので」とやはり愛想の欠片もなく簡潔に言うと、再び自分の仕事へと戻って行った。礼を言う間もありゃしない。仕方なく、慶悟はそこに留まるのも何なので、廊下に出て美里を待つ事にした。
壁に背を預け、いつもの癖でスーツのポケットから煙草を取り出そうとして途中で止める。手持ちぶさたに指を開いたり握ったりつつ、少しの間離れ離れになったニコチンを懐かしく思った。
やがてパタパタという軽快な足音と共に、依頼人が姿を現した。白いシャツにベージュのタイトスカートが真面目な印象を際立たせる。立ち止まると、濃い栗色のセミロングが肩で揺れた。
「あんたが小谷先生か?」
「はい。えっと…依頼を受けて下さった方ですよね?」
頷くと、美里の顔が一気にパッと明るくなった。その嬉しそうな様子に、思わず苦笑がもれる。
「まだ解決はしてないぜ」
「あ……すみません、つい……」
「ま、いずれそうなるさ」
ニッと不敵な笑みを浮かべて見せると、美里は心強いです、とでも言いたげにコクンと頷いた。
「とりあえず…一番最初に生徒が自殺した場所にでも案内してくれないか?」
ここに突っ立っているのも何だし、と付け加える。その場所が、式神が反応した場所という事もあり得る。もし違うならば、両方行ってみるだけの事だ。
「あ、はい。――こちらです」
並んで歩き出しながら、慶悟は美里に問いただす――と言えば聞こえは悪いが、草間が感じた彼女が隠しているだろう事、あるいはそのヒントでもさり気なく聞き出すつもりでいた。
「一番最初に自殺した奴は、どんな生徒だったんだ?あんたから見た印象は」
とりあえずは無難にこんなところからだろう、と会話の口火を切る。
問われた美里は、やはりまだ傷は癒えていないらしく、表情に影を落とした。本当ならあまり触れないでやりたいが、調査に当たってそういうわけにはいかない。自分は依頼解決のためにここにいるのだから。
「中村君は――とても、心の優しい子でした。大人しいけれど、心根の真っ直ぐな…真面目な生徒でした……」
脳裏に生前の彼の姿を思い出しているのだろう、噛み締めるように美里は言葉を紡いだ。
真っ先に、いじめられる生徒の典型例じゃないか?と冷たくはあるが思ったものの、口には出さなかった。あくまで自分は第三者だし、そこまで無神経でもない。階段を上りながら、代わりに再び質問を投げかける。
「あんたが担任だったのか?」
「いいえ。私は古典を受け持っていましたけど、担任だったのは事故に遭われた先生です」
ますます復讐による念の線が強くなってきた。もう一押し欲しい――
「成る程、その彼が自殺に走ってしまったのは、いじめか何か…」
「――違うわ!いじめなんかで――彼は自殺なんてしません!!」
唐突に廊下に響いた鋭い語気の強さに、慶悟は口をつぐむと思わず立ち止まった。叫んだ美里の形相が、恐ろしく強張ったのが見て取れる。何より目が違う。そう、まるで鬼気迫るような――
『「いじめなんかで」彼は自殺しない』?この教師は、いじめの事実を知っている…?
しばし言葉を出せずにいると、美里は肩で息をつきながら、ハッと我に返った。しばらく戸惑ったように自分の口元に手をあて、「ごめんなさい…私、何を……」と困惑気味に頭を下げる。そこに、先程の強烈な面影は微塵もない。
(何だ………?)
胸の中に、急速にもやもやとした違和感が生まれる。輪郭がぼやけてはいるが、確かに形を取っている。その奥にある、何か――
「…あ――着きました、ここです」
だがそれがまとまるより早く、美里がとある教室の前で立ち止まった。思考を中断させ、つられて自分も足を止める。
四階の右端、何の変哲もない教室。やや傾いてきたオレンジ色の淡い陽光が差し込み、時の止まったクラスを柔らかく照らし出す。机と椅子が整然と立ち並び、主人の生徒達を失った以外、変わったところは何一つ――
「!」
足を一歩踏み入れた瞬間、わかった。ここだ。先程校外で、式神が反応を示した場所は。
この場所が――全ての始まり。
「あの…じゃあ私、まだ仕事が残ってるんで、失礼します」
「――ちょっと待て」
呼び止めてから、しまったと思った。咄嗟の事で、ややキツイ口調になってしまった。先程の美里の変貌ぶりに、それに付随した違和感に慶悟自身もまだ戸惑っていたのだから、それが表れてしまったというものだろう。
案の定、美里はビクッと小さく肩を奮わせて振り返った。不安と脅えが入り混じった表情でこちらを上目がちに見遣る。こう警戒されては、会話の中で誘導し、さっきの核心に触れる事は出来そうもない。もっとも、彼女自身さえ無意識の言動だったのだろうから、突っ込んでも自分の望む解答が得られるかは怪しいものだが。
――仕方ない。小さく息をつくと、張り詰めた空気を解放するように慶悟は小さく笑って見せた。
「案内、ありがとさん」
その言葉に、美里は予想が外れた事で一瞬キョトンとした顔をすると、胸を撫で下ろしたように「よろしくお願いします」と柔らかく微笑んだ。教師の優しい微笑。今までの態度からしても、生徒からも慕われているんだろうな、とは容易く想像できた。
教室から半分体を覗かせ、一礼して去って行く女教師の後姿を見送りながら、その微笑みが頭から離れなかった。あの彼女に、笑みに嘘偽りはない。だとすれば――
まとまりそうでまとまらない。いや、答えはきっともう見えてきている。かすかではあるが、隠された糸口を自分は掴んでいる。それに手を伸ばす事に、広げる事に自分はためらっているのか――どうして?
真白い天井が、徐々に深みを増す茜色のグラデーションに彩られる。窓際の席まで近づくと、差し込む光が慶悟の髪をより鮮やかな黄金色へと染め上げた。連日鼠色に塗りつぶつれていた空の影は今日はなく、穏やかな空模様が一面に広がっている。
そのゆったりとした動きを見つめながら、フル活動していた脳を休めた。元々、どちらかと言えば自分は理論派よりは感情志向の人間だ。こうも複雑に色々考えるのは割りに合わない。――考え過ぎて動けなくなりそうで。
無性に煙草が恋しくなった。


<亡き語り部>

「ん……?」
一足早く教室に着いていた慶悟は、外から近づいてくる霊気にいち早く反応した。外と言っても、校舎内――廊下からだ。近い。考える暇もなく、迎えるべく扉を開け飛び出す――と。
「あっ…」
「お?」
「あれ!?」
三者三様の声が重なった。全力疾走してきた千里と沙耶が急ブレーキをかけ、荒く息をつきながら慶悟を見上げる。慶悟もやや驚いた面持ちで、聖南制服姿の二人を見下ろした。
「真名神さんがここにいるって事は、ひょっとして……」
「お前達もか?」
「『も』って事は…やっぱり」
三人とも、以前別の依頼で顔見知りの仲である。本来ならここで軽い挨拶でも交わすところなのだが、千里と沙耶は慌てた様子で辺りをキョロキョロ見回しながら教室を覗いた。
「あのっ…ここに、彼、来ませんでした?」
「来たって…ひょっとして、さっき感じた霊気の主か?」
「そう!見なかった!?」
「いや…俺が廊下に出た時にはもういなかったな」
慶悟の言葉に、「え〜!?」と声を上げる千里とがっくり肩を落とす沙耶。
「誰なんだ?あれは」
「最初に自殺した子。音楽室で会って、追いかけて来たんだけど……」
「――その子って、中村翔太君?」
ふいに反対方向から女性の声が響いて、三人は一斉に視線を向ける。
「シュラインさん!」
「こんにちは。あら、三人だったのね、依頼受けたの」
顔見知りな三人に声をかけながら歩み寄るシュラインと共に、今度はシュライン以外の三人には見知らぬ男が現れる。いや、正確には三人ではないのだが――
「こんちは。俺が、依頼仲介人の三条巴(さんじょう・ともえ)。今回は依頼受けてくれてあんがとさん」
濃紺のシャツに外したグラサンをかけ、輝く金色と闇色の瞳を持つ青年は気さくに三人に声をかけた。外見と中身のギャップはなかなか激しい。若干戸惑いながら三人が挨拶を返そうとしたその時。
「!?!?」
一瞬の間を置いて。目をむいたのは慶悟である。唐突な既視感。頭の中で長髪と化粧を取ってみる――巴を指差し凝視する事しばし。
「あ、あんた………」
「よう。昨日はまいど〜」
にっこりと営業スマイルで手を振る巴。その姿と、昨日の女性の姿が慶悟の中でどうにも重なら…むしろ重なって欲しくない――考えてみれば、女性にしては背が高いし声が低めではあった、だが、足だってツルツ――(以下略)
「?真名神君、知り合い?」
シュラインの言葉に、千里と沙耶も不思議そうに彼を見上げる。その慶悟と言えば、珍しくも冷汗を流しつつぶるぶるとかぶりを振り、脳内混乱のため巴に食って掛かった。
「待て!どういう事だ、認めないぞ俺は!」
「まあまあ、現実を見ようぜ、青年」
「あんた、カマだったのか!?騙されたじゃねーか!」
「カマ!?」
事の成り行きがわからずに静観していた女性三人の声が見事にハモる。一様に珍奇好奇の視線を巴へと向けた。しかし当の本人は悪びれた様子もなく、飄々とした調子で答える。
「そりゃオカマさんに失礼だ。俺は実益のため。いやー、あの格好お客サンが喜んでくれるのなんの。…って…見ろ、シュラインとお嬢ちゃん達が引いちまったじゃねーか」
巴が女性三人を手招きする。ハッ、といち早くいつもの冷静さを取り戻したシュラインが、コホン、と軽く咳払いすると教室を指差した。
「とりあえず立ち話もなんだから、中で話しましょう」
無論他の四人に異論があるはずもない。夕陽もやや頼りなくなってきた教室の電気をつけ、それぞれ思い思いに椅子に腰掛けたり壁に背を預けた。走り続けてきた千里と沙耶は、ややぐったりと机にその身を投げ出す。
「それぞれ報告の必要があるな。じゃあまずは俺から。調査の角度は違うが、多分行き着く所は同じだと思う」
前置きしてから、最初に慶悟が調査の結果を話し始める。続いて千里と沙耶、最後にシュライン。全てを話し終える時には、陽は完全に傾き夕闇が辺りを支配始めていた。
「――で、これがその遺書」
そう締めくくってシュラインが茶色のノートを机の上に置く。やや薄汚れたそれに、皆の視線が集中した。規則正しい時計の音と、誰かが生唾を飲む音が静かな教室内に響く。
「正確に言うと、遺書とは違うかもしれねーなぁ」
その緊張を緩和したのは、ベランダで一人煙草を燻らせていた巴。慶悟が、俺だって我慢してるのにあの野郎、と恨みがましそうな視線を向けた。
「どういう事?」
千里のもっともな疑問に、冷たくなってきた風に白煙を吐き出しながら巴がノートを指差す。
「悩んではいるが、自殺の意図が見えないからさ。さしずめ生前の日記、ってとこか」
「!!」
驚いたのは千里と沙耶。かすかに反応を示したのは慶悟とシュライン。後者の二人は調査過程で、少なからずその可能性に突き当たっていたからだ。慶悟は依頼人の美里の言葉で、シュラインは事前の勘と、客観的な事件の記事で。
「で、でも自殺じゃないとしたらどうして――」
「…そこまではわからない。読み取れるのは――いじめがあった事実と…それに立ち向かおうとしてた本人、それを支えた依頼人、ってとこか…」
困惑する沙耶に、ノートをめくりながらざっと目を通した慶悟が答える。
「でも最初の自殺、現場には靴が揃えられていて、遺書もあったって…」
調査メモを取り出しながら、千里が確認する。それについて、シュラインが顎に手を当てて何か思案するように天井を見つめた。
「…それが工作だとしたら…?」
「…え…?」
「本当は最初の事件は自殺なんかじゃなくて――事故。それを引き起こしてしまったのがいじめてた生徒達だとしたら?事故を誤魔化すために、遺書と靴を揃えたとしたら――」
でもそうすると、自分を自殺に追い込んだ人々への復讐――という構図が霞んでしまう。ましてや、日記の中で彼はそれに屈しようとはしていなかった。死してなお、強烈な怨念を抱くとは考えにくい。
腕を組み再び考え込むシュラインから視線を戻すと、慶悟は日記をめくる手を止めた。日付は最初の事件の前日。そこから後ろは当然の事ながら余白だ。空しく広がるその白が、空虚さを醸し出してやや心を重くする。
『明日、きっぱりとアイツらに言おう。言って、元通りの関係に戻れないか、説得してみよう。もし上手くいったら、小谷先生に真っ先に報告をする。難波先生は耳も貸してくれなかったけど、自分の事のように相談に乗ってくれた小谷先生なら、きっと喜んでくれるに違いない――』
『小谷先生』の文字が、無性に慶悟の目を引いた。黙ったまましばし最後の文を見つめ、パタンとノートを閉じる。
「…依頼人と中村翔太、親しかったってのは本当みたいだな」
「そう、そこなのよね!あたし達も聞いて驚いたけど、それなら事前に小谷センセも言ってくれればいいのにさ〜」
「………………」
「あの…真名神さん、どうかしたんですか?…小谷先生が、どうか…?」
やや遠慮がちに沙耶が尋ねる。同じように首を傾げる千里、そして何かを嗅ぎ取って慶悟を見つめるシュライン――
「それは――お前の口から直接聞きたいんだがな」
言い放った慶悟が、静かに後ろを振り向く。ベランダに出ていた巴は既に教室の中に入っていた。その彼が元いた位置に、ひんやりとした冷気と共にゆっくりと『何か』の気配が現れ始める。直接には霊感のない千里とシュラインの目にも、それが何であるか――誰であるのかがわかった。
学ラン姿の、男子生徒。青白い顔に悲しそうな表情を浮かべて、ただそこに佇んでいる。
「中村翔太君…ね?」
幽霊の存在は怖いとは思わないが、実際目の当たりにする事は稀である。そういえば――中村君が飛び降りたのは四階だったはず…そしてここも四階――現場なのかもしれない。だから彼の姿が私にも見えるのかも…やや緊張した声音でシュラインが尋ねた。
『………おね…………い………』
『彼』は小さく口を動かした。だがその声は、先程音楽室で千里と沙耶が聞いたように、途切れ途切れになって皆の耳に響く。人一倍の聴覚を持ったシュラインにも同様だった。
「ね、何か言いたい事があるのなら私の体を使って!」
怖がりの沙耶がペンダントを握り締め、勇気を込めて呼びかける。霊は苦手な存在だが、今目の前にいる『彼』はちっとも怖くない。『彼』に害意がないせいかもしれないけれど。そんな貴方を助けたい――その沙耶の心が届いたのか、少年は優しく微笑んで沙耶を見た。
『……先生……を………助け…て………』
「!!」
なんとか言葉を形にした『彼』が、すっと腕を上げて何かを指差した。自然と、その先を追って窓の外を見遣る――
「――ねぇ!!あれ、小谷先生じゃない!?」
真っ先に叫んだのは千里だった。間違いない。さっきまで自分達がいた校舎の屋上に、昨日会ったばかりの美里の後ろ姿が見える。更にもう一人、あれは――生徒?
見極めるにはやや遠く、千里と沙耶は気付かなかったがそれは先程、二人がここに来る途中廊下でぶつかった男子生徒だった。そして彼女達の聞き込みで出て来た、中村翔太の友人で唯一生き残っている一人でもある。
「――行くぞ!」
慶悟が教室の扉を乱暴に開け、勢い良く走り出す。すぐさま後を追うシュライン。やや混乱気味ながらも感覚的に緊迫状況を悟って、続く千里、沙耶。女子高生の二人は走りながら、交互に慶悟に説明を求める。
「ねぇっ、どういう事!?」
「……………」
「真名神さん…!」
「今回の事件――犯人は、彼女なのかもしれないわ…」
黙り込んだまま前方で走り続ける慶悟に代わり、シュラインが代わりに答えた。その表情は沈痛で、ある事実に彼女の背を戦慄が走り抜けていた。――一週間、金曜日、夜――今日。
「ええっ!?」
「…そんな……」
驚いたのは尋ねた二人だ。特に千里に至っては、前日の対面で美里の人柄に直接触れている。信じられない気持ちは人一倍強い。だがそれは今日美里と話をした慶悟も同様である。もっとも彼はあの時感じた違和感を、現実として今目の前に突きつけられようとしているのだが。
いずれにしても四人の願いはただ一つ。その想いを胸に、彼らは一気に廊下を走り抜けた。

「いい奴らが集まったな」
一足遅れて教室から出た巴は四人の後姿を見送りながら、口端に微笑を乗せて短くなった煙草を携帯灰皿に揉み消した。
「お前は――黙って見物か?」
静寂が返った教室。そこに『彼』の姿はもうないのだけれど。


<彼女の真実>

私はどこにいるのかしら。
私は何をしているのかしら。
私は何を望んでいるのかしら。
私は……
私…………


………中村君………


「待て!!」


誰?
誰なの?
邪魔をするのは…


「先生!」


センセイ…
私?
センセイ、センセイ、センセイ
呼ばないで…
呼ばないで…!
私は先生なんかじゃない
ふさわしくないの
だって
あの子を…救えなかった
たった一人も
だから……


四人が屋上のドアを開け放った時。真っ先に目に飛び込んできたのは、手すりを背に座り込み、こちらを向いて真っ青な顔で震えている男子生徒の姿だった。そして彼と自分達の間に、こちらに背を向けて静かに佇んでいる女性の姿がある。
「あ……あ……た、助けて……!」
少年は脅えた表情でそう口にするとよろめいて立ち上がり、四人の後ろへと隠れるように回り込む。その動きを追って、彼女はゆっくりと振り返った。
「………先生」
先頭の慶悟が眉を寄せる。ついで千里は、美里の表情を見て小さく息をのんだ。そこに、昨日の優しい女性の面影は全くない。
彼女の目は虚ろで、自分達を通り越して別の何か――ターゲットの生徒――を見ているようだった。まるで何かにとりつかれたかのように、禍々しい、それでいて静謐なオーラが夜気に紛れて辺りを支配している。
「シュラインさん…」
「…ええ。おそらく、彼女は――」
小声で沙耶とシュラインがやり取りを交わす。今の彼女に正気は見られない。そもそも、人柄からして一連の事件を彼女が意識的に起こせるとは思い難い。もしそうだとしたら、自分から依頼を持ち込む事なんてあり得るだろうか。シュラインと沙耶、ましてや慶悟と千里には彼女がそれほど厚顔無恥な人物だとはどうしても思えなかった。
とすれば――導き出せる答えは一つ。彼女は無意識のうちに罪を犯している。もっとも、それは意識の根底にある想いがそうさせているのだろう。だから余計にタチが悪くもある。元々特殊な力を秘めていたのか、中村翔太の死によって開花されたのか、そこら辺はわからないが。
罰せられない者に断罪を――中村翔太の死の真相を知らない彼女の願いは、心情的にわからなくはない。だがそれを認めるわけにはいかない。止めるために、自分達はここに来たのだから。
「シュライン、三人を頼む」
慶悟が、四人を守るように一歩前へと踏み出す。シュラインは小さく頷き、年少三人を後ろに下がるよう誘導した。
まずは『彼女』を正気に戻さなくては文字通り話にならない。そしてその役目と言えば、陰陽師たる自分の役目だろう。
懐から取り出した札を手に、慶悟は『彼女』と対峙する。夜風が緊迫した空気を煽るかのようにはためき、漆黒の空へと一直線に駆け上がっていく。
「……先生、もう止めろ」
油断なく構えつつ、声をかける。もし彼女が攻撃してきたら、それを防がなければならない。だがこちらから直接攻撃する事はなかなか難しい。『彼女』は紛れもなく『小谷美里』で、ただ倒せばいいだけの敵とは訳が違う。
「アイツ――中村翔太は、自殺じゃないんだ」
反応が無かった『彼女』が、ピク、と腕を動かした。――イケる?説得の可能性を信じて、慶悟は言葉を続ける。
「だから、もう復讐の意味は――」
ないんだよ、と続けようとして、慶悟の目が大きく見開かれる。瞬間、地を蹴って大きく後ろへと跳び下がる。直後、慶悟のいた位置を雷のようなものが鋭い破裂音を立てて突き刺した。コンクリートの地面がややえぐれ、闇の中に白い煙が上がる。
「真名神さん!」
「大丈夫だ!」
沙耶の悲鳴に慶悟が短く答える。『彼女』は上げた腕を下ろし、再び視線を男子生徒へと向けた。
その間に割り込みつつ、内心歯噛みしながら考える。――彼女には自分の言葉は届いていた。だが、撃って来た。何故だ。何故外した?わざと。十分に避けられるタイミングで。
警告。本気。意志。
「……あんた――もうわかってるんだろう?」
『……………』
「生徒を死に追いやる事が、どんなに無意味で罪な事か――」
『……………』
「なのに――なんで止まらないんだ!」


わかってる
わかってるの

止まらない
止められない
決めたのは私
彼の死
直接的にではなくても
追いやった全員
許せない
認めないの
罪を
だから
もう

一人

ゴメンね

一人

ゴメン

一人

ゴメン…

私も
その一人


『彼女』の揺れていた瞳に、光が宿った。虚ろだった目はそこにはなく、彼方に封じ込めた意志が戻ったかのようだった。だが悲しいかな、それは説得に応じた人間のものではなく、最後の力で使命を達成しようとする決意の表れだった。
「……ごめんね」
何への、誰への謝罪なのか。ポツリ、と。泣き出しそうな微笑を浮かべて、男子生徒を見つめながら美里は呟いた。冴え渡る月の光が、彼女を優しく照らし出す。
「これで――最後。貴方を殺して、私も死ぬわ」
「ヒッ………!」
「先生!!」
呼んだのは、誰の声だったのか。はたまた、全員だったのか。
動けないでいる四人の調査員を見つめて、彼女は寂しげに微笑んだ。その背後に、ぼんやりと白い影が見える。おそらくそれが、彼女の創り出した偽りの中村翔太――教師の事故車にとりついた、二人の生徒を追い詰めた、その存在の『元』なのだろう。
「貴方達まで巻き込んでしまって――ごめんなさい。興信所に行った時はわからなかったけれど――今ならわかります。私、です。私が一連の事件を起こしました」
「……先生……」
「…どうして、気付かなかったのかな……。ふらっとね、意識がなくなる時間があったんです。それが毎週金曜日の夜だった……。私、とても恐ろしい事をしてたんですね」
それは私の望みだったんですね――落ち着いた声音で、淡々と語る美里。それが逆に、静かな、強い、揺らぐことの無い何かを感じさせる。肌に、突き刺さる――
(間違っているとわかってるのに、何故止められないんだ――)
苦々しい表情で小さく舌打ちすると、慶悟は後ろを振り返り声を小さくして千里に呼びかけた。
「もう一度探してきてくれ、沙耶と一緒に。お前の能力なら、きっと見つけられる」
「え!?探すって……何を」
「……中村君、ですか?」
沙耶の言葉に、慶悟が頷く。おそらく防ぐ事なら自分達だけでできるだろう、力ずくで。ねじ伏せて。だがそれでは何も解決しない。本当の意味で彼女を止めるには――助けるには、やはり彼の力を借りるしかない。
顔を見合わせてお互い頷き合うと、千里と沙耶は階段へと駆け出した。シュラインは脅えきってロクに動けない男子生徒を促しつつ、後ろに下がる。聡明な彼女は、戦闘にて自分が足手まといにならないように振る舞う術を心得ていた。また、この生徒を今逃がしても余計に危険だという事も。
その様子を横目で見ながら、慶悟は再び美里と向き合う。
「真名神君、…気をつけて」
「ああ。アイツらが戻ってくるまでは――仕方ない、先生。怪我したら悪い」
先に謝っておくぜ、と付け加えて。それだけ気の抜けない事を肌で悟りつつ、慶悟は札を一旦仕舞うと指で印を結び始めた。


<攻防>

「オン・キリ・ギャク・ウンソワカ………」
真言を唱えながら、梵字を頭の中に思い浮かべる。体中を取り巻く陰陽の気が調和され、緩やかに流れ始める。霊力が血管を伝うように手足の隅々へと行き渡り、頭と手の一点、集中力を一気に高める。
美里は動かない。夜風に柔らかい髪を揺らし、真正面から慶悟の様子をただ黙って見つめていた。何を考えているのか、その思惑は穏やかな表情からは読み取れない。――先手必勝に限る。
「ノーマクサンマンダー・バーザラダン・カン!」
不動明王の力を借りた真言を唱え、指で素早く剣印を結ぶ。そこを切り口として全身より発せられる青い波動が、輪を描くようにして一直線に美里へと襲い掛かる。【禁呪】――多少の衝撃はあるだろうが、相手の動きを封じてしまうにはもってこいだ。これでカタがつけば言う事はない――
美里の反応は決して早くはなかった。元々ただの一教師の彼女である、特別戦闘に長けているはずはない。気を引き締めてはいたが慶悟はそう予想していたし、それは事実でもあった。が――
「!?」
急激に、目の前の美里から生気が消えた。そのまま慶悟が放った呪縛を受け、先程のように一瞬にして存在自体が虚ろになる。戸惑いながら美里を見つめると、ふいに後方から強い霊気を感じた。
「わ…ッ!?」
男子生徒の悲鳴が響いた。慌てて振り返ると、生徒は手すりを飛び越えており、反対側の狭い足場で今にも屋上の淵から落ちそうになっていた。手すりの間から手を伸ばしたシュラインが、慌てて彼の腕を掴んでいる。その上空に、白い影――先程美里の背後に見えたモノがゆらゆらと揺れていた。それが取っている姿形はまさしく美里本人そのものだが、幽霊の如く白く変わらない表情で、強い霊気と見るからに邪悪な波動が『彼女』の周りを取り巻いている。
どうやら今の仕業は『彼女』のものらしく、男子生徒がまだ落ちないと知るや、再び掌をかざし鋭い衝撃波を放とうとしていた。
「止めろ!――オンシュチリ・キャラロハ・ウンケンソワカ!」
大独股印を結び、大威徳明王の真言を唱える。同時に、札を『彼女』に向かって投げ打った。札はナイフの如く『彼女』目掛けて鋭く飛び、化鳥の姿を取ると炎の軌跡を描いて間一髪避けた『彼女』の脇辺りをかすめ虚空へと消える。
「…っ……」
すると。呪縛に囚われて身動き取れないでいる美里本体が、小さくうめき声を漏らした。見ればその白いシャツの右脇腹辺りが、かすかに朱に染まっている。
「何……?」
驚きに、慶悟は大きく目を見張った。瞬間、体勢を立て直した『彼女』が、交互に手を振って鋭い風の刃を慶悟と男子生徒、両方に叩きつける。
「わぁっ!!」
「きゃっ!!」
慶悟と違い、不利な体勢でかわせなかった男子生徒は足を切り裂かれてもろにバランスを崩し、一気に闇の奈落へと転げ落ちそうになった。が、シュラインが捕まえていた腕が命綱代わりとなり、ぶらん、と手すり越しにぶら下がった状態となる。
「シュライン!」
「大丈…夫……!!」
口ではそう言いながらも、男子高校生一人を腕一本で支えるのは容易ではない。ましてや女の細腕である。もう片方の手を伸ばし両手で必死に捕まえながらも、シュラインの額に汗がにじんだ。
すぐさま駆けつけようとした慶悟だったが、『彼女』に行く道を阻まれてしまう。繰り出される『彼女』のかまいたちを術や身のこなしでかわしながら、もう一度呪縛を試みようとして、ふと嫌な予感が頭をかすめた。反撃はそのまま美里本人に返る――まさか、呪縛も?いや、さっきの攻撃の時『彼女』は身をかわした、という事は直撃を食らえば少なからず効いてくれるはず――
「あっ…!!」
時間にして数秒、だがその間にもシュラインの筋力は限界に達しようとしていた。重みに耐え切れず、ズルッ、と掴んでいた腕が滑る。まずいわ――焦ったシュラインの脳裏に最悪の事態が浮かんだ――その時。
「!」
パシッと生徒の腕を別の誰かの手が掴んだ。グイッとそのまま体を引き上げると、生徒の体をヒョイ、と手すり越しにシュラインの側へと押した。手すりを越え、転がるようにして生徒は死の淵すら生還する。
「グッタイミーング」
「三条さん…」
「大丈夫か?」
「ええ」
いつのまに来ていたのか、呆れたようなホッとしたような表情で、シュラインは仲介人の顔を見上げた。足場の悪い手すりの向こう側で平然と佇み、シュラインの無事を確認した巴は目を細めて笑うと頷いた。そして笑みを消すと、小さくため息をついて転がったまま震えている男子生徒を見下ろした。
「お前みたいなアホでも、死んだら悲しむ親御さんがいるんだよなァ…。まあ一番は、あの子にこれ以上罪を重ねて欲しくないっちゅーか」
しみじみと呟く巴の言葉にシュラインは頷いて同意を示し、慶悟と対峙する『彼女』を見遣った。
慶悟の方は巴の出現による生徒、シュラインの無事を確認し、再び前を向くと札を手に取る。『彼女』は再三手を掲げ――

「先生!!」

その時。誰かの、声が響いた。


<罪と救い>

「先生!!」
沈黙と均衡が破られた。
開け放たれた扉から響いてきた声に、全員の動きが止まった。皆の視線が一点に集中する。現れた沙耶と千里。だが沙耶の様子が明らかに普段の彼女ではない事を、それぞれ瞬時に感じ取っていた。そしてまた、『彼女』も。自分が目にしているものが――あるいははっきりと見えていたのかもしれない――信じられないといった表情で、呆然としながら沙耶を凝視している。やがて白い影だった『彼女』は空中へ溶け込むように姿を消し、代わりに腹部に浅い傷を負った本体の美里が、小さく口を震わせながら沙耶――いや、沙耶の体を借りた中村翔太に半信半疑で呼びかけた。
「中村……君……?」
「先生――もう、止めてよ」
静かに歩み寄ると開口一番、翔太は本題を切り出した。今にも泣き出そうな、切ない表情で。それは翔太のものであり、沙耶のものでもあった。
だが美里の方は、宥めるように翔太である沙耶の黒い髪をそっと撫で、ゆるゆるとかぶりを振る。
「どうして――!」
「……ごめんね……。…駄目なの。もう……遅いの」
「そんな事ないだろ」
割って入った慶悟の声に、美里がゆっくりと振り返る。スーツの汚れを軽くはたいて落としながら、慶悟は真剣そのものな瞳で美里を見返した。同時にパチン、と指を鳴らして美里の呪縛を解く。ある意味それは賭けでもあった。そして彼はそれに賭けた。
「間違ってる事を止めるのに、遅くなんてあるものか」
今でもなお、慶悟信じて疑わない。――美里はわかっているのだ、自分の過ちを。わかっていながら自分で自分を縛っている。そんな馬鹿な事があってたまるか。
かすかに、美里の瞳孔が揺れた。翔太の登場により、突破口が開けた。大丈夫、今度こそ、止められる――止めてみせる。
「…小谷さん」
沈黙を守っていたシュラインが、やや乱れた前髪をかき上げて美里に声をかける。
「貴女を先生と呼ぶ生徒がいる限り――貴女は、先生なんじゃないかしら。先生なら、生徒を悲しませるのは、不本意でしょう?」
言って、沙耶の姿を借りた翔太を視線で示した。シュラインらしい言葉を選んだ冷静な説得ではあるが、彼女もまた、今回の事件によって翔太が傷付いている事を感じていた。自分の死による呪いとの噂、その中傷だけならまだしも、その名を借りた恩師の凶行。ただ見る事しか出来なかった彼は、誰よりも歯がゆかったに違いない。
「……………」
「逃げないでよ先生!」
視線を落とし黙り込む美里に、三番目に発破をかけたのは千里。脳裏に、優しく迎えてくれた美里の姿が浮かぶ。つい昨日の事なのに、なんだか随分遠い――
難しく考える事は彼女の性に合わなかった。だけど、美里がしている事は間違っている。それはわかる。誰も救われない、皆が傷付くだけだ。そんな悲しい事は一刻も早く終わらせるべきなのに。
「もう後戻りできない、なんて言い方で逃げないで!」
ビクン、と美里の細い肩が震えた。逃げる――自分は逃げている……。…ああそうだ、きっと最初から――
「先生……」
『小谷先生……』
翔太と沙耶の重なった声が、美里の胸の奥にゆっくりと浸透していく。双眸に映った目の前の翔太と沙耶の顔が波紋に揺らぎ、溢れた涙が一筋頬を伝った。
――貴方の自殺が受け入れられなくて。追い込んだ人達が許せなくて。それを止められなかった自分が、何より許せなくて――無力な自分から、変わらない現実から逃げるために、復讐を、貴方のためと言いながら実際は貴方のせいにして、断罪という大義名分で尊い命を奪った――
「………ごめん…なさい………」
ペタン、と気が抜けたように、美里がコンクリートの上に座り込んだ。涙は留まる事を知らず、ただ「ごめんなさい」と謝罪の言葉を呪文のように繰り返す。途切れ途切れの嗚咽が、静か過ぎる夜にどこまでも響いた。
誰かが、つめていた息を吐き出す。と同時に、翔太が屈んで、泣いている美里の頬を優しく拭った。美里はせきを切ったように泣きながら、翔太である沙耶の顔を見上げる。その沙耶の体の周りが、白く輝く浄化の光に徐々に包まれつつあった。
『先生、僕は…許すよ。だから、きっと罪を償って。先生ならできるって、信じてるから』
「……中村……君………」
『先生と先生のピアノ…好きだったな。たまには――聴かせてね………』
翔太の声と姿が遠くなる。集まった光は膨張し、目が眩むほどの燦然たる輝きに、皆が思わず手をかざした。やがて光が収まった後、そこにはただ夜空を眺める美里の姿があった。そこに、昇って行った翔太の軌道を見ているかのように。その隣には、気を失った沙耶が倒れていた。慌てて千里が駆け寄り、頬をペチペチと叩いて起こす。
「沙耶ちゃん!大丈夫?」
「…ん………。……千里……?」
「――終わったな。皆ご苦労さん」
チャイムの代わりを告げるように、煙草の箱を取り出しながら巴が口にした。
「……巴……さん……」
依頼人と仲介者――美里は今初めて、巴がその場にいた事に気付いたようだった。事実、男子生徒を助けた後ずっと同じ場所にいたのか、それとも今までどこかに潜んでいたのか、その気配を不思議な事に誰も覚えてはいなかった。またそれどころじゃなかったというのもある。
顔見知りに会って余計に気が緩んだ美里に、歩み寄りながら安心させるように巴が笑いかけた。ポンポン、と子供にするように美里の頭に手を乗せる。
「死にゆく人間が願う事なんざ、いつだって生きてる人間の幸せだけだ」
なぁ?と煙草をくわえ、同意を求めるように夜空を仰いだ。ついで四人の探偵も同じように、いつの間にか半月を彩っていた満天の星を見上げる。


救われた彼の魂が、いつまでも穏やかならん事を。
願わくば彼女の道程を、ずっと照らしてくれるように。


<Afternoon Cafe>

曇り一つないガラスから、七色の輝きをまとって柔らかな日差しが店内を照らし出す。連日人間達を悩ませていた小雨の気配は完全に立ち消え、からっと晴れた汗ばむ初夏の気温に、道行く人々はハンカチや日傘を対策アイテムとして往来を行き来していた。
バー『Spectrum』は夜の姿とは打って変わり、喫茶店としての明るく爽やかな空気が辺りを満たしている。クーラーの効いた空間にゆったりとした音楽が流れ、穏やかな午後のひと時を演出していた。ただ夜同様、やはり女性客の方が多いようで、店内やオープンカフェにはランチを楽しみながら話に花を咲かせるOLの姿がちらほらと見受けられた。
その一角に木の丸テーブルを囲み、コーヒーと紅茶を前にした男女の姿がある。金髪の陰陽師と黒髪の翻訳家、慶悟とシュラインであった。慶悟は煙草を燻らせながら夜と趣きの違う店内をどこを見るとでもなく眺め、シュラインは紅茶のカップに口をつけながら、写真入メニューのデザートを真剣に吟味していた。そのメニューに、ふっと影が落ちる。
「いらっしゃいませ、お客様」
やや茶化した口調で、お盆を手にしたウェイター姿の巴が現れた。制服姿以外に先日会った時と違う事と言えば、カラーコンタクトでもしているのか、慶悟が(女装バージョンを)見た時と同じく両方とも漆黒の瞳だった。
「今日はあの姿じゃないわけか」
見上げながらやや皮肉を込めて、慶悟が煙を吐き出す。場所が場所だけに、苦々しい思い出が改めて蘇ってきた。ふふん、と癪に触る余裕の笑みを浮かべて、巴が慶悟のカップに二杯目のコーヒーを注ぐ。
「残念だったな、あれは夜勤用だ」
「期待してねーよ」
「あら、私はちょっと見たかったな」
どこかで執筆ネタになるかもしれないし、とたくましいビジネスウーマンぶりを発揮してシュラインは冗談めかすと笑った。
「なら今度また夜に来てくれ、武彦でも連れてさ。もっとも、奴は嫌がるだろうけど」
可笑しそうに笑いを堪えながら、巴はシュラインの前に皿を置く。その上には女性を一瞬で虜にしそうなシフォンケーキが、可愛らしくトッピングとムースでデコレーションされていた。
「新メニュー。試しにどーぞ」
「試しって、毒味役なの私は……。頂くけど」
「俺には何もナシか、おい」
「甘い物は女性の特権だろ」
「誰が決めたんだよ、それは」
「この店ルール。女尊男卑?」
不毛な議論を交わす男性陣を尻目に、甘さ控えめのケーキに幸せそうにフォークを刺すシュライン。すると「ともちゃん休憩入っていーよ、友達来てるんだろ?」とカウンターからマスターが声をかけた。当然ながら夜のママとは違う人物で、白いものが混じった頭にチョビ髭という、いかにも温厚な喫茶店のマスターという容貌だった。
「あんた――知ってただろ、小谷美里の事」
巴が椅子に腰を下ろした途端、足を組み直した慶悟は切り込むような口調で尋ねた。
「そりゃここの客だったし、仲介したのは俺だからな」
「とぼけるなよ。彼女が一連の犯人だったって事を、だ」
シュラインが、ピク、とフォークを操る手元を止めた。そのまま黙って巴の顔を見遣る。巴はくわえた煙草に火をつけながら、「ああ、知ってたよ」とあっさりと肯定した。
「何故それを先に言わなかったんだ。そうすれば、俺達は直接小谷美里本人に辿り着けた」
責めるような言葉に、一息入れて美味そうに煙を吸い込みながら、巴は空中にぐるぐると指で輪を描いた。
「急がば回れ。確かに手間は省けただろうな。お前が彼女のあの力を封じさえすれば、もう事件は起きない。でも彼女がこの先罪を背負って生きていく事はなくなる。綺麗に死ぬか現実逃避か――どっちかだろう。それは俺もお前達も望んでなかった。だから調査して欲しかった、知って欲しかった。彼女の人柄も含めてな」
「……………」
黙り込む慶悟。薄々勘付いてはいたが、やはりそういう事か。なんだか踊らされたようで気に入らなかったから、こうして問い詰めてはみたけれど。確かにそんな結末は自分も望んでなかったから、納得してやるとするか。――黒い液体を一口、程よい苦味と香ばしい匂いが一気に口の中に広がった。
「罪…か。彼女、これからも教師を続けるんでしょ?…苦しいわね」
殺人手段が霊的要因では、警察に自首する事は出来ないだろう。同情を含んだ声音で、シュラインがポツリと漏らした。巴が、「お嬢は優しいな〜」とからかい、「もうそんな歳じゃないわよ」とシュラインが軽く睨む。
「彼女はそれだけの事をしたからな。殺された生徒にも親や友人がいる。中村翔太と同様に、悲しむ人がいる。彼女の罪は決して軽くは無い。だから生きて苦しまないと」
「………三条さんて、意外と厳しいのね」
シュラインのツッコミに、「そりゃね。友達だからな」と巴が初めて柔らかく微笑んだ。
「オッサンだから、説教臭いの間違いだろ」
湿っぽくなった雰囲気を破るように、慶悟が意地の悪い笑みを浮かべて毒づく。
「失礼な、お前と……お嬢とは大して変わらねーぞ」
「…どういう意味よ三条さん……」


喫茶&バー『Spectrum』には、幾つもの笑い声が生まれては消えていく。
いつか、彼女も心から笑える日が来るといい――三者三様の願いを乗せて、今日の午後も過ぎていく。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/ 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【0165/月見里・千里(やまなし・ちさと)/ 女 / 16 /女子高校生】
【0230/七森・沙耶(ななもり・さや)/ 女 / 17 /高校生】
【0389/真名神・慶悟(まながみ・けいご)/ 男 / 20 /陰陽師】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、新人ライターの池田明良です。
この度は依頼を受けて頂き、誠にありがとうございます。初のお仕事という事で少なからず緊張気味だったのですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。書き終えてから、題名を間違えた気がしなくもないですが(笑)
今回参加して頂いた皆様、ほとんどが良心的な方で結果、とても良い形で依頼を終える事が出来たと思います。お疲れ様でした。それぞれ調査の方法は異なっていますので、お暇な時にでも他の方々の行動に目を通して頂ければと思います。
皆様の描写等、かなり想像力を膨らませた部分もありますので、ご意見・ご感想等あればお気軽にテラコンよりご連絡下さい。

真名神慶悟さん。
ライター池田初の依頼、一番乗りして下さったのは貴方でした。とても嬉しかったです、ありがとうございます。
格好良いキャラクターカードを拝見し、これはお酒を飲んでもらわねばと『Spectrum』に一名様ご案内と相成りました(笑)そのせいか、なんだかNPCである巴とのやり取りが多くなってしまい申し訳ありません(汗)
ちなみにあの絵からバーボンを想像して、勝手にお酒の銘柄を考えさせて頂きました。煙草までは流石に分からなかったのですが、決まった銘柄がおありでしょうか?(個人的にはラッキーストライク辺りかな、とか思ったりしたのですが)<細かいって
陰陽術とか、手加減の攻撃だったためにいまいち迫力や派手さに欠けてしまい、こちらも申し訳ないです。術の発動等、お気に召して頂けるかとても不安なところです。
個人的に『クールに見えて激情家』、結構ツボでした(笑)イメージ通りに表現出来ていると良いのですが……。


それでは、今回は本当にありがとうございました。またいつかお会いできる事を祈りつつ、失礼致します。