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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


大江戸奇談〜喧嘩屋三昧〜
 毎度ご贔屓になっております。手前は、江戸‥‥あ、いや、今は東京と申すのでしたな。かの地にて、茶菓子屋を営みます華菊屋惣兵衛と申します。何? ずいぶんと古めかしい名前とおっしゃる。いやいや、これでも昔は、そこいらによくある名前。手前も、そうは申しますが、二十歳を少し過ぎた程度の若輩者でございますよ。
 まぁ、それはともかく。
 手前どもの店は、権現様ご入府以来の由緒ある老舗でございますが、何しろ古い店。いろいろと、『いわく』のある品々も多数あることを、察していただきたいかと。そのいわくある品々の中で、最も摩訶不思議なものが、手前どもの店にあります『開かずの扉』でございます。
 いつの頃よりその戸が開かなくなったのかは存じ上げませんが、さて開けようとしても、重く鍵がかかったまま、びくとも致しません。その鍵の所在も、ようとはしれず。手前もこの店をついでから、扉を開けようとは致しませんでした。
 ところが不思議なことに、お客様の中で、妙なお話をされる方がちらほらといらっしゃいまして。
 いわく、言い争うような声が聞こえるとか。
 いわく、威勢のいい挨拶のような声が聞こえるとか。
 いわく、大人数で喧嘩をしている様な怒声が聞こえるとか。
 いわく、酒の席で騒いでいるような音が聞こえるとか。
 中には『表に出やがれ!』とか、『おひけぇなすって!』とか、『わしの顔に泥を塗るつもりか!』なんぞといった言葉が、聞こえるとか、聞こえないとか‥‥。
 それからと言うもの、誰も不気味がって、扉に近づこうとも致しませぬ。何しろ店に伝わる『華菊屋縁起書』には、どうにかして扉をあけ、その向こうに消えたまま、帰ってこないものが、居たとか、居ないとか‥‥そんな話も転がっておりますからなぁ‥‥。その『華菊屋縁起書』によりますれば、今流行りの『こすぷれ』なんぞとは、しなくとも良いようで‥‥。まぁ、よくは存じ上げませんが。
 そうそう‥‥。ひとつ忠告を申し上げれば、聞こえる音が音でございますので、それなりの心構えで来て頂ければよろしいかと。
 何? 私が何か知っているのではないかと? いえいえ、私はただの和菓子屋の主人(あるじ)。皆様のお役に立つようなことは、何も存じ上げては居ませんよ。
 ひとつ、手前どもの店にて、扉の向こうの真相を確かめていただけませんか?

●人、あらざるもの、華菊屋へ行く事
 いつの世にも、人の闇に隠れて住まう『妖し』と言うのは、人の子が眠りに落ち、空間が淀み、停滞した刻限に、さまよい出るものである。それは、たとえ時代が江戸から東京へ移ったとしても変わらず、また町の灯が殊のほか増え、眠りについた町に彷徨い出るものが、泥棒と剣客以外のものになったとしても変わらなかった‥‥。
「さぁて‥‥。今日はどんなおいしい物の怪がいるのかしらねぇ‥‥」
 人だらけの街で、そう言って微笑む妙齢の女性。おりしもたたずむは、身の丈数mはあろうかと言う大柳の下。腰から下は透き通り、見るものが見れば、悲鳴をあげて逃げ惑うであろう光景だ。
「もし‥‥創業からの霊体がいるのなら‥‥。きっととーっても美味しいでしょうねぇ‥‥」
 半ば恍惚とした表情で、その大柳の正面に向かいながら、そう言う彼女。そこには、『お菓子処・華菊屋』とあった。
「懐かしいつくりねぇ‥‥」
 周囲を見回しながら、そう言う彼女。と、さまざまな菓子の陳列してある土間に、若い男性が姿を見せる。着物に身を包みながらも、切れ長の瞳が印象的な、なかなかに見れる顔立ちの彼は、膝をついて彼女を出迎えながら、こう言った。
「いらっしゃいませ。どのような品をお探しですか?」
「あら、私が見えるの?」
 意外そうな表情を見せる彼女。と、彼は目の前にいるのがまるでどこかの大店の息女であるかのように振舞って見せながら、こう言った。
「ふふふ、私どもの身代では、人もそうでない方も、わけ隔てなくお売りすることにしておりますから」
 口元には笑み。けれどそれは、どこか意味ありげなものに見えて。
「そう。でもその顔は、何か企んでいる表情ねぇ?」
「おや、そう映りましたかな?」
 だが、華菊屋の主は、首を振る。
「それに、この扉は『力あるもの』しかあけられないんじゃなかったの? 私が見えるなら、あなたもその一人じゃなくて?」
「いえいえ。手前はただの菓子屋でございますよ」
 ついぶつけてしまった疑問に、そう答えを返す。
「そう? そう言うのなら、別にかまわないけれど」
 彼女としても、華菊屋が何かを知っていたとしても、問い詰めるつもりはないらしい。そう言って、奥にあるその『開かずの扉』へと向かう。
「おや? 先客がおいでになるようですなぁ‥‥」
「あら、本当に」
 と、そこにいたのは、一人の若い男。店の雰囲気には相応しくなく、まるで西洋の吸血鬼にも似た雰囲気を持つ彼の手には、鋼の糸が握られていた。
「見つかってしまいましたか。いえ、これで開けようとしたんですがねぇ‥‥」
 見ると、その彼の前にある『開かずの扉』には、幾本もの糸が絡み付いている。
「あかないの?」
「ええ」
 彼女の問いに頷く彼。
「仕方がないわね。私が内側から開けてあげるわ」
 そう言って、扉に触れる。通常ならば、そのまま扉の向こうに消えることが出来るはず。
 だが。
「あら?」
 その彼女の手が触れた瞬間、扉の錠が音を立てて落ちた。直後、きぃ‥‥と、何もしないのに開く。まるで、二人を待っていたかのように。
「ふふふふ、どうやら扉の向こうは、お客様方を歓迎なさっておられるようですなぁ」
 それを見て、そう言いながら笑みを浮かべる華菊屋。
「その様だ」
「仕方がないわね。どんな霊がいるか知らないけれど、歓迎されると言うのなら、ぜひ行ってあげますわ‥‥」
 楽しげに笑う二人は、周囲を確認しながらも、その先にある廊下へと消える。長い暗闇にも見えるその空間の向こうで、確かに何かが起きようとしていた‥‥。

●鬼子母神のお使い様現れし事
「わー。人がいっぱいいるー」
 きょろきょろと辺りを見回しながら、そう言う駒子。ここは大江戸八百八町。そこには、さまざまな人々が暮らしている。だが、中には人の姿をしては居ても、人でなき者。そして、平穏そうに見えて、そうでない風景も多々あった。
「てやんでぇ! やんのかこの野郎!」
「おう! やっちめぇ!!」
 街中‥‥暖簾のかかげられた軒先で、数人の男達が、口々にそんな事を言いながら、集まっている。
「あーあ。火事と喧嘩は江戸の華って言うけど、こんなところでやったら、他の人に迷惑だよねぇ‥‥」
 その状景を見て、駒子はのほほんとそう呟く。そして、てってってっと喧嘩を始めそうな勢いの男達に向かって、こう言った。
「ねぇねぇ、ダメだよ。こんなところで喧嘩しちゃ、他の人に迷惑だよー?」
「んだよ、このガキは」
「子供の出る幕じゃねぇんだ。すっこんでろ」
 当然、怒られる。
「うーんと、奥にいるおいちゃんが、えらい人みたいだね」
「あっ、こら! 待ちやがれ!」
 しかし、駒子は気にする風でもなく、その奥へと上がり込んでいた。そして、一晩奥にいた恰幅のよい、しかし人相の悪い御仁にこう言う。
「ねぇねぇ、おいちゃん。静かにしてくれないと、赤ちゃんとかも起きちゃうよ」
「ほほぅ。ガキの癖に良い度胸じゃねぇか。ただもんじゃあねぇな?」
 そう聞かれ、きょとんとした表情の駒子。
「えー? 駒子のことー? 駒子はねぇ、座敷わらしだよー」
「はぁ? 何言ってんだ、このガキ」
 手下がそう言う。と、彼女は「やっぱりわかんないかぁ」と言いながら、力を行使して見せた。
「げぇっ!」
「き、消えた?」
 驚いたのは、その人相の余り良くない集団である。
「おじぞー様の化身ってんってゆーかー。鬼子母神様のお使いって言ったら、わかるかなぁ?」
 そう言いながら、再び現われて見せる駒子。その様子に、一瞬呆然とする彼らだが、頭の中が今の事象を理解するとともに、悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁっ!! 妖怪だ! 物の怪だ!!」
「こ、こここここの野郎!! び、びびってんじゃねぇ!!」
 先ほどの恰幅のいい男が怒鳴るが、誰も聞いていない。
「失礼だなぁ。駒子は、精霊だよー。お化けなんかじゃないよー」
 ぷーと頬を膨らます駒子。と、その時だった。
「あなた達! 静かになさい!」
 現われたのは、白を基調とした装束に身を包んだ若い女性。「お夕姐さん」と呼ばれた彼女は、駒子の側に歩み寄り、こう言う。
「あなた、摩訶不思議な力を持っているようね」
「駒子、他にもいろいろ出来るよー? それでー、何お手伝いすればいいのー?」
 自分が手伝えば、喧嘩はおさまると思ったのだろう。そう言った彼女に、お夕は柔らかく微笑みながら、言う。
「何もしなくて良いのよ。ただ飾られていれば良いわ」
「おいおい‥‥。お夕?」
 周囲が聞き返すが、やはりお夕の耳にも届いていない。
「うーん、どーしよーかなー」
 考えこむ素振りを見せる駒子。
「あら、いやなの?」
「ううん。べつにいーよー。その代わり、おいしーものとかいっぱい食べさせてくれるー?」
 その彼女の言葉に、「もちろんよ」と頷くお夕。「じゃあ、やるー」と、了承の答えを返した駒子の頭を撫でながら、お夕が「ふふふ、良い子ねぇ‥‥」と呟いたその時だった。
「あら、桐伯の。どうかしたんですの?」
 ふらりと入って来た、黒髪の青年を見咎めて、そう言うお夕。
「だーれー?」
 駒子が、興味深げに聞くと、その彼はこう名乗る。
「お初にお目にかかります。九尾桐伯と申します」
 「ふーん」と、余り理解して居ないような声で、また他の事を始める彼女。そして、お夕の方にこう尋ねた。 
「ねぇねぇ、駒子、一体何するのー?」
「黙っていれば、じきわかりますよ。ねぇ、お夕さん?」
 だが、それに答えたのは、桐伯の方だ。
「ええ。じきに‥‥ね」
 怪しく笑うお夕。『童女神・駒子様』の噂が広がったのは、それから間もなくの事である‥‥。

●売られた喧嘩は返り討ちの事
 扉を抜けた先にあったのは、大江戸八百八町めいた街だった。そして、そこには、さまざまな人々が暮らしている。だが、中には人の姿をしては居ても、人でなき者。そして、平穏そうに見えて、そうでない風景も多々あった。
「おらぁ、どきやがれ! 駒子様のお通りだ!」
「うわぁん」
 その一つ、どう見てもあまり人相の良くない面々に突き飛ばされ、悲鳴を上げるラッシュ。
「おいおい。まだ子供じゃねぇか。乱暴するこたぁねぇだろう」
 転んでしまったラッシュに手を貸し、男達の間に割りこみながら、そう言ったのは、直弘だ。
「何だ、てめぇは」
「関係ねー奴は、すっこんでた方が身の為だぜ?」
 予測通り、そう言われる彼。だが、不遜な態度で、直弘はこう言った。
「よってたかって子供一人蹴倒すなんざ、大人のやることじゃねぇと思うがな」
「んだとぉ。やんのかこらァ!」
 人相の通り、喧嘩を売って来る彼ら。続けて、小頭と思しき男が、こう宣言する。
「俺たちをだれだと思ってやがる! 今、江戸で一番の神通力を誇る駒子様の御用人よ! 俺らに逆らうってぇ事は、駒子様に逆らうも同じってぇ事だ!」
「それがどうした。駒子様だか何だかしらねぇが、喧嘩を売るなら買ってやるぜ!」
「おう! そんなに言うならたたんじまいなっ!!」
 売り言葉に買い言葉で、たちまち乱闘が始まる。直弘が、一人殴り飛ばす度に、派手に近所の茶屋に突っ込んで行く。
「どわぁぁっ! 何しやがんだよ!!」
 文句を付けたのは、その茶屋で団子をぱくついていた竜巳である。だが、直弘はけろりとした表情で、こう言った。
「おう! わりぃな。ちょっとこの子、預かっててくれ」
 くぃ、と差し出されたのは、彼の後ろで、ちょこなんとしていたラッシュだ。
「何ぃ!? おい、どう言う事だよ」
「あのお兄ちゃん達、僕がちょっとぶつかっただけなのに、すごく怒るですよー。それで、あっちのお兄ちゃんが、守ってくれたですー」
 竜巳にそう説明する彼。
「んの野郎!!」
 喧嘩騒ぎの方はと言えば、そう言って殴りかかった相手が、狙いを誤り、別の御仁へと当たってしまった所だった。
「でぁっ! てめぇ! やりやがったな!!」
 その別の御仁と言うのは、なんと龍之助である。
「知るか!! そんなところに突っ立ってんのがわりーんだろ!!」
「うるせぇ! おら、俺とも勝負しやがれ!」
「あーあ。また一人戦う人増えたですー」
 呆れた様にそう言うラッシュ。
「ったく‥‥。落ち着いて飯も食えねぇじゃねぇか‥‥」
 再び始まってしまった乱闘に、竜巳が、溜息をつきながら、そう言った。
「やれー!」
「まけんなよー」
「お兄ちゃんーん、頑張って下さいー」
 周囲には、もの珍しさからか、人だかりが出来ている。その中には、若い娘もいた。
「ほら、娘さんは危ないから、下がってたほうがいいですぜ」
「平気よぉ。慣れてるし」
「ねー?」
 竜巳がそんな野次馬達を避難させ様としているが、彼女達はそう言いながら、動く気配を見せない。
「ったく、きりがねぇな。どうする!?」
「こう言う輩は、ぶちのめさないと、クスリにならねーな。所であの子は?」
 直弘の言葉に、龍乃助がちらりと野次馬の方をみると、ちょうど龍巳の後ろからラッシュが「頑張れー」と声援を送っているところだった。
「ほんなら、全力で蹴倒しますかっ!!」
 その事を聞いた直弘は、そのとたん、手加減していたそれに、力を込める。
「こ、こいつっ! つええっ!」
 驚いたのは、喧嘩をふっかけて来た方だ。あわてた様子の言葉の中に、「おい! 急いで桐伯の先生呼んで来い!」と言うセリフが混じり、下っ端とおぼしき男が急いで路地の向こう側へ消えたのを見て、龍之助がこう言った。
「さて、鬼が出るか蛇が出るかって所か」
 その口の端には、これから起こる事を、どこか楽しむような響きがある。
「今のうちに逃げちまうって手もありますけどねぇ」
「こんだけ見物の野次馬が居るのに、今更逃げられるかよ」
 先ほどよりも人数が増えている。その中を逃げ去るのは、さすがに気が引けた。と、その時である。
「おやおや。ふがいない御用人衆ですね。あなた達ですか。うちの使用人をのしてくれたのは‥‥」
 現われたのは、どこか妖しい雰囲気のある青年。手下達が口々に「先生っ、やっちまってください!」と叫ぶ中、直弘がこう言った。
「けっ! 子供一人、よってたかって苛めてたのは、そっちじゃねぇか‥‥。って、おい! さっきの子供は!?」
 びしぃっと指そうとしたのだが、その時には何故か、ラッシュの姿が消えていた。
「い、いねぇ! 逃げやがった!」
「山崎の親父もいやがらねぇ!?」
 おまけに、保護していた筈の竜巳の姿さえない。
「ふふん。真相はどうあれ‥‥。ここまで派手に暴れられて以上、きっちりとけじめをつけなければならないでしょう? 行きますよ!」
 しかし、そんな二人の事情など、彼らは知らないふりだ。
「来るぞ! 龍の字!」
「わかってるって!」
 再び挑みかかる二人。だが、用心棒は動きが違った。
「つ、強ぇ‥‥」
 数分後、早くも息が上がりかけている彼ら。
「さ、さすがは桐伯の旦那! お夕姐さんが見込んだ男だけありますぜ!」
 ゴロツキどもは大喜びだ。強気の姿勢で、そんな事を言っている。
「く‥‥」
「畜生‥‥、身体うごかねぇ‥‥」
 なにしろ、スタミナが並ではない。くやしげに彼をねめつける二人。だが、桐白の方は口元に笑みさえ浮かびながら、こう言った。
「さて、どう料理してあげましょうか‥‥」
 配下は口々に「簀巻きにして、大川に放り込んじまえ!!」と叫んでいる。と、そんな中、直弘は、やはり不敵とも言える表情を浮かべ、彼にこう言った。
「へ、ヤクザってーのは、なんでこう考える事は一緒なのかねぇ」
「直!?」
 驚いた龍之助がそう言うが、直弘は答えない。
「ふん。ならば違う事でも望むか」
「やれるならやってみろよ‥‥」
 桐泊の言葉に、そう言う彼。
「良い覚悟だ。お前達! 連れて行け」
 両腕をしっかりと掴まれ、そのまま連行されていく。
「直! くそ、体さえ動けば‥‥!」
 止め様とする龍之助。だが、既に関節が悲鳴を上げている。そして、のこされた彼に迫る、手下達の魔の手。
 と、その時だった。
「えーいっ!」
「あにぃ!?」
 側にたて駆けてあった、重そうな角材が、がらがらと崩れ落ち、龍之助と相手とを分断する。
「にーさん、こっちだ!」
「お、おう!!」
 野次馬がわらわらと逃げ惑う中、誰かに手を掴まれ、そのまま誘導される竜乃助。
「このガキ!! よくもやりやがったな!」
「へへーん、こっこまでおいでーだ!」
 視界の端っこでは、ラッシュが男達を相手に、おいかけっこの真っ最中だ。
「ま、待ちやがれ!! くそぉ! どこ消えやがった!!」
 しかし、そう言った事は離れしているのか、あっと言う間に大人達を引き剥がす彼。
「ちょろいちょろい。さて、と。あのお兄ちゃん達、どうなったか確かめに行かないと」
 その彼が向かったのは、桐泊が直弘を連れて向った屋敷だった‥‥。

●駒子様本殿にて起こりし事
「う‥‥」
 目が覚めると、真っ暗な土蔵の中とおぼしき場所に、直弘はいた。
「目が覚めたか? まったく、喧嘩を売って返り討ちとは、お笑いだな」
「売ってきたのはそっちだろ。それに俺は、売られた喧嘩は借金してでも即買いするタチでね」
 桐伯の言葉に、そう言う彼。だが、そんな直弘の態度に、むしろ喜んで居る様な表情で、彼の顎をくぃ‥‥と持ちあげながら、桐伯はこう提案する。
「ふふ。良い度胸だ。その度胸、駒子様の為に活かして見るつもりはないか?」
「駒子様?」
 聞き返す直弘。と、彼はこう説明した。
「鬼子母神様の使い‥‥。地蔵尊の化身‥‥。座敷わらし‥‥。まぁ、さまざまな事を言ってはいるが、要は神通力を持った子供だ」
「ふん。残念だけど、俺は少女趣味じゃあないんでね。大体、会った事もない子供に力貸せるわけないだろう。事情もしらねぇのによ」
「そうか。だがこっちも、そのまま無罪放免と言うわけにはいかない。それ相応の制裁を受けてもらおう」
 その言葉とともに、直弘の腕を持ち上げる桐伯。
「根性試しってか? 悪いがそう簡単には落ちねぇよ。石でももって来るこった」
「そうか‥‥」
 予想通りの言葉。と、彼は驚くべき行動に出ていた。
「な‥‥」
 絶句する直弘の目の前で、着物の合わせが大きく広げられる。
「人と言うものは、面白い種族でな。確かに痛みには強いが、快楽には弱い」
「は‥‥」
 肌に触れられて、ようやく意味をさとる彼。
「どうした? 堕ちないんじゃなかったのか?」
「ああ、落ちてなんざやらねぇさ。やるならさっさと済ませやがれ」
 睨み付けながら、直弘は桐伯にそう言う。
「良い度胸だ。返す返すも惜しい向こう見ず‥‥」
「ふ‥‥ぅ‥‥」
 その割には、爪を立てられる度に、息があがっていくのが分かる。
「攻め立てたらすぐにでも声を上げそうだな‥‥」
「この‥‥く‥‥」
 ざらりとまとわりつくような感触に、思わず声を上げてしまいそうになるのを寸前でこらえている直弘。と、桐伯は楽しげに笑いながら、こう言った。
「一つ賭けをしようか。最後まで声を上げなかったら、開放してやる」
 その賭けに「望むところだ」と、のって見せる彼。天井裏でラッシュが「あーあ。知ぃらない♪」と、見ている事も知らずに。
 だが、その結果は。
「う‥‥く‥‥うぁ‥‥あ‥‥ああああっ!!」
「他愛のない‥‥。さて、約束どおり、護衛の一人となってもらおうか‥‥」
 始めの決意とは裏腹に、土蔵のなかでぐったりとなっている直弘を見下ろしながら、満足げな表情を浮かべる桐伯の姿があった‥‥。

●駒子様本殿にて戦う事
「駒子様のお通りだ! 道を空けろ!」
 相変わらず大きな態度の駒子様ご一行。
「あれが駒子様か‥‥。まだ子供じゃないか‥‥」
 御簾の向こうにいる姿をみて、ぼそりと呟く龍之助。
「一緒に居るのは‥‥。こないだの桐伯の野郎か」
「直は‥‥。確かに怪我とかはしていないみたいだな‥‥」
 その側には、直弘が居る。憔悴しきってはいたが、確かに深手は負っていないようだ。
「だろーなぁ。あんな事されたら」
 何かを知って居るような素振りのラッシュに、竜乃助が「は?」と聞き返すが、彼は首を横に振りながら「なんでもないよ」と答えている。
「お、駒子様一行、本殿に着いたみたいだぜ」
 と、そんな事を話している間に、駒子の一行は、料亭の別邸へと到着していた。
「大人気だな」
「御利益にあやかろうって腹だろう。なんだかしらねぇが、あの嬢ちゃんも可愛そうじゃねぇか。大人たちの陰謀に利用されてよ」
 熱烈大歓迎をされている駒子一行。だが、当の駒子は、余り面白くはなさそうだ。どうやら、退屈式っている様子である。
「この調子なら、乗り込めそうだな」
 人ごみは大した量で、その人々を整理している駒子一家の者も、余り気にしてはいないようだ。
「それでも、夜まで待ったほうがいい。今は、人が多すぎるからな」
「おう」
 頷く龍之介。江戸の夜は早い。否、日が落ちるのは、東京の街と大して変わらなかったが、夜の灯火と言うのは、かの街では、『消耗品にしてはいい値段』なシロモノである。その為、早々と明かりを消し、夜のとばりが降りるとともに、眠りにつく家々も多かった。
 だが、中には眠りにつかぬ者達もいる。遊廓の女達、大店や大名等、いわゆるお大尽。そして‥‥何事か企てる者達。
「ねぇねぇ。駒子、いつまでこうしていればいいの?」
 寝巻きで布団に転がりながら、不満そうに頬を膨らます駒子。
「今少しの辛抱です。もうすぐ‥‥もうすぐ、動きだします故‥‥」
 その彼女をねかしつけながら、桐伯がそう諭している。
「ふーん。でも駒子、もう神様のお使いするの、飽きちゃったー」
「明日は大切な祭礼の日。お役目が終わった暁には、好きなものを買って差し上げます。それまでは、どうかご辛抱を」
 その言葉に、「本当に? 約束だよ」と続けながら、彼女が目を閉じて、夢の世界へと誘われたのを確認すると、桐伯は「ええ、もちろんですとも」と呟いて襖を閉め、お夕のいる方へと戻って来た。
「あの子、眠ったの?」
「ようやく。しかし‥‥何時までも茶番を演じつづけているのも、限界のようですね」
 その表に、彼女を敬う素振りは見えない。
「明日は祭礼。果たして来るかしら」
「来てくれなければ、せっかくあの子を囮にした意味がないですから」
 やはり、彼女を本当に敬っている訳ではないらしい。
「そうね‥‥。明日の祭礼で、駒子が本物だとわかれば‥‥。仲間と思われるかもしれない‥‥。そこを喰らえば‥‥」
 楽しみな表情を見せるお夕。その彼女に、桐伯はこう尋ねた。
「お夕どの。やはり御用人衆では物足りませんか」
「私の場合、量より質なのよ。彼らじゃ、お腹の足しにもならないわ」
 そして、物欲しげに桐伯を見つめながら、耳元でこうささやく。
「ああ、お腹が減った‥‥。ねぇ、貴方の飼ってるあの子、私にも分けてくださいな」
「駄目です」
 きっぱりと断る彼。
「けちねぇ。そんな事言ってると、あなたから喰べちゃうわよ」
「私はそう簡単に吸収なぞされませんよ」
 挑戦的な目付き。お夕の半ば本気とも取れる「あら、そう。なんなら試してみる?」と言う言葉に、平然と「挑戦してみますか?」なぞと答えている。だが、お夕はひらひらと手を動かして、こう言った。
「冗談よ。そんな怖い顔をしなくたっていいじゃない。ところで、その貴方のお気に入りはどうしているのかしら?」
「外で見張らせておいてます。少し様子を見てきましょうか」
 そう言って席を立った桐伯が向ったのは、直弘のもとだ。
「直弘」
「気安く呼ぶんじゃねぇ。別に俺は、おまえ達の味方になったわけじゃねぇからな」
 不機嫌そうな声と仕草で、ぷぃとそっぽを向く彼。
「おやおや。その割には、こうして率先して見張っていらっしゃる」
「別に。他にやることねぇし。それに、夜中にあの子供にもしものことがあったら、困るだろ」
 言葉さえもぶっきらぼうなのは、おそらくこの間の事が響いているせいだろう。その彼に、桐伯は機嫌を取るように、杯を差し出した。
「飲むか?」
「まぁ、どうしてもと言うなら」
 受け取る直弘。だが、喉に流しこんだ所で、その焼けつくような味に、思わずむせこんでしまう。
「その様子では、飲んだことなぞなさそうだな。結構いい酒だが、味などわからんか」
「うるせぇな。仕方ねぇだろ。向こうじゃ成人前だ」
 くすくすと笑う桐伯に、面白くなさそうにそう言う直弘。と、その時、何故か入り口が騒がしくなった。
「先生! 大変です! 野郎が二人、殴りこんできやしたぁっ!!」
 手下達の言葉に、桐伯と直弘が、そちらに向うと。
「直! 無事か!?」
「龍之介!? それに、山アの旦那も!? どうしてここに!」
 そこには、いつぞやの喧嘩で共に戦った二人の姿。
「食われる前におまえを助けに来たんだよ! やいそこの! 俺らが来たからには、もう好きにはさせねぇぜ! そこのお嬢ちゃんを開放してもらおうか」
 びしぃっと桐伯に指の先をつきつけ、そう宣言する龍之助。
「断ると言ったら?」
「倒させて貰う」
 既にその手には、エモノが握られている。
「その前に、もうひとつ聞こう。お夕とか言う女はどこにいるんだ?」
「私ならここにおりますわ」
 竜巳の言葉に、歩み出て来たのは‥‥お夕。
「ねぇさん。あんたン所の御用人衆、一人づついなくなっているそうじゃねぇか。それについて、何か言い訳はあるかい?」
「うふふふ‥‥。そこまで知っているの。よくもまぁ調べたわねぇ‥‥」
 ざわりと、髪の毛が広がる。
「お夕どの?」
「見ればなかなかの体躯‥‥。ちょうどお腹もすいているころ‥‥。余計なことを知った己を呪いなさいな!」
 仕掛けるように、命じる彼女。と、まるで操られたかのように、彼等を取りまいていた『駒子様御用人衆』が、二人へと襲いかかろうとした。
 ところが。
「んもー、うるさいなぁ。眠れないじゃないかー」
 瞼をこすりながら、姿を見せる駒子。
「やれやれ、嬢ちゃん起きちまったようだな。ラッシュ、頼んだぜ!!!」
「わかりましたですぅ」
 ぴょこりと姿を見せたのは、ラッシュ。彼は、大人達の間をすりぬけ、てってってと駒子の所へ辿りつくと、こう言った。
「迎えに来たんだ。こんなところ、つまんないだろ?」
「あー。さっきのお兄ちゃんだー。うん。飽きちゃったし、お兄ちゃんと一緒に行くー」 慌てたのは、お夕の方である。
「ちょっと! お止めなさい!」
 桐伯が、「心得た」とばかりに、二人の元へ向おうとしたが、そこに待っていたのは、ラッシュ。
「邪魔だよ!」
「くっ、なんと言う怪力!?」
 みかけとは裏腹に、かなりの力を持っている彼。と、その側で、駒子が口をとがらせながら、こう言う。
「駄目だよー、喧嘩しちゃー。ねんねしてる赤ちゃんとか、起きちゃうのー。だからー、お兄ちゃん達もねんねするのー」
「なに!?」
 せつな。全ての視界が、まるで魔法にかかったかのように、白く光った。
「うるさくする人は、めーだよ! えい!!」
 直後、指先で目を吊りあげながら、そう言う駒子。その1秒後くらいの時期である。
「うわぁぁっ!」
「きゃああっ!」
 吹き飛ばされる両陣影
「これで静かになったのー。お兄ちゃん、遊びに行くのー」
 当の駒子は、そんな惨状になど目をやってなどいない。
「待ちなさ‥‥い‥‥」
「まだ‥‥おわっちゃ‥‥」
 一同が見守る中、駒子がぴょこりと縁側から庭に向う。
 参加していた一同の光景が、徐々に変化していたのは、その時だけだった‥‥。

●現世に戻りて結論づける事
「あら?」
「お?」
「あれ?」
「ほぇ?」
 さて、意識の戻った目を覚ました一行は、敵も見方もいっしょくたに、首をかしげている
「な、何だったのかしら‥‥今の‥‥」
 怪訝そうな表情を浮かべる夕子。その彼を、目ざとく見付けた竜乃助が、驚いた声で、こう叫んだ。
「あー!! おめーは!! やい、どういうことか説明しろよ」
「そんな事言われても‥‥。今のは夢だったのかしら‥‥」
 小首をかしげる夕子。と、その時である。
「いやぁ、大変面白く読ませていただきましたよ」
「華菊屋‥‥」
 ふたたびすがたを見せる華菊屋。彼は、店の所有する演技書をぺらりとめくりながら、こう言った。
「どうやら、あの扉をくぐった先は、それぞれ違った役割を与えられてしまうようですなぁ。そして、あちらの世界で起きたことは、この華菊屋縁起書に、次々と書き足される様子。いやはや、まったく不可思議なことでございますなぁ」
「あー。ほんとだー。ここに、直弘お兄ちゃんと、桐泊のお兄ちゃんがいるー」
 しかも思いっきり絵付きである。それを見て、溜息をつきながら、桐伯が言った。
「誤解のないように言っておきますが、私はこんな趣味も役目も、希望しちゃいませんよ」
「俺だってそうだー」
 こくこくと何度も頷く直弘。
「そう言えば、この華菊屋縁起書によれば、お夕なる妖しの少女に踊らされていた事を知った駒子なる童女神は、何処かへと去り、御用人衆や信者達は、たたりを恐れ、駒子様を祀ったとか‥‥。それが、華菊屋に古くから伝わる神像だと‥‥」
 その彼に、華菊屋は、古い古い木像を見せてくれる。
「あ、駒子だ」
「ほんとだー」
 その木像は、なりは小さいが、間違いなく駒子自身だ。
「お前‥‥。なぜそれを最初から言わなかった」
「聞かれませんでした故‥‥」
 もっともな疑問を、華菊屋はそう言って、はぐらかしたとも思える言動を見せる。だが、焦りは禁物と、竜巳がぼそりと言った。
「まぁいい。そのうち正体を暴いてやるさ」
「私はただの菓子屋でございますよ。正体も何もありゃあしません」
 いつもの口ぐせで、そう答える華菊屋。だが、夕子は怯まない。
「あら、そう。でも、あまりお痛をしていると、本に載ってる通り、食べちゃうかもしれないわよ」
「怖い事で。しかし‥‥音はしなくなったという事は、皆様のお力添えにて、事は解決したようですなァ‥‥」
 その言葉に良く耳を傾けていると、いつの間にか物音は、確かに消えている。
「また鍵明かなくなってる‥‥」
「またお願いすることがある屋も知れませぬが、その時はよろしくお願いいたしますよ‥‥。ふふふ‥‥」
 そんな、まさに闇の薄布を被った様な怪しげな雰囲気だけを残し、華菊屋はそう言って、事件を締めくくるのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0218 / 湖影・龍乃助 / 男性 / 17 / 高校生】

【0231 / 直弘・榎真 / 男性 / 18 / 日本古来からの天狗】

【0301 / 山崎・竜巳 / 男性 / 38 / 農夫】

【0152 / ラルラドール・レッドリバー / 男性 / 12 / 暗殺者】

【0291 / 寒河江・駒子 / 女性 / 218 / 座敷童子】

【0382 / 小嶋・夕子 / 女性 / 683 / 無色?】

【0332 / 九尾・桐伯 / 男性 / 27 / バーテンダー】
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■         ライター通信          ■
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 遅くなりまして申し訳ありませぬ。
 今回、扉の向こうでヤー様と喧嘩して頂こうかなと思ったんですが、一部PCのプレイングに何故か新興宗教と闘う話になりました。
 なお、ノベルが各自で微妙に違うのは、本人しか出て来ない所を抜いた為です。
 以後は遅刻しない様に スケジュールを調整いたしまするので、感想なんか頂けると嬉しいです。