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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


陰陽師狩り〜翁

<オープニング>

「不甲斐ないのう、二人とも」
「翁かい?まさかあんたまで・・・」
「おうさ。今度はわしに出陣しろと言ってきおった。年寄りをこき使いおって」
「爺さんが出るってことはまたあの蟲どもを使うのかよ?嫌だねぇ」
「ほっほっほ。あいつらも慣れると可愛いもんじゃよ。さて、今回は何を使おうかの」

「はぁ、狙われているから命を助けてくれ!?一体何のです?」
「いきなり自宅にこんなもんが投げ込まれていたのだ」
 そう言って依頼主が草間に示したのは一枚の紙だった。そこには、

 明日深夜、お命を頂戴に参上  翁

 と書かれていた。
「とにかくわしを守ってくれ。金は払うぞ」
「ち、ちょっと待って下さい。うちはただの探偵事務所ですよ。そんなボディーガードなんて」
「この文面をよく見てみろ」
「はぁ?」
 よく読んでみると、その字の横に、尚自分の身を守りたければ草間興信所に依頼することと書かれている。殺しの予告にボディーガードの依頼まで指定してくるとは一体何を考えているのであろうか。
「このところ、陰陽師が狙われる事件が立て続いているそうじゃないか。あんたはそれを解決しているとも聞く。よくはわからんが今度はわしの番が回ってきたということだろう。あんたらを呼ぶダシに使われているのかもしれんがな」
「それでうちをねぇ・・・」
 何時からうちは陰陽師の駆け込み寺になったんだと頭を抱えながら、草間はため息をつきながら依頼を受けにきた人間たちに振り返った。
「で、どうするよ。もしこの文面どおりに奴さんが来るとしたら相当に自信があるんだろうな。それでも行くか?」  

(ライターより)

 難易度 普通 
 
 予定締め切り時間 5/25 24:00

 陰陽師狩り第四話です。
 今回は狙われた陰陽師のボディーガードが主な仕事となります。場所は自宅ですので事前に特に調査は必要ありません。いかに陰陽師を守りきるかがポイントとなります。
 一応シリーズものとなっていますが、初参加の方でもまったく問題なくご参加いただけます。あえて過去の依頼を読み直していただく必要はありません。
 締め切り時間前に依頼数が募集人数に達してしまった場合、申し訳ありませんが先に締め切らせていただくことになるかもしれませんが、何とぞご了承ください。
 それでは皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。
 
<情報収集>

 最近、東京で行われている陰陽師を狙った事件。その犯人と目される者呪禁師。現在のところ彼らに関する情報は少ない。今まで彼らと対峙してきた者たちは「呪禁」と呼ばれる力に翻弄されてきた。
 今回の事件もまた陰陽師が狙われている。となれば呪禁師が関わっている可能性は高い。このまま呪禁について何も知らずにいては敵にいいようにされるだけである。
 それを防ぐため、都築亮一は高野山を訪れていた。真言宗の総本山にして密教の霊場高野山。弘法大師空海が開山したと言われるこの場所は、密教を中心とした古来の宗教、呪術に関する書物が豊富にある。
 この高野山で修行している陰陽師の中でも最高位の地位にいる彼は、呪禁に関する知識がここにあるのではないかと思って蔵書を読み漁った。
 しかし…。
「やはり駄目か」
 読んでいた本を閉じて、彼はため息をついた。予想していたとは言えほとんど手がかりが得られなかった。呪禁道に関しては、そのほとんどの資料が存在しない。わずかに奈良時代以前に中国より伝えられた道教の神仙思想を元にした技術であることが伝わっているだけである。奈良時代に隆盛を誇った呪禁道も、陰陽師の登場により歴史の闇にひっそりと埋もれるように消えてしまっている。陰陽道と元を同じくしながらも、より呪術的な色合いの強い呪禁。その技術も現在は伝えられていないようだ。呪禁師以外には…。

 同じように実家の『御蔵』にある書物を調べていた宮小路皇騎もまた、芳しい成果を上げられずにいた。奈良時代に滅びたとされ、千三百年も前に失われた技術である。現在伝えている知識などほとんど残されていないはずである。だが、かつて自分の前に現われた者は己の事を呪禁師と名乗り、失伝されたはずの呪禁を用いてきた。呪禁は存在するのである。
 呪禁は森羅万象の気の流れを操り、己が意のままに操ることができる呪法。どのような原理かはわからないが自分の剣を完全に封じられてしまったことがあった。手も足も出なかったのである。このまま呪禁師と相対しても同じ事の繰り返しになってしまう。
 だが、以前の依頼に関わった仲間がもたらした情報の中に呪禁を破る方法があった。
 呪禁は一度に二つのものを禁じることが出来ない。
 これを宮小路は、一度に一つの行為しか禁じられない点から、連係からの同時攻撃、一つの攻撃で二つ以上の属性を持たせれば打ち破れるのではと考えた。だが、この考えが正しいとすれば、敵も己の術の弱点を知悉しているはずであろうから、当然それに対する対策は立てているはず。そう簡単に決めさせてはくれないだろう。
「もう一度鍛えなおす必要があるな…」
 宮小路は胴着に着替え、手に木刀を持ち、実家の中庭で素振りを始めた。『天薙流古流武術』の立ち稽古をして、身体の感覚を取り戻すためである。都会生活を送っていると、兎角身に付けた技術を発揮したり、修行したりする機会が無いため衰えやすい。呪禁を打ち破るため、いや己の心に剋つために彼は修行に励むのだった。

<未来から来た少年>

「……」
 大きな屋敷の前で、一人の少年が立ち尽くしていた。歳の頃は十七、八であろうか、どことなく哀愁の漂う儚げな顔立ちをしている。彼はその愁眉を顰めるとぽつりとつぶやいた。
「ここに手がかりがあるのだろうか…」
 その顔には歳不相応な疲れが滲み出ている。何十年も何かを捜し求め、手がかりすら掴めずにいる、そんな印象を受けるほど陰鬱な表情である。
 事実彼は疲れていた。魔界と化した未来。魑魅魍魎が跋扈し、秩序の崩壊した混沌の世界。その未来を救う僅かな可能性にかけて彼、風野想貴はまだ魔界に飲み込まれていないこの東京の町へとやって来た。しかし手がかりなどそう簡単に見つかるものではない。ましてやここは自分の知らない世界。右も左も分からず彷徨い歩き、ここにたどり着いた。
 陰陽師福永保元邸。
 福永と屋敷前で偶然遭遇した彼が耳にしたのは、福永の命が狙われていることだった。しかもその相手は呪禁師だという。聞いたことの無い名であったが、その文字の響きはどことなく嫌なものを感じた。それに敵は人、それも術師の命を狙っているという。であれば、相手も術師、それも闇の世界に関わり合いのある者なのかもしれない。それと接触することができれば…。
 風野は一縷の望みをかけて用心棒になることを申し出た。勿論最初は無視されたが、自分の力を示したところ手のひらを返したように歓迎して、是非用心棒になってくれと頼み込んできた。後はこの家の者に成りすまして敵を待ち受けるだけである。
 風野は懐に入れている短剣を握り締めて、屋敷のドアを開けるのだった。

<理由>

「隼人、依頼人について何か情報はあったか?」
 陰陽師雨宮薫の問いに、その背後につき従っていた守役雨宮隼人は恭しく頷いた。
「はい。依頼人の名前は福永保元。五十二歳。妻と二人暮し。陰陽師としての腕はそう悪くないようですが、大したものではありません。ただ、除霊や地相鑑定、易などではかなり高額の料金で引き受けているようです。あまり評判は良くないようですね」
 年齢的にみれば薫はいまだ高校生であるが、隼人は三十近い青年。親子とはいかないまでもかなり年齢は開いている。それにしてはかなり謙った口調であるが、それもそのはず。陰陽師の一族天宮家の跡取りが薫であり、隼人はその守役なのだ。薫が生まれた頃からずっと傍にいる臣下というよりは兄のような存在でもあった。
「そうか…。となると怨みを買っている可能性は皆無ではないな」
 薫は腕組みをして眉間に皺を寄せた。以前の依頼の時の事が脳裏に過ぎる。
 先の依頼で自分たちの前に立ちはだかった相手大怨。彼女は陰陽師に虐げられた怨霊を味方につけ、復讐を果たさせようとした。その方法はどうあれ、理由に関しては納得できるところもある。無力な霊が虐げられた時、誰がその虐げた者を裁くというのか。いかな法律も彼女らを守りはしない。止むを得ない事と言えるかもしれない。
 せめてもう少し早く気がついていれば、行動が早くとれている事ができたなら。彼女のような哀しい霊を生み出す事などなかったのかもしれない。同じ陰陽師が引き起こした事件として薫は今も悩み続けていた。
「薫様…」
 薫の思いに気が付いて、隼人が哀しい目をしながら彼の肩に手をおいた。己よりも十も幼い、ナイーブな少年の悩みを慮って彼は心の中でため息をつく。僅か十八歳で陰陽の名家天宮家を継ぎ、次期当主として振舞わなければならない薫が、その重責に押しつぶされはしないかと不安に思う。呪禁師たちの暗躍は薫の不安をより一層高めてしまう要因になるのではないか。そんな危惧すら感じる。
「大丈夫だ。受けた依頼は引き受ける。過ぎた事は仕方ないからな」
 気丈に振舞う薫を見て、尚更に隼人は胸が張り裂けそうな思いを感じた。
「なるほどねぇ。やっぱりある程度パターンがあるのかもしれないね」
 今まで先を歩く二人の会話を黙って聞いていた鷲見千白がぽつりと呟いた。ぼさぼさの髪によれよれのシャツと相変らずやる気のない格好をしているが、その顔は合点がいったという感じで真剣そのものだ。
「どういうことだ鷲見?」
「今まで呪禁師が関わってきた事件の依頼人に関して、高柄君に共通項とかないか調べて置いて貰ったんだけど彼が集めてくれた情報と今の話を聞いて思ったよ。やっぱりある法則に基づいて敵は動いているって」
「ある法則?」
 怪訝そうな顔をする隼人に、彼女は我が意を得たりとばかりに頷く。
「そう、連中はある程度有名で、金持ち。しかも怨みをかっているような陰陽師を選んでいる」
「なるほど…」
「何か理由があるのかもね。そんなのを選ぶなんて。ただ、多分今回の事件はおびき寄せだよねぇ。邪魔なあたしたちを倒したいのかそれとも…」
「それとも?」
「他の理由があるのかもしれないね」
 正直、鷲見はやる気などなかった。面倒くさいから。しかし、乗りかかった船ではあるし敵は陰陽師ある自分も狙っているとすれば、いつかは自分を狙って来るかもしれない。飛びかかる火の粉は払わなければならないだろう。それに隼人と同じ理由で薫が心配でもある。隼人がついているのだから大丈夫ではないかと思うのだがそれでも一抹の不安がついて回る。
「おや、見えてきたよ。あれがそうじゃないかな」
 鷲見の指差す方向に、福永の豪華な屋敷が見えてきた。

<依頼人> 

「とにかく今日一晩わしを守ってくれ!いいな!!」
 開口一番、居丈高にそう言い放ったのは倣岸そうな顔つきをした中年の男であった。恰幅が良い、というよりは脂肪が溜まってたるんでいるといったほうが良い体格の持ち主である。同席している妻も同じような体つき、顔つきをしている。
「主人を守れなかったら違約金を払ってもらいますわよ!」
 鼻息も荒く息巻いている。
 応接間に通された依頼を受けた者たちはいささかうんざりしていた。特に見上げるような巨体を誇る男、少女遊郷は露骨に嫌そうな顔をして、隣の隼人を指で突っついた。
(おい、俺降りてもいいか?こんな奴守る気はないぜ)
(まぁまぁ…。一応依頼人ですから)
(たく何が退屈凌ぎだ…。これじゃ逆にストレスが溜まっちまうぜ)
「そこ、何をぶつぶつ話しておるんだ!」
「別に…」
 思い切りしかめ面をしてそっぽを向く少女遊に、ふんと鼻を鳴らすと福永は、
「とにかく頼んだぞ!」
 と言って妻とともに応接間から出て行った。残された者たちははぁとため息をつく。
「なんなんだ、ありゃ…」
「噂通り、いえ噂以上ですね。あの御仁は」
 評判は芳しくないと聞いていたが、今のような対応をされては皆そう感じるだろう。とても人に何かを頼んでいる態度とは思えなかった。
「まぁ、依頼人の事はひとまず放って置きましょう。後で私が警護するから」
 険悪なムードになりつつある場を変えるように、話題の転換を図ったのは切れ長の目をした蟲惑的な雰囲気のする女性であった。彼女の名は藍愛玲。建築学を専攻する大学生である。その名が示すように彼女は日本人では無い。横浜出身の中国人、華僑の出である。
「依頼主の命を守る。そういう契約だったわよね」
 彼女の言葉に、他の者は不承不承頷く。確かに彼女の言う通り依頼内容は福永の身を守ることである。どんなに依頼人が倣岸不遜でも、依頼を受けた以上守らなければなるまい。
「この一連の『陰陽師狩り』の裏には、呪禁術師の組織が関係していると聞いたわ。呪禁道といえば蠱毒と厭魅ね。どっちが使われるかまでは分からないけど」
「蠱毒だとしたら、結構厄介かもしれないな」
 藍の言葉に頷いたのは、枯葉色の髪に金色の瞳といういささか風変わりな風貌を持つ青年だった。彼もまたどことなく異国風の雰囲気を漂わしている。楊水鏡。中国は道教に伝わる方術を修める道士である。
「蠱毒?」
「蟲の呪いによって生み出された毒の事。厄介なものだわ」
 壷などの器に毒虫や蠍、その他毒を持つ生物たちを押し込め蓋をし数日間何の餌も与えずに放置する。そうすると中の蟲たちは互いを喰らい始め最後にもっとも生命力の強い蟲が生き残る。その蟲は生きるということに対する強力な執着の力により、生来持っていた毒に怨念を込めたさらに強力な毒を持つことになる。この毒のことを蠱毒という。どの毒も特殊なものが多く、種類が判別されていないため解毒することが難しい。もし敵が蠱毒使いだとすると少々今まで勝手が違うかもしれない。
「とにかく夜まで待ちましょう。何時現れるか分からないのだから」

<蠱毒>

「来たで」
 ソファに寄りかかっていた今野篤旗が身を起こしながら呟いた。応接間での説明から大体三時間ほど経過している。深夜零時。シーンと静まり返った夜道をこちらに向って歩いてくる存在を、彼は確実に捉えていた。
 彼の能力は温度を感じたり、自在に変化させることができること。例え眼で見えていなくてもある程度の距離であれば熱源を察知して、その物体の持つ温度を感じることができる。丁度赤外線のセンサーのような形で感じるのである。
「あっちの通りから一人で歩いてくる奴がいるな。他に熱源は感じへんけど…。お、どんどんこっちに近づいてくるで。門の前に立って、乗り越えたな。それから…」
「もういいだろ。奴さんが来た。後はあのくそ親父のところで待てばいい」
 今野の話を遮って少女遊がのっそりと立ち上がった。現在、福永は寝室で寝ている。彼の周りにも幾人か警護をしている人間がいるが、敵の正体が不明な以上、人数は多い方がいい。そう判断して彼は応接間を後にするのだった。

 ガシャァァァァン!
 派手な音とともに寝室の窓ガラスが砕け散り、白い忍者のような服装をした者が空中で見事に一回転して部屋に入り込んできた。
 今野から敵に潜入について聞いていた者たちは、皆油断なく構えた。敵の姿はというと、かなり小柄で細い体つきで一見するとそれほど強そうには見えない。だが、その構えに隙が無く、無手であるというのに相当の威圧感を感じる。顔は老人を模した能面に覆われており、表情を伺いしることはできない。先ほど家に侵入してきた時の身のこなしといい、只者ではない。
「ほっほっほ。これはまたえらく豪勢な出迎えよの」
 十一人もの人間が福永を守っている姿を見て、老人の面を被った者はしわがれた声で笑った。
「現れましたね。陰陽師を狙うということは貴方も呪禁師ですか?」
 白刃の太刀を抜き放った宮小路は、白衣の者にその刃を突きつけた。彼の肩には二羽の梟が止まっている。『御隠居』と『和尚』という名の大梟である。実家からお供として着いてきたのだ。
「いかにも。我が名は翁。呪禁師をしておる。大怨たちより我らの邪魔をする輩がおると聞いておったがそなたたちが邪魔者じゃな」
「お、お前がわしに脅迫文を送った者か!わしになにか怨みでもあるのか!?」
 翁の姿を見て、福永はすっかり狼狽していた。
「何か怨みでも、じゃと?愚か者め。自分の胸に聞いてみよ。己が犯した大罪が分からぬか?」
「た、大罪だと!?」
「お前が地位と名誉のために、己を慕っていた女を捨てた事、忘れたわけではあるまい?」
 翁の一言に福永の顔は、血の気が引いて白蝋のごとく白くなった。
「ま、まさかあの事か…!?しかし二十年以上も前の事をなぜ・・・」
「たわけが!お前に捨てられ陵辱された女はわしの娘じゃ」
「ば、馬鹿な…。そんなはずが…」
 愕然と膝から崩れ落ちる福永。その襟首を掴まえて無理やり立ち上がらせたのは少女遊であった。
「どういう事だ。てめぇ、正直に話せ」
 ドスの聞いた低く押し殺した声に、福永は「ひっ」と喉を鳴らした。少女遊の顔は怒りに歪んでいた。あまりの恐怖に答えられない福永に代わり、翁がその問いに答える。
「そやつはの、若い頃好きあっていた女がいたのじゃ。しかし、この福永家との縁談話が持ち上がり、陰陽師としての地位と名誉に眼がくらんだこの男は女を捨てた。しかもその女が自分の子供を身ごもっていることを知ると、それを堕ろすようにせがんだ。女がそれを断ると、この男、こともあろうにその女に呪いをかけて腹の赤子を流産させたのじゃ。女はその呪いの苦しみと赤子を失った悲しみで狂い、死んだ…」
「し、仕方なかったんだ。わしがここの家に入るには子供などいては困る。だから堕ろすように言ったのにあの女…」
 ガコッ。
 派手な音とともに福永の顔面に拳が決まった。少女遊の容赦のない一撃で壁まで吹っ飛ぶ福永。それを見下ろして彼は侮蔑の言葉をはき捨てた。
「最低だ。てめぇは…。人間、いや虫けら以下だな」
 言葉には出さなかったものの、他の者も大体同じような気持ちを抱いたらしい。彼を見る眼は冷ややかだった。
「ほっほっほ。虫けら以下とは心外じゃのう。蟲とて自然界の摂理を守るくらいの理性はあるぞ。こやつはそれすらも守れていないのではないか?同属を必要も無いのに殺しているのだからの」
 翁の口調は穏やかであったが、その静かな口調の中には強烈な怨みが篭っている。
「さてと、そやつに止めを刺したいのじゃが良いかね?それとも理由を聞いてもまだ邪魔するかの?」
「待って下さい」
 そう言って皆から一歩前に歩み出たのは、小柄な少女であった。
 神崎美桜。彼女は自分の力を不安を感じていた。自分の力いつ暴走するか分からず、周りの人々を傷つけてしまうのではと恐怖に駆られている。だが、今回の事件を聞き争いをやめてほしい、誰も傷つかないでほしいという思いを伝えるため、彼女は兄と慕う都築に伴われてこの場に臨んだ。
「お願いです。戦いをやめてください。もう誰かが傷つくのをみたくないんです。怨みは怨みを生むだけです。自分から歩み寄らなければ何も生み出さない。お願いです。憎しみで自分を殺さないで」
「優しいお嬢ちゃんじゃのう。では尋ねるが、今回わしがここに訪れなかったらこの男はわしに詫びたかの?」
「え?」
「いやさ、己の冒した罪を悔いるだけでも良い。そんな事をしたかな?恐らくしないじゃろうな。それにわしは怨みだけで動いているわけではない。法律は総ての人間を守ってくれるわけではない。あくまで常識の範疇のみ。陰陽師たちの悪行が白日のもとに晒されることなどないのじゃ。なれば、それに天誅を与える者たちが必要じゃろう」
「なるほど。それが貴方達の戦う理由ですか…。美桜、下がって」
 都築が桜井の肩を掴んで後ろに下がらせようとする。
「でも…」
「残念だが、説得して退いてくださるような方ではないらしい。これ以上は危険だ」
 翁の言葉に秘められた信念を感じて、都築は説得を諦めた。神崎の気持ちを考えてできれば説得させてやりたかったが、向こうには譲れないものがあるようだ。恐らく話し合いは平行線を辿るだけだろう。神剣「ツクヨミ」を突きつけ、神崎を後ろに庇う。
「残念だけど、私たちも依頼を受けているの。この男を守るというね。契約した以上、それを譲るわけにはいかないわ」
 藍は腰を落とし、拳を前に突き出した。その拳に凝縮された光が宿る。それを見て翁は仮面の裏の瞳を細めた。
「ほっ。発勁か。そこそこは使えるようじゃの」
 発勁とは体内で練った気を足先から肩まで、気の通り道気道を通して、拳に集めて放つ技である。練り上げた気、すなわち生命エネルギーは強力な破壊力を発揮し敵を打ち砕く。気を操るには特殊な呼吸法と鍛え上げれた肉体が無くては使えない。高度な技なのである。
「じゃが、それではわしに勝てんぞ」
「やってみなけば分からないわ」
 言うが早いか、発勁はその場を跳躍して、翁に強烈な蹴りを浴びせた。だがそれを片手であっさりと弾く翁。蹴りを防がれた彼女は、さらに連続して蹴りを繰り出すがそのいずれもがまるで柳に吹く風のように流されていく。
(強い…!)
「ハァァァァァ!!!」
 蹴りが効かないと判断した彼女は、腕にこめた気を解き放つ。気、発勁は白く輝く閃光となり翁に襲い掛かる。
「二段攻撃、かわせるかい?」
 さらに機会を狙っていた鷲見が追い討ちをかけるように呪符を放った。以前、翁と同じ呪禁師を相手にした時、彼らは呪禁を用いて自分たちの攻撃を総て無効化したのである。だが、呪禁で封じられるのは一度に一つだけ。そう聞いていた鷲見は二つの技を同時に抑える事ができるか試してみようと考えていた。
 翁は右手を差し出すと、藍と同じような仕草で気を繰り出した。発勁である。それは藍の気を吹き飛ばし、鷲見の放った呪符をも消滅させた。
「そんな…」
「ほっほっほ。まだまだじゃのう。嬢ちゃん」
「!貴様…!」
 腰に手を当てて笑う翁に、薫と宮小路が己の持つ刀に手をかけた。それを目にして、いよいよ翁の笑いは大きくなる。
「なんと、お主たち、ここでそれを抜くつもりかね?いいぞ。やってみるが良い。この狭い室内でどれだけそれが振り回せるか見物じゃろうの」
 翁の言葉に二人は、いや依頼を受けた者は愕然とした。そう、ここは寝室。幾ら邸宅の一室とはいえやはり限定空間内。大の大人が三人両手を広げて歩ける程度の幅しかない。こんな部屋に十三人も詰めかけているのだから、部屋はかなり圧迫している。今前線で戦った藍が一人で動く程度しか余裕は無い。仮に彼女と交替したからといって翁と一対一の闘いを強いられてしまう。
「わかったか。お主らはわしと戦う場合一対一でなくてはならないのだ。すなわち数の差は問題ではない。ちなみに刀を室内で振り回すのはかなり難しいぞ」
 翁の言うとおりであった。元から彼はこうなることを予測してここを戦場として選択したのだ。依頼を受けた者たちはまんまと翁の策にハメられたのである。
 ふと、今野のレーダーに微妙に反応する熱源が感じられた。ごく小さな蟲のようなもの。かなりのスピードで部屋を飛び回っている。そして今それが向おうとしている場所、それは福永の元であった。
「危ない!なんや知らへんけどおっさんの近く、変な虫みたいのがうろついてるで!」
 彼は仲間達に警鐘を促すかのように大声を上げた。慌てて振り向く彼らの視線に入り込んできたのは正体は失って倒れている福永と、その首元に鋭い針を刺している一匹の蜂。
「ぐわぁぁぁぁ!」
 寝室に福永の悲鳴が響き渡る。見ると蜂に刺され彼の首筋は赤く腫れ上がっているではないか。
「くっ!」
 慌てて薫は呪符を放とうとしたが、彼が手にしたものは朱雀の符。広範囲を焼き払うのには適しているが、このような室内で放てば自分たちまで炎に巻きこまれてしまう。結局宮小路が気合一閃、蜂を切り捨てた。
「そやつは羅翔蜂。姿形は普通の蜂と変わらんが、その身にもった毒は強力じゃ。刺された者は三日見晩高熱に苦しみ、衰弱しながら果てる。解毒剤は無い。毒は総て体内に吸収されてしまうからな」
「しまった…!」
 依頼を受けた者たちは失念していた。敵が使うかもしれないと思われていた蠱毒。それを放つのは蟲であり、翁では無い事を。翁に気を取られすぎていた結果、福永に毒を打たれる結果となってしまった。
「まだ終ったわけじゃない。お前はこれの解毒法を知っているはずだ」
 鋭い眼差しで翁を睨みつけたのは風野であった。彼の右手には短剣が握られている。
「ほう。仮にわしが知っていたとしてどうするね?わしは教えるつもりはないぞ」
「力づくでも聞き出す!」
 彼の体からおぞましいほどの強烈な殺気が放たれた。相手を殺すただそれだけの思念。それは翁すらも驚嘆するものであった。
「ほう。これは大したものじゃ」
「死ね」
 殺気を纏わりつかせたまま一歩踏み出した彼は、しかしガクリと膝を崩した。胸に鋭い痛みを感じたからである。本来なら痛覚は総て消え、痛みなど感じないはずだがどうやら痛みのほうが勝ったらしい。今までの無理が祟ったのであろうか。
 それを見て、翁は窓の方に交代した。 
「ふむ、どういうわけかはしらんが無理は体によくないの。さて、わしの用事は済んだ。今日はこれで帰らせてもらうぞ」
「待ちなさい」
 破った窓から抜け出そうとする翁を呼び止めたのは隼人であった。
「貴方方は勘違いをされていませんか。こんな事をしても堂々回りになるだけで、何も解決しません。復讐とは一番容易な手段です。貴方達は話し合いなど面倒を避けているだけに過ぎません」
「ほっ。これはお笑いじゃの。まさかお主のような陰陽師から話し合いなどという事が聞けるとは思えんかったわ。話合いなぞできる間柄ではなかろうが。ま、お前さん方の実力は大体分かった。今度は手加減せんぞ」
 翁は今度こそ、軽やかな身のこなしで跳躍すると窓ガラスの外の闇へと飛び去っていった。
「逃がすか!召鬼」
 楊は子供のように小さな鬼を召喚すると、翁の後を追跡させるため窓に向わせた。
 すると、窓の外に出ようとした鬼が強烈な電撃を浴びて灰燼に帰した。
「ちっ。結界か…」
 くやしそうに唇を噛む楊。どうやら逃げ出した後に翁はすぐさま結界を張ったらしい。油断のならない男である。
「いやぁぁぁぁ!貴方、しっかりして〜!!!」
 福永の夫人が高熱のためにぐったりとした夫を抱きかかえながら悲鳴を上げた。残された者たちにそれを癒す術は残されていなかった。

 後日、福原は高熱にうなされ、三日三晩苦しみぬいた上に衰弱して果てた。依頼を受けた者たちは様々な手を施してみたが、効果は無かった。毒は毒を持って制す。何の毒か判別できなければ解毒することはできない。だが、結局それがどんな毒であるのか判別することはできなかったのである。
 彼らの旨に寂寥感が漂うのであった。
   
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0622/都築・亮一/男/24/退魔師
    (つづき・りょういち)
0711/風野・想貴/男/17/未来から来た少年
    (かぜの・そうき)
0461/宮小路・皇騎/男/20/大学生(財閥御曹司・陰陽師)
    (みやこうじ・こうき)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)
    (あまみや・かおる)
0229/鷲見・千白/女/28/(やる気のない)陰陽師
    (すみ・ちしろ)
0527/今野・篤旗/男/18/大学生
    (いまの・あつき)
0716/藍・愛玲/女/18/大学生(専攻は建築学)
    (らん・あいりん)
0331/雨宮・隼人/男/29/陰陽師
    (あまみや・はやと)
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶
    (たかなし・あきら)
0721/楊・水鏡/男/28/道師
    (やん・しゅいじん)

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。
 陰陽師狩り〜翁をお届けいたします。
 今回は残念ながら結果は失敗となってしまいました。要因としては蟲に対する対応があまりなかったことと、戦場が限定空間内であることを考慮されていなかったためです。
 お疲れ様でした。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望等ございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のお声はなるだけ作品に反映させていただきます。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って…。