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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


《お花畑でつかまえて》

------<オープニング>--------------------------------------


「だーかーら、マジらしいよ!」
「ウソだぁ」
ネットカフェに女子高生の笑い声が響いた。
学校帰りなのだろう、二人ともキーボードを叩きながら言葉を交わしている。
画面をみて、違う情報を得ながらも楽しんでいる。
「ほら、これこれ」
ショートカットの少女が、自分のパソコン画面を指差した。
「ほんとだーうちの学校じゃん」
液晶画面には、柳沢学園の東棟花壇について!というタイトルが表示される。
大樹の枝葉のようにレスが付け足され、増殖している。
つまりはそれだけ注目されている記事だということだ。
「なになに……あの花壇に死体が埋めてある?!」
もう一人の、セミロングの少女が噴出した。
「うっそぉ」
「でもさ、あの花壇何にも植えてないじゃん」
「……そうだねぇ」
「うちの学校の園芸部、結構頑張ってるのにね」
「ほんとだよね……」
「掘り起こそうとすると事件が起こるってさ」
「……そういえば……」
「−−−あったね、そんな話……」
二人は黙り込み、画面をながめた。


------<月見里邸 5/25 07:18>--------------------------------------


「じゃーん♪」
着替えていた千里は、ベッドに座っていた友人にポーズを取った。
「サイズぴったりみたいだわ」
柳沢学園の生徒である友人と、千里は背格好が似ているのである。
「一度着てみたかったんだよ♪」
「ほんとに潜入捜査なんてするの?」
「やばいかなぁ」
「全っ然! 楽しそうじゃん!!」
「でも学校いいの?」
「今日はスタジオまでティナ様を見に行くからサボりサボりvvv」
友人は最近ハマッているバンド名を挙げて、にっこりと笑った。
自分もサボりなので、注意もできない。
いや、学校をサボることなんて悪いことじゃないのだ。
「友達に千里のこと言っておいたから、困ったら聞きなよ」
千里はその友達の友達、の携帯番号と名前を教えてもらった。


------<柳沢学園(二棟廊下) 5/25 13:09>--------------------------------------


「ほら、あれが噂の花壇」
友達の友達−−−田端頼子は千里を案内してくれた。
「掘り起こしたり中に入ったりすると怪我するんだって」
二階の窓から花壇を見下ろし、千里はふーん、と呟いた。
花が咲いてない以外は普通の花壇だ。
学園内のどこにでも花や緑が溢れているので、浮いているが。
「頼子ちゃん入ったことある?」
「ううん。触らぬ神にたたみなしなんだ、座右の銘」
「なるほどー」
「月見里も気をつけたほうがいいよ?」
「あ、たたりだよ、たたりなし。タタミじゃなくて」
「私の話聞いてた?」
返事の代わりに千里は微笑んだ。
「園芸部の部長は香織先輩だよ」
好奇心剥き出しの千里に、そっと教えてやった。
「会えないかな?」
「……どうだろう。最近、いい噂聞かないから」
開け放たれたいた窓を頼子は閉める。
「人付き合い悪くなったって。園芸部の子が言ってた」


------<柳沢学園 5/25 15:40>--------------------------------------


「えー? 花壇の噂ぁ?」
「そうそう」
下校途中の学生をつかまえて、隆之介は情報収集をしていた。
女の子ばかりに声をかけてちょっとしたハーレム状態だ。
「あたしの友達は運動部なのー。それで、ボールが中に入っちゃったんだよね。
 で取りに入ったら足、怪我したの」
空色のスクールバッグを持った少女は続ける。
「花壇って土柔らかいじゃん? なのにとんがったヤツで切ったみたいなキズでさー。
 カマイタチってやつ?」
自分で喋っているのに疑問形なのはどうしてだろう。
不思議に思ったが、可愛いので気にならない。
「それよりさ、あたしたちこれからカラオケ行くんだけど、お兄さんも来ない?」
「マジで?」
ぴくり、と隆之介の中の何かが反応する。
「甘い誘惑にお兄さん乗っちゃおうかな」
「おいでよー明日休みだし、オールしよ☆」
数人の女子高生がおいでよ、と誘いかけてくる。
「……ん?」
今校門から出てきた一人の少女に、隆之介の視線が移動した。
移動した、というより吸い寄せられた。
しなやかでこわれてしまいそうな細い体つき、風に揺れる髪。
午後の日差しを浴びて、はかない光の精のような少女だった。
「……運命……かな?」
女子生徒に別れを告げて、少女に声を掛ける。
後ろからブーイングが飛んで来た。
「行かないのー!?」
「なんだよジジイ」
などなど。
綺麗な花は棘がある。今それが突き刺さってくる。
「この学校の生徒だよね?」
「え……」
少女は困ったように微笑んだ。その愛らしい笑顔に、隆之介の気持ちはぐっと盛り上がる。
「俺は大上……君は?」
「千里」
「可愛い名前だね」
ぷっと千里が笑った。
「古いナンパみたい♪」
「そうだよ、ナンパしてんの」
「うっそーあんまり古いから冗談かと思った」
さらりとひどいことを言われた。
「実は俺、この学校の花壇の噂を調べてて……」
「あたしもそうだよ♪」
「聞かせてもらえないか?」
「知りたかったら明日この場所においでよ」
「よければ店にでも入って聞かせてもらえたらなんて……」
にっこりと笑み、千里は歩いていった。
「あー……」
もしかしてフラれた?
自分自身に確認してから、隆之介は肩を落とした。


------<柳沢学園 5/26 13:57>--------------------------------------


翌日、校門の前で千里を待っていると、数人の人物が現れた。
どうやら全員花壇のことを調べているらしい。
「やっほー」
一番最後に現れたのが千里だった。
「あれ? 香織さんはまだなのかな」
「香織さん?」
知らない人名に隆之介は問い返す。
「この学校の園芸部の部長さん」
休日にも関わらず、校門に姿をみせた香織は制服姿だった。
「はじめまして。香織です」
香織は長い髪を揺らせながら、全員に頭を下げた。
折り目正しい少女という雰囲気が醸し出しだされている。
「花壇の調査にいらっしゃったようですけど……何かあるんですか?」
「え? 変な噂があるとちゃうん?」
北斗の問いに、思い出したようにああ、と香織が呟いた。
それからくすっと笑う。
「やだ。本気にしちゃってるんですか?」
「そりゃないやろ……」
「まずはご案内しますね、どうぞこちらへ」
口元に手を当てたまま香織は歩き出した。


------<柳沢学園(花壇前) 5/26 14:00>--------------------------------------


「本当に草一本生えていないな」
雑草さえ生えていない黒土。その周りはフェンスで覆われていた。
およそ花壇とは遠い姿である。
がっちりと施錠された緑色のフェンスを、慶悟は叩いた。
「そのわりに手入れがされてる感じ」
千里の指先が、フェンスの網目の間を通り抜け、土に触ろうとした。
「やめた方がいいですよ」
香織は静止する。
「呪われちゃったりするん?」
「噂ですよ。それに、流したの私なんです」
「え?!」
全員の視線が香織に向く。
「私が一年の頃だから……二年前か。その頃からこの花壇だけ草が生えなくなりました。
 どんな生命力の強い花でも、雑草さえも。なんでだと思います?」
花壇の一番近くにある校舎を、香織は視線で指した。
「あそこ、科学部の実験室だったんです。
 中和されていない有害な物質を、この花壇に捨てた部員がいたんですよ。それも沢山。
 その影響でこの花壇は死んでしまった。今は再生している最中なんです」
壊すのは簡単。治すのは時間がかかる、と香織は言った。
「それで噂?」
「恐い噂を流しておけば、誰も近寄らないでしょ?
 この花壇はまだ化学薬品で汚染されてる。触ったら肌荒れますよ」
女の子らしく、千里は土に触らなくて良かったと思った。
「なんやーそれだけなんかー」
お菓子を取り上げられた子供のように、北斗は肩の力を落とした。
「幽霊苦手やらからそれもいいけど」
力の発動の鍵であるバンダナをほどく。
「私、これから用があるから帰りますけど、皆さんはどうしますか?」
「これ以上の調査は必要ないかも。
 買い物していこうかな♪ ショッピングモールあるでしょ♪」
「駅の近くだから、道案内しましょうか?」
「ありがと香織ちゃん!」
すたすたと歩き出した二人。
「……おい」
隣に立っている静に、慶悟はささやいた。
「信じるか?」
頭を左右に振る。
「この花壇から感じる気配……デマなんてもんじゃないぜ」
小さくなった煙草を、慶吾は花壇に投げ捨てた。
「何するんですかっ!!」
千里と一緒だったはずの香織が走ってきた。
「私の話聞いていなかったんですか?! 何もしないでって言ったじゃないですか!」
「無作法者ですみません」
慶悟の代わりに隆之介が謝罪する。
香織はスカートのポケットからフェンスの鍵を取り出し、花壇から煙草を取る。
それをそのまま、また投げた。
「行きましょう」
不機嫌そうな香織をフォローするように、隆之介は促す。
「ええ……」
香織の姿が校舎の曲がり角に消えてから、慶悟は煙草の吸殻を拾った。
ジャケットから携帯灰皿を出しそれに捨てる。
「ちょっと見えてきたな」
「慶悟行儀悪いわ」
「お陰であの花壇とあの生徒の因縁浅からぬ仲がはっきりしたじゃねぇか」
「……なんで?」
北斗は首を傾げる。
「解らないならそれでいい」
「いけずやなぁ!」
「知りたいなら夜また、この場所に集合ってことで」
「なんで?」
「植物は太陽の下に生きるもの。夜は寝てる」
「慶悟の言ってることはよう解らん……」
「子供いじめるならママのいないところで、ってことさ」
目を白黒させたまま、北斗はとりあえず、と頷いた。


------<柳街道 5/26 14:22>--------------------------------------


「香織ちゃんって部長さんなんでしょ? すごいなー」
学園から駅に向かう大通りを、三人は歩いていた。
「そんなことないですよ」
「だって柳沢の園芸部って賞とか色々取ってる♪」
照れたように香織は微笑んだ。
「園芸って楽しいですよ。花にこうなってください、ってお祈りして世話をするの。
 思い通りになってくれないこともあるけど、それも楽しくて」
「へぇ……」
隆之介は素直に感心した。
「思い通りにならないことを怒る人はいても、楽しめる人って少ないよな」
横を歩く香織。その横顔に哀しみの色が滲んだ。
「慣れたからかな。嫌なこと、一杯あったから」
「聞いていい? 喋った方が元気になることもあるよ♪」
明るく真っ直ぐな千里の良心に、香織は微笑んだ。
ともすればおせっかいに感じるようないたわりを、千里は使いこなしている。
本人は意識もしていないだろうが。
「一年の時、恋人が死んじゃったんだ。
 だから、命……花の世話をするのが好きなの」
聞いてごめん、と千里が謝ろうとしたときには、香織は微笑を浮かべていた。
「この道を右に行くとモールだから」
モールと駅との分かれ道で、香織は立ち止まった。
「ありがとう♪」
香織は二人に頭を下げて駅へ進んでいった。
「いい子だなぁ……運命の人かも……」
「またまたぁ」
ぽこん、と千里は隆之介を叩いた。


------<柳沢学園(花壇前) 5/26 23:00>--------------------------------------


「ただの噂だったんじゃないの?」
夜中に呼び出された千里は、訳知り顔の慶悟に聞いた。
「いーや。とりあえず掘ってくれ」
「はーい♪」
慶悟の真似をしつつ、千里は姿勢を正した。
降り注ぐ月光が千里に誘われるが如く、光片が千里の周りへ集まってくる。
洗練された踊り手のように、千里がそっと虚空へ指先を向けた。
「ブルドーザー♪」
指先へ集中した月光が一気に跳ねた。
柔らかい光が硬質へと姿を変え−−−やがて黄色の直線的機械へと落ち着いた。
前方に平面金属を取り付けた、工業用の乗り物である。
「運転できる人ー」
全員が同時に首を振る。
「……あう……じゃ勝手に動いてくれるブルドーザー君にしよっと♪」
「千里ちゃーん。ブルドーザーじゃ掘れないよ」
「……あう」
隆之介の助言に、千里は困ったように笑った。
「勝手に動くショベルローダー!!」
高らかと千里は言い放ち、首長竜のようなショベルと備え付けた、工業用機械を出現させた。
「Bravo!」
千里は慶悟の応援に元気を出し、さっそく花壇を掘り返した。
「香織さん、許してくれ。必ず元通りにするからさ」
一人、隆之介は花壇の主に謝罪した。
フェンスを乗り越え運び出された黒土は、花壇の隣に山を作り始めた。
「……ん? 何かある」
徐々に成長していく黒山。そこに白い破片を隆之介は見つけた。
白くすかすかで、軽い物体。石のようでもある。掌に乗るサイズだ。
「うわっ!」
取り出すと、無数の根が巻きついているのがわかる。
いや、白片自体が種の様に根を伸ばしていたのだ。根はとぐろを巻く蛇を連想させた。
「安心しろ。まだそれ自体になんの力もない」
花壇の四方に札を置きながら、慶悟が言った。
「水気退け火気奉ず! 悪障害障微塵と消えよ! 急々如律令!」
その言葉が引き金となり、四方の札が炎を噴出す。
四方の点は結びつき辺へと姿を変える。夜の闇に強烈な赤が咲いた。
花を忘れた花壇には似合いの炎の華かもしれない。
「焼畑農業終了!」
土に染み付いた穢れを焼き払った炎は、瞬時に消えた。
また静寂が周辺を包む。
隆之介は持っていた白片を投げ捨てる。
全身の毛が逆立つような悪寒を感じたからだ。
白片は苦しみに震え、その振動は空気を伝わって耳を貫く。
「きゃっ……!」
殺気とも高音とも取れる念波に、千里は耳を押さえた。
耳を押さえても意味がない。念は魂に直接振動を伝えてくる。
人骨は母なる大地から引き剥がされたことに、強烈な怒りと哀しみを感じているようだ。
「うるさい……っ! 恐いの苦手やー!」
本人は意識もせず。北斗は白片を遠くへ投げ捨てた。
素晴らしい筋肉の収縮で、闇の遥か彼方まで飛び去らせる。
「馬鹿っ!」
ごつん、と北斗の頭にゲンコツが落ちてきた。
「あの花壇との力の供給は断ち切ったが、まだあいつは生きてる……。
 飛んだ先に温床があれば、また呪いのなんとやらになる」
「呪いの階段とか?」
「ああ」
「呪いの保健室とか」
「呪いの亀とか♪」
千里は冗談混じりに加わった。
「亀が鈍いのは普段からだろ」
突っ込みつつ、隆之介は白片の飛んでいった方向へ走り出した。
星さえ包む暗闇の中なのに、隆之介の目にははっきりと方向が見えたのだ。
「……俺って、こんなに夜目効いたっけ……」
自分自身に問いかけながら。


------<柳沢学園(教員駐車場) 5/26 23:40>--------------------------------------


白片の落下地点にたどり着いた時、隆之介が誰かと会話をしていた。
「香織さん?」
ガウンを羽織っただけのパジャマ姿の、香織だ。
大急ぎで家から来たのかもしれない。
肩が荒い呼吸で上下している。
香織の手には、月光を浴びててらてらと輝く包丁があった。
「お願い。この人を放っておいて!」
「人……?」
「それって、昼間聞いた人?」
隆之介の問いに、香織は否定も肯定もしなかった。
ただ怯えたような、威嚇するような視線を送るだけ。
「死んだんじゃないのか……」
「死んでない。あの人はずっと私を呼んでくれていた」
ぼろぼろと香織の瞳から涙が零れる。
「命が咲くあの花壇なら、あの人もやがて命を取り戻す。
 そう、教えてもらったから……」
「そう。命の数は等しい。何かが生き延びるためには、何かの命が必要だ。
 だが−−−花の命は短い」
千里でも、隆之介でも、香織でもない。
腹のそこから湧き出すよな笑みを、押さえ込むような声。
小さなささやく声なのに、何処までも大きく響く声。
「誰だ……?」
刀を抜き放ち、静は構える。
尋常でない気配が、学園全体を多い始めている。
「大きな命を支える為には、大きな命が必要だ。
 キミにはそう、始めに教えたじゃないか」
「あ……」
その場に香織は座り込んだ。
「大きな、命……」
「キミは出来なかった。大好きな人を生き返らせるには、人間の命があれば足りるのに。
 誰も殺せなかった。だから、花の命を捧げた。
 蒔いても蒔いても芽吹かぬ種を、育て続けた。あの花壇で」
「……人の、命……」
誰かが香織の心を揺さぶっている。
止めなければ。
全身の細胞が嫌な予感を感じて、千里に警鐘を鳴らす。
だが、体が動かない。
一歩でも動けば、彼女に意識を注げば。
どこからかこの−−−妖気の主が襲い掛かってくる。
湧き上がってくる負のイメージと戦うだけで、精神は急速に疲労していった。
額から冷たい汗が投げれ落ちる。それさえ拭うことができない。
細かい針を毛穴に差し込まれるような感覚だ。
身を守るにしても、あと一回しか力を発動することができない。
何を作ったら役に立つのだろう?
「だって−−−恐くて。殺すなんて」
「でもキミは花を殺した。同じことさ」
「人殺しなんて……」
「生きるために殺す。誰だってしていること」
「花が枯れただけでも、あんなに悲しいのに……!!」
「……そう」
ふう、と妖気が波の様に引いていく。
思わず千里は安堵の溜め息を漏らした。
「待って! 行かないでっ!!」
妖気に向かって香織が叫ぶ。
「捧げるから! 命を! だから−−−」
月光を受けた包丁は、その月光そのものが刃の形をとっているようだった。
香織の細い喉へ、月光が突き刺さった。
「だから、あの人を……生き……かえ……」
言葉を発しようとしたが、香織の口から溢れたのは鮮血だった。
噴水の如く血が喉元から溢れ出す。
香織の握っていた掌から、白片が転がり落ちた。
血溜まりの中に落ちたそれは、血を吸い上げる。
目の前が真っ暗になった。
貧血だ、と思ったときには、千里はその場にへたりこんでいた。
大量すぎる血に吐気を覚える。
「……やばいっ!」
軽く北斗はアスファルトを蹴った。
香織の側で着地して、傷口を押さえようと手を伸ばす。
その手をすり抜けるように、香織は前のめりに倒れた。
「冗談やろ……」
「呆けてるな! まだ終わってないぞ!」
叱咤するように、慶悟は叫んだ。
はっと隆之介は我に返った。
「ぐがっ……」
骨や関節と関係なく、かつて香織だった物体が蠢いた。
ぐりん、と背を90度反らせて立ち上がる。
自分自身で切り裂いた喉の裂傷に、白片がしがみついていた。
染み出る血を全て飲み干すように、根を広げて。
白眼をむいた香織の瞳から止め処なく涙が零れていた。
「終わらせてやる……」
空間さえ断つ剛剣が香織だったものを引き裂いた。
肉に刃がめり込んだ瞬間、誰かの謝罪の祈りを聞いた。
それが香織のものか、香織が求めていた誰かのものかはわからなかった。


パチパチパチパチ……。
頭の上から、軽やかな拍手が降ってきた。
「本日の見世物はこれにて終了」
駐車場を見下ろすよう位置、校舎の屋上に人影があった。
「見世物はこれにて終了……」
くすくす、と笑い声を残して人影は消えた。


------<柳沢学園(花壇前) 5/26 05:30>--------------------------------------


「ほらほら! 急がなくちゃ!」
夜明け前の学園に、千里の元気な声が響いた。
「人使い荒いなー」
「言い出したのはあんただろ」
「そりゃ、そうやけど」
北斗の提案で、元に戻された花壇に花を植えることにしたのだ。
先日までの殺気は何処にもなく、あるのはただ静かな土のみだ。
「急がなきゃ生徒が登校してくるよー」
「はいはい」
種まきに精を出す二人を横目に、慶悟は煙草をふかしていた。
手の中には破れた形代がある。
鋭利な刃物で切り裂いたように、真っ二つだ。
「いくら好きな人だからって、自分が命を捧げるなんてな。
 どんなに努力したって人間は理解し合えないのに。
 何が彼女をそうさせたんだか」
「相手の気持ちがわからなくても」
ぽんぽん、と北斗は土を掌でやんわりと叩いた。
祈るように一粒ずつ丁寧に種を植えている。
「同じ物を見て、同じように感じることはできるやん」
歩み寄りの努力などではなく、ただ自然に気持ちがそうなること。
北斗の横顔はそう語っていた。
「花を見て綺麗だと思わん人間はいないし……」
花の美しさは人間が勝手に受け止めているだけだ。
あの色彩は全て虫のためで、虫の目にはまた違う色彩で咲く。
「花の咲いてない花壇なんて、寂しすぎるやん」
ふう、と紫煙を吐き出した。
「それでも人は花を植える……祈りのように、か」
慶悟は隆之介に手を出した。
「種、一個くれ。俺も植えとく」
手渡し、隆之介もまた、土に種を蒔く。
「触らぬ神にたたみなしー」
ふっと思い出したことを呟いた。
「……ほんとは、香織ちゃん……」
生き返りを望んでいなかったのかもしれない。
恋人が死んだのは二年前、だが花壇の噂も付き合いの悪さも最近はじまったことなのだ。
忘れようと、乗り越えようと努めていたのに。
誰かがそっとささやいたのかもしれない。
生き返らせる方法があるよ、と。笑いながら。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0165 / 月見里・千里 / 女性 /16/ 女子高校生
 0365 / 大上・隆之介 / 男性 /300/ 大学生
 0425 / 日刀・静 / 男性 /19/ 魔物排除組織ニコニコ清掃社員
 0262 / 鈴宮・北斗 / 男性 /18/ 高校生
 0389 / 真名神・慶悟 / 男性 /20/ 陰陽師

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、周防です。
 今回の『お花畑でつかまえて』はいかがでしたでしょうか?
 タイトルに似合わない話になりましたが(笑)
 他の方のもご一読頂けると、謎がわかったりわからなかったり。
 触れている部分もありましたが、
 今後この柳沢学園における依頼もあると思います。
 記憶のすみっこにでも置いていただけると幸いです。
 感想・要望等ございましたらお気軽にテラよりメールをください。

 ご縁がありましたらまたお会いしましょう。 きさこ。