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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間興信所からの依頼
 その日、草間興信所を訪れたのは上品そうで、実直そうな老人だった。
「わたくしはこういう者でございます」
 その老人は筋張った手から1枚の名刺を草間に渡す。杉原慶治と書かれたその名刺には今時珍しい『執事』なる肩書きが書き込まれていた。
「実は北岡家の跡取り娘である月子様が行く方知れずになってしまわれたのです。こちらでは人捜しの様なこともしているのでございましょう?」
 杉原老人は淡々と話を進める。
「まぁ‥‥そうですね」
 人捜しと浮気調査を扱わない興信所は少ない。これこそが業務の大半だといってもいいところもあるだろう。
「月子様は、最近誰かに狙われていたようなのでございます。外出なさると、誰かに見張られている様だと言っておられました。どうかお嬢様をお捜しください」
「わかりました。では詳しいことを教えてください」
 草間は煙草の火を消して必要事項を聞き取り始めた。杉原老人は月子のスナップ写真を数枚と、手付けとして相場よりも多い金を置いていった、だが、去り際にこう言った。
「申し訳ありませんが、この依頼はあちこちに致しております。もし、お嬢様を見つけだしたのが他の方々でありましたら、成功報酬はお支払い出来ません」
「‥‥ごもっともですな」
 草間は肩をすくめてうなづいた。
◆情報
・失踪した者:北岡月子(きたおか・つきこ)25才未婚、無職。
・失踪した日:5月5日
・当時の服装:白いスプリングコート、黒いワンピース
・状況:東京の美術館へ絵を見に行くと言って家を出た。車で美術館までは行っている。
・備考:これまでも、時折姿を消す事があったが1日か2日で戻っており、こんなに長期になったことはない。家の者達はそれを『神隠し』と呼んでいた。
・親しい友人:藤堂雪乃(大学時代からの友達)
・最近、誰かに狙われていると言っていた。

◆真剣なる副業
 月刊アトラスの一室では、瀧川七星(たきがわ・なせ)がパソコン1台とデスクを占領していた。勿論、誰が許可をしてくれたわけでもない。勝手にやっているのだ。
「せ、先生‥‥あの御原稿をお持ち下さったのは有り難いのですが、ここで何をしているんですか?」
「あ、三下君お構いなく。お昼は店屋物でいいからね」
「先生‥‥」
 がっくりと肩を落としつつも、三下は電話に向かう。いつもなら編集長の碇麗香がバシッと言ってくれるのだが、今日の出社は遅くなるのだと連絡が入っている。知り合いと飲みに行って痛飲したのだろう。その時、ピロピロと電子音が鳴りだした。
「あ、俺の携帯‥‥」
 急いでディスプレイを見ると、シュライン・エマからの電話だった。
「あ‥‥うん。そうか、やっぱ依頼いっているんだな。そうだな、ここはひとつ協力しようじゃないか。あぁ、そっちはタマに言ってあるから大丈夫だ」
 七星は手短に話を済ませると携帯電話を切り、パソコンの前から立ち上がる。
「長らく悪かったな。じゃ‥‥また」
「‥‥お疲れさまでした、先生」
 手をひらひらと振って三下はお見送りをする。そして、数分後、三下は七星の為に頼んだラーメンの出前に予想外の出費を強いられるのだった。
 待ち合わせの場所、銀座マリオン前にはシュラインが一番先に来ていた。丁度13時で大きなカラクリ時計が動き始める。
「よう、久しぶり。何か判ったか?」
 アトラスを出たその足でここまでやってきた七星は、シュラインに片手を上げて挨拶をする。七星の金色の髪はこういう人混みでも目立つから、待ち合わせはいつもシュラインが先に相手を見つける。
「判った事は少ないわ。藤堂さんからはほとんど何も聞き出せなかった。というか、雪乃さんはあまり物事を深く考えない人みたいね。だから観察力が欠落しているのよ」
 シュラインの言葉は手厳しい。だが、実際に会ったうえでの感想なのだからどうしようもない。
「‥‥なるほど」
 育ってきた環境のせいかもしれないなぁと七星は思う。
「でも、杉原さんに月子さんの写真は見せて貰えたわ。もしかしたら、彼女が関わっていた犯罪のヒントになるかもしれない」
 シュラインは借りることが出来た数枚を七星に見せる。
「どれも同じ場所みたいだな。月子さんの服装や髪型は全然違うということは‥‥」
「何度も同じ国を往復していたみたいなの。つまり‥‥」
「‥‥密輸か」
 七星はピンと写真の中の月子を指で弾いた。2人が話をしているほんの目と鼻の先で、白雪珠緒(しらゆき・たまお)はじっとカラクリ時計を見つめていた。メタリックな人形達が現れて演奏をする。ほんの数分の事だが瞬きもせずにじっと見つめていた。
「はにゃ〜、すっごい〜。時計の中身はどうなっているんだろう?」
 すっかり時計が元に戻った後も、ぼんやりと夢見心地で時計を見つめている。
「あ、こらタマ。お前ここにいるなら居るってちゃんと言わなくっちゃだろう?」
 カラクリを見るために集まっていた人が減り、七星はタマを見つけて駆け寄った。
「七星こそどこにいたの? 今すっごく面白いのがあの時計の中から出てきたんだよ‥‥あのね、先ず時計が上にぐうううって上がって‥‥」
 身振り手振りで説明を始める珠緒をなんとかなだめて大人しくさせる。
「わかったから。この話は猫缶の報酬を決めた後にゆっくりとしよう、な?」
「猫缶? うん、わかった」
 お手軽に丸め込まれた珠緒は、文句も言わずに七星とシュラインに従った。
 昼食時だったので、飲食店はどこも混んでいたが路地を入ったところにあるうどん屋になんとか潜り込む。こしが強くて美味しいうどんの店だった。
「じゃあ、美術館から月子はまた車に乗って行ってしまったんだな」
「うん。猫たち総動員して聞き込んできたんだから、ぜっ〜たいに間違いないよ」
 珠緒は自信満々で言った。どうやら車とはタクシーの事らしい。強要されたかどうかはわからないが、月子は自分の意志でその場所へと向かったということだ。拉致されたわけではない。
「なかなかナイスな情報だな」
「わ〜い、褒められた。これで猫缶はバッチリいただきだ〜」
 嬉しそうに珠緒は橋を振り回す。猫舌の珠緒だけがまだうどんを食べていたので、汁が飛びあわてて七星とシュラインの手を押さえられる。
「相庭晴彦の死亡は確認されていないわ。失踪していることは確かだけど、現在は行方不明で生死不明ってところね」
 シュラインは新聞などで事故のニュースも調べてみたが、それらしい事件はありすぎて捜査しきれない。
「身元不明のまま事故死した誰かが晴彦だったのかもしれないわ。そうなると、お手上げってところね」
「‥‥う〜ん、月子の居場所を探すどこか一緒に居そうな奴まで失踪中か。‥‥まさか一緒『愛の逃避行』とかじゃないだろうな」
 多分晴彦は生きてはいないのだろう。シュラインも七星もそう直感していた。だが、それを裏付ける証拠が何一つ見えて来ないのだった。

◆女子学生達の結界
 夕方のファーストフード、ファミリーレストランは大概学生達で占められている。大人達にとっては忙しい時間だが、彼らには比較的自由に過ごせる時なのだろう。彼らが仲間内で遊ぶ為に作る空間は、他の世代の介在を許さない程強固だ。ある意味『結界』と言って良い目に見えない圧力のある障壁だ。
「ね、ちーちゃん、これ‥‥ちょっと見てくれない?」
 榊杜夏生(さかきもり・なつき)は数枚の写真を久留宮千秋琴(くるみや・ちあき)の前に置いた。
「この写真って‥‥あ、もしかして」
 千秋琴にはその写真に写る人物に心当たりがあった。女性は北岡月子、そして男は相庭晴彦だ。
「杉原さんに言って貸して貰ったの。すっごいけち爺でね、今日中に返さないと駄目なんだけど、何かわかる?」
 夏生は期待のこもった瞳で千秋琴を見つめる。千秋琴はコクンとうなづくと、写真の上に手をかざしそっと目を閉じる。少しずつ千秋琴の眉間がしかめられていくのを夏生は声も出せずにただ見守っている。長い時間が過ぎた様だったが、腕時計を見るとたった5分ぐらいだった。
「多分‥‥女の人は生きてるけど、男の人は死んじゃっていると思う」
「嘘! じゃやっぱり『霊』の事件なの?」
 夏生は複雑な心境を投影してか、複雑な表情をした。晴彦が死亡したという話しは月子が雪乃の語っただけだから、嘘をついているのかもしれないとも思っていたのだ。
「私はそう思うけど‥‥お互いに自分の思うとおりに行動して、時々情報交換するのがいいんじゃないかしら?」
 控えめに千秋琴は提案した。
「そうだね‥‥あ、確か絵里佳ちゃんも草間さんのお手伝いをしているって聞いたよ。情報交換するのなら絵里香ちゃんも誘ってみない?」
「それはいいわね。2人より3人の方が心強いわ」
「わかった」
 さっそく、夏生は携帯電話を取り出した。

◆夜の美術館
 辺りには誰もいない。気配を殺していたとしても、今の自分にはわかる。空には煌々と青白い月が空と地上を照らしている。理性はぼやけていて、何をどう順序立てて行えばいいのかよくわからない。ただ、思いっきり限界まで持てる力を行使してみたいという誘惑が心の奥から少しずつあふれてくる。その純粋で危険な思いを留めているのは、強く心に念じた事‥‥手にした布と同じ臭いを探す事だ。これはしなくてはならないことだ。何をしたいのなら、この臭いを突きとめてからじゃないとしてはいけないと思う。なんとも不自由だと思ったが、黙々と作業を続けた。
 離れた場所で、松浦絵里佳(まつうら・えりか)と高御堂将人(たかみどう・まさと)は獣化した御上咲耶(みかみ・さくや)を見つめていた。絵里佳は咲耶を心配そうにじっと見つめていたが、将人の目はもっと冷徹だ。行動を監視しているといった風だ。それは獣化する前に本人が将人に頼んだ事だ。
「他の誰にも頼めない。もし、俺が暴走したらあなたが僕を止めてください。多分、あなたしか出来ない事でしょう」
 冷静な眼差しで咲耶は言った。絶対の信頼‥‥というのとは少し違う。咲耶は将人の危険さは承知しているし、自分だって普通の人間から見れば十分の危険な存在であることをわかっている。それでも、他に頼める者はいなかった。
「わかりました。明日のニュースや新聞を華やかに飾る様な事にはしませんから、安心してください」
 軽口の様に将人が言う。咲耶は心を決めて『能力』を使った。
「大丈夫でしょうか?」
「‥‥平気でしょう。彼は有能ですから何かしら手がかりを見つけてくる筈ですよ」
 穏やかに将人が請け合う。
「いいえ、あの‥‥私が言っているのは咲耶サンの事なんです」
 草間興信所からの依頼は大切だが、絵里佳にとっては咲耶の無事の方が大切な事なのだ。
「そんな事‥‥別に無理をしているんじゃなくて、持っている能力を開放しているだけです。或いは、普段の生活の方が余程無理をしているのかもしれませんよ」
 将人は遠くの咲耶から目を逸らさず、謎めいた言葉を言った。
 翌日、絵里佳は千秋琴と夏生と落ち合った。
「それで‥‥何かわかったの?」
 勢い込んで夏生が聞くと、絵里佳は首を振った。
「美術館には月子さんの痕跡はないんですって。つまり、すぐに別の場所に移動してしまったらしいって咲耶サンは言っていたわ」
「それじゃあ‥‥手がかりがなくなっちゃったね」
 千秋琴はアイスコーヒーのストローをくるくるさせながら言う。
「それで、私家に戻ってこの事件の事を占ってみたの」
 絵里佳は愛用のタロットカードを用いてこの事件を占った。
「それで?」
 夏生は先を促す。さして信じているわけではないが、占いが嫌いな女性はあまりいない。ついつい興味が出てくる。
「月子さんの現状は『隠者』と『魔術師』そして『恋人』の逆位置だったの。そして、未来は『運命の輪』と『塔』‥‥よ」
 絵里佳の表情から、2人ともその占いの結果があまり良くないものであることは容易に予想がついた。

◆苦い結末
 結局誰もまだ月子を探し出してはいない。翌日、草間は苦い顔で調査の中止を宣言した。
「これ以上ずるずるとやっても駄目だろう。クライアントには伝えておく」
 事実上の敗北宣言であった。
 灯りを消した自室で1人、咲耶はゴロンとベットに横たわっていた。普段ならば習慣となっている勉強も手につかない。
「俺が『力』を使ってもその人を捜しきれなかったなんて‥‥」
 悔しいと思う。胸の一番深いところが焦げている様な痛みを訴える。理性が吹っ飛ぶギリギリまで捜索をした。一線を越えそうなその時の感覚は言葉にすることは難しい。ゾクッとする恐怖とスッキリした開放感がごちゃ混ぜになっていた。誰にも、将人にも借りを作りたくないとする思いが限界だった理性を更につなぎ止めてくれた。
「いつか‥‥暴走するかもしれないな、俺」
 暗闇に輝く黄金の瞳に反して、その呟きはあまりに小さかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0475 /御上・咲耶 /男 /18歳 /変身出来ちゃう高校生】

【0046 /松浦・絵里佳 /女 /15歳 /学生】
【0092 /高御堂・将人/男/25歳/図書館司書】
【0496/久留宮・千秋琴/女/18歳/大学生】
【0017/榊杜・夏生/女/16歳/高校生】
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/興信所職員】
【0177/瀧川・七星/男/26歳/小説家】
【0234/白雪・珠緒/女/523歳/フリーアルバイター】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。社長令嬢の事件の結果をお届けします。色々とあれこれ考えたのですが、現状では依頼を成功させる事は出来ませんでした。そう遠くない頃にまたリベンジネタの依頼を出す予定ですので、ご容赦くだいませ。

咲耶様
 月子嬢のハンカチを借りたままになっています。捜索で手がかりを得られなかったのは、咲耶さんの能力が足りないわけではありません。そこに手がかりがなかったという事です。