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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


月刊アトラスの取材要請
 編集長の碇麗香は長い綺麗な爪でトントンと机を叩く。あわてて三下忠雄は書きかけの原稿をしゃにむに打つ。こんな時は麗香に関わってはいけない。
「ねぇ、北岡家が失踪した娘に多額の賞金をかけて探しているって話を、知っているかしら?」
「え? なんでございますか?」
 忠雄は愛想よく返事をしたが、目は画面をにらみ手はひっきりなしにキーを叩いている。
「よくある由緒ある家柄の跡取り娘の放蕩話よ。男にいれあげて家に寄りつかないって話なんだけど、それは表向きで一癖もふた癖もありそうな女なのよ。この女には恋人だった相庭春彦と共謀して様々な犯罪に関与してるって噂があるわ。そもそもこの春彦も先月から行方不明だし」
 麗香は忠雄の様子など確かめる事もせず、話を続けている。
「”名家令嬢の転落”でも良いし”古き血が生んだ毒花”でもいいわ。とにかくこの娘を捜し出してコメントをとってらっしゃい」
「わ、わたくしめがですか? ざ、残念だなぁ。この原稿がどうしても終わらなくて」
 もごもごと忠雄が言い訳を言う。
「そうね、もしその娘を見つけだすことが出来たら、賞金は自分のものにしていいわ。特別に副業とはみなさないであげる」
「え?」
 初めて忠雄が視線を麗香とあわせた。
「もちろん、賞金は早い者勝ち。その娘を捜し出して家まで送って行った者だけに支払われるのよ。それで‥‥」
「いってきま〜す」
 麗香の言葉が終わらないうちに、忠雄は編集部の部屋を出て行った。
「まったく‥‥あの様子じゃまた他の者に先を越されそうね」
 麗香はため息とともに、その娘のデータを自分のパソコン画面に呼び出した。忠雄だけでは心許ない。溜息をついた後、この仕事を任せられそうな者達に数本のメールを作成し始めた。
・失踪した者:北岡月子(きたおか・つきこ)25才未婚、無職。
・失踪した日:5月5日
・親しい友人:藤堂雪乃(大学時代からの友達)
・趣味:琴、旅行、写真
・現在秘密裏に警察が内偵しているらしい。

◆真剣なる副業
 月刊アトラスの一室では、瀧川七星(たきがわ・なせ)がパソコン1台とデスクを占領していた。勿論、誰が許可をしてくれたわけでもない。勝手にやっているのだ。
「せ、先生‥‥あの御原稿をお持ち下さったのは有り難いのですが、ここで何をしているんですか?」
「あ、三下君お構いなく。お昼は店屋物でいいからね」
「先生‥‥」
 がっくりと肩を落としつつも、三下は電話に向かう。いつもなら編集長の碇麗香がバシッと言ってくれるのだが、今日の出社は遅くなるのだと連絡が入っている。知り合いと飲みに行って痛飲したのだろう。その時、ピロピロと電子音が鳴りだした。
「あ、俺の携帯‥‥」
 急いでディスプレイを見ると、シュライン・エマからの電話だった。
「あ‥‥うん。そうか、やっぱ依頼いっているんだな。そうだな、ここはひとつ協力しようじゃないか。あぁ、そっちはタマに言ってあるから大丈夫だ」
 七星は手短に話を済ませると携帯電話を切り、パソコンの前から立ち上がる。
「長らく悪かったな。じゃ‥‥また」
「‥‥お疲れさまでした、先生」
 手をひらひらと振って三下はお見送りをする。そして、数分後、三下は七星の為に頼んだラーメンの出前に予想外の出費を強いられるのだった。
 待ち合わせの場所、銀座マリオン前にはシュラインが一番先に来ていた。丁度13時で大きなカラクリ時計が動き始める。
「よう、久しぶり。何か判ったか?」
 アトラスを出たその足でここまでやってきた七星は、シュラインに片手を上げて挨拶をする。七星の金色の髪はこういう人混みでも目立つから、待ち合わせはいつもシュラインが先に相手を見つける。
「判った事は少ないわ。藤堂さんからはほとんど何も聞き出せなかった。というか、雪乃さんはあまり物事を深く考えない人みたいね。だから観察力が欠落しているのよ」
 シュラインの言葉は手厳しい。だが、実際に会ったうえでの感想なのだからどうしようもない。
「‥‥なるほど」
 育ってきた環境のせいかもしれないなぁと七星は思う。
「でも、杉原さんに月子さんの写真は見せて貰えたわ。もしかしたら、彼女が関わっていた犯罪のヒントになるかもしれない」
 シュラインは借りることが出来た数枚を七星に見せる。
「どれも同じ場所みたいだな。月子さんの服装や髪型は全然違うということは‥‥」
「何度も同じ国を往復していたみたいなの。つまり‥‥」
「‥‥密輸か」
 七星はピンと写真の中の月子を指で弾いた。2人が話をしているほんの目と鼻の先で、白雪珠緒(しらゆき・たまお)はじっとカラクリ時計を見つめていた。メタリックな人形達が現れて演奏をする。ほんの数分の事だが瞬きもせずにじっと見つめていた。
「はにゃ〜、すっごい〜。時計の中身はどうなっているんだろう?」
 すっかり時計が元に戻った後も、ぼんやりと夢見心地で時計を見つめている。
「あ、こらタマ。お前ここにいるなら居るってちゃんと言わなくっちゃだろう?」
 カラクリを見るために集まっていた人が減り、七星はタマを見つけて駆け寄った。
「七星こそどこにいたの? 今すっごく面白いのがあの時計の中から出てきたんだよ‥‥あのね、先ず時計が上にぐうううって上がって‥‥」
 身振り手振りで説明を始める珠緒をなんとかなだめて大人しくさせる。
「わかったから。この話は猫缶の報酬を決めた後にゆっくりとしよう、な?」
「猫缶? うん、わかった」
 お手軽に丸め込まれた珠緒は、文句も言わずに七星とシュラインに従った。
 昼食時だったので、飲食店はどこも混んでいたが路地を入ったところにあるうどん屋になんとか潜り込む。こしが強くて美味しいうどんの店だった。
「じゃあ、美術館から月子はまた車に乗って行ってしまったんだな」
「うん。猫たち総動員して聞き込んできたんだから、ぜっ〜たいに間違いないよ」
 珠緒は自信満々で言った。どうやら車とはタクシーの事らしい。強要されたかどうかはわからないが、月子は自分の意志でその場所へと向かったということだ。拉致されたわけではない。
「なかなかナイスな情報だな」
「わ〜い、褒められた。これで猫缶はバッチリいただきだ〜」
 嬉しそうに珠緒は橋を振り回す。猫舌の珠緒だけがまだうどんを食べていたので、汁が飛びあわてて七星とシュラインの手を押さえられる。
「相庭晴彦の死亡は確認されていないわ。失踪していることは確かだけど、現在は行方不明で生死不明ってところね」
 シュラインは新聞などで事故のニュースも調べてみたが、それらしい事件はありすぎて捜査しきれない。
「身元不明のまま事故死した誰かが晴彦だったのかもしれないわ。そうなると、お手上げってところね」
「‥‥う〜ん、月子の居場所を探すどこか一緒に居そうな奴まで失踪中か。‥‥まさか一緒『愛の逃避行』とかじゃないだろうな」
 多分晴彦は生きてはいないのだろう。シュラインも七星もそう直感していた。だが、それを裏付ける証拠が何一つ見えて来ないのだった。

◆3人でパーティを組もう
 明るい光が降り注ぐ渋谷のカフェは広いオープンテラスが人気だ。だが、人もまばらな室内の隅に3人は坐っていた。神楽五樹(かぐら・いつき)と加賀美由姫(かが・みゆき)を引き合わせた今野篤旗(いまの・あつき)は、すぐに『失敗した』と思った。五樹の張り切り具合が全然違っているからだ。いくら若く見えるからといって、ひとまわりも年の違う美由姫をも『ターゲット範囲内』とするのは人間的に問題があると思う。論文が1本書けそうな程の抗議をぐっと胸に秘め、篤旗は建設的な意見を口にした。
「杉原さんの話だと、失踪した時の月子さんはハンドバック1つだけだったらしい。色々考えると、どうも家を出る時には戻らない覚悟なんてしてへんかったと思えるンや」
 篤旗の質問に北岡家の執事、杉原はよどみなく返答した。
「やっぱり自分の意志で家に戻らないのかもね。‥‥カレシの事もだけど、麗香さんが言っていた警察の動きが気になるなぁ、私」
 美由姫は月刊アトラスの編集長、碇麗香から月子捜索の情報を受け取っていた。それによれば、犯罪に関与した疑いがあるとして警察も月子の捜索をしているらしいのだ。
「行ってみるか。そこで相庭晴彦の事も調べられるかも知れへんからなぁ」
「そやな、いっちゃん!」
 篤旗はつい、日頃から呼び慣れている呼称で五樹を呼ぶ。途端に五樹のハリセンがスパーンと篤旗の後頭部を直撃する。
「いっちゃんやない! 五樹先生と呼べっちゅーんや、アホ」
「って〜」
「やだぁ‥‥2人とも面白い‥‥」
 まるで漫才を見ているかのようで、美由姫は笑いを堪える事が出来なかった。大阪の男にとって『面白い』と言われるのは最上級の褒め言葉であり、モテる第一条件でもある。五樹も篤旗も心の中でガッツポーズをしていたのだが、本当に美由姫の好意を得られるかどうかは怪しいところであった。

◆所轄の警察署にて
 雑誌の取材だと言うと面会を断られるかと思ったが、意外にも担当している警察官に話を聞くことが出来た。もしかしたら、警察の側も雑誌記者が掴んでいる情報を期待していたのかもしれない。
「ご家族から捜索願は出されているのですけれどねぇ。そういう件数は多くてとても探しきれるものじゃないんですよ」
 応対してくれた刑事は言い訳ともとれるような事を言った。
「わかります。でも、警察が月子さんを捜しているのはそれだけではないでしょ。月子さんが犯罪に関わっていた証拠はあるんですか?」
 美由姫は正攻法に出た。
「彼女が悪いんやない。男のせいや。なんか胡散臭い奴やって評判なんやろ?」
 篤旗は独自で調べた情報を流す。月子の親友だという藤堂雪乃からはほとんど益になる情報は得られなかった。『お嬢様』という種族があれほど『使えない』とは、篤旗には驚きの事実であった。それでも相庭晴彦と出会った場所や店を聞き取り、なんとか足で稼いだ情報によれば、その晴彦の評判は最悪だった。
「まぁ‥‥そうでしょうなぁ。あういう深窓の令嬢ってのは、悪い男にかかったら手もなく騙されてしまうでしょうからねぇ」
 刑事は否定しなかった。 
「それで‥‥何の容疑なんですか?」
 五樹が尋ねると、刑事は小声で『密輸』だと言った。

◆夕暮れの美術館
 月子の足取りが消えた場所、それが美術館だった。太陽は西の地平線へと傾きつつあり、茜色に空も建物も染まっている。平日だと随分寂しいが、月子が消えた日は祝日だったのだから、もっと人も多かっただろう。
「誰も知らないみたいですね」
 散々聞き込みをした後で、美由姫は溜め息をついた。
「‥‥変やなぁ。こないに完璧に誰にも目撃されずに済むなんて出来るんやろうか‥‥」
「それって‥‥どういう事や?」
「そら、ここには来なかったって事やろ。或いはすぐに立ち去った、やな」
 五樹は考え込む。月子を送っていった運転手は確かにここで月子を降ろしたと言っている。それならば、彼女は自分の意志でここからどこかに向かったのだろうか。
「それって、月子さんが自分の意志で家を出たって事なの?」
 美由姫が首を傾げると、さらさらの髪がはらりと肩にかかった。
「ここで男と待ち合わせをしてて、無理矢理連れ去れたって事も考えられる」
 篤旗はなるべく多くの仮説をたてようとしていた。五樹や美由姫の推理を助けられればと思う。
「どうも情報が決定的に不足やな」
 五樹は腕組みをしたまま言った。

◆締め切り後の狂騒状態?
 月子の行方はつかめないまま、アトラスの締め切りを迎えた。編集長は至って不機嫌であったが、どうすることも出来ない。
「ともかく‥‥来月の締め切りには間に合わせて貰いたいわ」
 綺麗に塗った赤い爪で、トントンと机を弾きながら麗香は穏やかに言った。多分、それは皆の事を思って言ったのではなく、昨夜も飲み過ぎて頭が痛いのだろう。
「任せろって。来月もば〜んと締め切りよりも早く原稿を提出して、それからそのお嬢さんの事を調べる」
「‥‥期待してるわ、センセ」
 麗香は微妙に色っぽい呼び方で七星に笑いかけた。その日、七星は自宅にシュラインと珠緒を呼んだ。
「作戦会議だ。今度の締め切りには絶対に間に合わせて、月子を助け出す。その為に作戦を考えるんだ」
 七星は仕事の締め切りもそっちのけで、月子捜索に没頭した。
「潜伏先は都内じゃなさそうだな。埼玉か千葉か神奈川か‥‥まぁ、そんなところだろうな」
 七星は自信たっぷりに言うと、次回作はミステリーもいけるかもしれない、と思うとつい頬がほころんでくる。上機嫌だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0177/瀧川・七星/男/26歳/探偵兼小説家】

【0527/今野・篤旗/男/18歳/大学生】
【0151/加賀・美由姫/女/17歳 /高校生】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/興信所職員】
【0703/神楽・五樹/男/29歳/大学助教授】
【0234/白雪・珠緒/女/523歳/フリーアルバイター】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。社長令嬢の事件の結果をお届けします。色々とあれこれ考えたのですが、現状では依頼を成功させる事は出来ませんでした。そう遠くない頃にまたリベンジネタの依頼を出す予定ですので、ご容赦くだいませ。

七星様
 2足のわらじ状態です。七星先生、頑張って下さい!