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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


夢からさめたら【前編】
●オープニング【0】
「ああそうだ。少し変わった依頼なんだがな、やってみるか?」
 黙々と調べ物をしていた草間が、ふと思い出したかのように口を開いた。
「といってもするのは調査じゃなくて、単なる話し相手だけどな」
 話し相手……とは?
「入院している娘の話し相手をしてやってほしいという依頼なんだ」
 なるほど、確かに少し変わった依頼かもしれない。
「依頼主の名前は長尾亮太(ながお・りょうた)、某企業の営業課長だ。で、その娘の名が、優子(ゆうこ)だ。5歳だな」
 何でも長尾は早くに妻を亡くし、男手1つで優子を育ててきたらしい。そして優子は2ヶ月前から入院をしており、長尾は毎日見舞いに行っているそうだ。
 だがどうしても自分が行かなくてはならない海外出張が10日も入ってしまい、その間優子が寂しがらないようにと思い、ここに依頼をしてきたとのことだった。
「まあ入院している娘を思う親心かもしれんな。明日から毎日頼む。話し相手になるなり、楽し気な物を見せるのもいいかもな」
 はあ、明日からですか……ひょっとして忘れていたんですか?
「依頼主は今頃飛行機の中かな……」
 草間が疑惑の視線を無視するかのように、ぼそっとつぶやいた。

●両手いっぱいに【3A】
 ファルナ・新宮はメイドのファルファと共に、優子の入院している病院へ向かっていた。ファルファの手には果物のたっぷりと詰まった籠が、ファルナの肩にも大きめのバッグがかかっていた。
「優子ちゃんに喜んでもらえるといいですね〜。色々と用意しましたし〜」
 にこにこ笑顔のファルナ。ファルファは表情を変えることなく頷いた。
 やがて病院に着く2人。受付で優子の病室を尋ねると、すぐに病室へ向かった。どうやら個室らしい。
 2人は病室の前に着くと、扉をノックして返事が返ってきてから中へ入った。
 病室ではおかっぱ頭の可愛らしい少女がベッドの上で上体を起こしていた。この少女が優子なのだろう。
「こんにちは〜」
 笑顔で挨拶するファルナ。ファルファは静かに頭を下げた。
「こんにちは。おねーちゃんたち、誰? おねーちゃんたちも、おとーさんのお友だちなの?」
 きょとんとした表情の優子。だが怯えるような素振りは全くない。
「そうですよ〜。優子ちゃんのお父さんから、優子ちゃんと仲良くしてほしいって言われたんです〜」
 ファルナがそう説明している間に、ファルファは果物籠をそばのテーブルに置き、ファルナからバッグを受け取った。
「今日は優子ちゃんのために、いい物を用意しましたよ〜。楽しみにしてくださいね〜」
 にこにこと話すファルナ。ファルファはバッグの中から色々と出して、何やら黙々と準備を行っていた。人形が何体かあるようだが、何に使うつもりなのだろうか?

●人形劇【3B】
 ファルナとファルファは優子に人形劇を見せてあげていた。先程の人形はこのための物だったのだ。そしてバッグの中には必要な小道具一式も入っていた。
 ファルナが語りで、ファルファが人形使い。手が足りない時にはファルナも人形を操る。演目は『シンデレラ』、優子は目を輝かせて人形劇に見入っていた。
「……という訳で、シンデレラは王子様と末永く幸せに暮らしました。めでたし、めでたし〜」
 そのファルナの語りに合わせ、ファルファの操るシンデレラと王子様の人形が、ぺこりと優子に頭を下げた。
「わ〜、おねーちゃんたち凄いね〜」
 パチパチパチ……と激しく拍手する優子。ファルナは思わず照れた笑みを浮かべた。
「どうですか、面白かったですか〜?」
「うん! とっても面白かったよ!」
 優子が満面の笑みで答えた。この表情を見れただけで、ファルナは満足であった。人形劇を演じた甲斐があるというものだ。
 ファルファが後片付けをしている間に、ファルナは優子とあれこれ言葉を交わしていた。いつしか話題は優子の父親のことになっていた。
「お父さんのこと、好きですか〜?」
「うん、好き!」
 きっぱりと答える優子。
「おとーさん、忙しいけど、優子が入院してから毎日会いに来てくれるんだもん。優しいもん!」
「そうですか〜……」
 ファルナは一瞬寂し気な笑顔を浮かべたが、またすぐにいつもの笑顔に戻っていた。
「でも、当分おとーさんに会えないのは、優子寂しいなあ……」
「早く帰ってこられるといいですね〜」
 ファルナは寂し気につぶやいた優子の頭を優しく撫でてあげた。

●大丈夫【7】
 青空の下、優子はシュライン・エマとファルナ・新宮、そしてファルナのメイドであるファルファと共に芝生の上に居た。といっても、ここは病院の中庭であるのだが。
 散歩程度なら構わないとのことだったので、シュラインは優子を病室から連れ出して中庭へ来ていた。傍らではファルナがせっせと花冠を作っていた。
「いい、優子ちゃん。この音、なーんだ?」
 そう言って、シュラインがある音を真似する。シュラインにしてみれば他愛のないことだ。
「あ、分かった! ライオンさんだー!」
「はい、正解。よくできました。御褒美にクッキー1枚」
 シュラインは袋の中からクッキーを1枚取り出すと、優子に差し出した。
「ありがとう、シュラインおねーちゃん!」
 満面の笑みを浮かべ、優子はクッキーを受け取った。
「はい、できました〜」
 花冠を作り終えたファルナが、できたてほやほやの花冠を優子の頭の上にそっと載せてあげた。
「似合ってますね〜」
 にこにこ笑顔で、うんうんと頷くファルナ。優子も嬉しそうで、思わずシュラインは目を細めた。
 3人共、優子が人懐っこいこともあって、すっかり打ち解けていた。
「……大丈夫だからね」
 シュラインはそう優子に言った。きょとんとする優子。『何が?』と言いたげだった。
「大丈夫、大丈夫……」
 シュラインは花冠を壊さぬよう、注意して優子の頭を撫でてあげた。
(後は担当医にさえ会えればいいんだけど……)
 何故だか分からないが、多忙を理由にシュラインは優子の担当医に会うことができずに居た。聞く所によると、他の者もそうらしいのだが……。

●揃い踏み【10】
 草間から話を聞いてから5日が経った。優子の病室にはここ最近ではもっとも人が集まっていた。シュライン・エマ、ファルナ・新宮とメイドのファルファ、月見里千里、真名神慶悟、七森沙耶、そして桜井翔――5日前、草間の前に居た7人である。
 昨日までは面会時間がずれていたのだが、今日は偶然にも重なってしまったのだ。
「こんなに居るのなら、今日も早めに帰った方がよさそうだな」
 慶悟がぼそっとつぶやいた。
「そうねえ……長居は避けた方が懸命かも」
 シュラインがその意見に同調する。
「でもせっかくなんですから、皆さんでお話しませんか〜」
 ファルナが笑顔で提案した。それには誰も反対しない。
 結局、足らない分の椅子を借り受けて、皆で優子の話し相手をすることにした。当の優子は大勢訪れて非常に嬉しいようであった。
 他愛のない会話を交わしてゆく一同。窓からは心地よい風が入ってきて、病室には穏やかな時間が流れていた。
 やがて眠たくなったのか、こっくりと船を漕ぎ出す優子。それに釣られるがごとく、一同も自然と眠りに落ちてしまった――。

●火に囲まれ【11B】
 気が付くと周囲を猛火が取り囲んでいた。どこを見渡しても火ばかりで、脱出口が見当たらない。
 熱気が徐々に迫ってくる。熱いのはもちろんだが、同時に息苦しくもなってくる。このままでは酸欠で死ぬのが早いか、焼け死ぬのが早いか……そのどちらかになってしまうのは明らかだった。
 もう駄目かもしれない――そう覚悟した時、まばゆい光が自らの身体を包んだ。
 そこで目が覚めた。

●異変【12】
 一同は一斉に目を覚ました。そして反射的に顔を見合わせた。
「何だ、今の夢は……」
 不快感を表情に露にして慶悟がつぶやいた。
「……夢を見ましたか。僕もです」
 ハンカチで額の汗を拭いながら、翔が言った。
「ファルファは?」
 ファルナはファルファの方を振り返った。ゆっくりと首を横に振るファルファ。どうやらファルファだけは眠らなかったようである。
「ちょっと……優子ちゃんが!」
 シュラインが鋭く叫んだ。優子に視線が集まる。
「う……ううっ……」
 シーツを握り締め、何かにうなされている様子の優子。
「優子ちゃん! 優子ちゃん!」
 思わず千里が優子の身体を揺すった。すると優子の目がぱちっと開いた。そしてがばっと上体を起こす。
「……怖い夢でも見てたの? 大丈夫よ、もう大丈夫……」
 シュラインが優子の背中をさすりながら、優しく問いかけた。その声に優子は病室内をゆっくりと見回した。何故かその表情はきょとんとしていた。
「……れ……」
 優子の口が僅かに動いたが、何と言ったか聞き取れなかった。
「どうしたの?」
 シュラインが再度問いかけた。
「おねーちゃんたち……誰?」
 一同は思わず耳を疑った。
「優子……ちゃん?」
 沙耶が驚いた表情で優子を見つめていた。いや、沙耶だけじゃない。その場に居る全員が、何が起きたのか把握できなかったのだ。
「痛っ……!」
 突然優子が頭を押さえた。
「痛っ……痛い……! 痛いよっ……!! 痛いっ、頭が痛いよぉっ……痛いよっ、痛いよぉっっ!!!」
 頭を押さえたままうずくまる優子。
「ナースコールをっ!!」
 翔はそう叫ぶと、優子に駆け寄った――。

●奇妙な現象【13】
「奇妙だとしか言い様がないんですが」
 静まり返った診察室に、難しい顔をした優子の担当医の言葉が響いた。
「写らないんですよ」
 担当医はそう言って自らの頭を指し示した。
「どういうことなんです?」
 シュラインが担当医に尋ねた。
「ですから、脳が写らないんですよ。CTスキャンにも、何にも」
「そんな馬鹿な……。失礼ですが、その写真を見せてはもらえませんか?」
 医学生である翔は、担当医の言葉を自らの目で確かめようとした。担当医は傍らにあったCTスキャンの写真を全員に見えるようにボードに張り付けた。
「え?」
 翔は我が目を疑った。本来脳があるべき部分が、闇にでも覆われたように全く写っていなかったのだ。
「もちろん最初は機械の故障かと疑いましたよ。しかしそうではなかった。彼女に限ってだけこうなるんです」
 担当医は深い溜息を吐いた。
「念のため他の部位も調べましたよ。心臓、肝臓、腎臓……所が、こちらは全く健康そのもの。レントゲンもきちんと写っていましたしね」
「じゃあ、本当に脳だけが……?」
 沙耶がぽつりとつぶやいた。静かに頷く担当医。
「症状から推測するに、脳腫瘍の疑いもあるんですが、何分この状態では適切な治療も行えやしない……今はただ経過を見守っていることしか我々にはできないんですよ」
「記憶の混乱……というのも確かありましたよね」
 翔がぼそっとつぶやいた。慶悟とファルナはずっと無言であった。
「待ってよ! それじゃあ、優子ちゃんはずっとあのままなのっ!?」
 千里は思わず椅子から立ち上がった。拳を強く強く握り締めている。
「何とかならないか、我々も手は尽くしているんですが……」
 担当医の言葉が診察室に虚しく響いていた。

●怒りと悲しみの中で【14】
 診察室を後にした一同は、病院の中庭へ移動してきていた。
「道理で病状になると口を濁す訳だわ……!」
 シュラインが吐き捨てるように言った。説明しなかったんじゃない、できなかったのだ。
「もしかしたら、武彦さんも知ってて伏せてたのかもしれないわね……『忘れた』だなんて、よく言ったもんだわ」
 怒りを含んだ口調でシュラインが言った。
「もし優子ちゃんが脳腫瘍だとして……このままだとどうなるんですか」
 沙耶が翔に尋ねた。目が潤んでいる。
「……最悪は死に至りますね。適切な治療が施せないのは何とも痛いもんです……」
 翔は沙耶から目を背け、淡々と答えた。沙耶の目から涙がこぼれた。
「何で優子ちゃんなのっ? まだほんの5歳じゃないっ! これから成長して……色々な人に出会って……恋をして……そんな未来が待っている訳でしょうっ? だのに、どうしてっ……!」
 千里は心底悔しそうに言い、奥歯を強く噛み締めた。
「少し気になることがあるんだが」
 何やら思案していた慶悟が不意に口を開いた。
「まず……あの夢は何だ?」
「火に囲まれる夢ですね〜……」
「私は暗闇の中に居る夢だったけど……」
 慶悟の言葉に、ファルナとシュラインが口々に答えた。
「それが気になってずっと考えていたんだが、おかげで思い出せた」
 慶悟は煙草を取り出し、火をつけた。
「皆、夢魔は知っているか?」
「ナイトメア? 確かサキュバスやインキュバスもその仲間よね」
 シュラインが即座に答えた。
「ああ、そうだ。俺ではなく、知り合いが以前経験したことだが……とある女性に夢魔が憑き、精神のみならず肉体をも蝕んでいたらしい。そのケースでは、腕だったそうだが」
「……優子ちゃんのケースもそうだって言うんですか?」
 沙耶が涙を拭いながら言った。
「可能性はある。でなければ、一斉に妙な夢を見た説明がつかないだろう」
「シンクロですか〜……」
 ファルナがぼそっとつぶやいた。優子が眠りに落ちた時、一同もそれに引きずられ夢魔の世界へ入り込んでしまったと思われた。
「あっ!」
 何かに気付き、千里が短く叫んだ。
「シンクロしたってことは、夢魔の世界に入り込んで夢魔を倒したら……?」
「そういうことだ」
 慶悟は煙を吐き出すと、ニヤッと笑った。
「その知り合いも、数人の力を借りて夢魔を倒したらしい。もっとも、敵陣での戦いゆえに苦労したようだがな」
 一同は優子の病室のある方を向いた。優子は今、鎮静剤を打たれ眠りについている――。

【夢からさめたら【前編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0158 / ファルナ・新宮(ふぁるな・しんぐう)
              / 女 / 16 / ゴーレムテイマー 】
【 0165 / 月見里・千里(やまなし・ちさと)
                 / 女 / 16 / 女子高校生 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 0416 / 桜井・翔(さくらい・しょう)
   / 男 / 19 / 医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる。 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全20場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・オープニングからは予想しにくかった展開かもしれませんが……今回はどのように思われても高原は仕方ないかなと思っています。今回のタイトルおよび、傾向で『ほのぼの:3?』となっていたのは、伏線ではあったんですが。
・次回、夢魔と対峙するのは簡単です。優子が眠りに落ちた時に、夢魔に敵意を持って眠りに落ちるだけでシンクロできます。ちなみに敵意を持たずに眠りに落ちると、単に悪夢を見せられるだけになりますからご注意を。
・夢の中での能力の取り扱いですが、100%力が発揮できるかは分かりません。特に今回の場合は敵陣ですから、能力を使用される際には気をしっかり持っていた方がいいかと思います。精神力は何かと重要ですよ。
・夢魔ですが、物理的攻撃能力を持たない方でも倒すことは可能です。言いたいことは何となく分かりますよね?
・ご自身で続けて参加されても構いませんし、他の方を誘ってきても構いませんし、それはお任せします。決して強制はいたしませんので。
・ファルナ・新宮さん、4度目のご参加ありがとうございます。人形劇はよかったんじゃないかと思います。なお、ファルファさんは眠りに落ちないものとして扱わせていただきました。言い方を変えれば、夢魔の影響を受けないということになりますが。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。