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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


同居人をさがして

------<オープニング>--------------------------------------
「しばらく一緒に暮らしていた男が、大切な指輪を持ち逃げしたんです。捕まえて取り戻してください」
 草間は三十代の妙齢の美女にそう切り出され、しばらく返答にこまった。こほん、と空咳し、
「えー……、うちは、ですね。そういう『普通の』依頼はちょっと……」
「はい、存じております。―――これが探し人です」
 依頼人は全く聞く耳をもたず、写真をとりだし、テーブルにのせる。
 写真に写っているのは二十代とみられる青年。胸には猿を抱いている。
「これが、一緒にくらしていた男です」
 と、指差したのは―――猿。
 がぜん草間は納得した。
「ああなるほど! こちらはあなたの使い魔か何かですか?」
「はい。新しく契約に成功し、従えたのですが……、儀式が不完全だったようです。私の大切な指輪を持って逃げてしまいました」
「どちらにいるのか、心当たりなどはおありですか?」
「はい。あの子は、上野公園、池袋駅、うちの近所のペットショップの三箇所が気に入っていました。戦闘的な気分の時は上野公園で野生の動物とバトル、人恋しいときは池袋駅で通行人に可愛がられ、お腹がすいたときはうちの近所のペットショップで。そのどれかにいると思います。
どうか見つけ出し、指輪ともども連れ帰ってください。それが駄目でしたら、指輪だけでもお願いします」
 依頼人はそう区切り、頭をさげた。

≪仕事の受託 1−C≫
「お猿さんを見つける仕事ですか?」
 松浦絵里佳(まつうら・えりか)は声をあげた。
 草間はにっこりと頷く。
「場所はペットショップだ。動物から情報収集できるのは世界広しと言えどもキミしかいないし、何よりキミなら、依頼人の元を逃げ出した猿の気持ちをちゃんと判ってやれるだろう? ぜひ、キミに頼みたいな」
 ぜひ、キミに頼みたい。
 人がよく、素直で純真。そのため可愛がられる経験はあっても「頼りにされる」という経験に乏しい絵里佳はその一言でいっぺんに舞い上がってしまった。
 ―――そう。これは私だけにしかできない仕事!
「お、おまかせくださいっ!」
 気がつけば、力強く、絵里佳は引き受けていた。
 しかしその夜、電話回線を通じ、顛末を聞かされた御上咲耶(みかみ・さくや)は深いため息をついた。
「……ペットショップに? 猿を探しに?」
「うん! 草間さんがね、頼むって。私にしかできないって!」
 ―――絶対、騙されてる……。
 確かに絵里佳にはぴったりの仕事だろう。絵里佳にしかできないというのもそうかも知れない。けれど……。
 あぶなっかしいことこの上ない。
 「適材適所」という言葉は「都合の悪い部分には目をつぶる」とどう違うんだろうと、齢十八にしてすでに悟ってしまっている咲耶は、再度のため息とともにその言葉をつげた。
「……わかった。俺も一緒に行くよ」


≪近所のペットショップ 2≫
 そのペットショップは、どんな町にでも一軒はある、こぢんまりとした店内に沢山のペット商品と生き物を置き、ペットの異臭が強く立ち込めている店だった。
 店内には熱帯魚、犬猫、ハムスター、リス、初夏のこの時期限定だろうが昆虫まで揃っている。入り口の壁に「犬猫を捨てていかないでください!」とか、店内の壁に「捨て猫引き取ってくれる方、募集しています」とかいう張り紙が張り出されているところは、全国共通らしい。
「こんにちわ。何かペットをお探しでいらっしゃいますか?」
 こんな小さなペットショップには、店員はそう必要ないらしい。店内に客もほとんどいないが店員も一人しかおらず、その一人を見たとたん、依神隼瀬(えがみ・はやせ)は思わず目を見開いた。
 依神ほど露骨ではないが、ライティア・エンレイも、松浦絵里佳も、御上咲耶も、小さく息をのむ。
 その店員は、依頼人が差し出した写真で猿を抱いていた男と瓜二つだった。いや、本人だった。
 一番早く立ち直ったのはエンレイである。獣医でもある彼は、にこやかに名刺を差し出す。
「こんにちわ、はじめまして。ワタクシこういう者なんですが……」
 名刺にはこう書かれていた。
   さくら犬猫病院 獣医
     ライティア・エンレイ
「……獣医、さん、ですか?」
 そう戸惑ったように問い返す表情をすると、その青年は、ずいぶんと若く見えた。
 外見年齢は二十代ないし三十代。落ち着いた茶系の色合いのニットの上に、このペットショップのロゴが入ったエプロンを身につけている。温和で人当たりのよさそうな、つまり接客業にむいていそうな人間だった。
「ここへ来たのは、まあ……しがない零細獣医の営業なんですよ。どうでしょう? 今なら健康診断を無料でやらせていただきますけど」
「無料で?」
「ええ。普通は一匹につき、千円取るんですけど、今回に限っては無料です」
 どこぞのテレビ直販のような事を言うエンレイの傍らでは、依神が普通の客のふりを装って、ペットの種類を観察している。
 魚、げっ歯類の小動物、アルマジロ、ハリネズミ、とかげ、魚、犬猫……。猿の姿は見かけない。
 松浦絵里佳はそのなかでも人気ナンバーワンの犬猫の檻に近づいてその愛らしい仕草に、目を細めて見ていた。絵里佳の影のようにぴったり張り付いて離れない御上咲耶もその隣にいる。二人ともまだ十代の高校生であり、明るく素直な絵里佳をかばい守るろうとしているかのように、寡黙な咲耶は彼女から視線を外さなかった。
 依神は一通り店内を観察し、見取り図を頭のなかで作ると、二人に近づいた。依神隼瀬は名前からも外見からもよく誤解されやすいが、女性である。本人自身、それを助長して楽しんでいるフシがある。髪も短く、小柄ながら鍛えられ引き締まった体つきで、絵に描いたような美少年的女性だった。射撃の名手でもある。
「……どう?」
 と声をかけると、絵里佳は顔をあげた。首を振る。―――縦に。
 絵里佳はただ単に可愛いもの好きの心で犬猫の檻に近づいたのではない。彼女には動物と話ができるという能力があるのだ。……まあ絵里佳の好みとして、トカゲや蛇と話をしたくないという気持ちもあったのだろうが。
 ちょうどその時世間話で話をつないでいたエンレイの話が終わった。
「じゃ。無料ですんで、騙されたと思ってどうか電話かけてくださーい!」
 潮時だ。
 三人は目を交し合い、外へ出る。遅れてエンレイも現れた。

≪偵察後の相談 3≫
 ペットショップから最寄りの公園に場所を移し、エンレイがため息をついて、切り出した。
「どうなってるんだろうねぇ……。写真の男がペットショップの店員だとは思わなかったよ。つまり猿は誘拐されたって事なのかな」
 依神がその質問に答えた。
「うーん……、まあ、その辺りは猿を見つければ自然と判るっしょ。問題は、猿がどこにいるか。もう使い魔が失踪してから一週間以上経ってる。依頼人の手に早く取り戻してあげたいのは山々だけどね。慎重にいかないと。―――松浦さん、どう?」
「私、いろんな動物に聞いてみました!」
 いろんなっつっても犬猫としか話していないだろ、という突っ込みは各人それぞれ胸のうちにしまっておく。
「どうやら、あのペットショップの奥に、お猿さんはいるみたいです。昨日、来たとか。あの店員さんが寝泊りしている場所に」
「居住部分か……。どうする?」
 依神が聞くと、あくまで絵里佳のボディーガードを自認する咲耶は肩をすくめた。
「人間とちがって動物は嘘をつかない。その言葉を伝える絵里佳も嘘をつかない。なら猿はそこにいるんだろう。夜を待って忍び込むのが最適だと思うが」
 エンレイも頷いた。
「問題は猿が嫌がるかどうか、だね。自由意志であそこにいるとしたら……話次第では指輪だけ回収して、放っておこうよ、みんな。嫌がる猿を無理矢理引っ立てても、仕方ないしね。幸い依頼内容には猿が嫌がっても連れてこいとは書かれていない」
「賛成。その場合、猿が指輪も渡さないとなったら……、その時はバトルだな」
 咲耶は隣の絵里佳の肩にそっと手をかける。
「戦いになったら、絵里佳は隠れてて。俺が戦うから」
「……うん」
 心なしか頬を染めて頷く絵里佳の様子に、思わず依神とエンレイはあらぬ方に目をそらす。
「え、えーと」
 こほん、と咳払いをして、エンレイは言った。
「んじゃ、夜になったらここへ集まろうか」
「あっ、私、皆さんにお弁当作ってきたんです〜っ! ちょうどお昼どきですし、いかがですか?」
 エンレイと依神は顔を見合わせる。やがて相好をくずして頷いた。
 木の下に、ピクニックシートを敷いて四人で座る。
 絵里佳の料理の腕前はお世辞抜きで大したものだった。
 鶏肉の中に玉葱、合挽き肉、人参、ポテトをつめてパン粉をつけてあげたもの、タコとキュウリの酢の物、小あじの酢じめ、ほっこりの白ご飯。白地に赤い線が楕円を描いて連なるリンゴの木の葉切りを見たときには、アメリカ帰りの依神はまじまじと見つめて「……ナニコレ」ともらしたぐらいである。
「私病気がちで、学校ほとんど行けませんでしたから……、家で料理つくるの、とても好きだったんです。でも、一番好きなのはその料理を誰かが食べてくれることです。どうですか、お口にあいますか?」
「うん、とっても美味しいよ」
「同感。松浦さんはいいお嫁さんになれるよ」
 そう答える間も二人は旺盛な食欲を発揮して弁当を平らげていく。言葉よりその態度の方が雄弁に物語っていて、絵里佳はほほえんだ。
 咲耶と視線があった。咲耶は淡い本物の笑顔を作って、一口一口、口に運んでいく。誰にとっても満足な昼食会は終わった。
「じゃ、今日の午後七時に」
 依神の一言が参会をつげた。

≪潜入 4≫
 ノブをまわすと、カチャリ、と音がした。やはり、裏口の鍵はかかっているようだ。
「ネイテ、よろしく」
 エンレイの声とともに、彼の肩に一匹の半透明のものが現れた。掌ほどのミニサイズで、下半身が蛇、上半身は人間の女の姿をしている。そしてなぜか、目隠しがされていた。
『まったくもう。あんたは面倒があるときとこき使うときばかりウチを呼び出すんやから。うちはそうそうほいほい気軽に召喚できるような女ちがうんやで? いきなり呼び出されてはあんたの頼みを大人しく聞くような都合のいい女と思わんといてや』
「ま、ま。そう言わないで。頼むよ。これの鍵開けてくれ」
 ネイテと呼ばれる悪魔は腕組みをしてつんと上を向いた。
『ふん、知るかい。―――ん? あらまあ……。この扉の向こうにはぷんぷんにおうで? こりゃ相当強力な妖物やがな』
「その妖物を回収するよう、ボクは依頼を受けたんだよ。……ってわけで頼む。この鍵開けてくれ」
『しゃーないなあ。これっきりやで?』
 するり、とネイテは扉をつきぬける。そしてカチャリ、と中から鍵があく音がした。
 エンレイは後ろの三人と目線をかわしあう。高まる緊張。
 扉をあけた。
 まず目に飛び込んできたのは一つの大きな檻。人間の腰ほどの高さで、中には猿がいた。キーキーと異音をたてている。そしてその八畳ほどの部屋には、他に何も無かった。
「―――気をつけろ! ワナがあるかもしれない」
 依神は鋭い声で警告し、今にも猿に駆け寄ろうとしていた絵里佳は咲耶に腕を引かれて抱きとめられた。
 ―――怪しい。
 それが全員の共通認識だった。
 これほど広い部屋に、何も品物を置いていないというのは……。
 やがてしゃがみこんで地面を調べていた依神は立ち上がった。
「物理的な罠は……ないみたいだ。呪術的な方面ではあるかもしれないが」
 絵里佳は顔をあげ、三メートルほど離れた猿に呼びかける。
「お猿さん。あなたはどうして、依頼人の女の人のところを脱走したの? それとも脱走とかしてなくて、ここに無理矢理連れてこられたの?」
 返答は絵里佳以外の者にはわからないものだったが、絵里佳ははっきりと表情を変えた。
「―――なんて言ってるんだ?」
 咲耶の問いに、絵里佳は蒼ざめた表情で答える。
「……自分は元は人間だった。それなのに猿の姿に変えられてしまい、あの女の奴隷となった。このペットショップの店長は、あの指輪をあの女のところから盗み出して持ってくれば元の姿に戻してくれると言ったのに、約束は破られて俺はここに閉じ込められている。頼む、助けてくれ、元の姿に戻してくれ。それが駄目ならこの檻からだけでもいい、出してくれ……」
「なんだって!? 元は……人間?」
「非道い事を……」
 エンレイも顔をしかめる。
「とにかく……、檻からだけでも出してやろう。人間に戻る方法はそれからだ」
 言い、檻にちかづこうとした依神を咲耶は制止した。彼女の前に腕を伸ばし、その動きを遮ったのだ。
「待ってください。……この猿の言うことが事実だという保証は、どこにあります?」
「あ? ―――お前だって言っただろう。動物は嘘をつかない」
 油断無く周囲を見回しながら、咲耶は言う。
「動物はね。ですが人間は反対に、どれほど善良な人間でも嘘をつきますよ。それに、猿の言葉が事実だとしたら、この部屋の状態の説明ができない。……とりあえず、檻を空けるのは何か、猿の言葉が事実だという証拠を見つけてからにしましょう」
 ちっと舌打ちして、依神は踏み出しかけていた動きを止めた。咲耶の正しさを認めたのだ。
「なかなか賢いな、ボーヤ」
 一斉に、視線が集中する。
 この部屋には入ってきた裏口をのぞけば扉は一つしかない。奥へと繋がる扉を開けて、昼間見たペットショップの店員が姿を現した。
 堂々とした足取りは、昼間見た腰の低い態度の片鱗もない。太い笑みをうかべ、どっしりとしたその表情は、悠然という言葉が具現化したような姿だった。
 肩の上に小さなの女悪魔をのせたエンレイが尋ねる。
「この―――猿の正体は何だ? さっきからネイテがやけに大人しい……」
「悪魔さ。それも上級のね。それを調伏し、使い魔に仕立てた。それがその猿だ。その檻は猿の魔力を封じ込めている。開けたら最後、君達は死体となってこの場に転がっていたぞ」
 その時猿が一際激しく奇声をあげた。
 絵里佳がおずおずと、
「あの……猿は今、嘘をつくなこの詐欺師! 俺の姿を元に戻せ! 信じてくれ。君たち騙されるな、そいつの言っていることは大嘘で、俺は人間なんだ、と言っています」
 全員の間に動揺が走る。
 猿と、店員の言葉が真っ二つに対立していた。
 依神は店員を見据えて問い掛ける。
「……この猿は、元は人間で、元の姿に戻してやるというお前の甘言に騙されて指輪を盗み、しかしその約束は果たされなかった、と言っている。公平を期すためにもお前の言葉を聞きたい。どうしてこの猿はここにいるんだ?」
「ヤレヤレ……。単純な人間というものほど、害を及ぼすものはないな。祥香から何を聞いたんだ?」
「祥香? ……ああ依頼人のことか。それは答えられない。お前がそれに合わせて嘘を作る可能性がある」
「そうだな。その猿は、悪魔だ。調伏し、私が祥香にゆずった。けれどあの子はどうやら悪魔の抜け目無さを過小評価していたらしい。主従の儀式のとき、悪魔がなにか小細工をしたのだろう。祥香は完全に支配下におけなかった。しかしそれはほんの小さな綻びだったから、私も祥香も気づかなかった。その小さな綻びを年月をかけて次第に大きく裂いていき……この悪魔は祥香の元から脱走した。この間やっと、見つけて捕獲したばかりだ」
「……どうして、すぐに祥香さんに引き渡さないんですか?」
 咲耶がたずねた。
「昨日捕まえたばかりでね。しばらくの間、この檻の中で弱らせる必要がある。この檻は特別な檻でこいつと言えども出ることはできない。その中でしばらく餌をやらずに放置することで、弱らせる。ある程度弱って祥香に引き渡せるぐらいになったら、連絡するつもりだった。要するに二度手間を面倒くさがったわけだ」
「……猿が依頼人のところから指輪を持ち出した理由について、説明できますか?」
「もちろん。赤の石のついた、金の指輪だろう? その指輪をはめることで、祥香は猿を完全に支配し、体の細胞の隅々にいたるまで命令を下すことができる。それを嫌って持ち出したのだろうな」
 猿の奇声が一層激しくなる。
 人間の言葉が途切れてしまった空間を、その声で満たす。
 エンレイはこっそりネイテに話し掛けた。
「……ネイテ。どっちの言葉が正しいんだ?」
『……センサーがジャミングされてる。妖物の気配があることは確か。でもここまで近くてここまで大きいと、どちらがそうなのか―――』
 くっと、とエンレイが唇を噛んだ瞬間、冷静な声が割って入った。
「この部屋が片付いているのは、何故ですか?」
「この猿のせいさ。まったく、うるさいったらない。ペットショップの方にまで猿の声が聞こえてきたら、客だって逃げる。ただでさえ売上が低迷しているのに、商売あがったりだ。そう言うわけで部屋を全て空っぽにして、消音結界を張ったわけだ。音は物にあたると反響する。物があると、結界が張りづらくなるんだ。外へ出てみるといい。このバカ猿の声はちっとも聞こえないから」
 咲耶は様々な質問をすることで、矛盾点を見つけ、真偽を見いだそうとしていた。次から次へと質問する。
 しかし、当然のことながらそれに付き合わなければならない義理は、相手にはない。
 うんざりした様子で言った。
「そんな問答をするより一番手っ取り早いのは、祥香に電話して聞いてみることだろう」
「この猿が人だとしたら、依頼人もあなたと同じ穴のむじなです。聞いて正直に答えるとは思えませんし、答えたとしても信じられない。そしてもしもこの猿が人だとしたら……、依頼を反故にしてでも、正義をとりますよ、俺は。……正直なところ俺自身はどうでもいいんですが、絵里佳は絶対にそう主張して首をつっこみますからね。放っておけない」
「なるほど。じゃあどうする? この緊縛した状態―――攻撃を仕掛けようにも仕掛けられず、決められない状態を維持するつもりか?」
「いいえ」
 咲耶はきっぱりと言う。
「あなたと猿の言葉の真偽を見極める方法は、ちゃんとあります。いま、気づきました」
 その場にいた誰もが―――猿も含めて―――咲耶を見た。
「……まさか、檻を開けるとか言わないだろうな」
「それこそまさか、ですよ。悪魔だとしたら、取り返しがつかない。―――絵里佳。店の動物たちは、いつごろ猿が来たといっていた?」
「あ……!」
 三人は短く声をあげた。
「このペットショップは依頼人の家の近所にある。猿の足でも、まさか三日も四日もかかるなんてことはないだろう。絵里佳。どう?」
「…………昨日、って……」
「―――つまり、依頼人が使い魔を見失ってから、随分経ってから、猿はここへ来た、という訳です。もしも騙されてやってきたというのなら、どうしてそんなに日数をあける必要が? これ以上は言う必要もないでしょう。……疑って、済みませんでした」
 咲耶は優等生らしく、折り目正しく一礼した。
 とそのとき。つんつんと咲耶の袖を絵里佳が引いた。
「なに?」
「あのね、お猿さんがね、『お前の勝ちだ』だって」
 全員、顔を見合わせ、そして苦笑した。

≪依頼の終了 5≫
「連れてきてくださって、ありがとう」
「まあ……俺らが見つける前に、もうペットショップの店員が見つけていたんですけどね。―――誰なんです? アノヒト?」
 ざっくばらんな口調で依神が尋ねる。彼女は今回、各種罠を取り揃え一大大捕り物を予定していただけに、その表情は無念そうだ。
 オーソドックスにバナナ吊り、落とし穴つきの踏み台、猿取り網。
 ロープや縄、網はすべて注連縄を解いて作った対妖物用特製品で、箱には四方に封印のお札をぺったりと。麻酔代わりに威力弱めに霊力を込めた破魔弾も打ち込もうと、エアガンまで完備していたというのに(もちろん予備弾倉あり)。
「ああ……あの人は、私の師ですわ」
「―――へ?」
「この指輪もこの猿も。みんな師匠のお手製です」
 ……どう考えても、彼女より、彼の方が、若く見える。
 いや、実力本位の世界なら自分より年少でも優れた人間を師に迎えるということもあるだろうが……、居合わせた全員の脳裏に、先ほどの余裕しゃくしゃく、にっこり笑顔の姿が蘇る。―――アレが、二十代の若造の持てる態度だろうか?
 そして何より。
 悪魔を調伏して使い魔に仕立て上げるほどの術者が、二十年とすこししか生きていないというのは……。
 おそるおそる、といった様子でエンレイが尋ねた。
「……あのー。すみませんが、おいくつなんですか? あの方は」
「さあ……」
 と依頼人も首をひねった。
「わたくしよりずっと長生きなさっているのは確かですが、それ以上のことは存じませんわ。一介のペットショップの店員だ、とおっしゃってますし」
 四人は思わず顔を見合わせた。
 名を馳せることばかりを目的としている人間には、あれほどの腕を持ちながらペットショップの店員をしている彼のことは永遠に理解できないだろう。
 ただし、そこに集まった人間たちは全員、世の中の奥深さを感じずにはいられなかった。平凡な日常のなかにも、こっそりと偉人といわれるべき人間が入り込んでいる。
 まったく、世の中とは油断ならないものである。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
 池袋駅グループ
0666/雫宮・月乃   / 女 /16 /犬神(白狼)使い
0086/シュライン・エマ/ 女 /26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
0442/美貴神・マリヱ / 女 /23 / モデル
0554/守崎・啓斗   / 男 /17 / 高校生
0702/ 北一・玲璃   / 女 /16 / 高校生

 上野公園グループ
0376 / 巳主神・冴那 / 女 /600 / ペットショップオーナー
0424 / 水野・想司  / 男 /14 / 吸血鬼ハンター

 近所のペットショップグループ
0475 / 御上・咲耶 / 男 / 18 / 高校生
0476 / ライティア・エンレイ / 男 / 25 /悪魔召喚士
0493 / 依神・隼瀬 / 女 / 21 / C.D.S.
0046 / 松浦・絵里佳 /女 / 15 / 学生


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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ、初めてお仕事させていただきました、杉浦明日美です。今回近所のペットショップグループは四人ということで、協力しあい、何とか依頼を解決することができました。
 池袋駅は指輪の秘密を。上野公園はお猿の秘密を。ペットショップは写真に写っていた男の人の秘密について、それぞれ対応しております。よろしければ併せて読んでみてください。
 実はプレイングのお仕事をするのはコレが二度目。しかも一度目はお一方だけでしたから……、お気に召していただければいいな、とびくびくしております。
 募集の締め切りの最後の一日まで、ペットショップには一人もいなくて、ヒヤヒヤもんでした。まあ無くとも問題はなかったんですが……、やっぱり予定していたシナリオが、こう……書けないのはイヤだな、と。ですからご依頼いただき、ありがとうございました。