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人との間に（前編）
------＜オープニング＞--------------------------------------
乗用車で興信所に乗りつけた二人組。
サングラスを取ったその瞳は、淡いブルーだ。
白人−−−しかも物腰からするに軍関係だろう。
草間は片割れの女性と握手を交わした。
「Ｍｒ.クサマですね」
きびきびとした日本語で喋る。
「本日の朝刊はご覧になったかしら？」
「ああ」
「それなら話が早い」
向かって左側の男が微笑んだ。
友好的な表情だが、ただ筋肉を動かしているに過ぎない。
底から湧き出してくるよう冷気がある。
「昨夜、三人家族が襲われたのはご存知？」
「強盗か−−−動物園から逃げ出した動物か、って噂だな」
「発表は家族が三人とも惨殺されたことになっていますわ」
「ことになっている？」
艶然と女性は微笑む。
「惨殺されたのは両親だけ。十歳になる子供の遺体どころか血液も検出されなかった。
消えたみたいにね」
遺体は、人間だと判断できないような肉片になっていたという。
巨大な肉食獣に襲われたのでは、と新聞には記してあった。
人間の腕力ではとても無理な殺害方法で、歯型も残っていたそうだ。
「今回の依頼はその子供の確保。生きていなくてはダメよ」
「その子供が何か」
保護ではなく確保か。草間は心の中で呟いた。
「我々はYesかNoしか必要としていない」
「……ふむ」
笑顔の中から、爬虫類のような無表情が浮かんでくる。
「邪魔するものは排除してくださる？ 色々と……予想されますから」
「解った。誰かを行かせよう」
「必要な限りバックアップいたしますわ。何でもおっしゃって」
「棺桶から神父までなんでもござれだ」
喉の奥で男は笑った。
「最悪生死は問いません。死体でも結構です。
その場合、できるだけ状態は良く。必要があれば病院で冷凍処置を。
手配はこちらに任せていただいて結構です」
×
銀色の風が、歩道を走り抜けた。
建売住宅が並ぶ雑多な町全体に、目的の匂いが散らばっている。だが、追跡は可能だと風見璃音は思った。
町の中は、様々な匂いに満ちている。狼の姿に戻ってみると、それははっきりと判る。人間の姿でいるときの嗅覚の、なんと弱々しいものか。
先ほど、璃音はある家に侵入した。現場検証中なのか、階下には制服を着た男性が多数歩き回っている気配があったが、二階の子供部屋には誰もいなかった。その窓から侵入し、璃音は小さなタオルを失敬してきたのだ。
今朝から騒がしく報道されている一家惨殺事件──その現場であった。
璃音が侵入した部屋は、唯一生き残ったとされる長男・楓一臣少年の部屋だった。表向きには、両親とともに殺されたと言うことになっている。
死んだことにされた少年。その匂いの痕跡を、璃音は今辿っているのだ。
私が見つけなきゃ。
璃音の胸には、かすかな焦りがある。自分と同じ種族の者の匂いではなかったが、そこにあったのは確かに野生の獣の匂いだった。同族ではなくとも、璃音同様、己の力の発動に振り回されて途方に暮れている可能性は大きい。
自分以外の誰にも、一臣少年を触れさせたくはなかった。
少年はかなりの距離を移動しているようだ。歩幅が大きい。もしかしたら、狼の状態の自分よりも大きな獣かもしれない。
はたと、璃音は足を止めた。匂いに、別のものが混じっている。
静止すれば人目につく。匂いの追跡を続けながら、璃音は考える。
同じ獣の匂いだ。だが、一臣少年とは少し違う。二つの匂いは合流し──
その直後に、獣の匂いが消えた。
一臣少年を取り巻いていた猛々しい獣の匂いが消えている。残っているのは、タオルに残っていた少年自身の匂いだけ。
──人間の姿に戻っているの？
その考えが璃音の頭をよぎる。
激しい磁場の振動が伝わってきたのは、その時だった。
×
巨大な虎がいた。
白い虎だ。黒く走る模様が猛々しい。
予想通り、璃音の現在の姿よりも一回りは大きかった。
虎が吼えている。青黒い色を発している、網状の磁場に捕らわれて。
出遅れたと璃音は歯がみする。
草間興信所から依頼を受けた他の人間だ。間違いない。
頬に刺青を施している。半袖のシャツから伸びたたくましい腕にも、同じ刺青。
若い男だ。
赤い瞳で虎を睨め付け、網状の磁場の先端を握って絞り上げている。
璃音は民家の屋根から飛び降りると同時に、人間の姿へと変じた。
男は虎に集中している。素早い璃音の接近に気づかない。
振り上げた肘が、男の後頭部をまともに打った。
鈍い音がする。
網が解ける。
虎が足掻く。
網が四散した。
その時になって初めて、璃音は虎の背後で震えている少年の姿に気づく。匂いはもう判らない。だが、匂いが与えてくれた情報は正確だ。
一臣少年。
巨大な虎が、突進してくる。膝をついていた男が顔を上げる。男がジーンズのポケットから紙切れを取り出す。それは、殆ど一瞬の間の出来事だった。
璃音は、ためらうことなく虎と男の間に身体を割り込ませる。
業火が足下から吹き上げた。
虎と共に業火に包まれる。璃音は虎の毛並みを握りしめた。
「逃げるのよ……！」
この想いは通じる。璃音はそれを確信する。
虎が素早く跳躍し、炎から逃れる。
「一臣、つかまりなさい」
走り抜けざま、そう語りかけるのが聞こえたような気がした。
×
多少火傷をしたらしい。何カ所か痛む場所があるが、軽傷だった。
璃音は公園のベンチに座り込んだ。
目の前に、一臣少年が立ちつくしている。優しげな顔立ちをした、おとなしそうな少年だ。胸が痛んだ。
その隣にいるのは、赤いチャイナ服の上着に黒いパンツという出で立ちの女性だ。長い髪を頭の上で纏めている。
先ほどの虎だった。
虎女性は何も喋らない。切れ長の一重の目で、じっと璃音を見ている。
一臣がおずおずと璃音に近づいてくる。
「あの、この人はハナ──難しい方の、『華』っていいます。ボクは楓一臣」
「風見璃音よ」
璃音は暖かい眼差しを少年に向ける。
「私はあなたを守るつもりなんだけれど、お互いに情報交換といかない？」
一臣が話したところによると、こうだ。彼は自宅で度々父親の暴力に晒されていた。そして今朝、父親は初めて彼の母親にまで乱暴をはたらいたのだという。そして、彼の意識はなくなった。
気づいたときは目の前に巨大な虎がいた。虎は華と名乗った。そして、お前の仲間だと。一臣少年は、華と共に中国へ行く予定だったのだという。中国には、華や一臣と同じ、虎に変じられる妖怪「虎人（フー・レン）」の一族が隠れ住んでいる場所があるという。
一臣は、そこで己の強大な力を制御する方法を学ぶつもりだった。
つたない言葉を集めてみると、大体そんなところのようだ。一臣少年は華の説明により、自分が両親を殺してしまった可能性をしっかりと理解しているようだ。
強い子だ、と璃音は思った。一臣は、自分の両親の死体を見たわけではなさそうだ。これは大きな救いだと、璃音は考える。落ち着いていられるのも、おそらくは実感がないからだ。衝撃はきっと後から追ってくる。
だが、それでも。
目の前で両親の遺体を見、深く傷ついて暴走するよりも、これはずっと良かったのだと璃音は思う。暴走していたら、彼の傷は更に広がっていただろうから。
璃音は華を見た。彼女は何も喋らない。
「ボクは、虎人の数少ない男の子だから、中国にいかないといけないんだって。華、言いました」
「そう」
璃音はゆっくりとうなずく。
「いいわ。私も手伝う。逃げ切るには、もう一人くらい人手がいた方が安全でしょう？」 ちらりと華を見る。
華は目を細めただけだった。
×
「逃亡の相談はそこまでにしてもらいましょう」
少しばかりイントネーションの狂った台詞に、璃音は立ち上がった。
華も身構える。一臣を挟んで、背中合わせに立つ。
とりあえず、華も璃音を敵だとは思っていないようだった。
公園の入り口に、白いスーツを着た男性が現れる。金髪を丁寧に撫でつけて小綺麗にしているが、どこか歪んだ雰囲気を漂わせている。日本人ではない。
──草間の言っていた、クライアント……のようね。
クライアントの後ろからのっそりと姿を現したのは、先ほどの刺青男だった。無理な距離で炎を放ったのか、腕に少し火傷を負ったように見える。
「おいミスター。邪魔をしないでくれよ」
男がぞんざいな口調で外人に話しかける。
外人が大仰な素振りで肩をすくめた。
「では、アナタにお任せしましょう。Ｍｒ.クロツキ」
その言葉が引き金になった。
華が咆吼する。どんっと下腹に衝撃が来る。
白い虎が、ごうっと吼えた。
男がサングラスをもぎ取る。赤い瞳が異様な光を放った。
「うわあっ」
悲鳴を上げたのは一臣だ。四肢が引きちぎられそうな強い力が、璃音の全身に加えられている。
「女子供に乱暴する気はない」
刺青男が低く告げる。璃音は頭を振った。
「これのどこが、乱暴じゃないの！」
「まだ苦しめられるってことだ」
びりっと身体にしびれが走る。熱く、鋭い痛みを持った痺れだ。
「ああああっ！」
璃音は悲鳴を上げる。
「おい、お前さんは俺と同業だろうが。受けた仕事は遂行しようぜ、プロとして」
男が一歩踏み出す。
「お仕事よりもね」
璃音は苦痛を堪えながら、ぎらりと男をにらみつける。
「大事なものがあるの、女には！」
璃音は不敵に笑ってみせる。
唇を噛み締める。身体が焼けるように熱い。
大丈夫、狼に戻れる。まだ。
璃音が銀光を発する美しい狼に変じた瞬間。男の背後に突っ立っていた外人の目が光った。
「撃て」
さっと手を挙げる。
焼けるような痛みが、璃音の全身を貫いた。
言葉も出ない。あるのは激しい苦痛だけ。
璃音は力を失い、どうっと地べたに倒れ込んだ。
「衆合地獄というものが仏教にはあるようですね。その地獄にある刃物の木の葉を加工し、発射出来るようにしてみました。淫売の落ちる地獄──女性たちにはふさわしい」
遠のく意識の中で、外人がそう哄笑しているのが聞こえる。
悔しさと苦痛で、涙が零れた。
血が、流れ出している。力が抜けていく。
「璃音さんっ！」
一臣少年が、自分を呼ぶ声だけが遠く聞こえていた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0165／月見里・千里／女性／１６／女子高校生
0599／黒月・焔／男性／２７／バーのマスター
0074／風見・璃音／女性／150／フリーター
0281／深山・智／男性／４２／喫茶店「深山」のマスター
0284／荒祇・天禪／男性／980／会社会長
0016／ヴァラク・ファルカータ／男性／２５／神父
0660／シュマ・ロメリア／女性／25／修道女
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、周防きさこです。
皆様ご参加ありがとうございました。
募集時からハードな内容になる、と宣言したところ、参加者の皆様は一癖も二癖もある方ばかり。
楽しんで書かせて頂きました。
プレイングから三派に分けさせていただいています。
そして、このお話はパラレルワールドになっています。
璃音様・黒月様・ヴァラク様・シュマ様の世界と、千里様・智様・天禪の世界の二つとなっています。
他の方のノベルに目を通していただけると、より事件の真相が明らかになります。
後編の募集は6/6の午後7時開始を予定しております。同じ草間興信所です。
窓口は6/5の午後7時から開けますので、前編参加者様は6/6を待たずにご参加いただけます。
初のご参加ありがとうございました。
璃音様は後編に向けて更に過酷になっていきますが、彼女の気高さがいい結果を生むんだと思います。
それでは、後編でお会いできる事を祈って。 きさこ。
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