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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鳥目のカラス

*オープニング*

 「カラスが夜鳴くんです」
 と、その依頼人はソファーに座った途端にそう言った。
 衆議院議員・稲部洋太の妻、佐久子と名乗るその女性はキツい目線の美人だったが、着飾った身なりのその身体から立ち上る香水の濃い香りに、草間武彦は正直辟易していた。
 佐久子が言うにはこうだ。
 稲部洋太は都内のとある一等地、静かな住宅街の一角に巨大な邸宅を構えているが、最近夜になるとどこからともなくカラスが集まって来ては稲部邸の上空で飛び回っているのだと言う。それも一羽二羽ではなく、多い時には十羽近くもの数で群をなしているのだそうだ。俗に言う丑三つ時、カラスの鳴き声が聞こえるのは余りに無気味で眠れない、と佐久子は嘆いた。
 「第一、カラスは鳥なんですのよ?どうしてそれが真夜中に自由自在に飛び回っているのかしら。普通じゃ考えられないと思いません?」
 稲部邸に住む人間は六人。稲部と佐久子を除けば、建設業を営んでいた父親が稲部に寄って負った負債の代わりに、秘書として働いている一ノ瀬。ちょっとした接触事故だったのを示談でと言い包められ、結果専属の運転手として現在は働いている二宮。住み込み家政婦の三木、庭師の四条、どちらも給金に不満があるらしい。
 「…と言うか、何故に稲部氏はそう言う一癖も二癖のあるような人物を身の回りに置いているのですか」
 「性格じゃないかしら。己の力で捩じ伏せた者達を従えるのが権力の象徴だと勘違いしているのね。…それに、それを言ったら私もその中に入ってしまうけど?」
 え?と聞き返した武彦に、佐久子がにっこりと微笑む。
 「私、とある大手企業の所謂社長令嬢でした。地元では祖父の名のお蔭で支持の得られる稲部が、次に必要とするものは財産でしょう?…私、想う人がいたのですけど、政略結婚で稲部の元に嫁ぎましたの」
 「……。ひとつお伺いしたいのですが、このカラス騒動に寄って誰が一番得をするのですか?誰が一番損をするのですか?」
 そう問い掛けた武彦に向かって、佐久子の赤い唇が笑みの形になる。年の割りには引き締まって綺麗なラインを描く足をゆっくり組み替えるとこう言った。
 「それを調べるのが、貴方のお仕事でしょう?」
 ご尤も。武彦は香水に噎せたように咳き込むと、誰に手伝ってもらうか…などと既に逃げの手を打ち始めていた。

*各自調査*

 とある閑静な高級住宅街、そこの一角にあたるどこまでも続く塀に沿って、一匹の猫がのんびり歩いていた。…いや、正確には一匹の猫と二人の少年、一人の男だ。武彦によって不幸?にも名指しで指名され、今回のカラス騒動を調べてくれと頼まれたメンバー、御堂・譲とその使い魔の御堂・黒羽、水野・想司に無我・司録の四人(三人と一匹?)が、例の稲部邸の周りをぐるりと散策していたのだった。時は夜半過ぎ、そろそろ俗に言う丑三つ時と言う頃合いであった。集まり始めたカラス達の声を時折頭上で聞きながら彼らは進む。ひたひたと音もなく歩く黒猫が、ふと歩みを止めて後ろを振り返った。
 「…って、この塀はいつまで続くのにゃ?どこまで行ってもおんなじ灰色ばっかでつまんないにゃ…」
 ぼやくみたいな口調で黒羽が言う。その背後から譲が小さな声で笑った。
 「ここの一区間、全部がその稲部と言う人物の敷地らしいね。このまま塀沿いに真っ直ぐ歩いていって右に曲がって右に曲がって右に曲がって、もう一回右に曲がると同じところに出るって事だよ。勿論、その間には正面玄関とか勝手口とかあるだろうけどね」
 「さすがっ、セキュリティは万全だね☆ そうでなくっちゃこっちもやり甲斐がないしねっ」
 そういかにも楽しそうに言ったのは、一番後ろに居る想司だ。見た目はそうでもないが、実は完全装備で準備万端!とさっき言っていたようだが、何の準備が万端なのかは不明。
 「稲部と言う人物は、もともと地元では有名な人物らしいですな。とは言え、本当に有名だったのは彼の祖父にあたる人物で、過去、彼が現役の議員であった時代に地元の発展に貢献したとかで今でも伝説のように語り継がれていると言うことです。つまり、まぁ言ってみれば親の権力に乗じて政界に入った、虎の威を借りる狐と言った感じでしょうか」
 譲の後に続くようにして歩く司録が、その顔のままに闇に紛れて嗤う。その静かな歩調は気に留めなければそこに居る事を忘れてしまいそうになるぐらいで、そのうちチェシャ猫のように笑う口元だけ闇に浮かぶのではないかと思ってしまう。
 「どっちにしても余り評判は良くなさそうですね。第一、ここの屋敷で住み込みで働いている人達のすべてが何かしらの蟠りを稲部氏に対して持っているようだし。カラスを夜中に侍らせる事でどんな弊害があるかは分かりませんけど、どちらかと言うとその利害関係を調べるよりは、直接犯人らしき者を探した方がいいのではと思いますが」
 「それにゃら、みんにゃバラバラになって調べた方がいいにゃ!その方が効率良いのじゃにゃいかな?どうだろう、ご主人しゃみゃ?」
 黒羽が譲を見上げてそう言う。その前にしゃがみ込んでその頭を手の平でゆっくりと撫でながら、譲が言った。
 「僕も今それを言おうと思っていた所だよ。さすがだね、黒羽」
 そう誉められて、黒羽はえへへ…と照れ笑いを浮かべた。では、と一声司録が皆に声をかけ、ゆらりとその姿を闇に消す。そしていつの間にかその姿は、稲部邸の内側でまた同じようにゆらりと影が揺らめくように現れたのであった。

*具現*

 人は感情の生き物であるから、誰でもそれに左右されてしまうことは仕方のない事である。だが、その感情も種類に寄っては、同じ原動力となるにしても質のいいものと悪いものとあるのだろう。希望や夢は人をいい方向へと動かす。だが、同じように人を動かす力となり得るものでも、欲や憎しみは、いずれはその人を滅ぼす方向へと導いて行くだろう。
 例えば、稲部邸で働く者たち。すべて主人である稲部洋太に何かしらの悪感情を持っている事は容易に分かるが、だがその感情も各個人で少し質を異にする。住み込み家政婦の三木と庭師の四条、司録は音もなく彼らの前に姿を現わして、自分の存在を疑問に思われる前に彼らに問うてみた
 『あなたは何かを御存知なのではないですか?』
 『稲部氏やその奥方、そして今稲部邸を根城にしているカラスについて何か御存知なのではないですか…?』と。
 返って来た答えはいずれもノーだった。ノーと言うよりはナッシング・分からない、に近かったかもしれない。彼らの中にある稲部氏への感情はいずれも『不満』止まりであって、あくまで稲部氏は彼らの雇い主、もしも給金に対する好意的な変化があれば容易にその感情は消え去る程度のものだったのだ。では、残りの秘書の一ノ瀬、運転手の二宮はどうだろう。彼らは先程の二人とは少し異なった。彼らの中には明らかな『憎悪』があった。但しそれは、司録から見れば、心の奥底で見え隠れする程度の、細やかなものだったが。二人には明らかに、稲部洋太本人への悪感情があったが、それでも司録は彼らは犯人ではない、と感じた。何故ならば、彼らの『憎悪』の感情は、い稲部氏本人への『畏怖』に隠れてしまっていたからだ。闇夜にも似た司録の、鍔広帽のその奥に、稲部氏の顔を垣間見て恐れおののいてしまうぐらいに。
 最後まで分からなかったのは、妻の佐久子だ。彼女には『憎悪』も『不満』も、そして『畏怖』もない。だが一つだけ特徴的だったのが、『諦観・諦念』。だがそれだけでは説明のつかない部分もあり、これは女性特有の謎部分なのだろうか、と司録は唇の形で笑った。
 これだけあれば、取り敢えずは見定められる。そう思った司録は、またその姿を闇に消した。

 稲部邸を後にした司録が向かったのは、カァカァとカラス達が会話をする、稲部邸の広大な庭先だ。先程ちらっと聞いたカラスの鳴き声は、どう聞いても警戒の色合いが強かったので、恐らく誰かがそこに居るのだろう、と踏んだからだ。案の定、庭の一角で一羽のカラスと黒羽が会話をしている横で、落ち着きを取り戻した他のカラス達が寛ぎ、食事を取っては遊んでいる。よくよく見れば大きな枝にはカラスの巣もあり、そこでは仲睦まじい番のカラスを見て取ることもできる。錦鯉が泳ぐ池では勿論喉を潤す事ができ、カラスがとまるのにちょうどいいぐらいの太さの枝などもあって。見れば見るほど、ここはカラス達のためにある場所のように思えた。
 辺りを見渡し、夜中とは言え煌々と明るい庭の中で、どこか所在なさ気な感じで司録は、黒猫とその主人の姿を見つけて近寄った。意図なく、目前にいた想司の後を追うような形になって、一瞬底冷えするような殺気に晒されたが、何も恐れる事のない身分、ただそれを笑ってやり過ごす。すぐに興味を失ったかのような想司と一緒に、今現在の仲間の元へと歩み寄っていった。

 「黒羽」
 いつの間に敷地内にやって来たのか、譲が背後からそっと声を掛ける。ご主人しゃみゃ!と黒羽は嬉しそうにヒゲの先をぴくぴくと揺らした。
 「どう?何か教えて貰えた?」
 「…あ、ごめんにゃしゃい…まだ聞いてにゃかったにゃ。まずはコミュニケーションを取ろうと、世間話をしていたのにゃ。…ご主人しゃみゃの方はどうだったかにゃ?」
 「このあたりに、なんらかの呪詛の痕跡はなかったね。怪しい気配も見つけられなかったし。せっかくコレを持って来たのに、今回は出番がなさそうだ。…まぁないに越した事はないんだけどね」
 そう言ってカモフラージュの為に、緋の袋に入れて持ち歩いていた真剣『竜胆』を示す。その妖気にか、驚いたカラスが一声鳴いて数羽夜空へと飛び去った。その様子を見上げていた譲だが、自分を呼ぶ声に気づいて視線をそちらへと落とす。
 「何だい?黒羽」
 「あのにゃ、みんなが言ってるにゃ…呪詛とかって何の事だ?って。みんなは、誰かに呼ばれた訳でも何でもない…って言ってるにゃ」
 「誰かに呼ばれた訳じゃない?自分達の意思でここに居るって事かい?」
 譲がそう言うと、それに答えるかのようにさっきまで黒羽と会話していたカラスがカァ、と一声高く鳴いた。

 「…あれ、想司様じゃにゃいかにゃ?」
 黒羽が示す方向から想司が現れてこちらの方へと歩いてくる。こっち!と譲が手を振ると、想司が、そしてその後から姿を現した司録が共に集まって来た。
 「想司君、なにか分かったかい?」
 「分かったって言うか、ここの主は至って普通の人間な事が分かった」
 そう、物凄くつまらなさそうに溜め息混じりに呟く想司を見て首を傾げる。続いて答えを求めるように司録の方へと皆の視線が移動すると、目深に被った鍔広帽の奥から白い歯が苦笑するように歪んだ。
 「ここに共に住む者達の心の中には、稲部氏に対する恐怖や憎悪はあれど、それらすべてが諦めと言う感情で抑え付けられているように思う。…つまり、誰にも稲部氏に復讐しようとか、そう言う意思は感じられないのだよ。勿論、奥方にも」
 「それに第一、カラスがカァカァ夜中に鳴くぐらいでノイローゼになったりするよーな、そんな神経細やかな男じゃないよ」
 ぶぅ、と頬を膨らませながら想司が言う。なにがあったのかやたら不機嫌な様子だが、下手に触ると危険がこちらに及びそうなので皆その件に関しては口を噤んだ。
 「にょ言う事は、結局、誰が損をして誰が得をするにょか、分からにゃいって事にゃにょ?」
 「少なくとも、稲部氏の身の回りでは、この件に関して得をする人間は居ませんな。尤も、損をすると言っても夜に少々安眠妨害される程度の事であるし」
 「そう言う時は、一番怪しくない人間が怪しいんだけどね。推理小説の定番…かな?」
 譲が、ふと微笑んで言う。一番怪しくない人間。とは。

*カラスは夜無く*

 「カラスは鳥目じゃないんです」
 武彦が、目の前に居る人物にそう告げる。その男は、不遜にも足を組んだままで、ほほぅと一言だけ唸った。
 ここは稲部邸の一室、応接間のような内装の豪奢な部屋だ。そこで革張りのソファーに腰を降ろし、武彦は相手の態度にも表情を変える事なく、膝の上で指を組み合わせたまま眼鏡の奥から彼を見た。
 「今現在、そこここでゴミなどを荒らして住人に迷惑を掛けているのはハシブトガラスですが、カラスの視力は人々が思っている以上にいいのです。人間が物を判別できるぐらいの明るさがあればカラスも物を見分ける事ができます。しかも色を判別することもできます。また頭も良く、同じ大きさのほ乳類と同じぐらいの知能があり、記憶力がいい。自分が貯えた食料の場所をちゃんと憶えているし、自分達にとって都合のいい場所があればそこを憶えていて通う事だってする。…そう言うことだったのだと、俺は思ったんです」
 「要領を得んな。言いたいことははっきり言えばいい、探偵」
 「ここに居るカラス達は、呪詛などの力で呼ばれた訳ではない。夜中でも明るく、そして食べ物が豊富で羽を休める場所もたくさんある。天敵も居なければ追い払う人間も居ない。となればカラス達がここに集うのは必須です。カラスに、場所さえ提供すれば頭のいい彼らは自ずから集まり、居場所と定める。そして仲間が仲間を呼び、ここはカラス達の楽園になった。…それだけの話ですよ。そして、それを仕組んだのは…あなただ、稲部洋太さん」
 武彦が目の前に居る、この屋敷の主にそう告げる。眼光の鋭い、少々太り気味の初老の男は、驚きもせずかと言って罵倒をする訳でもなく、ただ武彦の言葉を受け止めた。
 「聞いていいですか。その目的はなんなのですか?あなたにとってメリットは何もないように俺には思える。だから最初はあなたに対する嫌がらせかと思った。だがそれは違った。何故?」
 「別段、さほど深い意味がある訳ではない。私はこの辺の評判が下がればいいと思っただけだ」
 「評判?」
 「知ってのとおり、この辺りは付近は静かで且つ便利がいいと言う事で、住宅街として地価も高く人気もある。つまりは、ここにこれだけの土地を持つ私の財産は高額になると言う事だ。それだと何かと不便なんでな…この辺の土地評価額が下がればこちらの思うつぼなのだが、その為に不便な土地にしてしまっては私が住む事もかなわなくなる。そこで、人の噂としてこの辺りは何かしら因縁がある土地のように思わせれば自ずと売買契約の数も減り、結果的に土地の値段は下がる。それだけの話だ、分かったか探偵」
 その口ぶりは、ばれたからと言って何の支障があろうか、と宣言するかのような感を武彦に与えた。事実、これだけでは稲部を告発する事も何も出来ない。せいぜい、付近の住人が稲部に抗議をする事ぐらいなのだが、それはなかなか出来る事ではない事も武彦は分かっていた。黙って武彦は立ち上がり、頭を下げて部屋を出て行こうとする。当然、見送る素振りすら見せない稲部を振り返って、武彦が言った。
 「カラスは頭のいい動物なんですよ。記憶力もいい。そして仲間思いだ。だからもしかしたら、自分達を私利私欲のために利用する人間が居る事を知れば、何かしらの報復をするかもしれませんね?」
 そんな言葉にも、稲部はただ口の端を歪めて笑っただけであった。


おわり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0659 / 御堂・黒羽 / 男 / 213歳 / 使い魔 】
【 0588 / 御堂・譲 / 男 / 17歳 / 高校生 】
【 0424 / 水野・想司 / 男 / 14歳 / 吸血鬼ハンター 】
【 0441 / 無我・司録 / 男 / 50歳 / 自称・探偵 】

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■         ライター通信          ■
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 ども、皆様お待たせ致しました。ライターの碧川です。この度はご依頼、ありがとうございました。
無我・司録様、水野・想司様、三回目のご参加、誠にありがとうございます。御堂・黒羽様、御堂・譲様、初めまして。お会いできて光栄です。
 さて……なんだかオイシイ所を全部武彦サンが掻っ攫ってっちゃったような感じになってしまいましたが…如何だったでしょうか。結果的に凄く捻りのない現実的な話になっちゃったような気もしないでもなく…。いやまぁ、でも好きなんですよ、こう言うある意味リアルな展開。って私だけが楽しんでちゃダメですかね(汗)
 相変わらず煮詰まりつつ書き上げた事は内緒にしておきます(内緒になってません)たまには同じ動物ネタでもそれなりに依頼・推理としての形があるものを…と言うつもりの作品でしたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
 それでは、またお会いできる事を祈りつつ…。