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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


旅をしぞ……
<オープニング>

 ゴトン、ゴトン……。

 雲ひとつない眩い朝焼けが射し込む電車内に、一人の小さな女の子が乗っている。
 歳は七、八歳といったところだろう。折り目のついた真新しいスーツに身を包み、どこか楽しげに窓の外を眺めている。
 そこへ隣の車両から、一人の中年男性が現れた。少女は大きな瞳を輝かせ、男性のもとへ駆け寄って話しかける。
「ねえ、どうしてそんなに怒ってるの?」
「ん?」
「ねえ、おじさんはどうしてそんなに怒ってるの?」
「なにを言っているんだ? 君は……」
「カイシャにウラギラレタって、どういう意味なの? リストラってなに? おじさんはそのせいで怒ってるの?」
「な……!」
「ねえ、おじさんはどうしてそんなに怒ってるの?」
 無垢な瞳で見つめられ、男性の顔色が変わっていく。
 そこへ、男性が現れたほうとは逆の車両から、車掌が現れる。
「えー、乗車券を拝見します。お嬢ちゃんから、いいかな? 切符見せてくれる?」
 少女が男性から車掌へと視線を移し、悲しげな顔をする。
「キップ……ない」
「ない? えーと、あなたはこの子のお父さんでは?」
 車掌に問いかけられ、男性は蒼い顔で何度も首を振る。
「困ったなあ。お嬢ちゃん、どこま……」
「新しいおうちに行くの」
 車掌が言い終えるよりも先に少女が答える。
「あっちにあるの」
 また車掌が口を開くよりも先に、少女はある方角を指差す。
「うんそう。トウキョウっていうところ。そこであたしは新しいカミサマになるの。でもキップは持ってないの。オカネも……」
 少女は問われもしないのに、次々と車掌の疑問に答えていく。
 数分後、少女は次の駅で降ろされた。
 あまりに気味悪がった車掌は、彼女を保護しようともしなかった。
「キップ……」
 唇を噛んで俯く女の子の耳に、電車のクラクションが伝わる。
 線路の向こうから、次の電車がホームに入ってくる。
 目の前に停止した電車に、少女は再び乗り込んだ。

<出会いこそ…>

「ねえ、お姉さんはどうしてそんなに悲しんでいるの?」
 突然に声をかけられ、月乃はびっくりして顔を上げた。
 とある調査依頼で地方に遠出をした、帰りの電車内のことである。
 薄紫色の光沢を放つ長い髪と青い瞳が特徴的な十六歳の少女と、小さなスーツに身を包んだ七、八歳の女の子が見つめ合う光景は、どこか奇妙ですらある。
 東京へと向かう車内に、二人の少女以外に乗客はいない。
「え……月乃のこと?」
 四人掛けのシートに座った月乃が小さな声で言う。となりのシートに置いたキャリーには、小さく身を変えた犬神の雪羅が入っている。身動きせずにじっとしている雪羅は、まるで可愛いぬいぐるみのように見える。
「ねえ、どうしてそんなに悲しんでいるの?」
 スーツ姿の女の子は、立ったまま楽しそうな顔で訊ねてくる。短めに切り揃えた黒髪と大きな黒い瞳が似合う女の子である。
「月乃は悲しんでなんか……」
 言いかけて、唇を噛む。
 実はつい今し方まで、家を出る前のことを思いだしていたからだ。
「ねえ、どうしてそんなに悲しんでいるの? シキガミを使えないとどうしていけないの? 血を飲むことはいけないことなの?」
「!」
 月乃が目を見開いた時、となりの車両から車掌がやってくる。
「お手数ですが、乗車券を拝見させていただいてよろしいでしょうか?」
「キップ?」
 女の子が月乃から車掌へと視線を移す。
「そう、切符だよ、お嬢ちゃん。おじさんに見せてくれるかな?」
「キップ……ない」
 女の子が悲しそうに顔をふせる。
 車掌が困った顔で月乃を見る。どうやら姉妹と勘違いしているようだ。
 月乃は俯いている女の子を見て、次にキャリーの中にいる雪羅を見る。雪羅がもぞもぞとキャリーの中に顔を埋める。
 再び顔を上げた雪羅の口には、財布がくわえられていた。
 月乃は微笑み、小さく頷く。
「あ、あの……その子、切符なくしちゃったんです。月乃と同じ切符、もう一枚もらえますか?」
 月乃の言葉に、女の子が驚いた顔をする。
「うーん、もう一度料金を払ってもらうことになっちゃうけど」
「かまいません」
「じゃあ、はい。もうなくしちゃ駄目だよ」
 車掌から切符を受け取った女の子が、不思議そうに月乃の顔を見つめてくる。
「終点の上野までの切符だから、どこで降りても大丈夫だよ?」
「……」
 女の子は大きな瞳で月乃を凝視し、口を開く。
「ねえ、どうしたらお姉さんは悲しくなくなるの?」
「え?」
「お姉さん、悲しいんでしょ? あたし、お姉さんをたすけてあげたいの」
 月乃はきょとんとするが、すぐに微笑する。
「いっしょにいてくれたら、嬉しいな」
「え?」
「あなたも一人なんでしょ? じゃあ、いっしょにいよう」
「いっしょにいれば、お姉さんは悲しくなくなるの?」
「ええ」
「わかった」
 女の子は嬉しそうに笑い、月乃の向かい側のシートに飛び乗るようにして座る。
(サトリの子なのかしら……?)
 月乃が漠然と考えると、女の子は大きく頷いた。
「うん、そうだよ。でも、トウキョウに行ったらカミサマになるんだよ。これからはたくさんの人間を助けるんだ。エライでしょ?」
 そう言って、女の子は身を乗り出すようにして窓の外の景色を眺める。
(東京に行って神様になる……?)
 なんのことかは分からないが、どうやら女の子は一人で東京に向かっているようだ。
 一人。
 月乃と同じだ。この女の子を、一人で置いてはいけない。たとえ心を読まれても……。いくら人間でないとはいえ、一人ぼっちほど悲しいことはないのだから。
「じゃあ、もう悲しくないよね?」
 唐突に女の子が月乃を見た。
「え?」
「だって、今はあたしとお姉さん、それにそこのワンちゃんといっしょだもん。一人じゃないもん」
「……うん、そうだね」
 月乃の口許に、自然と笑みがこぼれる。
「ねえ、お名前は? どこから来たの?」
「あたしは生明(あざみ)っていうの。あっちから来たんだよ」
 女の子が北の方角を指さす。
「生明……」
 そういえば実家の文献で読んだことがある。東北地方の山奥で、かつて人の心を読む神の化身が現れて遭難者を助けることがあったという。そこに建てられたのが、たしか生明神社といったはずだ。
「うん、そうだよ。めったに人間が来ないような場所にいたんだけど、これからはトウキョウの新しいおうちに住むの」
 こちらの心を読んだ生明が笑う。
 つられて月乃も微笑んだ。最初は心を読まれることに違和感をおぼえたが、今ではほとんど気にならなくなっていた。
「ねえ、生明ちゃん。その可愛い洋服、誰に買ってもらったの?」
「これはねえ、たまに遊びにいってた村のお爺さんにもらったの。いつもの着物だと、トウキョウじゃバカにされちゃうんだって。そうなの?」
「うーん、どうかしら。でも良く似合ってるわ」
「ありがとう! ねえ、お姉さんはどうして一人なの? そこのワンちゃんはどうして人間になついているの?」
「月乃は……一人にならなくちゃならなかったの。雪羅は月乃の大切なお友達だから、いつもいっしょにいるのよ」
「ふーん」
「生明ちゃんも一人なの?」
「うん、あたしはずっとそうだよ。ねえねえ、お姉さんはどうして……」
 次第に乗客が増えていく中、二人の少女のお喋りは終点に着くまで途絶えることはなかった。

<笑み浮かべ……>

 上野に到着した後、月乃は生明を目的地まで送っていくことにした。
 だが生明が言う『新しいおうち』に着くと、そこは……。
「……」
 生明が呆然と立ち尽くす。
 辺りは、大音響の金属音や大型車が走るエンジン音で埋め尽くされていた。
「ほらほら、ぼさっとするなー。さぼってると給料さっぴくぞー」
 安全ヘルメットをかぶった作業着の少女が、何人もの工事員に指示を与えている光景が目に映る。まだ十代半ばに見える、眠そうな顔をした少女である。現場監督か何かなのだろうか。
 月乃も思わず言葉を失っていた。
 周囲をビルに囲まれた街の一角が、ものの見事に掘り起こされていた。手前には『クリモトエスティックサロン建設予定地』という看板がたっている。
「あたしの……新しいおうち……」
 みるみるうちに生明の目に涙が浮かんでいく。
「生明ちゃん……」
 月乃がうしろから生明の小さな体を抱きしめる。
「あたしの新しいおうちが……なくなっちゃった……」
 月乃の顔を見上げる生明の声は、かすれて聞き取ることもできなくなっていた。
 だがその時、月乃のキャリーから雪羅が地面に飛び降りた。
 小さな身体のまま、鼻をひくつかせてトコトコと工事現場の中を歩いていく。
「……?」
 二人の少女が見つめる中、雪羅は土砂の積み立て地まで歩いていき顔を上げる。

 ガウッ! ガウッ!

 雪羅の鳴き声に呼ばれ、二人は歩いていく。
「あっ!」
 積み上げられた土砂の中に、小さな石柱のようなものが埋もれていた。
 道祖神を祀る祠である。
「あたしの新しいおうち!」
 表情を輝かせ、生明が土の中から祠を拾い上げる。
「よかったね、生明ちゃん」
「うん!」
 笑顔で振り返る生明だが、すぐに表情を暗くする。
「お姉ちゃん、どうしてそんなに寂しいの?」
「え?」
 言われて月乃はドキッとする。
 生明の帰る場所が見つかったのは素直に嬉しいが、反面、自分には帰る場所がないことを思い出してしまっていた。
 自分だけ、また放浪の身だ。
「いつまでもあたしといっしょなのに、どうして寂しいの?」
「生明ちゃんと……いっしょ?」
「そうだよ。あたし、お姉さんとずっといっしょだよ? 同じところにいなくても、いつもお姉さんの声を聞いてるよ。あたしはカミサマになるんだもん。会いたいときにはいつでも会えるよ」
 小さな祠を抱きかかえた生明が、ニッコリと笑う。
 月乃はしばし目を丸くするが、すぐに心の底から笑みを浮かべる。
「そうよね。いつでもいっしょだよね」
「おうちを見つけてくれてありがとう、お姉さん。次はお姉さんの番だね」
 生明の姿が、祠とともに徐々に透けていく。
「ええ。月乃も、早く見つけるから……」
 笑みを浮かべる月乃の目の前から、生明の姿か消えてなくなる。
 スーツを着た女の子が完全に消えた向こう側には、赤い夕焼けが浮かんでいた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0666 / 雫宮・月乃(しずくみや・つきの) / 女 / 16 / 犬神(白狼)使い】

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■         ライター通信          ■
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 このたびは岩井のシナリオ『旅をしぞ……』にご参加いただき、有り難うございました。
 今回のシナリオに関しましては、特にクリア条件や重要事項はありませんでした。
 純粋に生明というサトリ(悟り神)と接したキャラクターを描いています。

 はじめまして、雫宮月乃さん。岩井シナリオに初のご参加、ありがとうございます。
 今回のシナリオはいかがでしたでしょうか。雫宮月乃さんのプレイングは限りなく優しく、また生明に対する思い入れが強かったので、書く身としても嬉しかったです。自分が辛いからこそ人に優しくできる月乃さん、また機会がありましたらぜひ描いてみたいです。
 人物や能力の描写に関してご希望・感想がありましたら、クリエーターズルームからメールで教えていただけると嬉しいです。
 
 次回もまた、ぜひ東京怪談の舞台でお会いしましょう。