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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原>


第3音楽室の幽霊
●オープニング【0】
 冬美原の東部――高台の森の中に『エミリア学院』という初等部から大学部まで一貫教育のお嬢さま学校がある。この辺り一帯を『妖精たちが戯れし森』などと呼ぶ者も数多い。
「そのエミリア学院での噂なんだけどね」
 天川高校『情報研究会』会長の鏡綾女はそう切り出した。
 何でもそこの第3音楽室に幽霊が出るという噂なのだそうだ。
「音楽室に幽霊ってよくある話でしょう? ほら、ピアノが突然鳴り出したりとかー」
 あのー、それはどちらかと言えば、学園7不思議の方ではないかと思うんですがー……。
「とりあえず、こんな話もあるってこと。それでね……」
 綾女はこの話題をさらっと流したが、聞いていた方にしてみれば、何故だか分からないが引っかかる物を感じた。
 そもそも、何故にその第3音楽室で幽霊が出るなどという噂が出たのだろうか?
 何もなければそんな噂などすぐに消えてしまいそうなのだが……さて、どういうことか。

●妖精たちが戯れし森【2A】
 冬美原には自然が残っている。街中に緑の多い城址公園があることもあるが、それより東の鈴糸山に近付くにつれて緑はさらに多くなってゆく。
「落ち着くなあ……」
 昼下がり――黒髪の青年、卯月智哉は森の中を歩いていた。古木の精である智哉にとって、森の中というのは落ち着く場所であった。木々が元気であればなおのことだ。
 しばらく歩いていて、さてどこか休める場所はないかと探していた智哉の視界にコンクリート塀が飛び込んできた。森の中にコンクリート塀、似合わない組み合わせだ。
(そういえば街のヒトが何か言ってたっけ)
 智哉は駅前で道を尋ねた時のことを思い返していた。鈴糸山の方面にはエミリア学院というお嬢さま学校があり、その学校のある一帯の森を『妖精たちが戯れし森』と呼んだりすると尋ねた相手は話していた。だとすれば、このコンクリート塀の向こうはエミリア学院の敷地か。
 智哉は何となくコンクリート塀に近付いていった。少女たちの声が向こうから聞こえてきていた。
「ねえ、明日の音楽はどの教室だったかな?」
「今日は第3音楽室のはずでしょう?」
「えっ! 第3音楽室って……あの噂の?」
「そう、噂の。……本当に出るの?」
「噂が広まってるから出ると思うけど……嫌な感じはするよね、あの教室」
 特に面白い話でもなかったので、智哉はそそくさとその場を離れた。
(向こうはどうなってるのかな?)
 この一帯が森なのだから、学校の裏手にも森が広がっているはずだ。智哉は反対側に向かうことにした。エミリア学院の中を突っ切って。
 智哉はエミリア学院の正門を探した。少し行った先に正門が見える。てくてくと正門まで歩いてゆくと、中では女性警備員が小学生くらいの男の子を相手に話をしている所だった。
 何の気なしに正門をくぐる智哉。それに気付いた女性警備員が男の子から離れて智哉に近付いてきた。
「すみません、当学院に何か御用ですか?」
 智哉はきょとんとした表情を浮かべた。
(そうだ、今日は実体化中だったっけ)
 実体化していれば呼び止められるのも当然のことだった。
「御用がおありでしたら、御用件を書いていただいた上で、身分証を確認させていただきたいのですが」
「身分証?」
 古木の精である智哉が、そんな物を持っているはずがなかった。
「ないよ」
「お持ちでなければ、お通しする訳にはまいりませんね」
 そう言って、女性警備員は智哉の腕をつかんだ。このまま敷地の外へ出してしまおうというのだろう。
「音楽室の謎を調べに来たんだけど」
 智哉は先程聞こえてきた会話の内容を口にした。もしかすると入れてもらえるかもしれないという考えがあったからだ。
 しかし女性警備員は無言で智哉を敷地外へ連れていった。その間に男の子は、正門前から敷地内へ走り去っていた。

●眠りから覚めて【5A】
「……ん? あ……もう夜なんだ……」
 木の上、生い茂る葉っぱに包まれるようにして眠っていた智哉は、目を覚ますとすぐにひらりと木から飛び降りた。
「ここいいね。ゆっくり休めたよ」
 自分の眠っていた木を撫でる智哉。この森は何とも気持ちよく、ついつい時間を忘れる程眠ってしまったのだった。
「第3音楽室はこっちの方が近いんだよね」
 木に尋ねる智哉。風もないのに葉っぱが揺れた。智哉は礼を言って歩き出した。
 女性警備員に連れ出された後、智哉は遠回りしてエミリア学院裏手の森に移動した。そこで智哉は色々と尋ねてみた。『この森には本当に妖精が居て、近頃何か悪戯しているのか』と。
 返ってきた答えは一様に『居ることは居るが、ここしばらくは見ていない。悪戯しているという話も聞いていない』というものだった。
 そこで仕方なく自分の目で確かめることにして、智哉は木の上で仮眠をとっていたのだ。
 智哉はしばらく歩くとぴたっと足を止めた。とある木の枝が、コンクリート塀を越えてエミリア学院の敷地内まで伸びていたのだ。
 智哉はその木の助けを借りて、無事に敷地内へ乗り込んだ。

●まるで猫【5B】
 敷地内へ入った智哉は校内の木々に尋ねながら第3音楽室のある5階建ての校舎へ近付いていった。
「ここを曲がって……」
 校舎の角を曲がろうとした智哉だったが、はっとして姿を隠した。校舎の端、校舎の3階まである高さの木のそばに少女が1人立って居たのだ。腰元まである長く綺麗な髪の小柄な少女だ。
(あのヒト、何してるんだろう)
 智哉が様子を窺っていると、その少女は大きくジャンプした。まずは木の枝に、そしてその反動で再びジャンプして5階の窓まで跳んでいったではないか。
 少女は窓を開けると、するりと中へ入っていった。場所としては、第3音楽室のある辺りだ。
「ひょっとして今のヒトが噂の原因?」
 智哉にそう感じさせるには十分だった少女の行動。例えるなら猫のような……そんな動きだった。
 智哉は木のそばへ行き、地上から様子を見ることにした。
 悲鳴が聞こえてきたのは、それから10分もした頃のことだった。

●転落する少女【6B】
 智哉は悲鳴が聞こえてきてから、ずっと第3音楽室の窓を見上げていた。
(何だろ、今の悲鳴)
 窓が開いているため、所々声が聞こえてくる。
「いやっ、来ないでっ! 来ないでっ、どこかへ行ってよっ、私のせいじゃないっ!!」
「何で今になって……こんな! あなたが勝手に落ちたんじゃない……私はあなたの手を払い除けただけよっ! 万引きくらい見逃してくれてもいいじゃないっ、皆やってることじゃないのっ……!!」
「私は悪くないっ! あなたが警察に行こうだなんて言うから……その手を払い除けただけよっ!! 勝手に落ちたくせに……!!!」
 いずれも悲鳴と同じ少女の声のようだった。
「そうですわ、先生。あたしはその真実が知りたかった、ただそれだけですわ。だから今日、彼女をここに呼び出したんですの。何故かああしてますけれど」
 また別の少女の声が聞こえてくる。第3音楽室には今、複数人が居るようだ。しかし何が行われているのかまでは分からない。
「ひいぃぃぃぃっ!! いやっ、いやっ、いやぁぁぁっ!!」
 また最初の少女の声が聞こえた。開いている窓から、茶髪ポニーテールの少女の姿が見えた。少女の身体が窓にぶつかり、バランスを崩して――。
「危ないっ!!」
 また別の少女の叫びと共に、ポニーテールの少女がまるでスロー映像のように窓から落ちてきた。
(助けよう!)
 智哉は自分の手を木に同化させた。そして枝木を伸ばしてクッション代わりにしようとした。
 ゆっくりと落下してきた少女の身体は、枝木に引っかかってさらに速度を落とし、静かに地上へ落下した。
 智哉は同化を解除して、少女に駆け寄った。
「……う……」
 小声で呻く少女。意識はあるようだ。見た所、出血もない。どこか腫れているようにも見えない。
 智哉は窓を見上げた。窓からは多くの人間が心配そうに地上を見下ろしていた。

●てんやわんや【7】
 夜のエミリア学院に、救急車とパトカーがやってきていた。もちろんそれだけではなく、学院長や理事長等の車もあったが。
 転落した少女は担架で運ばれ、救急車へ乗せられた。救急隊員の話では、生命に別状はないだろうとのことだった。詳しくは検査しないといけないだろうが。
「あたしと去年亡くなった娘はお友だちでしたの。だから、自殺するような娘ではないということは、あたしがよく知っていましたわ」
 二谷音子がその場に居た8人に対して話し出した。
「何かのはずみで転落したに違いない……そう思っていたあたしが真実を知ったのは、この春でしたわ。長らく彼女に貸していたたくさんの本を、彼女のご両親から返していただいた時でしたの」
「何があったの?」
 北一玲璃が音子に尋ねた。
「本の中に、彼女の日記が紛れ込んでいたんですわ。そこにはこう書かれていましたの。『万引きする所を見てしまった。辛いけれど、明日私は彼女に警察に行くよう言おうと思う。ちゃんと話せば分かってくれるはず』……彼女の亡くなる前日の日記ですわ。もちろん先程の彼女の名前も書いてありましたわ」
「それで真実を知るために、あんな噂流した訳やろ。うちらはそれにまんまと踊らされたって訳やね」
 南宮寺天音が溜息混じりに肩を竦めた。
「噂も使いよう……か」
 宮小路皇騎がぼそっとつぶやいた。
「まさか他の学校にまで広まっていたとは思いませんでしたけれど……噂の効果はありましたわ。こうして証人も多く得られましたものね」
 音子はくすくすと笑った。
「あの幽霊は……?」
 志神みかねが尋ねた。
「彼女の幽霊だと思いますわ。面影がありましたもの……」
 それを聞いて、海堂有紀がじっと天音を見つめた。
「……分かっとるよ、うちの負けや」
 天音の言葉に、有紀はぎゅっと天音に抱きついた。嬉しそうな表情だった。
「これ……どこまで書いていいの?」
 倉実一樹は頭を抱えていた。実際の事件が絡んでいて、ホラーではないようでホラーでもあって……非常に判断に苦しむ結末になってしまっていた。
「……よく分からないな……」
 卯月智哉はまだいまいち今回の事情が飲み込めていないようだった。
「刑事さんが呼んでるニャ」
 刑事から事情聴取を受けていた養老南が、音子を呼んだ。この場に居る全員には事情聴取という仕事が待っていた。向こうのパトカーの前には、冬美原警察捜査課の田辺良明警部補の姿があった。
「それでは全てお話ししてきますわ。皆様、またいずれ。ではごきげんよう……」
 音子は笑顔を見せると、深々と頭を下げた。そして皆に背を向けてパトカーの方へ歩いていった。

【第3音楽室の幽霊 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
                    / 女 / 15 / 学生 】
【 0461 / 宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
        / 男 / 20 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師) 】
【 0516 / 卯月・智哉(うづき・ともや)
               / 男 / 20前後? / 古木の精 】
【 0576 / 南宮寺・天音(なんぐうじ・あまね)
           / 女 / 16 / ギャンブラー(高校生) 】
【 0597 / 海堂・有紀(かいどう・ゆき)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0598 / 養老・南(ようろう・なん)
             / 男 / 12、3? / 高校生/男娼 】
【 0670 / 倉実・一樹(くらざね・かずき)
                   / 女 / 16 / 高校生 】
【 0702 / 北一・玲璃(きたいち・れいり)
                   / 女 / 16 / 高校生 】


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■         ライター通信          ■
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・冬美原へようこそ。
・『東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・冬美原』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全19場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は、整理番号順で固定しています。
・お待たせしました、『第3音楽室の幽霊』をお届けします。今回のお話は、ある意味冬美原の今後を決める内容でしたので、じっくり時間を取らせていただきました。
・今回のお話は読んでいただければ分かりますが、噂にまつわるお話でした。噂は使い方によってどうにでもなります。例えば今回の音子のように誰かを罠にかけたり……と。噂は上手く利用してくださいね。
・卯月智哉さん、6度目のご参加ありがとうございます。夜に何が起こるかを見届けた結果が今回のお話ですね。何気に人命救助もしていたりしますが。ちなみに森は居心地がいいです。今回年齢指定がなかったので、平均的な年齢にさせていただきました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。