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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・陰陽の都 朧>


陰の章 火街 残照

 いつもながらに入った狐狗狸。勿論そこで待っているのは須佐ノ男。
「よう。どうした、疲れた顔してるな?」
 相変らず蕎麦を啜りながら親しげに話し掛けてくる。
「ところでよ、あんたら今火街の神泉が強盗に狙われてるって話を知っているか?まぁ、賊どもは追っ払われたみたいだが、連中の意図が分からねぇ。そこでだ」
 ここでひとまず言葉を区切って一同を見まわし、
「連中が通り道にしている火街の下水道を探索してみないか?もしかしたら黒幕というか、何かが見つかるかもしれないしな」

(ライターより)

 難易度 普通

 予定締切時間 6/6 24:00

 陽の章では無事敵を撃退できましたが、敵の目的が掴めませんでした。そこで敵の目的、もしくは手がかりを求めて、瘴気漂う下水道へと潜る事になります。
 中は薄暗く。道幅も大の大人二人が並んで歩くのがやっと、天井も3m程度しかありません。かなり行動の制限があり、しかも確実に戦闘が起きます(敵の巣窟に潜り込むわけですから)。
 調査というよりは戦闘と索敵を重点的に行うシナリオとなります。
 今まで朧に参加されていない方でもまったく問題なくご参加いただけますので。お気軽にご参加ください。
 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

<狐狗狸>

 いつものことながら狐狗狸は様々な客で混みあっている。
 そんな中で、守崎北斗は一人内緒でうな重を食っていた。先日起きた火街の依頼を受けろという兄の命令に従って、何とか依頼をこなした彼は家に帰る前にそれくらいの役得はあってもいいだろうということで、ここに寄っていた。
 成長期の少年特有の豪快な食欲を見せて、飯をかきこむ彼の肩にポンと手がおかれた。
「よう、北斗じゃねぇか。随分といいモン食ってるな」
 聞き覚えのある声が後ろからかけられる。できればこの場で聞きたくない声だ。だが、無視をしているわけにもいくまい。
 いささかげんなりして振り向いた彼の視線に入ってきたものは、予想どおりのものだった。
「須佐ノ男…。どうしていやがんだよ」
「ご挨拶だな。俺がよくここに来るのは知ってんだろう。それより兄貴はどうしたんだ。いないのか?」
 須佐ノ男はきょろきょろと彼の近くを見回した。守崎兄弟は一緒に行動している時が多い。一人だけだと奇異に見えてしまう。
「今日は一人だよ。そ、それよりこれは内緒にしといてくれよ」
「ん?なんでだ?」
「なんでって、そりゃ兄貴に内緒でこんなもの食ったのがバレたら…」
 どんな刑が待っているか分かったものではない。考えただけで冷や汗が流れる。
「ははは。そうかそうか。兄貴にバレたら大変か…。いいぜ、黙っておいてやるよ」
「ほんとか?」
「ああ、俺は嘘はついた事はないぜ。信じな」
 ひとしきり会話を終えると、須佐ノ男は席から立ち上がった。
「さてと。じゃ、俺はこの辺で行くとするか」
「どこ行くんだよ?」
「ちょいと下水道にな。用事があるんだよ。お前さんはどうする。行くか?」
「う〜ん…」
 守崎は首を捻って考え込んだ。正直、一仕事終えたところだしゆっくりしたい。ただ、須佐ノ男には食事を奢ってもらった借りがある。ここでそれを返しておくのもいいだろう。どちらを取るべきか。
 彼が悩んでいる様子を見て、須佐ノ男は彼に背を向けて、さっさと入り口に歩き出した。
「嫌ならいいぜ、楽な依頼じゃないしな。じゃ、俺はこれで」
「ち、ちょっと待てよ!嫌だなんて誰もいってねぇじゃねぇかよ!っておい、待て!俺はまだ飯を食い終わってねぇぞ!」

<疑惑>

 神泉での宝貝強奪未遂事件から数日が経った。
 あの日から、宝貝を狙う妖の者はさっぱりと現れなくなったという。だが、少女遊郷は釈然としないものを感じていた。妖の者の目的が分からないのである。
 本当に宝貝が欲しいのであれば、あの圧倒的な力を誇る玉藻前が自ら出向けばいい。それを部下たちに任せ、失敗したらしたで放って置くというのは本腰を入れて手に入れるつもりが無かったということではないのか。
 それに神泉店主泰堂の態度も気にかかる。自分の大切な作品を盗まれるというのに、どこの助けも借りず、また協力を申し出た者を厄介払いする始末。前回は何とか説得して護衛をしたが、もしかしたら彼はあまり事を荒立てたくは無かったのかもしれない。だがなぜなのか。その理由が分からない。
 狐狗狸で須佐ノ男に声をかけられた彼は、下水道に向いながらその疑問について考え続けていた。
「どうした?何か考え事か?」
 いつも悠然と構えている少女遊の、普段と変わらないようでいて、しかし何時に無く深刻そうな雰囲気に気付いた須佐ノ男が声をかけた。
「あ、ああ。いや俺達がさも自分達の問題でございって顔で、ここの事件に関わっちまってもいいのかなと思ってな…」
「どういう意味だ?」
「俺達はこの町にとって余所者。いわば客分みたいなもんだ。この町の事情もよく知らない。そんな連中があんまり事件に深入りするのは、ここの連中にとっても迷惑じゃないのか?」
 これも少女遊が前々から気になっていたことだ。特に妖の者についてはその知識が少ない。彼らが真に意図するものがまるで見えてこないのだから。どんな理由をもって人と敵対しているのか。それも分からずしてただ狩るのが果たして正しいことなのだろうか…。
 だが、須佐ノ男はそんなことなどまるで構わない事であるかのように、飄々とした態度で答えた。
「別に問題ねぇよ。この町には確かに術師は多いが、どうにもやる気のない連中ばかりでな。なんというかおっとりしてんだよ。特に外敵から襲われた事がないからな。仕方ないといったら仕方ないのかもしれねぇが…。だから実戦なれしているあんたらが来てくれるのは正直助かっていると思うぜ」
「……」
「それに、どうにも陰陽寮の連中は隠し事をするのが好きでな…。治安維持と称して傲慢な事を平気でやる奴もいる…。特にあの天文博士は…」
「天文博士?」
「ああ、こっちの話だ、気にしないでくれ。ま、妖の者は俺達と敵対しているわけだし、戦うしかないだろ。相手の理由をいちいち詮索したって始まらないぜ」
 彼の肩を叩いて、須佐ノ男は先に歩いていく。その後ろ姿を見つめながら、少女遊はやはりこの朧には何か隠された事がある事を感じるのだった。

<下水道> 

 暗黒の闇が支配する下水道。
 憎しみ、悲しみ、嘆き、苦しみそれら負の気、所謂瘴気が立ち込めた場所。長時間普通の人間がいれば。あまりの不快感に正気を保てなくなるこの場所は、人外のモノ、妖が潜んでいる。 
 時折朧に出没する妖の者たちは、この下水道を通って地上に出没する。神泉を狙っている敵の意図が分からない以上、敵の足取りを追うことで何か手がかりを掴めるのでは。そう考えた須佐ノ男に伴われて下水道探索に乗り出したのは七人。彼らは二列横隊で、狭い道を歩く。
「しかし相変らず酷い場所だな…」
 雨宮薫は、この場に立ち込める瘴気に眉を顰めた。その手にはどこで拾ったか、一匹の猫が抱きかかえられている。その猫を撫でながら、彼は油断なく辺りを見回した。妖の者がいつどこで姿を現すか分からない。ここは敵の巣窟なのだ。
「ほんとだよな〜。俺達の世界とは大違いだぜ」
 九夏珪はそんな雨宮とは対照的に、好奇心に目を輝かせてきょろきょろと辺りを見回す。上の朧の町でもそうだったが、彼はどちらかというと調査目的というよりは観光目的で来ているという方が近い。
「珪、あまりはしゃいで、どこかにふらふらするなよ。何が出るか分からん」
 非常に危険な場所だというのに、緊張感のかけらも無い九夏の態度に、いささかこめかみをひきつらせて雨宮は釘を刺す。
「分かってるよ。ちょっと見物しただけだろう」
 親友の助言に口を尖らす九夏。これでいて彼らは同年代であったりする。あまり反省している様子の見えない九夏に、雨宮がため息をつきつつさらに何か言おうとした時、彼は臀部に不快な感触を感じた。誰かの手に触れるような…。
「まぁ、そんなにピリピリするな。緊張しているといざ実戦で力が出せねぇぞ」
 そう言って豪快に笑い声を上げる少女遊に、雨宮は腰にさしてある刀を抜き放ち彼の鼻先に突きつける。
「今何をした?」
 極寒の氷のように冷たい彼の問いかけに、しかし少女遊はまったく気にした様子も無くしれっとこたえる。
「ん?いやぁ、戦闘を前に若人の緊張をほぐしてやろうと思ってな」
「余計なお世話だ。次にやったら分かっているな?」
 緊迫感が無さ過ぎる。元来真面目な雨宮は二人のお気楽ムードに翻弄され、頭痛を感じながら刀を修めた。
 そんな中で、列の真ん中を歩く天薙撫子は、ここに罠が仕掛けられているのではと、慎重に行動していた。
 現在いるところが敵の通り道である以上、何らかしらの罠が張っている可能性は高い。着物の懐には、依頼を受ける前に須佐ノ男から貰い受けた式王子の呪符が入っている。呪いや術などを身代わりに受けてくれるものだそうだが、効果は一度きり。あくまで保険と考えておいたほうがいいだろう。
 彼女は、なぜ敵が宝貝を狙うのか疑問に思っていた。敵の黒幕が玉藻前であることは、先の依頼で判明したが、彼女がなぜ宝貝を欲するのかが分からない。確かに宝貝は強力な武器であるが、玉藻自身宝貝は持っている。しかも相当な破壊力を持ち、現状では比類なき力を誇る。それなのにこれ以上力をつけてどうしようというのか…。
 何か目的があるとすれば、それはこの朧仇なす力としようとしているといったところだろうか。
 とにかくここをうろついていれば、必ず敵の方が何らかしらの行動を起こすだろう。その時を狙って聞き出すのがベストだろう。
 天薙はそう考えて、手に絡めてある妖斬鋼糸を強く握った。
 すると…。
「ほう、こいつがきゃんでぃとかいうやつか」
 須佐ノ男が手にした飴玉をもの珍しそうに見つめながら、隣を歩く少女に声をかけた。
 雨宮や九夏より少し歳下であろうか、高校生ぐらいのおっとりした表情の小柄な少女である。金髪に
エメラルドの輝きをもった瞳が異国の血が流れていることを思わせる。
「そうですよ。本当は何かお菓子を作ってこようかと思ったんですけど、歩きながら食べづらいじゃないですか。だからこれにしたんです」 
 望月彩也と名乗った彼女は、ゆっくりとした口調で告げる。小・中・高・大一貫教育の有名私立学校に通う彼女は、見た目や雰囲気どうりお嬢様育ちで、総ての行動がのんびりしている。深窓の令嬢という点では天薙と同じだが、着物を着た楚々たる美人の天薙に対して、洋服を着て可愛らしい雰囲気を漂わす彼女は対照的な存在だった。
「それにしてもここには何があるんでしょうか…」
 生まれてこのかた、このような場所にはほとんど縁の無い彼女としてはかなり不安を感じていた。
「皆様がお探しのものが見つかるといいんですけど…。ところで須佐ノ男さんはキャンディーを見るのは初めてですか?」
「ああ。ここじゃ見かけねぇ菓子だな。普通飴といったらもっとドロッとしたものか、鼈甲飴みたいに堅いやつがほとんどだからな」
 朧は西洋文化が入る前の日本のような文化形態をとっている。西洋風の菓子などはほとんどないと行って過言では無い。もっとも金太郎飴のように丸い飴がまったく無いわけではないのだが、綺麗な丸の飴というのは朧では見かけられない。
 須佐ノ男はキャンディを口に含んだ。砂糖特有の濃厚な甘みが口に広がる。
「どうですか?美味しいですか?疲れも癒えるんですよ…きゃあ」
 彼の表情を伺っていた望月は、足元の出っ張りに気がつかずに躓いてしまう。
「おっと」
 その華奢な体を、須佐ノ男の腕がしっかりと支えた。見た目は幾分細身でもやはり男、片手で軽々と受け止めている。シャツごしの厚い胸板に望月の顔が触れた。
「気をつけな。ここじゃ何が起こるか分からないんだからな」
「は、はい…」
 幾分頬を赤くする彼女に気がつかないのか、須佐ノ男はあっさりと自分の体から彼女は離し、立たせる。
 望月が立ったのを確認して前方を見た須佐ノ男の顔が、見る間に真剣なものになった。
「いるんだろ。出てこいよ」
 薄暗い下水道の中、闇が支配する奥からそれは姿を現した。
 狐の面を被った黒装束のもの。一体だけではない。後ろから次々と同じ狐面のものたちが姿を現していく。さらに後ろを見てみれば、何時の間にかそこにも複数の狐面が現れているではないか。
 一行は完全に囲まれていた。
「やはり罠…」
 ある程度予測していたが、敵の術中にはまったらしい。天薙は知らず知らずに臍を噛んだ。
 だが、対照的に須佐ノ男の方は狙っていた獲物が飛びついてきてくれたと喜んでいた。その顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「よう。誰かと思えば孤野郎たちじゃねぇか。相変らずこそこそと大勢で動くのだけは得意だな」
「須佐ノ男…。我らが主に仇なすモノ。このような場所までやってくるとは命知らずもいいところだな。息の根を止めてくれる」
「へ。群れなきゃ何もできない連中が粋がりやがって…。やれるもんならやってみな」
 前後合わせて三十名近くの狐面の者、妖狐衆に囲まれて、しかし須佐ノ男の顔から余裕の色は消えない。懐から数枚の呪符を取り出して、一行に振り向く。
「俺は前面の敵を叩く。後ろはお前らに任せた!」
「お、おい…!」
 制止の声も何処吹く風、須佐ノ男は果敢にも前方に立ちふさがる妖狐衆に突っ込んでいく。
「やれやれ、じゃあ俺も普段の姿を取り戻すかな」
 雨宮の懐に抱かれていた猫はそう呟くと、彼の腕から飛び降りた。そして空中で見事に捻りを聞かせて着地した時、その姿は銀髪の青年の姿になっていた。この姿こそが鬼、朏棗の本来の姿である。
「朏!」
 それを見た雨宮は素早く須佐ノ男と同じような陰陽師の用いる呪符を取り出す。
「ほいよ」
 朏が放った強烈な電撃がその符に吸い込まれる。
 そんな一連の行動を行っているうちに、後方の妖狐衆は背中の刀を抜き放ち攻撃を仕掛けてくる。
 だが、雨宮の呪は完成している。
「雷撃招来!急急如律令!!」
 雨宮の手から放たれた呪符は、襲い掛かる妖狐衆の先頭にいるものに接触すると、眩き閃光となって四散した。それは強烈な電撃であり、近くにいる数人の妖狐衆の体も捉え、打ち砕く。
「!!!」
 難を逃れた妖狐衆も、流石にこの攻撃は怖れたのか雨宮から距離をとる。
「貴様…陰陽師か」
 今雨宮が使用したのは、あらかじめ呪文が書かれた符を用いて使用される術、符呪と呼ばれるものである。この術を使用するのは主に陰陽師のみ。
「ふ、この程度で怖れを為すとは大したことはないな」
「流石はダブルキャッツアタックだぜ!」
 ゲシッ。
 ボカァッ。
 賞賛の声を上げた九夏に、雨宮の鉄拳と朏の蹴りが炸裂する。
「猫はよせ」
「おい、どうせならもっとかっこいーのにしろよな。せめて漢字とかさ」
「じゃあ、二人美人猫攻撃…」
 ゴカァッ!
 ベグシッ!フミフミ!
「いい加減にしろ…」
「それとさっきのとどう違いがあるんだ?」
「……」
 先ほどよりさらに強烈な拳と蹴りが決まり、九夏はあえなく沈黙する。
 それを黙って見届けた妖狐衆の仮面下に、大きな冷や汗が流れたことはこの際不問とすべきであろう。
 しかし、その隙を見逃す天薙では無かった。
「はぁぁぁぁぁ!」
 彼女の細い指先から、目に見えぬほど細い糸が放たれる。その糸はただの糸ではない。鋼を薄く糸のように鍛えた鋼糸と呼ばれる代物である。細い糸状とはいえ、鋼でできたその糸の強度は並みではない。人間の力では引きちぎることは不可能である。
 だが、今回彼女はこれを拘束の目的には使用せず、刃として用いることにした。細い糸のような鋼の刃は、まさに縦横無尽に妖狐衆の体に絡みつき、切り裂く。
「ぐわぁぁぁ!」
 糸の巻きついた場所から血が噴出し、その黒装束を赤く染め上げる。まさに妖斬鋼糸の名に相応しい凄惨な切れ味をまざまざと見せ付けた。
「あちらも終わりのようですねぇ」
 望月の相変らずのんびりとした声に、彼女の視線の先を見てみると須佐ノ男が放った式神が、前方にいた最後の妖狐衆を蹴散らした。
「へっ。生意気な事言う割には、てんで大したことねぇな」
 彼の隣には見上げるように巨大な鬼が立っている。これも陰陽師が使用する呪札が生み出される符呪の一種、式神である。正式には式鬼などと呼ばれるが、その丸太のように太い腕から繰り出される一撃は想像を絶するものがある。
 前方にいた妖狐衆は総てこの鬼に殴り倒されたらしい。
「さっさと逃げ帰って玉藻に伝えろ。朧を滅ぼしたいのなら下らない小細工なんかしてないで、お前自身でやれとな」
「付け上がるな!まだ我らは負けたわけではない」
 妖狐衆の一人はそう言って立ち上がると、やおら懐に手を入れると、何かを取り出した。手裏剣か何か短い刃のようだ。その刃はまるで血に塗られたかのように赤々と輝いている。
「それはまさか・・・!」
「食らえい!」
 放たれた刃は、空中を旋回しながら業火を巻き上げる。激しく燃え上がるそれは、さながら火の帯と化してある方向へと向う。その先にあるのは……天薙であった。
 鋼糸を放っている彼女は、糸が敵に絡まっていて身動きが取れない。見る見るうちに業火の塊は彼女に近づき、そして…。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」 
 炎の塊が彼女に衝突した。激しい炎が天薙の体を包み込む。金属性の彼女にとって、火属性の攻撃は非常につらい。相剋となって通常受ける打撃より、さらに強く影響を受けてしまうからだ。
 しかし、その体が焼けることは無かった。代わりに懐に入れておいた式王子がボロボロになって崩れ落ちた。身代わりとしての役割を果たしたのだ。
 天薙に衝突した刃は、そのまま空を一回転して持ち主の手へと戻る。それを見て、須佐ノ男はその物体が何であるのか確信した。
「火竜瓢…。どうして貴様がそんなものを持っている?」
「玉藻様よりお預かりしたこの宝貝、貴様らでは避けられまい!」
 そう、妖狐衆の者が持っていたのは宝貝であった。術のような特殊な力を発揮する武器。神泉でしか作られていないこの武器が、なぜ妖狐衆のものが持っているのだろうか。
 火竜瓢とは、天空に住まう火竜の息吹を結晶化させたとされる宝貝で、その息吹と同等の火力を発揮する。下水道という限定された空間では、自在に飛び回るこの武器を回避するのは難しい。
「そんなもんで俺達を倒せると思っているなら、やってみな」
「いつまでそんな減らず口が叩けるか…。試してくれる!」
 妖狐衆は再度火竜瓢を構える。狙いは…須佐ノ男。
 彼もまた、何かの呪符を手にとっている。一触即発の空気が場を支配する。
 だが、この状況を破ったのは意外な人物であった。
「ぐう!?」
 苦痛に満ちた声が上がり、何かが地面に落ちた。
 それは妖狐衆が手にしていた火竜瓢。見れば彼は腕を抑えているではないか。そしてその抑えた部分からは何か短刀のようなものが突き刺さり、血が溢れ出している。
「随分と苦戦してるじゃねぇか、須佐ノ男」
 一行のさらに後方から声が聞こえてきた。
 やがてその声の主が姿を現す。
 忍者の装束に着替えた守崎がそこに立っていた。額には火街で買った蒼のはちがねがつけられている。
「随分と遅い登場だな、守崎」
「お前が俺を置いてとっとと行っちまうのが悪いんだろうが!まだ飯も食い終わってないのに…」
 守崎が狐狗狸で食事をしていた時、本当に須佐ノ男は彼をおいてとっとと行ってしまったのだ。お陰で準備に手間取った彼は、下水道に到着するのが遅くなってしまった。
 妖狐衆の腕に突き刺さっているのは、彼が放った苦無である。忍者が用いる特殊な武器で、あまり距離が離れていると当たらないが、矢よりも大きい刃は突き刺さったものの傷口を大きくえぐる。
「かくなる上は……」
 敗北を悟った妖狐衆の者は、道の脇を流れる下水へと身を躍らせた。水面が一瞬血で赤く染まり、姿が見えなくなる。
「あ、待ちやがれ…!」
 彼を尋問しようと考えていた朏は、慌ててその後を追おうとしたが、意外に流れの早く、濁っている水の中を探すことは断念せざるを得なかった。それにここは敵地。迂闊に動けば何が待ち構えているか分からない。
「なんで何処でもかしこでも同じトコに住んでる者達が戦わなくちゃなんねぇのかなぁ…」
 いつ間にか復活していた九夏が、寂しげな表情を浮かべて地に倒れ伏している妖狐衆に目をやった。
 いつでも、どこでも戦は無くならない。戦っても得るものより、失うものの方がはるかに多いというのに人々は、そしてヒトならざるものも戦いつづける。まるでそれが宿命のように…。
「悲しいですね。皆様と幸せに暮らしたいだけなのに…」
「人が二人以上いれば、争いは起きる。話し合いをもって解決すべきなんだろうが、生憎、なまじ力があると話し合いなんか無駄に思う連中が多い。そいつらは力で総てを押さえつけようとする。より強い力が現れたら、自分達も従わされるってのにな」
 望月の言葉に、少女遊は達観した意見を述べた。今回、彼はあえて戦闘に参加せずに様子を伺っていたが、敵の言動や行動を見ていると話し合いは難しいようだ。向こうがこちらを敵視して攻撃を仕掛けてくる以上、向いうたなければなるまい。
 須佐ノ男は妖狐衆がおいていった火竜瓢を拾い上げると、守崎に放ってよこした。
「悪かったな。こいつをやるから勘弁してくれ」
「いいのかよ?こんなの貰って」
 守崎は紅に彩られた刃を見て、驚きの声を上げる。確か宝貝とは大変高価なものだったはずだ。
「かまわねぇよ。この面子じゃ、お前が一番上手く使いこなせそうだしな」
「やった!」
 はしゃぐ守崎を見ながら、須佐ノ男は妖狐衆が逃げ出した下水を見つめた。
「しかし、なんで下っ端の妖狐衆どもが宝貝なんて持ってやがる?何を考えているんだ玉藻は…」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 / 属性】

0568/守崎・北斗/男/17/高校生/水
    (もりさき・ほくと)
獲得アイテム
 ●火竜瓢
【アイテム番号:52】
【種別:宝貝】
【外見説明&詳細説明】
 紅に染め上げられた短刀。
 天空に住まう火竜の息吹を結晶化させた武器と言われるが、実際には火の力を付与された小刀。
 敵にむかって投げると業火を発し、直線状にいる敵を焼き尽くす。
 精神力の消費が激しいため、一日に5回しか使用できない。
0101/望月・彩也/女/16/高校生/水
    (もちづき・さいや)
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)/金
    (あまなぎ・なでしこ)
0545/朏・棗/男/797/鬼/金
    (みかづき・なつめ)
0112/雨宮・薫/男/18/陰陽師。普段は学生(高校生)/水
    (あまみや・かおる)
0183/九夏・珪/男/18/高校生(陰陽師/木
    (くが・けい) 
0543/少女遊・郷/男/29/刀鍛冶/火
    (たかなし・あきら)

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました。
 陰の章 火街 残照をお届けします。
 今回は敵の情報を聞き出すことは出来なかった為、あまり手がかりを掴むことは出来ませんでした。 逆に残された謎は沢山あります。玉藻が何を企んでいるかは皆目不明です。下っ端の妖狐衆が、貴重な武器であるはずの火竜瓢を持っていることも不思議です。
 この謎を解いていくのは皆様です。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満等ございましらお気軽にテラコンより私信を頂戴できればと思います。お客様のご意見はなるだけ作品に反映させていただきます。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って…。