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I miss You
------<オープニング>--------------------------------------
人を殺したいとき、皆さんはどうしていますか?
今、私は……殺したいというか、その、食べてしまいたいんです。
食べてしまいたいほど可愛い、って言うじゃないですか。
いま、彼女を食べてしまいたいんです。
心も体も、全部をものにしたくてしょうがないんです。
でも、彼女を殺したくはありません。でも食べたいのです。
彼女は綺麗で、やわらかくて、いい匂いがします。
体もふっくらしていて優しそうで……食べたらさぞかし美味しいだろう!
−−−と思ってしまうのです。
彼女が好きです。大切です。殺したくありません。
でも食べたい。食べたくて仕方がない。
こんな気持ちにさせる彼女が最近憎くてしょうがありません。
彼女があんなに愛らしくなければ、犯罪者になんてならなくてすむんだ……。
誰か助けてください。
アドバイスをください。
どうしたら彼女を殺さずにすみますか?
この気持ちを押さえることができますか?
「なんか気持ちの悪いカキコ……」
BBSに目を通して、雫はつぶやいた。
「この人がマジで事件起こしたら、この板の存続危なくない?」
レスが付いている。たったそれだけだ。
「やだなぁ……最近ネット関係うるさく言われているし……。
誰か相談に乗ってあげるか、阻止するかしてよう!」
×
キーボードに伸びた手を、今日子の手が押さえた。
「待って」
囁く。
日刀静は椅子をずらし、今日子の方を向いた。
ゴーストネットOFF。都内にある小綺麗なインターネットカフェである。
静は仕事帰りに時折このカフェにやってくる。自宅にパソコンを置くのは勿体ないのだ。仕事ばかりしていて、見る時間がない。
ぽかりと空いた時間があれば、カフェに入ってあちこちのサイトを見る。無責任なうわさ話、怪談話の中に、時々ハッとするような貴重な情報が混ざっていることがあるのだ。
今現在、今日子にかけられた呪いを解く術がない以上、こうやって海岸の砂をさらうようにして探すしかない。
今日は仕事に同伴した今日子も共にカフェに来ていた。
カップルルームと呼ばれる席だ。パーテーションを少し広めに区切ってある。椅子が二つに、大きなモニタと本体、キーボードとマウスだけがある。
モニタには、『食べたがり』と名乗る人物の書き込みが表示されている。好きになればなるほど、相手を食べたくなるという不思議な性癖。
「今、レスつけようとしたでしょう」
今日子は静の手から手を話し、そう問いかける。
静は頷いた。
「気になるのは判るし、ちょっと怒りたいって思ってる気持ちも判るけど。こういうのって冗談かもしれないわよ」
「何の冗談でこんな気持ちの悪い投稿をするんだ」
「最近、テレビとかでオカルトや怪談って人気があるじゃない。波があるだけで、この手の話題は元々人気があるものなんだけど。だから、気色悪い投稿をして、ほら、見て」
今日子がマウスを動かし、ツリー形式の画面に動かす。
「多分女の子だと思うけど、相談に乗ってあげるから渋谷で待ってるって書いてあるじゃない」
「ナンパの手段かもって言いたいのか」
「かも、ってね」
今日子はマウスを静の方に押し戻す。
「マトモに時間とってあげたら馬鹿馬鹿しいかもしれないよ」
「そうだったら」
静はマウスを操作し、返信画面を開いた。
「ぶん殴るまでだ」
×
池袋サンシャイン前、東急ハンズの入り口で。
『食べたがり』は、静の返信にそう答えてきた。
今日子は朝から気分がすぐれないと言って同行していない。気分がすぐれないと言うのが実質どんな不快感を示すものなのか判らず、静は「どこが」と問いかけたが、クッションを投げつけられた。
壁により掛かり、人の流れを仏頂面で見つめる。春先でまだ肌寒さが残るというのに、薄着の者も多い。
一体幾つぐらいの男なのだろうか。自分より、上か下か。書き込みからは、年上であるという印象を受けた。20代くらいだろう。
それぐらいの年齢の男は、それこそ掃いて捨てるほど目の前を歩いている。だが、静のように見知らぬ誰かを捜しているという雰囲気の人間はいない。
駅の方に目をやると、どす黒いオーラを纏った女性が居た。
背が高く華奢で、薄手のブラウスにジーンズという出で立ちだ。顔立ちは整っていて、ボーイッシュにカットした髪がさわやかである。
だが、彼女の肩の当たりにはどす黒いオーラが漂っている。
黒系のオーラはマイナスの感情だ。実際、世間にはこの色のオーラを纏っている人間が殆どである。早朝の電車の中、帰り道の繁華街、ふらりと入った店の中。
ちょっとしたストレス。マイナス感情の波。欲求不満。疲労でのイライラなどで、このオーラは薄く人間の周囲を漂うようになる。
女性のオーラも、それと似たようなものだった。休日とはいえ珍しいものではない。だが。
密度が違った。
普通の人間が漂わせるにしては濃密なのだ。そして、これだけ濃密な黒い気を出すと言うことは、自殺寸前であるとか誰かを殴りにいく直前だとかするものだ。勿論、表情にもそれは出る。
女性にはそれがなかった。
さっぱりとした顔をしている。体調良好、精神状態も小康状態といった表情だ。
不思議な女性だった。
女性は静が見ている前でさっさとサンシャインに向かってくる。目的のある歩き方だった。
何だろうと思ってしばらく眺めていると、迷うことなく静の方へ歩いてくる。
「ヒガタナさん?」
女性は、静の目の前で止まるとそう言った。
「──そうだけど」
「はじめまして。私が『食べたがり』の淀川みのりです」
女性はにっこりと笑った。
×
ではあの「彼女」という記述は「あの女性」という意味の彼女だったのかと納得しかけた静は、喫茶店の中で
予想通りに恋人という意味の「彼女」であったというコトを告げられた。
みのりは同性愛者なのだ。
といっても、聞いた限り好きになったのは例の「彼女」だけであるらしい。現在交際中の男性はいないが、過去に何人か肉体関係まで進んでいるとさらりと答えた。
「だから、あの子は特別なんだろうなと思うの。
言うなれば、彼女──和歌子っていうんだけど、彼女以外への恋なんて、恋愛ごっこなのかもしれない」
その見解に、静は大賛成だった。本当に好きな相手など、そう簡単に見つかるものではない。
みのりも和歌子も、都内の大学に通う女子大生だった。
「で、食べたいっていうのは」
静は、これが今日子の心配していた冗談やナンパの類ではないと理解すると、すぐさま本題に入った。
「時々好きな人と抱き合ってる夢とか見るんだけど、あるでしょそういうの。普通に。それで、私の場合は和歌子と抱き合っている場合がすごく多いの。夢の中で、やった! と思ったんだけど」
そこから先が、いつもの夢とは違ったのだ。
みのりは、和歌子を抱擁した後、彼女をむしゃむしゃと食べてしまったのだという。
とてもリアルな夢だった。ヒトの味とはこんなものかと思いながら、みのりは和歌子を貪り、満足し、愛を手に入れた気分にまでなったという。
「それからかな。和歌子を見ると食べたくなるの。でも、食べられるわけないじゃない。駄目って判ってるけど、もう、和歌子の側にいると苦しいの。本当に喉が渇いたコトってある? 喉が痛くなって、吐き気がするの。苦しくて苦しくて。なんていうの? おあずけを食らってる犬とか、彼女のOKが出なくて初エッチまで我慢してる男の子の気持ちってこうかもって、思うわよ」
みのりはけらけらと笑う。
静もつきあいで笑った。
みのりの瞳は笑っていない。憔悴したような光がそこにあった。
「良かった」
静はぽつりと呟いた。
書き込みを見た印象よりも、みのりはずっと真っ当な人間に見える。疲れ切るまで、己の飢餓と闘っている。
間違いは起こさないだろうと思えたが、逆にみのり自身が心配だった。そして、突然見たそのリアルな食人夢も気になる。
「でも、日刀さんって不思議ね。こんな素っ頓狂な話なのに、当たり前みたいな顔して聞いてくれる。他にいないわよ、こんな人」
「そんなことはない。腹を割って話せば、頷いて真剣に考える人間はたくさんいる」
静は伝票を掴んで席を立つ。みのりも立ち上がった。
会計をすませながら、静は不思議な気分にかられていた。
何故、こんなことを言ってしまったのだろう。
自分自身、腹を割って話せる相手など一人しかいないのに。
×
和歌子に会ってみたいと言った静を、みのりは学園祭に招いた。
今日子と共にみのりを訪れると、みのりはたこ焼きを焼いていた。バンダナを巻いてシャツを来たみのりは、やはりオーラをのぞけば健康そうに見える。
そのみのりの隣にいたのが、和歌子だった。
ふっくらとした優しげな女性だった。だが、それだけだ。オーラにも変わったところはない。とりたてて人を惹きつけるという印象もない。
だが、みのりはこの女性が何よりも大切なのだ。そう、恐らく自分にとっての今日子のように。
和歌子がたこ焼きをパックに詰め、今日子に手渡した。
「美味しい〜」
今日子は早速たこ焼きを食べ始める。学園祭の賑やかな雰囲気を楽しみつつ、時折用事に刺したたこ焼きを静の方へ押しつけてきたりする。
「賑やかね」
「ああ」
ふと、風が吹いた。
湿った臭いのする風だった。今日子が足を止める。
「静君」
静は頷いた。何か──強い気を感じる。
首の後ろがざわりと騒ぐ。
悲鳴を聞き、静は振り返った。
屋台の中から、みのりが駆けだしてくるのが見えた。
「どうした!?」
たこ焼き屋に駆け寄ると、和歌子がうずくまっている。
「みのりが、みのりが急に私に掴みかかってきて……突き飛ばして、走って」
和歌子は静に、狼狽した様子で告げる。
走り出すのは今日子の方が早かった。
校舎の中に飛び込んだ今日子に追いすがり、静も階段を駆け上がる。
「食べそうになったのかも」
今日子が呟く。静も胸の内で頷いた。
やはり、先ほどの風が何かある。
「屋上よ!」
×
屋上へ駆け出ると、みのりが立っていた。
デニム地の硬いエプロンをつけ、フェンスにしがみついている。
噛み締めている唇から、血が滴っていた。
「みのり!」
「こないでっ」
みのりは首を振る。
今日子が静の袖を掴んだ。みのりの首筋が開く。そして、もう一つの巨大な口が現れようとしている。
何処からか、笛の音が聞こえた。
みのりが絶叫する。
髪を振り乱して振り返った瞳は、すでに狂気の色だ。
走ってくる。
みのりの華奢な腕が、静に振り下ろされる。
重たく、鋭い。
静はわずかに腰を沈め、みのりの腕を掴んで投げ飛ばした。
高いフェンスにぶつかり、みのりが床に転がる。派手な音がした。
「死んじゃうよっ」
今日子が言う。
「気絶でもさせないと止まらないぞ」
ずるずるとみのりが起きあがる。あまり動じた気配もない。だが、手足の擦り傷が無惨だ。
纏った黒いオーラは更に濃密さを増す。
今日子がハッと顔を上げた。
何かに気づいたのだ。
みのりが静に掴みかかる。爪が変形し、するどく腕に突き刺さる。
静は踏ん張り、みのりの動きを止める。
今日子が跳躍した。
狼になる。
高く一声吼えると、給水塔の上に飛び上がった。
みのりを包んだのと同質の黒い気が、一瞬濃さを増す。
今日子は弾き飛ばされ、そのまま静とみのりの間に落ちてくる。
静はみのりを突き飛ばした。爪が肉をえぐる。
両手を広げ、落ちてくる今日子を受け止める。
血が溢れた。
「失敗したね」
からん、と涼しげな下駄の音がする。そしてまた、笛の音。
どこかで聞いたような声だった。
給水塔の上に姿を現したのは、赤毛の少年だった。古めかしい和装に、高い下駄を履いている。そして、笛を唇に当てていた。
「ご褒美に返してあげよう。君たちと会うのは二度目だからね」
少年が薄く微笑み、もう一度笛を吹く。
みのりがくずおれる。後頭部から、口が姿を消した。
「今度はもっと面白い余興を考えておく」
からん、下駄の音。
少年の身体が、すぅっと空気に溶けた。
静は膝をつく。
人間の姿に戻った今日子が駆け寄ってきた。
×
みのり共々、大学の救急室で手当を受け、静は一息ついた。
ここに運ばれたと聞いたのか、乱暴にドアを開けて和歌子が入ってくる。
「みのりー!」
みのりに飛びつき、わあわあと泣いた。
みのりは彼女の背中を、優しくさすっていた。
「ね、和歌子。私、話さないといけないことがあるの」
話を聞き終えてまず最初に和歌子がしたのは、静に頭を下げることだった。
「みのりを止めてくれて、ありがとうございました」
「いや、いい」
静は短く答える。「照れてる」と今日子が肘で脇腹をこづいてくるのは無視した。
「それで、みのり。まだ、私を食べたい?」
「ううん、もう、それはない。でも、和歌子のことは好き。だからね」
みのりは息を吸い込んで目を閉じた。
「思い切り、フって欲しいんだ。手ひどく。私が、半月くらい立ち直れないくらい」
みのりは静に微笑む。
「それで完全に諦められたら、もう一回友達始める」
和歌子の掌が、ばちんとみのりの頬を叩いた。
容赦がない。彼女は見た目に寄らず、結構力が強いらしい。
みのりの頬が思い切り腫れた。
「みのりなんて大嫌いよ。一人で悩むなんて許せない。私、みのりとは親友だと思ってた」
和歌子はみのりの肩を抱きしめた。
「もっと早く言ってくれれば、怪我するコトなんて無かったの!」
今度は、みのりの目から涙が零れる番だった。
静は今日子と共に立ち上がった。
二人が、恋人になるのか友達になるのかには興味がない。
何にしても、またみのりが苦悩することはないのだろうから。
「静」
みのりが静の背中に声をかけた。
「ありがとう。腹は割ってみるものだね」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0425 / 日刀・静 / 男性 / 19 / 魔物排除組織ニコニコ清掃社員
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、周防です。
度々のご参加ありがとうございます。
今までの周防のものとは違い、個別で書かせて頂きました。
NPCである【みのり】の今後の人生は、皆様のプレイングにより変化しています。
よろしければ他の方の【みのり】と他者に対する影響もご覧下さい。
【みのり】が女性だということに気づいた方はいらっしゃりませんでした。
驚いていただけるとうれしいです。
余談ですが、以前参加された【お花畑でつかまえて】に登場したNPCが顔を出しています。
静様とはご縁があるようですね、そのNPC。
今後も登場予定なので、記憶に留めておいていただけたら幸いです。
ご意見・ご感想等ございましたらお気軽にメールを下さいませ。
誠に私信ながら、現在私の運営するホームページで東京怪談に関するアンケートを行っています。
今後よりよい依頼を提供していくために役立てたいと想っています。
お時間がございましたらご回答くださいませ。
それでは、またのご縁を祈って。 きさこ。
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