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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


I miss You

------<オープニング>--------------------------------------

 人を殺したいとき、皆さんはどうしていますか?
 今、私は……殺したいというか、その、食べてしまいたいんです。
 食べてしまいたいほど可愛い、って言うじゃないですか。
 いま、彼女を食べてしまいたいんです。
 心も体も、全部をものにしたくてしょうがないんです。
 でも、彼女を殺したくはありません。でも食べたいのです。
 彼女は綺麗で、やわらかくて、いい匂いがします。
 体もふっくらしていて優しそうで……食べたらさぞかし美味しいだろう!
 −−−と思ってしまうのです。
 彼女が好きです。大切です。殺したくありません。
 でも食べたい。食べたくて仕方がない。
 こんな気持ちにさせる彼女が最近憎くてしょうがありません。
 彼女があんなに愛らしくなければ、犯罪者になんてならなくてすむんだ……。
 誰か助けてください。
 アドバイスをください。
 どうしたら彼女を殺さずにすみますか?
 この気持ちを押さえることができますか?


「なんか気持ちの悪いカキコ……」
 BBSに目を通して、雫はつぶやいた。
「この人がマジで事件起こしたら、この板の存続危なくない?」
 レスが付いている。たったそれだけだ。
「やだなぁ……最近ネット関係うるさく言われているし……。
 誰か相談に乗ってあげるか、阻止するかしてよう!」


×


JR中央線立川駅改札──
 湖影龍之介は、イヤホンを耳に突っ込んで人を待っていた。
 買ったばかりのアルバムを聞きつつ、目の前を通り過ぎていく人々を眺める。10月下旬。ようやく残暑という言葉からも離れ、長袖を着ている人間が殆どになっている。
 龍之介が一昨日の晩に見つけた奇妙な書き込みの相手を待っているのだ。
──好きになった相手を食べてしまいたい。
 そんな奇妙な苦悩を書いた投稿者の名前は『食べたがり』だ。
 龍之介は軽い調子でそれに返信した。そして今日、会うことになったのである。
 実際会ってみないとね、相手の悩みなんてわかんないッス。
 うんうんと龍之介は一人で頷く。
 それにしても、相手はどんな人物なのだろうか。根暗そうなオッサンが来たらどうしたらいいだろうか。親身になって話に乗ってやると言うのみなんだか間抜けな光景に思える。
 大体自分とそう変わらない年齢の高校男子とかではないだろうかと、あたりはつけていた。
 辺りを見回しても、それらしい人間はいないどころか居すぎて困るくらいだ。全く見当がつかない。
 すると、通路を挟んで向こう側に立っている男性としきりに目が合う。龍之介は相手をじっとみた。
 20代後半くらいの男性である。ちょっとおでこが若はげ過ぎている。かなり後退している。顔立ちは若いのに、その頭のせいで妙な雰囲気になっている。
 目が大きく、中中「濃い」顔立ちをしていた。
 つと、男がこっちへやってくる。龍之介は首を伸ばした。
 あれが、『食べたがり』?
 どきどきしながら男の挙動を見守る。男は龍之介の目の前に立った。
「あの」
 龍之介が口を開く。
「『食べたがり』さんッスか?」
「『魔性の恋』さん?」
──気まずい沈黙が下りた。
 魔性の恋?
 男が首をかしげる。
「あれ、高校生だって聞いてたんだけど」
「食べたがりさんじゃナイんスね?」
「でも、君でもイイ」
 さらりと言われた言葉に、龍之介は目を丸くする。
「僕は山之内。よろしく」
 よろしくと、言われても。
 微笑まれても。
 龍之介は硬直していた。
 ぽん、と肩に手が置かれる。
 すぐ横に、綺麗な女性が立っていた。
 色白で、真っ黒な髪をショートカットにしている。ややボーイッシュな印象だが、瞳や唇は優しい女性のものだ。
 背が高い。
「ごめんなさいね、このコ、私の連れだから」
 さらりといい、龍之介の背中を押す。
 龍之介と女性が歩き出すと、龍之介が今まで居たすぐ横に立っていたやせっぽちの少年がおずおずと手を挙げるのが見えた。
「あの、僕が──『魔性の恋』です」
 
 龍之介の肩を抱いたまま、女性は駅ビルを抜けた。
「Ryuさんって、キミ?」
 にこっと微笑みかける。
「こんにちは。私が『食べたがり』よ。淀川みのり、よろしく」
「湖影龍之介ッス」
 全く予想外の展開に、龍之介は呆然とする。
「さあって、何処行こうか。ここって結構安くて美味しい居酒屋とかあるんだけど、未成年連れて入れないしね。カフェがいいかな? ファーストフード?」
「ファーストフード希望ッス」
「それじゃ、ファーストキッチン行こう」
 みのりはさっさと決めて、ずんずん先に進んでいってしまう。
 龍之介はこのアクティブな女性が何故「彼女を食べたい」などという奇妙な書き込みをしたかについて、沢山の憶測をしながら──
 結局、素直に彼女に従った。
 
 淀川みのりの書き込みにあった女性は、「和歌子」という彼女の親友であるそうだ。
 現在、四谷の同じ大学に通っている。みのりは暇をもてあます大学三年生だった。
「あ、確認したいッス」
 ポテトを口の中に押し込み、一気に飲み込んでから、龍之介は手を挙げた。
「その和歌子さんって、恋人のカノジョじゃなくて」
「うん、カノジョじゃなくて、あの子って意味の『彼女』」
 なんだ、と拍子抜けした龍之介は、コーラをがぶりと飲む。
 だが、それがみのりの想い人であり、好きな人であり、抱きたい人だと言うことを知って、噎せ返りそうになる。
「へ、へえ。珍しいッスね」
「そうかな」
 みのりはくすくす笑ってペーパーナプキンを差し出してくれる。
「龍之介君の周りには居ない? 男の子が好き、ってコ」
「い──いないっすねぇ」
 龍之介は慌てて首を振る。相手が自分は同性愛者だと暴露したからと言って、自分もそうだと宣言する必要はない。
「そっか、共学?」
「男子校ッス」
「そうなんだ、じゃあ、誰か我慢してるんだね」
 ごまかしに口に入れたコーラを吹き出しそうになる。
「思うんだ。同性のコが好きって、本当はすごく基本の感情だと思うんだよね。バンドのメンバーにもの凄く傾倒してる男の子とかって沢山いるし、アイドルに入れ込む女の子もいるじゃない。それが、身近な人かどうかと、あとはオープンかどうかだと……ああ、こんな話もしかして気持ち悪い?」
「そんなこと、全然ナイっスけど」
 龍之介はトレイの中のゴミをくしゃくしゃと丸めた。
「じゃ、みのりさんは、女の人が好きなこととか、その和歌子さんって人が好きで悩んでるんじゃなくて、そっちは全然普通で、今和歌子さんを食べたいって思うことだけが問題だって、思ってるってコトっスか」
「大正解よ」
 みのりはにこりと笑った。
 書き込みから受けた不気味な印象は、目の前の彼女には全くなかった。

 
×


 龍之介がみのりの大学の学園祭に呼ばれたのは、それから一週間ばかりしてからの事だった。
 携帯メールの交換で、和歌子を見てみたいと龍之介が伝えたからだ。ついでに、大学の学園祭が見て見たかったというのもある。
 大学の中庭で、みのりは焼きそばを焼いていた。
「あら、いらっしゃーい」
 にこにこと笑いかけ、隣で人参を刻んでいる女性を指さす。
 ふっくらとした、マシュマロのような印象の綺麗な女性だった。同い年くらいの女の子にはない、落ち着いた優しさが全身から滲み出している。人好きのしそうな女性だった。
「和歌子よ」
 言われて、和歌子が顔を上げる。エプロンで手を拭いた様子は、大学生にして「優しくて綺麗なお母さん」像を体現してしまっている。
 和歌子はてきぱきと焼きそばをトレイに盛り、ハイと龍之介に差し出した。
「あと10分くらいで交代だから、それまで焼きそば食べて待っててくれる?」
 みのりがウィンクする。龍之介は頷いた。
 箸で焼きそばをかき回しながら、座る場所を探す。ベンチを見つけて腰掛け、焼きそばをもりもり頬張った。
 ウマイ。
 ふと、獣くさいような臭いが鼻をくすぐったのはその時である。
 和歌子の悲鳴が聞こえた。
 龍之介はベンチから立ち上がり、皿を傾けて一気に焼きそばを口に入れる。
 屋台に向かって走り出した。
「どうしたッスか!」
 屋台の中で、和歌子が震えて座り込んでいる。
 隣にいる男性が彼女を助け起こしている。
 和歌子のむきだしの二の腕に、赤い歯形があった。
──みのりさんッスね!
 龍之介は愕然とする。まさか、本当に噛みつくとは。
「みのりが、みのりが急に私に掴みかかってきて……噛みついたかと思ったら、逃げて」
 和歌子は震える指で校舎の方を指さしている。
 だが、その様子はみのりを怖がっていると言うよりは、驚いて気が動転しているだけのように見える。放っておいても平気だろう。
 龍之介は口の周りのソースを拭いながら、階段を駆け上がった。
「みのりさーーーーーーん!」
 駆け上がりながら、教室はどこも封鎖されている事に気づく。どうやらこの校舎は学園祭の間、物置などに使われているらしい。
 屋上! 直感でイクっス!
 龍之介は自慢の足で、どんどん階段を駆け上がった。
 
 
「みのりさーんっ!」
 ばんっと屋上へ続くドアを蹴り開ける。突風が吹き付けてきた。
 広い屋上の隅に、みのりがいる。フェンスをよじ登ろうとしている。
──まさかまさか、我慢しきれず噛みついちゃったコトを苦に自殺!?
 止めなければ。
 一歩踏み出した龍之介は、目の前に現れた少年にぶつかりそうになり、のけぞった。
 強い風に、長くのばした赤毛が揺れている。着物とは少し違う、平安時代の衣装のようなものに身を包んだ少年だった。
 笛を吹いている。竹か何かで出来た横笛のようだ。
 笛の音が止む。
「邪魔をしないでおくれ」
 少年が微笑んだ。
「好きな人に自分の愛情表現を受け入れて貰えなくて、彼女はこの世に絶望した」
 ころん。高下駄が鳴る。
 大きな袖口につけられた鈴が、しゃらんと鳴った。
「愛が破れた彼女を、止める資格があるものはいない」
「なに、言ってやがるンっスか!」
 龍之介は絶叫する。
 飛び起き、少年に掴みかかる。
 少年が大きく跳躍する。
 龍之介の頭を飛び越え、反対側に着地した。
「ほら」
 少年がみのりを指さす。みのりはもう、フェンスの殆ど頂上にいる。
 龍之介はフェンスに向かって走った。
 みのりが頂上にたどり着く。
 のばした手が、みのりの足に触れる。
 跳躍する。
「みのりさん、ダメっっっスーーーーー!」
 叫んで、みのりの身体を抱きしめる。
 龍之介の体重に耐えかね、みのりの手がフェンスを離れる。
 二人は屋上の床に倒れ込んだ。
 龍之介は飛び起き、みのりを抱きしめる。
「ダメっす。なんか、よくわかんないけどこんなのダメっス! 絶対絶対……」
 言っているうちに、涙が出た。
「好きだとも伝えないうちに、死んじゃったりしたらダメっスよぉ……」
 華奢な身体を抱きしめる。
 みのりの手が、そっと龍之介の頬に触れた。

「みのりっ!」
 屋上に和歌子の声が響き渡る。
 それから、「あ」と唸った。
「ごめん、みのり。お取り込み中? あ、もう平気なら、私、中で待ってるから。ね」
 一人で早合点し、真っ赤になって校舎内へ戻ってしまう。
 みのりと龍之介は顔を見合わせ──
 それから同時に吹き出した。
「誤解されちゃった」
「マズったッス」
「ううん、いい」
 みのりはゆっくり首を振る。
「ちょっと誤解しててもらおう。ごめん、私、泣いてもいいかな」
 笑いながら、みのりはぽとりと涙を落とした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0218 / 湖影・龍之助 / 男性 / 17 / 高校生

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、周防です。
 今回は弟様の参戦ですね?(笑)
 今までの周防のものとは違い、個別で書かせて頂きました。
 NPCである【みのり】の今後の人生は、皆様のプレイングにより変化しています。
 よろしければ他の方の【みのり】と他者に対する影響もご覧下さい。
 【みのり】が女性だということに気づいた方はいらっしゃりませんでした。
 驚いていただけるとうれしいです。

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 今後よりよい依頼を提供していくために役立てたいと想っています。
 お時間がございましたらご回答くださいませ。
 それでは、またのご縁を祈って。  きさこ。