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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


I miss You

------<オープニング>--------------------------------------

 人を殺したいとき、皆さんはどうしていますか?
 今、私は……殺したいというか、その、食べてしまいたいんです。
 食べてしまいたいほど可愛い、って言うじゃないですか。
 いま、彼女を食べてしまいたいんです。
 心も体も、全部をものにしたくてしょうがないんです。
 でも、彼女を殺したくはありません。でも食べたいのです。
 彼女は綺麗で、やわらかくて、いい匂いがします。
 体もふっくらしていて優しそうで……食べたらさぞかし美味しいだろう!
 −−−と思ってしまうのです。
 彼女が好きです。大切です。殺したくありません。
 でも食べたい。食べたくて仕方がない。
 こんな気持ちにさせる彼女が最近憎くてしょうがありません。
 彼女があんなに愛らしくなければ、犯罪者になんてならなくてすむんだ……。
 誰か助けてください。
 アドバイスをください。
 どうしたら彼女を殺さずにすみますか?
 この気持ちを押さえることができますか?


「なんか気持ちの悪いカキコ……」
 BBSに目を通して、雫はつぶやいた。
「この人がマジで事件起こしたら、この板の存続危なくない?」
 レスが付いている。たったそれだけだ。
「やだなぁ……最近ネット関係うるさく言われているし……。
 誰か相談に乗ってあげるか、阻止するかしてよう!」


×

 JR中央線「渋谷」駅ハチ公口前──
 改札を出たすぐ横にあるモザイク壁画の前で、氷無月亜衣は突っ立っていた。
 週末であるせいか、見渡す限り人の身体という状態だ。相手に指示する場所は、判りやすい方がいい。そう思って選んだのだが。
 失敗だったかも。
 目の前を通り過ぎる人々の量は、予想よりもずっと多い。学校帰りに寄る時間は、こんなには混んでいない。日曜の昼下がりとは、何とも人が出歩く時間を選んでしまったものだ。
──愛すれば愛するほど、相手が食べてしまいたくて仕方ない。どうしたらいいだろう。
 昨日見た掲示板の書き込みである。魔女として修行中の身であるせいか、どうも心霊スポットや怪談の噂などのサイトを見つけると覗き込んでしまう。この「食べたがり」クンの書き込みは、その中でも贔屓にしているサイトで見つけたものだ。
 怪談系の情報掲示板としてはかなり大きなそこは、通りすがりの人が一度だけ書き込みをするということも少なくない。彼女を食べてしまいたいという奇特な悩みを持つ男性が、亜衣の返信を見ていないことも十分あり得る。
 無駄足になるかもしれないと思いながら、亜衣はきょろきょろとあたりを見回す。
 携帯などで連絡を取り合わなくても、こうやって人に会うことに慣れれば相手は見つかるものだ。
 だが、今日に限って、亜衣を求めている素振りのある男性は居なかった。
 予想より年配なのだろうか。父親くらいの年の男性だったらどうしようか。いや、あの人のことを一瞬忘れてしまうくらいの美形の男性だったらもっと困ってしまう。
 怪談系のスレッドだったから、あんな妙なカキコをしてみたけど実はナンパとか。
 それはかなり不愉快だ。亜衣は居心地の悪さを感じ、肩にかけたバッグを引き寄せた。
 ちょっと軽率だったかもしれない。
 亜衣がもう帰ろうと決意したとき、目の前に華奢な女性が立った。
 背が高い。すらりとしていて、引き締まった身体をしている。シャツブラウスに黒い細身のパンツという出で立ちは、至近距離で見なければ男性かと見間違うほどだ。
 柔らかい黒髪は、少し長めのショートカットにしてある。
 女性が亜衣をまじまじと見つめた。
「AIさんかな?」
 不思議な事に、声は柔らかく高い。
 亜衣はこくこくと頷いた。
「私が、あの掲示板にカキコした『食べたがり』だよ」

 『食べたがり』こと淀川みのりは、四谷の大学に通う大学生だった。
 みのりに連れられ、駅から少し歩いたところにあるスターバックス・カフェに入る。甘いアイスココアを買って席に着く頃には、みのりと亜衣の自己紹介は終わっていた。
「彼女のことなんだけど」
 亜衣は、てっきり自分より年下の少年か、せいぜい十代の相手だろうと安心して相談に乗りに来たのだが、相手が大学三年生とあっては勝手が違う。
 とりあえず、話だけは聞いておこうと切り出した。
「名前はね、和歌子っていうんだ。私の親友。同じ大学に通ってるんだけど、最近彼氏が出来たんだよね」
「ちょっと待って」
 亜衣は慌てて掌を突き出す。みのりが首をかしげた。
「私、『彼女』っててっきり恋人って意味かと思ったんだけど──お友達って意味だったの?」
「そうだよ。カノジョじゃなくて、『彼女』」
 みのりはあっさりと頷く。
「まだ、付き合うまでいってないから、カノジョなんて失礼だよ」
「ちょっと待って」
 亜衣はまた同じ台詞を口にする。
「もしかして、レ、レズさん?」
「どうだろう。亜衣ちゃんが好みかって聞かれたらちょっと違うから、和歌子限定なのかもしれない」
 みのりは自分の好みが少し変わっているなどとカケラも思っていないのか、うんうんと頷く。
 それから、話を始めた。みのりと和歌子の事だ。
 二人は小学校からの縁だが、仲が良くなったのは高校で再会を果たしてからだという。中学校は私立へ行ったみのりは、高校になって入ってきた和歌子を知らなかった。だが、互いの居ない母校の話をすると、面白くなった。同じ教師を知っていて、同じ児童会会長を知っているのに、みのりのアルバムには和歌子はいない。和歌子の記憶には、みのりはいない。
 近隣で最も児童数の多い小学校だった。そう言うこともあるのかもしれなかった。
 仲良くなり、家も近所なので二人は四六時中一緒にいた。恋をしているのかもしれないと思ったのは大学に入ってからだという。何人かの男性と付き合ったが、欲しいと思ったのは和歌子だけだった。
 亜衣は、このくだりを聞いて赤くなる。大学三年生にとってはごく普通の話なのだろうが、欲しいとか抱きたいとかいう単語が出てくると、やはり恥ずかしい。
「今の女子高生って、もっとスレてると思ってた」
 みのりはけらけら笑い、亜衣の頭を撫でた。
 そこで脱線してから、会話は和歌子の事から離れていった。好きなミュージシャン、本のこと、学校のこと、現在亜衣が片思い中の人への秘めた想い、みのりの大学生活のこと。
 気づけば日が暮れていた。二人は慌てて店を出て、駅へ向かった。
 みのりはさばさばとしていて話しやすく、亜衣は姉が出来たような気分を少しだけ味わっていた。
「あのね、私今日、お説教するつもりで来たの。好きな人を食べるなんて、絶対駄目だよって。がどんな極限状態でも無条件に相手の幸せを願うことができるのが、愛だと思うの。だから、そう言って、自己満足で人を好きになっちゃいけないよって言おうと思ったんだよね。もっといいカタチで、その人のこと好きになろうよって」
 駅へと向かう道で、亜衣はみのりにそう話しかけた。
「でも、みのりさん全然そう言うカンジじゃないから、どうしようかって思っちゃった」
 みのりが足を止める。
 日は暮れ、通りはネオンと街灯の光で照らされている。みのりは駅の方向を見つめている。亜衣も足を止めた。みのりの頬が、明かりに照らされて輝いている。
「亜衣ちゃん」
 みのりが優しく呟いた。
「そう言い切れる自分を、本当に大事にしてね。はっきり言えちゃう人って、そんなにいないと思うから」
 亜衣は頷いた。
 みのりが少し悲しそうに見えたので、彼女の腕を掴んで引っ張り、駅を目指した。
 
 
 みのりの大学が学園祭をやるというので呼ばれたのは、それから一月ほど経ってからだった。
 一月の間、みのりとは頻繁にメールを交換していた。しかし、ここ一週間ほどそれが途絶えていたのだ。心配していたのだが。
「ごめんごめん。私大学で劇団やってるの。稽古の詰めに入ってて、家に帰ってなかったんだ。大学入り口まで迎えにいったげるから、来たら電話してね。待ってるよ  みのり」
 というメールが届いたのだ。
 亜衣は嬉しいやら拍子抜けやらで、ホッとしながらも少しムッとした。胸の内は複雑だった。
 門のところで待っていると、みのりはすぐ走ってきた。
 シャツにジーンズというラフな格好のみのりは、到底これから舞台に立つ女優には見えなかった。そう言うと、みのりはけらけらと笑う。
「これから、化粧して着替えるの。終わったら付き合うから、一人で時間潰せる? ナンパなんてされちゃダメだよ。大学生ってのはケモノだからね」
「心配ご無用! 私はそんなに簡単には落とせませんよーだ」
「はは、大丈夫そう。それじゃあ、この地図のトコロに来てね」
 みのりは亜衣の頭を撫で、一色印刷のチラシを握らせてくる。
 彼女の姿が校舎の中に消えると、亜衣の背中のバッグから、黒猫がぴょこんと顔を出した。──やれやれ、苦しかったデスヨ
「ごめんね、ゼル。フランクフルトとか買ってあげるから、機嫌なおしてね」

 開演時間になり、亜衣は指定された教室へと移動した。
 教室のすべての壁には黒い幕が引かれている。舞台の袖のところに、シンセサイザーか何かのような機材が置いてあるのが見える。スポットライトやフットライトも取り付けられていた。
「大学生のお芝居って、本格的……」
 亜衣は思わず呟く。シンセサイザーの横にいた女性が、くるっと振り返った。
「アイちゃん?」
「え? はいっ」
 突然呼びかけられ、亜衣は目を白黒させる。
「こんにちは。私、みのりの友達の和歌子。みのりから、ポニーテールした可愛い子がくるからって聞いてたの。当たったかな?」
「は、はい。正解ですっ」
 亜衣は、みのりに事前にそう伝えられていたことと、目の前にいる女性が「食べてしまいたいくらい好き」な和歌子であることを知ってどぎまぎする。
 ふっくらとした印象の女性だった。色が白くて髪が長い。優しそうなお姉さんという印象だった。
 みのりのような女性が「食べたいくらい」好きになるから、恐らく近寄りがたいほどの絶世の美女だろうと勝手に思っていたのだが。
 なんだか。
 みんなに好かれそうだが、熱烈に愛されたりストーキングされたりすると言う事はなさそうだった。
 不思議。
 亜衣は和歌子に案内され、特等席に座らせて貰った。
「周りに座るの、知り合いの劇団長とかウチの脚本とかばっかりよ。特別」
 くすっと笑い、和歌子はまたシンセサイザーのところへ戻っていった。

 舞台は、不思議な印象だった。
 SFだったのである。舞台は近未来。荒涼とした地球、スラム化した村で、盲目の妹と共に暮らす男性。期待の泥棒で、義賊。しかし、夜になるとスラムは「囁きの天使」で満たされる。先の戦争で残ってしまった生物兵器。死を囁いて、自殺をさせる美しい天使。
 みのりは、三人いる天使のうちの一人だった。薄布をまとい、オーガンジーの生地に針金を通した美しい翼をつけていた。
 狭い教室の中が、近未来のスラムになる。亜衣は自分の想像力に感心し、それをうまいことかき立てたみのりたちに感心した。
 舞台が終わると、みのりは「囁きの天使」の格好のままで出てきた。身体のラインが殆ど透けて見える衣装だ。
「宣伝になるから、寒くなるまでこのカッコ」
 みのりはくすくす笑う。それから、亜衣の手を取って学園祭を回ってくれた。

──嫌な臭いがしますよ
「え?」
 みのりがトイレへ出かけた隙に、鞄の中からゼルがひょっこり顔を出す。
 差し入れてやったフランクフルトの袋までを意地汚く舐めていた様子で、鼻の頭にケチャップがついていた。
「フランクフルト?」
──邪の臭いです
 ゼルは背中の毛をわずかに逆立てている。
 亜衣は、不安になってあたりを見回した。
 みのりは、まだ帰ってこない。

 手を洗って顔を上げ、みのりは硬直した。
 鏡の中に、居るはずのない人間が写っている。
 水干と呼ばれる和装に、高下駄。笛を帯に刺していて、髪は赤い。
 何処かの劇団の団員だと思ってしまえれば楽だった。自分も、こんな奇妙な格好をしているのだから。
 だが、みのりはその和装の少年を知っている。時折、夢に出てくる少年だった。
 どくん、と心臓が脈打つのを感じる。下腹が熱くなる。
 愛情と欲情が混ざり合い、飢えへと変わる。
「暴力も、受け止める相手によっては真摯な愛へ変わる」
 少年が囁いた。
「ふるわれる暴力が真実愛情の発露だと知っていれば、後は受け止めるものの器量でそれは真実の愛になる。愛情のカタチは、人間の顔かたちが違うように少しずつ違っている」
「やめて」
 みのりは屈み込み、耳をふさいだ。
「でも、出来るわけないじゃない! 和歌子は私を友達だと思ってる、あの子は普通なの、真っ当なの。同性愛なんて架空の存在だと思ってる。そんな人間が、彼女にとって存在留守筈のない性癖を持った人間が隣にいると知ったら──」
「そこで、受け止めるもの相手の器量だ。己のままをさらけ出すことは、間違ってはいない」
 少年が、みのりの肩に覆い被さってくる。
「考えてみるといい。真実の愛とは何かを」

「おい、天使がいるぞ」
 くすくすと笑う声に、亜衣は顔を上げた。
 目の前を通り過ぎてゆく学生が、亜衣の寄りかかっている校舎の上の方を指さしている。
 亜衣は校舎から離れ、屋上を見上げた。
「──みのり!」
 屋上には、みのりがいた。ふらふらと手すりにもたれ、屋上を歩いている。
 具合が悪そうだった。
 何故、屋上なんかに?
 亜衣は足下に置いていた鞄を拾い上げる。
 校舎の中に駆け込んだ。
 ぐぇっとゼルが鞄の中で悲鳴を上げる。
「ちょっと我慢して!」
 亜衣は一段飛ばしで階段を駆け上がった。
 
「みのりーっ!」
 屋上に飛び込む。
 亜衣はそこで立ちつくした。
 みのりの後頭部が見える。そして、そこから──
 巨大な牙をはやした大きな口が開いているのが、見えた。
「こないでっ!」
 みのりが悲鳴を上げ、後頭部を押さえる。
 亜衣はその場に立ちつくした。
「みのり、みのり……」
 亜衣の後ろから、和歌子が飛び込んでくる。息を切らせている。亜衣同様、どこからかみのりを見て駆けつけたのだろう。
 がくん、とみのりが首を垂れた。
 口が大きくなっている。更に。
 ふら、ふら、と、おぼつかない足取りでみのりは亜衣たちに近づいてくる。
 駆け寄ろうとする和歌子の腕を亜衣は掴んだ。
「放して、アイちゃん! みのり、あんなに頭を怪我してッ」
 怪我じゃない、とは亜衣は言えなかった。
 よろよろとみのりは近づいてくる。背中で、羽が美しく揺れている。
 手を伸ばす。
 和歌子へ。
「ダメッ」
 亜衣は和歌子とみのりの間に立ち塞がる。
 みのりが顔を上げた。
「亜衣……和歌子……」
 憔悴しきった顔をしていた。唇は乾き、目は涙に濡れている。
 みのりはゆっくりと後ろに下がった。
「駄目、やっぱり駄目だよ。違う、こんなの違うよね」
 首を振り、何かを振り払うように呟く。
 みのりはフェンスに向かって走り出した。
「待って! みのり!」
 亜衣は和歌子から手を放し、駆け寄る。
 驚くほどの俊敏さで、みのりはフェンスの頂上まで這い上がった。
「亜衣」
 涙を拭い、みのりが呟く。
「私、亜衣の言葉の方を信じるよ」
 跳んだ。
 
 悲鳴が、学園祭の賑やかな雰囲気を弾き飛ばした。
 
 パンパンと手を叩く音が聞こえ、亜衣は後ろを振り返った。
 和歌子の後ろに、妙な服を着た男の子が立っている。
 からん、と高下駄が鳴った。
「負けかなあ。そうかもね。でもいいね、こういうのも。はははっ」
 少年が笑う。亜衣は硬直した。
 からん、下駄が鳴る。
 少年の姿が風に溶けた。

 
 ×

 
 亜衣はそれから、三日ほど学校を休んだ。
 考えた。たくさん考えた。何を考えたのか判らなくなるくらい考えた。
 そして三日目の部屋を片づけた。きれいに。
 窓を開けた。
──そう言い切れる自分を、本当に大事にしてね。
 みのりはそう言った。
 亜衣は自分に問いかける。本当に好きな人を、自分が襲わなければならなくなったらどうする? と。
 胸が痛くなって、涙が零れた。
「私も、好きな人を、一生懸命好きになる」
 何よりも大切なものにする。
 亜衣は部屋から出て、階下へと下りた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0368 / 氷無月・亜衣 / 女性 / 17/ 魔女(高校生)

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、周防です。
 初参加ありがとうございました。
 今までの周防のものとは違い、個別で書かせて頂きました。
 NPCである【みのり】の今後の人生は、皆様のプレイングにより変化しています。
 よろしければ他の方の【みのり】と他者に対する影響もご覧下さい。
 【みのり】が女性だということに気づいた方はいらっしゃりませんでした。
 驚いていただけるとうれしいです。

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 誠に私信ながら、現在私の運営するホームページで東京怪談に関するアンケートを行っています。
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 それでは、またのご縁を祈って。  きさこ。