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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


A angel in the rainy town
 僕の手の中のエンジェル。君は雨が降るのに傘もささず、夜の街をさまよう。あてどなく歩くその姿は真夜中の熱帯魚・・・・・・・・・。
 ぶつぶつと呟きながら家庭用ビデオカメラを片手に、青い雨合羽を羽織った青年が街角に隠れるようにしながらふらりふらりと歩いている。周囲からはその奇妙な姿と行動に、冷笑をともなった視線を浴びせかけられている事は、当人はまったく意に介さないようだ。
 その青年が彼の言うところのエンジェルに目を付けたのは3日前のことだ。そのエンジェルの姿に彼は一目ぼれした。白衣に覆われた彼女のしなやかな肉体、そして何よりその白衣の下のレザー製の面妖なスーツに彼は心を湧きたてられた。街中だというのに白衣のままで歩いている所を見ると女医さんなのだろうか、それにしてもレザーの、それも彼女の生き生きとしてみずみずしい肉体の露出もあらわな姿からは普通の女医さんとは到底想像しがたい。すると風俗産業に従事する女性のお店用のコスプレ、つまりは制服なのか、と青年はいろいろと彼女の事を想像しては楽しんでいた。そして、彼女の姿をビデオカメラに収めたい、さらには彼女についてもっと知りたいと思い3日も彼女の後を不眠不休で追い続けていた。そして、彼はいつも入り浸っているインターネットの掲示板へエンジェルちゃんの情報をアップしていた。彼が一方的に好きになる女性は不思議な雰囲気を持った女性が多く、そういった情報を同じく求める同朋がいる掲示板は限られていた。ビデオカメラからの静止画をインターネットへアップロードし、彼は悦に浸っていた。
 それにしても、と青年は思った。僕は3日くらいお風呂に入らなくたって、眠らなくたって平気だけど、エンジェルちゃんも3日間、僕の追い続けている間中お風呂にも入らないし眠りもしていない。彼としては家に帰るところまで追い続けて彼女の住まいを確認してその夜は家に帰ろうと考えていた。そしてまた翌朝彼女が仕事へ出かけるところを追いかけようと。それなのに彼女は街中をただひたすら歩き回っているだけなのだ。あてどもなく、目的地も無く歩き続けている。
 雨が小雨になったかな、と青年が空を見上げた時、彼の視界から彼女の姿が消えた。あわてて辺りを小走りに探し回る青年。だが、完全に彼は彼女の姿を見失ってしまった。
「ちくしょー!意地でもまた見つけてやるー!」
 青年の空回りしている情熱が噴出した。

 不審な気を発している男をようやくまくことができた。あの男は何者なのだろうか、別段怪しい気を放っているわけでないのだが、いかがわしい、なんとも表現しづらい気を放ちながらレイベルの後をつけまわして来る。それも普通の追跡ではない。彼女の長い経験からしてもあれほど巧みな追跡術を持った者はいなかった。新しい悪魔のたぐいなのだろうか、とようやく男をまいてほっとしながら考えを巡らせていた。
 辺りは雨のせいもあって薄暗い。男をまくために裏路地へと入り込んだせいもあって人通りはまるで無い。すると目の前に真っ白な猫が姿を現した。それも突然にその場へと現れたのだ。自らの足を使って歩いて現れたのではなく、気がつくとそこにその猫が現れていた。それと同時に湧き上がる妖気。レイベルは別段あわてる事も無く白猫に声をかけた。
「今回は白猫とはね。どうせなら黒猫のほうがあなた方には似合っているんじゃない」
 すると白猫は口を開く。にゃーと猫特有の甘い声が聞こえる、が、レイベルの頭の中には別の声が聞こえた。
「ずいぶんな言われようだね。せっかくこうしてあっちの世界からやってきたっていうのにさ。骨が折れるんだぜこれでも。ま、ご主人様のお使いだから文句も言えないがね。それに黒猫だなんてそちらの世界の中世魔女のお使いじゃあるまいし。サリイサ様のお耳に入ったらさぞ気分を悪くされるだろうね」
 それを頭の中で聞いたレイベルは苦々しい顔をして毒づいた。
「だからって何もそんなかわいらしい格好して現れる事もないだろう。そっちの次元ではどんな格好をしているかわかったもんじゃない。さあ無駄なおしゃべりしててもしょうがない。さっさと今回の分徴収してくれ」
「徴収だなんて人聞きの悪いことを。契約にもとづく対価だと申して欲しいね。君は一方的に取られるわけじゃないだろう?契約だよ、けいやく」
 そらぞらしい事を。だが嘘ではないから文句の言いようがレイベルには無い。それが逆に無性に腹立たしい。だが、これも保険のようなものだし、毎度の事だ。契約、契約、私の一生は契約で棒に振っているような気がする。
「さ、さっさと持っていきな。今回のブンだけだぞ」
 レイベルは腰を落としかたひざを地面につけた。白猫はひたひたと屈み込んだレイベルに近づき、タッと後ろ足で地面を蹴るとレイベルの肩に降り立つ。
「では、さっそく儀式を執り行う。時空を旅する我らが主サリイサの命により、血の契約を結びしレイベルラブの赤き血により、儀礼を執り行う」
 白猫の鋭い思念がレイベルの心の中にキンキンと鳴り響く。白猫は思念を発するのを終えると、レイベルの首筋に猫のものとは思えぬ鋭く長い牙を立てる。レイベルの表情が一瞬曇る。若干だが痛みをともなう。それもそのはずである。白猫はレイベルの細く白い首筋に牙を立てると、レイベルの血を吸い上げているのだ。
「毎度の事だが、もうちょっとスマートに持っていけないものなのか。血を採るのならば、何も首筋から獣の牙で吸い取る事などしなくてもできるのだろう?サリイサの使いともなれば血を一瞬で転移することだってできるだろうに」
 苦しげな表情をしながら強がってみるレイベルだったが、レイベルの本音は少しでもこの苦痛を話す事で和らげようというものだった。
 白猫は血を吸い込みながら、思念でレイベルの言葉に反論をする。
「おお、今更そのような戯れごとを。忘れたわけではあるまい、サリイサ様との契約時に、獣の牙を介して血をさしださん、としたのを」
「それは当時の社会情勢からかんがみて、適当だったからだ。今にして思えば馬鹿げた話だ」
「おお懐かしきや吸血鬼健在なりし頃、なんてところか。よもや契約を忘れたわけじゃあるまい」
 白猫の牙にかまれていくばくかの時が過ぎた頃、レイベルの姿、瞳、肌がみるみるうちに光を放ちいくらか若返り始めた。レイベルの表情もさっきとはうって変わって穏やかなものとなる。レイベルは悔し紛れに言い放った。
「契約を忘れたわけじゃない。いいや、忘れたくとも忘れる事ができないくらいさ。ほら、こうして血をサリイサへ渡す事で私は年に似合わない若さを手に入れる事ができる。だがな、そんな自分が嫌になるのもこうして不死と不老を手に入れた自分が存在する、ってことにさ」
 白猫は牙をレイベルの首筋から離し、レイベルの肩を蹴りその姿を地面へと移すと軽く猫の鳴き声を立てた。レイベルには確かな人の言葉として聞こえる。
「若返りに関してはサリイサ様のおかげだがね。だが、不死の件については君、自分のせいだろう。責任転換は良くないな。サリイサ様に失礼だ。だがね、こいつは一つ忠告だが、サリイサ様がいなければ、君は不死でしかも孤独に追いやられる事になるんだ。サリイサ様を悪く言わないほうがいい。むしろ、利用してやってる、ぐらいに思っていたほうが精神衛生上よろしいんじゃないかね」
 悔しいが一理ある。レイベルは若干若返った体を、軽く動かしてみて自分の具合を確かめる。使いを介してサリイサへ血を差し出す事で加齢とは反比例に若い体を維持できる。サリイサと契約を交わして何年の月日がたったのか、レイベルの記憶ではもうさだかではない。が、忘れようにもレイベルがどこにいようとも、サリイサは定期的に使いをよこして契約どおり血を持っていく。そして、レイベルは若返る事で分不相応の若い肉体を手に入れる。それ以外にもサリイサとの契約条項はありレイベルはそのかいあってこの現代の東京という都市で生きていく事ができる。いわば、むしろサリイサは恩人に値するのだ。血を差し出す、という点を除けば。
「では、またいずれ。それまで健康な血を沢山ためておくことだね」
 皮肉か、とレイベルは悔しく思い何かを言い返してやろうとしたとき、もう白猫、すなわちサリイサの使いの姿はそこには無かった。

「あの、レイベルラブさんですか?」
 レイベルが声のするほうへ顔を向けるとそこには赤い傘をさした十代前半の少女の姿があった。ややうつむきかけた表情は、レイベルを警戒しているからだろうか。
「ああ、えっと、レイベルは私だけど、何か」
 突然声をかけられる、それも自分の名前を呼ばれるなんてことはめったにこの街ではないことなので、どうこたえてよいものか困っていると、
「私、占い師の先生の占いで、今日ここへきてレイベルさんにお会いする事になっているんです」
 少女は何を言っているのか、断定しきっているのだが内容がいささか突飛で判断に困っていると少女は次から次へと一方的に話しかけてくる。
「おかあさんの指輪を遊んでつけていたら取れなくなってしまったんです。困ってお友達に相談すると石鹸で洗うと指輪がとれるよって教えてくれたんだけど、それでもとれなくって、それで困って街を歩いていると占い師の人に声をかけられて、最初は怖かったんだけどお話を聞いたらその指輪は呪われていて、それで指輪の呪いをとらないと指輪は取れないっていうんです。それでどうしたら呪いを取れるのかって聞いたら、今日この時間ここへ来てレイベルラブって人がいるからその人にお願いしなさいって」
 どうやら、レイベルを頼っての依頼人らしい。少女の指には不似合いなやや大きめのアメジストの石がはめられた指輪を確かにしている。レイベルが少女を観察する暇も与えず話しかけてくる。
「それと、占い師の人がこれを渡せばレイベルさんがお願いを聞いてくれるって渡されたんです」
 少女の指輪をしていないほうの手には紙袋が納まっている。紙袋をレイベルのほうへ突き出した少女は、
「これってとても大切なものなんだけど、今回のお願いをするにはこれくらいのものを渡さないと、お願いを聞いてもらえないっていわれたの」
 やや少女の勢いに気おされそうになりながら紙袋を受け取り中を確認する。袋の中にはレイベルのこぶしくらいの赤い石が入っている。レイベルは思わず口走る。
「これは、賢者の石」
 まさか、自分には生成できない魅惑の石。錬金術を執り行うレイベルにはかかせないものなのだが、レイベルはまだ賢者の石の生成に成功したことがなく、垂涎ものだ。だが、そんなものを容易に人に手渡してしまう占い師などいるのか、この街でこんな簡単に手に入ってしまうものなのか、やや疑惑は残るが本物の賢者の石だとしたらこんなにうまい話を断る事は錬金術師の端くれとしてみっともないし、何よりもったいない。
「わかった。指輪をよくみせてごらん」
 レイベルは差し出された少女の手をとり、指輪を良くみる。確かに邪気があふれている。レイベルがサリイサから契約時に受け継いだドルイドの智慧と錬金術を用いればこの程度の呪いならば、容易に取り除く事ができるであろう。だが、呪いとは、誰かが誰かに対して呪うことであり、この指輪を介して呪いをかけようというものがいるはずだ。本来ならばその呪詛をかけた相手を探し出し、呪いをかけた本当の意味を聞き出し、二度と呪いなどかけないように二人の問題を解決しなくては焼け石に水なのだが、呪いの種別もただ指輪がとれなくなる、という程度だからさほど問題はないだろう、とレイベルは判断した。

 やっとみつけた、エンジェルちゃん何処に行ってたんだい?雨は止まないし僕はあっちこっち走り回ってびちょびちょ。君はまだ傘も差さずにびしょびしょだ。うふふ、でもそのほうが君はかわいいよ。皮のおようふくが雨に濡れてより光っていてとっても綺麗だよ。
 ぶつぶつ呟きながら青い雨合羽の青年がレイベルと少女のいる路地裏へと現れた。相変わらず片手にはビデオカメラを抱えながら、走ってやってきたせいか息を切らせている。もとより肥満体型なので運動には不向きなのだろう。
 エンジェルちゃんが小さな女の子と一緒に何やっているんだい?ま、いいや、今のうちに
 と呟くと青年は傍らに携帯用パソコンを取り出し、なにやら書き込みを始める。
『今日のエンジェルちゃん。女の子とお話。』
 とキーをたたき写真をアップロード。しばらく青年はパソコンの画面とレイベルたちを交互に見つめる。と、インターネットに接続しているパソコンの画面に面白いものを青年はみつけた。
『君のエンジェルちゃんの情報。写真をみてピンときたよ。彼女の名前はレイベル・ラブ』
 レイベルラブちゃんかぁ、かわいい名前だなぁ、情報ありがとう、っと。
 インターネットへの書き込みを済ませて青年は腑に落ちない事に気がついた。
 どうして、僕のエンジェルちゃんの名前を簡単に見つけてくれたんだろう、そんなに有名人なのかな。気になる事はすぐネットで検索だ。
 レイベル ラブとキーを叩くと画面には『レイベル ラブをキーワードに検索した結果一致するページはありませんでした。』と表示される。
 あれぇ?有名人じゃないのかな?どうして写真をみてすぐピンときたんだろう?えっと、さっきのカキコの人のハンドルネームは、タリエシンさんか、よし。聞いてみよう。
『タリエシンさん。レイベル ラブの情報はどこからダウンしたの?』

 レイベルは腰を屈めて地面に向かって何やらぶつぶつと呟きながら、指で地面をなぞっていく。やがて、レイベルの指でなぞった後が円になり、その中に星が現れ、やがて星の角に不思議な文様が姿をあらわした。魔方陣の完成である。レイベルはその円の中央に少女を立たせる。
「雨に濡れるけど、指輪を取る為にちょっと辛抱して」
 と少女に告げると少女の差していた傘を取り上げてしまう。あっ、と少女は驚き声を上げると、うつむき加減の顔をより深くうつむかせた。
「私がいいって言うまでそこから出ないでちょうだい」
 と雨にそぼ濡れる少女に言い放ち少女の傍らに立ち上がった。

 あ、新しいカキコだ。むぅそんなぁ、
と青年は呟きレイベル達のほうを覗き込む。なにやら二人で小さな声で話しあっていて青年のほうには聞こえない。青年の見ていたパソコンの画面には
『レイベル ラブの情報はこれ以上教えられないよ。僕の身に危険が及ぶからね』
 と表示されていた。

 レイベルラブって名前教えただけでも危ないのに。ディスクトップのパソコンディスプレイを見つめながら眼鏡の奥の瞳を光らす。ディスプレイには『魔法結社フィラ』と表示されていて、その下にはレイベルの顔写真といく行かの文字が記されていた。それにしてもと思う。
 面白い経歴の人だよな。なになに、1615年の法王庁認定奇跡112D、どうやら死から復活したらしい。ふうん。名前が伝わってれば有名人になってるよな。同じ頃吸血鬼の伝説が…そして大きな戦争?都市がいくつか無くなって…の割には歴史書にそんなの載ってない。それにヒプノトゲリアなんて町…村か?都市?嘘とは思わないけどなんなんだろう。検索しても一件も引っかからなかった。時々サリーサって人を毒づく?契約した悪魔なのかな?もっと嫌な奴?負債が多額、と。借金取りの事かな。
 魔法結社フィラの情報網はすごい。この世のあらゆる不思議な事から奇妙な事件それに、今回のような妙な人物が一発で検索できる。だが、便利と引き換えに代償も大きい。結社の構成員になるには悪魔と契約を交わす黒ミサに参加しなくてはならないからだ。それと情報漏えいに関してはとても厳しい制裁が下される。だから、今回のような事はできれば避けたかったのだが、彼のレイベルへの好奇心と、レイベルを知っている事からくる自尊心をくすぐられた事によりつい、と思い名前だけ教えてしまったのだ。彼はまだフィラに入って日の浅い人物だ。インターネットを操るうちに偶然という必然の糸に手繰り寄せられフィラへの門を叩くことになった。彼は実際の魔術よりもこのフィラの膨大な情報に魅力を感じ、その旺盛な知識欲を存分に満たしている。ある意味、彼はこの世の生んだ情報の集約する悪魔となりつつある。そんな人物が増えているのがこの世の混沌をより深いものへとしているのだろう。

 魔方陣の傍らに立ち呪文を唱え始めるレイベル。
「ああ、神よ、我は汝の力に向かって飛んでゆく!ああ、神よこの作業を・・・」
 空に向かい背筋を伸ばし右手を天に伸ばし、人差し指をぴんと突き上げ呪文を続ける。
「そして神の天使は永遠に追う。アルファ、オメガ、エロイ、エロエ・・・・・・・」

 あぁ、レイベルちゃんが何か変な事を言ってる。でも、かわいいなぁ。ええい、名前までわかったのにその先を教えてくれないなんてっ。もうどうしたらいいんだろう。そうだ、こういうときは・・・・・・・。

「エサルキエ、アドナイ、ヤー、テトラグラマントン、サディの御名によって」
「レイベルちゃーん」
 レイベルが呪文を唱えているとレイベルの視界に青い雨合羽姿の男が躍り出てきた。
そして、レイベルめがけて走りよる。
 ちっ、呪文詠唱中になんだ?この娘の指輪に呪いをかけたものが邪魔しにきたのか、と思うと同時に、レイベルは呪文を思わず止めてしまった。なぜなら男が魔方陣の中に飛び込んできたからだ。
「術中になにをする。さっさとどけ、さもないとお前の身に」
 とレイベルが叫ぶやいなや少女は煙につつまれその姿を消してしまった。
 すると煙の中から低い声が。
「アトモウスコシトイウトコロヲ」
 煙が風に舞飛ぶとそこには真紅の露出した肌をした異形のものが姿を現した。が、その姿は半透明で向こうの景色が透けて見える。
「ワガナハアナベル。セイホウヨリキタルセイレイナリ」
「精霊?一体なぜ?あの娘はどうした」
 レイベルがアナベルと名乗った精霊に詰め寄る。魔術や古よりの祈祷術、そして錬金術を操る経験上精霊ごときなら何度も対峙したことのあるレイベルはいささかも驚く事無く精霊に向かい合う事ができる。
「ムスメナドモトヨリオラン。ワガスガタノケシンナリ」
「化身?あの娘に化けてたって言うの」
 そうか、と思い出した。少女にであってからまだ一度も顔を見ていなかった。恥ずかしさから顔を隠していたのではなく表情を見られまいと、人間に化けているとどうしても表情が硬くなるからだ。それに、一方的に話しかけてきてこちらに気配を気取られまいとするためだったのか。指輪から出ていると思い込んでいた邪気は少女自身から、つまりはこの精霊の邪気だったのだ。
「あの娘に化けてどうしようっていうんだ」
「オマエノフシノカラダニトリツコウトモクロンダノダ」
「すると儀式が成功していれば私に取り憑いて永遠に精力をいただこうなんて甘い事考えてたの」
 甘い、甘い。精霊といってもたいした格のものじゃないな、とレイベルは悟った。
「で、どうするの?これで私に取り憑く事ができなくなったんじゃない?」
「アラタナカラダヲミツケルマデ」
 とアナベルは身近にいた人物に目をつけた。
「ひ、ひっつー」
 そこには悲鳴すら上がらない青い雨合羽姿の男がへたりこんでいた。
「危ない」
 レイベルが叫んだときにはもう遅かった。アナベルは男に取り憑いていた。
「ふっふっふ。これでこの男は私のものだ。この男の体を返して欲しくばもう一度儀式を執り行うが良い」
 悦に浸った声で男が、いや取り憑いたアナベルが声を上げる。
 汚い手を使うと思ったが、そもそも低俗な霊体や精霊は姑息な手段ばかり弄してくるものだ。久しぶりに精霊、それも低俗な奴の相手をしたものだからすっかりイニシアティブを取られっぱなしだ。
「わかったわ。そうすれば、あなたは満足するのね」
「物分りがいいのは良い事だ。さあ早く私をおまえの不死の体へと移らせる儀式を執り行うのだ。お前に目をつけてから随分とまたされたものだからな。お前はなかなか隙を見せない事この上ない。それに直接お前に取り憑くほどエナジーが私には足りないのだ」
 自分の非力を言い訳に言いたい事をいけしゃあしゃあとよく言うものだ、と心の中で憤りながらレイベルは、
「人間に取り憑くととたんにおしゃべりになるのね。ま、いいわ。さっさとやっちゃいましょう」
「随分と素直だな。まあいい、さあ早く」
 こくりとレイベルはうなずくとやや憂鬱そうに顔をゆがめて魔方陣に向き合った。本当は嫌なんだよな、でも、これが一番簡単な解決策か、と現実との折衝を終えて目を閉じる。
「あなたがたの門を開けよ。あなたがた王子たちよ・・・・・」
 呪文を唱えだすレイベル。取り憑かれた男は大人しく魔方陣の真ん中にたたずんでいる。
 呪文を長々と読み上げてどれくらいの時間がたったときであろうか。
 突然レイベルの体から光があふれ出した。その光の洪水はとどまるところを知らず、辺り一面を光の海に浸してしまう。
「な、なにがおきているのだ。私をこの男から取り除く呪文じゃないな」
 その時、レイベルの目の前、取り憑かれた男とレイベルの中間地点の魔方陣の外に白い猫が突如空間を割って現れた。
「おやおや、またお呼びですかい。まったく人使いの荒い。サリイサ様もまったくとんだ人と契約を結ばれたものだ」
 猫が一声鳴くとレイベルのあふれる光がアナベルの方向に集中する。
「どうしたのだ。この光は」
 と声を荒げて叫ぶとアナベルの霊体が男の頭上から引きずり出される。
「これは、一体、体が引きずり込まれる」
 完全に男の体から引きずり出されたアナベルはその頭上にできた漆黒の小さい穴に吸い寄せられている。
「あんたはね、騙されたの。この私とサリイサにね」
 呪文を唱え終えたレイベルは不敵な笑みを頬に浮かべアナベルに言い放った。
「何をしたのだ。これは一体。これでは、わ、私の存在が消されて」
「そう。あなたの存在を消してしまうの。私の体に目をつけたのがそもそものミステイクね。今の呪文はあなたと約束したとおり唱えたわ、私の体に取り憑くようにね」
 白猫は対峙している両者に思念を送った。
「この御婦人にあんたのような汚らわしいものが手をつけようとすると、あら不思議。サリイサ様がその嫌らしい手を出したものの存在を消してしまうんでございますよ」
 レイベルはさっきとはうって変わってやや苦痛に満ちた表情で付け加えた。
「そのかわりの代償が大きいのよ。私の命と引き換えだからね」
「それはそれはしかたありません。なにせ彼のものを時空の歪みに落としてしまうのですから、それくらいのエネルギーは必要ですよ。不死の人間の魂のエネルギー。ああ恐ろしや」
 苦痛に耐えかねてレイベルが叫び声をあげる。
「なんど味わっても死ぬときって苦痛。じゃあね、哀れな精霊さん」
 レイベルが叫ぶと同時に精霊も悲鳴を上げぽっかり開いた漆黒の空間に吸い上げられる。時を同じくしてレイベルの体も放っていた光に吸い込まれるように消えた。
「やれやれ。これでおしまいだ。私もようやく自分の次元に帰れる」
 白猫は軽く鳴くとその場から姿を消した。
 そこに残されたのは、レイベルが指でなぞった魔方陣とその中央につっぷしてどうと倒れ込んだ青い雨合羽の男だけだった。


 あれからどうなっちゃったんだろう?僕は雨の中気がつくと寝ているし、まあ3日も寝てなかったんだから眠くなっちゃったのかなぁ、でも、レイベルちゃんはどこへいっちゃったんだろう?あれって夢だったのかな・・・・。
 ぶつぶつと呟きながら落下のとき壊れたビデオカメラと携帯パソコンをゴミ捨て場に置き去りにして、雨の降る中、青い雨合羽を着た青年が眼下を歩いていく。
 レイベルはビルの屋上からその姿を見送り、長く降る雨だ、と天に呟き、借金返済の工面する手立てを考えながら、患者のいそうな街を探して歩き出した。
(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0606/レイベル・ラブ/女/395/ストリートドクター

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■         ライター通信          ■
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 レイベルはとても魅力的なキャラクターなので楽しめて作成させていただきました。
依頼は設定を具体的に、という事でしたが、いかがでしたでしょうか?
奥の深い設定なのでいろいろと試行錯誤を繰り返させていただいた結果今回のようなお話となりました。楽しめていただけましたでしょうか?

では、またお会いできる日を楽しみにしております。