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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


白物語「律」
------<オープニング>--------------------------------------
[141]霧の夜に
from:サウス
 水のある場所に、グランドピアノが現れるのだそうです。
 思い出のある曲。またはそれが想起される曲。そんなものを弾くと、霧の中にそれが浮かぶというのが噂です。
 ちょっとロマンチックでおもしろそうでしょう?
 でも私は「ねこふんじゃった」しか弾けないんですよね。
 この話をしてくれたトモダチも人づてに聞いたっていうだけだし。
 誰か他のこの噂知ってる人って居ませんか?実際に弾いてみた人とか、体験談教えて欲しいな♪レスお待ちしてまーす♪

Reply?
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「ほへー面白そ♪」
昼食時、生徒にも開放されているIT教室でBBSを覗いていた月見里千里は、そう目を輝かせた。
 乙女は概してロマンティックと称されるモノに目がない。
 手製のサンドイッチを自販機で買ったイチゴ牛乳で流し込むと、隣のPCで化粧品の通販サイトをチェックしている友人に声をかける。
「ねえねえ、りっちゃん。ロマンティックなピアノ曲ってどんな曲だと思う?」
前置きも脈絡もない千里の問いに、りっちゃんと呼びかけられた長い三つ編みを束ねた少女は慣れた様子で返答する。
「ベートーヴェンね。月光ソナタには特にロマンを感じるわ。」
りっちゃんは、「それで?」と千里に問いを返す。
「いきなりどうしたの?」
「うん、ほらほらッ。コレ見て♪」
重いデスクトップのディスプレイをぐいと友の方へ向ける。
 力任せの乱暴な扱いに、邪魔にならないよう纏められていた配線がぶちりと抜け、画面がブラックアウトした。
「あれれ?」
「ちー…あんたって子は…。」
大仰に肩を落とし、りっちゃんは手早く抜けたコードを元に戻す。
 また唐突にディスプレイは光を取り戻し、停電時のバックアップ機能が直前までの作業データを復帰させる。
「ふ〜ん。」
あまり興味の薄い風でりっちゃんはその記事を眺める。が、意に介した風もなく千里はうきうきと言葉を続ける。
「ね、面白そうでしょ?どんな風に見えるのかなぁ。テレビみたいなのかな?何処に行ったらあるのかレスして聞いてみよっか。」
「ちー、ピアノ弾けた?」
すっかり乗り気な千里に冷静に問いかけるりっちゃん。
 千里は「んー?」と自然な色合いの茶の髪を左右に揺らして照れた笑いを浮かべた。
 その仕草が全てを物語っている。
 りっちゃんは椅子を引き、キーボード脇に広げていた弁当包みをまとめる。
「あれ、りっちゃん何処行くの?」
「音楽室。」
短い応えはぶっきらぼうにも感じられるが、その意図は千里の為にあるのは明白だった。
「弾いてみたいんでしょ。それ。月光ソナタだったら暗譜してるから教えてあげる。」
「ホント?わーい、りっちゃん大好きー♪」
 飛び上がって抱き付く千里に、りっちゃんは諦めと照れの混ざった表情を浮かべて肩に回された手を軽く叩いてやったりしていた。


 さて、楽譜の読めない千里にりっちゃんが如何にして『月光ソナタ』を叩き込んだか…その辛く苦しい道程は、午後7時23分という現在の時刻が物語っている。
「あ、田中さん?ちーです♪はい、お友達にピアノを教えて貰ってて…今から帰るから、ちょっと遅くなるけど心配しないでね〜。」
花嫁修業の為、広島を離れて都内の高校に通う千里は、一人暮らしながら通いの家政婦さんにお世話になっている。
 帰宅の連絡を終え、窓の外を見れば灯りの点る教室は一階、千里の居る1−Aだけのようだ。
「よし、忘れ物なしッ♪」
指定の学生鞄を手に、千里は出入り口の蛍光灯のスイッチをパチンと切る。
 明度に慣れた瞳が窓から洩れる街灯の薄明かりに慣れるまでの短い間の暗さに躊躇なく、千里は慣れた廊下の直線を昇降口に向かって小走りに駆ける。
 その間に、ひっそりと。
 窓の外ではどこからともなく白い霧が広がり始めていた。


 ローファーの踵が、上がり口のタイルとと打ち合ってカツと鳴る。
 足下からたゆたい拡がる霧の白…街灯の灯火を円く滲ませた下、視線を吸い込む黒さのグランドピアノ。
 スイレンの丸い葉が水面を覆う池の端、色の対比に幻想的な風景…。
「すっごーい、ホントにあるー♪大ラッキー♪」
思わぬ早さで特訓の成果を披露出来る機会を得、千里はぴょんと飛び上がった。
 警戒も何もなく、物珍しげにピアノの縁に指を走らせる。漆の滑らかな手触り、試しに一音に指を置いてみれば虚空に放たれる澄んだ音色。
「わーい♪早速…っと椅子がないのね…よーし♪」
一瞬、霧を払わんばかりに強い光芒が生じ…空中の分子を変質固定し望むものを瞬時に作り出すという特殊能力で以て、ただの椅子を作るという能力の無駄遣いで千里は鍵盤を前にした。
 低音。小指と親指を伸ばして位置に配し、大きく息を吸い込む…最初の音、小さな小さなピアニッシモに重ねて連ね続ける3音の連鎖…密やかに静かに。
 音は遍く降り注ぐ月光に似て霧を静かに動かし始めた。

 彼の両親の仕事の都合で、出発は夜になった。
 フライトを待つ者とそれを見送る者も、最終便という時刻の為かロビーに日中の騒がしさはない。
「ちー、泣くな。」
滑走路を臨んで壁一面に大きく取られた窓、誘導灯の列を眺めるふりで硝子に額をつけていたのに、千里の表情は表の暗さに鏡のように窓に映っていた。
 笑って見送ろうと決めていたのに、いざ別れを前にするとどうしようもなく心が騒いで、涙が浮かぶのを止められない。
 もっと月が明るければ良かったのに。
 ぼんやりと窓の端に張り付いている半ば以上に欠けた月に、不安の責を押しつけるように千里は下唇を軽く噛む。
「ちーぃ?」
今夜、ヨーロッパに発つ少年が宥めるようにもう一度、声をかける。
「ん、ゴメンね。目に大きなゴミが入って…ダイジョウブ、もう取れたから♪」
 両手で目を擦り、精一杯の笑みを浮かべて振り返ると、少年は真っ直ぐに千里の濡れた瞳を見上げた。
「ちー、ゴメンな。」
何が、ととぼけて問いを返す事も許さない真摯な瞳。
「俺がもっと大きけりゃ…ちーを連れてくとか、俺だけ日本に残るとか出来たのに。」
目線は長身の千里の肩の位置、及び年齢的には義務教育の…中学生の彼の案は、社会的・法律的に認められない。
 千里は小さく笑う。
「そんなの、無理だよぉ。だいじょーぶ、5年くらいきっとすぐ経つから…。」
何度も自分に言い聞かせた言葉を口にする千里の顔の横、硝子面に彼は片手をつけた。
「無理じゃない。」
踵を上げ、強い眼差しを近付ける。
「絶対に無理じゃない。5年も待たせない。」
「ちょっと、皆見てる…。」
窓に背をつける形に、周囲の視線が集まるのが見え、千里は制止しようと肩に手をあてて押し除けようとするが、反対にその手を握られる、指に唇が押し当てられた。
 一気に頬を赤らめ、声を失くして口を開閉させるしかない千里に少年は自信に満ちた言を続ける。
「すぐにちーの背も追い越すからな。」
吐息が指にかかり、伏せられた目線が上げられる。
「誰にも、何の文句言わせないイイ男になるからな。」
両手を千里の顔の横につけ、それを支えに精一杯に伸び上がって顔の位置を合わせる。
 目を逸らす事も誤魔化す事も許さない強さに、千里は瞳を閉じた。
 近づく吐息の気配…それは額に柔らかな感触を残して離れた。
「だから、その…俺が16になるまでは、待っててくれよ、な。」
至近、どうしようもなく顔を赤くした彼の方こそが、泣きそうな表情を浮かべていた。
「………それまでお預けってコトで…迎えに行く時までちーが大事にとっといてくれな、俺のだって。」
まるで内緒話のように唇に指をあてた彼に、千里は小さく笑い、負けない想いを眼差しに込めて強く頷いた。


 白い鍵盤の上に、パタと軽い滴りが落ちる。
 ソナタは最後まで奏でられずに半端な位置で音を止め、同時に幻を形作っていた霧は流れをかえて形を失った。
「思い出しちゃった……。」
涙と違って拭いようのない寂しさは、同じ月を臨む事も出来ない距離。
 千里はあの日を真似て唇に指をあて、波立つ心が静まるのを待つ…違えようのないあの想い出と約束だけが、遠い日を待つ為の縁。
「………ごめんね。もう平気だから。」
千里はふ、と目を開くと遠い恋人に呟く向けて呟く。
 寂しさは押さえようもない…けれどそれに負ける事は決してない。
 あの日の約束、その先を信じるからこそ。
「それじゃ…口直しにもう1曲ね〜♪」
持ち前の明るさに気分を切り替えると、彼女は胸の前で両手を合わせた。
 その掌の内側、押さえられた光が弾け消えると同時、その両手の上に一双の銀の手袋があった。
「ちーちゃん特製、何でも演奏手袋〜♪元気よく『剣の舞』、いっきまーす!」
誰も居ない中庭を元気な宣誓が響く。
 薄手の手袋はわきわきと動くと、勝手に鍵盤の上を走り…だそうとしたが、地を吹く風が霧の流れを変えた。
 漂う霧はその急速な風の流れに冷たさ加えて一際濃さを増して視界を奪った次の瞬間…千里と椅子、そして手袋だけを残し、グランドピアノごと微塵も残さずに消え去った。
 そして千里は、『月光ソナタ』はベートーヴェンがその生涯の内に最期まで想い続けた「不滅の恋人」へ捧げた曲だという事を、知らないままだ。


[153]あたしも〜♪
from:ちーちゃん [Mail]
 サウスちゃん、コンバンハッ♪
 あたしも遭ったよ!でも動物のお医者さんより早かったかな、7時頃だったから。
 あたしが弾いたのはベートーベンの『月光ソナタ』の第1楽章♪すごくロマンティックな風景が見れたよ♪…内容は、ヒ・ミ・ツ♪ちょっと泣いちゃった位大切な想い出だったから、こんなトコロではちょっと恥ずかしい〜(*^^*)
 それからお一人様、一曲限定みたい。もう一曲元気なの弾きたかったんだけど、ダメだったよ〜。
 そうそう、場所は学校の池のほとりだったよ、スイレンが植わっててキレイなんだ♪うーん、またあそこで弾きたいかもー♪あ、もしかしたら一晩に一曲なのかな?また機会があったらチャレンジしてみるねッ♪それじゃ、またねッ(^^)/~

Reply?

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0165/月見里・千里/女/16歳/女子高校生】

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■         ライター通信          ■
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今回は普段の依頼だと流しがちになってしまいそうなPCの過去話をメインに持って来てみたかったので、完全個別と相成りました…あぁすっきりした(違)
『月光ソナタ』、あまり難度が高いとも思えなかったので頑張れば弾けるという事でちーちゃんには特訓に耐えて頂いてしまいました(笑)
でも『剣の舞』はどう頑張っても無理…なので能力に逃げさせて頂きました。
そして彼氏とのラヴラヴっぷりは…砂吐きそうな位に甘くしようかと思っていたのですが、野望達成ならず…修行不足です、精進します(苦笑)
ご参加ありがとうございました。
それでは、また時が遇う事を願いつつ。