コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


山伏体験ツアー〜吉野〜

<オープニング>
 金色の鳶が、木々生い茂る吉野の山を駆け巡っていた。
 鞍馬山、高野山、熊野と霊峰に囲まれた地、吉野。
 山に篭る霊力はその鳶に触発されたかのようにさらに強まり、山全体が金色に包まれる。
「朕も立てというか…」
 深山深くで告げられる声。深い憎悪を感じさせるその声の主は、ゆらりと立ち上がった。
「今こそその時かと存じます。陛下」
「あのものと共に朕を裏切りし世に滅びを…」

「吉野で山伏体験ツアーですか?」
「そう」
 アトラスの編集長、碇麗香は部下の三下の言葉に頷いた。
「今月の記事で使おうかと思ってね。霊峰で修行したら凡人も霊力が手に入るのか?修験道の聖地吉野とはってことでね」
「もしかして編集長、僕にそこへ行けっていうんじゃ…」
「あら、大分飲み込みが早くなったわね。端的に言えばそう。折角生の山伏と会えて修行できるんだから、その根性を叩きなおしてもらってきなさい」
「そ、そんなぁぁぁぁぁ」
 ムンクの叫び状態になっている三下を一瞥して、碇は貴方たちに向き直った。
「って事なんだけど皆はどう?都会じゃ味わえないスリルが待っているかもしれないわよ」
 と、碇は底意地の悪い笑みを浮かべるのだった。

(ライターより)

 難易度 普通 

 予定締切時間 6/8 24:00

 というわけで、今回の依頼は山伏の格好をして吉野の山々を巡る体験ツアー参加の依頼となります。険しい山中を巡り、道なき道を歩いた先に何が待ち構えているのか。それは貴方だけが知ることになります。
 プロの山伏の方がちゃんとついてくれますので、体力の無い方でも参加できます。修行目的でもいいですし、緑豊かな吉野の山を楽しむのいいかもしれません。
 もっとも吉野で待っているのはそれだけでは無いかもしれませんが…。
 哀れな三下さんを助けてくださる方も歓迎です。自分なりの吉野をお楽しみください。
 それでは皆様のご参加を心よりお待ちいたします。 
 
●山伏体験ツアー
 霊地吉野山は、かつて南北朝と呼ばれた時代、都を追われ、南朝と呼ばれる朝廷を作り上げた後醍醐天皇が落ち延びた場所である。
 21世紀となった現在でも、深き山々に囲まれたこの地は開発の波に襲われることなく、壮大な自然美を保っている。吉野と言えば吉野桜が有名であるが、三万本を越える桜と、吉野山の関係は、役行者なくして語れない。
 吉野山から南にある金峯山で一千日の苦行に入られた役行者は、その満願に、過去・現在・未来の三世に亘り衆生を救済する御本尊金剛蔵王権現を得た。そしてその姿を山桜の木に刻んだ。
 この事から山桜は蔵王権現のご神木とされ、権現信仰の証として、時代を超えて多くの桜が山々に献木されてきた。「一枝を伐る者は一肢を切る」という掟をつくるほど地元の人々も桜を大切にし、吉野山は今日の一目千本といわれる桜の名所となったのである。
 この他にも、吉野は四季折々の花々や植物が生い茂り、古からここで修行を積む修験者が豊かな自然の中を歩きながら魂を清めたということが、現在の花見の元になるなど、桜以外にも自然の美しさは例えようもないほどである。
 
 早朝六時。
 こんな場所で行われる事になった山伏体験ツアーに参加した者は、総勢12人。彼らは新幹線や電車等を乗り継いでやってきた。
「はぁ…。どうしてこんなところにボクが…」
 碇に命令されてやってきた三下は、深々とため息をついた。ひょろりとして病的なほど色白い痩せ型の体型は伊達ではない(?)。運動能力など皆無に等しい。
「大丈夫っすよ。俺がサポートしますから」
 自信満々の態度で白い歯を見せるのは湖影龍之助。こちらは三下とは対照的に健康的な小麦色の肌をして、筋骨隆々というほどではないが、体に無駄な肉は無く引き締まっている。運動能力も高く陸上競技は得意なので、山歩きは問題ないだろう。
「は、はぁ…。まぁよろしく…」
 三下は弱弱しく笑って頷いた。この少年はどうやら自分を慕ってくれているらしいのだが、どうも過剰な何かを感じる。なんと言うか、その異性に向けるべき感情を…。
「私も体力に自信が無いんです。一緒に頑張りましょう。無事に終ったら原稿書くの手伝いますから」
 神崎美桜が落ち込み気味の三下を励ました。吉野に来てから何かが起こりそうな気がしてならないが、それは務めて顔に出さないように微笑んでいる。
「そんな気持ちではまた原稿がボツになりますよ」
「そ、そんなぁ…」
「桜井さん…、そんな事言わなくても…」
 桜井翔は笑顔で痛烈な事を言ってのける。
 実は心の底で慕っている神崎が、三下に笑顔を振りまいていることがちょっと気に食わないのだ。所謂嫉妬心というやつである。
 前回の依頼で、自分の無力さを痛感したことも影響している。
 そんな感じでツアー参加者たちがおしゃべりをしていると、一人の山伏姿の男がやってきた。
「お待たせしました。私はこの山で修行している修験者の山下と申します。さて、ではそろそろ参りましょうか」
 山下は挨拶もそこそこに、一行を促す。
「これより御山に入りますが、なるべく安全な道をご案内します。ただ、険しい獣道を通ることもありますので、油断しないでください」

●山道
 吉野の山は、梅雨の時期というだけあって生い茂る木々の緑の葉が印象的であったが、花が無いかと言えばそんなことはない。赤、青、紫に白、色とりどりの花をつける紫陽花や、艶やかにその姿を見せ付ける山百合、さらに桃色や赤といった鮮やかな花を自慢げに咲かすつつじ等の花々が登山者の目を楽しませる。
 そんな山を景色を愛でながら、巳主神冴那は楽しげに山道を歩いていた。
 コンクリートやアスファルトに覆われた無機質なビルが立ち並ぶ都会は、確かに刺激的ではあるが潤いに欠ける。そしてなによりも温かさというものが欠如しており、長く居るには疲れる。
 久しぶりに自然の中を歩ける喜びに、彼女の気持ちは満たされていた。ただ一つ心残りなことは、二本の足で、しかもイマイチ似合わない山伏の格好をして森の中を歩かねばならないことである。
(紫陽花の…八重咲く如く…八つ世にを…今せ我背子…見つつ偲ばむ…)
 確か万葉集の一節であっただろうか。八重咲に八つ世をかけた詠であるが、己が共に歩めば、あの人は八重といわず九重でも…十重でも咲きつづけることができるであろうか。
 想い人の事を思い浮かべる彼女が、ふと朝露に濡れる紫陽花の葉に目を向けると、そこには黄土色の体を緑の葉に這わせる、奇怪なモノがいた。
「……」
 巳主神は、言葉を失って硬直する。
 それは蛞蝓であった…。

 山をしばらく登りつづけると、ツアー参加者の表情と歩き方に差が出始める。
 具体的に言えば、山登りが慣れているタイプと慣れていないタイプの差が出ているのだ。慣れているものは、岩や草で覆われている獣道もどんどんと登っていけるのに、慣れていない者は草や木に足を取られ、何度も躓きそうになっている。
 そんな中で、銀の髪に銀の瞳、さらに小麦色の肌をした目立つ風貌をした男は山下の後についてもっとも早く山を上っていた。
 彼にとって山登りなど運動にも入らない。顔色一つ変えずに歩きつづけている。その常人離れした体力を裏付けるかのごとく、がっしりとした体付きで無駄な肉など一片も無い。
 秘奥秦斗。決まった仕事にもつかないアウトロー的な生活を送る彼は、今回の依頼に関しては、別段三下の手助けをするつもりなどなかった。むしろ、自分のはるか後方をえっちらおっちら登りつづける他の者たちを疎ましくすら思っていた。
「ふん、何をしてやがる…」
 彼自身は山を見るためだけにここまでやってきたが、こんな山登り程度で根を上げる連中の気がしれなかった。あんな連中など無視して先に行ってしまいたい。
「少し待ちましょうか」
 先を歩いていた山下が彼に声をかけた。彼も修験者としていつも山を歩き廻っているため、こちらも慣れたもので息一つ乱していない。
「割合安全な道を通ってきましたから、それほど問題は起きていませんね。吉野の山を楽しんでいただけていると良いのですが」
「なんであんな奴らを待たなきゃならねぇんだ。さっさと俺たちだけで…」
「そうはいきませんよ。ツアーなのですからね。皆さんと合わせていただかないと…」
「ちっ」
 秘奥は苦々しげに舌打ちした。
「そうそう、前から言おうと思っていたんですけど、貴方、道を歩く時邪魔な木を倒そうとしてましたね。私は迂回路を取りましたが…」
「それがわりぃのかよ?」
「あまり良くないですね。御山に生きている自然を知ることも、修験道の修行のうちです。こちらが勝手に御山に入らせてもらっているのですから、御山に感謝して修行させていただくと思うことが大事です」
 そう言って手を合わせて、山に礼をする山下を、秘奥は奇妙なものを見る目つきで眺める。
 自分にはさっぱり理解できない気持ちだ。裏社会に生きてきて、暗殺まがいや密輸関係の仕事に従事してきて、そんな気持ちなど頂いた事も無い。
 現実の汚い部分を直視しないで、のうのうと生きているからこんな考えになるのかもしれない。後ろにいる連中たちもそうだ。何一つ信用できないこの世の中で、お互い助け合って生きている。今も山から転げ落ちそうな三下とかいう奴を皆で助けてやっている。だが、そんなことは欺瞞でしかない。所詮人間は自分だけが可愛く、自分一人でしか生きていないのだから。
 彼は眼下の人間を疎ましく見つめるのだった。    

「危ねぇなぁ…。三下さん」
 岩から足を踏み外して、転がり落ちそうになっていた三下の襟首を掴んで、守崎啓斗はため息をついた。元々体力の無い三下、早朝から二時間がかりで登っている間に持ち前の体力など完全に使い果たし半死半生の状態であった。
 今もふらふらとしていて、
「…どうも〜…」
 と弱々しく答えるの精一杯で、かなり疲れている。
 ちなみに、三下を支えようとしていた湖影は、守崎に見せ場を持っていかれていささか残念そうな顔つきをしている。
「まぁ、無茶すんなよ。まだ道のりは長いんだからな」
 破顔して三下に語りかけながら、彼もまた先に歩いていく。
 忍者として、幼い頃から訓練をしているので、肉体的な修行には耐えられるが精神面ではまだ未熟である。特に霊的な存在との対峙は、弟と一緒でなくては対処できない事が多く、できれば自分一人でも対処できるようになりたい。
 そう考えた彼は、修験道の聖地であるこの地で修行することにした。この山登りとて立派な修行である。山に漂う霊気を感じ、それを取り入れることで魂を清め、より高みを目指す。
 元々穢れという言葉は、気枯れ、すなわち気が枯れるという言葉からきており、都会など人に混じる生活は人を穢す。その穢れを払うことは、体に新たなる気を取り入れ体の力を取り戻すことに繋がる。そういう意味でも、山登り、特にこの霊地吉野の山を巡る事は非常に重要なことであった。
「三下さん、大丈夫っすか? 俺、おぶりますよ」
「だ、大丈夫…。編集長にどやされるくらいなら、このくらい…」
 といいながら、貧血を起こして倒れそうになる三下。彼は気を取り入れるどころの騒ぎではないらしい。
「ああ、三下さん!!! 」
 湖影が彼を慌てて支えた。確かに休み無しで二時間以上歩きどおしというのは、体力の無い三下には過酷であっただろう。体力に自身の無い神埼等も、口には出さないが顔に疲労の色が濃い。
 そこへ…。
「皆さぁぁぁぁん! 頑張ってここまで登ってきてください。お昼にしましょう」
 頭上から山下の声が聞こえてくる。
 何時の間にか、太陽は彼らの真上に登っていた。 

●兆し

「あ。これ…よかったらお二人でどうぞ! 」
 昼食も終了し、一行は思い思いにくつろいでいる最中、篁雛は三下と湖影に手作りのバナナケーキを手渡した。
「あ、どうも」
「有難うっす! 」
 二人が笑顔で受取ると、今度は栗毛色の髪の少年のところに近づく。
「こっちは珪さんに…」
「お、サンキュー」
 九夏珪も、同じように彼女からバナナケーキを受取り、嬉しそうに頬張る。
 だが、その光景を見て三下と湖影は非常に不満げな顔になった。
「なんか、ボクたちのに比べて量が違わない…? 」
「三倍はでかいっすよ…」
 そう、彼ら二人のケーキに比べ、九夏が受取ったケーキは三倍近くも大きい。ラッピングも丁寧で、九夏のものにはピンクのリボンまで付いている。
 露骨な扱いの違いを見せ付けられた二人などまったく気にせず、篁は少し頬を赤めながら九夏に話しかける。
「おばあちゃんに『龍神や不動明王の力を得たないなら行ってきなさい』って言われて来ちゃいました。昔ご先祖様は山で天狗さんと遊んだそうです。だからほんとは天狗さんに会えるかなぁ? なんて」
 いささか恥ずかしがりながら、彼女は照れ笑いを浮かべた。代々拝み屋と呼ばれる、民間の巫者をしている彼女の家系の中には、確かに天狗と戯れることができるほどの霊力の持主がいたかもしれない。
 いささか場所はずれるが、愛宕山や鞍馬山などといった山々には、太郎坊、次郎防、さらに鞍馬山魔王尊など、著名な天狗が住まうという。吉野の山々も霊力を帯びた霊地、霊力を得るなんらかの手がかりを得ることはできるかもしれない。
「俺は師匠に、たまには違う修行もしたいだろう、滅多に無い機会だ行って来いって言われたよ。まぁ、修験道は陰陽道とまったく無関係ではないものな」
 修験道とは、日本古来から伝わる神道や仏教の呪術を取り入れたもので、山に篭り、修行を続けることで霊力を高めようとする。
 陰陽道は、中国より伝わった道教などの神仙思想や風水を元にしているが、神道や仏教の呪術も取り入れ、特殊な呪術体型を形成している。双方とも密教に伝わる真言を取り入れるなど意外に類似点は多い。
「近づきたい人達がいるんだ、だから少しでも前に進まなくちゃ」
 九夏は、眼下に広がる吉野の山を見ろした。木々が生い茂り、果てしなく山が続く広大な大地。霊的な力に満ち溢れたこの土地は、その場にいるだけで、力が溢れ、魂が浄化されるような不思議な感覚にとらわれる。
「そうですよね。頑張らなくちゃいけませんよね」
 篁がそう言って頷いたその時。
 ドォォォォォォン!!!
 空に雷鳴が轟いた。
 見れば先ほどまであれほど晴れ渡ったっていた空が、漆黒の重々しい暗雲に包まれている。辺りも薄暗くなり、六月だというのに肌寒いくらいの冷気が立ち込める。いや、これは冷気では無く霊気といったほうが正しいだろう。肌を突き刺すような強烈な霊気。
「こ、これは一体…」
 皆は慌てて辺りを見回した。こんな事が普通にありえるはずが無い。普通ならば。
「ど、どうしたんですか、美桜さん!? 」
 桜井が心配そうに神崎を見つめている。見れば、神崎は頭を抑えてガクガクと震えていた。
「分かりません。何かとてつもなく禍々しいモノが…この地に降り立ったような…。ああ…」
 まるで力を失ったかのように、ガクリと地面に膝をついた。
「美桜さん! 」
「あっちの方から…。その力を感じます。なんて恐ろしい…」
 振るえる指で神崎が指し示した方向を見て、山下がハッと顔を上げた。
「あの方向は確か…吉永神社か! 」

●吉永神社

 吉永神社とは、南北朝の争いの原因となった後醍醐天皇を奉った神社である。
 後醍醐天皇は、吉野に落ち延びてから、この地に住まう修験者や高野山の密教僧の力を借りて幕府に呪詛をかけていた。死しても尚その魂は成仏せず、自分を追いやった室町幕府をそして、自分を受け入れなかったこの国を怨み続けているという。
 この神社は、そんな後醍醐天皇を慰めるため、明治天皇の命により作られた神社であった。
 その時までは。
 
 暗雲立ち込める吉永神社の境内に一条の雷が降ちた。
 石畳が衝撃で吹き飛び、大きな穴を穿つ。
 そして、その穴の中には一羽の鳶がいた。しかしそれは普通の鳶では無い。体は金色に輝き、その身は強烈な霊気を身に纏っている。
 その鳶が一声高らかに鳴き声を上げると、神社全体が霊気と呼ぶにはあまりにも禍々しい気、妖気に包まれた。そして、境内より声が聞こえてくる。
「朕を呼ぶのは誰ぞ…」

「遅かったか…」
 一条の雷が落ちてから、しばらく経って神社に駆けつけた都築亮一は目の前で繰り広げられている光景を目の当たりにして臍を噛んだ。
 神社の中は、妖気とそれに触発された鬼火の群が漂い吉野に眠る亡者たちまで目を覚ましたようで、怨みとも悲しみともとれぬ声を上げている。
 そして、境内には金色の鳶と、雅な貴族の服装をした中年の男が立っていた。年の頃は四十代半ばあたり、どことなく気品の漂う顔の顎には、胸まで届く立派な髯を生やしている。
 だが、何よりも特徴的なのは憎しみと怨みに満ちた深紅の双眸であろう。太陽が雲に覆われ、薄暗い神社の中でもその紅蓮の輝きはまったく失われない。むしろ余計な明かりがなくなったため、さらに輝きを増しているようにすら見える。
 その瞳は都築を正面から射抜いていた。
「陛下は降臨された。もはや何人たりとも止めることは適わない」
 その二人の後ろからかけられた声に、都築は聞き覚えがあった。あの忌まわしき死霊使いの声を。
「不人! 」
 彼らの後ろから現れたのは、もうじき夏だというのに白いコートを羽織った銀髪の男。風が靡くごとに流れを変えるその髪は、さながら銀の滝。白皙の顔には残忍な笑みが浮かび、紅玉の双眸は愉悦の色
に輝いていた。
「まさかこんなところまで、君が来ているとは思わなかったが…。残念だったね都築君」
「やはりお前が画策していたのか」
 高野山で修行した彼は、御山の近くに発生した強大な霊気に感づき、いち早くこの場に駆けつけることができた。本当は知り合いの少女が心配で式神に追跡させていたのだが、まさかこんな事態が起ころうとは予測していなかった。
 自分の考えが正しければ、今目の前にいる正体は…。
「後醍醐天皇…、なのか?」
「その通りだよ。自分を天皇として認めなかったこの世を怨みつつ果てた非業の魂。その魂は死して五百年経とうとも成仏せず、この世に留まりつづけた。そして、同じ憎しみを持つ祟徳上皇の力に触発されてこの世に降臨したというわけさ」
 恍惚とした表情で、金色の鳶を見つめる不人。この鳶はただの鳶ではない。日本の大魔縁として畏れられた、日本最強の怨霊祟徳上皇の化身である。先日、京都で開放された上皇は、この鳶の姿に変わりいずこかへ飛び去っていた。それが今目の前にいる。
「君なら分かるのではないのかね? 都築君。これがいかに絶望的な状況かということが…」
「くっ…」
 不人の言うとおりであった。祟徳上皇、後醍醐天皇ともに並みの怨霊では無い。いや、この日本の闇を統べる魔王とすら呼べる存在。その力は神と同等と言っても過言ではないだろう。そんな存在が二人もいるのだ。自分一人ではどうしようも無い。
 仮に十二神将と呼ばれる、最高位の式神を用いたとしても何のダメージも与えられないだろう。
「これは! 」
 その時、入り口の方から驚きの声が上がった。見れば十人以上の山伏姿の者達が彼らを見て、立ちすくんでいる。山伏体験ツアーの参加者たちである。
「そんな、まさか後醍醐天皇が…」
 彼らは見て、信じられないとばかりに呆然と呟いたのは、ツアーに参加していた天薙撫子であった。
 彼女もまた、己を見つなおし、霊力を高めるために修行として訪れていたのが、神社の神主の跡取りとして生まれた彼女は、この事の重大性を誰よりも把握していた。
「不人! こんなことをして許されると思っているのですか!? 」
「許す? 誰に許してもらうというのかね。この方たちは自分の意思で、目覚められたのだ。私はそれを見届けたにすぎないよ」
「戯言を! 貴方が手を下さなければ、彼らは静かに眠りつづけていたはず。それなのに! 」
 不人は神社仏閣を穢し、そこで鎮魂されていた太古の怨霊たちを目覚めさせてきた。それは神に対する冒涜としか天薙は思えなかった。
「なぜ眠りつづけなければならない? それは後世の人間の勝手な判断だろう。彼らは怨みを持って死んだ。なればその怨みが晴れるまで祟りつづけるのが筋というもの。勝手にその魂を鎮めようとしても、それは生者の傲慢というものだよ」
 天薙に嘲笑を浴びせた不人は、祟徳上皇と後醍醐天皇に視線を向ける。
「許すまじ…。我らを虐げたもの」
「祟ってくれよう永劫に…」
「…この日の元の国に、二度と日が差さぬよう…」
「現世は常世となる…」
 二人の怨霊は、呪詛の言葉を吐いた。総ての存在を怨む呪いの言葉を…。
「これが彼らの意思だ。怨霊もまた人。人が人の世を作り、人の世を終焉に導くのは道理ではないかね?」
「その企み、阻止してみせます! 」
 天薙は思い出していた。祖父が自分に言った言葉を。
 自分自身で無意識に力を制限してしまい、それが限界だと思っていると。勿論それは自然な自己防衛であり、自分の能力を限界まで出してしまった時の反動を防ぐための行為なのだが、言い換えれば自分にはまだ今以上の力が眠っていることになる。
 それを引き出せれば、力は飛躍的に上昇するのではないか。
 そう考え、普段のようにこれで限界というところ以上まで、気を高める。彼女の周りに青い清冽なオーラのようなものが漂い始める。
「ほう、中々…。だが、所詮は人間。私たちの相手では無い。止めておきたまえ。楽しみは後にとっておくべきだよ」
「もうやめてください、不人さん。このままでは悲しみが増すばかりです」
「その悲しみこそが私にとって愉悦になるのだよ」
 悲痛な神崎の訴えも、不人にとっては嘲笑のネタでしか無かった。天薙の気の力を見ながら尚、彼の余裕が消える事はない。
「美桜さん、下がっていて…」
「桜井さん…」
 桜井が神埼を後ろに庇って、油断無く構える。他の者たちも思い思いに武器を手に取ったり、術を叩きつけようと身構えた。
「一体何なんだよ! これは!? 」
 秘奥が堪らずに叫び声を上げた。裏家業に身を窶してきたお陰で、ある程度の事には驚かなくなっていたが今自分の目の前で繰り広げられている事は、完全に理解の範疇を超えていた。
「まぁ、普通の人は驚くわよね」
「まぁな」
 巳主神と守崎が苦笑を交し合う。巳主神自身人外の存在であるし、守崎も人とはいえ、霊に対する力や転生など明らかに一般人から逸脱した力を持っている。だが、そういう力が無い、もしくは霊的な存在と対峙した事が無い者にとっては、眼前で繰り広げられている事は驚く以外にないだろう。
「雛、俺の後ろに下がっていろ! 」
「夜刀!でてきちゃ駄目! 」
 篁の構えていた薙刀の刃は、いつの間にか一人の青年に姿を変えている。彼女に仕える式鬼夜刀である。
「おう、ヤティン無事だったんだな! 」
「だから俺を変な名前で呼ぶんじゃねぇ! 」
 九夏に仇名で呼ばれて憤慨する夜刀。彼は、先の戦闘で主を庇って砕かれたはずだが、式鬼などの存在は、人間に比べてどちらかといえば精神的な存在に近い。物理的に破壊されても、使役する者が死なない限り滅びはしない。
「三下さん、逃げるっすよ」
 かと思えば、此方では湖影が訳も分からず棒立ちになっている三下の腕を引っ張る。
「いや、あの、取材が…」
「そんな事言ってる場合っすか!!! 」
 正直記事などより三下の命の方が100倍も大事だ。湖影は狼狽している三下を無理やり担げ上げて、脱兎のごとく逃げたした。
 戦闘力が無い者としては賢明な判断であろう。碇の処分が恐ろしいが…。
「皆さん! 駄目です。ここで戦わないでください!!! 」
 山下が慌てて叫んだ。
「ここは神域です。こんなところで戦ったら…」
「ふふ、流石は修験者といったところか。そう、ただでさえ高濃度の気が立ち込めているこの吉野の地で、これ以上気を乱すような行為をしたらどうなるだろうねぇ」
 不人はさも楽しそうに嘲う。
「吉野に潜む魑魅魍魎どもも触発されて動き出しかねない。いや、それどころかその影響は遠く京都にすら及ぶかもしれない。日本の大魔縁に率いられた怨霊たちの氾濫というのも面白いかもしれないがね…」
「それが、貴方の望んだ事なの不人?」
 彼の背後からかけられた声。振り向いて見ると、境内から一人の少女が歩いてくる。氷無月亜衣であった。以前の依頼で、不人につく決心を固めた彼女は、不人の気配に気付きこの場所を訪れていた。
「その通り。私は、いや私たちはこの国に潜む総ての闇の者たちが再びこの世界の支配者として席巻することを望んでいるのだよ。かつて人は闇に怯え、風に靡く風の音に恐怖した。それが今ではどうだ。町を明かりで照らし、闇を払拭した。宵闇に包まれてさえ、暗闇は地上を覆わなくなった。総ての生態系の頂点に達したかのように振る舞い、生物たちを駆逐した。その結果がこれさ」
 鮮やかな朱唇に酷薄な笑みをたたえ、不人はさらに言葉を紡ぐ。
「地上は穢れ、生物たちは滅んでいった。闇の者は駆逐され、人だけがこの世に残る。随分と傲慢な話じゃないか。君達はまるでこの地上に発生した癌細胞のような存在だな」
「癌細胞でも構わないわ。私はあなたと一緒にいたい」
 氷無月の決心は揺らがなかった。たとえ、虐げられようと、受け入れられないとしてもこの男についていきたい。その気持ちは…。そのためならば、彼の邪魔するものと敵対するのも構わない。だから今回のツアーに関しても、積極的には関わらず不人が現れるのを待ちつづけていた。
 そして今、彼は眼前にいる。
「物好きな事だ。己を殺そうとした者に一緒にいようとは…。とにかく今回も無事任務は完了した。我々はそろそろ次のステージに移行させてもらうとしよう」
「次のステージ? そこはどこ? 」
「ふふふ。いずれ分かるさ。その時を楽しみにしてるんだね。我々の計画が完了した時、この世界から人間という存在は総て消えてなくなる。一人も、ね…」
 空より二つの雷光が落ちたかと思うと、金色の鳶と後醍醐天皇はその姿を消した。高らかに哄笑を上げながら、不人もまたその場から消えてなくなるのだった。
 不人の言っていた次のステージとは一体どこなのだろうか……。

 後日、アトラス編集部で、碇は三下の書き上げた記事を読み上げてため息をついた。
「何だ。何もおきなったの?」
 結局肝心の現場を見損なってしまったので、今回の記事は、無難にツアーの内容のみを書くこととした。
「ええ、まぁ。…って編集長、何か起きるの期待していたんですか!? 」
「当然でしょ! 」
 やおら立ち上がると、彼の顔に指を突きつける。
「三下君、不幸だから絶対に事件に巻き込まれると思ったのに、これじゃ面白くないじゃない」
「編集長、ボクの事、一体なんだと…」
「まぁ、仕方ないわ。次の事件を探しましょ」
 三下の呟きなどまったく相手にせず、彼女はパソコンの画面に視線を向けるのだった。 
   
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0622/都築・亮一/男/24/退魔師
    (つづき・りょういち)
0413/神崎・美桜/女/17/高校生
    (かんざき・みお)
0416/桜井・翔/男/19/ 医大生&時々草間興信所へ手伝いにくる。
    (さくらい・しょう)
0376/巳主神・冴那/女/600/ペットショップオーナー
    (みすがみ・さえな)
0368/氷無月・亜衣/女/17/魔女(高校生)
    (ひなづき・あい)
0328/天薙・撫子/女/18/大学生(巫女)
    (あまなぎ・なでしこ)
0706/秘奥・秦斗/男/22/無職
    (ひおう・しんと)
0554/守崎・啓斗/男/17/高校生
    (もりさき・けいと)
0218/湖影・龍之助/男/17/高校生
    (こかげ・りゅうのすけ)
0436/篁・雛/女/18/高校生(拝み屋修行中)
    (たかむら・ひな)
0183/九夏・珪/男/18/高校生(陰陽師)
    (くが・けい)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 
 大変お待たせいたしました。
 山伏体験ツアー〜吉野〜をお届けいたします。
 ついに事件を大詰めを迎えてきました。
 次の依頼で、死霊シリーズ、理想郷シリーズ、陰陽師狩りの3シリーズの泰一部が完了します。
 混迷を増す戦場で、これから一体どうなっていくのか。それは皆様のプレイングにかかっています。
 この作品に対するご意見、ご感想、ご要望、ご不満などございましたらお気軽に私信を頂戴できればと思います。お客様のご意見はなるだけ反映させていただきたいと思います。
 それではまた別の依頼でお目にかかれることを祈って…。